2021/09/04 のログ
■ロブーム > 特に、何の変哲もない普通の教会。
そこには、とある噂がある。
普段は人の好さそうな老人が神父を務めているその教会。
その老齢の神父の手伝いとして、太った神父が代わりに仕事をしている事があるという。
その太った神父に懺悔を行うと、神の代理人として償いの試練が与えられる、らしい。
そして、その試練を物にすれば、神の奇蹟により過ちはなかった事になる、とか。
それは、売り払ってしまった金品でも、壊してしまった物品でも、そして――殺してしまった人命でも。
全てが元通りになる訳ではないが、それでも"大体は"元に戻る。
そんな曖昧さが逆に信憑性を呼ぶのか、時折この教会にはその試練を受けに来る者が現れる。
「(まあ、その罪の内容や……何より、その懺悔者の心の美しさに依るが)」
そう言って、神父は――悪魔は教会の懺悔室の椅子に座る。
彼の求める美しい心、その尤も弱き所を覗く為に。
ご案内:「王都マグメール 平民地区 教会の懺悔室」にリリアさんが現れました。
■リリア > 自分が所属するのとは異なる教えを伝える教会へ足を向けたのは、自分の見聞を広めるためと「神の代行者」「神の奇跡」とやらを自分の目で確かめるため。もっと言うならば、自分たちの信じる神の別の面である可能性を拭いきれない自分がいたためで。
普段の神官としての服装ではなく、ごく一般的な若い娘の服装に着替えて、懺悔室を訪れ。
(私たちの神以外の存在は、たしかにあるのかもしれないけれど。もしかすると或いは、根源は同じ存在で。だとしたら、この神の奇跡を目の当たりにすることは、私の仕える神に触れることにも、なるのかもしれない)
あわよくば、自分が日頃から生涯を捧げる神の姿に触れたいと、そんな淡い期待を抱いた神官女は、ただの女を装って、懺悔室の椅子に座り両手を組んで、神への祈りを口にして。
■ロブーム > 「(来たか)」
懺悔者と神父の間には、細かい網目状の壁があり、顔を直接見る事はできない。
だが、魔王にして悪魔である彼にとっては、その様なものは無いも同然。
見るだに、普通の町娘の様にも見えるが――しかし。
「(身に、術式が刻まれているな。淫紋に近いが――宗教的なシンボル性がある)」
恐らくは、あまり正道とは言い難い者によるものだろう。
と、そこまで読み取り、しかし男はその様な事はおくびにも出さず。
穏やかに、まずは形式的な儀礼の言葉から始める。
「神の慈悲に身を預け、あなたの罪を告白しなさい」
本来であれば、この後に懺悔が始まるが。
しかし、彼女は此処に懺悔というよりは、"試し"に来ている。
だが、彼はそんな事は知らない――知ろうと思えば知れるが。
彼に、自分の目的を告げるか、それとも何かしらの嘘の懺悔を行うかは、彼女次第という所で。
■リリア > 「私の罪は…、」
問われるがまま、口を開き。
少し迷った後、神を前にするのであれば一切の嘘は失礼であると考えて。
試しに来ているには違いないが、異教であれ神は神であるのならば、敬うべきだとの気持ちもあり。
「…私の罪は、神聖な行為に対して、…はしたない劣情を覚えてしまうことです。神に捧げる祈りの儀式なのに、どうしようもなく、その存在を想うだけで、身体がほてってしまいます。…どうか、お許しください」
捧げられたのは、純然たる懺悔。それも年季が入っている分かなり深刻なもので。
もっとも、彼女の属する教えの中で行われる祈りの儀式はかなり性的なものであり、彼女が仮に発情してしまったとしてなんら責められる言われはないものなのだが、本人にとってはただただ申し訳ない事態であるらしく。
■ロブーム > 「神聖な行為に対して劣情を……それは辛い事だっただろうに。
祈りとは清浄にして神聖なもの。
それを穢すような劣情を持つのは、言うまでもなく罪深い事ではあるが……。
しかし、それ故に慙愧の念もまた、強いものだろう」
敬虔な神父らしく、男は彼女の悩みを受け止める。
実際、彼の長い生の中には、そういった性癖を持つ聖職者も存在していた。
故に、その気持ちは理解できる――故に、その言葉も偽りのお為ごかしではない、心からの理解があった。
尤も、理解したからといって、それを拭うかどうかは別だが。
「貴方の罪は理解しました。
それでは、もし貴方のその性質……神に対して、不浄な欲を持ってしまうというその罪を。
浄め改める機会があるとすれば、貴方は如何しますか?」
