2021/03/05 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にミシェルさんが現れました。
ミシェル > そんな時通りの向こうから歩いてきたのは、一人の男装の麗人。
貴族ならば名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれない女男爵。
そしてその後ろを雛鳥のようについていく、浮遊する箒が三本。
その全てに籠が限界まで下げられていて、重そうによちよちと飛んでいる。
見るからに異様な光景だが周囲を歩く貴族や衛兵にとってはそんなに珍しいものでもないらしく、
またか、といった顔で見送っている。

「さて他にいるものは無かったかな…」

そんなことを呟きメモを見ながら女男爵は令嬢の横を通る。
ついていく箒の籠の中身が、エリアにもちらりと見えるだろう。
一本目に下げられていた籠の中身は何やら山盛りの薬瓶。
二本目に下げられていた籠の中身は魔法実験に使う道具類。
そして三本目には…山盛りの食糧。
それも貴族が普段食べるようなものではなく、
平民が食べるようなサンドイッチや魚の揚げ物のような軽食と、
燻製肉、ザワークラウトやピクルスのような保存食の類。
それらが大量に詰め込まれて、食欲をそそるような匂いを放っていた。

エリア > 「………あら……」

富裕地区のレストランに失望しながらも、それはそれとして、何か甘い物でも……とカフェを物色に掛かっていたが。
どこからかいい匂いが。それも、野卑な感じの料理の匂いだ。
見落としていたが新店オープンしていたのか、とそちらを探して顔を向けると、すれ違っていくのは、女性と付き従う箒。

「………まあ……」

三本目の箒に満載された品々はこの辺りではお目にかからないような料理で。ぱちくりと眼を瞬かせては、

「あの、失礼ですが、それはどちらでお求めになったのかしら……?」

己より少し年下に見える箒を従えた女性へ思わず声を掛けていた。

ミシェル > 「は?」

まさかいきなり声をかけられるとも思っておらず、ミシェルは呼び止められて目に疑問符を浮かべる。
知り合い…でも無さそうだが、何用だろうか?美人に声をかけられて悪い気はしないが。
それと言われて彼女の目線の先を見れば、箒に下がった籠。
見るからに貴族令嬢な彼女が興味を示すような品も無いはずだが…もしかして魔法に興味が?
ミシェルは勘違いした。

「や、これかい?これは実は今しがた平民地区で購入したものでね」

女男爵は最初の籠から薬瓶を取り出すと、不思議な色合いをしたそれを見せる。
暗い中に光る粒の広がるそれは、液体と言うより瓶の中に詰め込まれた夜空に見えるだろうか。

「平民地区の魔法店は意外に充実していてね。ここで買えないような掘り出し物が売ってたりするんだ。
これなんかは1年ぐらい探してた薬で……」

次々と魔法薬を取り出しては楽しそうにその説明をし始めるミシェル。
エリアが止めなければ延々と喋っていそうだった。

エリア > 「突然失礼いたしますわ、お嬢様……その、それ……あ、いえ、その……」

腰を落として軽く礼をし、急に声を掛けた非礼を重ねて詫び、そして意外そうにする様子に、寧ろその目立つ箒三本では、時々は声を掛けられそうなものだが……まあ、確かに興味は持ったとしても普通声を掛けづらい気もしないではない。

そして、声を掛けて、それはどうしたとなれば、往々にして魔法の品に興味を持たれること多数なのだろう。理解はできた。しかしそれではない。
魔法薬に関しては欠片も興味がない。勝手にやっていらして下さいと心底思っている。
決して口には出さず、表面上は微笑を浮かべて鷹揚に魔法薬の説明を取り留めなく口にする言葉に頷いていたが、途中で口を差し挟むではなく頃合いを見計らって言葉の切れ端を捉えると、

「詳細なご説明をいただき、痛み入りますわ。
――お嬢様、魔法薬のご高説は充分存じ上げました。わたくし、そちらの食料品についてお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」

話しの矛先を変えた所を不愉快に取られぬよう、丁寧におっとりとした笑みを湛えながら、箒に満載になっている食品を示してゆるりと首を右に倒しながら尋ねた。

ミシェル > 「は?」

魔法薬についての話を止められ、目の前のご令嬢が示すものを理解して、ミシェルはまた目に疑問符を浮かべる。
社交界では変人として知られるエタンダル女男爵だが、魔術師としては確かな実績を上げてる人物であり、
故に魔術関係者からはよく声をかけられる。なので今回も魔術関係の話なのだろうと思ったのだが…。

「えと…これ…に興味が?」

示された籠には食料しか入っていない。
それも間違っても貴族のご令嬢が食べるようなものではない。
だがまぁ、物凄い箱入り令嬢なら初めて見る食べ物に興味を示す事もあるのかもしれない。
そんな知識が無い歳にも見えないが……。

