2020/12/28 のログ
ファリエル > 祖父や父が方々に金策に走るも、誰にも相手にされなかったということは聞いている。
館の中のものを全て売り払ってもどうにもならず、最後には爵位さえも失った。
当然そのすべての中には、貴族としての資産である令嬢も含まれており。

数年前に一度会ったきりの相手に引き取られたのは、奴隷商人に引き渡されたその日だった。
幸いにも商品価値を堕とすような愚かなことはされていなかったけれど。
それでもかつて会った時には長かった髪は、僅かでも返済の足しにと、ばっさりと切られていて。

それからまだ数日。
メイド長の手によって、毛先は整えられたものの、首筋はまだ落ち着かない。
奴隷商の檻のような部屋で、再会した時のことを思い出しながら、顔を上げる。

「それを言うなら、私がお礼を申し上げるのも自己満足です。
 お役に立てるように頑張りますね。―――今はまだまだですけれど。」

相手の、どこか捻くれたような物言いに小さく微笑みを浮かべる。
自己満足とは言うものの、家名を残すにはそれなりに無理を通す必要があったはず。
そのおかげで家族を探す糸が切れずに済んだというのは、本当に感謝という言葉だけでは言い表せないくらい。

言われるままに、渋くなり過ぎないように気を付けながら、もう一杯お茶を注ぐ。
柔らかい香りがあたりに漂うのを意識しながら、零さないように気を付けて。
自分の分もと言われて、やや躊躇ったものの、ここは素直に甘えることにする。

「お口に合うか分かりませんが―――」

そう言ってお茶請けに添えるのは、甘さを控えた焼き菓子
形がやや歪なものの、メイド長のお眼鏡には適ったものだから、味はしっかりしている。
包丁もまもとに握ったことのない少女の、初めての手作り。
勧められるままに対面に腰を下ろしたけれど、少し不安そうな表情で相手の反応をじっと窺う。

そんな様子に気づいているのかいないのか。
相手から訊ねられるのは、保護者としての弁であり。

「とても良くしていただいています。
 ――先生は確かに厳しいですけれど、間違ったことや理不尽なことは仰っていませんし。
 不安があるとしたら……」

毎日くたくたになるまでしごかれている。
それは事実ではあるけれど、見習いであれば当然のことでもあるだろう。
それにこうして綺麗な服を着て、食事をさせて貰えているというだけでも、奇跡に近い。
出来の悪いメイドに愛想を尽かされ、放り出されてしまうのではないか。
目の前の青年に限ってそんなことはないとは思うけれど、役に立てるかまだ分からないという点では不安は尽きない。
その第一歩ともいえる焼き菓子への反応を見逃すまいと、熱い視線を注ぎ。

ヴィルア > 貴族の霊場と言うレッテルはそれだけで奴隷としての格をあげる。
更に処女であれば、なおさらだ。
道端で夜盗に襲われる…などではなく、ある意味きちんとした段取りで奴隷にされかけていたことが幸いか。

「ああ。期待している。
メイド長も、骨のある者が入ってきて喜んでいたよ」

少し年嵩のいったメイド長にとってはそれこそ孫か遅生まれの娘、と言ったところだ。
厳しくするよう言われてはいるのだろうが、理不尽にならないようメイド長も気を付けている。
技術は勿論まだまだ、と言えるだろう。
しかし、伸びようとする者は多かれ少なかれ伸びていくものだ。
一日二日で決めずに、長い目で見ようと彼は思っていて。

「ああ、ありがとう。どうも頭を使うからか、甘いものが恋しくなってね。
メイド長にも言われただろう?」

お茶うけに添えられた焼き菓子を見て微笑む。
形から、いつものメイドが作ったのではないことはわかる。
一つ摘まんで、口の中へ。
抑えられた、仄かな甘さに眼を閉じて味わう。

焦げの苦みもなく、生地もほどよく柔らかい。
仄かにその口元が笑みの形に歪む。

「………。なるほど、不安と言うのはそういうことか」

咀嚼を終え、焼き菓子を呑みこみ。ふと目を開けてみれば、此方の反応を見ている相手の姿。
その視線と、この焼き菓子のことを考えれば、何が不安なのかわかる。
新しい環境で、自分がどうなっていくのか…また奴隷に落とされはしないか、と言ったところか。

「一つ、言っておこう。私が君のおじいさんから受けた恩はとても大きいものだ。
おじいさんと会っていなければ、今の私は無いだろう。
だから、君が道を見つけるまでは…私が生きていく術を教える手助けをしよう。その後どうするかは、君次第だ。
この場所は、君を追い出したりはしない。そもそも、私付きの専用メイドになっていることからも、特別さは感じていただろう?」

