2023/07/21 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城」にヴェスティアさんが現れました。
ヴェスティア > 女の一日はほぼ、この場所で始まり、終わる。
華やかな王都の中心、煌びやかな城の一角にありながら、
ほとんど人が訪れることも無い、静かな領域。

部屋の調度にどれだけ贅を凝らそうと、何の意味も無い暮らし。
だから女の私室には、目立って豪華な家具調度の類は無く、
特に寝室として使っている部屋の方は、寝台と小さな椅子、サイドテーブル、
綺麗に整えられてはいても、殊更に金をかけたものとは言いかねた。

珍しく来客があったため、そしてその客がなかなか帰ろうとしなかったため、
強かに疲労を溜め込んで、早めに寝室へ下がった後。
もう用事も無いからと、身の回りの世話をしてくれる侍女にも自室で休むよう言い、
溜め息と共に寝台へ腰を下ろし―――――いつの間にか、眠り込んでいたらしい。

ふと目覚めて、横たえていた上体を起こす。
縺れた髪を手櫛でそっと整えながら、ゆっくりと、周囲を窺うように首を巡らせ、
それから少し、躊躇うように唇を噛んで。

「―――――…… 誰か、居るのですか?」

物音がした、人の気配がした。
そのために意識を引き戻された、そんな気がしたのだ。
投げかけた声が細く掠れているのは、警戒心の顕われである。
恐怖は未だ無く、ただ、戸惑いだけが胸奥に澱んでいた。

ご案内:「王都マグメール 王城」にエンさんが現れました。
エン > 戦場を幾度か共にし戦場で幾つか貸しを作り作られの知古は上昇志向の強い人間だった。
一介の傭兵というには家柄は良いようだったが傭兵稼業を選び戦場生活している男が何を、と、
昔は思ったものだったが。

「いや、まさかまさか、うん、こんな出世するとはなぁ」

王城で開かれる夜会に出席できる程に出世するとは驚いた。
今の俺の状況を是非聞いてくれ! 等と呼ばれて尚驚いた。
サクセスストーリーをたっぷりと聞かされるわ、それに政界進出における影響力云々やはり私兵部隊は顔馴染みが云々と私兵になれと口説かれるわ、散々だったので途中で抜け出して。迷った。ここどこ? と、王城の中など普段縁などないため土地勘というか建物勘などあろう筈もなく暫く彷徨った末――
人の賑わいは只管離れ人の気配もとんとない場所にまで来てしまうという不始末。
夜会の招待客ではあっても城内フリーパスというわけでもない、
誰かに見咎められたら面倒であるし踵を返そうとしたときだ。
足をぐるりと回したら柔らかい絨毯が足にぐるりと巻き付いて、
どっしゃあ!
と、それはもう派手に音を上げすっ転んだ。

「いったぁ……!!」

顔から胸板から腹からが思いっ切り床に叩き付けられる。
絨毯のお陰で打撲にはならないが痛いものは痛い。
ズレたサングラスを指で直し、悪態つきながら身を起こした時、
どこかの部屋いやほぼ目前の部屋から聞こえる声に耳を傾けて。次に、顔を向けた。

「……た。……大変……失礼仕った……! ご、ご、ご就寝の所お邪魔をば……!
 怪しいものでは御座らんが……あーえー。その……道に……迷い、まして……」

暑い季節であるが気温の高さとは関係なしに汗が流れる。
まさか、人が居るとは思わなかった。
正味、今の自分、ものすごく怪しいので、あわあわしながら何とか弁明しようと向こうからは見えぬが手を振り首を振り必死に釈明。

ヴェスティア > 誰何の声を投げはしたが、実際のところ、応えが無い可能性も考えていた。
時間帯と場所を考えれば、誰かが入り込んでいることの方がおかしいのだから。

しかし、声は返ってきた。
ぴくりと細い肩が跳ねたのは、その声が男性のものであったため。
けれどたとえば夜這いを仕掛けてきたにしては、やけに慌てているような。
声のした方へ顔を向け、また少し迷うように間を空けたのち。

