2017/08/30 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城 王族の私室」にルークさんが現れました。
ルーク > いつものように、主である王族の私室へと届く私的な書簡の類を書斎に運び整理を終えて、ふぅと小さく吐息を吐き出した。
胃の辺りにある不快な感じは、身ごもった時に体が変化するのに伴うものらしい。
その他にも匂いに敏感になったり、味覚の好みが変わったりと様々な変化が起きている。
そっと手を当てる腹部には、まだ膨らみはなくけれど確実にそこには大切な命が宿っている。
寝室への扉を開いて、広いベッドに腰掛けるとそのまま少し横になる。
少しだけ、と就寝の時以外に体を横たえるのは主の傍に仕えることを最優先に考えるルークにとっては珍しい事だった。
体が子供を育てるために体力を使っているからなのか、疲労感というよりは強い睡魔に襲われる。
洗濯された清潔なシーツからは、石鹸の香りと微かに彼の人の香りがして、その安心感が余計に睡気を誘う。

「(湯の用意をして、あの方がお帰りになられた時に寛げるよう準備をしなくてはならないのに…)」

起きて動かなければ、とそう思うのに瞼が重く閉じていく。
うつらうつらと微睡みの中へと、そして眠りの中へと意識が落ちる。
そよそよと窓から吹き込む風がカーテンを揺らす。

『………。』

『此処』はどこだっただろうか。
開いた視界に映るのは、モノクロの世界。
血反吐を吐くような厳しい訓練の最中、母親に抱かれて笑う子供の姿が見えた。
持ち主の意思の通りに動く『駒』には要らないもの。
物である自分は、ただ持ち主の意思の通りに動けるように訓練を重ね、自分の事は自分でしなければ誰も助けてはくれない。

『………。』

赤い濡れた感触が手にまとわりついているのが見えた。
模擬戦闘で同じ駒として育てられている、同じ年頃の子供のものだ。
初めて命を奪った感触、やらなければ自分が殺されていた。
それが幾度も幾度も幾度も、繰り返される。
カルネテル王家の血が流れ、子を産むための道具としての役割があったとしても、『駒』として生き残らなければ不要と棄てられるだけ。
幾度も命をかけた訓練を繰り返して、生き残った者だけが『駒』として存在することを持ち主に許される。
振り返った先にあるのは、累々と積み重ねられた『駒』になれなかった子供たちの亡骸。

『(ああ、これは…夢であり、記憶だ…)』

地に伏して、血を流すいくつもの眼がこちらを見つめている。
どうして駒であるお前が幸せを手に入れられるの?
どうして駒であるお前が温もりをもらえるの?
駒になれなかったモノたちの怨嗟の声が聞こえる。

ルーク > あの日見た暖かな手に触れられて笑う子供と、駒として作られた自分たちは異なる存在だと、望む度に踏みにじられ、打ちすられ叩き込まれてきた。
触れる温もりを、包み込まれる愛を、人間らしい感情を手に入れられたのは幸運だったから。
そして、その幸運を手に入れられたのは駒として生き残ったから。
でなければ、ただモノとして累々と積み重なるそれらの中に自分がいただろう。
ずるい、ずるい、代わってよ、代わってよ
と幾重にも重なる怨嗟の声にルークは首を横に振った。

『譲れない、譲りたくない。私は、あの方の傍にいたい…。』

今更こんな夢を見るのは、人としての幸せを掴んだ事で彼らに罪悪感を感じたからなのだろうか。
それでも、決して譲れない願いが確かに存在した。
それが、駒と人との違いなのだろう。

ふわりと、暗い視界の中で白い光が舞う。
まるで雪のように白い羽毛が、ふわり、ふわりと降ってくる。

『何ヲ望ムノ?何ヲ願ウノ?』

怨嗟の声をあげる打ち捨てられたモノたちに、羽が触れると痛々しい傷を癒してひとつ、またひとつと積み重なったモノたちが消えていく。
どこからか聞こえる声は、問を投げかける。

『あの方の傍にいたい。他人のために傷つく事も厭わないの方を、癒して護りたい』

答えは変わらない。
誰にも譲りたくない願いを、どこからか聞こえる声へと返す。

『分カッタ。何レ会エルノヲ、待ッテイルヨ』

羽は雪のように降り注ぎ、打ち捨てられたモノたちを全て癒し消したあとそう声が響いて目が覚めた。

「……夢…」

夢を見ること自体珍しいのだが、おかしな夢だったように思う。
横たえていた体を起こすと、意識をはっきりさせようと何度か頭を振って夢の内容を思い出そうとする。

ご案内:「王都マグメール 王城 王族の私室」からルークさんが去りました。