普通のメイドではなく、便宜上はヴィルア付きの専属、ということで特別待遇を与えている。
その辺りは、メイド長から簡単に説明もあっただろう。
だからこそ、軽々に辞めさせるものではないと…不安を払拭させるため、次期当主の口から告げていく。

「だが、道を決めるのは君だ。私はそこに深く干渉はしない。
家族を探すのもいい、貴族として生き直すのもいい。夫でも見つけて人並みの幸せを目指すのもいいだろう」

いくつか、例を出していく。
君には様々な道があるのだと伝える。
大事なのは彼女自身が、意思を決めることだと。

「今すぐと言うわけではないが…それが、私の願いだということは、覚えておいてくれるかな
…ああ、もちろん、私に嫁ぐ、などという道も用意されているよ。…焼き菓子も上手くできているしね。」

その場合、君には相当頑張ってもらわないといけないけどね、などと冗談交じりに笑う。
彼女の表情を、少しでも明るくしようという声音だ。

ファリエル > 何を作るかについては、もちろん事前にメイド長に相談していた。
凝ったものなど初心者にはハードルが高すぎる。
味付けに関してはレシピ通りに作れても、食感は焼き加減一つで大きく変わってくる。
試行錯誤のうえで、どうにか満足のいくものができたのだから、多少不躾でも見詰めてしまうのは致し方がない。
咀嚼される様子をつぶさに観察していると、その口元に笑みが浮かんだのが見て取れる。

「ありがとうございます。
 私がそのご恩返しに与ってしまうのは申し訳ない気も致しますが……」

この施しはあくまで祖父への恩返しであって、何も為していない自分が受けるのは筋違いにも思える。
けれども、施しを拒んだところで奴隷になるしか選択肢はなく。
故に、相手が祖父へと感じている恩義と同等――それ以上のものを返さなければ、返したいと思う。

名義上は専属ということになっているものの、今はまだ基本さえ身についていない状況。
身の回りが慌ただしかったということもあるけれど、憶える仕事がいっぱいで顔を合わせられたのも助けられて以来
だからというわけではなかったけれど、丹精込めた焼き菓子はどうやら悪くはなかったらしい。
ほっとしつつも、もっと色々できることを増やしたいという思いにも駆られる。

そんなわけだから、いくつか出された具体的な身の振り方に関しても、まだ考える余裕はない。
家族を探したいという思いはあっても、自分ひとりの力では何ひとつ手掛かりも得られはしないだろう。
家の再興と言うのも恩返しに勝るものではないし、貴族の結婚などそもそも自分が決めるものではないわけで。
没落した今では違うのかも知れない。そんな思考が脳裏に過ぎると同時に、冗談まじりの言葉が継ぎ足される。

「………え?
 私が、ヴィルアさまに……嫁ぐ、ですか?」

想像だにしていなかった未来絵図
それでも優しくしてくれたこの恩人を支えていける、そんな道は悪くはないように思える。
加えて、お世辞であっても焼き菓子を褒められると、ポッと顔に火が点る。
思わず手にしていたカップから紅茶を零してしまいそうになる。

「あ、あの……私などでよろしかったら……そのっ、が、頑張りますからっ!」

相当に、と念押しされたその言葉を真に受けて、カップをテーブルへと置くと、ぐっと拳を握りしめる。
何をどれだけ頑張らないといけないのか。それはまだ分かってはいないけれども、はにかんだ表情でよろしくお願いしますと頭を下げ。

ヴィルア > 「たまたま、私が見つけられたのがファリエルだったからね。
もっと早く手を回せていれば、と思わなくもないが」

そう、本当に幸運であった。
利用している奴隷商からの情報が無ければ、彼女もまたどこかに落とされていたことだろう。
自分がもっと早く気付いていれば、更に良い未来もあったかと思うが…それは後の祭りだ。

「ただ、熱心に働いてくれるのは嬉しいね。
使用人には、身の回りのことや仕事の応対も一部任せているから…人手はいつも欲しいのさ」

やる気と向上心のある新人、と言うのはそれだけで貴重だ。
これからも技術を身に着けてほしいと思う。それが彼女のためにもなるだろうと。
色々と考えている姿を見れば、一先ずは…自分の言葉は届いたようだ。
焦ることは無い。自分に出来る範囲なら守る、と告げて。