「ご心配なさらずとも、大声を上げてひとを呼んだりは致しません。
 夜会にいらしたお客様、なのでしょう?」

声の調子、慌てたような気配から、彼の言葉に嘘はないと判断した。
細めた目許は黒絹の下で見えないが、口許にも微か、笑みと思しきゆるみが生じ。

「……それとも、誰か呼んだ方が親切でしょうか。
 わたくしでは、貴方をご案内して差し上げることは出来ませんもの」

カーテンを引き忘れた窓から、淡い月明かりが差し込んでいる。
その光に浮かぶ女の顔、目許を覆う黒絹も、彼には視認、できないのだとは、
まだ、女には知る由も無く。

エン > 扉越しに聞こえてくる女の声はくぐもっているが扉越しにでも伝わってくるほどに困惑で震えている。
恐らく? 喧騒から離れて騒音を忘れてゆっくりと眠っていたところに見知らぬ男の気配だ、そうもなる。

(ああ。これ。俺。捕まっちゃうかも……捕まるよなそれは……)

悲鳴を上げられて。衛兵さん方呼ばれて。今夜は牢獄で眠る覚悟までしかけた。が。
僅かな間をおいて少しばかり硬さが解れたような声音と笑気のような緩み、
何より内容を伺ってみれば肩から力が抜けて大きく安堵の吐息も溢れた。

「……お気遣い痛み入ります。いやもうほんと……最悪……縛り首かもとホント……!
 ああ。ええと。ええ。知人に軍閥の人間が居まして。成功話を自慢されにね」

最悪の結末を予想し過ぎて涙がちょいと浮かんできたので眼鏡をズラしハンケチがぬぐう。
彼女の推察に然りと頷きながら補足を少しばかり入れつつも、

「ご婦人に手間を掛けさせる訳には参りませぬ故どうぞお気になさらず。人も……んん……。
 出口の方角さえ教えて頂ければ勝手に去ります。その。目が不自由なので。また、少々五月蝿くしてしまったら申し訳ない」

正体の解らぬ男と連れ立つのはそれは嫌だろう。
と、目が見えぬが故、彼女の目元に巻かれたものの正体にも気付かず一人頷く。
よいしょ。一声上げれば腰を持ち上げて。足に絡まった絨毯を外そうとしたら。今度は縺れはしなかったが、滑った。
ごん! と、扉に強かに頭を打ち付ける。

「いったい……!! ……こ……このよう、に、まぁ……! 普段は……こうじゃないんですけど……!
 いや本当に先程から騒々しくて申し訳ない……!」

今日はどうにも調子が悪い。慣れない場所で慣れない喧騒に包まれた疲れだろうか?
就寝の邪魔ばかりしていて本当に申し訳なく、声も肩も落ちる。

ヴェスティア > 扉一枚隔てた向こう、彼が居るのは応接間として使っている部屋の方か。
寝室に入り込まれているわけではない分、此方の緊張も幾らかは緩む。
縛り首まで覚悟した、などと言い出す彼に、思わず口許へ手を遣り、
くす、と微かに声を立てて笑い。

「そこまでお覚悟なさらなくても……
 わたくしがここで衛兵を呼んだとしても、そこまで酷いことにはなりませんわ。
 そうね、少し……お灸を据えられることは、あるかも知れませんけれど」

笑えぬ冗談はそこまでとして、女はそっと立ち上がる。
扉を開かぬまでも、もう少し近づいた方が、会話も容易いと思ったためだ。
しかし、―――――彼は、目が不自由だと言った。
そして女が声を掛けるより早く―――――重い音が、ひとつ。
ちょうど女が手を触れた、扉に伝わる衝撃。

「―――――― どうか、落ち着いてくださいませ。
 廊下に出るまで、わたくしが手をお貸ししますわ。
 ……扉、開きますわよ?」

先触れとして声を掛けておいて、そろり、扉を手前に引き開ける。
彼の姿はその戸口付近か、目指すべき廊下側の扉は正面へ、まっすぐ行った先にある。
蹴躓くような家具も、特にないとは思うが―――――膝を折って屈み込み、
彼が居ると思しき方へ、白い右手を差し伸べよう。

黒絹を取り去る必要は無い、ここは女の私室である。
それこそ目を瞑っていても歩き回れる、少なくとも、彼をひとりで歩かせるよりは、
ずっと時間も手間も短縮できる筈だった。
それでも彼が躊躇うのなら、駄目押しにもうひと言。

