2019/04/30 のログ
■アルフレーダ > シェンヤンではミレー族の扱いは大きく異なる。
国の違いは文化の違いとはいえ、心ある者はこの見世物を嫌うだろう。
それは王国民も同じ。つまりは、ここにいる者の大半は哀れな奴隷に対する慈悲を持っていない。
最たる者である王女は葡萄酒をグラスの半分程飲んだところで、傍らのテーブルに置いた。
「まどろっこしいわ。さっさと全員舞台に上げて片っ端から踏み躙ってしまえば良いのよ。」
次から次へと連れて来られるミレー族を見下ろす瞳が、不快感に細められる。
王女は個人的な事情もあり、特別彼らを毛嫌いしている。
犯されては泣き喚く様は愉快ではあるが、そもそも視界にあの特徴的な耳や尻尾が入るだけでうんざりする。
そんな感情を敏感に感じ取る者がいたのだろう。
元来ミレー族というのは第六感のようなものが鋭いと聞く。
「……目が合ったわね、あの奴隷。汚らわしい。」
少し離れた場所で待機する側近に目配せすると、すぐさま駆け寄り跪いた彼に告げる。
「鞭で打って啼かせてあげるが良いわ。BGMにでもなれば好き者の公主が喜ぶかも知れないし。」
機嫌を損ねれば何をしでかすか分からない王女をよく知る側近。
命令が下れば反応は迅速。伝令が伝わり、間もなく舞台の袖からよくしなる鞭を持った男が出て来る。
奴隷の中でも特に女性は怯えるが、男が先ず向かうのは彼女たちではなく反抗的な眼を持つ男の奴隷。
もともと奴隷を商品や労働力程度にしか考えていないため、大した言葉もかけずに鞭を振るい上げる。
■イーシャ > こちらを見る者たち…金持ちも、その護衛も、側近も…そして偉そうにふんぞり返っている見目麗しいだけの女も。
青年に、そしてミレーに向ける視線は皆同じ…我らを道具か玩具か、それ以下にしか見ていない。
つまり、この場で遠慮など不要ということだ。
彼らには辱めでも受けてもらうか、それとも漏らすほどの恐怖でも与えようか…あるいはいっそ始末してしまっても…
そう考えていたときに目の合った女。
明らかにミレーを毛嫌い…というより憎悪していると言っても良い視線を送ってくる、見た目は端麗な女性。
その様子と振る舞いから、この劇場の中で最も位の高い人物だとわかる。
ターゲットとして、彼女ほど相応しい者はいないだろう。
何よりその目が気に食わない…汚物でも見るかのような彼女の目を、歪ませてやりたいと。
皮肉にもお互いが似たような感情を持つに至った。
さて、そのせいだろうか…女は傍の側近に耳打ちし、たちどころのその命令は下り、鞭を撓らせる男が重たい足音を響かせ近づいてくる。
他のミレーは早々におびえた様子を見せる有様だが、当のミレーの青年は、男が目の前に立ち、鞭を振り上げようともその不遜な態度を崩さず…そして。
バシュッ!
そんな空気を裂くような乾いた音が、劇場に響いた。
次の瞬間、男は悲痛な叫び声を上げながら鞭を持っていた腕を抑えて倒れ悶える。
男の鞭を持っていた手は、まるで鋭利な刃物でやられたかのように斬り落とされ、鮮血を噴き出しながら床に落ちた。
一瞬を間を置いて、劇場に響く悲鳴。
何が起きたのかと倒れた男を見て、次いでミレーの青年にほぼ全員の視線が集中し、そして驚いただろう。
青年を縛っていた拘束具が、皆が見ている中で外れ、床に落ち、青年は自由となったのだから。
「壊れろ!」
皆の視線が集中した瞬間に、自由となった青年は魔法を発する。
元よりミレーは魔法を得意とする種族、当然拘束の際には魔力を抑制する処置が施されていたはず。
だがこの青年は忍び込んだ異物…そのような処置などされているはずもなく、観客と警備兵のほとんどに、「混乱」の精神魔法を掛けてしまう。
たちまちに観客たちと警備兵たちは、まるでピエロのように踊り狂い始め、はたまた殴り合いの喧嘩を始める者たちも、泣き叫んだり笑い転げたりする者たちまで、一気にカオスの様相へと変貌する。
幸い、奥まったところにいた王族の彼女ら一部は、術の効果範囲から外れていただろう。
だが、青年のターゲットはあくまでその女。
ゆっくりと視線を彼女に向ける青年は不敵な笑みを浮かべて壇上を降り、女の元へと駆け足で向かおう。
途中、正気の警備兵が止めに入るが、ぼろ布の中に隠し持ったナイフを瞬時に投げられ、瞬く間に打ち倒されていくのみで。
やがて女の目の前まで、ろくに止められることなくたどり着いてしまおうか。
■アルフレーダ > 王女にとっては日常茶飯事である奴隷への八つ当たり。
そのため鞭打ちを命じた後も、その目は淀んでいた。
鞭で打たれ皮膚が裂け、血が滲み、泣き叫ぶ。痛いのは自分ではない。
無味乾燥な双眸が悠然と舞台で怯える奴隷たちを眺めていた時、いつものように鞭は振り下ろされた。
「?」
鞭が奴隷の肌を打ち付けたと思った音は、そうではなかったようだ。
舞台での惨劇を呆けたように眺める王女。こういった時の反応は訓練されている者のほうが早い。
王女が「何があったのよ?」と聞く前に何人かの警備が向かう。
だが彼らの中でまともに舞台に辿り着ける者はいなかった。
突然突拍子もない行動をとり始めた警備や傭兵に、場は混乱する。
「何のつもりなの?余計な演出のつもりならくだらないから、いますぐやめて。」
『い……いえ……。』
