2020/12/30 のログ
ティアフェル >  倒れている路面は凍り付いていてとても冷たかったが、それを感じる余裕もない。
 けれど、身体は寒さを感じる神経を無視して、がたがたと勝手に身体を震わせていた。出血して凍える夜気に当たって防衛本能が働き、振戦を促したのだ。
 
 何が起こったのかは相変わらず良く分からなかったし、視界も霞んでいる。頭が痛くて吐き気もする。
 状況を正確に把握して整理するほどの思考回路は整っていなかったが、それでも、自分が大分拙い状況にあることは察せられて。

 やべ、死ぬ……と焦燥感が芽生え始めてきたところで、彼の声はややはっきり耳に届くようになっていた。どうにか状態を回復させようと脳が必死に情報を拾っていて。

「……ょく、見ぇ、な、ぃ…… ゎ、かる……」

 たどたどしく嗄れたような声でやっとやっと返事をし、他の薬品がじっとりとラベルに滲んで読みづらくなっている瓶の中身を探る様子に、それ……と青紫の水薬が収まった瓶をふるふると震える指先で〆そうとする前に、それを選び出して口元に運ぼうとするのに、首をもたげるようにして唇を縁に近づけ。

「っ、……ん゛…っ」

 ごふ、と上手く嚥下できずに咳き込みながら一口ずつ慎重に口に運んでいき、酷く時間を掛けながらその小瓶を飲み干すと、苦悶に眉を寄せながらふぐ、と口元を抑え。しばらくその体勢で固まっていたが。

 回復術師な為、薬に頼らずとも本来止血だの血小板の働きを促すものだのは、余り携行品に含まれていないが、辛うじて痛みを軽減させ患部の血行を一時的に抑える効果を持つその我残った水薬は徐々に効果を発揮して。
 痛みに霞んでいた視界がクリアになってゆき、ゆっくりと瞬きをすると、少し意識も鮮明になってきて。

「ク…レスさん……」

 まだ少し掠れがちな声で小さく名前を確かめるように口にしたところで、ばたばたと見物人の一人が読んできた回復術師が駆けつけてきて、患者についての質問を投げかけながら、その場で施術の段取りを始めた。

クレス・ローベルク > 「(言語機能は回復してる。視界がぼやけてるのが不安要素だけど……これなら、治療が間に合えば)」

途絶え途絶えだが、確かな返答に取り合えず希望が見えた。
薬瓶をゆっくりと、彼女が呑むペースに合わせて傾けながら、様子を見る。
彼女の視線も、前よりは明らかにはっきりしている。

「大丈夫だ。俺がついてるから」

根拠はない――むしろ今の彼女の方が自分自身の事は解っているだろうが、必要な言葉だろうと思う。
手をぐっ、と強く握って、存在を示す。
そうこうしていると、治療師がやってきた。

「俺も馬車にぶつかった所は直接見てないけど、恐らく街路樹に後頭部から衝突してる。
血が一気に出てた。意識はさっきまでかなり朦朧してたけど、今は少し持ち直してる――」

と、質問に対して、テキパキと答えていく。
内心は焦っているが、しかし焦りをぶちまけてもどうにもならないのは解っているので、できるだけ冷静に。

ティアフェル >  止血や呼びかけが早期に行われた為に、最悪の事態は回避できたようで、的確に選ばれた水薬の効果もあり、混濁していた意識や視界が回復傾向を見せ。

 強く手を握って呼びかけられ、小さく首を縦にしてほんのりと力ないものの、微笑を浮かべる。
 弱弱しくはあったが、ありがとう、と告げるように手を握り返して。

 床に就くところだったらしい壮年の術師が寝間着にコートと云った姿でやってくると、状態を聞いて肯き。
 彼の代わりに患者を引き受けて、あまり動かさない方がいいと判断したらしく、出血の収まってきた女に呼びかけては患部を診て僅かに眉を寄せてから、止血に使われていたハンカチを外して頭を支えながら掌を翳し詠唱を紡ぎ出した。

