2020/09/04 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にアントワーヌさんが現れました。
■アントワーヌ > 墓石に刻まれた意匠にも、墓石其の物にさえ、此れでもかとばかり贅を尽くした廟が並ぶ墓所の一隅。
傍らに在る大樹の陰に溶け込む黒衣の青年貴族が一人、とある墓石の前に佇んでいた。
墓石に刻まれた名は、己の祖父母、母、そして最も新しいのが、父親の名前。
供の者は馬車に待たせ、墓参と称して訪れたものの、其の名を眺め遣る眼差しに感傷の色は無く。
別ごとが頭の大半を占めている今は、例えば不意打ちには絶好の機会とも言えるだろう。
―――――今のところ、静まり返った墓所に、己以外の人影は見当たらない。
足繁く先祖の墓に詣でる、敬虔な貴族など、きっとひどく稀なのだろう。
顔見知りと行き会う煩わしさから逃れて来たのだから、己にとっては、
狙い通り、といったところだった。
「――――…母上、恨みますよ。
せめて貴女がもう一人、私のきょうだいを産んで下さっていたら、
コトはもっと簡単でしたのに」
呟く声に僅か滲む、拗ねた子供のような色も―――――聞き咎める者は居ない、筈。
■アントワーヌ > 「父上も父上ですよ、母上が亡くなってから、愛妾の一人も………」
八つ当たりめいた愚痴が父にまで及んだが、其処でふと口を噤む。
墓石に刻まれた彼の人の名を凝視しつつ、真顔で軽く首を捻り、
「……もしかすると、外には居られたのかも知れませんね。
其の内、父上の子だ、なんて馬の骨が現れる可能性も、―――――」
皆まで言えず、くっと喉を鳴らしてしまった。
そうなったならなったで構わない、と思うのは、いつまでも先延ばしにしておけない、
曖昧な婚約のことなどで煮詰まっている所為か。
ともあれ、そろそろ近習の男が心配を募らせる頃。
こんな不真面目な墓参は、そろそろ切り上げるべきか、と息を吐いて、
墓石の前から一歩、足を引いて歩き出す。
後には己が一応持ち込んで供えた、白い百合の花束が風に揺れるのみ―――――。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からアントワーヌさんが去りました。