2021/04/13 のログ
■ギデオン > 宵の口、というには更けただろうか。
それでも酒場の賑わいはまだ盛りである。
脂の焼ける薫りもまだ、酒場の厨房からは芳しく届いてくる。まだまだ、料理を頼む客がいる、ということだ。
騎士風の男が空けたグラスは三本になった。
もう一杯、それを頼むか、どうか。
どことなく迷っている気配があるようだ。強いワインを三杯空けたにしては、その男の頬は白いままだった。少なくとも、その頬の血の色からは酔いを感じさせるものはない。
空になったグラスを男は掲げてみせる。
客の間を歩いていた若い女給が目敏くそれを見つけると、愛想ばかりでもない笑いを浮かべて頷いた。
同じものをと、そういう意図は通じたのだろう。ほどなく、求めていたワインがテーブルへと供された。
新たなワイン。
再び、辛口の香気が強いワインだ。
ゆるりとグラスをくゆらせて、立ち昇る香気を騎士風のその男は楽しむ…。
■ギデオン > やがて。
男もまた静かにテーブルから立ち上がった。
そろそろ深更と言ってよい時刻だ。魔都の住人達とはいえ、さすがに明日の糧を得るには働かねばならぬ。
そろそろ、場末の酒場に屯する酔漢達も、潮時を弁える者が現れ始める、そんな刻限。
騎士もまた、そんな酔漢達のそぞろ歩く姿に紛れるように、魔都の夜の、闇の中へと歩を進めゆく…。
ご案内:「平民地区 酒場」からギデオンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にラッツィオさんが現れました。
■ラッツィオ > 「――おいおい、いつまで待たせンだ。きちっと依頼の品は持ってきただろうがよ」
昼夜問わず、お世辞にもガラがいいとはいえない冒険者で賑わっている冒険者ギルドで、男はカウンターによりかかり、向こうへ声をかけていた。
依頼のあった品を、上品と言いづらい手段で入手し、持ち込んだのはしばらく前。
確認が必要だからとその場で待たされ、昼飯も食い逃してしまえば、さすがに苛々も募るのだった。
さる青色の宝石を抱いた指輪の奪還。
しかしながらその指輪は、極度に肥満な貴族の指にはまっており、指ごと切り落としてくる他なかったのだ。
そんな渡し方をすればギルド職員も困るのは多少理解でき、しばらく待ってはいたものの、そろそろ我慢の限界が近づきつつあった。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」からラッツィオさんが去りました。
ご案内:「平民地区 広場」にギデオンさんが現れました。
ご案内:「平民地区 広場」にレネットさんが現れました。
■レネット > 何か不思議なものを見たときのように瞬く貴方の真紅。
切長で、どこか涼しげなそこに女の姿がうつりこんだのであれば。
まるでその問いを塞ぐように、女の赤く飾られた唇は貴方の唇に重ねられたことだろう。
音を刻みそこねた貴方の柔らかなそれに、自身の赤をうつすように小さく吸い付いて。
たった数秒のふれあい。子供がするような、ささやかな交わり。
「───ええ、」
吐息が絡むほどに、近い距離。女は呟くように小さく声を落とさんと。
少しばかり不恰好に落ちた、お気に入りのリップ。そんなことを気にした様子も見せずに女の口元は楽しげな弧を描いて。
「よろしくね、ギデオン。一緒に楽しい夜を過ごしましょう。
ここで会ったのもきっと何かの縁だもの。私のことはレネットって呼んで。」
そうして女は貴方の左手に絡めた自身の指に、小さく力をこめたことだろう。
■ギデオン > ほんの、一瞬。
騎士のようなその男は、女のかんばせをまじまじと見つめた後に、ぱちくりとその切れ長の、そして鮮やかに紅い瞳を瞬かせたのだった。
「…これは、また」
本当に、幽かに。その白い頬に極僅かな朱が刷いたように見受けられたかもしれない。
誰かと、このように甘やかに触れ合うことなど、この騎士には絶えて百年なかったことだ。
血臭と叫喚の最中、噛みあう刃と刃の下、交わし合うのは殺気か、闘志に満ちた視線。そのような、殺伐とした記憶しか、この騎士には許されてはこなかった…。
「おいたが過ぎるようだな?レネット…」
剣の柄頭を弄んでいた左手指。それがいつしか、女の手指に囚われていた。されるがままに委ねつつ、ほんの少しだけ困ったように騎士はそう告げた。
「火遊びには慣れているようだが…それも相手次第というものだ」
そんな言葉を紡ぎながらも、騎士を襲うのは甘い疼き。
こうして、恐れも怯えもなく、血竜騎士と恐れられた己に向かい合い、向き合ってくれる存在を、心は求めていたのだと、それを知らしめられてつい、騎士もまた女の指へと己の指を絡めてゆく…。
■レネット > 「ふふ、ごめんなさい。私ね、すごく“わるいこ”なの。」
ほんの僅かに、気のせいだと言われてしまえば納得してしまうほどに。そっと赤がさす貴方の頬。
戸惑いに似た何かが貴方の声に乗ろうとも、絡まる指がより一層、その交わりを強めるのならば。
優美に弧を描く女の口元は、静かにその深さを増すことだろう。
振り払われないのであれば、遠慮をする必要はない。
だから女は先ほどの言葉に続けるように、薄く開いた唇で音をつむぐ。
まるで猫が飼い主に甘える時のような甘ったるい、実に“わかりやすい”調子で。
「あなたも不慣れ、って感じには見えないけれど。
綺麗な顔をしてるから、いろんな女の人に声をかけられそう。
───ねえ、わたしとあなたどっちが“わるいこ”かしら。」
絡めた貴方の指を引くようにして、女は軽やかに腰を上たことだろう。
そうして貴方のひどく整った顔を見ながらいうのだ。まるで悪戯っ子のように楽しげに紫の双眸を細めて。
「試してみない?」
■ギデオン > 女の言葉に、騎士がその口許に刷いていた苦笑の色がやや変じた。
苦笑、という色はそのままなれど、その色は随分と柔いものへと染染まってゆく
「あいにくと…貴女が思うほどにおれは、“場慣れ”などしておらぬかもしれんよ?
