2019/06/13 のログ
■モリィ > 「商……ああ、なるほど」
奴隷、なのだろう。おおっぴらに置いている以上は合法の奴隷なのだろうし、そういった彼ら彼女らが王国の経済や産業を支えてくれているのも事実。
違法性が無いならば衛兵としても手出しをするつもりはないし、法がよしと定める範囲に感情で口を挟むのはむしろ衛兵が取り締まるべき振る舞いだ。
そこを気にするように念を推す彼女に頷いて、商会の構成を記憶に留めておく。
「あ、ありがとう、ございます……いや、その、邪悪なんかじゃ……ない、と、思う……」
私は、と最後に付け加えて、短い間の交流だが彼女の言動は模範的とまでは言えないまでも清く正しい王都市民だと感じたことを伝える。
最初はその翼と尾、そして連れ歩いている犬の容貌に警戒したが、話してみれば年相応の少女の振る舞いだ。自分のように変にスレていない分、眩いほど。
そうして退いた分の距離を詰められて、逃げ場なしと悟った。
もう自分は竜の顎門の前に居るのだ。一息で丸呑みされてしまうに違いない。
人竜では駄目か、という問いに首をふるふると横に振って、でも、と続ける。
「ほ、本当に私なんか口説いても面白くないですよ、きっと……」
衛兵として、それ以外の事にまったく見向きしてこなかったことが自信を著しく削り取っていた。
駄目ではない。むしろ同僚以上に深い仲の人間など家族くらいしか居ない身だ、誰かと親しくなることに憧れはある。けれど、その自信がない。自分はきっと楽しい人間でもなければ美しい人間でもないのだから、と口の中でもごもごと言い訳を捏ねて。
■竜胆 > 「大丈夫よ、商品だからこそ、大事にしているのだし。」
奴隷といっても、だからこそ、大事にしているのだ。売れるように健康状態なども。
下手なスラムにいる人よりもずっといい暮らしなのは間違いない。
そのあたりは、姉の管轄なので、自分の感知するところではないけれどね、と軽く笑ってみせる。
「あら?本当に?精神的には人間と全く違うのよ?
ふふ……っ。」
むしろ、竜なのだ。
本当に、太鼓判を押していいの?息がかかるぐらいに近く顔を寄せ、じっと、蒼の瞳で彼女を見る。
する、と逃げることを許さないとばかりに身を寄せて。
くん、と鼻を鳴らす。
「面白いかどうかは、これから判るでしょう?
一緒にいないとわからないことが、多いしね?
少なくとも、私は今、モリィに興味が沸いているわ。」
最初とは逆であろうか、彼女に向かい、手を伸ばすのだ。
さ、手を取ってと。
少女は、彼女の目をじっと見る。
「大丈夫よ、焦らなくても。
そうね、ちゃんと下心もあるわ?いつか、貴女を抱いてみたいっていう。
聖人君子でもないわ、ただ、性欲に従って誘ってるだけ。」
ね?と、少女は言おう。
嫌なら、嫌といえばいいのよ、と。
■モリィ > 「それは……」
そう、なのだろう。半分とは言え竜、そしてその称号に相応しいだけの才覚を持っているのは見たばかりだ。
そんな彼女が人と同じ心を持っているだなんて、人の尺度で善悪を計れる存在だなんて、それこそ思い上がりなのではないだろうか。
頭の中では理性的な自分がそう訴えるが、胸の中で渦巻く心は彼女が少なくとも邪悪ではない、と信じ始めている。
触れ合うほどに近い距離で彼女が鼻を鳴らせば、そんな思考と感情がせめぎ合う中でも汗臭くは無いだろうかという心配が鎌首をもたげて現れるのが、我ながら情けないやら。
