2017/05/08 のログ
アーヴァイン > 溜まっていた書類仕事を終えると、静かに部屋を後にする。
部屋へと戻る前に、城内を回って彼女の姿を探してから床につくだろう。

ご案内:「王都マグメール 王城 執務室」からアーヴァインさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城」にルークさんが現れました。
ルーク > まだ主が公務で不在の私室の扉を静かにルークは押し開いた。
ここ何日かの間、主の前にルークは姿を現せずにいた。
――合わせる顔が無い。
けれど、傍にいたい。
矛盾する想いに、主の前に出ることができず他の護衛を担うバンシーの者と同じように影に溶けるようにして公務中の主の警護を行い、主が部屋に戻ってくる前に部屋の点検と書簡の整理をしてまた姿を隠す日々。
従者としては失格。その任を解任されてもおかしくないような状態であることを自覚しつつ、ルークはいつものように不在であった部屋の状態を確かめるため探索魔術を走らせる。
――異常なし。
部屋中に走らせた魔力に意識を集中して、不審物や不審人物が潜んでいない事を確認すると瞳を開く。
自身が立っている場所に、嫌な記憶が蘇りそうになり微かに眉根を寄せるとルークは部屋の奥へと歩みを進めた。
メイドの掃除が行き届いているか、不足しているものはないか、主が快適に過ごすことができるように部屋の中を整え、書斎へと入る。
日課といえるいつもと同じ業務。
不在の間に溜まった主個人宛の書簡の整理も、いつもと同じ仕事の一つ。
まだ、主が戻ってくるまで時間はある。
随分と未練がましいと、そう思う。主に合わせる顔がないのならば、自ら従者の任を辞するべきだと。
客観的に考えれば、そう答えは出ている。
以前のルークであれば迷わずにとったてあろう選択肢。
けれど、今のルークにはその選択を自ら行うことができなかった。
主が戻ってくるまでまだ大丈夫、と時計を確認しながら、届いた書簡へと視線をやればやはり視線を引くのは箔押しされた冊子の山。
毎日のように主あてに届くそれに、微かに吐息を零すといつものように通常の書簡の整理から手をつけ始めた。
探索魔術を通してから、送り主別に文箱へと手早く分別すると山のように積み重なった新しい冊子類へと取り掛かる。
表紙を開いては中の名前を確認し、紙にリストアップしていく作業。

「――……っ」

不意に蘇る感覚、記憶に淡々と作業をしていたルークの目の下に皺が刻まれる。
バサバサと数冊扱っていた冊子が床へと落ちて広がると、そこには着飾った見目麗しい貴族の女性のポートレイトと家柄などのプロフィールが細かに書かれている。
蓋をして、押さえ込んでもふとした瞬間に脳裏を過る記憶と感覚にルークはしばらく動けなくなる。
ぐっと上着越しに二の腕に爪をたてて、蘇る不快感と嫌悪感を自分の中に再び押し込めるように瞳を閉じる。

ご案内:「王都マグメール 王城」にアーヴァインさんが現れました。
アーヴァイン > それは、王都から離れた麓の集落から始まった。
普段なら通常の速度で飛翔し、王都まで移動する隼に乗ってくるが、普段とは違う。
風と雷を纏う隼、その力に恥じぬ速度で飛翔する姿は、さながら雷の砲弾と言ったところか。
シュゴォァッ! と強烈な風切音を発する鳥の背に、借り受けた風の力で吹き飛ばされないように気流を操りつつ、ゴーグルをした男がフックで固定した鞍で耐えていた。

「っ……!!」

ギリギリと悲鳴を上げる金具と暴れるロープ。
王都の上空へと差し掛かったところで、隼は思念で合図を飛ばす。
行けと言われた瞬間、わかったと音無く答えれば、隼は翼を畳んでバレルロールする。
同時にフックに手を掛け、真下を向いたところで金具を外し、降下。
再び翼を広げて飛び去る鳥を背に、城までかなりの速度で落ちていくのだ。
目測でタイミングを図りつつ、借り受けた力で風を操り減速。
それでも少々速度が落ち辛く、どれだけ急いでいたのやらと己に呆れるほどだ。
ぐっと両手を前に突き出すと、バルコニーと繋がるガラス戸の周囲に風を発生させ、その力で戸を巻き込むように開かせると、到着まで1秒もない。

