2022/02/16 のログ
■ミシェル > 王城とは王族の住居であると同時に、王国の政治の中枢でもある。
その為、ある程度の地位、役職のある者達にはそれぞれ執務室が与えられている。
宮廷魔術師たるミシェルにも一つ部屋が与えられており、
普段は外に出ているか実験室に籠っているかしている事が多い彼女も、
時折ここで仕事をする。
「いらない、いらない…うーん、採用希望…かな?」
今日の仕事は、新しい宮廷魔術師候補の選定。対象は、王立コクマー・ラジエル学院の生徒である。
とはいえ、総合校的な性格の強い学院だと言うこともあり、中々ミシェルの眼鏡に適う者はいない。
そもそも、魔術の素養が早くから見出されている貴族の子弟などは、他の名高き魔術専門校に行くものなのだ。
しかし、コクマー・ラジエルにも見るべきところが無いわけではない。身分問わず幅広く生徒を集めているため、思わぬ掘り出し物が見つかることもあるのだ。
「まぁ、うちに来てくれるかは本人次第なんだけど…」
コクマー・ラジエルの生徒の成績は、希望すればあらゆる公的部署、軍や騎士団、魔術協会等に送られ、採用を希望された生徒にはスカウトが行われる。
どこも慢性的に人員不足な為、優秀な成績の生徒であればあらゆる部署から引く手あまたとなる。
そして、どこを選ぶか、あるいはどこも選ばないかはあくまで本人の選択次第だ。
「この娘とか、数年経てば僕好みになりそうだから来て欲しいんだけどな」
採用希望の判子が押された成績表に、添付された顔写真を見ながら、ミシェルは独り言つ。
そして、背伸びをして、仕事の続きに取り掛かった。
ご案内:「王都マグメール 王城【イベント開催中】」にイリヤさんが現れました。
■イリヤ > 「うっはぁ……王城って初めてきたけど広いなぁ……。
少し歩いただけで迷っちゃいそうだよぉ……」
魔女の帽子とラジエル学院の教師として与えられたドレス調の魔女衣装に身を包んだ魔女が一人、王城で迷子になっていた。
最近副業として始めたラジエル学院の教師としての仕事として、宮廷魔術師の斡旋という名目で、選定委員である「ミシェル」という魔術師に面会するためにやってきたのだが。
王城に仕える従者や使用人等に聞いて回り、やがて辿り着いた執務室。
手鏡で髪が崩れていないか等を確認し、魔女は執務室の扉を叩く。
「失礼します。王立コクマー・ラジエル学院 魔法課顧問のロズワールと申します。
ミシェル様に宮廷魔術師選定の件で、面会に参りました」
ややぎこちない敬語で、名と要件を伝える。
扉の向こうから返事が返ってくれば、静かに扉を開けてご対面と果たすだろう。
■ミシェル > 「あぁ、もうそんな時間か…」
ノックの音にミシェルは顔を上げると、時計を見て、予定が入っていた事を思い出す。
生徒の成績表を脇に避け、服装を少し正して、にこやかな笑顔を作る。
「どうぞ!入ってくれ」
静かに扉を開けて入ってきたのは、自分と歳の変わらなさそうな女性。
学院の教師だと言うのは聞いている。
しかし、彼女の名乗ったロズワールという名に、ミシェルは微かに聞き覚えがあった。
内心で記憶の中を探しながら、顔は爽やかな笑顔を維持して応対する。
「どうも、宮廷魔術師の一人、今年の選定委員を務めるミシェル・エタンダルだ。
そこに椅子があるからかけてくれ」
書類が積まれたデスク越しに、ミシェルはそう答えると、壁際の椅子に目をやる。
すると、豪華で重そうなそれは、独りでに、イリヤの元へと滑るように動き出す。
「何か飲み物でも用意しようか…コーヒーがいいかい?それとも紅茶?」
そうミシェルが言えば、どこからともなくカップがふわりと、イリヤの手元へと飛んでくるだろう。
望んだ方の飲み物が、並々と注がれている。
■イリヤ > 「失礼いたします」
入ってくれと、女性の声が聞こえてくればホッと胸を撫で下ろし、イリヤは執務室へと脚を踏む込む。
待っていたのは中世的な顔立ちの女性。
歳は恐らく自分とあまり変わらないだろう。
男爵と聞いていたからてっきり男性かと思っていたが、相手が女性と分かればイリヤも自然な笑顔で応えようと。
「ありがとうございます。失礼いたしますね」
壁際の椅子へと視線を向けられれば、そちらにゆっくりと腰を掛ける。
