2016/06/07 のログ
ご案内:「王都マグメール富裕地区/ファルケ邸」にファルケさんが現れました。
■ファルケ > ヴァイル・グロットとやり合ったあの夜、魔法使いファルケは確かに胴体を真っ二つに分断されたはずだった。
だがこの六月の晴れた午後、彼はゆったりとしたガウン姿で庭園の花々に水をやっていた。
五体満足に蘇った事情など、今さら話すべくもない。ただそれだけのことなのだ。
「ンー……ン、ン~~……ふん……ふふふん、ららら……らら~~」
機嫌よく歌っている。
このごろ上演されたばかりの歌劇の、山場で歌われていたアリアだ。
右手で傾けたブリキの大きな如雨露から、さらさらと細やかな水が舞い散って虹を浮かばせている。
主が思い立つまま植えたとしか思えない花木の選びは、庭師でなくともちぐはぐな印象を受けることだろう。
この屋敷こそ、「よろずのまじないごと引き受けます」という名目で、陰から陰へと囁かれる魔法使いの根城であった。
■ファルケ > 「お?」
生垣のばらに顔を寄せる。新顔が花開いたのだ。
大輪の真っ白な新種で、何となく気に入って買い求めたのだった。
顔中をくしゃくしゃのにこにこにして、空っぽになった如雨露を振り回すように歩く。
「……………………、」
不意に見遣った一階の一室は、もう日も高いというのに分厚いカーテンが引かれたままだった。
「――あの“合いの子”めが。部屋には日を入れろと言ったろうに」
傭兵ヘレボルス。魔族と人間の間に産まれた子で、とびきり身体が頑丈だった。
ただそれだけの理由で、彼はヘレボルスを雇っている。
今は魔物の仔を産ませる試みの最中で、ヘレボルスは部屋に籠もることが多くなっていた。
「暗い部屋では、ますます魔物が凶暴になってしまうになあ」
勿論、そんな説明などしてやる義理もないのだが。
■ファルケ > 庭に一通り水を撒き終えると、如雨露を片付けて庭園の中央へ出向く。
小ぢんまりと設えられた白亜の東屋の下、鉄製の優美な透かし彫りを施したベンチに腰掛ける。
その場所からは、屋敷の門扉を通して富裕地区の通りがよく見えた。
行き交う多くの人々にとって、この屋敷は目にすることが出来ない。
川か壁か、あるいは空き地か、些末で気に留めることさえない場所のように見えている。
どんな縁があってか、気まぐれに一日数人ばかりがこの屋敷を視認し、
実際に門扉を潜ってくる者はさらに少ない。
その結界に理屈などなく、見えるときには見えるし、見えないときには見えないのだ。
ベンチの座面に足を載せて、両腕で膝を抱え込む。
まるで子どものような格好をして、行き交う往来を眺めていた。
■ファルケ > ぽかぽかとした日を浴びて、特に何をするでもなく数刻。
「……ぐう」
いつの間にか眠ってしまった主を起こしに、使用人たちが慌てて飛んでくる。
寝起きで夢うつつの主人が何をやらかすか分かったものではないけれど、
眠ったまま行使される魔法よりはずっとマシなのだ。
ご案内:「王都マグメール富裕地区/ファルケ邸」からファルケさんが去りました。