 呪文の声とともに生まれた暖色の光が患部を覆い、そこからさらに広がるように全身を包んでは他の打撲痕や創傷もまとめて回復を施していき。

 数分後には、ぱち、とはっきりと双眸を開いて。

「…………。」

 確かめるように塞がって今は出血の痕だけが残る後頭部に手を当て。探るように触れてから。完治していることを知ると。まだ少し痛みの後遺症で頭はぼんやりしがちだが、まずがお礼である。

「――どうも大変お世話になり、まことにありがとうございました」

 居住まいを正すと殊勝な構えで深々とその場で頭を下げた。

クレス・ローベルク > 一度治療がバトンタッチされれば、後は出来る事はない。
彼女から少し離れて、様子を見るしかない。
最悪、見習いが来る可能性まであった事を考えれば、壮年の、それも恰好からして急いで来てくれる程には人徳のある医者に当たったのは最大限の不幸中の幸いと言えたが、それでも事故はある。

はらはらと見守る最中、落ち着いた彼の詠唱と共に、治療が進んで――終わってみれば、放置していたほかの怪我を含み完全に回復していた。

「お、おお……」

良かった、とへたりこみそうになりつつ、取り合えずどうするかと彼女と治療師に視線を右往左往させる。
彼女の様態を確認すべきか、それより先に治療師に治療費の相談をすべきか――等と考えていると、彼女が居住まいを正して。
そして、一礼した。

「……あー、うん、うん」

この場合、礼をしたのはこっちにだろうか、それとも治療師だろうかと思うが、多分両方だろう。
治療師の方は割と何時もの事なのか、いえいえと軽く流しているが、こちらは基本的に罵声か歓声しか貰う物がない剣闘士だ。
知り合いにそんな事をされても、嬉しくはあるが困るというか持て余す。
寧ろ、軽く流してくれた方が良いぐらいなのだが。

「でもまあ……どういたしまして。
……君が助かって、良かったよ」

と、やや慣れない様にはにかみみつつ言って。
治療師に、この後どうすればいいかを聞いてみる。
一応の入院が必要なのか、それともこのまま歩かせても良いのか――後者でも流石に貧民地区にある彼女の家に帰す訳にはいかないので、宿を取らせるべきだろうが。

ティアフェル >  無事に回復したので、とにかくまずお礼、と頭を下げて感謝を表していたが。
 良くなって安堵してくれている救護者たる友人の様子を見ると、申し訳ないのとありがたいのがないまぜになって、こちらも少々はにかみがちに笑顔を見せ。

 夜中に呼び出された回復術師に、お世話様でした。お礼は如何ほどかと冷静に尋ね。
 それから恰好からしても同業者だと察した術師は、彼に入院の可否を訊かれては必要かどうか、患者本人に経過は自分で判断できるかなどの確認を行い。
 そこら辺の話がつくと、今日は患者となってしまったヒーラーは身分などを証して後日術師への謝礼へ伺うことを約束して。寝入りばなを叩き起こされた術師はお大事に、と欠伸交じりに去っていった。

 それから、誰かと勘違いしているらしいが、自分の住居は平民地区の冒険者ギルド近くにある下宿である。貧民地区ではないのだった。ヒーラーとしての稼ぎがあればそんなに貧乏ではない。

 そして、真っ先に介抱してくれた友人に向き直ると、手をぎゅっと取ってがっつり目を合わせ。

「本当にありがとう。クレスさんが通りかかってくれてよかったわ。

 なんだかまだちょっと一部朦朧としてるんだけど……馬に跳ねられた、のよね、確か……。
 馬の持ち主が分かればいんだけど……今回はきっと完全にひき逃げで終わるわねえ……」

 改めて破れたり血塗れだったりと散々な自分の有様を見下ろすと、ため息を吐き出し。
 台無しだなあと肩を落とした。

クレス・ローベルク > 彼女が医師と会話するのを立ち聞いて、あれ、貧民地区じゃなかったっけと首を捻る男。
どうやら、前に貧民地区で会った時の記憶が混じった様だった。
とはいえ、それなら問題ないだろう。
馬車もあるし――彼女の様子を見る限り、歩行にも問題はなさそうだ。

