2017/04/10 のログ
■ルーク > 崩れた羊皮紙の残骸を手に書斎を後にすると、それをゴミ箱へと破棄する。
汚れた手を洗うと、戸棚からティーセットを取り出しお茶の準備をしようとするが――
「…………。」
手に持った紅茶の茶葉の入っている缶の感触に、一瞬だけ動きが止まる。
別に缶の中に毒が入っていたとか、そういう訳ではなくて缶の重さに問題があった。
缶を軽く振れば、シャラシャラと中で茶葉が缶に擦れる音がするがその音がなんとも軽やかだ。
スポっと缶の蓋を開ければ、音の軽やかさから予測したとおりの残りわずかとなった茶葉がある。
どうやらメイドが、残り少なくなった茶葉の補充を怠ったらしい。
「………。」
メイドを呼んで茶葉を届けさせてもいいが、その過程よりも自らが取りに行ったほうが早いかと考える。
手にしていた缶の蓋を閉じると、静かに用意したティーセットの隣へと置いてルークは踵を返した。
重厚な扉を開けば、廊下へと出て足音も立てずに厨房へと向かい歩みを進め。
ご案内:「王都マグメール 王城」にアーヴァインさんが現れました。
■アーヴァイン > 「勝手に使っていいと言われたが…落ち着かないものだな」
一人つぶやいたのは城内厨房への、率直な感想である。
宿屋の店主のときや、組合長をしていた頃の設備などとは比べ物にならない広さと、器具の多さに、少々驚きながら呟くと、抱えていた紙袋を台の上へと置く。
中からは卵や鶏肉、玉ねぎに長粒米に香辛料と色々と出て来る。
流し台の側にあった木製のまな板を置き、仕事のときにも使う使い慣れた細いナイフを取り出す。
彼女が近づいてきていることなど気づかずに、適当に道具を借りながら調理を開始していく。
彼女が厨房のドアを開ける頃には、フライパンで煮詰まる米の匂いと、玉葱の独特の香りが混じり合ったものが出迎え、器用に玉葱を刻む彼の姿が見えるだろう。
養子であり、生い立ちを知られているとはいえ、料理をする王族というのも奇妙かもしれないが。
■ルーク > 絨毯の敷かれた廊下を足音もなく進み、階段を下りて厨房へと向かう。
どうせ厨房に行くなら、別の種類の茶葉も持って帰った方がいいのかもしれない、などと考えながら扉を開けば米と玉葱が煮詰められるどこか甘く感じる香りが鼻腔を擽る。
視線を上げれば、そこには見慣れた姿が見えるが場所と状況というものが見慣れない。
「………アーヴァイン様?」
王族が厨房に訪れるという事自体がありえず、ましてや料理をするなんて…。
常識を覆す光景に、しばらくルークは思考が止まってしまう。
何度か琥珀色の瞳が瞬きを繰り返すが、そこにいるのはやはり主たる彼であった。
何故ここにいるのか、何をしているのか、そういった問いかけが名前を呼ぶ声に微かに混じり。
■アーヴァイン > 性格の現れなのか、きっちりとした賽の目に切り刻まれていく玉葱が、タン、タン、タン…と小気味いい音と共に山を築く。
思っていたより腕は訛っていなかったようだ、そんな安堵を覚えると、不意にかかった声に顔を上げ、少々驚きに満ちた様子の彼女へ、何時もの仏頂面が向けられた。
「…ルークか、こんなところで会うとは奇遇だな」
ナイフに張り付いた玉葱を指で撫でるようにこそぎ落とすと、それをまな板の上へ下ろす。
後ろにあるフライパンから、煮立つ音が大きくなるのに気づけば、急いでそちらへと振り返り、火から遠ざけて熱を弱め、蓋を少しだけずらした。
隙間から具合を確かめ、これぐらいかと呟けば、台の上へフライパンを置いていく。
「丁度いいところに来た、これから夜食を作ろうと思ったんだが…何分買い付けた食材が一人では多い。良ければ一緒に食べないか?」
米の方は元々明日に取り置けるように纏めて火を通しておこうとしていたが、彼女の分も合わせるならちょうどよく使い切れる。
うっすらと笑みを浮かべながら、そんな誘いをかける。
■ルーク > タンタンタンと玉葱を刻む小気味いいリズムと、クツクツとフライパンで米が煮立つ音が厨房に響いている。
音そのものは厨房に違和感のないそれだったが、そこに立っていたんは料理人ではなかった。
「はい、このような所でお会いする事になるとは思っておりませんでした。」
見間違いでもなく、向けられた顔は彼のものだった。