「これは単に平民地区でよく売ってる食べ物だよ。
片手で食べられる物と保存が効く物を買ったんだ。しばらくは研究室に缶詰めの予定だからね」

サンドイッチを取り出してみせる。いかにも庶民的なパンにレタスとハムが挟まっている。

「ここの食べ物は格式通りに食べないとシェフに失礼だけど、平民地区のなら冷めてから食べても何も言われないからね」

山のように籠に詰まった食料は、数週間分はあるだろうか。

エリア > 先程と同じ光景が繰り返される。
一瞬時が戻ったのかと思った。
けれど、まさかただの食料品に関して質問が来るとは思ってなかったというような具合に、それはそうだろうな、とは客観的に考えて納得できる。
わざわざ呼び止めて訊く様な事では普通ない。

「ええ。わたくし、そろそろこの辺りのレストランには飽きて参りまして……屋敷の料理人も、画一的な料理しか作ってくれませんし……」

大きく頷いて手軽かつ安価な加工食品ばかりが詰まった籠を見て。そして、平民地区で購入したと聞けばやはりそうかと少々期待外れの様な表情を浮かべてしまう。
結局富裕地区では買えない事が分かってしまっただけだった。

「………わたくし、平民地区の雑多な味が恋しいのでついお声を掛けてしまいました……。
やはり、向こうで売っている物は違いがすぐに判りますわね……香辛料がきつかったり、ニンニクがしっかり利いていたり……ああ、食べたい……」

取り出されたサンドイッチを見やって物憂げに溜息を吐く。
まさか呉れとは言えないが、いーなー、それ。と口に出さずとも目が語った。
欲しいなら買いに行けばいいではないかと思われるかも知れないが、ある程度の身分共なるとそう簡単にはいかぬもので。
どこに行くにも自由自在な彼女の様子に羨むような視線を注いだ。

ミシェル > 「ぜ、贅沢な悩みだね…」

生粋の貴族のミシェルも、このレストラン街にはまだ行ったことすらない店舗があるし、
貴族の料理人といえばこの国でも最上級の料理人達だ。
それを飽きたなんて言う貴族は見たことが無い。
仮にサンドイッチが食べたいにしても料理人に頼めば最高級の食材で最高級のサンドイッチを作ってくれるだろう。
多分とても不思議に思われるだろうけども。

「えと…食べたい…?」

めちゃくちゃ物欲しげに見られているのはミシェルにもわかる。
何故こんないかにも身分の高そうなご令嬢が平民の食事を欲しがるのかわからない。
というか恋しいと言うほど食べたことがあるのだろうか?んんん?
ミシェルの頭に疑問が次々浮かぶが、麗しいご令嬢の頼み、サンドイッチ一つぐらいなら渡そうかと思い。

「じゃあ…どうぞ?」

少々キザな感じに両手を握りながら渡す。
折角だしもっとお知り合いになりたいが、生憎今はそういう欲より知識欲が上回っている。
彼女にサンドイッチ一つを渡すと、ミシェルはそのまま立ち去ろうと…。

エリア > 「そうですかしら?」

食に貪欲、と言うか他に楽しみもない身。
衣服や装飾に余り興味がない分つぎ込んで、見た目より大分大きな胃袋で食べつくした結果、なんか違う物が食べたいという結論に達する事はごく自然な成り行きで。
屋敷で出してもらえるサンドイッチじゃ駄目なのだ、飽きたのだ、味薄いのだ、上品なのだ、もっと辛かったりしょっぱかったりパンチの利いた雑な味付けがいいのだ、と胃袋は駄々を捏ねる日々。――そんな所作は、おくびにも出さないが。

「え? あらあら、わたくしそんなつもりでは……」

呉れ、とは微塵も思ってない。食べたいなあとは思っているが。
だから勧められては一応遠慮の素振りを示すのだ。いいなら欲しいというのが本音だが。

「まあ……本当に宜しいの? なんてご親切なお方なのでしょう……。
ありがとうございます、ご厚意に感謝いたします」

彼女が細い指先で握ってサンドイッチを手渡してくれた。
曇りがちだった表情が明るさを取り戻し、嬉しそうに綻んだ。
簡単なサンドイッチだったが、絶対この辺りではなさそうな味付けがされているようで、期待に胸を膨らませていると、ご親切なお方はご多忙なのか立ち去ろうとする。

「あら、何かお礼を……お名前を聞かせてくださいます?
わたくし、ファンケット家のエルセリアと申しますの」

後で何か彼女の家に届けておこうかと律儀な事を考えながら。

ミシェル > 正直に言えば安物のサンドイッチなのに、何故かとても感謝されている。
そんなに食べたかったのだろうか…?もっと高級なものを渡したほうが良かっただろうか…?
憂いを帯びていた表情も、晴れやかな笑顔に早変わりだ。
そりゃあ美女は笑っていたほうがいいが…。

「いやまぁ、正直言ってそれ、
かなり安いからむしろ僕のほうこそ本当にそれでいいのか聞きたいぐらいだけど」

はした金で買えるようなものでここまで感謝されてはこちらが悪い気がしてくる。
騙す気はまるで無いのに詐欺でも働いているかのような気分だ。
間違っても貴族が貴族相手にプレゼントするようなものではない。
もやもやした気分で立ち去ろうとすると、彼女がまた声をかけてきた。

「お、お礼!?いやこんなサンドイッチ一つでお礼なんて悪いよ…。
貴族のご令嬢がこんなものでお礼なんて言うもんじゃないよ…」

ミシェルは頭を抱える。大丈夫だろうかこのお嬢様?
ファンケット家か…特に貧乏だという噂は聞かないし、
それどころか爵位を買うほど有り余る富があると聞いたことがある。
そんな家のご令嬢がこんなにサンドイッチを欲しがるものだろうか…?