きっと…、そう、きっと貴女が思うよりも遥かに永く…おれは俗世とはかけ離れてきた故な」
戦塵にまみれた修羅の生であった。少なくともそれは、俗世の生き方とかけ離れている、というのは嘘ではない。そして…そういう騎士であるからこそ、女のその振舞は好もしかった。
どこか強かで。自信に満ちて。そして…美しい。
「…そういう振舞は、嫌いではないな? レネット…」
器用に、騎士は逆手の右手で鞘に納められたままの剣を再び剣帯に吊るす。そして、噴水の石垣から立ち上がった。
結ばれたままの二人の指を導くように立ち上がれば、まるでそれは優雅に淑女を舞踏に誘う騎士のようにも見えたかもしれぬ。
「試すのはおれか…貴女か。さて、それもまた一興ということにしよう」
そう、女を見下ろし騎士は微笑む。銀の月を背負った真紅の瞳と銀の髪。
どこか楽し気な微笑みを浮かべ、誘ったように立ち上がったくせに騎士は、女に行く先を任せるつもりでいるらしい。
駆け引きのつもりか、それとも本当に…この騎士は俗世離れしているのか。そんな振舞は、女を更に惑わせたかも、しれず…。
■レネット > 「あら、そうなの?」
“俗世とはかけ離れた。”その言葉に女は軽く肩を揺らして、綻んだ唇から言葉とともに小さな笑い声を漏らした。
騎士めいた形貌に剣を携える貴方。それに近寄りがたさを覚える人は少なくはないだろう。
その装備を纏うに足る研鑽を積み、相応の実力を身につける上でもしかしたら“そうあった”のかも知れないと女は思った。
ただ思っただけで、けして其れを鵜呑みにしたわけではない。
貴方とは正反対。好きなことをしながら自由に奔放に生き、俗世に濡れた女からすればそれは信じられないことであったから。
理解できなかった、というよりかは想像がつかなかった。といった感じだ。
だから、声の調子も冗談を聞いた時のような軽いものになった。
さて。貴方が微笑みを浮かべ、女にその行き先を委ねたのならば。
女の向かう先は当然のように“わるいことができる場所”だ。
「行きましょう、ギデオン。
今夜の私のお姫さま、“不慣れ”なあなたを特別に私がエスコートしてあげる。」
導くように貴方の手をひきながら、軽やかな足取りで女は歩を進めんと。
騎士の格好をした貴方をからかうような言葉選び。女の声は相変わらず楽しげに揺れ、夜の街に溶け込んでゆく。
■ギデオン > 「さて、となると貴女は今宵のおれの騎士…ということかな?」
さすが、“わるいこ”ともなると言うことが違う。そんな振舞の強かさもまた、嫌いではないと騎士は微笑む。
女の手指に我が手を委ね、引かれるままに騎士はそぞろ歩くようにと歩を踏み出した。
魔都。
マグメールに宵闇は降りたが、まだまだこの街にとってはこんな時刻など宵の口。
夜と闇とをほんとうに楽しむのはこれからだとばかりに。広場にもまた、酔漢の声が、吟遊詩人の奏でる楽の音が。そして…客の歓心を買おうと媚びる娼婦の声が聞こえてくる。
確かに、ここは戦場ではなかった。
退廃と背徳が満ちてはいるが、血臭と屍臭は遥かに遠い。少なくとも、表立ってはいなかった。
もしかしたら、この女が。このおれに、忘れ果てていたものほ思い出させてくれるのだろうか、と。騎士はどこか他人事のように胸に想いを過らせながら、女の思いのままに、同じように夜の闇へと溶けいってゆく…。