ナイフについた玉葱をこそぎ落としながら掛けられる言葉に、真面目に返しながら扉の内側へと入るとそれを閉める。
こんな時間に厨房を訪れる者もそういないだろうが、外に向けては祟り神として在る彼のこんな姿を他の者に見られるわけにはいかないだろう。
そう思いながら、閉めた扉の向こう側の気配に意識を向ける。
「夜食ですか。仰っていただければ手配いたしましたが…。はい、では頂きます。」
手際よく火からフライパンを遠ざけて蓋をずらし、料理を行う姿をじっと見つめる。
経歴を考えれば料理が出来てもおかしくはないが、それでもやはり主が手ずから料理を行うという様はルークにとっては珍しい光景だった。
そもそも、ルークにとって料理というもの自体にあまり馴染みがなかった。
彼が主になるまでは、栄養やエネルギーが摂取できれば食べ物に頓着はなくシャドウが開発した栄養剤が食事ということが殆どであった為、料理というものに触れる機会もそうそうなかった為だ。
掛けられた誘いには応じながら、扉を一度振り返りそしてアーヴァインの近くへと歩み寄っていく。
■アーヴァイン > 「この時間は誰も使わないと義父に聞いていたが…今度からは気をつけないといけないな」
とはいえ、王族絡みの人間がこんなところに入ってくることは稀だろう。
苦笑いを浮かべながら、自戒の言葉を紡ぐ。
彼女が外の様子を気にするのを見やれば、妙な心配をかけさせたなと、変わらぬ笑みを見せつつ思い、再び調理を始めた。
「どうにも上品な食事が多くてな、少し飽きていたんだ。そうか、じゃあ少し待っていてくれ」
たまには慣れ親しんだ味が食べたいと、楽しげに微笑む。
鶏肉の塊にも綺麗にナイフを入れて切り刻み、食べやすいサイズに切りそろえれば、少量のニンニクや生姜も細かく刻む。
後は材料を炒めながら仕上げていけばいい。
別のフライパンを準備すれば、鉄の取っ手に付近を巻いてから火にかけていく。
農場から届いたバターを塊から切り崩し、熱した鉄の上へと落とせば、濃厚な香りと共に白い膜を広げる。
そこへ刻みタマネギを入れ、木べらで手際良く混ぜるようにして熱する。
油がしみてくれば、手首のスナップで玉葱をフライパンの上で踊らせ、満遍なく火を通しつつ、傍らにおいてあった塩の壺の蓋を開ける。
一摘みしたそれを満遍なくちらし、下味を着けつつ、ニンニクと生姜も投入。
その上から砕きたての黒胡椒もスプーンで掬って、器用に散らしていく。
「……そんなに珍しいか?」
王族が料理というのはめずらしいかもしれないが、料理そのものに視線が向いているような、そんな感じを覚える。
そばに寄ってきた彼女に振り返りながらも、玉葱は飴色へと変わっていき、そのまま鶏肉を投入する。
■ルーク > 「そうですね。同じように夜食を所望された従者やメイドなどが訪れる可能性が無いとはいえませんので。」
王族や貴族自身が訪れる事はまずないだろうが、その従者などが訪れる可能性は無いわけではない。
彼の顔を知らないような立場の者であれば問題ないだろうが、彼のことを知っている者が現れた場合、その者の口から主人へと料理などをしている姿が伝わるのは、少々問題だろうと口にする。
とはいえ、あくまで祟り神としての側面から見た場合だが。
「はあ、それほど違いがあるものでしょうか…。」
慣れ親しんだ味が食べたいと微笑むのに、微かに首を傾げると曖昧な返事とともに疑問を口にする。
傍へと近づいていけば、手際よく鶏肉を切りそろえニンニクや生姜をみじん切りにしていく。
鶏肉を切り刻む動きよりも、目を引くのは更に細かくリズミカルにきざみあげられていくにんにくや生姜。
フライパンを取り出し、バターが熱されると香ばしい香りがあたりに包まれていく。
じゅうっと音をたてながら溶けていくバターの様子や、そこに投じられて炒められていく玉葱、流れるような仕草で振りかけられる塩や胡椒と淀みない手順や食材が変化していく様は、一種の魔法を見ているような心地さえ浮かぶ。
「…………。調理されていく過程というのはあまり見たことがありませんので…。」
王族が料理をしているのが珍しい、ではなく料理そのものが珍しいと眺めている様子を察したかのように問いかけられれば、少しだけ視線が動く。
