2017/10/26 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城」にルクレースさんが現れました。
ルクレース > 王城内にいくつかある厨房のうちの一つ。
王族の私室が並ぶ区画に一番近い厨房の扉が、静かに開く。
王族や賓客への料理をつくるシェフ達の声や、調理の音で賑わっていた厨房も、深夜の時間ともなれば、既に炉の火は落とされて静まり返っている。
火の消えた厨房は、時期的なものもあって少しひやりとした空気が流れていた。
静かに開いた扉から、すっと影が滑るようにルークは中へと入るとまた静かに扉を閉める。
初めて入るわけではない厨房だが、今日厨房を訪れた目的は初めてのもので琥珀の瞳が小さな動きで厨房を見渡す。
その手には、なにやら紙袋が抱えられており調理台へと歩み寄るとそこへ紙袋を置いた。

『やれやれ、勤勉なのはいいがあまり遅くならないようにするんだよ。』

誰もいない厨房で、脳裏にそんなまるで母親が子を諭すような優しい声が響いた。
声の主は、ルークが契約している春陽の隼と呼ばれる存在だった。

『はい…。(しかし、この時間にならないと厨房は使われていますし、日によっては見習いの方が練習していてもっと遅くまで使われているので、ある程度は練習をしておきたいところ…)』

相変わらず、言葉ではなく思念を飛ばしてコミュニケーションをとる念話には、思考が混ざってしまっている。
コントロールのできていない本人は、短く返事をしただけのつもりなのだけど…隼の苦笑の気配を感じると、やはり思考が漏れてしまっているのだろう。
そちらも要努力といったところだが、とりあえず今は此処へ来た目的を果たしたいところ。

「………。」

紙袋から取り出され、調理台の上でころんと転がるのは白い鶏の卵。
調理されていない状態の卵を触るのも、初めての経験…だと思う。
そっと、静かに紙袋から取り出していくと結構な数の卵が調理台の上へと並べられていく。
そして最後に、初心者向けレシピ集の付箋をつけた部分を開いておく。
食事がとれぬほどに酷くなかったとはいえ、それでも多少障りのあった悪阻が落ち着いてきたので、以前からやろうと思っていた事に取り掛かることができる。
――そう、料理である。
食に頓着しない生活を送ってきたルークは、調理をしているところすら殆ど見たことがなかったが、夫となった人に此処で調理の過程や、出来上がったものをご馳走され感動を覚えたのは随分と前になる。
今まで料理などしたことのなかったルークが、いきなり彼の作ったようなものを作れるとはルーク自身も思ってはおらず、レシピ集の開かれたページにあるのはシンプルなオムレツのレシピだった。

「………?」

卵を並べたのはいいが、割ってみようにも割った卵をいれる器がない。
調理台の下の棚を開けて、レシピにかかれたボウルというものをごそごそと探す。

ルクレース > ボウル…ボウル…。
用途を考えれば、それが器状のものであることがわかる。
綺麗に整頓された棚を荒らさないように、一つ、二つと棚を開けば割とすぐにそれらしきものが見つかった。
ボウルを調理台に置いて、卵を一つ手に取ると数秒見つめたあと恐る恐るコンコンと調理台を卵で叩く。

「………。」

――割れない。
一度手首を返して卵を見てみるが、ヒビすら入っていない。
恐る恐るやりすぎて、どうやら力が足りなかったらしい。

「――……。」

ぐしゃり。
強めに、と思ったら少し強すぎたらしい。
殻が潰れて中身が溢れ出ししまった。
卵くらいは簡単に割れるだろうと思っていたが、どうにも力加減が難しい。
ベトベトになってしまった手と調理台を布で拭き取ると、二個目を手にとって中間くらいの力加減になるようにしつつ、慎重に調理台に卵をぶつける。
少しヒビが入り中身も漏れ出してきていない。
イメージでは、このまま殻の内側にある薄い膜を破るようにしつつぱかっと二つに割れば中身がボウルへと出てくるはずだが…。

ぐしゃ…

「―――………。」

ボウルへと割入れようと力を込めたとたん、殻が掌の中で潰れてしまった。
一応ボウルの中に中身は入ったものの、黄身が潰れて殻がいくつも混ざってしまっている。
小さく嘆息するものの、元々表情の変化は乏しく、あっても微かなもので他人が見れば無表情で動じていないように見えるかも知れない。