帽子を取り、それを懐にしまえば相手が飲み物を用意してくれるとのことなので、しばらく考えた後に「紅茶を」と一言。
すると、突然現れたティーカップ。
それを手に取り、イリヤは早速本題に取り掛かろうと口を開いた。
「えーっと……学院からお送りしました成績表はご覧いただけたでしょうか。
その子達の受け持ちは私の担当で、皆性格に難こそあれど、実力はそれなりに高いと……担任の贔屓目無しでも素晴らしい生徒だと思うんですが……」
■ミシェル > 自身も、手元に出現したカップに入った砂糖たっぷりのコーヒーを口にしつつ、イリヤの話を聞く。
「あぁ、成績表はざっくりとは目を通したよ。今精査しているところだ。
確かに、予想していたより成績はいいね。担任がいいんだろうかな?」
脇に除けていた、成績表の束を手に取る。
王立校らしく、総合的な実力では、誰もが逸材と言えるだろう。
「だけどまぁ…その…担任の前で話すのも何だけど、魔術に関してなら王国にはもっとレベルの高い名門校がいくつかある。
そこの卒業生と比べれば、学院の生徒だと多少成績が良い程度じゃやっぱり見劣りするね」
騎士や冒険者が補助として習得するレベルとしては十分すぎるぐらいだが、専門の魔術師として働くにはやはり少々見劣りがするのだ。
コーヒーカップと成績表をデスクに置き、ミシェルは続ける。
「成績上位は当たり前として、その上で何か一芸に秀でててほしいかな?こちらとしては。
国王直属の宮廷魔術師だ、生半可な人間じゃ採用しないよ」
例えその国王が決まっておらずとも、組織を劣化させるわけにはいかない。
ミシェルはあまり自分に向いてない仕事だと思っていたが、それでも選定を任せられたからには仕事をきちんとこなすつもりだ。
■イリヤ > 「あはは……私もまだ教師に成り立てで、
生徒達に教えられることなんてほとんどないんですけど……。
確かに他の魔術専門学院の生徒達に比べれば、あの子達はまだまだ未熟です。
実践の訓練も、ラジエル学院の設備では他の強豪校には劣りますしね……」
手厳しい意見に頭を掻きつつも、その評価は何となく予想していた通りの物で。
学院からイリヤに命じられている仕事はなんとかミシェルを泣き落とし、一人でも多くの卒業生を宮廷魔術師として斡旋することだった。
しかし、泣き落とせと簡単に言われても、相手は実力のある魔術師だ。彼女の評価は正しいものだし、正直に言ってしまえば、イリヤの受け持つ生徒達にはまだまだ実力が足りない。
それはかつて、最強の名をほしいままにした魔女であるイリヤ自身が一番理解している。
「一芸ですか……。うーん、例えばこんな魔法を使える子も居ますよ」
一芸に秀でたものと言われれば、イリヤは両手を前に突き出し、呪文を唱えた。
執務室の中央に大きな魔法陣が貼られ、そこから現れたのはそれぞれ火・水・風・土・雷の属性を司る5体の上位精霊。それらは皆、イリヤの名のもとに契約を結んだ守護精霊である。
「実力的にここまで強力な精霊を召喚することはできませんが、
実践を積んで精霊とのコミュニケーションも取れるようになれば、
いつか私すらも超える魔術師になれると、私は思ってます……。
あっ、えっと……その、これは授業外で教えているものなので、
できればオフレコにしていただきたいんですけど……。バレたら私が怒れちゃいます」
頭を掻き、困り顔で笑うイリヤ。
イリヤは自分が自分を護るために身に着けた強力な魔法を生徒達に内密で教えている。
ただしそれは国に反旗を翻すためではなく、いつか来るかもしれない絶望的な状況を覆すため。成績表にこれらの記載がないのは、イリヤが意図的に隠蔽したからなのだが……。
■ミシェル > イリヤが呼び出した上位精霊、それも5体に、ミシェルはへぇ、と興味深げな視線を送る。
「確かにそういう事が出来る生徒なら採用したいけど、確か成績表にはそういう事が出来るって書いてある生徒はいなかったはずなんだけどね。
そうである以上、本人に証明して貰わないと、今のところは教え子贔屓の教師の情報でしかない。
それに、授業外ってことはカリキュラムに無いんだろう?君が担任をしている間はいいけど、それ以降は学院も困るだろう?
