2016/01/16 のログ
ご案内:「王城内 とある一室」にツァリエルさんが現れました。
ツァリエル > マグメールの王都の中心にそびえたつ城の一室。
今まで着たことも無いような上等の衣服を身に着けて疲れた顔でソファにもたれかかるツァリエルがいた。

話は少し前にさかのぼる。
ヤルダバオートの修道院でいつも通りの生活を送っていたツァリエルの元に
王都の王族からの使者が訪れ、その身柄を引き取りたいといったのだ。
さる王族はカルネテル王家に属するものとそれに連なる貴族たち。
理由は14年前に失われたルヴァンの血筋を引くもの、つまりツァリエルを見つけその身を保護し然るべき地位につけるというものだった。

急な話に司祭もツァリエルも面食らってしまった。
だがツァリエルは薄々こんな時が来るのではないだろうかという予感があったのだ。
近頃自分と話したものたちは、それとなく自分のあずかり知らぬ秘密を知っていて匂わせるそぶりがあった。

ただツァリエルが普通の子供で、弱く幼かったため誰しもが率先してその事実を口にしなかったのだろうということも。

修道院や教会の運営は芳しくない。
ツァリエルが王族の元に身をゆだねればその分ひとり分の生活費が浮くわけで
また、教会には多額の寄付が約束されるだろう。

断る理由はなく、不安な気持ちをおしこめたままこうして王都に上がった次第であった。

ツァリエル > 馬車に乗せられ初めて入場した城は白く輝く立派な建造物であり
そこに住まう人々もまた高貴な暮らしと品位を備えた人々であり
ツァリエルは自分のみすぼらしさに思わず穴があったら入りたい気持であった。

体を清められ、お仕着せの衣を着せられ、一通りのマナーと礼儀作法を仕込まれる。
また、自分の保護者となった王族への挨拶、貴族たちへの顔見せなども済ませる。
全員がツァリエルの知らぬ大人たちばかりであり、彼らは自分の無事を喜んではいるもののどこか厄介ごとを扱うようなよそよそしさもあった。

そうしてさらに、ルヴァンの血筋がいまだ絶えていないことを王城の内外に知らしめるための宴席、
政治を行う者たちへの顔見せと挨拶、継承者を選定する選帝侯たちへのご挨拶と
次々に引き回され見世物にされる。

3日と持たずツァリエルは慣れぬ行程にくたくたになってしまった。
自分の執事や家庭教師が言うにはさらに王族としての勉強をこれからしなければならず
ふさわしくなるまで厳しい教育を受けなければならないそうだ。

あまりの窮屈さにすでに修道院が恋しくなってしまった。

ツァリエル > 自分に割り当てられた部屋のソファにぐったりと座り込む。
ここですら何くれとなく世話を焼くメイドの視線がツァリエルを一人にはさせておかず
だらしのない格好も出来ずに緊張ばかりが増してゆく。

なにかを自分でしようとすればメイドたちがすかさず進み出て
「そのようなことは私たちにお任せください」とツァリエルから仕事を奪ってしまう。
まさか衣服すらも一人で着付けすることもできないとは思いもしなかった。

こんな調子で自分はこれから先やってゆけるのだろうかという不安がよぎる。
いっそ王家の血筋などというものが何もかも嘘で間違いであればとすら思った。

ご案内:「王城内 とある一室」にヴァイルさんが現れました。
ヴァイル > その一室の扉を開き、一人のメイドが他の者と同じように何気なく現れる。
使用人には似つかわしくない――他者を拒絶するような冷たい美貌。
青ざめた肌。焦げ茶の三つ編み。

「我が君がお呼びです。ツァラトゥストラ様」

彼の身元を引き受けた王族のことだろうか。
ソファに座るツァリエルを認めると、そう彼に告げ、同行を促す。
ツァリエルに一瞥をくれるその目は冷ややかなものだった。

ツァリエル > 自分を呼びに来たメイドに視線を向けてはっと息を呑んだ。
たびたびヴァイルがそういったメイドの姿を用いることを今のツァリエルは知っている。

「今参ります」

そそくさと長い衣服のすそを踏んづけそうになりながら立ち上がり、
焦げ茶の三つ編みをしたメイドと一緒に部屋を出る。
さっきまでしょぼくれていた表情にどことなく力が戻ったようだ。

ヴァイル > 会釈をして、ツァリエルとともに部屋を退出する。
無論このメイドの正体はヴァイル・グロットである。
先ほどの台詞もツァリエルを部屋から出させるための方便であることは言うまでもない。