「どうぞ、ご遠慮なさらず」

そう告げて、微笑んでみせるだろう。
見えずとも、気配は伝わる筈と信じて。

エン > 口元に手を持って行ったらしき衣擦れと、唇がさぞ柔らかいのだろう吐息の甘さに交じる笑い声と。
目は見えぬし調子も悪いが目が見えぬ分だけ耳に伝わる情報はそこそこにある。伝わる。
道化のような有様になっているから致し方ないとはいえ此れはかなり気恥ずかしい、
ァハハハハ……と、かなり掠れて上擦った照れ笑いがついつい口から溢れてしまう。

「いやいや。どう見ても、いやどう聞いても気品のあるお声、なれば位の高い御方に御座ろう。
 其処にこんなどう見ても怪しい者が夜這いみたいな体で居たら、もう……もう……こう……。
 お、お灸……で済むなら御の字ぃ……」

二度も顔面を襲った衝撃に、眼鏡よく割れなかったな、等と眼鏡の確認に手を遣りつつ、
笑えぬ冗談に、ひっ、とか、分かりやすく怯えが入った吐息が漏れ出までした。

「いや……ん。お手数お掛け致します……」

絨毯ですっ転んで全身打ち付けるわ絨毯で滑って扉に頭ぶつけるわの散々な有様に、
彼女ときたら笑ってくれるだけでも有り難いのに廊下まで手を引いてくれるという。
お断り、するにも、無碍にし続けるのも何であるし何より……
何処かの回廊にでも居たつもりが女の部屋に入っていたという大ポカである。
自分で自分を信用出来なくなってきてもう誰かの手を借りるより他無く、
重たい音とともに扉が開かれる音やしなやかな足取りが聞こえてきたのに顔を向ける。

「ご親切に。何れ、いや。市井の者がこういう場にいつ来れるかも解りませぬがお礼は必ず。
 エンと申します。ユウエン。冒険者ギルドの方に名跡があります故いずれそちら経由で……宜しければ、お名前をお伺いしても?」

……目。何か……。
彼女が動くたび彼女の各所から上がる小さな小さな衣擦れ。
其れが顔にまであるのに今気付き内心首を傾げながらも、
手を差し出されれば手を伸ばしてそっと触れつつ片方の手で体躯を支えて起き上がる。
謝辞を述べては名を遅まきながらに名乗り、頭を下げた。

ヴェスティア > 実際のところ、たとえこの部屋に、不埒な目的で忍ぶ者が居たとして、
その誰ぞが公の場で裁かれることなど、恐らく、無い、とは思う。
―――――ただし闇から闇へ葬られる可能性は大いにあるので、口を噤んでおくことにした。

「目がお悪いのでしょう、でしたら慣れない場所へいらして、
 どこへ迷い込んでも、仕方ないことだと思いますわ。
 ここは広いですし、わたくしだって、迷ってしまうこともございますもの」

差し伸べた手を軽く揺すって、衣擦れの音をわざと聞かせた。
そうすることで、彼がその手に辿り着くのも容易くなると考えたからだ。
果たして、男性の硬い掌の感触。
淑女の慎みをほんの少し忘れ、細い五指でその手を握り返し、
立ち上がったらしい彼の、顔の高さへ仰のく視線を合わせつつ、

「ユウエンさま、……冒険者でいらっしゃるの?
 でしたら今度は是非、お茶の時間にでもいらしてくださいませ。
 わたくし、お城以外の場所をほとんど知りませんの、
 是非、外のお話をお聞きしたいわ」

全てにおいて控えめを心掛ける、この女にも好奇心はある。
出会い方がイレギュラーであったからか、彼の気安い語調のためか。
女にしては珍しく、社交辞令では終わらせない我儘をひとつ。

女の歩調、歩幅に合わせたもどかしいような速度でも、
目当ての扉に辿り着くのは、いっそ呆気なく感じられるほど早い。
その扉を開くべく、もう一方の手を伸ばし、触れながら、

「ヴェスティア。
 わたくしのことは、ただ、ヴェスティア、と憶えてくださいませ。
 ―――――ここを出たら、右手に進んで行かれると良いわ。
 左へ行くとすぐ、不寝番の者たちの詰め所が御座いますからね」

