2015/12/06 のログ
■チェシャ > 見事なまでにひっくり返った皿が大回転で宙を舞い、
さらに少年の頭にナイス着地を決めたのを振り返りながら確かめる。
我ながらここまでうまくいってしまうと結構気分爽快だった。
さて、目的は達成された。相手の憤怒の形相など見なくてものしのしと歩く足音からお怒りなのは察せられる。
だが素直につかまってやる気もない。
飛び乗った酒瓶の入った棚をジャンプした後ろ足で蹴飛ばして(しまったように見せかけて)
ワイン瓶がごろごろと床めがけて落ちるだろうし、その次に足場代わりに移った客のテーブルに
置いてあったナイフとフォークをシーソーの要領で踏んで飛ばす。
さらに酒に酔った集団の足元をジグザグにすり抜けていく手を阻み
そのまま空いた窓からさっさとずらかるかという魂胆で
夜色の猫は目にもとまらぬ速さで駆け出した。
■ヴァイル > 飛んできたカトラリーを人間離れした動体視力ですべて叩き落とす。
小動物のやったことだから大目に見る、などという考えはヴァイルにはまったくない。
人間じみた悪意の顕れであることは明らかだったからだ。
しかし人型が猫を追うには、この酒場という散らかった場所はあまりに不利だった。
ゆえにここで彼を捕まえようというつもりはない。
冷静に、この店から逃げ出すその瞬間を狙うべきである。何しろ出口は限られている。
夜色の猫が窓から脱出を果たそうとするその直前、
衆目などを気にもせず、ヴァイルは一瞬にして一匹の臙脂色のツバメへと変身する。
律儀にも勘定に銀貨をその場に残した。
猫が窓から店外へと抜けだしたその瞬間、
ツバメが一条の矢となって追尾し、嘴を突き立てんとする!
■チェシャ > (ちっ、執念深いやつだな……)
心の中で舌打ちするともうこれ以上は構っていられないとばかりに
窓から飛び出していこうとするも背後で人影が何かに変じたことを後ろ毛で
敏感に悟り、素早く爪を出した前足を中空でかいた。
するとどうだろうその爪の先からごくごく細い小さな銀色の糸が現れ
街の壁や看板、洗濯用のロープなどに張り巡らされた。
後は一目散に窓から飛び出す。相手が何か素早いもので追いすがってくる気配に
慌てて飛び出たから多少不格好ではあるが、少なくとも狙うなら
チェシャが着地したその時だろう。
そう読んでいたから地面には飛び降りず、自分の魔術で張り巡らせた糸の上に
へばりつくように飛び乗った。
ぶらぶらと前足と後ろ足一本でぶら下がる危ない体制ではあったが何とか一撃目は躱せそうだ。
このまま糸や屋根を伝って逃げてしまおう。闇夜に紛れさえすればこっちのものだ。
サーカスの綱渡りもかくやという調子で体勢を立て直すとすたこらさっさと走り出す。
■ヴァイル > 「躱しただと」
確かに獲物を捉えるはずだった嘴による突きが回避される。
見れば奴は魔力で編まれた糸の上にいた。
どうせただのミレーの悪戯小僧だろうと見当していたが、
どうやら経験を積んでいるようだ。認識を改めることを強いられる。
一撃必殺で狩れる相手ではない。本気でかかる必要があった。
「《夜歩く者》に夜中喧嘩を売るとは、
その度胸大したものだ、……だが!」
そう吠えると、ツバメの形が膨れ上がり、やがて弾ける。
月光の下、夥しい量の黒い蝙蝠の群れへと姿を変えた。
速度ではツバメに劣るが、その物量は半端ではない。
《夜歩く者》にとって宵闇はハンディキャップになるどころか絶好の狩場となる。
猫と同じく夜闇に溶けるような色の蝙蝠は、屋根や糸、路地と言った退路にことごとく先回りするように、
駆ける猫を包み込むようにして、立体的に、進路を狭めながら、執拗に追いすがる。
■チェシャ > (『夜歩く者』……吸血鬼か、あんなところに居座りやがって)
面倒くさい相手に喧嘩を売ってしまったことを若干後悔しながら
だがここで追いつめられて捕まってしまっては帰りを待つ主人に心配をかけてしまう。
何よりそんな無様は魔法使いの弟子であるところのチェシャのプライドが許さない。
夥しい量の蝙蝠が自分の退路をことごとくふさいでゆく。
すんでのところで躱しながら、相手の目的が自分の道をふさいで
追いつめていくことだろうと察するとあえて狭い路地に飛び込んだ。
これでは自殺行為だろうが、その逆だ。
蝙蝠が中空を追ってくるならその間に不可視の糸を張り巡らせる、網のように細かく粘つく糸を。