「ぐっ……!」

着地するも、そのまま硬いバルコニーを転げながら室内へと入れば、勢い余って進路先の壁に背中からぶつかる。
どすっと重たい音を響かせ、息を詰まらせると何度か咳き込みながらヨロヨロと立ち上がった。
ゴーグルを外せば、嫌悪感に震える彼女を瞳に捉える。

「良かった……今日は間に合ったな」

薄っすらと笑いながら語りかけ、彼女の方へとよろけ気味に近づこうとする。
ずっと傍を離れたこと、何も言わなかったこと。
それを何一つ咎めず、先に出たのは彼女に会えたことを喜んだ。

ルーク > 「――……。」

気持が悪い。
考えないように、思い出さないようにいくら蓋をしてもふとした瞬間に漏れ出てくる不快な感触と嫌悪感。
気持が悪い、気持ち悪い――
触れられた肌の感触が、温度が、走った快感の感覚が。
それを快感と感じてしまった自分自身が気持ち悪い。
溢れてくるものに強く混ざるのは、自己嫌悪。
心のなかった時であれば、犯されながらも血を穢される可能性がないことに安堵すらしてなんとも思わなかったはず。
性という行為自体、子を宿すための作業でしかなかったのだから。
心を持ったことが、作業でなくなったその行為がこんなにも自分を弱くしてしまっているのに大きく戸惑う。
挙句主の前にも姿を出せずに、でも未練がましく影に潜んで見守りこうやって留守を狙っては世話をする機会を探す。
未練がましくて愚かしい。
不快なものが胸の中にいっぱいになって、それを吐き出すすべをルークは知らなかった。
ただ、黙って二の腕に爪を強くたてながら不快なものをただただ押し込めようとする。

「――っ……。」

ガターンと重いものが硬い床に落下する音が響いた。
それと同時に、風にガラス戸が押しのけられるように勢いよく開くと人影が転がり込んでくる。
風を切り裂き、空を舞う隼の翼の音は聞こえずにまさにルークにとっては突然の出来事。
どれだけ周囲を警戒し、気配に気を配っていてもいきなり現れたものに対応することは不可能だった。

「――…アーヴァイン、様……。……っ」

上着の上から二の腕に爪をたてたまま、半ば呆然といきなり転がり込んできた彼を琥珀の瞳が見つめた。
背中を強打したことで咳込ながらたちあがり、ゴーグルを外せば茶色の瞳がルークへと向けられる。
彼の顔が見ることができず、
よろけ気味に近づこうとする彼の姿に、ルークに向けて伸ばされる手に視線が一瞬さまよい逃げ道を探す。

アーヴァイン > 普通に急いだだけでも、彼女は此方の気配を察知して身を隠してしまいそうだ。
ならば、察知しても対処できぬ速度、方法で近づくのが最適……とはいえ、その方法を隼に伝えた時は、正気の沙汰ではないと呆れられた。
マトモでなくともいい、こうして彼女に追いつけたのだから。
手を伸ばそうとすれば、逃げるように視線が泳ぐ。
その理由も、彼女の体の中を満たす感情も、分かっていた。
そしてその深さに、罪悪感を覚えながら手の動きが止まる。

「すまなかった、いや……謝って済むことではないか。ルークに人の心を与えたのに、傷ついた時に傍にいてやれなかった。何の弁明もしようがない」

正体不明の男に二度手篭めにされたと、他の師団員からは報告を受けていた。
彼らは淡々と事実だけを伝えたが、そんなに落ち着いて語る内容ではない。
眉をひそめ、手を引っ込めれば、その場で頭を下げる。
人にしておいて、ケアをしなかったが故に、彼女は苦しみの吐き方を知らず、壊れそうになっているのだから。