これで採用したら、これから学院生にはこのレベルの生徒であることが期待されるんだ」
何とかして生徒を採用させたいのだろう。そういう訪問客が来るのは初めてでは無い。
しかし、普通は自分の子息を就職させたい大貴族の親とかが来るのだが、まさか担任まで来るとは…。
どうしようかと思いつつも、ミシェルにはもう一つ、気になるところがあった。
「しかし、それほど強大な魔術を使えてあの学院の教員ね……。
あ、思い出した。ロズワールってあのロズワールかい?」
ミシェルはようやくその名前の指し示すものに思い至り、イリヤに問いかけた。
■イリヤ > ミシェルの言っている通り、本人達が実力を示さなければミシェルは納得しないだろう。
いくらイリヤが情に訴えかけたところで、贔屓しているとしか思われない。
ごもっともなミシェルの言葉にシュンと眉を顰めて、イリヤは溜息を吐く。
「……そうですよね。
私のやり方が間違っていたのかもしれない……。
でも、あの子達には私のようになってほしくなくて……」
きっとこの先、学院を卒業すれば今よりもずっと理不尽で残酷な世界が彼らを待っている。
そんな彼らの負担を少しでも軽くしてやるのが教師の務め。
だから将来の就職先だって、なるべく良いところに行けるようにと尽力を尽くしていたつもりだったが、自分も教師としてはまだまだの様だ。
「わかりました……。
今期の生徒達は実力見合わなかったと、学院には報告しておきます。
お時間を取らせてしまって……ごめんなさい」
精霊達を引き下げたイリヤは残念そうな表情で立ち上がる。
そして執務室を出ようとするのだが、そこでミシェルから問い掛けられる質問に、彼女の足が止まる。
「……あ、あはっ……えっと、あのロズワールって……なんのことですか。
ちょっと心当たりがないなぁ……なんて……」
イリヤは明らかに動揺し、目は宙を泳いでいた。
まさか王国内にまだあの一族の名前を覚えている人がいるとは思っていなかったのだろう。
イリヤの脳裏に過去の記憶が蘇り、呼吸が乱れ始める。
フラッシュバックするのは……イリヤが何年も消し去りたいと願う凌辱生活の記憶。
■ミシェル > 目の前で、目に見えてがっかりする女性教師に、ミシェルも少しばかり申し訳なさと罪悪感を感じ始める。
「まぁその…身の丈に合わない所に来ても生徒も苦しむだろうし、ここ以外にも学院の生徒を欲してる所はいくらでもある。
それに、うちだって学院生を全く採らないわけじゃない。これはオフレコだけどね、今のところこの子とこの子とこの子は推薦する予定だ」
ミシェルはいくつか、成績表を取り出してイリヤに見せる。
本当はあまり褒められた行為ではないのだが。
「それに、別に卒業後に来なきゃ席が空いてないわけでもないし、術を極めてから門を叩いても宮廷魔術師は受け入れてくれるだろう」
彼女の話が本当なら、彼女以上の魔術師になった者など、王国が放っておかない。
むしろ、取り合いになるだろう。
そして、そんな彼女の正体に迫る言葉に、目に見えて動揺しているのを見て、ミシェルは怪訝な表情をする。
「僕も、今は断絶した高名な魔術師一族って事ぐらいしか知らないけど…あの、大丈夫かい?」
しかし、彼女の呼吸が乱れ始めれば、何事かとミシェルは椅子から立ち上がる。
■イリヤ > 「そうですね……。
きっと、あの子達もそんな優秀な魔術師になれるって、私も信じてます」
ミシェルのフォローは快く受け、
推薦予定だと彼女の意思を聞けば少しだけ安堵の表情を取り戻して。
「……はぁ、ごめんなさい……ごめ、ごめんなさい……」
先程まで快活で健康的な笑顔を浮かべていたイリヤの表情は豹変し、彼女は膝から崩れ落ちるように床へと尻を付く。
頭を抱え、譫言のように「ごめんなさい」と繰り返す。
目からは光が失われ、身体は小刻みに震えている。
早くここから出ないとと、立ち上がろうとするも力が入らずに地べたに倒れ込んでしまう。
■ミシェル > 「だ、大丈夫そうじゃないね…っと!!」
地べたに倒れそうになった女教師を、ミシェルは慌てて抱きかかえる。
予想外に何かの引き金を引いてしまったのは確かだし、関係者なのも確かなのだろう。
明らかに、良くない物を思い出してる。
「しっかりしてくれ!ここには君と僕の二人しかいないよ!