家名を告げず、ただ、己自身を示す名だけを伝え。
廊下を出た先のことについて、アドバイスをひとつ添えて、
女はそっと扉を開く。
名残惜しい気持ちは在れど、あまり引き止めれば彼の破滅を招きかねず、
今宵のところは、これで幕引きとするつもりだった。

エン > 「不甲斐なさに恥じ入るばかりです。光を失ってから随分と経って凡その事は熟せる……
 と、思っていましたが。自惚れがあった様で」

体躯を覆う衣類が揺れる、音、体躯を包む柔らかな肉が跳ねる、音。
余計なところを聞いてしまって僅かに意識は反らしたが此処がこう、と、
教えてくれる気遣いには本当に有り難くて頻りに繰り返し謝辞を述べて。

細く、長く、華奢であるのに線まで柔らかく感じる手指の感触が態々手を握ってくれる。握り返すと、
脂肪らしいものはとんと削ぎ落とされた筋張りや猛禽類のように太く発達した爪の感触が返るだろう。
立ち上がってみれば、頭一つ分以下にある息遣いへ向けて、首を傾げてから小さく笑む。

「嘗ての話でございます。十年も前の昔の話。少々名が通った事もありました。
 その頃の話でもあまり冒険活劇、というものには縁はありませんでしたが、ああでも、異国の土産話は幾らでも」

社交辞令。に、しては、語調が随分と乗っていて身まで乗り出してきそうにすら感じる。
自分の話などで良ければ。何て一つ頷いては、足をゆっくりと一歩踏み二歩を踏み……
聞き心地のよい声だ。絨毯に吸い込まれる足音すら淑やかである。
もう少しばかり聞いていても良かったが、
歩みは遅くも距離は短く扉の前だ。
開かれる音に、顔を外へと向けて、

「では、ヴェスティアさま。ふふ、ただのヴェスティアさま。承知致しました。
 本日はご就寝の所をお邪魔して重ね重ね申し訳なく。何れはお茶の時にで、も……」

右手に進んで暫く。左へ曲がって不寝番の詰め所。
説明を一つ一つ頷きながらに外へと耳を傾ければ、
調子が漸く戻ってきたのかたしかに詰め所の兵士の声も薄っすらと聞こえる。
それでは、と、ずっと握ってくれていた手を離そうとして。

「……」

すり、と、つい、ずうっと握っているとこの柔らかさから離れるのが名残惜しく指を絡める、
まではせずとも軽く手指の肌を擦り合わせて。

「あ。いや。失礼っ。ついね。不躾が重ね重ねでもう本当に困りますな、ハハ」

もうちょっと握っていたくなった。
何て、失態に眉根を寄らせながらも手を離そうと。

ヴェスティア > 「恥じるほどのことは、無い、と、わたくしは思いますけれど……」

触れて、重ねて、握り交わした掌の感触、筋張った指の長さ、硬い爪。
殿方の手とはこうしたものか、あるいはこれが、荒事に慣れた男の手というものか。
無意識に、そんな彼是を記憶しようとしていることに、女はまだ気づかない。

「少なくとも、ユウエンさまが自惚れていらしたおかげで、
 わたくし、貴方にお会い出来ましたわ。
 だからわたくしは、その自惚れに感謝しなくては」

そんな戯言を言って、また、ちいさく笑う。
扉を開けばその先はもう、いつ、誰が通りかかってもおかしくはない、往来にも等しい場。
であるならば声も落とし気味に、彼の方へ顔を差し向ける仕草もそろりそろりと、
―――――けれど。

離れ難く感じていたのは、女の側だけではない、と告げるように。
僅か、名残を惜しむ間が加われば、女は彼に見えぬのは承知で、そっと、口許を綻ばせた。
離れゆこうとする手指を追い、掬い上げてその指先に、刹那、くちびるを掠めて、そして―――――

「不躾は、これでお互い様ですわ。
 おやすみなさいませ、―――――… お約束、お忘れにならないでくださいませね」

いつかきっと、そう、近いうちに、きっと。
彼の指先に移した温みを今宵のよすがに、女は素早く身を引いた。
彼が廊下へ出て行くのを待ち、扉は静かに閉ざされる。
そのとき、女がどれほど幸せそうに微笑んでいたか、誰も知ることは無いのだろうが―――――。