突っ込んで来ればいくらかはかかってくれるだろうが……、そうはいっても総量が違いすぎる。
しばらくの間右に左にと駆けずり回ってきたがとうとう疲れてきた。
やがて袋小路に追いつめられると万事休すとばかりに追ってくる蝙蝠をにらみつけた。
■ヴァイル > 面倒くさい相手に喧嘩を売られた、と思っているのはヴァイルとて同じだった。
だが文字通りに自分の顔に泥を塗った者を、みすみす逃すわけにはいかないのだ。
「チェックメイトだな」
路地のひとつに逃げ込む猫に内心でほくそ笑む。手間を掛けさせたものだ。
逃げきれないなら狭い場所の地の利を活かし迎撃しようという狙いは読める。
それにも構わず、蝙蝠の群れは路地へと殺到する。
不可視の糸に多くの蝙蝠が絡め取られるが、その残りは猫を確実に追い詰めていく。
畢竟、戦いを決めるのは狡知ではなく、数なのだ。
袋小路で立ち往生した猫を前に、蝙蝠の群れが集まり、もとの少年の形へと変じる。
自分の身体の一部である蝙蝠を、油断なく周囲に数匹か残したまま。
ちなみに白い粥の汚れは消えていた。
「おれは真なる闇の王グリム・グロットの子、ヴァイル・グロット。
そのくだらん変化を解いて名乗りな、猫。
態度次第じゃ命は許してやるよ」
不敵に笑い、威圧的にヒールをこつこつと鳴らして見下す。
■チェシャ > 夜色の猫がぶるぶると体を振ると、その輪郭が歪み夜色の髪をしたミレー族の少年が立ち上がる。
だが視線も態度も敗者のものではなく、まだ勝気に相手を睨みつけている。
「お前などに聞かせるにはもったいないが答えてやる。
チェシャ=ベルベットだ、ヴァイル・グロット。
だが、生憎お前に許される命などもった覚えはないな。
僕の命をどうこう出来るのは我が偉大な主人だけだ」
ふんと、鼻をならして小生意気そうに相手に返事をする。
「皿をひっくり返して悪かったなぁ。だがあの時のお前の顔は愉快だったよ。
そんな不機嫌で景気の悪そうな顔より、ああいう格好のほうがお似合いだぜ」
追いつめられているのは自分だというのに挑発を繰り返す。
その両手には銀に光る手甲がいつの間にか現れ、油断なく指を開いては握る。
■ヴァイル > 「薄汚い野良猫風情が、忠義ぶるか! 実に滑稽だ。
きさまに手下を名乗られるほうも迷惑だろうよ」
くつくつと咳き込むように笑い声を漏らす。
紅の瞳が金緑のそれを刺すように見やる。
「腑抜けた思索に耽っていたおれの目を醒まさせてくれたことには礼は言うがな。
……やる気か? すすめはせんぞ。
おれの悪趣味さ、知らずに飼い主の元に戻りたいだろ?」
煽り立てるチェシャの言葉にはますます愉快そうに笑う。
両手に手甲が現れたのを認めれば、ゆらゆらと風に揺れる柳のように身体を揺らし始める。
どの武術の型にも見つけることのできない不気味な動きだ。
あまりに無防備な体勢に見えるが、敵対者を前にしての絶大な余裕も感じさせる。
「頭を下げて詫びな。今のおれは“腹が膨れている”。
それだけで許してやる」
■チェシャ > 「なんとでも言え、吸血鬼。あんな店でぼんやり間抜けな顔をしているほうが悪い」
表面上はヴァイルの言葉にもどこ吹く風で答えるがその尻尾の先が
激しく揺れ動いていることから苛立ちが伺えるだろう。
相手の独特な立ち方に注意を払うもじりと後ろに下がるだけ。
「断る、お前こそ僕をどうにかして頭を下げさせてみればどうだ。
それすらも出来なきゃ御大層な名前もその威圧感もただの飾りだ」
突然チェシャが前のめりにヴァイルへと突進を仕掛けた様に、みえたが
それはフェイク。手甲の嵌った手を大きく目の前でふるう。
ぱぁんと両手がはじけ、音による威圧。さらにその爪先、不可視の糸が振るわれ
彼のポケットから何かを引っ張り出す。
それは白銀の液体が入った小瓶のようにも見えた。
小瓶が宙を舞い、地面にたたきつけて割れる。
白銀の閃光が蝙蝠やヴァイルの目を焼こうとするが果たして。
チェシャは小瓶が割れるその一瞬くるりと後ろを向いて
壁を糸で粉々に切り裂き、さらにその先の道なき道へと飛び込もうとした。
■ヴァイル > 「賢いな」
まばゆい閃光に包まれながら、短く評する。
音と光に、半自動的に動いていた蝙蝠たちはばたばたと地に落ちる。
正攻法では敵わないことを向こうも理解しているだろうから
何らかの搦手を使うことは想定していたが――見事なフェイクだ。