知らない事を恥じるように沈黙が流れたあと、素直に料理が珍しい事を告げて。
■アーヴァイン > 「なるほど…その時は理由を考えておかないとな」
料理をあえてする理由。
真面目な答えでは意味を成さないので…浮かぶ辺りは、毒殺用の飯を作っていると言えば良さそうか。
しっかりと美味そうに作らねば、毒を持って食ってもらえない可能性があるだとか。
そんなことを考えながら、手は動き続ける。
「あぁ、上品なものも美味い事に変わりないんだが、こういう慣れ親しんだものは…癖になるものがある。簡単に言えば、好きな味というものだ」
何処か上手く伝わらない様子に、もう少し噛み砕いた説明を添えるも、やはり伝えづらい気がしてしまう。
彼女に当てはめるなら何か、その答えは集落に向かった時の林檎のジュースだ。
彼女の好み、それを喚起させる例題を添えれば、フライパンの上では刻まれた材料がバターの焦げるいい香りと共に、程よい焼け目に染まる。
小さなフライパンの上で、材料を振って混ぜ合わせても溢れることのない手付きは、弓やペンと同じぐらいに調理器具を握っていたことを物語る。
「そうか、あまり見たことがなかったか。じゃあルークにもその内何か教えよう。料理ができたほうが何かと便利だ」
そらされた視線、鞭を恥じらう様子にも緩く頭を振ってから答えると、そんな姿も愛らしいと言うように微笑む。
炊き上がった米を投入し、肉汁とバターを絡めながら塩と黒胡椒で味を整えれば、一旦フライパンを手放し、棚にしまわれた皿へ手を伸ばす。
二枚を台の上へ準備すると、香ばしい匂いを漂わせる炒めた米を楕円状に盛っていく。
木べらだけで形を整える手際も、数度の動きだけで作り上げるほど。
片手で卵を割り、器に5個程入れ、掻き混ぜればフライパンへ。
程よい半熟オムレツをこしらえ、バターライスの上へスナップを効かせて落とし、仕上げに特性のトマトソースの瓶からスプーンで彩るように広げれば完成である。
「仕事で他国に言った時に酒場で出された飯だったんだが…これがとても美味くてな。そこの店主に頼み込んで、レシピを教えてもらったものだ」
オムレツとライスを纏めて食べながらも、合わせって旨味が増した一品。
色合いのコントラストも、黄色に赤が添えられ鮮やかだろう。
仕舞われていた腰掛けを引っ張り出すと、台の側へと置き、そこへと座るように促しながらスプーンを差し出した。
「食ってくれ、ルークも気にいると思う」
自信に溢れた笑みで彼女に勧めるほどの一品、こちらも傍に腰を下ろすと、彼女の様子を見守る。
■ルーク > 祟り神が料理を作る理由とは一体どんな理由になるのだろうか、と無表情にルークも考えるが上手い答えは思いつかず。
「好きな味ですか。…曖昧な感覚ですが、少し分かったような気がします。」
少ない経験から思い起こされるのは、無意識に嗅ぎ取った果物の甘い香り。
選んだ林檎の優しい甘さ。
理屈では説明できない、好みという意味を経験に当てはめてなんとなくだが理解したように一つ頷いて。
ルークに説明を行いながらでも、フライパンや木べらを操る手の動きに淀みはなく調理は続けられていく。
それは、意識しなくてもそれらを操れるほどに扱ってきたことを物語っており。
「……私が、料理を、ですか…。出来るのでしょうか。」
微笑みながら料理を教えてくれるというのに、また何度か瞬きをしてアーヴァインを見る。
自分が調理をするなんて、想像もした事もないようで魔法のように過程を積み重ねて作り上げられていくそれが自分に出来るのだろうかと思えば、教える労力が無駄に終わるのではないかと心配になる。
米を投入して、作ったバターライスが皿の上に整えられるのもあっという間の出来事。
そして、卵を溶いてフライパンの上へと流し込めば円っとした半熟オムレツが作り上げられていく。
「…見た事のない料理ですね。けれど、彩りがとても鮮やかです。」
他国の料理と説明される出来上がったオムライスをまじまじと見つめる。
料理の知識自体少ないが、少なくとも王城で出される料理とは一線を画する見た目をしていた。
けれど、上品に皿に盛りつけられたそれらよりも、食欲をそそる彩りをしている。