ご案内:「王都マグメール 王城」からヴェスティアさんが去りました。
エン > 「……そう、言って頂ければ慰めになります。
 いや、にしても、うん、格好は付けたかった」

転んで。滑って。泣き言零して。悲鳴混じりで。
良くもこれだけ格好付かない登場したものだと、
彼女の気遣いあってもう気恥ずかしさは消えつつあっても今度は可笑しく、
廊下に響かぬ程度の小声でひそひそと内緒話の様にしながらに小さく笑う。

子供が夜更かしという小さな小さな悪戯を悪巧みのように話し合う様な、
可愛らしいとも微笑ましいとも言えそうな見目にも似た状況がまた口元を綻ばせる。

……子供同士のそれ、にしては。手指を離したくない、と、手指の形を目で見えない分ようく覚えるように、と、互いに起きる“つい”は大人びていたし。彼女の指がふと追いかけてくるのに首を傾げる間もなく僅かばかりの合間に触れた甘い感触に太い爪と指とか小さくぴくりと持ち上がり。

「……。必ず」

驚いて持ち上がった指を。緩い仕草でまた持ち上げては指を唇にぴたりと付けて、見せるのは。
はたして彼女に伝わったろうか。
扉が締まるのに合わせて小さな会釈をしては、見えない視界に何を見でもしたか、
唇の端が今まで以上に締まりが悪いほど垂れたものだがそれを片手で押さえ付け。
足元に十分に気を付けながらに踵を返せば教えてもらった方角へ、歩き出す――

ご案内:「王都マグメール 王城」からエンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城」にメイラ・ダンタリオさんが現れました。
メイラ・ダンタリオ >  王都マグメール 王城内大廊下
 午後 天候は灰色の曇り空の向こうから、雨音がする。

 王城内は、争い事と穢れの他、一種の困惑を見せている。
 赴くべき場所に赴かない者が複数名存在する中での、一種の異様さだった。
 タナールの必然性とは違い、アスピダに赴く者が減りつつある中
 他からの埋め合わせが強要される。

 それは騎士と言う名ばかりの腐れが、表舞台に立っていた者らの代わりになるということ。
 ―――死者が増えるということ。
 当家 他家に拘らず、人柱のように使われていく現状 傭兵も同じ。
 生き残れる環境を見極められない歴の浅い者らが傭兵家業を全うできないまま死んでいく。

 アスピダの土は赤鉄が染み増え、怪鳥が空を舞うのが幾度か見えたそうだ。
 死体喰らいではない いつまで死者をそのままにしておくのか と病や呪いを警告する世告げ鳥
 
 山脈で、いつまで、と人貌鱗肌の警鐘鳥が囁くのはメイラの耳にも入る頃
 王族貴族の強気な者らは、出兵しろと怒鳴りを上げるものの
 メイラ・ダンタリオを理由に拒否する者が出始めていた。
 理由にそれを出されると、王族貴族も、口を出せる者が半数以下になる
 ならばとメイラに虚実を混ぜて行かせようとする者や
 先王の名を用いて現状を訴える者もいる。

 しかし、それらを口にする者らを 開いた赤い瞳 白い牙が隠された真一文字の唇
 それで凝視するメイラが、瞳の奥をのぞき込むようにしたままでいると
 全てが顔を逸らし、去っていく

 これが、現在のメイラとエリシエールが作り出している王城内の特異な空間だ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

     ―――“ザ ァ ァ ァ ァ ァ ァ”―――


 雫が垂れる刃先が床に下がり、赤い広がりを見せていく。
 無表情 怒りも嘆きも見せないメイラは、冷たい眼差しでゴミを見るように見下ろす床の骸

 逆八の字 両の腕諸共 唐竹割り 袈裟掛け両断

 四つの骸が、複数の部位となって目の前に転がっている。
 雨音が濃く、広がっていく王城の外の音の中
 メイラが王族四人を斬り殺した。

 これは全員が、普段王城内でそう言った行為を行わなかったメイラに驚きを見せた。
 あの御方の居た場所で 不用意 不必要なことはしない。
 その女が、王族に手を掛ける。