廊下を無言のままに先導し、しばらく歩くと、小さな礼拝堂にたどり着く。
あまり使われてはいないようだった。

「似合っていないな」

自分以外に人がいないことを確かめての第一声はそれだった。

「てっきり稚児にでもされると思ったが。
 どうした。もう音を上げたか」

最初に出会った時そのままの、小馬鹿にするような声。

ツァリエル > もたもたと長い裾を引きずりながらヴァイルを先導にして礼拝堂に入る。
似合ってないと言われれば苦笑して

「うん、僕も似合っていないって思います」

と素直に胸中を告白した。

「まだ、わからないです。もしかしたらその、
 ……そういうことをされるかもしれないけれど……。
 でも王子様だし、一応はそんなにひどいことはされないと思います」

そうはいうものの自分がこれからどうなるかなどわかるわけもなく不安の色は隠せない。
小ばかにするような声には少しだけ寂しそうな表情をして

「……うん、ちょっと。これほど違うところに来ちゃったのはまちがいだったのかもしれないと思って……」

つま先でもじもじと床を叩いた。

ヴァイル > 素直な返答に喉を鳴らして笑う。

「王子、か。
 グリム・グロットは《夜歩く者》の王たる存在だ。
 おれもかつてはきさまと同じ身分であったことになるのかな。
 ……ま、しばらくは丁重に扱ってもらえるだろうな。しばらくは」

メイドに扮したヴァイルは楽しそうにそんなことを語りながら礼拝室を歩き回っていたが、
ふいにツァリエルに近づき、両肩に手を乗せる。
紅い瞳がツァリエルの澄んだ青を見据える。

「提案をしにきた」

目の前の女使用人の姿が滲む。元の姿に戻るのではない。
さらなる変身が終わった時――目の前にいたのは、ツァリエル自身だった。

いつもの手がかりを残した変化ではない。
容姿も服装も、ツァリエルと区別をつけることは不可能に思える。
それぐらいに精緻な変身であった。
ツァリエルが本来しない、冷たい薄笑いを除けば。

「きさまの姿を貸せ」

ツァリエル > 「ヴァイルさんも王子様だったの?すごい、じゃあ僕とは違って
 本当に由緒正しい王子様だったのですね」

どこか無邪気な様子でヴァイルの言葉に返答する。
だが次の瞬間ヴァイルが自分の肩を掴んで見つめるのに対してぎくりと体をこわばらせた。
いつになく真剣な眼差しであり、甘い睦言を口にするような雰囲気では到底なかった。

次に瞬きをした時に目の前に自分とそっくりの姿かたちをしたヴァイルが立っていた。
あまりのことに思わず後ろに後ずさる。裾を踏んづけてまた転びそうになりながら自分自身の顔を驚きの表情で見つめた。

「姿を……?どうして、何をする気なの?ヴァイルさん」

何か悪い予感を感じて恐る恐る相手に尋ねてみる。

ヴァイル > 「おいおい。
 王子の姿を借りてやることと言えば決まっているだろう」

大げさに肩をすくめてみせる。
なぜわからないのか、そしてなぜ怯えているのか――
それがわからないと言った風。

「おれはマグメールをすべて手に入れる。
 このおれの魔法と、正当な王の血を引くきさまの身分。
 二つが合わされば、それは絵空事にはならん。
 この国はもはや腐りきっている。根底から破壊せねばならん。
 そのためにおれはこの国を訪れたのだ」

堂々と言い放つその様子には虚言の気配は感じられない。

「きさまには適当に姿を変えてもらって、庶民暮らしに戻ってもらおう。
 代わりの身分は適当に用意してやるよ。
 その気なら修道院にだって帰れるぜ。
 ――いい話だろ? ツァラトゥストラ・カルネテル=ルヴァン」

後ずさるツァリエルに、彼と同じ姿をしたものがゆっくりと近づいていく。

ツァリエル > ヴァイルの語る壮大な計画を口元に手を当てながら恐れる様に聞き入った。
たぶん、彼がやろうとすればそれは本当にできるのだろう。
近づいてくる彼に青い顔をして見入る。やがて壁際に追いつめられれば
逃げることもままならず互いの息がかかるほどの近さになるだろう。

「それが……それがヴァイルさんの本当に求めるもの?
 国を変えて、王様の地位を手に入れて、それで以前仰った至宝が手に入るのですか?」

ゆっくりと言葉を発すればやがて落ち着きを取り戻し始める。
口元から手を離し、やや緊張した面持ちで自分そっくりのヴァイルの顔を見た。

「もし、もしそれが本当にヴァイルさんが心から欲しているものなら僕は差し上げたいし力になりたいけれど……

 でも、ただではあげない。僕の願いも聞いてくれなくちゃいやです」

ツァリエルにしては珍しくやや強気な言葉でヴァイルを見つめ返した。

ヴァイル > 「砂漠の砂に一粒紛れた砂金。
 それを手に入れるにはどうすればいい?
 ――砂漠を手に入れればいいのさ」

謎かけじみた答え。
脅かすように、ツァリエルの傍の壁に掌を叩きつける。

「ほう、取引か。魔物とのつきあい方がわかってきたようだな。
 せいぜい面白いことを願ってみろ」

愉しそうな声。

別に、ツァリエルの合意など本来はいらない。
ここで彼を抹殺し、自身の変身能力で以ってツァリエルと入れ替われば
ヴァイルの言う目的のためにはそれでよいし、話が早い。

だが、ヴァイルはそうはしなかった。目を細めて彼の告げる願いを待つ。