「まぁ、名乗られたらこっちも名乗らないと失礼だけど。
エタンダル家現当主のミシェルだ。宮廷魔術師を務めている」

エリア > この庶民的な感じが堪らない、と眼を細め。うっとり陶然とした様な表情にすらなる。
近頃は上手く抜け出せず、何度か撒かれて護衛の目も厳しくなっていて平民地区に行っても撒いて自由行動、ということも適わず。
久し振りのジャンクフードにご満悦。

「とんでもありませんわ。滅多に手に入らないものをお分けいただいてなんと感謝すれば……」

大仰な程感動している。まさか行きずりの方が食べ物を下さるなんて。
屋敷の者が見たら物乞いの様な真似はおやめ下さいませと嘆くだろうが。頂いた当人はくれたご厚意もありがたく喜色満面で。

「いえいえ、ですけれど、お礼もせずにいただいてしまっては、それこそ物乞いの様になってしまいますもの。
この恩義はお返しさせていただかなくては家名も廃りますわ」

サンドイッチ一つでそんな大問題にまで発展させて大真面目な顔で諭すように語った。タダでもらう謂れがないと。

「ミシェル様、まあ、お噂はかねがね……。緑の髪に男装のご令嬢……、お目に掛かるのはお初ですわね。噂通り、とっても素敵お方。
今後ともお見知りおき下されば幸いですわ」

サンドイッチ片手に礼をするが……作法はともかも何とも締まらない。
サンドイッチの恩人として彼女の名が頭に刻まれた。

ミシェル > 「……あーうん、今度から買い出しに行くときは君の分も買ってこようか…?
それと、こっちの燻製と瓶漬けもいるかい…?」

他所の家のご令嬢にはそんなに珍しいものなのだろうか。平民地区に行けば入り口で買えるのに。
ミシェル自身も貴族の常識を気にしない人間であるため、彼女がどれだけ大変なのかはよくわからない。
だが、何か不憫になってきて思わず渡す食材を追加した。

(むしろこんなもの渡してる僕の方が家名が廃るんじゃないかな……)

彼女の大真面目な態度に、ミシェルは心の中でそんなことを思ってしまう。
彼女の家の当主に知られたら激怒されるんじゃあるまいか。自分が。

「あまり良い噂は聞かないけどね…ははは。
こちらこそよろしくね?」

こちらもご令嬢に合わせて礼をする。
サンドイッチ片手の問答はかなり周りの貴族の怪訝な視線を集めている。
さらに悪い噂が増えそうな予感がした。

エリア > 「――まあっ、そんな、いいんですの? わたくしの分まで?
ぜひ、宜しくお願いいたしますわっ。
あらあら……そんなにいただいても大丈夫ですの?
ミシェル様の分はちゃんとございますか?」

喜色が深まる。ありがたくご親切な申し出にすっかり表情は幸せ色に塗り替わってかなりの上機嫌。
まさかそんないい人がいるとは夢にも思わず煌めくような視線を注いだ。
サンドイッチに燻製や瓶漬けを抱え込んで、幸せ、と相好を崩しまくり。
内心で色々と危惧している様子には気づかず、美味しいもの、たくさん、とひたすら嬉しそうで、どこの欠食児童かという。

「いえいえ、一部の女性からはカリスマですわよ。男装の麗人のミシェル様、と。
ええ。失礼もあるかと存じますが、どうか、どうか、買い出しなどを含めましてよしなに」

決して買い出し要因と思っている訳でもないが、そこも大事は大事。しか、と彼女の両手を握りたいのはやまやまだが、いただいた食糧でそれも適わない為、目力を込めて。
それから、周囲の視線に気づいては、振り向いて、にっこりと笑みを振り撒いて会釈をしておいたら、勝手に逃げた。

ミシェル > 「……世の中いろんな人がいるんだなぁ」

大事そうに平民の食事を抱えながら、足早に去っていく貴族令嬢を見ながら、
女男爵はぼやくように言う。
別にミシェルが奇行をするのはいつものことだと思われているようで、
周囲の視線は去っていくエリアに向いている。

ミシェルは再度箒を引き連れて歩き出す。
食事が少し減ってしまったが、まぁ一食分ぐらいだろう。
彼女はそのまま、自分の研究室へと歩みを進めていった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からエリアさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からミシェルさんが去りました。