2016/10/25 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区」に砕華さんが現れました。
■砕華 > (太陽は、ちょうど、頭の上を過ぎようとしている。
トケイというものは、とても便利で、性格に時間を伝えてくれる。
祖国にも、この文化を、持ち込むべきだと、砕華は思っていた。
小さな、袖の中にしまえるトケイは、チク、タクと小気味よく、音を立てる。)
「さて……」
(砕華は、もう何度も確かめた、時間をもう一度、袖の中からトケイを取り出して、確認する。
今作っている薬は、秒単位の時間を、要求される。
発酵させた、草の生えている虫の屍骸。
それを磨り潰し、もう一度発酵、乾燥させて、最後に水の中でこねて、柔らかい丸薬にする。
気付け、そして眠気を取るための薬である。
もうすぐ、年頃の少年少女たちは、学校の試験が始まる。
この国でも、その制度があるというのは、砕華にとっても意外だった。
それというのも、砕華もまた、老師の勧めで、学問を学んでいた。
薬学や読み書きだけではない、数学や、哲学などを学び、知恵をどんどんつけていった。
18になるころ、帝国の学校を卒業し、老師の下で本格的に、製薬の技術を学んだ。
その経験があるからこそ、学生たちからの依頼は、何も聞かずとも受け入れることが出来た。
『徹夜で勉強するために、眠気を採るための薬が欲しい』
とても単純で、とてもよく解る依頼だった。
そのことを思い出し、砕華はクス、と笑みを浮かべながら、トケイを袖の中にもどした。)
■砕華 > (今は、虫の屍骸を、乾燥させている真っ最中。
こればかりは、製薬の様子を見せるわけには、行かないので、カウンターの下で、こっそりと乾燥させている。
時折、足元の様子を見ながら、乾燥するいい頃合まで、いつものように炒る。
これは、とてもよくわかるサインがあり、黒っぽい色が、白っぽく変化したら、乾燥した合図だ。
既に、八割ほどが白く変色している。後もう少ししたら、完全に乾燥するだろう。
それが終わったら、今度は水を入れて、粘り気が出るようになるまでこね回し、団子の状態にする。
それを、皿に細かくして、一日天日干しすれば、気付け薬の完成だ。
水と一緒に飲めば、眠気を覚まし、頭をすっきりと、覚醒させてくれる。)
「それにしても、冬虫夏草が見つかるなんて、私はなんて、幸運なんだろうね。」
(砕華は、9割ほど乾燥した、細かく砕いた虫の屍骸を見て、クスクスと笑っていた。
冬虫夏草、冬のうちに、虫に寄生して冬越しをし、夏になると、その蒸しを食い破って出てくる、強い草。
あまり、気持ちのいいものではないが、実はこの草は、非常にいい薬草になる。
生命力が格段に強く、気付け薬に最適なのだが、いかんせんあまりにも、見つけるのが難しい。
夏場に小さく、虫を食い破って、生えてくるのだが、絶対数がとても少ない。
祖国にいた際も、これを見つけるために1ヶ月、山篭りをしたという経験も、何度かある。
それが、まさか『紅一朝』の、庭先にいるなんて、とても思わなかった。
この国に来てから、幸運が続いている。
薬の売れ行きは悪くない、冬虫夏草や、シロツメクサが見つかる。
嵐の前の静けさ、と言う言葉があるが、もしかしてこれが、それではないだろうかと思うと、少し恐怖ら覚えた。)
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にセリオンさんが現れました。
■セリオン > 小耳に挟んだ噂話――
北の薬学を修めた女店主が、店を構えているという。
マグメールの文化とはまた異なる技法、文化体系から生まれた薬品は、摩訶不思議な力を持つという。
どこまでが本当の話かは分からない、何せ話自体を多くは聞かないからだ。
それでも、脚を向けるには十分であると思った。
「ごめんください、薬をひとつお願いしたいのですが」
玄関をくぐり、誰か店員でもいないかと探す来訪者の女。
その女は――ほぼ無意識ではあろうが――見知らぬ環境を警戒するように、首を動かさないまま目だけで店内を見渡した。
足をあまり高く持ち上げず、地面すれすれを滑らせるように歩き、カウンターへと向かってくる。
「おや、貴女が店主さん?」
カウンターに片肘を乗せるが、その肘の先にくっついている手も、修道女のものとは思えない、受打で丸くなった鈍器のごとき手であった。