易易と石造りの壁を切り裂く力も並の魔法使いではない。
その腕前に免じて、見逃してやってもよかった――が。
「今、きさまはおれに対する罪を増やした」
――畢竟、勝敗を決めるのは狡知でも巧緻でもない。
牙を見せて鋭く笑うと、みたびヴァイルの身体がゆらぎ始める。
今度は禽獣のような気取った姿ではなく――
コールタールのような、どす黒い液状の塊に。
粉々になった壁の向こうへと遁走するチェシャに、
闇色の泥濘が一度しなると、蛇のような軌道と稲妻のような敏速さを持って追いすがり、
触手じみてその四肢を絡め取り、縛り上げようと動く!
■チェシャ > いけるか、と一瞬の安堵。それがいけなかった。
瓦礫の向こうへ身を躍らせたその瞬間、ぐんと足が何かにとられ強い力で引っ張られる。
そのまますくいあげられるように縛り上げられれば逃れる手はない。
とっさに両の手の糸で足に絡み付くそれを切断しようとするが、液体に効果はあるのだろうか。
それがだめでもなんとか手近な壁に爪を立てて、できる限りの抵抗を試みる。
死んでもお前に頭など垂れるかという意地と、生に対する意地汚いまでの渇望が
見苦しいあがきとなってチェシャを動かした。
■ヴァイル > 「おれは吸血鬼などという、人間本位の呼び名は好きではないな。覚えておくように」
糸で傷つけられても、傷つけられたそばから修復されてしまう。
闇雲な攻撃は水面に映る月を捕らえんがごとしとなった。
黒い泥濘はチェシャに絡みつくと硬質化し、
壁に爪を立てる彼を引っ張り、宙へと吊るしあげる。
「そう暴れるな。
……先ほどは無礼なことを言ってしまったな。
おまえは実際たいしたやつだし、そう言う鼻っ柱の強い人間、おれはきらいではない」
ここに至り勝利を確信したヴァイルの宥めるような声。
発声器官などどこにもなさそうな姿だが、響く声は少年のときのままである。
じたばたと暴れるチェシャに微笑ましいものを感じながら、
こいつの命を奪うことは簡単だが、それはしないほうがいいな、と考える。
いくら無礼を働かれたからといって、粥を被ったのは自分の迂闊であるのも確かだし、
それ故に極刑に処するのは逆に器が小さいということになってしまう。
だからと言って、このまま帰してやるほど寛大でもない。
「……どうやらまだ詫びるつもりはないらしいな。
仕方ない、なら詫びたくなる気分にさせてやろうか。ん?」
複数の黒い触手がチェシャを縛ったままに、するすると動き始める。
太もも、首筋、背中、腹、胸……
チェシャを傷つけないような繊細な動きで、あちこちをくすぐりはじめた。
服の内側に潜り込みだすものまである。
■チェシャ > 「うるさい、黙れ吸血鬼。お前の血なまぐさい息を僕に吹きかけるな」
猛獣もかくやというような形相で金緑の目が燃え上がるようにヴァイルだったものを睨みつける。
なだめるような相手の声も耳に入れたくない様に猫の耳が不快そうに揺れ動く。
「はっ!どんなに繕ったってお前の魂胆は見え透いているし
今更僕ごときにむきになって追いかけてきた器の小ささは誤魔化せないぜ。
ケツの穴の小さいやつだなぁと追いかけられてる間中思ってたよ」
ぺっと相手の身体となった硬質な何か(燃える水ならいっそ火のついたマッチで燃やしてしまえばよかった)に唾を吐きかけようとする。
が、触手が自分の体を捕えいたるところをくすぐりはじめるとぎょっとする。
「やめっ、触るなきもちわるっ……っあ、はははやめくすぐった……!ひ、ははあはっ」
さっきまで仏頂面をしていた顔があまりのくすぐったさに身をよじって笑い始める。
どんな拷問でも耐えきれる自信はあったがさすがにこれは苦しい。呼吸ができない。
ひぃひぃと呼吸も出来ぬような有様で触手を爪でひっかいた。
■ヴァイル > チェシャの言葉に、ヴァイルは小さく嘆息した(どうやって?)。
「感服するほど口の減らないやつだな。
きさまとの追いかけっこは案外悪くなかったぞ。
……どうも躾はなっていないようだが」
くすぐりは功を奏しているようだ。
この姿はいまいち品がないしうまく表情を作ることもできないので、
ほんとうはあまりなりたくないのだが……チェシャ相手には向いているはずだ。
だいたいこういう奴は暴力に訴えようものなら
勘違いしたヒロイックな気分に浸ってますます頑なになってしまうのだ。
「結構かわいいな、おまえ。おれの下僕にならないか?