「そうでしょうけど……でも、面白いかどうかを見極めるほど私なんかと一緒に居てもきっと……」
退屈させてしまいます、時間の無駄です、と突き放すのが一番お互いのためなのだろう。
けれど彼女の青い目を見つめていると、それができない。
他者と近づきたい。正義のために孤立した衛兵の、それでよいと思い込んで心を守っていた鎧にヒビが入っていく。
忠実な衛兵ではなく、一個人として求められることがこんなにも胸にじんわりと染みるだなんて知らなかった。
「……ここで下心を明かすんですか。全く、それを聞いて安心しました。趣味はあんまり良くないみたい……というか雑食、なんですか? もしかして人竜って人の造形が全部いっしょに見えるような……?」
むしろ下心で誘ってくれているのならば、納得も行く。
いや、それにしたって私なのは趣味が悪いような気もするが、もしかしたら人が獣の見分けをつけられないように、人竜にしてみれば人の容姿なんてさほど大した違いが無いように見えるのかも知れない。
先程からの彼女の言葉も、内面を評価するようなものが多かったし。
「……嫌、じゃないです。下心でも何でも、納得の行く理屈がわかったので安心しました」
それから、差し伸べられた手にそっと手を重ねる。
この手だって彼女のように柔らかくはない。剣を握りつづけた、男と女の間のような硬くなってしまった手だ。
それが恥ずかしいような、彼女の手の柔らかさ暖かさが恥ずかしいような。そんな気恥ずかしさに眼鏡の下で頬が真っ赤に染まっていく。
■竜胆 > 「……判らないなら、見極めればいいじゃない?
私と一緒にいて、ね?
最初、そのつもりだったのでしょう?」
少女は笑って、言おう。最初彼女は自分のことを警戒し、人ではない何かとして、それこそ捕縛さえも視野に入れていたのだ。
最初の魔法、拘束するための魔法を準備していたのが、何よりの証拠である。
ただ、彼女の計算外として、少女自身が竜であり、魔力を見ることが出来ることを知らなかったということであって。
「じゃあ、きまり。」
彼女は、言葉を言い切れなかった、最後まで、言えなかった。
詰まるところ突き放すことができず、自分と一緒に居たいという事になる、それなら、それでいいじゃないか、と。
だから、少女は言い切るのだ、彼女の踏ん切りのつかないところを、後戻りできないように。
「あら?趣味は悪くないと思うわ。雑食というのが正しいわね、人の造形はちゃんと見分けられているわ。
でも、私はそこの評価はそんなに大きくないの。
それに、自覚していることを私から言うのは、傷つくものよね。
さて、話を戻すと、貴女には貴女のプライドがあるわ、もし、私がなにか犯罪を犯したら。
友人だとしても、商会の娘だと分かっていても。
あなたは職務を遂行する、でしょう?
私は、そこを評価してるわ。」
内面を評価し、外見を言わないのは、まあこの娘なりの優しさでもあった。
とはいえ、そこまで見苦しいというレベルでもないし、問題ないと思っているし。
「柔らかい、良い手ね。」
手をしっかり握ればわかるだろう、少女の手袋の下の手は、彼女以上に硬い。
竜の鱗に包まれている、掌。
細かな鱗だから、普通の人間と大差ない大きさではあるが、それは、剣を握っても傷つかないことを示す手である。
柔らかく硬い、そんな竜の手のひら。
「モリィ、竜胆と、呼んで?