■砕華 > (乾燥が、完全に終わったようだ。
軽く、菜ばしでかき回しても、白一色で、黒い部分はほぼ残っていない。
これで、大本の完成。後はこれに水を少量加え、団子状に纏めて、1日寝かせるだけだ。
砕華は、火に掛けていた皿を、カウンターの上に出す。
既に、虫の形は影も形も、なくなっていた。
これなら客も、悲鳴を上げて逃げ出すことは、ないだろう。
後は、この少しだけ、固まりになっている場所を、乳鉢のなかで磨り潰せばいい。
愛用している道具の中へ、その白い塊を入れて、小さな陶器製の、擂鉢を手にした。)
「あら、いらっしゃいませ。」
(砕華は、顔を上げた。
昼下がりの時間帯、客足が最も多いのは、この時間だった。
開いているのかいないのか、分からないほどの細目で、セリオンを射止める。
服装は、この国では珍しくはなかった。
祖国では『アマ』と呼ぶが、確かこの国では、『しすたぁ』といったか。
その服装を纏った女性、といえば簡単だったが、その腰にある武器が、どこか異質な雰囲気を、醸し出していた。
不釣合いとでも言おうか、腰にある斧と鈍器は、服装とはどうしても、合っていない。
しかし、祖国にも『破戒僧』という、武芸に長けた僧侶もいるし、その類かと、砕華は思うことにした。)
「はい、私が紅一朝の主人、砕華です。
薬をご所望といいますが、一体どのような薬を?」
(周囲を見渡せば、三段式の棚の上には、数々の布袋が置かれ、その前には、文字が書かれた札が置いてあった。
風邪薬、傷薬など、書かれている文字は、どれも常備薬のもの。
其処に小さく、値段が記されていて、それを手に取り、店主に代金を支払って買い取る、と言うシステムになっていた。)
■セリオン > (細身、女一人での営業……が、怯えはしませんか)
自分の姿が客観的にどう見えるかくらい、女も分かってはいる。
四つの凶器を腰から下げた自分は、相手によっては警戒されることもある。
が――国の政情から、武器を持ち歩く人間が多いとは言え、一介の薬屋。自分よりウェイトも軽そうだ。
それがさして驚く様子も無く、平然と構えている。
なんとなく、殴りかかってみたらどんな反応をするのか、そんなことが気になった。
「ほかの店では、なかなかに売っていないような薬が欲しいのですよ。
いえ、場合によっては貴女の国でも、そう手に入るかどうかは分かりませんが……」
女は一度、背後を振り向く。
扉がどこにあるかと確かめたのか。
あるいは、自分以外の人間がその場に居ないかを確かめたのか。
再び店主へ向き直ったとき、顔は微笑みがぺたりと張り付いたままであった。
「人の身で、人を超えたいのですよ。その術がシェンヤンにはあると聞くのですが」
――流石に斯様な商品は、棚に並んではいないだろう。
■砕華 > (いろいろな客が来る、それこそ、大剣を構えた傭兵が、傷薬を買いに来る、など。
逸れにしてみれば、多少無骨な腕を持つ、アマが一人尋ねたところで、何を、物怖じする必要があるか。
平然と、むしろ笑みすら浮かべながら、砕華は、セリオンの次の言葉を待っていた。
しかし、もし殴りかかられたりでもしたら、さすがに驚くだろう。
不意打ちを喰らわない前提で、砕華は対処しているのだから。)
「他の店で、ですか。
一応、どのような薬を所望しているのか、お聞かせ願えれば、御造りすることも出来なくはありません。
ただ、その場合時間を金額を、少し割り増しで、いただくことになりますが」
(ここのところ、どこから話を仕入れたのかは、不明だが、薬の依頼が入ることが、多くなってきた。
一般階級の親が、子供の野菜嫌いを、治す薬がほしい、だとか。
もっと、強くなるためには、どんな薬を飲めばいいのか、など、採りとめもないようなものもある、が。
現在、この店の中に、客はいなかった。
そもそも、薬屋に、早々客など、来るはずもない。
皆、必要なときに、薬を買い求めに来るだけで、ここで長居をするものは、なかなかいなかった。
時折、砕華の着ている、キモノ姿を見るために、長井をする客が、いることにはいるが。
張り付いたままの笑み、それはどこか、不気味な印象を受ける。
例えて言うなら、その顔はまるで、お面のようなもの。
笑っている顔、というようなお面をしている、セリオンを見る目が、少しだけ怪訝なものに変わった。
だが、次の瞬間には、袖で口元を隠し、クスクスと肩を震わせて、笑う。)
「また随分と、お変わりな薬を求めるのですね?