実はおれはおまえのような気位の高いやつをこうして辱めるのが大好きなのさ。
詫びないともっと恥ずかしいことになるぞ」
爪に引っかかれても何の影響もなく、細まった触手が服の下、肌の上を這いまわる。
尻、胸の先端、両脚の間……
そういった敏感なところにまで、情け容赦なく伸びていく。
さらに、チェシャの身体が得体のしれないぬめる液体で湿り始める。
触手がなにやら分泌しているのは明白だった。
■チェシャ > 「……知るかよ、そんなに追いかけるのが、好きならっ、そこらの女の尻でも追っかけてろよ……!」
息継ぎの合間になんとか悪態をつくが、
殆ど息を吐ききっているので先ほどまでの威勢の良さはない。
じたばたともがいていた手足は無理やり笑わされ、追いかけっこの疲労ですっかり力なく垂れ下がった。
「変態め、お前みたいな連中の相手は慣れているよ……。
そうして大体僕に夢中になるのさ、寝首をかかれるとも知らずに……
お前ら変態が最後の段になって恐怖にひきつる顔を見るのが僕は大好きだよ……
哀れで救いがなくて……惨めで胸がすっとする……」
へっ、と品のない笑いでヴァイルの言葉を跳ね返す。
身体をひん剥くなり、男や女にまわすなりなんとでもしろという体だったが
触手が肌を這いまわるのを気持ち悪そうに耐える。
粘つきだした触手が自分の肌を弄ぶなりいやそうに顔をよじった。
「ふ、お前早漏かよ……
ゲテモノだからもっとえぐいかと思ったけど……
先走りだしまくってるなんて笑えるな……」
■ヴァイル > 「なんだ、聞いてれば随分と暗い趣味だな。それとも職業か?
いや、おれの言えた話じゃあないがね。
きさまにこそ健全に女の尻を追うことをおすすめするよ。
いずれ魔道に落ちるぞ、その調子じゃあ」
ヴァイルの声はチェシャの体中を這いまわりながらだというのに、
世間話をするような牧歌的なものだった。
「そいつらは随分と幸せだな。夢中になった相手に殺めてもらえるというのだから。
あいにくとおれはきさまに首を刈られるわけにはいかないがね。
そもそもこの姿じゃ首なんてないがな、あっはっはっ」
何がおもしろいのか、上機嫌な笑い声。
潤滑液に濡れそぼった触手の先端が、衣服のうちで狙いを定め、
チェシャの後孔に、えぐり込むようにして侵入する――
■チェシャ > 「お前にこの先のことなんか指図される義理はないね……っ
気持ち悪いんだよくそが……」
ぎりぎりと猫特有のとがった歯をかみしめて汚辱に耐える。
普通の人の形をしたものならいくら行為を強いられても慣れられる。
あるいは獣やそれ以外の体罰や特殊趣味もなんとか。
だが、こういった不定形のものにいいようにされる趣味はない。
チェシャの後孔は、驚くほど容易く触手を受け入れた。
普段から使われていることをうかがわせるほど柔らかく、それでいて緩んではいないそこに
えぐられるように侵入されればチェシャは低く呻いて汗をぽたりとたらす。
「変態が……殺してやる……」
ぼそりと押し殺した声がそう呟いて喘ぎ声も出さずにただ我慢する。
さっさと相手が飽きて終わらせてくれればそれでいいというように
四肢から力が失われた。
■ヴァイル > 「…………。
さすがにここまで強情なのは、きさまが初めてだよ。
一流の頑固者と言ってもいい」
堪えかねたように呆れた声を漏らしてしまう。
ここまでの屈辱を与えれば、相手は泣いて詫びるか
逆に快楽と誤認してよがり狂うかのどっちかなのだが、
このミレーはどちらにも当てはまらなかった。
しかし彼の絞りだすような悪罵に、今まで感じられなかったような
ふつふつとした新鮮な悦びが湧き上がった。
これはこれで、案外悪くないもののように思える。
