2020/07/19 のログ
■フォティア > 富裕地区とはいえ、街の全てが眠りに落ちているというわけではもちろんなく、時折他の邸宅に向かうのだろう馬車が通りを行き過ぎていく。
とはいえ、そういった馬車の前に躍り出て道案内を請うような無謀さはさすがに発揮できるものではない。
ゆえに、こうして通りを自身の脚にて歩む貴族の姿に、やや意外そうな視線を向けてしまったかもしれない。
とはいえ、こうして自身の見知った場所ではない地区にこうして立ち入った以上は、これからのことも考えて下手な波風を立てる気はない。
「ヴィルア、さま……ですか。 わたしは、フォティア・ビエントと申します。大通り向こうから、やや外れた地域にて、貸本屋を営んでおります」
相手が先に名乗れば、己からも名乗ることが礼儀だろう、ゆえに己の身元を隠す様子はなく。
視線を合わせるような、膝の位置合わせに、少しだけ己に情けなさそうな、緩んだ笑みを浮かべるだろうか。
「……ええ、と。 ……ここ、です」
視線の届かぬ位置での、彼らの静かなやり取りは、少女には見えない。
親切な申し出に、一瞬ためらってから、おずおずと己の握りこんでいた紙片をそっと差し出した。
何度も見つめて確かめていたため、内容は覚えている。そこには、貴族の邸宅の位置と、名前が記されているだろう。
「おわかりに、なりますでしょうか……?」
淡い期待と不安。瞳に揺れる色合いを隠そうとはせずに、首を小さく傾げて彼を見上げた。
■ヴィルア > あるいはもう少し歩いていれば…下衆な貴族に強引に声をかけられるかもしれない。
富裕地区とはいえ、ここは今非常に乱れている国。あり得ない話でもなく。
「この紋章を見たことはないかな?無いなら無いで構わないが…
フォティア・ビエント。貸本屋…………ビエント……、…ああ!あの魔導書や地図を置いてある店か。
傘下の商人から経費として貸し代金を請求されたことがあった。安価で質が良く、様々な種類が置いてあると。」
自分の貴族としての紋章…胸部分に刺繍されたそれを示しながら。
ようやく思い当たったのか表情を変えてふむふむと頷く。
「いや、それよりは案内だな。…………………」
しばらくそうした後、紙片を受け取りしげしげと眺める。
丁寧なその小さな地図を見て考える。
富裕地区、と区切られているとはいえ、広くはあるが…
「フォティアは運がいい。ここは私が知っている場所だ。
微妙な関係ではあるが、この邸宅の持ち主も私のことを知っているはずだよ」
紙片を返しながら、にっこりとまた笑う。
「それほど遠くも無い。馬車を呼ぶ必要もないだろうさ。
せっかく会えたのだ。話でもしながら、歩かないかい?」
軽くそう言って姿勢を戻す。
優雅な所作でエスコートするように、手を差し出して。
■フォティア > 「──…あ。 …ええと、その。 そういった種類の本は、ご案内するお客様が限られていまして。
その、基本的には我が貸本屋ライゼンデは、絵本や小説、紀行文などを保証料こみの適正価格で、ご近所様に提供するのが本来で……っ」
思わず、少しばかり上ずった声を上げてしまった。
魔導書などの危険な本を提供するのは、よほどのお得意様だ。
人の姿がないとはいえ、往来でそれが暴露されることに、思わず、といった当たり障りのないセールストークで打ち消そうとした。
が。それも束の間。
指し示された紋章へと、視線を向けて──しばし、考えこむのは己の記憶を探っているのだろう。
人生経験の少ない少女にとって、よすがとなるのは大量の本からの知識なのだが、その記憶の一片に引っ掛かる者があったらしく。
「……ええと、確か紋章学の本で、見たことがある…と思います」
基本的に家名をあらわす紋章の組み合わせと意匠には、一定の法則がある。
どの意匠がどの位置に配置されているのか──とはいえ、己の記憶にかかったということは、この国にて一定の名声を持つ家柄なのだろうと納得する。
差し出された手に、一瞬だけ迷ってからそっと手を置く。柔らかな細い指が、遠慮がちに触れた。
「そう、なのですか? それでは、大変お手数をおかけいたしますが、ご案内をお願いできますでしょうか。 ヴィルアさま」
どういった家柄として伝わっているのかの姿勢の評判は知らぬものの、身元がはっきりとすれば、安堵も過ったのだろう。ホッとした表情で、片手で胸に抱えた包みを軽く抱き直した。
■ヴィルア > 「…と。済まない。どうか許してくれ」
秘密だった、とは知っていたはずだが。
思い出した興奮に流されたからかすぐに謝罪を告げて。
本来の目的を果たすために動き出そう。
「ふふ、嬉しいね。…ああ、もちろん。こっちだ」
もちろんここで…青年としてはこの少女を連れさろうとすることもできる。
例えばこの案内で…目的の場所に行かずに更に人気のない場所に誘い込んだり。
しかしそれでは勿体ない。
何も聞かずに襲うなど獣のすること。
相手を調べ、興味を最大限に高めてから狙う。彼のやり方はそういうものだった。
エスコートした手を引いて、ゆっくりと歩き出そう。
静かな道を歩き、曲がる。その途中――
「そういえば……フォティアは魔族との混血かい?どうやら、砦に押し寄せてくる魔族とは違うようだが…?
