2019/07/15 のログ
■ベルモット > 「ふんふんミリーディアね。……あら、違ったの?てっきりそういった格好をしているから魔術師か錬金術師かと思ったのに」
老成した喋り口調とは裏腹の軽やかな声。恰も子供が無理をしているかのようで微笑ましく、自然とあたしの表情も緩む。
「でも違うなら本の場所は判らないよね。うーん、それなら……」
けれどもミリーディアがあたしの予想するお仲間では無いのなら、杖を携えていない方の手が顎を撫でて視線が宙を泳いだ。
それならば早くお城から出た方が良い。しかし此処で突然と会話を切るのも不自然だ。
何か子供の興味を惹きそうな事。を少し考えて、先日街中で視た見事な曲芸師の様子でも話してみようと思ったその時。
「──へ?」
彼女があたしを咎めた事に気付くよりも早く、白くて小さな手があたしの腕に触れていた。
「ぐげっ………!?」
瞬間、あたしの身体は不可視の壁に抑え込まれたかのようになって肺腑に残る酸素が奇妙な声となる。
杖がかたりと落ちて床と硬質な音を鳴らし合わせ、拾おうとするのに指一つ動かない。
「ちょ……な、なにこれ……もしかして、貴方が管理者……!?」
当たり前の話、一般的な話として強い魔術の行使には強い儀式、手順が必要となる。
触れただけで人一人の動きを完全に止めるなんて魔術は見た事も聞いた事も無い。
だから、ミリーディアを視るあたしの顔も、今までしたことも無いような困惑と狼狽に覆われていた。
どうみても今あたしが受けているのは卓越した魔術としか思えないのだから。
■ミリーディア > 「君の思っていた通り、魔術師で在り、錬金術師で在るのは確かだ。
そして此処の管理者で在る事もね」
身を屈め床に落ちた杖を拾い、其の序でに瞳に薄っすらと輝く魔法陣を浮かべて其れを見詰める。
取り敢えずは魔導具で在る事だけを判別すれば、視線を少女へと戻して。
少女から向けられる視線に対し、変わらぬ普段通りの表情を見せる。
「さて、侵入者を捕らえたと為る訳だ。
不法侵入、無断閲覧、君はこの先如何なるか解るかね?」
頭の中で色んな考えが巡っている事だろう。
自分の存在について、自身の行動について、後は後悔でもしているだろうか?
手にした杖は浮遊と固定の魔術で傍に浮かせる。
更に顔を寄せれば、ゆっくりと、言い聞かせるかの様に、少女へと小声で聞いてみるのだ。
■ベルモット > 「どうなるか……」
宮廷に不法侵入した者への刑罰。一番考えられるものとしてはなんだろう。
幾度と考えてもあたしに思い浮かぶのは、あたしの首と胴が泣き別れになる光景だけだ。
駄目だ、これ九分九厘死んだわあたし。そんな絶望の二文字が脳裏を仔馬のように跳ねている。
「いえ、あの。先ずは落ち着きましょう。ほら、あたしの言い分というか?
公平性を保つのにそういう意見陳述も必要じゃないかなあって思うのよね。
先ずそもそもあたしが此処に居る事自体が不幸な事故というか、衛兵さんの勘違いでね?
いやあ出入管理と一言に言っても最近シェンヤンとのアレコレで忙しいでしょうし、
きっと疲れていたんでしょうね。だから彼が悪いとかでもないから、後から責めないで上げて欲しいんだけど
序にあたしも責めないで欲しいというか、何か盗んだ訳でもなく、本を読んだだけな訳だし──」
必死に弁明をする、宙に縫い留められたかのようなあたしの姿勢はまるで新進気鋭の芸術家が彫塑したオブジェのよう。
指一つ動かせない姿勢なのだから、ミリーディアの顔が近づいても離れる事なんて出来ない。
それなのに口は動くし、瞬きも出来る。改めて細緻に富んだ見事な魔術だと思うと同時、
出来れば自分が喰らう以外で見たかったなあ。なんて与太な思考が浮かんで流れ、浮遊する杖に掻き混ぜられていった。
「……そ、それと!一応言っておくけど、助けるけれどその杖を引き換えに、とかは駄目だからね!