「(握りこむのではなくて、指先だけで殻を支えるようにすればいいのだろうか………)」

表情の変化が乏しいながらも、どうすればうまくいくのかを手を拭きながら思いつく方法を考える。

ご案内:「王都マグメール 王城」にアーヴァインさんが現れました。
アーヴァイン > 今夜は遅くなるからと告げたが、想定したよりは少し早く帰ることが出来た。
そうして部屋に戻れば、最愛の人の姿はなく、はてと軽く首を傾げながら装備を下ろし、城の中を探し回る。
庭や書架並びの小さな図書室など、いそうなところは一通り確かめたかは姿はない。
出掛けたのだろうか、少々心配になりながら部屋へ戻る道を歩く中……カツカツというとても小さな物音が淡く鼓膜を震わせた。

「……?」

音の先には厨房、こんな夜中にそこに足を踏み入れるとすれば自分ぐらいなものだろう。
訝しげに思いながら扉をゆっくりと開いて中を覗き込めば、卵を手にした彼女を見つけた。
ヒビを入れた卵、それを割ろうとした瞬間、掌で潰れていく少々寂しい光景に、苦笑いを浮かべながら厨房へ入る。
後手でドアを閉めれば、柔らかに笑みを浮かべてみせた。

「卵も、最初割るのは大変だからな」

幼き頃の記憶が脳裏に蘇り、彼女と同じように殻と中身をグチャグチャにしてしまったのを思い出す。
傍に寄り、器具の収まった棚を開けば小さなトングを取り出し、タオル地の紙を一枚引き抜く。
本来の用途とは違うが、それを手にボウルへ近づけると、白身と黄身が入り交じる中から器用に、欠片の様な殻を摘出していく。
先程の紙の上へ、抜き出した鏃を転がすように取り分けていく動きも、妙に慣れたものだった。

ルクレース > 遅くなるから、とそう告げて出かけて行った彼。
今日を練習の日に選んだ理由に、彼が不在というのもあった。
料理の過程を見たことがなかったのも、料理をしたことがないのも彼は知っているから、別に隠すことではなく彼に教えを乞うた方が効率がいいと分かっている。
それでも、彼の不在を選んで練習をしようとしたのはきっと彼の驚く顔が見たかったからかもしれない。

「―――っ…。」

丁度卵を割りかけで、手のひらの中で潰れてしまったところを見られてしまったようで、キィと小さく鳴いたドアと人の気配にぱっと顔をあげれば、そこには不在のはずの彼の姿があった。

「アーヴァイン様…。…はい、もっと簡単にできると思ったのですが…、力加減が難しい、です…。あ、の、おかえりなさいませ…。ご予定、よりも随分と早いご帰宅だったのですね」

琥珀色の瞳が彼の姿を捉えて、二、三度瞬きを繰り返す。
唇は無意識に彼の名を紡いでいて、柔らかな笑みを浮かべながらの彼の言葉に、少し視線が落ちる。
彼は片手でとても簡単そうに割っていたから、自分でもできそうだと思ったのだけど実際はこのとおりな訳で。
驚きから、彼の言葉への返答が先になってしまったことに気づいて、おかえりなさいと愛しい人を迎える言葉を紡いで。
トングとタオル地の紙を手にした彼が傍に歩んでくると、何をするのだろうと微かに首をかしげた。
ボールの中で、黄身がつぶれて殻がまざってしまったそこからひょいひょいと慣れた手つきで殻を取り除いていく。
器用な彼のことだから、スムーズに取り分けられていくのはふしぎではないはずだが、妙に手馴れているような動きに感じるのは気のせいだろうか。
料理上手な彼が、割った卵に殻を混じらせることなんてなさそうなのにと、不思議そうな色合いをみせる瞳がボウルから彼へと移り。

アーヴァイン > 卵を砕いた様子、料理本に無数の卵。
以前も鳥達について自身で調べようとしたりと、大人しい雰囲気とは裏腹に、行動力がある娘だとも思っていた。
その証拠と盛大に踏みだ外した第一歩が、子供の頑張りのように可愛らしくて、思わず頬が緩む。
可愛い娘だと思いながらも、敢えて言わなかったのは、恥じらわせるとまた卵を砕く羽目になるやもしれないと、小さく気遣ったからで。