それは、噂にも合致する物言いだった。
その罪を浄める、とかその罪を雪ぐ、とか。
そういう問いに、イエスと答えれば、彼は神の代理人として試練を与える為の場所にいざなうという。
■リリア > 「この罪を清める機会があるのならば、…どうか、是非…。この罪をそそいで、神へのこれまでの冒涜を、許していただきたいです…」
言葉は真剣に。だが、これ以降、神の名を語る何が姿を表しても良いように、僅かに身構えて。
■ロブーム > 「宜しい。ならば、こちらに」
そう言うと、かこん、と後ろから音がした。
振り向けば、そこには地下へと続く石の階段がある。
降りていけば、十字架のレリーフの掘られた、銀色の扉があって、そこを開くと――
「ようこそ。悔悛の試練の部屋に」
そこは、本来ありえない場所だった。
外見としては、大聖堂の中の様な場所だ。
本来、外へと続く出入り口がある場所に、彼女が今しがた来た扉があって、その奥には天使を模したステンドグラスと祭壇がある。
そして、そのステンドグラスからは――柔らかい陽光が刺していて、その陽光を浴びる場所に、太った神父がいる。
彼は、温和な笑みで彼女を手招きする。
「さあ、来なさい。神の試練を執り行なおう」
■リリア > 石の階段の登場に、ぱちくりと目を見開き。
思ってもみなかったギミックだが、相手の言葉に誘われるがまま、朝から立ち上がり、銀色の扉を押しただろうと。
だがその先で見た光景には、驚いたようにただ目を丸くすることしかできず。
芸術品としてもきっと価値の高いであろう光景を背後に、自分に向けて与えられる感覚に、我がことながら一瞬不謹慎さを隠したのと事実で)
「私、てっきり、まだ、…懺悔室が…。すごい…」
神の与える試練がいつ始まっても良いように身構えて、あたりをまっすぐに見渡す反面で、突然起こされた、神の奇跡にも近い光景に、素直な驚きも隠しきれずにおり。
■ロブーム > 手法としては、大した事ではない。
悪魔の十八番である召喚術の応用である。
隠し階段を教会の地下に隠しておいて、扉の先を別の場所にある――具体的には魔族の国の辺境にある――この教会につなげただけのこと。
「さて。それでは、早速試練の説明をしよう。
といっても、そこまで難しいことではない。これを見給え」
そう言うと、男は祭壇を指差す。
遠くから見る分には解らなかっただろうが、そこにはヤルダバオートではなく、リリアが奉じる神の像が、小さいながらも安置されている。
驚くだろうが、しかしこれは彼女の下腹部の印から、彼女の奉じる神を読み取ったが故の仕掛けである。
「不浄な気持ちを懐いても、それだけで主はお見限りにならない。
神に祈りを捧げ続け、それが届いた時、神はその不浄をその意思に免じて許され、不浄を清められる。……故に」
そこで、言葉を区切り、
「私が許すまで、この神像に祈りを捧げ続けたまえ。
祈りの格好はどの様な形でもいいが……決して、それを崩さないこと。
その祈りが十分と判断したなら、神は奇蹟をお見せになるだろう」
それが、神の試練。
言った通り、非常に簡単なものだ。
それもそのはず。何せ、具体的な時間制限や、試練の際にどの様な事が起きるのか、という本来説明しなければいけないことを省いているのだから、簡単でない筈がない。
勿論、彼はそんな事はおくびにも出さず、
「その前に、君の姿も変えておこうか。
君の奉じる、神に仕える姿に、ね」
そう言うと、何処からともなく取り出した、金色の杖を一振りする。
すると、彼女の衣服が、私服から彼女の神官服に変わる。
それは、正真正銘、彼女が何時も着けている神官服である。
「さあ、これで準備は終わりだ。
後は、君の意思一つ――試練を受けるならば、祈りを。
そうでないなら、後ろの階段から去り給え」
■リリア > 完全に相手の見せる神のみわざに呑まれており。
自分の信じる神の姿や、その神へと捧げた様々な想いや祈りを再現するよう促されれば、心臓がどきりと跳ねて。
「承知、いたしました。神への祈りを捧げるのであれば、今最も困っていることです…。見ていただくことで、より具体的に、お知恵をお借りできれば幸います…」
細かな条件や時間のリミットは、たしかに不透明なままに違いないが、
いつもの着用し慣れた神官服に着替えが完了すると、これ以上相手に身分を隠す必要がなくなったことに、安堵感を覚えたのも事実で。