「なら、今すぐ殺してみろよ。
出来もしないことを言うのは、惨めなだけだぞ」
一転して、冷たく突き放すような口ぶり。
チェシャの体内に入り込んだ触手が、ぐちぐちと肉を掻き分け腸壁を舐め回す。
一度引き抜かれる寸前まで戻され、さらに奥に差し込まれる。
その往復を繰り返して、だんだん奥まで進んでいく。
ひどく機械的なその行為の作る湿った音が、静かな夜に響いた。
■チェシャ > 機械的に抜き差しを行う触手の動きにも、チェシャは喘ぎを押し殺して耐えた。
時折口の端から呻くことはあれどそれは快楽を得ているようなものではなく
ただ排泄行為に似た何かをされているというような色気のないものだった。
「へたくそめ……」
内側を舐められるような動きにはさすがにびくりと身をひきつらせたが
どちらかといえば気持ち悪さに肌を泡立たせる。
やがて動きが激しくなればふ、ふ、と息が抜き差しに合わせて漏れ出てくる。
そして、急にその動きに合わせてチェシャの腰がうねり
中のものを食いしめる様にきつくしめあげた。
見ればその表情が、まなざしがこれまで一度として見せたことがないほど
色気に満ちて悩ましげにヴァイルのようなものを見た。
ぺろりと舌で自らの犬歯を舐めると地獄の底から響くような甘い声で囁いた。
「では死ね」
硬質化したヴァイルを自らの体ごと魔術の糸で幾重にも厳重に縛り上げる。
だがただの糸ではない、すぐに絡み付いたそれが氷のごとく温度が下がり体中に霜を張り付ける。
液体になって抜けてしまうのならば、無理やりにでも個体にする。
むろんそれはチェシャの体も無傷で済むはずはないが、ここまで接近させておけばそうたやすくは抜け出せまい。
低体温による凍傷でたとえ体が壊死しようと構わず、このまま自爆覚悟で凍らせる。
金緑の目がらんらんと輝き、ヴァイルだったものを射抜く。
溢れんばかりの殺意をもって。
■ヴァイル > ふいに、色気なく声を噛み殺すばかりだったチェシャの表情が変わった。
どこかにある心の臓が跳ねる。
淫蕩なその表情を見て、ああ、これこそが自分の見たかったものだ、とわかった。
その口が甘く囁けば、脳髄を撃ち貫き、痺れさせる。
硬質化されていた泥濘が、一瞬ごぼごぼと泡立って――
凍りつく。
これほどの感動は久方ぶりだった。
だからか、凍りついていく自分の肉体を、どこか他人事のように眺めていた。
この機会を、嬲られながらもずっと伺っていたに違いない。
糸の隙間からどろりと液状になって逃れようとしても、固められてしまう。
これには参った。いくら変幻自在に姿を変えられるとしても、
まるごと凍結させられてしまえばどうしようもない。
「あは! あは、は、ははははッ……!」
傑作すぎて笑い声が出る。
知っていた。闇の王の子たる自分だって、きっとあっけなく滅びてしまう。
何しろ、グリム・グロットがそうだったのだから。
ただこれほどの絶頂の中で殺されるのであれば、そう悪くないと思った。
生き延びるための次の策を講じることを、忘れてしまうぐらいには。
――この氷結の罠が、術者をも蝕んでいることに気づくまでは。
「――馬鹿者が!!」
その声は紛れも無い憤怒に満ちていた。
ミルク粥の皿をひっくり返された時よりも、ずっと。
蜘蛛糸の中、手をこまねきただ凍りつくばかりだった漆黒の泥が蠢く。
形を失い、チェシャを覆い包む。窒息させようというのではない。
残っている全魔力を用いて、凍結の魔力に対抗する――
……
やがて、チェシャと、変身の解けたヴァイルが、
瓦礫の中に倒れ伏しているだろう。
ほとんど傷のないチェシャに対して、焦げ茶髪の少年は、
全身に霜が貼り付き、呼吸も弱々しい。