「これが意外とコツがいる。ヒビを入れる時は強めでも、開く時は殻を壊さないように、適度に加減しないとならないが……言葉より身体で覚えるほうが早い」

瞳の動きの理由は、現れないはずの自分が現れたからか。
そんな小さな変化も、心擽るもので一旦料理そっちのけに抱きしめたくもなるが、違う方向に流れてしまいそうだから今はぐっとこらえた。
砂の小粒のような小さな殻までも、トングの尖った部分同士で綺麗に捕まえていき、時折ボウルを傾けて中身を確かめていく。

「ん、あぁ、ただいまだ。少しでもルークの傍にいたかったからな……なるべく急いで片付けたところだ」

小さく頷きつつ、ちらりと彼女を見やれば、問いかけるような視線が向けられていた。
妙なことをしただろうかと思うも、手にしたトングと手元の殻に嗚呼といった様子で、意図を理解すれば、卵がきれいになったのを確かめてからボウルとトングを置く。

「宿の娘に料理を教えたときもこうなることが多くてな、殻が交じると、口の中に不快感が残るからと無理して食べなくていいと言ったんだが……肥料にせずに焼いて食べるんだ。だから、こういう事も多かった」

首輪要らずの宿、そう呼ばれる彼の始まりの宿はまだ貧民地区で健在だ。
ろくな食事を与えられなかった奴隷抜けの娘達ともなると、殻如きで栄養価の高い材料を手放せないのだろう。
とはいえ、美味しいものを食べて欲しい。
深夜に夜食を振る舞った時と同じく、食の幸せを覚えて欲しいと願った結果の技術。
そして、改めて卵を手に取れば彼女へ差し出す。
臆せず練習すべしというように、柔和に微笑みながら。

ルクレース > 駒としての意識であったときなら、料理なんて覚えても意味はないときっとこんな風に行動に移すことはなかっただろう。
こんな風に、自ら動く原動力となっているのは彼という存在に少しでも近づきたいと、そんな風に思える心が育まれた結果ともいえる。

「卵の殻は思っていたよりは硬くて、でも薄くて脆くて加減が難しいです…。」

悪戯が見つかったような心地というのだろうか。
小さな秘め事が見つかったのに、胸がむず痒いような淡い恥ずかしさを抱きながらも、体で覚える方が早いとの言葉に素直に頷く。
その間も、手際よく大きな殻を除いたあと、小さな砂粒のような殻まできれいに取り払われていく。
ボウルを傾けては、殻の有無を確かめていくのにつられるように視線はボウルと殻を取り去るトングへと向けれる。

「…――――た、只でさえ、お忙しいのですからあまり無理はなさらないでください。………ですが、その、あの…早く、帰ってきていただけて、嬉しい、です…。」

さらりと、言われた言葉に見上げた視線と、向けられた彼の視線が交差して頬に朱が挿す。
しどろもどろになりながら、無理はして欲しくないと思うけれど嬉しさが溢れてとまらなくなってしまう。
護衛をしていたときのように、仕事中の彼に四六時中くっついていることはなくなったが、護衛ではなく妻という立場に変わってずっと傍にいなくても心が近くなったように感じる。

「ああ、そうなのですね。少し、安心しました…。劣悪な奴隷商などですと、経費削減のために奴隷に与える食料を減らう事もあると聞いたことがあります。飢えを知っていると、それだけ食べ物も大切に思うのでしょうね。」

彼が料理を教えた宿の娘たちも、最初はこうやって殻を混じらせてしまっていたと知らされると、自分が特別不器用なわけではないのだとすこし安堵する。
飢えを知っていて、殻も気にせずに食べようとする娘たちにむけられた優しさ故の技術。
彼の優しさを感じるたびに、知る前よりももっともっと好きだと思う。
差し出された卵を受け取ると、調理台にコンコンとぶつける。
ヒビを入れる力加減は、先ほどと同じで問題ないはずで、問題は割るときの力加減だった。
そぉっと指先に神経を集中させながら力をいれると、カパっと卵が二つに割れて黄身と白身がボウルの中へと踊りだす。
1、2欠片だけ小さな殻のかけらがまざってしまったが、ボウルの中には綺麗な円を描く黄身と白身があった。

「…すこし、殻が入ってしまいましたが今度は黄身が潰れませんでした。」

あまり先ほどと変化がないような、抑揚の少ない言葉だがそれでも彼には嬉しさが滲んでいることが伝わるだろう。