■ロブーム > 「うむ。勿論、私の力で……人の力で解決できれば、それが一番良い。
私も、助言すべき所はしよう」
そう言って、男は、邪魔にならないように一度離れる。
尤も、邪魔は元よりするつもりなのだが、最初からあまり近すぎても緊張するだけだろう。
幾ら、神の代理人を偽っていても、見知らぬ他人には違いないのだから。
「さあ、心の用意ができたなら、何時でも始めてくれて構わない」
ご案内:「王都マグメール 平民地区 教会の懺悔室」からロブームさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にティアフェルさんが現れました。
■ティアフェル > ――夜が静かに少しずつ深まっていく頃合い。繁華街から外れて喧噪も届かない閑静な住宅街の片隅に建つとある教会では、ごーしごしごし、と信徒席の並ぶ聖堂にモップが行き来する音が響く。
「………わたしはティアフェル、何故かこんな時間に教会の床を磨いている――」
そして、端から端までモップ掛けをしながらシリアスな声でセルフナレーションをカマす変な女が一人。
ちなみに奉仕活動の類ではない。完全に罰掃除という奴。
「っぁー。腰いたぁ……一向に終わんないなぁ……一人じゃ広すぎるよ……」
ごっしごしごし、と腰を入れて床の汚れを落としながらボヤいた。
他に誰もいない、薄明かりのみが頼りなひっそりとした空間。等間隔に長椅子の並ぶ聖堂の床をすべてピカピカに磨き上げるというのはなかなかホネだ。
まだ半分も終わっていない。うえー、とうんざりした顔をしてモップの柄の先に顎を預けるようにしながら唸って。
「終わんのー? これ……」
途方に暮れ、聖堂の真ん中辺りで真顔になる。
■ティアフェル > ごし…ごしごし…ごし
「ちょっと休憩しようかな……いや……そんな悠長な真似してたらますます終わんないか……」
床を擦る音が徐々にトーンダウンしてくる。伴って声も。最初はなんとかなるなる、とお気楽に構えていたが、やってみると思ったより汚れが頑固で、自宅の掃除よりもずっと労力が要る。
「やるしかない、やるしかないのよ。だが終わりが見えない……」
延々とひたすらに床を清めていると、床の汚れとともに己の精神力も目減りしていくのを感じる。
普通は最低三人以上でやるような仕事だ。とてもやってられない。手を抜いてさっと終わらせてしまいたいところだが、看破されてリテイクを云い渡される恐怖で実行できずにいる。
「もう一回最初からとか宣告されたら……八割方死ぬ」
想像しただけで寒気が、と薄青い顔色で呟くと疲れ切った手で床を磨き続ける。
果てしない作業だ、と押し寄せるうんざり気分にひどく厭世的な顔をしながら。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にアズさんが現れました。
■アズ > 夜の涼風に打たれながら、人気の少ない住宅街を歩く少女が一人。
右腕から血を流し、その瞳は虚ろ。
足取りもどこかおぼつかない。
「ふぅ……視界が霞む。
これ、家まで帰れるかなぁ……」
今日の仕事で命に関わるようなしくじりをやらかした。
いつもの調子でダンジョンに潜っていた少女は、ダンジョン奥深くで眠る大型の魔物を怒らせ、無謀にも立ち向かい、返り討ちに逢ったのだ。
命からがらダンジョンから逃げ出したはよいものの、こんな時間では医療施設もやっていない。知り合いに治療魔法に長けた魔法使いもいない。
自分で魔法を使えればそれに越したことはないのだが……。
フラフラと壁伝いに歩いていると、教会が見えてくる。
こんな時間だというのに人の気配を感じる。
教会ならば魔法に長けた人間がいるかもしれない。
自宅まではまだ距離もあるし、ダメもとで駆け込んでみるか。
水色の短髪を掻きむしり、痛みと疲労感に悶えながら少女──アズは教会の戸を叩く。
「誰か、誰かいませんか……」
■ティアフェル > 「……教会なのに無情よねー……救いの手がどこにもない……このままモップへし折ってばっくれてやりたいが……それはとても大人な対応とは云えない……」
ぶつぶつと不平をてんこ盛りに垂れ流しながら、とにかく親の仇でも見るような顔で床と対面していた、そんな時。
「…………んんー……?」
床を右往左往するモップの音だけが響く聖堂内に、ふと異質な音と聞き慣れない声が混ざった。
声からして、引きずるような足音にしても、教会の関係者とも思えない。