残念ですが、薬で人を超えるなど、御伽噺のお話ですよ?」
(話し、しかも御伽噺にしか出てこないような、超人的な力を得る、薬。
それを求める、セリオンの願いが、あまりにも突拍子過ぎて。
『失礼…』と、一言頭を下げてから、その開いているのかいないのか、よく分からない瞳を向けて、再度答える。)
「残念ですが、私でもそのような薬を、作ることは出来ません。
他の薬を所望でないならば、お引取りをお願いできますか?」
■セリオン > 「その御伽噺を実現しているのがシェンヤンである、と聞いていましたが」
女は退かない。
寧ろ、一度目の否定こそ真意に近づいたものと思ってか、さらにもう一歩を踏み込まんとする。
カウンターに両肘を置いて身を乗り出し、向こう側に居る砕華を覗き込むように――
必然、砕華が怪訝なものと見た顔が、彼女へと近づくことになる。
「仙丹なるものがね、欲しいんです」
修道女には縁の薄そうな名を、女は発した。
微笑みこそ張り付いたままの顔だが、目だけはその本質を――
力を求めるために、何をするのも厭わない、獣の本性を示している。
「色々と文献をあたってはみたのですよ。それこそ、王族が後生大事に抱えているような古いものまで。
けれどもこちらの国の人間が書いたものは、存在こそは知りながら、やはり作った者の記述など存在しないのです。
おそらくこの王国で仙丹を作ったものというのは、一人とて居ないのでしょうね」
声は潜めている――仮に扉に耳を当てていた者が居たとしても、聞き取れないだろう程に。
それでも声に乗る熱ばかりは抑えようが無い。
おかしな表現になるが、探検家が未知の土地について語るのと同じような、無邪気な熱である。
「人間の体は脆すぎる。私だって、あと5年もすれば弱り始め、40年でろくに動かなくなる。
国境の南北を問わず、貴女の国でも、人を超える術の追求はあるでしょう?」
が――求める力の種類は、いまひとつ、無邪気とは呼びがたい。
■砕華 > 「………。」
(退いてくれる、と思っていた。
人を超えるための物を、求めるこの仮面の女性は、いったい何を考えているのか。
その瞳の向こうにある、人間、いや獣の本性を、隠している仮面の向こう。
砕華は、その色を敏感に感じ取ったのか、瞳は開かないものの、口元からは笑みが消えた。
近づいてくるその顔は、人間の女というよりも、猛獣の雌、と言う印象を受けた。
白い塊を、磨り潰していた手が止まり、仰け反るように、半ば逃げるように。
近づいてくる仮面の顔を、砕華は少しでも、離そうと試みた。
椅子に座っているその場所から、逃げる気配だけは、なぜかない。)
「仙丹…とは、また随分と、お勉強成されたのですね?」
(砕華は、両手でセリオンの、顔を押す。
顔が近すぎるため、そのままでは話すことが、難しいという意味合いを込めて。
だが、本心では、食われてしまうのではないか、という恐怖心が、なかったわけではない。
それほどまでに、真剣に語るセリオンの目に、熱意が篭っていた。
二人しか、聞き取れない声。
くす、と再び、砕華は笑みを浮かべると、坦々と語り始めた。)
「確かに、仙丹と呼ばれている薬は、実在します。
しかし、それは私の故郷、シェンヤンでも、数少ない者しか作れない、秘薬中の秘薬。
皇帝様に仕える者ならば、あるいは作れるやも知れません」
(ですが、と、砕華は付け加えた。)
「それは、通常の製薬方法では作れないのです。
錬丹術…この国では、錬金術といいましたか。
それを扱う、道士と言う人たちが、生涯を掛けて目指す、正に最高点に位置するもの。
残念ですが、一介の薬師である私では、仙丹を作ることは、不可能なのです。」
(どうか、ご了承ください、と砕華は頭を下げた。
作れないものは、どう足掻いたって作れない。
出来ないものを、出来ると自惚れるような、性格ではないのだ。)
■セリオン > 顔を押されれば、その手に合わせて後ろへ下がった――
だが代わりに、顔に触れた手の、手首を右手で掴んだ。
間合いに入った獲物へ、半ば無意識のように伸びた手をそのまま、セリオンは砕華の話を聞いていたが――
「そうですか……それはとても残念です」
案外にあっさりとあきらめるような口ぶりだった。
口ぶりの割に、獲物を捕らえる指が揺るまない。
とんっ、と軽快な音がした。セリオンの靴が床を蹴った音だ。
両足をそろえての跳躍でカウンターを飛び越えたセリオンは、椅子に座ったままの砕華の前に立つ。
「では、もうひとつの用件ですが……いえ、人違いかも知れません。ですが人違いだったからといって、そこになんの問題があるでしょう」
笑みの種類が変わった。
今度は心の底から楽しげな笑みなのだが、曲げた唇の向こうに見える歯さえ牙と紛うような、凶暴な笑みであった。
もはやここへ来れば、砕華のように鋭敏なものでなくとも理解する。
これは、ろくでもない生き物だ。
「『テンジク』なる麻薬について、ご存知のことはありますか?
