2015/12/05 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場『黒猫のあくび亭』」にヴァイルさんが現れました。
■ヴァイル > だいたいどの酒場に足を運んでも、一人か二人は奇妙な客というのがいる。
紅い瞳の少年、ヴァイル・グロットもそうで、
彼はいつも、席については温かいミルクだけを飲んで帰っていく。
あまりいい客とは言えなかったが、特に追い出されることもない。
そんな彼の座るテーブルに、今日は珍しく食事の皿が並んでいた。
――ミルク粥だった。
健康的とはとても言えない顔色の彼が、気だるげな表情で匙で粥を口に運ぶ様子は
病人と勘違いされかねないものであった。
■ヴァイル > あまり機嫌はよくなかった。
どうにも自分の立てている計画が前途多難そうなのだ。
売春施設をひとつ皆殺しにするという労苦で得られたものは、
あの愚かな子供ひとりの命である。
単なる愚かな子供――とは言っても、それは今はそうであるという話で、
もしうまく彼が成長してくれるならば、けしてかけがえの無いものとなるだろう。
しかしそれまでにはどうも時間がかかりそうである。
不死者にとって待つことは苦痛ではない。
しかし彼は放っておけばまた悪意に晒され、命を落としてしまいかねない。
「面倒な話だな」
ため息とともに言葉が漏れる。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場『黒猫のあくび亭』」にチェシャさんが現れました。
■ヴァイル > とはいえ、自分のあずかり知らぬところで
彼が落命していても別に大願が潰えるということはない。
そのときはまた、新たな人材を待てばいいだけなのだから。
……本当にいつになるかはわからないので、
できればそうなってはほしくないものではあるが。
なぜミルク粥などを食べているかというと、“腹が膨れすぎた”からだ。
――矛盾しているようだが、そういうものなのだ。
粥を運ぶ匙の動きは遅く、あまりうまそうに食べているようには見えない。
■チェシャ > カウンター傍の床にその夜色の猫が現れると、店主がそっと床へミルクの皿を置いてくれる。
店名にもしているのだからここの店主は猫好きなのだろう。
チェシャがにゃあと礼のようになけば店主もよしよしと頭を撫でて仕事に戻ってゆく。
ぺろぺろと皿からミルクを舐めているとこの時間帯にはあまり似つかわしくない少年の姿を見つけじっとそちらを見つめる。
紅い瞳に死人のように冷たそうな肌、猫の勘が相手は人外であるだろうことをそっと告げる。
それ以上は近づかぬように、しかし相手の食べている皿がミルク粥であることを匂いで気づくとふーんという様子でしっぽを揺らした。
■ヴァイル > (また猫か)
あたりまえのように猫が酒場に紛れ込んでミルクを舐めている。
この間この店で遭った、幸運をもたらす猫とやらとは別の猫だ。
知らない間に猫密度が上がっている。
夜色の毛を持つ猫と目が合ってしまう。
どこか知性を感じさせる眼だった。
不愉快そうに酒場の木床にごつ、とヒールを打ち付け、猫を睥睨する。
少年は不機嫌であったし、猫も好きではなかった。匙の動きが早まる。
■チェシャ > 少年の威圧的なかかとの音。ヒールを履いているとはなんとセンスのないやつだ。
ふんっと猫も相手の出方にまた不機嫌そうに鼻を鳴らした。
折角ミルクを飲んでいるのにこんなやつが店にいたら飲んでいるものもまずくなる。
本来ならばちょっかいなど掛けずにさっさと店を出ればよかったのだが、
なんというかこのすまし顔が気にくわない。
いかに人ではない相手であろうとも急なことをされれば驚くだろうしちょっと一泡吹かせたくなってきた。
そっと足音を忍ばせてヴァイルの近くに寄ると、猫特有の身軽さでぴょいとテーブルに飛び乗る。
ついでにわざと皿のふちに足を引っ掛けてちょっとミルク粥でもひっかけてやろうと狙って飛び乗った。
それが成功しようがしまいがその場には残らずさっさとテーブルから降りて酒場の物陰にでも隠れてしまえば追ってこないだろう。
■ヴァイル > 猫にばかり注視していてもしかたない。
この酒場には何も食事や暇つぶしだけが目的で訪れたわけではないのだ。
そうして猫のことを意識の外においやって少し後、
あろうことかそいつは俊敏に卓上へと跳び、皿を足でひっかけてしまったのだ。
猫がそれを狙っていたのかは定かではないが、妙な力の入り方をしたそれは
テーブルを離れ宙を舞う。
クルクルッ、ベチャ。
粥の皿は宙で何回か回転し、やがて着地する。ヴァイルの頭上へと。
白くどろどろとしたものがヴァイルの顔や髪を彩った。
「…………」
周囲からは笑い声が上がる。
硬直したままのヴァイルに、今のは傑作だったな、とか、まあ気にすんなよ猫のしたことだし、
みたいなギャラリーの無責任な言葉がかけられる。
「…………」
頭にくっついた皿を外し、軽く顔を拭い、席を立つ。
その下には静かな憤怒の形相があった。
周囲などまったく意にも介さず、猫の隠れたと思しき場所へ大股で向かう。