促されるまま腰掛けに座り、ほかほかと湯気を立てる黄色と赤のそれをじっと見つめて差し出されたスプーンを受け取る。
「有難うございます。…それでは、いただきます」
食器や椅子の準備など、本来なら自分が行わなければならない事だっただろう、けれど彼には詫びるよりも礼を言った方がいいのだと、彼と過ごす時間の中で学び礼を口にする機会が増えた。
恐る恐るといった体で、半熟卵にスプーンをいれるとバターライスごと掬い上げて口へと運ぶ。
「…………。美味しいです。今まで食べたものとは、味わいが違うというか」
口に入れた瞬間卵がとろけていく感覚と、それに絡まったバターの風味の広がるライス、玉葱の歯触りと甘みとトマトソースの酸味いろんな要素が絡まり合うのに琥珀色の瞳が大きくなる。
食事をとるようになってから口にする、王城の気取った味ではない、親しみやすい味に口に手を当てながら咀嚼し、こくんと飲み込むと感想を告げる。
■アーヴァイン > 好みというものが何か、その説明が彼女に届けば良かったと言うように微笑む。
料理を続ける合間、自信なさげに呟く言葉に、大丈夫だと呟きながら笑みを深めた。
「最初は卵を綺麗に割れれば料理ができる、後は少しずつレベルを上げれば覚えられるのはルークが身に着けが技術と変わりない」
比較的手に入りやすい食料である卵は、料理の基礎にもなる。
最初から手際よく出来なくとも、慣れればその内できるようになる。
それに自分の味を彼女が覚えてくれたなら…唐突に民衆の味を欲したときにも、彼女が拵えてくれそうだ。
彼女に自身がありそうな戦う技術に絡めながら説明すれば、夜食が出来上がる。
「あぁ、そうだな。特にトマトは油っこさを和らげてくれるから味のアクセントにもなる」
潰したトマトを煮詰めて作ったソースは、トマトの旨味に酸味と強い味わいが楽しめる。
こうして食事を与えるのも、昔ならちょくちょくしていたことであり、珍しそうに料理を見るのも、回収たミレー族の少女達を思い起こす。
そういった点ではそっくりだなと思うと、笑みは深まる。
「あぁ、存分に味わってくれ」
謝罪よりもお礼を、その小さな変化も染み付いたなら、ひっそりと胸の中で小さな感動となって広がる。
ルークも前向きな人らしい娘になってきたと安堵しつつ、食べる様子を見守った。
「色んな味がいっぺんに来て、最後は酸味がすっきりと締めてくれる。王宮の食事では、ここまで乱暴な味が無くてな」
濃くとも、ここまで何度も味を変化させる食事は王城では在りつけなかった。
素材を活かすゆえに、一方向、多くても二つぐらいの味の変化で収まることが多い。
どちらかといえば、日持ちするように塩蔵したり、半端物の香辛料で保存した干し肉や燻製肉の様に混じり合った味であり、下品だと言われてしまう要因の一つだ。
美味いを上回る答えはないと思いながら、こちらも早速食べ始めるのだが、ひっそりと彼女の様子を眺めている。
何も言わねば、腰を据えて手の込んだ食事に着かなそうだと思っていたのもあり、どれだけ気に入ってくれただろうかと、気になるのだろう。
■ルーク > 「卵を割るくらいは、出来ると思いますが…。」
彼が卵を片手で割っていたのを見れば、それくらいなら出来そうだと思うが、予想と現実は違う。
卵の殻は薄く、ヒビを入れる力加減から何から想像よりも易しくはないのだろう。
最初は幾つも卵をダメにするところから恐らくは始まる筈で。
身に付けてきた技術と同じ、とそう彼が言うと出来るような気がするのがとても不思議な感覚だった。
「確かに、様々な味が口の中で広がっていきます。けれど、お互いを引き立てあっているように思います。」
王城で用意される食事とは全く違う、濃い味わい。
玉葱や肉汁といった旨みを米が吸い込んで、バターの風味がふわっと香る。
繊細な味とは言い難いが、彼が恋しくなるというのも理解できる。
何より、半熟の卵が口の中でとろっととろける感触が心地よい。
表情にこそ現れ辛いが、それでも二口目を口に入れた瞬間もまた一口目と同じように琥珀の瞳が少し大きくなって小さな感動を伝える。
普段一緒に食事をしている彼ならば、スプーンが普段よりもよく進んでいるのが分かるだろう。
食べるという事に頓着しない日々を生きてきたルークの食は細く、食べるという事、食物にあまり興味を示すことがない。