聞いたのは悪かった!一旦忘れてほしい!」
落ち着くようにと背中をさすりながら、ミシェルは呼びかけて、
椅子を自分達の方へと呼び出して、彼女を座らせる。
「僕の声聞こえるかい?とにかく深呼吸して、何か違う事でも考えて気持ちを切り替えて!」
彼女の目に目線を合わせて、ミシェルは呼びかけてみる。
■イリヤ > 抱きかかえられればイリヤの瞳に涙が浮かんでいることがわかるだろう。
イリヤは変わらず譫言のように「ごめんなさい」と繰り返し、その言葉の中に時折「もう、産みたくない」「殺してくれ」等と、追憶を体験しているかのような悲壮な言葉が紛れ込む。
「はぁ、っ……誰か、たすけて」
ミシェルの腕に抱き着き、嗚咽と共に漏れる弱々しい声。
一族の繁栄のために苗床として扱われた十数年間のトラウマが、頭の中で映像の様に再生される。
しかし、ミシェルの呼びかけもあってか、椅子に座らせられれば多少落ち着いたようで。
静かに涙を零しながら頭を下げる。
「ごめんなさい……はぁ、ぅ……
ちょっと、取り乱しちゃって……あはは、なにしてるんだろう……本当に」
イリヤが浮かべたのは貼り付けたかのような強がりの笑顔。
体は未だに震えていて、息も荒い。
■ミシェル > 「いや、謝るべきはこちらかな…まさかこんな事になるとは思わなかったんだ」
何か禄でもない思い出があるのだろうことは、彼女の言葉で良くわかった。
ミシェルは追加の紅茶を手渡しながら、彼女の頭を撫でる。
「ほら、これを飲んで、落ち着いて。そんな様子じゃまだ一人で帰れないだろう?
好きなだけここに居てもいいし、家に帰りたいなら僕が送っていくよ」
務めて優しい声色と微笑みで、彼女をなだめる。
これはもう、今日は仕事できないな…と、内心思いながら。
「他に何か欲しいものあるかい?好きなお菓子とか、持ってくるよ。
こうなったのは僕のせいだ。出来ることは何でもする」
それでも、あんな様子を見せた女性を、女男爵は放っておくことはできず。
あれやこれやと、世話を焼こうと。
■イリヤ > 彼女が差し出した紅茶を手に取ると、それをゆっくりと口に含み。
呼吸を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
こんなところで取り乱して、情けないななんて呟きながら、頬を伝う涙を袖で拭き。
「ごめんなさい……まだちょっと歩けそうになくて……」
さっきよりはずっと楽になってきたが、体はまだ恐怖に震えている。
生徒を斡旋するどころか、こんな迷惑を掛けてしまっては教師として失格だ。
ミシェルにもやらなければならない仕事だってたくさんあるはずなのにと、申し訳なさそうに目を伏せて。
「……大丈夫です。ただ、その……少しだけ傍にいてください」
腕をギュッと抱き寄せて、震えながら告げる。
こんなことが学院に知られたらクビになってしまうかもと、そんな不安も抱く。
■ミシェル > 「はは、いいよ。その椅子は王族御用達らしく座り心地は抜群だからね。立てなくても仕方ないさ」
務めて明るく冗談を言いながら、ミシェルはにこやかな顔を返し。
元はと言えばこちらが不用心に聞いてみたのが悪いので、謝られても困ってしまう。
震える背中を優しく撫でて、毛布でも持ってこようかと尋ねながら。
しかし腕を抱き寄せられれば、流石にどうしたものかと一瞬思案し。
「……僕は君と今日初めて会ったばかりだけど、そんな僕でいいのなら、いくらでも一緒にいたげるよ」
彼女の事をぎゅう、と胸に抱きしめ、優しく囁くように声を発して。
「流石に、今あの名前で呼ばれるのはいやだろう?何て呼べばいいかな?」
■イリヤ > ミシェルの冗談に少しだけ笑みを取り戻し、呼吸も落ち着いてきた。
背中を摩られ、毛布は居るかと訪ねられれば首を振り。
こんな見ず知らずの自分の為に世話を焼いてくれる相手に、何か恩を返さなければなとそんなことを思う。
「ありがとうございます……。
えっと……その、私ばかり良くしてもらってもアレなので……お礼させてください。
私にできることなら、なんだってやります」
未だ震える腕に力を込めてイリヤは告げる。
抱きしめられればその暖かさに目を細め、その頬は少しだけ赤くなっていた。
「……イリヤ。私の名前は……イリヤです」
他人にはあまり明かさないその名前を告げると、イリヤはニッコリと笑顔を見せる。
イリヤの中で、ミシェルは心を開いても良いと判断したようで。
■ミシェル > 「いや当然の事をしたまでで…うーん、そうだね…」
別にこちらに対して何かしなくてもとは思うのだが、彼女の厚意を無下にするのもどうだろうかと思い、
ミシェルはいくらか思案した後、彼女に告げた。
「そうだね…気持ちが落ち着いたらでいいけど、これからの仕事を切り上げてちょっと食事とかに付き合ってくれないかな?