魔術師だから、あまり本名は呼んで欲しくないわ?」
■モリィ > 「そう……そうですね、見極めて、貴女が王都の民にとって本当に安心できる人であると断言できるようにしてください」
彼女の言う通り、人ならざる姿にはじめはそのつもりも在ったのだ。拘束して取り調べをして、その真意や善悪を見定めよう、というような。
幸いにも、あるいは不幸にもそれは失敗したが、合意の上でそれを確かめられるならば悪い話ではない。
理性と心情が同時にゴーサインを出し、下手な笑顔で彼女の笑顔に応える。
ぐいぐいと引っ張ってくれる彼女の強引さが、むしろずっと欲しかったもののようでなんだか気を抜けばどこまでも身を任せそうになるのだけは気をつけねば。
「それは当然です。私はこの王都の衛兵ですから、たとえ友達でも法に触れれば許すわけには行きません。けれど……その前に貴女を止められるような、そういう友人になれたらな、とは思います。その、迷惑かもしれませんけど……でも、たとえ殺されてもその覚悟だけは変えません!」
命に代えても法と正義の番人たれ。お巡りさんとして腐敗した衛兵隊の信頼を取り戻すには、私一人の命ではとても足りはしないだろうが、それでもその覚悟で働いてきた。
相手が友人であってもそれは変わりはしない。じっと、それまでとは打って変わって力強い視線で彼女の目を覗き込んで、その内に邪なこころが隠れていないか確認するように。
それから、しっかりと手をにぎる。
柔らかいと思っていた手は、手袋の下で急に固くなる。
握る手の形に合わせて柔軟に沈み込みながらも、確かな硬度を返してくるのはもしかして鱗だろうか。こんなところまで竜なんだ、と思うとなんだか不思議な気分になる。
「あっ、えっと……はい、竜胆。改めて、宜しくお願いします」
■竜胆 > 「ええ。王国の民にとっては、ね?」
それ以外に対しては、別にいいのよね?と含むような笑いをこぼしてみせる。
例えば、王国の敵とかね、と。
下手な笑顔には、それでも彼女の感情をしっかりと理解できたから、何も言うことはなくて。
「いいわ、モリィ。そういうの大好き。
別に迷惑ではないわ?だって、人だって全てのルールを覚えているわけではないのだもの。
教えてくれるなら、喜ばしいわね。
でも、不満は、感情は、私は隠さないわ。」
不満だとすぐにしっぽに出るから、と軽く笑う。
地面をぶったたいてしまうのよねと。
ただ、彼女のプライド、その信念の強さは好ましいわと、目を細める。
竜のプライドを第一に考えるからこそ、彼女のプライドには、共感を持てたのだ。
「驚いてるわね、私の手のひらだけじゃないわ、色々な所、竜だから。
あえて、だけれど、ね。」
手のひらを握って驚く彼女にクスクス笑って見せてから。
指を絡めたのだ。
「こちらこそ、改めてよろしく、モリィ。
でも、気をつけてね?気を抜くと、直ぐに食べちゃうから。」
こういうふうに、と彼女の頬に唇を寄せて。
ちゅ、と柔らかな音を立ててキスをしてみせる。
本当は、この唇にしたいけれど、それはもう少し後で、お互いに望んでからのほうがいいわね?と。
彼女の唇に、人差し指を当てて笑う。
■モリィ > 「……はい、王国の民にとっては、です」
竜胆の繰り返した言葉に、その笑顔に含まれた意味を察して頷く。
別に私は人間皆を愛し見守るような大それた人間ではないのだ。ただ、この街のお巡りさんとして手の届く範囲の世界を守りたい。
その手がとどかない所からの脅威に対して竜胆が抑止力になってくれるならば、それはとても頼もしいことだと思う。だからといって彼女に頼ってしまっては、友人関係などと言えなくなってしまうだろうけれど。
「ええ、私こう見えても衛兵隊では座学の成績は……いえ、決して良かったわけではないですが法学の暗記は得意でしたから、しっかりフォローしますよ」
彼女が法を知らず犯しそうになるならば、それを止めよう。
彼女が怒り、法を踏み潰してでも力を振るおうと言うならば、言葉と意思で力ならざる解決を提案してみよう。
