2020/12/29 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」にティアフェルさんが現れました。
ティアフェル >  ――人が歩き、馬車が進み、馬が走る。
 キンと鋭く冷えた宵闇の街角を渡るいくつかの影は刻刻と減っていて、白い息を吐きながら通りの中ほどを歩き狭い肩を縮込ませる女の影も家路を足早に辿り、そこからじきに消えてゆくはずであった――……

 ――が、それを赦さない、できごとが一分後、待ち構えていた。
 磨き抜かれた空を見上げ、くっきり浮ぶ月輪に眩しげに目を細め、

「うはあ……寒……。
 めっちゃ晴れてるし、この分だと明日の朝はあの、あれ、あれでもっと冷え込む……え、と、あれ、なんだっけ、ほ……放…?…放射……?」

 溜息のような息も一瞬で白くけぶる。少し目元を歪めて呟いた。

「放射冷却……、」

 そのせいですごく冷えるだろうな……

 ――そう確かな予想を浮かべていた。その、5秒後――

 どどどどどど

「――え…?」

 背後からけたたましく近づいてくる蹄の立てる重い音。振り返った2秒後、

「――!?」

どどど どがっ ッ

 1、0……

 誰が刻んだわけではないカウントが刻まれた。
 零で通りを突然疾走してきた葦毛の乗用馬。それを見た。
 認識した瞬間は真っ暗・跳ね飛んだことに気づいたのは目線が逆さまになっていたから。手綱を持つもののない、無人の騎乗馬の背中を見た。

ティアフェル >  ――めまぐるしく、一連のできごとが駆け抜けてゆく。続いて地鳴りに似たような音を立てる数頭の騎。
 まるで何メートルも高くに跳ね飛ばされて長いこと宙に舞っていた気がしたが――……実際は数十センチをほんの一瞬、吹っ飛ばされただけだったらしい……。
 しかし派手に跳ね飛ばされて路傍の街路樹まで転げてぶつかった女。埃に着衣や顔を汚し軽く裂けかけた着衣。

 脳震盪を起こしてしまい、冷たく凍った路上でぴくりとも動かず目を回して気絶していた。一見すると轢死者のようだ。

 ドドドドドドド……と、暴れ馬たちは地鳴りを響かせながら跳ねた女など見向きもせずにそのまま夜の舗道を疾走してゆき、馬が走り抜けた後は、刹那の出来事にしーん……と水を打ったように静まり返る周囲。

 それまでの喧噪が嘘のように沈黙が横たわった。

ご案内:「王都マグメール 平民地区2」にクレス・ローベルクさんが現れました。
クレス・ローベルク > 困ったような表情で、少女を見下ろしている男。
何か似たような事前にも無かったか……という思いもあるが、しかし冷静に考えると
何か前も似たような事が無かったかと思うが、しかし似たような事があろうがなかろうが、今ここで彼女が倒れてる事に変わりはない。

「んー、参ったな。起きるのを待っても好いっちゃいいけど……」

とはいえ、今の時間は特に冷える。
如何に彼女が健康を気遣っていても、そして生命力あふれるパワフルな女性といえど、放置していれば風邪を引くかもしれない。
とはいえ、この時間に空いている店などそうはない。
あるといえばあるが――まあ、まずは起こす努力から始めようと思い。

「おーい、てぃーあーちゃーんー。起きないと連れ込み宿に連れて行くぞー」

等と、割とシャレにならないことを言いつつ、ぺちぺちと頬を叩いている。

ティアフェル >  倒れた女に近づくのを躊躇する通行人一同。関わり合いになって面倒ごとに巻き込まれるのを厭うて、遠巻きにしてみているばかりで、暴れ馬に跳ねられるというたまにある交通事故にどうしたものかというリアクションが静かに巻き起こるばかりだったが――、

 その中から、唯一ひとりだけ、抜け出てきた人物がいた。
 事故の被害者と知り合いだったからだ。
 知り合いにしては、『あーまたか。よくあるよくある』という第三者から見るとイマイチ冷たいリアクションだったのがなんだが。
 そこは突っ込み不要の箇所である。

「っ、ぅ………」

 頬を叩いて声をかけられ、それが刺激となって飛んでいた意識をずるずると引き戻してくる。
 小さく呻きながら、全身打ち付けて、特に頭を街路樹でがーんとやってしまったらしく、眩暈がして視界が霞み、薄く開いた瞼は酷くぼんやりと不明瞭な視界。
 それに何を云っているのかよく聞こえない。

 何……? だれ……?
 そう、口を開いて云ったつもりだったが、唇は微かに開閉するばかりで碌に音を発せていない。
 割れてしまった頭から、どろ、と流れた血が路上に滲んで生ぬるく広がった。

クレス・ローベルク > ――何かがおかしい。
迂闊にもそう考えたのは、彼女が譫言の様に何か呻いてからだ。
目の焦点があっていない。唇の動きも、言葉を紡ごうとしているらしいが、明らかに成功していない――そしてどろり、と頭から路上に血が流れ出て――