あたしの御先祖様が作った大事な家宝の杖なんだから!」
掻き混ぜられた思考が模る言葉は家宝の杖を案じる言葉。
言外に返しなさいよ。と唇を尖らせ、拘束魔術から抜け出そうと藻掻くけれど、効果は無くて疲れるばかり。
■ミリーディア > 先の様に静かに少女の言葉へと耳を傾ける。
よく此の状況で此れだけの言葉が並べ立てられるものだと一種の感心を抱くものだろう。
然も自分の事だけでない、自分を通してしまった衛兵の事迄考えている様だ。
其の必至さや考え方に少しばかりの悪戯心が湧いてしまう。
「君の言い分は聞かせて貰った。
だが君は法に触れていると知りながら此の場所へと入ってしまった事実は変えられないだろう?
然も入れたのを良い事に無断で此の場所の物に触れ、閲覧を行った。
幾つの法に触れているんだろうね、ベルモット君?
君を通してしまった彼も彼で、責任は重大だろう。
此れが若し王族に害を為そうとする相手だったら大問題だ」
其の弁解への無慈悲とも取れる返答。
其の間も少女の束縛は解かれず、此方からの冷たいとも云える視線を受け続ける事と為る。
「杖は没収だろう、君を助ける以前の問題だ。
そうそう、如何なるかの説明を忘れていたね。
疑わしき相手は処分するに限るが、其れでは勿体無いな。
君の様なお嬢さんには其れなりの処罰も在る。
行いを反省する意味で、其の身体に行った罪の重さを知らしめるのも良いね」
更に言葉は続く。
其れは彼女が想像していた刑罰の内容。
其の内容を説明し乍、意味を察させる様に視線を少女の身体を上から下まで品定めする様に向けてやるのだ。
さて、目の前の少女は此れに如何反応してくれるだろうか?
■ベルモット > 「ぐむ…………そりゃあ、まあそうなんだけど……錬金術師なら、魔術師の端くれなら
王家に秘匿された知識を知る機会が目の前にあったら、大人しくしていられないでしょう!
得た知識を元に改良し、皆に広まれば幸せになる人が増えるわ!
それが王族に害だって云うならば、そんな人達に民を統べる資格なんて無いでしょう!?」
ミリーディアの蒼い瞳はひょっとしたら氷で出来ているのではなかろうか。
もしも身体が動いたならば、その瞳に指でも突きこんで確かめたに違いなく、けれども叶わず声ばかりが暴れまわる。
「没収って貴方……それは大事なあたしの……なに?」
彼女があたしの杖の処遇を口にするなら尚更だ。
口角に泡を飛ばさん勢いで叫びそうになって、でも次の言葉でそうした様子はぴたりと止まる。
止まって、視線がミリーディアの目線を追う。言葉の意味は流石に解って、判る。
「…………………………じ、冗談よね?」
厭だ。
それは、それだけは厭だ。
何をされるのか鮮やかに脳裏に想起されて声が震えた。
「そ、そんなのってないでしょう。だって、あたしはタイクーンになって、素晴らしい錬金術師になるのよ?
皆があたしの名前を知って、あたしが錬金術で作り上げたもので幸せになって……ハッピーエンドになるのよ?」
散々に辱められてから殺される。
そんな話は知らない。
だから違うと、震える声が否定し、問いかける。
■ミリーディア > 「君は此処に大層な想像を持っている様だが、秘匿される程のものは無い。
そんな必要が在る物をこんな目に付く場所に置く訳が無いだろう?