学院には僕から上手く言っておくからさ」
王城で働く身である以上、学院にもツテはある。
一緒に食事にというのはちょっとした言い訳で、本当は彼女を十分休ませ、メンタルを回復させるために街巡りでもしようかと思っているのだ。
「イリヤ、良い名前だね」
銀髪を優しく撫でながら、ミシェルはそう口にする。
■イリヤ > 「食事ですか……。そんなことで良ければ、いつでもお付き合いします」
ニコリと微笑み、イリヤは頷く。
こんな時ですら、優しく紳士的な態度を見せる彼女に、精一杯の笑顔を向けて。
過去のトラウマを思い出すときは彼女のメンタルが著しく不安定な時に限る。
慣れない教職に就き、毎日生徒と接することに少し疲れを感じていたのかもしれない。
「何から何まで本当にありがとうございます……。
ほんと、取り乱しちゃってごめんなさい」
もう一度改めてお礼と謝罪を口にする。
まだ不安の色は消えないが、元気にはなっている様子。
「あはっ……昔のこともあって、こっちの名前を名乗ることも減っていたので、
そう言ってもらえるととても嬉しいです。
ミシェル様が仰る通り、私はあのロズワール一族の最後の生き残りなんです。
イリヤ・ロズワール。これは呪われた名前なんですよ……」
頭を撫でられれば目を細め、それから暫くして震えも止まった頃。
イリヤは自分のことを少しだけミシェルに話した。
一族を滅ぼしたのは自分で、自分はその一族繁栄のために苗床として扱われたことも。
時折苦しそうな顔は見せながらも、ゆっくりと自分の過去をミシェルに告げた。
■ミシェル > 「まぁこれでも貴族だからね!とびきり美味しい店に招待してあげよう!」
ミシェルは得意気に胸を張る。
彼女の様子に、少しずつ元気が戻っているのを見て、心の内では安堵しながら。
そして語られる、あまりに重い彼女の過去。
ミシェルは打って変わって神妙な面持ちで、それを聞く。
「酷いな…そりゃ。滅ぼされるのも当然だ。
……辛かったね、イリヤ。でも、これからはそんな目には遭わせない」
ミシェルは身を屈めて、イリヤと視線を合わせる。
そして、にっ、と笑いかける。
「そこまで知ったからには、これからも君の為に出来ることをしていこう。
今日から僕らは友達だ。身分も職業も関係ない、一人の友達として接してくれていい。
今まで不幸だった分、どんどん楽しい事をしていこう。力になるよ?」
ミシェルは体を起こすと杖を取り出し、部屋中に振り始める。
すると、書類は束ねられ、本は棚に戻り、カバンには仕事道具が収められ、上着は翻りながらミシェルの元へ浮いてくる。
「さ、そうと決まれば仕事は終わりだ!いつまでもこんな所にいるのも何だろう?
これから一緒に出掛けよう!立てるかい?お嬢さん?」
片手を差し出し、ミシェルはキザに、イリヤを誘う。
彼女が受ければ、これから楽しいデートと洒落込むのだろう…。
■イリヤ > 得意げに胸を張るミシェルを見ていると、
なんだかとても安心感を覚え、イリヤも嬉しそうに微笑む。
辛かったねと声を掛けられれば小さく頷き、
これからはそんな目に遭わせないと告げるミシェルに頼もしさを感じた。
自分と同い年とは思えないほど紳士的で、美しい彼女の姿にイリヤの心は揺れそうだった。
「友達……。私なんかが友達で、本当にいいのかな?
ミシェル様の……ミシェルの友達になっても、いいのかな?」
相手が貴族だから、自分よりも目上の存在だからと、慣れない敬語を使っていたが、
過去を話した今、イリヤに繕いの言葉は要らなかった。
ただ、自分なんかがこんな素敵な女性と友達なんかになっていいのかと不安になる。
それでも、きっと彼女は「もちろんさ」と答えるのだろう。
「お嬢さん……って、なんだか少し恥ずかしいね」
手を差し出されれば照れ臭そうに頬を掻き、イリヤはその手をゆっくりと取る。
今夜はとても楽しい夜になりそうだと、イリヤは胸に期待を寄せることであろう。
ご案内:「王都マグメール 王城【イベント開催中】」からイリヤさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城【イベント開催中】」からミシェルさんが去りました。