「……君が好きだ、どんな君でも愛しく思う。だから、逃げずに傍にいてくれないか?」

顔を上げ、己の気持ちを紡げば、改めて彼女へと歩み寄ろうとする。
両手を広げ、伸ばし、届くのなら、自ら傷つけてしまいそうなほど肩を抱く彼女を抱きしめようとするだろう。

ルーク > 実働部隊のバンシーに所属していたルークの隠形能力は非常に高く、微かな気配にも敏感に反応する。
彼が少しでも部屋に近づく気配がすれば、扉のほうからであれば窓からワイヤーを使って、窓のほうからであれば扉から、彼とは逆の方向へとかならず逃げていた。
しかし、今日のやり方はさすがにルークも対応しきれずにこうして避けていた主と対面してしまう。
その姿を視界に入れただけで、まっすぐに瞳が向けられるだけで胸が締め付けられる。
今は、その胸の締めつけが苦く苦しく、痛い…。
だから、アーヴァインを視界に入れつつもルークはその瞳をまっすぐに見ることができずに、逃げ道を探してしまう。

「………あ…アーヴァイン様が謝られる事など、何一つないかと思われます…。今回の事は、私の落ち度です。頭をお上げください。」

まさか彼に謝罪されるとは思っていなかったのか、琥珀の瞳が驚いたように微かに見開かれるとその瞬間アーヴァインの瞳とかち合う。
頭まで下げられるのに、どう対応していいのかと戸惑いが滲む。
視線が合うと、怯えるようにぱっと視線を逸らしながら言葉を紡ぐ。
その声は感情を意図的に押さえ込んだ平坦なものだった。
そして、彼に指摘された語尾にでる口癖も出てしまわないように慎重に言葉を紡ぐ。


「………それは……私は……。」

顔を上げれば、変わらぬ色の茶色の瞳がそこにある。
まっすぐにルークを見つめ、言葉を紡がれるのに胸に痛みが走る。
ぎゅっとまた強く二の腕に爪をたてながら、ルークは否定も肯定もできずにその場に立ち尽くす。
そんなルークを包む込むように、アーヴァインの両腕がルークの体を抱きしめるともう逃げ出すことはできなかった。
胸から熱いなにかがこみ上げてくる。

「一度までならず、二度まで暗殺者を取り逃がし…申し訳ありません…。」

なにか言わなければ、なにか…そう思うのに頭の中がぐちゃぐちゃになって結局出たのはそんな言葉だった。

アーヴァイン > 落ち度、そう紡ぐ彼女に相手が普通ではなかったことを言うべきかどうか。
だが、そんな話をしたらきっと、そちらの話ばかり勧めてしまうだろう。
今は一度抑えて、重なった瞳をじっと見つめた。

「いや、どうあれルークを人にした責任がある」

人であるがゆえに傷つく苦しみ、そして人として触れ合う喜び。
諸刃の様に二つは共存し合う、彼女にまだ見せていなかった負の面を最悪の形で感じさせてしまっている。
視線をそらす仕草、怯えたような逃げ方に胸が苦しくなり、表情は曇る。
己の気持ちは、彼女に届いただろうか。
立ち尽くす彼女を抱き寄せ、背中に回した掌が、壊さぬように…けれども力強くぎゅっと包み込む。
安堵の吐息が深く溢れ、見当違いの言葉に小さく頭を振った。

「そんなことはどうでもいい。ルークがここに居てくれてよかった、君が全部壊れなくて本当に良かった……」

危険な薬で廃人にされてしまったら…危険な術で狂わされてしまったら。
そんな恐怖が夢になって溢れるほど、昨晩は辛かった。
声が少しだけ震えるほど、彼女が居てくれた事に喜びながら、背中に回した掌が黒髪にかかる。
人に変えた時の様に、優しくゆっくりと、そこを撫でてていけば、再び、金色の瞳を見つめようと顔を上げた。

「辛いなら辛いと吐き出してくれ、怖いも、苦しいも、気持ち悪いも何もかも全て。ルークは人になったんだ、感じる事に素直になって……全部吐き出していいんだ。それを受け止めるために……こうして抱きしめてる」