ただ、冗談交じりの言葉に、反応が強く返ってくる。
てっきり、恩人としてしか見られていないだろうと思っていたが…

「…はは。私の妻は大変だよ?仕事の手伝いもするだろうし…日頃の鬱憤を受け止めてもらわないといけないから。
その気があるなら、今度しっかりとそういったことも教えてあげよう」

妻になること、鬱憤、その気、などと言葉を並べて想像を掻き立てる。
貴族に生まれたからには、そういった世継ぎに関する教育も受けているだろうが。

「私など、と謙遜することはない。容姿も整っているし…性格も、私から見れば人を惹きつけられる性格だろうと思う。
自信を持って、日々頑張ると良い」

卑下を許さないわけではないが、過度にする必要は無いと言って。
ほんの少しだけ形の違う焼き菓子を完食しよう。
それだけ、彼女の頑張りを認め、応援しているということだ。

「さ、特にキミから何もなければ、話は終わりだ。引き留めて悪かったね。また明日からも頑張ってくれ」

彼が聞きたいことは、これで終わりらしい。
教育は厳しくはしているが、元気なことは確認できたため…目的は達成している。
相手から何か質問等が無ければ、部屋へ戻るように促そう。

ファリエル > 「いえ、お爺さまたちもきっとどこかで頑張っていらっしゃるはずですから。」

だから、この優しい恩人が気に病む必要などはない。
過ぎてしまった過去は変えられないし、今この瞬間でさえ出来ないことのほうが多いけれど。
それでも、そう信じていないと、出会えるはずもない。
不安がないとは言わないけれど、それでもまっすぐに背筋を伸ばして、そう告げる。

家族のことは、信じるしかない。
いつか再会できるように、今は自分のことをしっかり考えよう。
恩人の妻になるという道が本当に良いことなのか、それはまだ分からない。
それでも支えていきたいと思うから。

「お、覚えることが、たくさんありますね……
 その、私で良ければ、お仕事の愚痴でも何でも聞きますから。」

メイドの仕事ばかりか主人の仕事まで覚えるとなると、確かに大変だろう。
妻が夫を支えるのは当然のこと。
けれども、少女が知るのは自身の両親と恋愛小説の登場人物たちのことのみ。
その描写も閨での語らいで留まっているうえに、貴族の妻の責務についても具体的なことは何ひとつ教えられていない。
ただ殿方に逆らわずにお任せするようにと、教育係の侍女に教えられただけ。
なので、ややちぐはぐな受け答えになりつつも、愛し合う男女が閨で行う「何か」を想像してしまう。
とはいえ、少女の想像ではキスや抱擁までが関の山なのだけれど。

「はい。ヴィルアさまにそう仰っていただけると、また明日から頑張れます。
 その……またこうして、お茶をご用意させていただいても、よろしいですか?」

赤くなってしまった頬へと手を添えて熱を冷まし。
向けられた応援の言葉には、嬉しそうな笑みを浮かべる。
何かないかと問われると、少しの逡巡の後に口を開く。
忙しい主の時間を取ってもらうのは申し訳なさが募るけれど、少しでも傍に居る時間を増やしたいと希望を添える。

断られはしないだろうと、主人の優しさに付け込んでいるような気もしないではない。
せめて次回はもう少し見栄えの良い焼き菓子が用意できるように頑張ろう。
そんな思いを胸に、茶器を片付け、主の部屋を後にすることに―――

ヴィルア > わかってい無さそうな反応ではあったが、それはそれでいいだろう。
彼女の家が、そういった教育を望んでいなかったということだから。
彼女が望むなら、そういった教育をするのは自分の役目だろう。

「…。ああ、それでいいさ。今はね」

相手の言葉にくすり。笑いを返してから。
彼女が大人になるのは、そう遠くないのかもしれない。

「…それも構わない。また私の時間が空きそうな時に、ここに来てもらうことにしよう」

また、メイド長に指示が下される。
不定期ながら、ヴィルアの仕事の合間に彼女と会う時間を作るとしよう。
忙しいため、それほど頻繁には取れないが…だからこそ焼き菓子の練習の時間を取れるだろう。

彼女が自分を利用していることもまた、感じて。
ただ、それくらい…優しいだけではなく強かである方がこの国では生きやすいだろう。

「おやすみ。ファリエル」

彼女が出ていくとき、そんな声をかけてから。
彼もまた、湯あみを行い…床につこう。
今日もまた、夜は更けていく――

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からファリエルさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からヴィルアさんが去りました。