ああ、すまない。先程、耳が見えてしまってね。…別に憲兵に突き出すなどするつもりはないよ。単純な興味だ。
魔族だとするなら、どうして貸本屋などをやっているのか、と。それに、こんなに可愛らしいし」
ゆったりと、質問を投げかける。
逃げられることはないだろうが、少しエスコートの力を強め。
護衛もまた緊張を高める。
ただ、青年の笑顔自体は変わらない。
可愛らしい、と形容したのも嘘ではなく言葉には優しさが宿っていて。
■フォティア > 店に関する言葉が途切れれば、ほっと胸を撫で下ろす。
通りを案内されるままに、手を委ねて。
この国の治安が決していいものではないと理解はしていても、そういった災いが己に降りかかってくるかどうかという自覚は今一つ薄い。
そういった自覚が弱い理由の一つである疑問を投げかけられて、少し困ったような笑みを浮かべた。
指摘されれば、どうにも隠しきれない耳の先端の尖りを指で触れ。
「……ええ。やはり、気になりますでしょうか? 父が、魔族だったと聞き及んでおります、が…わたしは逢ったことがありません。
母が、祖父の元に身を寄せた時には、わたしを身籠っていたそうですので……実は、わたし自身も、自身の出自には明るくないんです。」
やはり、潜在的な敵である種の血が半分流れているということで、理不尽な偏見もあったのだろう。
ゆえにできるだけ善良な待ち人であろう、ごく普通の少女であろうとする部分もある。
「貸本屋は、もともと祖父が営んでいた店なんです。先年祖父が亡くなりましたので、わたしが跡を継いだことになります。
……写本のお仕事も、性にあっていますし、本も好きなので天職だと思っています。」
少し困ったように、けれど笑みに陰りはなく。
指にかかる力が、僅かに強まったのを感じて、警戒心の薄い少女はきょとんとした表情を浮かべる。
■ヴィルア > 一応聞かれていないか確認しながらも道を進む。
幸い、通るのは馬車ばかりで誰にも聞こえてはいないだろう。
「……既に、か。
例え魔族の子だとしても…君の母親は君を産みたかったのか…。あるいは、本当に愛し合っていたか。興味は尽きないね
ああ…、それはいい。私も、商売に関わる仕事は自分に合っていると考えている。そう思えるのはとても清々しい…」
歩きながら静かに話を聞いた後、返答を。
警戒を強めても、何の反応も返ってこない。
わずかな怯えや反射すらも無いということは…余程の強者か、あるいは見た通りの純朴な少女ということだが。
前者には…彼の人を見る目をもってしても見えなかった。
よく今まで、貧民地区とまではいかないまでも…悪辣な輩が多いこの国で生きていけたな、と感じるほど。
「地図は役立つものだし…私の傘下には迷惑をかけない程度に利用するよう伝えておこうか。
ああ…逆に、私のことで聞きたいことはあるかな。
不躾な質問をしてしまったし、大概のことなら答えよう」
陰りが無い笑みを確認しながら警戒を緩めていき。
もうすぐ、目的の場所だ。やはりそれほど遠くはなかった。
■フォティア > 時折、行き過ぎる馬車の音に、びくつくようにして道の端に寄ろうとするのは街に生きる平民としては決して珍しい反応ではないだろう。
豪奢な馬車は、平民地区の大通りを速度緩めることなく爆走していくことも多いのだから。
「────……どう、でしょう…?