私のこの信念を買ってくれた彼女に報いる為にも、衛兵として恥じぬ振る舞いをしなければ。
それに竜胆に叩かれたのでは石畳の修理は大変そうだし、費用も嵩みそうだから。と笑い返す。
気がつけば緊張も何処へやら、少しずつ肩の力が抜けてゆくのを感じる。
「敢えて……誇り、なんですね? そうかぁ、強そう……!?」
するりと絡む指と指。頬に触れる唇の感触に一気に体が熱くなる。
もしかして、もしかせずとも今のは……
「あ、あうっ、た、食べても美味しくないですよ、肉は硬いし脂も多いし……んむぐ」
一気に思考がくるくると無意味な高速回転を開始する。わけのわからないことを宣いよくわからない言い訳を並べ立てていたところに突き出された竜胆の指先。
危うく頬張るところだった。――私はなぜこんなにも心をかき乱されているんだろう。
■竜胆 > 「いいわ、とても、いいわ。」
自分の言葉の意図を理解し、そして、それに対して返答をする。
彼女はやはり頭はいいようだ、だからこそ、魔術をあれだけのレベルで扱えるのだろう。
彼女の返答に少女は、満足するのだ、彼女の考え方は、嫌いではない。
むしろ、全ての人々に幸せを、という輩の方が、信用ならないし、好きになれないとも言える。
「むしろ、法学のほうが難しい気もするのだけれども。」
法律というのは複雑怪奇だと思う、正直魔道書よりも。
それを得意という彼女、多分興味がそっちに向いてるんだなぁ、と思うことにした。
とはいえ、衛兵隊の座学というものがどんなものか知らないので、気がするとしか言えなかった。
ただ、そこで、寝ている狼犬に続いての外付け良心がここに生まれたのは間違いない。
「ええ。
竜であることを誇りに思うわ、当然私の母様も。
まあ、父様も嫌いではないんだけれど、私は、竜でありたいわ。」
だから、変身できるとしても、姉や妹のように人の姿を取らず。
あえて、人竜……今の姿を撮るのだ、と。
「もう、モリィったら。
人を物理的に食べるのは法に触れるんでしょう?
私が言っているのは、性的によ。
端的に言えば、まぐわいの方。
これでも、我慢してるんだから。」
物理的に食べるような表現をしている彼女に。
そんなわけ無いでしょう、と笑い。
いたずらっぽく笑って、腕を伸ばす。
逃げないのであればそのまま抱きついて、甘く言おう。
「モリィと交尾したいのよ?
法に触れてなくても、世間からは、後ろ指さされるような。
そんなイケナイ関係に、引きずり込みたいの。」
■モリィ > 「私だって一介の衛兵で裁判官じゃないんですから、そんなに高度な法の話はできませんよ」
せいぜいが白と黒の境界線を他者より多少正確に判断できるだけ。
尤も、グレー寄りの黒に沈みつつ有る衛兵隊ではあまり歓迎されない技能ではあるが。
その分この学習成果を発揮する機会が増えているのだから、ままならないものだと思う。
「ふふ……私も、竜胆のその姿は格好いいと思えるようになってきましたよ」
さっき初対面の時はぎょっとした。鋭い角に大きな翼、たくましいしっぽ。知らなければ悪魔か何かかと思ってしまうだろうほどに目を惹く竜の証。
それも危害を及ぼすものでないと分かれば、物語に出てくる竜の戦士のようで格好いい。
思えば子供の頃からそういう男の子向けの物語の真似ばかりしていたものだと少しだけ昔を懐かしんだりして、竜胆の竜である所を受け入れ、心に馴染ませてゆく。
「それはまあ、殺人に人肉食の禁止に……いろいろと触れますよ。だから絶対に――って、えっ?」
性的に。
それこそ有り得ない。だって、私だぞ? 百歩譲って友人にはなれたとしても、私を食べようなんて物好き――いや、彼女は雑食だと今しがた言っていたばかりじゃないか。
このままだと食べられてしまう。十七年、守るつもりは特になかったが結果的に守られてきた純潔を友人で散らす事になってしまう。
――竜胆になら、いいか。
いやいやいや。何を考えているんだ私は。今日出会って友人になったばかりだぞ?