誰かこんな夜更けに教会に用事なのか……と、自分は罰掃除を課せられているだけでここの関係者とも云えないので若干逡巡しながらもともかく首を巡らせ、聖堂の真ん中辺りでそちらを見やり。
「誰か、といえばわたしはいるけど……教会の関係者じゃないの、こんな時間に何かご用――……って、わあ。」
相手が小柄な少女らしいと思えばさして警戒もせずにそちらを確認し近づきかけたところで流血の惨状に気づき、わあ。と瞠目し。慌ててモップをがらん、とそこら辺に放り出して小走りに駆け寄ると。
「ど、どーしたの?また……、大変……手当てしないと」
何があったか、よりもともかく助けを求めて来たらしいことは一目瞭然で、一般人よりも流血にも負傷にも耐性がある故に、鮮血で赤く染まった右腕へと手を差し伸べ。状態を診てみようと。
■アズ > 「はぁ、ふぅ……」
教会の戸が開く。
中から現れた少女の顔を伺いながら、アズは無言のまま右腕の傷口を見せつけた。
どうやら教会の関係者ではないらしい。
関係者ではないのに、ここで何をしていたのだろうという疑問は浮かぶものの、今はそれどころじゃない。
平民地区まで戻ってくるまでの間に、致死量近くの血液が流れていた。
身体も寒く感じ、全身がガクガクと震えだす。
魔物から受けた傷は右腕のソレだけだったのだが、魔物の爪には傷の修復を遅延させる効果を持った毒が塗られているようで、自然治癒などの魔法が使えない人間ならば数時間で死に至るほどの物だった。
目の前の少女が何者なのかはこの際どうでもいい。
この傷さえ何とかしてくれるなら。
己の身体がとても危険な状況に置かれていると、無意識のうちに察知していたアズは掠れる声で頼む。
「この傷……治してください……。
寒くて、息も苦しい……。お願い、早く……」
血だらけの両腕で少女の体にしがみつき、アズは懇願する。
■ティアフェル > 当初は暴漢にでも襲われたかと思ったが、呼吸が荒く顔も蒼白としている彼女の見せる負傷部位は人為的なものとはまた異なる、刃物の類よりももっと鈍い切れ味の……爪で引き裂かれたようなものと診て取ると、表情を変えて。
「ったく、一体どっからこんな調子で歩いてきたのか……君の気合だけは評価するわよ……えーと、先に止血か、とりま血を止めるから、何にやられたのか教えて? 毒ってるよね、これ。毒の種類が分かった方がいい……」
街の外、自然地帯や遺跡の方面には毒を有す獣も魔物も数多いる。最悪特定できなくとも解毒はできるものの、特性を知れた方が都合がいい。
止血と鎮痛を施せば少しは落ち着くだろう、としがみ付く彼女の手で血が付着し衣服が染まるのも頓着せず。立ってるのもやっとだろうとは考えるまでもなく、床でもなんでもいいから倒れる前に彼女の背に手を添えて仰臥位にさせ。
「大丈夫、あなたギリラッキーかもよ? ヒーラーまで辿り着いたんだから――死神ははっ倒しとく!」
掠れた声に、がんばったね、と仄かに笑いかけて、詠唱を口ずさむ。スタッフも今は持っていないので、ぱっくり開いた血染めの右腕に右手を翳し、そこから淡い光を生み出すと、柔く暖かなそれは負傷箇所を包み込んで避けた皮膚を塞ぎ出血を止め、痛みを緩和させた。
けれど、毒抜きまではできていないし凝血も施せていないので顔色は戻らないだろう。
■アズ > 「……ふぅ、無名遺跡の……翼の生えた獣……。
名前はわからない……」
喋るのもやっと。
それでも何とか喉を震わせ、自分を襲った魔物の特徴を口にする。
なるべく人目に付かないルートで帰ってきたためか、目撃者もいない……はず。
アズがたどった道のりには血の跡が続いていることだろう。
教会の床に寝かされると、今度は強烈な睡魔がアズを襲った。
ここで眠ったら次は目を覚まさないかもしれない。
その恐怖から、アズは目を大きく見開き、睡魔に抗った。
「ヒーラー……?」
治療術に長けた者。
それくらいの知識しかない。しかし、彼女の言う通りラッキーだったのかもしれない。
街の下手な医者に行くよりも、よほど安心感を感じられる肩書だ。
止血と鎮痛が施され、アズの呼吸は僅かに穏やかになる。
身体の寒気も落ち着いたのか、震えは止まり、押し寄せていた睡魔も徐々に引いていく。
しかし血が足りないことは確か。毒も抜けていないのか身体は気怠い。
このままでは自力で立つことも難しいだろう。