負の感情の吐き出し方、怒ることも悲しむことも、そして苦しみに涙することも全て発露するのだと囁く。
子供をあやすように何度も何度も黒髪を撫でながら、ぐっと肩の方へ顔を引き寄せながら埋めさせようとする。
眠るときと同じように、温もりと重なる暗さは安堵するものだろう。
張り詰めた心を解こうと、静かにただ撫で続けた。

ルーク > 「――……責任などと…。心を与えてくださっただけで十分です。私は…親の庇護を必要とする子供ではありません。」

こんなことを、言いたいわけではなかった。
けれど、ルークが唯一持っている宝物、心を与えてくれた彼が抱いた不快なものにまで責任を負う必要はないと、抱いている不快なものを彼にまで感じてほしくはないと、そう思う。
力強い腕が背中に回り、ルークの体を包み込む。
触れる体温、感じる吐息が彼のものだと分かると胸にこみあげる熱いものがどんどん広がっていく。

「―――……っ」

胸の中にこみあげる熱いものは、出口を求めるようにせりあがってツンと鼻の奥と目に痛みを感じる。
ルークと名を呼んで、無事を喜ぶ彼の言葉にそれはどんどん強くなっていく。
駄目だ、なにかが決壊しそうになっている。
不快なものも何もかも、押さえ込んでしまわなければ。
胸の中にある不快なものを押し出すことに怯え、必死に押さえ込もうとするのは吐き出す術を知らないから。
ぎ、と上着越しに爪が皮膚に喰い込むほどに二の腕に強く爪を立てるルークの体は小刻みに震えていることだろう。

「……出来ません。だって、認めてしまったら立ち上がれなくなる…次があったときに立ち向かえなくなる。」

吐き出していいと、そう優しい声が告げる。
その声に甘えてしまいそうになる。
認めてしまったら、崩れてしまう。恐怖を自覚してしまったら、立ち向かえなくなる。
男に再び対峙したときに溢れた冷や汗の理由。
嫌悪と拒絶、そして敢えて見ないようにした感情をルークはわかっていた。
ぐっと肩へと頭を引き寄せられ、子供をあやすように黒髪を撫でられれば視界は闇に沈む。
闇の中で、アーヴァインの鼓動と息遣いと肌の温もりを強く感じる。

「―――っ」

溢れ出す。
どれだけ止めようとしても、次から次へと熱いものが目から溢れてきて彼の肩を濡らす。
体は小さく震えながら、ずっと抑え込んでいたものが一気に溢れ出していく。

アーヴァイン > 「……これはまた手厳しい言葉だ」

子供扱いするなと返された言葉に、困ったように笑いながらも、触れられたくないほど傷ついたのだろうと受け止める。
けれど、触れなければどんどん傷は悪化するもの。
変わらぬ温もりとは裏腹に、鼓動は何時もより乱れているように感じる。

「立ち上がれないなら、ずっと俺が抱えていく。立ち向かえないなら、俺がルークを守る。傷ついたなら幾らでもこうして傍にいる。従者ではなく、ルークに居て欲しい」

従者でなければ傍にいられない、そう思っているのだろうか。
震えながらに答えられた言葉が、一人でも立ち向かえるようにと無理矢理にムチを打つ様に思える。
だから確りと、彼女がほしいのだと告げれば、黒髪を撫でていく。
強がる彼女に、罪悪感とともに瞳を伏せて、その痛みが消えるようにゆっくりと。

「……それでいい、辛い思いをさせて悪かった。悲しい思いをさせて……抱えさせて、済まなかった。ルークに非など何もない」

彼女の苦しみを解こうと優しく語りかけながら、こちらも声が更に震えた。
ほんの少しだけ、釣られるように目元を濡らしながら抱きしめ続ける。
こんなにも脆い彼女を二度と傷つけるものか、そう思うと、ぎゅっと抱きしめなおし、耳元に愛していると…心の中に浮かんだ感情に素直に従い、囁いた。