気がついたときにはするりと抱きついた竜胆が、耳元で囁く。
交尾がしたい。動物的な、飾らない言葉だからこそ、竜の竜胆が発した言葉だと強く意識してしまう。
法的には問題ないじゃないか、と思ってしまう心と、しかし出会ったばかりの女同士だぞと制する頭。
ついでにそういう関係になるってもっと深い仲を約束した間柄でないと、と右往左往する純情。
ごっこや遊びではなく交尾するってつまり産んだり産まされたりするのかと狼狽しながらもほのかに期待する本能。
「――いや、いやいや、出会ったばかりじゃないですか……女同士はさておいても、竜胆、そういうのはもっと将来を約束するような人とですね……!! あ、でもこれも人の慣習ではあるんですけども、えっとその、竜にはそういう風習とかもしかしてなかったり……?」
■竜胆 > 「そもそも、法の話ができるという時点。」
この国の識字率は高い方なのであろう、ひどい国など、一般市民は識字できると頭がいいともてはやされるレベルなところもあるのだ。
その程度の所で、魔術師、とか法の話ができる憲兵とか、それは十分頭がいいのである。
詰まるところ、衛兵程度にしておくにはもったいないレベルではないか、と。
「あら、あら。
先程と手のひらくるーりしてますわね。
でも、嬉しいですわ。」
ころころ、と笑ってしまうのは竜の部分を褒められたから。
力強いと思ってもらえるのは、竜としては誉れだ、そこ、チョロインとか、チョロゴンとか言わない。
まあ、実際ちょろいのかもしれない。
「それは、個体差によると思うわ。婚姻を結んだ相手と、というのは。
だって、姉のリスは、ハーレム作るってもう今三人は嫁にしてるわ。
妹のラファルは……色より飯だし。
私は―――そうね、確かに段階を踏むのは大事だと思うわ。
でも、好ましい相手に、種を仕込むのは嫌いじゃないわ。
だって、本能でもあるもの。
沢山子をなして繁栄したいってのは。」
真っ赤になっている相手、可愛らしい反応に、可愛らしい、と思って。
己の乳房を押し付けるように、きゅ、と抱きつく腕を強く絡ませる。
お互いの乳房をこすりつけるように。
「だから、我慢してるのよ?
貴女とすることを。
出会った回数とか、そういうのは別にどうでもいいと思うの。
その人が欲しいか、その人と交わりたいか。
簡単に言えば、本能が求めるかどうか、よ。」
そこも、大事じゃない?
女は、甘い笑みを浮かべつつ、囁こう。
――私は、あなたを孕ませたいわ、と。
■モリィ > 「職業柄、ですから……」
むしろ、単純な法知識だけならあの役に立たないどころか全力で脚を引っ張ることに腐心する上司や先輩のほうが豊富に蓄えているとすら言えるだろう。
彼らは如何に表向き合法に汚職をするか、私に噛みつかれた時にどんな弁舌で黙らせるかを常に考えているのだから。
つくづく残念なのは、その優秀な法知識が真逆の方向に活用されている点である。いつか法的にもアウトな証拠を掴んで改心させてやりたいものだ。――閑話休題。
「それは、よくわからない亜人を見る目と友人の人竜を見る目では視点が違うでしょう?」
視点が少し変わっただけでこうも褒めそやすこの衛兵も、案外身内にはちょろいのかもしれない。
法という絶対の視点に関係ないところでは、衛兵になるための鍛錬と勉強しか知らなかった少女はずいぶんと人間的に緩く脆いのだ。
かっこいい、自分もそんなふうに強そうだったら、と羨み憧れて。
「個体差、なんですね……」
動物のように強い雄はのきなみハーレムを築くだとか、絶対に一夫一妻であるとか、そういう種族的な特徴はないらしい。
三人も娶るのは凄いと思うが。というか嫁って。兄ではなく姉なのに。――この姉妹はずいぶんと癖が強そうだ、と思った。
「で、でしょう? もっと美人で気立てのよくて竜胆に相応しい人がきっとそのうち――――」