チェシャに見せた余裕溢れる尊大な姿は、見る影もない。
いかな強大な魔族といえど、魔術師の捨て身の攻撃をまともに浴びればただで済むはずもない。
――ましてや、ひと一人を身を挺してかばったともなれば。
■チェシャ > 骨の髄まで凍りつくような糸に絡まれればいかな魔族とてこれには抗えない様子に
青ざめ凍りついた紫色の唇がにぃと震えながら吊り上った。
手足の感覚が徐々に薄れていく。猫は寒さに弱いのだ。
自分でも馬鹿な選択だったとは思う。
素直に主の元に逃げ帰るだけだったなら頭を下げるなり一発やらせるなり
足の裏を舐めて許しを請うなりすればよかったのだが。
こいつを殺さなければならないと、猫のなけなしのプライドが勝ってしまったのだ。
かつて自分を虐げた女主人を殺したときのように、
そうしなければチェシャという存在が形無く壊され許せなくなってしまうから。
死ね、死ね、しね――。生存よりも相手を確実に死に至らしめることに
重きを置いた呪詛とも呼べる魔術。
生きるということは誰かを何かを殺すことだ。
たとえすぐ死ぬ運命だとしてもチェシャ=ベルベットは確かにこの時生きていた。
だが、瞼を薄く開く。呼吸ができる、生きている。
気が付くと自分は無傷のまま地面に倒れ伏していた。
魔法の糸も手甲も跡形もないが、凍結の痕もなくなぜか生きている。
魔術の使い過ぎで頭痛のする頭を振りながら身を起こすと
なぜか殺そうとしていた相手が生きていた。
全身を凍えさせて今にも息絶えそうに震えている、みすぼらしい少年。
立上ってそいつを見下ろすと、自分がこいつに助けられたという事実に目を見開いて愕然とした。
「なんで……」
唇がわなないてその先の言葉が出ない。
戸惑った挙句、恐る恐る相手の体に手を伸ばしてゆすった。冷たい。
■ヴァイル > チェシャに揺すられれば、やっとのことでそちらに視線を向ける。
「おい、おい、けっさ、傑作だぞ、そそ、その顔……」
ぴしぴしと霜の割れる音を立てながら、チェシャを指差す。
発した声は震えうまく言葉にならない。
慌てたような顔が面白くて、ひひ、と呑気に笑ってしまう。
きっとそういう顔が見たかったから自分はこんな愚行に走ったのだろうなと思った。
「だっ、だだっ、だっ、だって、
ささ、さ、さびしい、だろ、そそ、そん、そんなの」
問いに対して、どうにか言葉に出来たのはそれぐらいだ。
自分を殺すものが、ともに滅び、自分の存在とこの戦いを誰にも語らずに終わる――
ヴァイルの美学は、それを許さなかった。
あまり殺され慣れてなかったのもいけない。
もう少しうまくやる方法はいくらでもあったはずだ。
とっさな判断を求められたとはいえ、これではあんまりだ。
あるいは、魔王と呼ばれる強大な存在であれば自分もチェシャも無傷にすることすらできただろうに。
半端な魔力と半端な判断力しか持てないから、魔王を名乗ることも領土を持つこともできないのだ。
ついでに言うと密かに考えていた計画も半端だ。
そう考えを巡らせてしみじみと自分が情けなくなる。
今はため息すら満足につけない。
このままひっそりとついえるのはあまりにも情けなさすぎるので、
せめて、ヴァイル・グロットという恥さらしがいた事を笑い話として末代まで語り継いでほしいものだが、
そう口にすることは叶わない。徐々に視界が狭まっていく。
曖昧な存在である《夜歩く者》の根源たる魔力が尽きつつあったのだ。
■チェシャ > ヴァイルの笑いにチェシャの顔が怒りに歪む。
「寂しい、だと……?」
さっと、怒りに顔を赤らめヴァイルの胸ぐらを掴む。
叫ぶように相手に声を叩きつけた。
「ふざけるな!こんなことをしてほしいわけじゃない!!