一般的とは云わずとも、専門知識が在れば理解出来る範囲のものだよ。
因みに王族に対する害と云う意味を履き違えているよ、ベルモット君。
儂の云った意味は、こう云った意味だ」
勢いよく叫ぶ少女だが、表情は一片たりとも変化しない。
勘違いした意味に対して、説明する様に親指で首を刈る仕草をしてみせた。
そんな言葉の遣り取りをする途中で少女の勢いは止まる。
続けて伝えた言葉の意味を察したのは直ぐに理解出来た。
「案外、直ぐ理解してくれた様だね、ベルモット君?
君がどんな事を夢見ようとも、其れが現実なのだよ。
特に此の王国内、然もこんな王城内で罪を犯せば、想像以上の逆流が君を襲うものだ。
……行った事がどれ程重大な事か理解出来たかね?」
少女の語る未来、其れを打ち砕く言葉を躊躇無く吐き出す。
ゆっくりと見せ付ける様な手の動きが少女へと向けられ…
「まあ、其れはあくまでも幾つも続く道の一つだ」
ポンと少女の肩に触れれば、少女の束縛魔術が解ける。
肩に手を添えたのは、いきなり束縛が解けてバランスを崩すのを支える為だ。
■ベルモット > 続くミリーディアの言葉は冬空のように冷たい。
知識の質も、害の形も、現実として降り掛かる事柄も。
どれもこれもが、あたしが無駄死にだと丁寧に判り易く説明してくれている。
彼女が魔術師として教鞭をとるならば、さぞや生徒からの評判は良いだろうとも思った。
ただ、あたしがその光景を視る事は無い。永遠に。
「………へ?」
彼女の手が伸びた時にせめて噛み付いてやろうとしたのに、意外にも身体が自由になって変な声が出た。
忽ちに姿勢を崩し、小柄なミリーディアに凭れそうになる身体が存外頼もしく支えられて瞳を数度瞬く。
「…………えっと」
凭れた姿勢を正し、一歩離れてからミリーディアを視る。
同時に逃走経路を考える。
足の速さはどうだろうか。
バッグに隠した閃光玉は通用するだろうか。
もしも城外に出られたら、そのまま港へ向かうべきだろうか。
ああ、でもその前に杖を取り返さないといけないな。
等々、幾つもの与太が浮かんで、そのまま消えた。
「な、なに?見逃してくれる……の?」
下手な事はしない方が良い。
そもそもが、彼女は管理者と名乗った。
その権能が仮に城全体に及ぶとするなら、余計な事をして刺激なんてしないほうがいい。
■ミリーディア > 矢張り支えは必要だった。
力が抜けて凭れそうに為る少女の身体を支えそう思い、不思議そうに見上げる少女を見詰め返す。
勿論、其の手から離れる少女を止めたりもしない。
只、此れから先の思考を巡らす少女を前に、笑いを堪える様に肩を震わせる。
直後には其の表情は僅かながら可笑しそうに笑っていた。
「怖かったかい?ベルモット君。
だが此れが君が行った行動の行き着く結末の一つなのだよ。
見逃しはしないが、反省は出来たかね?」
固定していた杖へと手を伸ばし、魔術を解くと同時に掴む。
其れを伝え乍に杖を少女へと向けて受け取り易く放る。
元々した事に対する注意をする事だけが目的だったのだ。
処罰をしたりする訳が無い。
然し此の侭逃しては勿体無いと云う考えも在った。
「君の可愛らしい姿を見てみたいのは事実だが、君の様な相手に無理矢理は合わないだろう。
其れと、折角だから勧誘をしてみようと思ってね。
磨かれて無い原石の一つを見付けて、興味を持たないのは嘘だろう?」
少女を発見した時点で感じていた、其の魔力の大きさ。
其の名を聞き、彼女の家系に気付いた時点で考えていた事だ。
■ベルモット > 瞳を瞬き呆気に囚われたあたしの顔が余程面白いのか、ミリーディアが肩を震わせて笑った。
少しだけれど見目相応の表情に釣られ、緩みそうになる己の頬を軽く叩いて戒め、代わりにと不満そうに唇を尖らせるわ。
「……反省……ええ、そうね。反省したわ。ただ、あたしは天才だから失敗したって平気よ。
天才は失敗をしてもめげないの。折れないの。反省し、直ぐに改善して成功してみせるなら、天才は天才でしょう?