術にかからなかった王女は苛立ち、主催の貴族を目で探し始めた。
従者もまた対応に遅れ、こんな演出は聞いていないと言うにとどまる。
彼女たちの反応は王侯貴族らしく平和ボケしていた。
だがさすがに奴隷の一人が警備を退けてまでこちらに向かってくるのを見た時、王女は眉間に皺を寄せ。
「何してるのよ!無能ねっ!!汚い奴隷が逃げてるじゃないっ!」
逃げている。そう思うのも無理はない。
よもや自分をターゲットにした動きだとは思わず、汚らわしいと連呼する存在が逃げる途中でたまたまこちらに近付くことが許せないだけ。
どこまでも何時までも平和ボケした王女が叫んだ直後、奴隷の青年は目の前に立っていた。
王女が反応するより先に、従者を含めた数人の男が奴隷の腕や首を掴みに行こうとするはずだが。
■イーシャ > 女の元へ向かっている…そのはずだが、当の女は逃げるどころか不機嫌な表情で喚くのみ。
青年は理解した、ここにいる連中は死の恐怖を感じたことも、命を危険に晒したこともない温室育ちしかいないのだと。
呆れ…そんな感情に支配される。
この国を動かしている人間には、こんな者たちしかいないのか。
改めて王国の腐敗と停滞の権化を目の当たりにして、苦笑を漏らしたのも無理はない。
女からすれば嘲笑われたと思われたかもしれないが、知ったことか。
混迷の渦と化す劇場…だがその騒ぎが外に漏れることは無い。
劇場という施設の都合上、きちんとした防音対策が取られた建物。
中での混乱など施設の外に聞こえることもなく、ミレーの青年主催の新たな宴が続けられる。
わずかな正気な者たちも、混乱した者どもに圧倒され、組み伏せられ、ただただ悲鳴を上げるのみ。
完全に傍観者と化した他のミレーたちは、ただ茫然としているか、拘束を外そうと足掻いているだけだ。
「汚いだなんて、失礼しちゃうね」
目の前までやってくるまで目もくれず喚いていた女。
やっとこちらの存在が目前に迫っていると認識すれば、彼女はただ固まるのみか。
女の侮蔑の言葉を笑って流す青年は、迫る従者の腕を逆に掴み引っ張り、その首へナイフを突き立てるように見えただろうか。
次いで迫りくる男たちにも、青年は平然とした様子で攻撃の手を躱し、男たちの急所へ一撃を喰らわせていく。
まともな攻撃もできずに崩れ落ち、動かなくなる従者や男たち…まともに訓練など受けていない王女の側近など、手刀ですら容易く打ち倒すことができてしまう。
ただ、こういった状況に慣れていない王女からすれば彼らは死に、自分にも死の恐怖が迫るのを感じてしまうだろうか。
「はっ、よく見たらアルフレーダ王女じゃありませんか。
ご機嫌麗しゅう…妹姫様はお元気ですか~?」
邪魔者を消した青年は、ナイフを指で器用にくるくる回しながら、女の顔を覗き込む。
見たことがある顔…いや、ミレーの間柄では多少知られた顔だ。
ミレーを嫌い、徹底して暴虐の限りを尽くすと知られた王女。
そして、そんなミレーに溺愛する妹を奪われた哀れな王女だ。
青年はあざ笑うかのように、王女に対し恭しく首を垂れて見せ、妹の話でもわざとらしく口にしようか。
■アルフレーダ > 貴族の資金を以って集められ、仕事をこなしていた者たちが一瞬にして崩れ落ちる。
命が消える瞬間を見るのは初めてではなかったが、城で煌びやかに暮らす王女は血の海とは無縁だ。
政に首を突っ込むことはあっても、戦場に立つ経験もない。
大人びているように見えても17の小娘が恐怖を感じるには充分である。
陰惨な状況を呆然と眺め、瞬きをすることすら忘れた様子の彼女に軽々しい挨拶がかけられた。
「……は?お前は誰なの?」
まるで夢から醒めた瞬間のように奴隷を見ると、逃げるでもなく叫ぶでもなく疑問が投げ掛けられる。
こういった時に正しい反応が出来る者がどれだけいるのだろうか。
少なくとも王女は目の前の青年が知人だったのかと勘違いし、随分と暢気な返しになってしまった。
だが当然見覚えはなく、何よりも妹への揶揄が遅れて激情に火を点ける。
「誰でも良いわ。無礼な。お前のような立場の者は私と目を合わせる視覚すらないわ!」
当然劇場の外にも護衛は大勢いる。
王女がドレスの中で神経質そうにヒールを鳴らすと彼らに魔導波が伝わり、出入り口が騒がしくなる。
主催の雇った警備ではなく彼女の、つまりは王家の息が掛かった者たち。
だが彼らが見るのは正気を取り戻した後の観客と屋内警備の戸惑い。
そして殺されたと思っていた警備たちが、術でまやかしを受けて目覚めた直後の様子。
何かあったのかと聞かれても、元々高揚を煽る香が焚かれた劇場内では現実と非現実の境目が分からなくなる者も多い。
要領は得られず、結局香が効き過ぎたという報告に終わる。
姿を消した王女については何故か疑問に思う者はなく、また奴隷の青年が一人いなくなったところで尚更気に留める者はいない。
数時間後に城に戻った王女の反応がどのようなものだったかは、未だ誰も知る由もないのであった。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/劇場」からイーシャさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/劇場」からアルフレーダさんが去りました。