いえ、なに。ちょっと面白いと思っていた子がね、それで随分とおかしくなって、いつ死ぬのか分からないと言ってるんですよ。
かわいらしい子で、行く末も結構楽しみにしてたんですがねぇ……」
左手が拳を握り、砕華の右肩を狙って振り下ろされる――それこそハンマーのような軌道で。
拳に乗る感情は、言葉とは裏腹に怒りではない。
「だから代わりに、貴女で愉しもうかなぁと思いまして」
敢えて言うならば笑みの種類こそがその答え。獲物を前に喜悦する獣である。
■砕華 > (セリオンを、後ろに下げることは、どうやら上手くいったらしい。
その代わりに、右手で手首をつかまれる。
セリオンの手に、砕華の手首はとても細く、少しでも力を入れると、ポキリと折れてしまいそうだ。
至極あっさり、仙丹の話を諦めるセリオン。
砕華はこのとき初めて、自分のうかつさに、気づかされた。
仙丹の話は囮、セリオンははじめから、その薬を求めてなどいなかった。
気づいたときには、セリオンは大きく跳んで、砕華の目の前に、たんっと驚くほど、軽い音を立てて、立っていた。)
「っ………な、何か…?」
(恐ろしげな、本当に恐ろしげな、猛獣を相手にしているような雰囲気だった。
少しでも気を抜けば、砕華は頭から、齧られてしまうのではと言う、捕食される者特有の、恐怖感を憶えていた。
出来るならば、この場から逃げたい。
だが、逃げたところで、見知らぬ国に知り合いなど、いるはずもない。
お客として付き合っている人は、少なからずいるが、その人は頼れない。
そして何より、この紅一朝は、砕華の店なのだ。
その店を護るのは、自分自身しかいない。)
「テンジク……ですか…?
あの、その麻薬が、一体どうしたというのかは、存じ上げませんが、あまりそのような、恐ろしい笑みで――――――」
(言い終わることは、なかった。
ハンマーのように、大きく振り下ろされるその拳は、的確に砕華の肩を、直撃する。
華奢な体に、大きな鈍器が叩き込まれたような衝撃と、『ゴキンッ!』と言う、聞くに堪えぬ音。)
「………あああああああぁぁぁぁ!!!!」
(店の中に、大絶叫が木霊した。
肩が外れた痛みに、女主人が耐え切れるはずもなく、大声を張り上げ、目を見開いて、悲鳴を上げた。)
■セリオン > 「おや、知らない? これは間違いましたかねぇ。
確かシェンヤンの薬師の女が作っている、と聞きましたが……」
白々しく言ってのけるセリオンだが、半ば確信は持っている。
テンジクという麻薬を作ったのは誰か――表ならさておき、街の裏路地などで探れば、いくらか名が通っているのが聞こえるからだ。
かと言って、復讐心だとかそのようなものではない。
寧ろ多大な打算があって、セリオンは奇襲を仕掛けた。
ひゅ、と風切音がするほどの早さで、右足を軸に体を回す。
そうすると、掴んだままの砕華の手を背中へひねり上げるような形に移行しながら、彼女の背後に立つようになる。
「まあまあ、穏やかな取引といきましょう。
あまり叫ぶようですと、貴女は裸体のままで白昼のマグメールを引きずり回されることになります。
そのついでに手の指も、半分くらいはへし折らせていただくことになるでしょう。
気が向いたら膝の皿くらい叩き割るかも知れません」
取引といいながら、吐き出す言葉は脅迫そのもの。
不意をついての一撃で勝利を確信しているのか、声はやや上ずっている。
「まず、現物を見てみたいんですよね……さ、『テンジク』はどこに置いてありますか?