やってくるから、という言葉は、竜胆が強く抱きついてきたことで中断された。
子を成したい、繁栄したい。欲しい、交わりたい――孕ませたい。
野性的で直球の言葉は、理屈の守りを上から無理やり叩き割って直撃した。
眼鏡を外し、畳んでポケットに押し込み、目元を手のひらで覆い隠す。落ち着け、落ち着けと自身の心を鎮めて、それから竜胆の肩に両手を置いて。
「私は理屈ばかり捏ねる人間なので、竜胆みたいに本能に素直に生きる生き方はできません。……それに、衛兵の仕事だってまだ続けたいですし……」
でも。
「でも、竜胆のことは、嫌いじゃないです。友人としてなのか、自分を欲する強い存在だからなのか、まだその区別が付くほど貴女を知らないけれど…………」
だからこそ、重要なのは。
「人竜の子って、卵で生まれてきたりします……?」
もしそうなら育てられる自信がない。人の子の育児はまあ、近所の赤子の世話をする仕事で学費に当てるお金を稼いだことも有るので、万全とは言えないが多少は出来よう。
が、卵となると……とりあえず温めるくらいしか思い至らない。
いや、そもそも竜胆が孕ませるだけ孕ませてあとは知らない、と言う可能性もゼロでは無いのだけど。
――ああ、駄目だ。人生で初めて求められた言葉があまりに直球で、思考が絶対におかしな方向に飛躍している。間違いない。
■竜胆 > 「ふふ、お仕事は大変ね。」
お仕事の知識というのは大量であろう。
自分もよく仕事のための知識とは聞くが――――少女は仕事をしてないので、そんな簡単な感想。
魔術師は、職業と言っていいのかしら、とか。
「たしかに、ね。ええ
知らない存在よりも、知っている存在の方がと思うわ。」
彼女の言う言葉には確かに、と少女は頷いて。
知っている人間に笑って、それは嬉しいわ、と、もう一度。
今現在抱きついていることをいいことに、頬ずり。
「そ。個体差。
だってうちの母様は父様べったり、だし。」
竜もいろいろいる、一人を伴侶として永遠を誓うのも。
色を多く持って、行くのも。
あとは、相手との関係とも言えるのかもしれない。
それに、人間だって、そうだろう。
一人で永遠を誓うのも、いっぱいの相手と愛し合うのも。
「相応しいかどうか、なんて関係ないのよ、さっき言ったでしょう?
その人が欲しいのか、どうかだって。
モリィ、貴女が欲しいのよ?」
メガネを畳んで言葉を放つ相手。
ジッと見つめる彼女を見上げるのだ。
「いいえ?
少なくとも、貴女とした場合は人と同じだと思うわ。
母体の種族に引きずられるから。」
卵を孕まないのであれば、そうであろう。
それに、流石に孕ませたなら、それなりの責任は取るつもりである。
そこは、お金持ちの余裕というやつなのだろう。
■モリィ > 「あー……うぅ…………」
抱き合い、至近距離で見つめ合いながらあうあうと言葉にならない声を発する。
眼鏡を外してよかった。明瞭な視野では竜胆の顔なんて恥ずかしくて見ていられない。ぼやけた視界のいまですら顔から火が出そうなのに。
「わ、私は……」
私は。私はどうしたいのだろう。
彼女はきっと、私が拒めば無理強いはすまい。竜の力でもってすれば、今この瞬間にも無理やり手篭めにして孕ませることだってできるだろうにそれをしないのだから、私の意思を重んじてくれるはずだ。
そして、それは嫌だと断ったとしても、彼女は仕方ないと笑ってもとの友人関係からやり直させてくれると思う。
受け入れる理由はない。
子ができれば仕事にも支障を来すだろうし、そうすれば市民を守ることができない。
それは、困る。
「はず、なんですけど……ね」
理屈を立てればいくらでも用意できるのに、竜胆を拒む勇気が持てない。受け入れる勇気も持てない。
なぜなら、法はこういう時どうすればいいかを定めていないからだ。
いくら記憶の中の法をたどり照らし合わせても、こんな時どうすればよいかはわからない。