彼とともに食卓について、同じものを食べているがそれでも残す事は多いのだろう。
けれど、気づけばルークは出されたオムライスを全て食べきっていた。
空になった皿が、出された彼の料理への答えだったか。
■アーヴァイン > 意外と殻が器に混じってしまったりと、コツを掴むまでは見た目とは裏腹な難しさがある。
それぐらいならできそうだと、明るい答えに良かったと微笑むものの、その苦闘の道のりも楽しみだった。
「あぁ、正にちょうどいい塩梅に混じり合っている。酒場の飯は適当なのもあれば、たまにこういう一品が混じっていることがあってな。店を開く前は色んな店を回ったものだ」
酔っぱらい相手だけでなく、飯を食いに来ただけの客にも満足させる食事。
それが出せる店を作りたいと思っていたのもあり、彼女が複雑な答えを返せるほどに味わってくれた今に、嬉しそうに笑う。
そして、その勢いは何時もよりも良く、食べる度に瞳に現れる変化は、ぐっと胸にくる達成感を感じさせた。
あまり食べないし、ただ作業のように食べ続けていた過去と違う様子に、思わず此方の手が止まり、じっと見続けるほどに。
「いい食べっぷりだ、気に入ってもらえて何よりだ」
普段なら残すかもしれない量だったが、それでも美味しさに平らげてくれたのなら、これほど嬉しいことはなかった。
黒髪へ手を伸ばし、いい子だと、しっかりと食事を取っただけでも愛でるように撫でて褒める。
少し遅れて此方も食べ終わると、片付けていき、小さな桶に水を入れて、汚れ物を沈めていく。
「今度からはルークに色々美味いものを作ろう、これだけ食べてくれるなら安心だ。……ところで、ルークは厨房に何か用があったのか?」
今更ながらに彼女がここへ来た理由が気になれば、そちらへと視線を向けながら問いかける。
書類の話を聞けば、手伝おうと一緒に部屋に向かうだろう。
二人でやれば早く終わると、何より、同じタイミングに眠れるからと、彼女を求める言葉を重ねながら。
■ルーク > 基礎を覚えれば、恐らく上達の速度は上がるだろうがその基礎が中々に難しく苦戦する事になるのだろう。
食材に触れた経験もなければ、そんなことはまだ想像すらできずに。
「ミレー族を助ける為だけではなく、客も満足させるためにですか。アーヴァイン様はとても勤勉でいらっしゃるのですね。」
情報として文字で知る彼の経歴。
文字からは決して読み取ることのできない、実際の彼の姿と想いを知る。
知れば知るほどに、胸の内に湧いた泉から暖かなものが溢れていくのが分かる。
「…あの、何かありますか?」
綺麗に平らげて顔を上げれば、じっと見つめる視線とかち合う少し首をかしげて問いかけたが、いい子だと黒髪を撫でられるのに頬が微かに朱に染まる。
褒められることに対して、照れとともに胸を擽る嬉しさが沸き上がってくる感覚は、それがいいことだと分かっていてもまだ少し戸惑ってしまう。
「ご馳走様でした。」
頬を微かに染めながら、感謝の意を告げる。
普段食べない量を平らげて、少しお腹が苦しく感じるが、食事によって満たされる感覚が強い。
片付ける際には、私がやります、と申し出て汚れものを片付けていくか。
「いえ、あの…私の為に作っていただくのは、申し訳がありません。けれど、もし可能であれば料理をされる際に一緒に教えていただけると、その…嬉しいです。
お部屋の方の紅茶の茶葉が切れていたので、取りに来ました。」
彼も多忙なわけで、従者の自分の為に時間を割いてもらうのは申し訳ないとそう告げるが、やはり胸の内に嬉しさが募る。
だから、彼のために料理を作れるようになりたいという願望も生まれそう希望を口にしていた。
ここへときた理由を問われれば、告げながら厨房の棚から紅茶の茶葉を取り出して部屋へと持ち帰る。
「…あの、アーヴァイン様は先にお休みになってくださっても……」
求める言葉にまた頬が赤くなりながら、しどろもどろといった返答を返して書類の整理へと戻っていくか。
ご案内:「王都マグメール 王城」からアーヴァインさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城」からルークさんが去りました。