 謀反 反逆 ではない。
 此処に留まる理由の一つで斬ったのだろうとわかる。
 不用意に汚れを広げないよう 刃先を振るわず、手元のハンケチを用いて鍔元から刃先まで
 摘まみ、拭い去る動作は、未だ心の中で王の住まう場所を穢すことがないよう、心掛けているのが知れる。
 愛刀の刃が鈍い輝きを取り戻す中、それを認めるメイラは、カチンッと鞘に納める納刀音を静かに響かせた。


   「腐れ外道が 争いにも参加できない下位の糞馬鹿が。」


 吐き捨てるメイラ 周囲の者がやっと近づいてきてメイラに聞く
 一人は、顔見知りの理性的な騎士。


   「言ったでしょう 斬らなければならないクソッタレがいると。
    こいつら そのクソッタレの派閥ですわ。」


 要は協力者だ。
 殺したのは見せしめか この余計な小話でアスピダに赴けていないメイラのフラストレーションは大きい


   「嗚呼 王がっ! こんなことで手間取るわたくしをお喜びになるはずがないっ!!」


 メイラが叫ぶ声 久しぶりに聞いただろう戦場でしか出さないような怒声。
 貌を黒鉄五指で覆うそれは、乱杭歯が剥き出しになっている。
 白い吐息が今にも漏れそうだ きっと、腸が、煮えくり返っていると表現できるだろう。


   「アスピダに行けない理由を造ったあの糞馬鹿がっ!!
    馬鹿“一人”斬ればいいどころか“二人”に増えやがりましたわっ!!」


 叫ぶそれで、最悪王族一人 いや、二人を殺すまで続く争いにメイラが巻き込まれているのだと
 理性的な騎士はすぐに察する。
 それを堂々と叫んでいるのは、バレバレの現状を謳う誘いかけか。


   「もう理由も無く斬ってしまいそう―――全部っ!!」


 理性的な騎士を、指の間からぎょろりと赤い瞳が覗く。
 アスピダに行けない理由は止めるではない それをメイラには通じない
 アスピダに行って初めて害となる大きな事柄があるのだと、察す騎士は、現状を早く片すよう周囲に呼びかける。
 無論、メイラが行ったことだと添えるよう厳命して。

メイラ・ダンタリオ >  王族4人を斬り殺した
 それは一見すれば大事だろう。
 だがこの話はすぐに鎮静化した。

 メイラを敵に回す行為をした
 王族の中でもいいなりになっている下位であった
 王族争いから脱落者が出た

 不必要な者らが消えていっただけである現状無関係な者らはほくそ笑む。
 利用できないものかと始末させたい虚言を吐く者もいただろう。
 だが真実性を問われ、ゆっくりと顔面の一部ずつを刃で削がれていく前に騙りを吐く。
 こうすると、虚言もメイラの周りではなくなった。


   「エリシエールはどうしてますの?」


 後日から、メイラの傍で働く機会がある“烏(鴉)”が一人
 王城内で壁に寄りかかるメイラの傍でコソリと上等な衣を纏い、話しかける。
 現状メイラが手を出していないのは、思ったよりも複雑な事柄故だった。
 そのせいか、いっそエリシエールの一声一つ これで皆殺しにしたがっていた。
 タイミングさえ合えば、必要な人材だけ残して皆殺しにしてしまったほうがいい。
 害を掛けてきたのは向こうからのせいか、メイラも迷いはない。

 だが聞いた話は、露出王女の話ばかり広がっており、あの体が最近は白く染まらない日はないという話。
 それに溜息交じりに肩をすくめるメイラは、腰に差した愛刀の柄
 腕を寄りかからせて、身を少し崩す。


   「存分に働いてもらわないといけませんわね。
    わたくしたちが生き延びている切っ掛けでもあり、とどめている切っ掛けでもありますもの。」


 赤い瞳は、半目の瞼越し ジト目風で虚空を見やる。
 斥候の烏と呼ばれる男は、現状の探りとエリシエールの状況を話し終えると、ツ、ツと手で下がるよう言われ
 目の前から足早に消えていくだろう。


    「嗚呼 苛々しますわ。
     一人狙われるだけなら慣れたものだというのに。」


 ギシッと乱杭歯は、綺麗なジグザグを描き、精巧なトラバサミの閉口のよう。
 一人になった場で、腕を組みながら目を閉じる。