くそったれめ!馬鹿野郎!しね!しんでしまえ……!お前なんかっ……!」
激昂した声は次第に涙にぬれて弱弱しくなる。
ぽたぽたと熱いしずくがヴァイルの胸元にいくつも落ちた。
魔力が尽きかけていくのか、徐々に相手の魂が綻んでいくような様に
とっさに、腰のポーチから薬瓶を引き抜いて自分で一口含む。
魔力が枯渇したときのために主が用意したポーションの類だ。
その薬を含んだままヴァイルの冷え切った唇をこじ開け舌を入れて流し込む。
何度かそれを繰り返し、相手が一瓶飲みきるまで口移しで与え続けた。
どこかで猫の悲しげな鳴き声が聞こえた気がした。
……
次にもしヴァイルが目を覚ますことがあったのなら、その体にたくさんの
ふわふわとした温かく熱いものが乗っかっていることに気づくだろう。
■ヴァイル > まるでどこか高いところにいて、そこから自分とチェシャを見下ろすような感覚だった。
チェシャが怒鳴っている。それはわかる。
殺そうと思った相手に逆に助けられる、屈辱以外のなにものでもないだろう。
魔族というのは恥辱を与えるのが仕事なわけで、ようやく本分は果たせたといえる。
そんなことを大した感慨もなく思う。
ただ次の行動、それはわからない。
これほど色気のない口づけもあっただろうか。
なぜ水薬を飲ませ、自分を助けようとするのか。
自分の真似をすればこちらも屈辱に震えるかというと、別にそんなことはない。
魔物を助けるなんて馬鹿な奴だなあとしか思わないし、まるで見当違いな愚行である。
別に助かりたくないわけでもなかったし。
チェシャがそうするのはあまりにも予想外だったが。
そもそも死ね、って言ってなかったっけ?
……
目を覚ます。
《夜歩く者》が滅びても天国や地獄といった場所に行けるはずもないので、
自分はまだこの世に踏みとどまっているのだろうとわかる。
「なんだこれ」
なにか温かいものが乗っている。邪魔くさい。
胡乱な様子でそれに手で触れ、正体を確かめようとした。
■チェシャ > ヴァイルが触れたものがもぞもぞと身動きする。
にゃあと顔がヴァイルのほうを向いて鳴いた。
猫だ、ずいぶん丸々とした白い猫がヴァイルの上で寝ていた。
いやその猫だけではない。彼の体のありとあらゆる場所を埋めようとするように
沢山の猫たちが寄り集まって寝ていた。
さび柄、三毛猫、黒毛、ぶち、豹柄……
どれもこれも猫がよりあつまって夜の寒さをしのいでいるかのような温かさ、いや熱さだった。
が、あるいはヴァイルの勘が働けばそれらの猫は冷え切った彼の体を温めるために集まったことが伺えるかもしれない。
猫の山の中心、ヴァイルの腹の上に夜色の猫が蹲っていた。
彼が起きた様子に顔を上げると、心底不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。
■ヴァイル > 「うわ」
思わず声が出てしまった。
(また猫か)
とんでもない猫密度である。
ははあ、これは新手の嫌がらせか何かだな、と思ってしまった。
ヴァイルは猫がはっきりいって苦手である。
あの人を人とも思わない(自分は魔族だが)ふてぶてしい顔つき。
構って欲しいのか放って欲しいのか、わかりづらい態度。
そこへいくと犬の素晴らしさである。それはさておき。
「ふんっ」
気合を入れて身を起こす。その勢いで猫が何匹かどいた。
まだ魔力は欠乏しているが、五体満足だ。
夜色の猫と目が合えば、得意気ににやりと笑った。
彼の不機嫌そうな様子は微笑ましい。
「よう、チェシャ。
きさまの嫌がらせなど通用せんぞ。残念だったな」
先刻まで陵辱や殺し合いをしていた間柄とは思えないぐらいに気易い調子でそう言い放つ。
ちなみに嫌がらせ、というのはチェシャに飲まされた水薬も含まれていた。
どうしようもない恩知らずである。
■チェシャ > 猫たちは役目が終わったことを悟ると何匹かはそのままどこかへと去って行った。
もう何匹かは何かお礼に貰えるのではないかとか、そのまま温かいから動かないでいてほしいなーというような顔で待っている。
夜色の猫が疲れた様子で大口をあけてあくびをした。
ヴァイルが身を起こしたのならさっさと地面に下りてどいた。
「あっそ、借りを作るのが嫌だっただけだよ。糞虫」