だから次は、貴方に見つからないように侵入してみせないとね。………た、例えだからね?もうしないからね?」
問いには迂遠に言い訳じみた答えだって返ろうもの。言葉尻が窄まるようになって、目線が泳いでしまうのだから、
彼女の問う恐怖の有無は判り易い程に解ってしまうに違いない。
放られた杖を受け取り、支えにしなければ危うくへたりこんでしまいそうで、けれども見栄で立っている始末。
「む、無理やりは誰にでも合わないからっ!特にあたしには……って勧誘?」
顔に熱が上がりそうになって、先程とは違う理由で再び頬を叩いて戒める。
それから頭を振って、続く言葉の意味に首をかたりと傾いで見せた。
「えっと……貴方って魔術師で、錬金術師だとも言っていたけれど……宮廷魔術師の誘い……ってこと?」
宮廷魔術師。
魔術に携わるならば憧れる者も多い立場だ。
一種のステータスと言っても良い。
けれど、宮廷付になってしまえば自由に彼方此方に行く事は出来なくなってしまう。
あたしは眉根を寄せて、ミリーディアの真意を問い返すようにもした。
■ミリーディア > 「そう、可能性の在る限り突き進む事は大事だ。
然し其れに見合う見返りも受け入れられてこそだろう。
良し悪しの関係を無しにしてな。
其れがまだ受け入れられない内は無理は控えるべきだね」
彼女の考え方も重要だ、其れが無ければ発展も何も無い。
今回は偶然見付けたのが自分だったから良かった。
だが見付けた相手に依っては今回に近い事は起こった筈だ。
其れは知るべきであるが、今回の件で理解はしただろう。
良い意味で諦めを知らぬ少女に目を細める。
「ああ、そう云えば名前しか名乗っていなかったね」
首を傾ける少女に思い出す様に視線を斜めに。
改めて少女へと向ければ唇を開く。
「第二師団補佐、そして此の王城内に在る魔術研究施設の室長、ミリーディアだ。
宮廷魔術師なんて自由の無い面倒なものはやる気もない。
君を誘ったのは、魔術研究施設の室長としてさ。
天才錬金術師を目指しているんだろう?
君は才を持ち、正しき考えを持ち、他人を思い遣る心を持つ。
十分な素質在りと判断しての事さ、如何かね?」
宮廷付では無い、形式上では研究員との役付けだ。
少女の口振りから、宮廷付の様な立場での拘束等は嫌っている様には感じられるだろう。
■ベルモット > 「……………キヲツケマス」
穏やかで優しい、子供を相手にするような諭し方だと思った。同時に真実、あたしを慮ってくれているようにも。
だからそうした苦言は太陽のように眩しくて、あたしはやっぱりきちんと見つめることが出来ず、言葉も小さく頼りが無い。
ただ、ミリーディアが名前以外の事を詳らかにすると、あたしの口からは吃驚したような声が飛び出る事になるのだけど。
「室長って……!?え、ええ?貴方が?いや、だってどうみても……」
子供だ。
ミリーディアはあたしの目にはどうみても子供だ。
でも、今はそのどうみても年下の少女がとても大きく見える。
ミリーディアの老成した、ともすれば超然とした態度と年齢に見合わない魔術の冴えがそう思わせるのかもしれない。
「えっと……自由はあるみたいだけど、あたし彼方此方に出歩くし、いつかはこの国からも出て行くわ?それでも大丈夫なものなの?