「私は法がないと自分の進退ひとつ決められないのかぁ……」
仕事をやめたくない。竜胆に愛されたい。
卵が生まれると困る。生まれるのは赤子。
――ひとつ意見が出るたびに、それを潰す意見もセットで現れる。
いつだって最後に頼れる、めったに使わないような特例法だらけの王国法はこんな時に限って役立たずだ。
ならば、この場で次に頼るのは。
「竜胆に委ねます……その、判断できるほどの経験もありませんし、どうしていいかわからないので。竜胆に任せれば、どう転ぶにしても安心できますし後悔は無い、と思いますから」
■竜胆 > 「―――だったら、宿題。」
彼女は、さんざん悩み、その結果をコチラに回そうとしてきた。
それは、その判断は、ある意味では正しくある意味では、間違いである。
なぜならば。
「モリィ、それは、ダメなことよ。
貴女自身のことに関しては、貴女が法として、決めないと。
確かに、私に委ねれば、私は答えるわ。
でも、それは私の欲望。
私の都合だもの、貴女が良いといっても。
それは後で後悔になるわ。絶対に。
だから、自分で悩み、決めて。」
それに、好意を向けられたから、と、初めての相手に決められないんじゃ。
いつか、悪い人に騙されてしまうわ?
私のような、ね?少女はニンマリと笑って見せるのだ。
「貴女にとって大事なものが何か。
ちゃぁんと、考えておきなさいな。
その上で答えが出たら、それに大して答えを出すわ。」
人の愛というのは難しいものだ。
自分はシンプルな獣の方がわかりやすくていい。
散々言い寄っていて、なんなのと思われてしまうとも思うけれど。
それが、ハーフなのだ、竜と、人が同居する。
つまるところ、情緒不安定とも言える。
手のひらをくるりと返し、彼女に宿題として。
「そろそろ、家に着くわ?」
歩いているということを、忘れているかもしれないが。
少女は視線を向けるのだ。
いつの間にか見えてきた家の門、そして、家の前で静かに佇み頭を下げている家令長。
ここが、私の家よ、と。
いつでも遊びに来てね、少女は笑い、彼女から身を離して。
家の方へと歩いていくのだ。
またね、と目を細め、軽く手を振る。
■モリィ > 「宿題」
こくりと頷く。駄目だと言われ、その理由を説かれればまさに彼女の言う通り。
私のことだ。私が決めなければ。毎日の職務の間を使って、思う様に悩み抜いて、それから答えを出そう。
彼女は待ってくれるし、結論として駄目と言っても分かってくれる。
「はい、……うん、そうするわ。貴女がほしいと言ってくれたことは、とても嬉しかった。その嬉しさも含めて、考えます」
眩しい笑顔は、視界が不明瞭でもよくわかる。
眼鏡をかけ直し、分厚いレンズで表情を覆い隠して、頷いた。
「結論が出たらまた会いに来ますね。仕事と、貴女と、自分と。三つ全てに偽らない答えを考え出してみせます」
座学は得意――ではないが、考えることはきらいじゃないのだから。
気がつけば彼女の家までたどり着いていた。
家人に衛兵隊のものです、とお辞儀をして、竜胆を返す。
きっと遊びに行く、と約束をして、離れていく竜胆の背中を見送り――
「ちょっと待って」
呼び止め、彼女の前に回って、軽いハグと頬にキス。
顔から火を吹きそうな恥ずかしさを押し殺して、それじゃあまた、と叫んで小走りにその場を後にする。
――翌日から数日間、モリィの仕事ぶりはいつもより猛烈で――いつもより早く帰り支度を済ませては、翌朝寝不足の目を擦りながらやってくる、そんな日々が続いたという。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 公園」から竜胆さんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 公園」からモリィさんが去りました。