はん、と首のあたりを後ろ足でかきながらせいせいしたようにそう答えた。
「お前みたいなやつ、僕は嫌いだ。嫌いだからどこか僕の見えないところで
のたれ死んでくれ。目の前でやられると寝覚めが悪い」
それだけいうと夜色の猫はにゃあおと鳴いて数匹の猫を伴ってヴァイルから去って行こうとする。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場『黒猫のあくび亭』」にヴァイルさんが現れました。
■ヴァイル > 猫が苦手と言っても積極的に熱湯に漬けたいという類の苦手さではない。
おとなしくしている猫には無碍にはしないが、
生憎と与えてやるような持ち合わせもないので軽くなでてやるだけにとどめる。
チェシャの投げるあんまりな言いようには眉を情けなく下げる。
殺し合いは明らかに自分の敗北であったため、大きくは出られない。
「は、きさまのきれいな口からそんな言葉が漏れると……
おれはマゾヒズムに目覚めてしまいそうだよ」
などといけしゃあしゃあと言うのだが、
続く去り際のチェシャの言葉にはよろよろと立ち上がる。
未だヴァイルの上に乗っかっていた猫は無慈悲に転がり落ちた。
「……おまえなぁ~。
おれを殺しかけた人間の言う台詞かよ、それが。
そっちの都合で殺されたり生き返らせられたりする身になれ」
呆れのあまり、威厳を取り繕うことすら忘れていた。
「そもそも、おまえってば嫌いなものしかないんじゃないのか。
だとしたら随分と生きづらそうだなァ。
なんか好きなものとかないのか。
仮にも命の恩人だ、恩返しぐらいしてやらんでもないぞ、ん?」
厭味ったらしい声を投げかけた。
■チェシャ > 「あの時さっさと僕に殺されていればよかったんだ。
そうしたら僕もあのまま最高の気分で死ねた。嫌なものを極力見ないで死ねたんだ」
歩みを止め、ふりかえりそう返事をする。
「この世はくそったれのはきだめだ。嫌いなものばかりで何が悪いんだ。
たとえ好きなものがあったとしてもお前ごときに教えてやる気はないね。
どうせお前には与えられるはずもない」
冷徹にそれだけを告げる。
だが仮に嫌いなものばかりだとしたらなぜ生きているのか
あるいは嫌いなものばかりの中に好きなものが一つだけあるから
生きていられるようなそんな口ぶりでもあった。
あとはヴァイルが何と言いかけてもじゃあなとそのままとことこと歩み去っていく。
やがて猫たちも一匹二匹と壁の隙間や、別の路地に散っていった。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場『黒猫のあくび亭』」からチェシャさんが去りました。
■ヴァイル > 「はぁ……」
口をぽかんと開けた間抜けな表情でチェシャを見送る。
平時であれば人の子の戯れ言よと笑ってやれたのだが、
消滅寸前まで追い込まれたばかりのヴァイルにそのような余裕はなかった。
結局なぜチェシャが自分のことを助けたのかは、いまいちわからなかった。
助けたおかげでこうしてより嫌な気分にさせられているのであろうに。
――半端者のヴァイルでは、チェシャの微妙な機微を汲み取り切ることはまだできなかった。
「でも、チェシャのようにきれいな者もいるさ。
……またヤろうぜ。おまえの、よかったよ」
猫たちの去る中、素直にそう零す。その言葉がチェシャに届いたかどうかは知らない。
あの凄絶な表情を、もう一度見てみたいと思った。
そうやって灯火に飛び込む蛾のように、愚か者はみんな死んでいくのだろうなと思った。
次があるならば、もっと完璧に滅ぼしてほしい。
自分のやり方には問題があったとはいえ、間違っていたとは思わない。
まだ、可能性が残されている。それはとても素晴らしいことだ。
自分もどこぞへと去ろうとして、ふらつき転びかける。
「……腹減ったァ」
余る程だった蓄えはすっかり使いきっていた。
またどこかで補充する必要がありそうだ。
ヴァイル・グロットは魔族《夜歩く者》だ。
ゆえに彼に人の情はなく、これからも自らの求めるようにだけ生きていく。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場『黒猫のあくび亭』」からヴァイルさんが去りました。