■ティアフェル > 「えぇ……豪く断片的だな……翼の生えた……マンティコアとかそういうのかな……んんぅ……だとすると……あ、眠い? 眠いね、判る、判るよ、でもちょいガンバ」
様相からしても負傷状態からしても言葉からしても、まあ同業者――冒険者の一員であるだろう少女は、強い眠気に襲われているらしいことは解るのでぺちぺちとその柔らかな頬を叩きながら呼びかけて。
それから、今は何も治療器具を持っていない、ヒーラーとしては謂わば丸腰状態で、ちゃんとした施術を施そうにも厳しいなあと頭を抱え、取り敢えず応急処置が効いたのか呼吸も表情も落ち着いて来た。
よし、秒で死ぬってこともあるまいと判断して、本当は床よりもせめて信徒席に横たえてあげたかったが、そんな腕力はなかったし、彼女を立たせて移乗させるのも難しいようなので、ごめんね、と眉を下げてひとつ告げると、
「ちょっと、待ってて。すぐ戻ってくるから――そうだ、名前は? わたしはティアフェル」
彼女の背を支えていた手をそっと外して慎重に床に横たえると立ち上がり様にそう尋ね、そのまま急いで必要な物品を取りに行こうと。
■アズ > 「ん……ごめん、ありがとう」
ウトウトと首がカクカク揺れる。
自分が眠ってしまわないように、頬を叩いてくれる彼女にぎこちないお礼を告げて。
身体が大分楽になってきたころ、少女が突然立ち上がった。
自分と大して変わらないくらいの体型だ。
その華奢な身体じゃ自分を担ぐだって難しいのだろう。
むしろ、ここまで応急処置をしてくれたのだ。
ここに置いてってくれても構わないのだが。
「……アズ。冒険者だよ」
ティアフェルと名乗った彼女を見上げながら、薄っすら笑みを浮かべて名を告げる。
その笑みには彼女への感謝の気持ちが込められていた。
そのままその場を立ち去ろうとする彼女の背中を見送りながら、アズは深呼吸を繰り返す。
仕事にも失敗し、こんな見ず知らずの人にまで迷惑を掛けるなんて、不甲斐なくて仕方ない。
冒険者として失格印を押されても文句は言えないなと、自嘲気味に笑う。
■ティアフェル > 「お礼は後でいーよ。ここまでよくがんばったね。もう一息だから、しんどいと思うけど気合入れといて」
ぽす、と軽く彼女の頭の上で手を弾ませて、にこ、と笑い掛け。さて、仕上げの毒抜きじゃー、と、名前を聞くとこくとひとつ首肯して、
「おっけー、アズちゃん。冒険者ならお仲間だね。そっこー戻って来るからッ」
ぐ、と親指を立てて見せると立ち上がってぱたぱたとあまり床を振動させないように気を遣いながら足を速めて掃除の間荷物を置いていた小部屋まで駆けてゆき。
聖堂内には少女の呼吸だけが響いていた。
荷物や季節品の保管所になっている物置部屋へウェストバッグやスタッフを取りに戻ると、中を確かめて、毒、解毒……と呟きながら首を捻り悩まし気に眉を寄せ。
手持ちでいけるかな、と思案しながら、ついでに水筒の中身を確認し。急ぎ足でまた聖堂の床に寝かせたままの少女の元へぱたぱたと忙し気に巻き戻ってゆき。
「ごめんね、お待たせ。とりあえず、水分摂ってね。お水、飲める? 飲めそうなら飲めるだけ飲んで。解毒するけど、血中の毒を薄めといた方がいいし、大分出血したしね」
彼女の右側に膝を屈してその背に手を添えて軽く起こさせようとし、片手で蓋を取った水筒の飲み口を近づけ。
水分補給をさせれば、スタッフを構え彼女の体内を蝕もうとする毒を解除しようと術式を練り始める。
■アズ > なんだかとても面倒見のいい人だ。
親指を立てながらニコッと笑う少女を見つめ、アズはふとそんなことを思う。
治療を終えたら何かしらお礼を返さなきゃ。
手持ちはほとんどないけど……どうにかなるだろう。
バタバタと急ぎ足で戻ってくるティアフェル。
上半身を起こされ、差し出された水筒を受け取る。
「……飲んでも良いの?」
首を傾げながらアズは訪ねる。
その素振りからは年齢を感じさせないあどけなさが溢れる。
自分に姉がいたらこんな感じなのだろうか。
本人はそんなことを思いながら、水筒に口を付ける。
魔法には疎いアズにはティアフェルが何をしているのかわからない。
ただ、何かしらの術式を唱えていることだけはわかり、邪魔にならないようにと口を窄める。
彼女の両手の中におさめられたスタッフはやはり魔法使いを彷彿とさせ、アズはティアフェルに対し憧れめいた気持ちを抱く。
その憧れは表情にも表れていて、次第に顔色も良くなっていく。