2019/01/21 のログ
ギュエス > 有閑の間に、男の手は幾度も机の上に皿へと伸びた。
そして、ついに最後の一枚すらも平らげてしまえば、後はどこか物寂しさが残るばかり。
紅茶も尽きた、菓子も無くなった。その間にやってくる、不運な娘もいなかった。
ならばどうするか――こういう時は、素直に休んでおくが吉だ。経験則、と言う奴だろう。

「……そろそろ夜も遅い。明日もあるから、帰るとしよう。シゼル、お前は先に帰って、風呂の用意をしておくがよい。
 我が護衛には無銘がいる。あれがそこいらの刺客になどやられる訳がないからな。むしろお前こそ、妙な輩に捕まらぬように気を付けよ」

娘とも言える少女に告げると、目の前で彼女はくすりと笑みを浮かべ、一瞬の後に掻き消える。
その瞬間、僅かに瞬いた銀色の光は、彼女の目――時を統べる魔眼を用いた証だ。
時を止めて邸宅へ。そして彼女は、確かに男の望む通りに湯を沸かし、従う雌の中から数人を選定し、風呂の用意を整えるのだ。
後は影が滲むように現れた男――無銘と称された彼が、立ち上がる巨体の身を守り、そのまま緩やかに夜の闇に消えていくのみ。
談話室に残るのは、静寂と使用済みの食器の類のみ。それらは全て、翌日の王城仕えのメイドたちが、きれいさっぱり片づけてしまう事だろう。

ご案内:「王都マグメール 王城 談話室」からギュエスさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城 ドラゴンフィート派出所」にレナーテさんが現れました。
レナーテ > 砦での戦闘後、戦闘報告のために城に戻ったが、宣告どおりに上司である組合長にしか話は通さなかった。
個人的な感覚といえばそれまでだが、どうにも向こう見ずな行動が受け入れ難かったのかもしれない。
理由は三つ。
一つは、彼は本気ではなかったこと、負傷も大したことはないだろう。
二つに、魔族の国に入れば相手は全力で戦うことが出来る。有利な状況で戦闘し、致命傷に至れぬ今、勝機など僅かにもあれば幸運だ。
三つに、相手の居場所が分かっていないのに、敵国へ突出すれば、後退が必ずしも安全ではなくなる。
砦を少しでも離れれば、前後左右、敵のテリトリーに囲まれるのだから。
そんな話を怒り心頭に組合長へぶつければ、彼はいつものような苦笑いで答える。
彼女には、彼女なりの考えがあるのだろう、と。
それは納得したが、だからといって戦闘班と遊撃班を無駄に動かさないようにと速攻で釘を刺すと、目が泳いでいた。
大方、弟がいる遊撃班で救援も視野に入れていたのだろうと思えば、深いため息を吐いてその日の報告は終わる。
そして今は当直を熟すべく、机の前でペンを走らせていた。

「……そろそろ、モノになったと聞きますが」

去年の夏、第七師団が崩壊した後の事だ。
大量の雇用を得るチャンスと、砦の防衛にも参加するようになり、ティルヒア支部ではその練兵が続いていた。
徐々にそちらの支部から手配された人員と、新人との入れ替えが始まり、その中でも期待していたのは、今配属先のリストに記入している新設部隊だ。
ミレー魔法弓兵隊、魔法銃ではなく組合長が用いる魔法弓の技術を叩き込まれた者達である。
これまでの弱点であった面制圧と火力の強化に一役買うとして期待は高く、大体の隊員が戦闘班へと割り振られていた。
もともとは、学問を奪われたミレー族が脱獄し、自由を得るために魔術を簡略化した技と言われている。
そのルーツを知るのは、彼らの研究をしていた組合長の母と、幼少から付き添った彼のみ。
技術の一部は第零師団の暗殺術として取り込まれたが、本来あるべき形は激務の中でも嬉しく思う。
羊皮紙の山を築いていくと、ぐっと背伸びをしながら背もたれへ寄りかかる。
相変わらず外の空気は冷たく、結露のにじむ窓の向こうはところどころに明かりを灯す城下町が映っていた。
立ち上がり、そちらへと向かうと、指先で雫を払っていく。
水気に薄っすらとにじむ夜景を、静かにただ眺める室内には、薪を弾く暖炉の熱と振り子時計の音色が重なるだけ。