何となく、聞いてはいけないことのような気がして、母には訊けませんでしたから。
訊けないままで、母は亡くなりましたし…もしかしたら聞いていたかもしれない祖父も、もういませんので。」
ひょいと、小さく肩をすくめた。
実際、少女本人としては知らなくてもいいことだとも思っている。
何しろ、父を慕う気持ちが生まれたとしても、魔族の国になど向かう気など一片も湧き起こることがない。
迷う気持ちが生じないほうが、この国で生きていくためにはいいのだろうし。
そんな徒然話の中に、己に対して探りを入れられているということも、気付いていない。
武術的な才も、鍛錬もまったくない。
魔術の才能は、それなりであったかもしれないけれど。
「地図であれば、様々な商人の方々や隊商の方にもごひいきにしていただいています。
どうぞ、よろしくお願いしますね。
地区ごとの詳細な気象データと魔物分布図と、災害予想地域を付記した最新版のご用意もありますよ?」
生業の宣伝は忘れなかった。
目的の場所が近いことを足取りと雰囲気で理解すれば、彼の申し出に僅かに考え──
「それでは。──お礼は、どちらにお届けすればいいかを、あとで教えてくださいませ。
あ。これは、貴族の方には、出来るだけ借りを作るなという、祖父からの教えにのっとったものですが」
先代は、少女ほどに純真な性質ではなかったのだろう──それなりに、狡猾な生き方を心得ていたようだ。
■ヴィルア > ゆったりと、少女の話を聞き…男がこつこつと革靴を鳴らす音が響く。
歩調は緩く…身長が違うため、手を繋いだままの状態だと少女に負担をかけてしまうからだ。
「死者に話を聞く方法でもあれば…とは思うがそれは難しそうだね」
あまり重くなりすぎないよう、笑み交じりの少し軽めの口調。
けれど、軽薄にはならないように心配の色も混ぜて。
ただ純朴でありながらも…しっかりと知識は蓄え。
こうして話していると仕事に対する誠実さや、亡き祖父、母、そして…父に対しても尊敬が青年には感じられた。
その感覚が本当かはわからない。
けれど青年としては、少女の態度は好ましいものだった。
そして、相手からの『質問』を聞けば
「ふ…。…ああ、いいとも。後で紙片を貸してくれればそこに私の邸宅を書き込もう。
ただ、借りというなら…そうだな。その時に、私と一緒に食事をしてくれないか?私のお願いを聞いてくれることで…お祖父さんの教えを守ることにもなるだろう?」
お礼の品などは特に希望は無く。
ただ…食事の誘いを。
借りを返すのとは違う形になるが、これも立派な返し方だと青年は思っている。
もちろん、裏が無いとは言わないが。
純朴な少女だからこそ、一度恩を売ってからのこういった条件付けは刺さると考えていて。
「さあ、着いたよ。ここが紙片に書いてあった者の邸宅だ
帰りのエスコートは必要かな?」
その言葉を告げた後、一つの邸宅の前で足を止める。
紙片と照らし合わせても間違いない。
■フォティア > 「ふふ。そんな方法があったとしても、わたしには、必要はありません。
母にだって、胸に一つくらい秘密を抱いて眠る権利はありますから」
歩調を合わせてくれる親切に、頼り切ることはせず、がんばってやや歩調はいつもよりも早め。
これは、見知らぬ貴族の方の時間を取ってしまっているという後ろめたさがあるが故か。
ゆるりと首を左右に振って、小さく笑みを漏らした。
「……え。 ……ぅ、うーん……貴族の方の誘いには…容易く乗るなとも言われているのですけれど…」
提案に、一瞬迷いが生じるのは、先代店主の祖父に大切なことと強く言い含められていた、コネづくりと警句の狭間の二律背反で揺れ惑ったのだろう。新米店主が判断のよすがとするのは、基本、祖父の教えだ。
とはいえ、すぐに撥ねつけるようなことは失礼であることも、少女は理解している。
瞬き三回ほどの時間を思考に費やしたのち、ぎこちなく頷き返した。
「一度だけなら……」
美味しい話には裏があるという古くからの格言もあることだし。
そう己に言い聞かせつつも、了承してしまうのは人の好さか。
紙片を彼へと差し出しつつも、辿り着いた目的地、門に掲げられた紋章の見覚えに、表情が目に見えて明るくなる。
これならば、お届けの遅延による割引は利かせなくて済むだろう。
ふわりと軽やかな動きでここまで送ってくれた貴族の青年へと向き直り。
「ありがとうございます。帰りは──多分、大丈夫です。帰巣本能は、ちゃんと、ありますので」
少し悪戯な口調でそう告げるのは、やや態度が砕けた証か。
一礼して、少女は門番へと来訪を告げ、姿を消す──その足取りは軽やかに。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からフォティアさんが去りました。
■ヴィルア > 「ふむ……」
両親も、頼りにしていた人も亡くなった後。
けれど…たとえ話だとしても死者の声を聴くという話にも寂しさを滲ませない少女。
やはり、純朴なだけではなく…芯が通っている印象を受ける。
紙片を受け取り、自分の…主に使っている邸宅の場所を記して返し。
「ああ。一度だけさ。貸本屋、というのは中々関わり合いのない職業だからね」
警戒されながらも、承諾を返す少女に笑い返し。
その少女を見送ろう。
――次に会えるのが楽しみだよ、フォティア
そう呟いてから。
男は護衛と共に…少女が入っていった門に背を向けた
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からヴィルアさんが去りました。