評価をしてくれるのは嬉しいけれど……と、というか。というか貴方ってお幾つなの?その、あたしより若く見えるんだけど!」
王城内にある魔術研究所の長。どれだけの才能が堆くあったとしても、一国の頂点に至るには目の前の少女は若すぎる。
……ように見える。もしかしたら幻覚の類で若く見せているだけなのかもしれない。そうも思ったけれど、
先程支えられた時の感じからして、彼女の身体が見たままである事は、他ならぬあたしが知っている。
「と、ともあれ!それでもいいなら……ま、まあ興味もあるし?吝かじゃないというか……抜ける時は死罪!とかないよね?」
知っているから余計に混乱もするのだけど、それはそれとし、あたしの返事は前向きだ。
何しろ彼女に今、心変わりを起こされたら間違いなく死ぬのだから断れよう筈も無い。
心臓が早鐘のように鳴り、跳馬のように跳ねているのを抑えるようにしながら言葉を重ねるの。
■ミリーディア > 「理解出来れば其れで良いさ」
言葉短に其れだけを返す。
確りと教える必要は無い。
強く言い聞かせる必要は無い。
其れを理解出来さえすれば十分なのだ。
「何を疑問に浮かべているかは大凡見当は付くが、直ぐに解るさ。
何処に行こうが、何処に居ようが関係無い。
施設はあくまでも場所が必要な者が使っているだけさ、君も必要な時に使えば良い。
出した結果を情報として伝えてくれれば儂としては十分なんでね。
其れでは、勧誘成功と受け取って良いのだね?」
あえて、其れだけは有耶無耶にしておいた。
どうせ他の研究員や知人から耳に入るし、其の時の反応を楽しみにしているのも在ったからだ。
其の侭続けて少女の懸念部分の説明も付け足しておく。
自分だって研究している立場だ、自由に動きたいのは解っている。
尤も、後に続く抜けるか如何かについてはこう答えておくのだ。
「勿論抜けるのも自由さ。
只、研究を繰り返す為の支援が必要と為るだろうからお勧めはしないがね。
此の件は儂にとっても君にとっても有益なものだと、少なくとも儂は思っているよ」
そこまでの言葉を終えれば、改めて少女へと歩み寄る。
必要も無いのに触れる程の距離へと近付けば、態々小声でこう囁いてあげよう。
「ああ、序でに云えば君自身にも興味が在る。
そうした意味では、儂の方が受けてくれると有益で在るのかもね」
■ベルモット > 「むう……何だか妙……でも、ええ。確かにその通りよね」
理解出来ればそれで良しとミリーディアは言った。
彼女の年齢に対する疑問も、概ねそうであったからあたしはそれで良しとした。
聞けば思っている組織よりも随分と自由で、研究員と言っても、お互いに知識を交換し合う緩やかな協力関係であると知れた。
「それなら確かに有益だわ。フィールドワークに出辛い人の分まであたしが出れば、それがその人の助けにもなるし。
知恵も技術も共有する事で導かれる道もきっとある筈!やっぱりあたしは強運ね!今度衛兵さんに差し入れしなきゃ──」
明るい未来への展望。そしてあたしの野望へ間違いなく一歩進んだことに高らかに笑う──のだけど。
不意にミリーディアが、鼻先が擦れ合う程に近づいて幾つか言葉を囁くと笑いは止まってしまうの。
「……え"っ?」
多分に意味深な言葉に盛大に言葉が澱んで濁って判然としない。
意味が何時か透き通るのかは今は判らず
「ま、まあまあまあそれはさておき……お近づきの印にどうぞ?」
あたしは誤魔化すように、ウエストバッグから紅茶味の飴玉を取り出してミリーディアに握らせるのでした。
ご案内:「蔵書庫」からベルモットさんが去りました。
ご案内:「蔵書庫」からミリーディアさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城内図書館」にエダさんが現れました。