……無論、私の機嫌を損ねるたびに、貴女の大事な指が悲鳴を上げるとお忘れなく」
背後から砕華の耳元に口を近づけ囁く。
抵抗が無ければ、彼女の腕をひねり上げたままで立たせ、目的の品を探させようとするだろう。
■砕華 > 「う、うぁぁ……!!」
(激痛のあまり、上手く声を出すことが、出来ない。
肩が完全に外れて、それを抑えることも出来ず、骨が下がって、それがまた激痛を呼ぶ。
肩を抑えることが出来れば、幾分はマシなのかもしれないが、あいにく別の手は捕まれていて、それも出来ない。
痛みに悶えて、それが今度は後ろにも向かう。
ずきん、ずきんと疼くような痛みが、肩から広がって。)
「そ、そこまでして…何故、テンジクを求めるの、ですか…?」
(まるで、脅迫のような言葉。
肩を砕き、辱めを受けるような行いは、まだいい。
膝の皿を割る、と言う脅しも、其処まで恐怖心を煽られることは、なかった。
しかし、指の骨を砕くという、その脅しには、かなりの動揺を見せる。
薬を作る砕華にとって、指先は精密な、センサーのようなもの。
砕ける、薬の感触で、その目分量の目安を、憶えこませている。
それが使い物にならなくなると、薬屋を開くことが、出来なくなってしまう。
軽く、砕華は腕を決められたまま、立ち上がる。
ここは、おとなしく従ったほうが、いいだろう。)
「……わかった、よ…。今回は、特別…だから、ね?」
(探すまでもない、テンジクは此処にある。
最重要の薬であり、普段は絶対に、外には出さないもの。
だからこそ、作ったものは、肌身離さず持っている。
袖を一振り、二振りすればコロンと、真っ白なコンペイトウが、転がり出てくる。)
「…こ、これが……テンジク、だよ…。」
■セリオン > 「もう少しましな国を選んで店を開くべきでしたねぇ。
この国で女の悲鳴など日常茶飯事。分け前が欲しい悪党くらいしか寄り付かぬでしょう……。
ま、おかげでやりやすいのですが――」
勝ち誇るように言うセリオンだったが、ちょうどそのとき、問いを聞く。
なぜ、そこまでして――砕華はそう問うが、セリオンはやはり耳元に囁くように答えた。
「そこまで……この程度のことが? たかだか人の肩を外し、脅迫するだけで欲しいものが手に入るのですよ?
私はこれまで、あちこちの薬師から媚薬なり毒薬なり買い求めたことはありますが、『テンジク』はまだ知らない。
だから欲しいと思うのですが、その為に力を振るうのが、貴女には珍しいと?」
根本的な認識が違うのだ。暴力や脅迫は、セリオンにとっては当然の手段であり、驚くには値しない。
花が欲しければ、道端の花を摘む。それと同程度の認識で、彼女は人の腕をひねり上げるのだ。
そして、ついに目にすることになったテンジク――
それは菓子のような形をしており、堂々と持ち歩いたとて、誰かに疑われることは無いだろう。
「ふむ……これが。見た目はおとなしいものですねぇ」
片腕で砕華の左腕をひねったまま、もう片手でテンジクを手に取り、眺める。
その声や表情からは、凶暴性がいくらか収まっており、これで気が済んだのかと思わせるような様子であった。
そのようなことは、決して無い。
つつましい満足を知る女ではないのだ。
「では、早速効果を教えてもらうとしましょうか……ねえ、良いものなのでしょう?」
セリオンの右手が、砕華の手を塞ぐように当てられ――掌に乗っていたテンジクが、彼女の咥内へと投げ込まれようとする。
仮に口の中に納まってしまえば、吐き出そうにもセリオンの手が邪魔をすることになる。
形状からして、経口の摂取だろうが――口中に留めて飲まないようにしても、唾液が咥内に溜まることまでは止められまい。