等と考えていると、こちらに向き直って手を握ってくる少女に、こちらも「どういたしまして」と改めて言って。

「証言者になりうる見物人も大分散っちゃったしねー……。
馬車に紋章とか彫られてて、それを覚えてるならワンチャンだけど」

男も周りの野次馬にはああいったが、流石にあの状況で見物人の顔など細かく覚えていないので、改めて証言者を探すのは難しい。
それでも冒険者のスキルを使って、相当に時間を使えば或いはといった所だが――流石にそれはティアが望むまい。
これでティアが治療費を払えないとかの展開になってくるなら、何が何でも見つけ出して絞り上げる所だが、どうやらそれもなさそうだし。

「まあ、後は警邏の人たちに任せる事にしてさ。
取り合えず、今は帰る事を優先した方が良いかな。
その恰好じゃ、平民地区と言っても、質の悪いやつに絡まれるかもだし」

馬の次は馬の骨に襲われるんじゃ洒落にもならないと呟いて。

「良ければ送っていくよ。
俺も何か気疲れしたし、今日は富裕地区じゃなくて、こっちで宿取ろうかなあ……」

ふああああ、と思い出した様にあくびをかく男。
どうやら、暗喩的な夜のお誘いなどではなく、本当に疲れているらしい。
普段下心下心言っている割に、こういう所では謎に紳士的なのだった。

ティアフェル > 「くっそ、泣き寝入りになりそーだなあ……。
 こっちは後ろからがーんと来られてるからほとんど見てないし、この時間ってのも運が悪いわ……」

 一瞬のできごとであったので、証拠になるようなものは目撃できていないし、暗くてよく見えないのもある。関わり合いになるのを嫌がる連中ばかりなので証言も期待できない。
 あー、とまた頭痛がしたかのように頭を抱えて苦悶し。
 危険は冒険だけで手いっぱいだと云うのにここで出費も嵩んでキツイ。けれどどうしようもない。
 命があっただけマシだと思おう。年末の不運総決算だ。
 

「そーね……頭もぼーっとするし……こんなナリでうろつく訳にも行かないわね。
 さすがに、今から暴漢とエンカする余力はないわ……」

 嘆息交じりに肯いて送ってくれるというので素直に甘えることにし。少しおどけがちにこう口ずさんだ。

「あら助かるわ、わたしの英雄さん。
 それなら下宿先の空き部屋を貸してもらえるように頼んでみるから、ちょっと寒いかも知れないけど良ければどーぞ?
 わたしの部屋は満員だから無理だけど」

 道で拾って帰った幼女がいる。いたり居なかったりだが、小さい女の子と自分でワンルームの下宿はスペース的に一杯だ。その女の子は彼と知り合いなようなのでもしも在宅していたら、賑やかになってしまうかも知れないが。

 まあ、ともかく彼がどこか他で宿をとるのか、自分の下宿先の空き部屋を使うのかは委ねておいて。
 よろしく、と帰宅の共を願おう。

クレス・ローベルク > 「後ろからがーん、かあ。そりゃもうどうしようもないな」

悪いが、流石にそれはあまりに分が悪い。
彼女もそれは解ってるのか、全力で苦悶している。
せめて、何かのめぐりあわせでこっちに相談する事があったら、積極的に検討するぐらいしかできる事はない。

「まあ、此処で暴漢にあっても何とかなるわよ、って言われたら、そっちのが怖いしね……」

そういえば、こんな夜遅くに彼女は何をしていたのだろうと一瞬疑問に思ったが、しかしまあ、彼女は地元民だし、何かしら買い物なり散歩なりに出ていたのだろうと適当に考えて。
そして、彼女がおどけて言えば、こちらもにやりと笑って

「はっはっは。よきにはからえ。まあ、壁に囲まれてて布団があるだけでも十分ありがたいさ。
にしても、部屋に満員って……誰かほかに住んでるのかい?」

等と言いつつ、彼女の案内で下宿先に歩いていく。
そののち、彼女が泊めている幼女がまさかのクレスの知り合いというか、友人兼ライバル兼仕事仲間であることが判明したりするが、それはまた別のお話。

ご案内:「王都マグメール 平民地区2」からティアフェルさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」からクレス・ローベルクさんが去りました。