■エダ > 王城内には穴場と呼べる場所がいくつかある。
仕事先のタロス家令嬢がサロンでご友人方とおしゃべりを楽しんでいる間、侍女の女が時間を潰す場所といったら、だいたいがこの図書館。
国情が乱れてきた時分から徐々に利用者が減り、とくに夜間はいつ行ってもほぼ貸し切り状態。
蔵書は持ち出しを禁じられているが、カバーされているジャンルは広い。
古い革張りの本特有の好ましいにおいを嗅ぎながら書棚の間を歩く女が目指すのは、美術書の棚だ。
ひとり静かに画集を眺めることのできる環境なんて、ここ以外には望むべくもないから。
足取りは自然いそいそと、どこか弾むよう。
■エダ > 「えぇっと……あ。あんなところにあった」
前回ここへ来た時に、途中までしか見られなかった大判の本。書棚の高い棚、女の背丈ではちょっと届かない場所に置き場所が変わっている。きょろきょろとあたりを見回し、スライド式の梯子を発見すると、今度はそちらへ。
「ん! ……え、なんかすごく、かったい、ような……!」
読みたい本のある場所まで押しやろうとするのだが、このところの雨続きでどこかが錆びついてでもいるのか。
ぎしぎし軋むばかりで、スムーズに動いてはくれない。ふう、とひとつ息をつき、両手をしっかりと添え。全体重をかけてみると……。
ぎ、ぎぎ、ぎぎぎぎぎきぃ……。
ひどく重く、ひどく大きな軋み音を立てて、ようやく動き出した。
ご案内:「王都マグメール 王城内図書館」に黒須さんが現れました。
■黒須 > (またしても同じような任務故にやってきた城内。
この前と同等の黒い紳士服で身を染めて、城内を歩き回る。
どうにも、貴族の話は上品で変質な物が多くあるためかついてこれず、トイレに行くフリをして出て行った)
「たく、貧民地区出身のクソッたれにはわからねぇって話だ…。」
(そんな一人事を呟いていると、図書館のある部屋の前で立ち止まる。
室内から響く変な音を聞き、眉をひそめてその中に入っていく。
音の元を探すために歩いていると、はしごを動かしている女の姿を見ている。)
「…何やってんだ?」
(そのまま革靴の音を響かせながらその女の後ろに立ち、声をかける)
■エダ > 「て、手強い……! もう一回。せぇの……っ!」
力を入れるために息を詰めて、なかなか動かぬ梯子のやつめをもう一度。……と奮闘していたら。
急に後ろからかかる声。反射的にびくりと肩が跳ねて、
「はい!? ……あ、びっくりした。黒須さん、でしたよね、こんばんは。
……いえ、高いところにある本を取ろうとして、梯子を動かそうとしてるんですけど。手強くて」
変なところ見られちゃったな、と先日面識を得た相手へ、決まりの悪い顔である。
額を抑えると、うっすら汗までかいていた。
ご案内:「王都マグメール 王城内図書館」から黒須さんが去りました。
■エダ > 見かけによらず親切な彼の手を借り、望む位置まで梯子を動かしてもらったその後は。
一段一段、腐食などしていないか足場を確かめながら梯子を登り、注意深く本を手に取った。
胸元に抱えるようにして梯子を降りきると礼を言って別れ。
いつもの定位置──書棚と書棚の谷間にある壁際の席へと移動する。
侍女は、隅っことか閉所が落ち着くタイプの人間だった。
■エダ > 大判の本は、デスクに載せるとそのスペースの大半を塞ぐ。魔法の読書灯をつけ、
浅く腰掛けた椅子から身を乗り出すようにしてページをめくり始めた。
「この前はどこまで見たんだっけ……。ええと、……」
適当に索引を見ると『先史時代の王国美術』……いや、そんな古い時代の絵ではなかったはずだ。
錆びた梯子の軋む音もやみ、静けさを取り戻した図書館に、ぺらり、ぺらりと頁を操る音が響く。