2020/05/10 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 墓所」にアントワーヌさんが現れました。
■アントワーヌ > 日暮れ間近に降り出した雨は、夜半過ぎてもしとしとと、静かに街を濡らし続けていた。
富裕地区の外れ、貴族や豪商たちの墓が多く佇む墓所の片隅。
薄鼠色に濡れそぼつ墓石の前に、ふたつの人影が在った。
小柄な人物の頭上に、黒々と大きな傘を差し掛けながら傍らに立つ長躯。
其の人物に向けて、小柄な人影がゆるり、顔を向けた。
「―――――ロベール、先に馬車の所へ戻っていてくれないか?
少し、……少しだけ、一人になりたいんだ」
そう告げれば、長躯の男が躊躇う気配。
傘は如何なさいます、と問われて、そっと頭を振ってみせ。
「良いよ、……ほんの少しだから。
帰ったら直ぐ、熱めのお風呂に入るよ、
……風呂上がりに、お前の淹れたお茶を飲めば完璧だ」
だろう?と小首を傾げて言えば、ロベールと呼ばれた男が微かに笑う。
どうぞお早めに、と一礼し、立ち去っていく男の背を暫し見送ってから、
眼前に佇む墓石を見つめ降ろした時、水色の双眸は冷たく凍りついており。
「………母上には、もうお会いになれましたか、父上。
其れとも、母上はもう、もっと素敵な所へ上ってしまわれた後でしょうか」
尋ねる声音にも、家族に向ける温かみのようなものはまるで無く。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 墓所」にルシュ・アシドさんが現れました。
■ルシュ・アシド > 雨粒が傘を弾くたび、不規則なメロディを奏でている。
以前世話になった恩人の眠る場所へ花を手向け終えた男は、
墓所の濡れた石畳に足を滑らせないよう慎重に歩を進めていた。
ふと人の気配を感じて顔を上げると、視線の先に一人の若者が佇んでいた。
小柄ながら立ち姿は凛としており、遠目にも育ちの良さがにじみ出ている。
次に目に留まったのはその髪であった。隠すもののない銀糸は雨粒に飾られて、
まるでダイヤモンドを散りばめたようにきらきらと輝いて見えた。
――こんな時間に、傘も差さないとは。
少し気にはなったが、既に夜半のことである。声をかけることは億劫に思えた。
ここに居るということは、相手は貴族や王族の縁者なのだろう。
今日はひとまず、彼が見つめるあの墓に刻まれた名前を覚えておくとしよう。
もし次に会うことがあれば、話のきっかけに――商談の成功につながるかもしれない。
そんな打算を胸に抱えたまま、彼の後ろを足早に通り抜ける。
――はずだった。
墓石に刻まれたその名を盗み見、男は薄浅葱色の目を軽く見開く。
――ジェラード伯。
貴族を相手に商売を続ける男にとって、これほど魅力的な名前はなかった。
次に会うことがあれば、などと悠長なことを言うにはあまりに惜しい。
卑しい考えを秘めたまま、男はそっと歩み寄る。
隣から傘を傾けると、商売用の毒気のない笑みを向けた。
「――失礼。これからますます冷え込みますよ」