「……まずいな」

瞬間、笑みが引っ込み、ポケットから清潔なハンカチを出して強く抑える。
痛むかもしれないが、しかし出血を抑えるのが先だ。
だが、それよりも何よりも問題なのは――中の方だ。
此処まで派手に打ち付けてしまえば、脳の中で内出血を起こしていてもおかしくはない。
現に、彼女の唇は誰、と言いかけている――知り合いの、それも派手な闘牛士服を着た男を相手に、だ。

「(……ああ、クソ、しょうがない!)」

「おい、誰か。癒し手を呼んでくれないか。
金は払う。寝てたら叩き起こしてでも。頼む……」

しかし、周囲の反応は我関せずとまではいかないが、自分ではない誰かが行ってくれるだろうという期待と責任放棄の反応が大半だ。
此処で自分が行ければ、と思うが、しかしここで自分が出ていけば、いざという時に対応できる人間がいなくなる。
ギリ、と歯噛みして、

「良いから、誰か癒し手を呼べっつってんだよ!
俺はローベルク家の人間だぞ。此処でイモ引いた奴の顔を覚えて、後で剣だの魔法だのの的にする事なんざ簡単なんだぜ!?」

ギロリと周囲を威圧する様に睨む男。
言葉の内容よりも、その殺気じみた表情に、取り巻きの大半が慌てて去っていく。
誰か一人ぐらいは癒し手を探してくれてると思うが……しかし、その保証もあるまい。

「とりあえず、せめて包帯ぐらいは……マジックポーションとかないのか?」

と、彼女が持っているであろう荷物を探り始める男。
視界の端に彼女を収めつつ……。

ティアフェル >  タフな女とは云え、馬にノーガード状態で跳ね飛ばされてしまっては、さすがに急にむくっと起き上がって。「へーき!」と云えるほどには化け物ではない。

 意識が混濁してなかなかはっきりしない。割れた頭がガンガンと鈍器で打たれているように痛み、そのせいで上手く話すこともできないし、今近くにいる相手が誰だか良く分からない。

 知り合いのようだが、目と耳の機能が低下していて、どうにかぶれぶれの焦点を合わせようと目を眇め。

「………? ク、レ……ス、さ……n? いっ……」

 周囲に向かって声を張っている。その内容はよく分からなかったが、声の感じや話し方は聞き覚えのあるもので、ようやく朧気に認識して、ほとんど言葉になってない声で呼びかけたが、割れた後頭部の出血箇所に布を当てられる止血に走った痛みに、呻いて身を捩った。
 
 ――彼に脅迫まがいに要求されて、遠巻きにしていた通行人がざわつく。気の弱い誰かが、気迫に息を呑みながらかなり不承不承ながらも怯えて足早に回復屋を呼びに、群れから抜けて行った。

 馬に跳ね飛ばされた時に一緒に街路樹の傍に飛んで行った見た目より容量の深いウエストバッグの中には、小瓶に収まった青や赤の水薬が収まっていたが、半分ほどが割れてしまっていた。
 残っているのは効果の弱い回復ポーションや毒消しがいくつか。
 傷薬や消毒薬、ガーゼに包帯もあったが、割れたポーションを吸ってしまってガラスの欠片が付着していた。

 心得のある者であればそれでも的確に処方できるだろうが、不慣れであれば滅茶苦茶になった中身を選別して与えるのは難しいかも知れない。

クレス・ローベルク > 余裕がなかったとはいえ、ローベルクの家名を口走ったのは失敗だったかと思う。
この状況が家に伝われば、最悪此処で捕まってしまうかもしれない。
連中も仮にも"英雄"を自称する以上、倒れた女性を放置する真似はしないだろうが――男は追われる身になる可能性は高い。

「(そうなる前に、何とか……)」

幸い、バッグも一緒に飛ばされていたのは幸いだった――中身はそうとも言えない様だが。
おそらく一般人にはラベルを読んでも意味が解らないいくつかの回復ポーション、そしてその割れたポーションの瓶に、そのガラスが付着した治療道具――こうなったらいっそ包帯だけ無事で残ってくれていた方がまだましだったぐらいである。

「(そうも言ってられねえよな……)」

幸い、実家や仕事上の都合で薬学はある程度修めている。
だが、当然専門家には遠く及ばない――その上で使える薬は限られている。
そして、失敗すれば最悪、彼女は死ぬ。
人の命を使ったギャンブルなどぞっとしないが、しかしこの状況ではやるしかない。

「ティア、視界は大丈夫?俺の言ってる事は解る?」

となるべく長く喋らなくても応えられる質問をしつつ、瓶のラベルを読む。
包帯やガーゼは恐らく使い物にはなるまい――何とも解らぬ液体を吸っている上にガラスの破片まで散らばっているのだ。万が一にもガラスの破片が脳の血管の中にでも入る事になれば、どうなるか解らない。

「止血剤……血管増強薬はどれだ……?」

止血剤には、血管を補強するものと、血液を固める物の二つがある。
後者は手術向きの薬なので、この状況で必要なのは前者という事になる。
本来なら手術なり、回復魔法をかけるのが最善だが――そんな事が出来るなら剣闘士ではなく医者にでもなっている。

「(内出血のリスクを減らす、ぐらいの意味しかないけど……それでもやらないよりは)」

何とか、瓶の中からそれらしきものを探し出し、彼女の口元に流し込んでいく。
誤嚥が無いように祈りながらゆっくりと飲ませていく。