2015/12/06 のログ
ご案内:「ティルヒア異端審問会」にキスカさんが現れました。<補足:白銀に黒のメッシュが入った長髪の色白娘。生地の薄い異国風のローブを軽やかに纏う。>
キスカ > ―――曰く、真実の神を謗るもの。邪教淫祠の崇拝者。獅子身中の虫。
女王の暴政の陰では、急ごしらえの審問会が猛威を振るい、夥しい数の人々が裏切り者の烙印を押されていった。

神聖なる無上の法権は女王の権威すら凌駕する勢いで、いまや火刑法廷の恐怖がこの都を支配していた。
門前まで迫り来る王国軍の脅威を前に、人々はおたがいを監視しあうことを強いられた。
裏切り者を告発したものには、没収された私財の一部が分け与えられる。そんな仕組みになっている。

審問会を率いるは、旧神の猟犬の異名をとる辣腕の異端審問官ヴィルフォール。

キスカ > 悠久の都を恐怖で支配する男の、甲高く神経質な声が石造りの高いドームに木霊する。
ノーシス主教の大聖堂を破却し、建物だけを改装したこの法廷はいま、無数の兵たちに警護されている。

耳障りな声をのぞけば、ひそひそとささやき交わす声や咳払い、ざわめきすらも聞こえない。
ここに連れてこられたのは、どこにでもいる一般市民。
何もかもがあまりに急で、ヤルダバオートの信仰を捨てられなかっただけのごく普通の人々だ。

両手を大きく広げ、芝居がかった言葉で白髪の神学者を糾弾するヴィルフォール。
まるで「我こそは神意なり」でも言いたげな表情。
法廷の隅で怯える人々を眼光鋭く睥睨するさまは、さながら神罰の地上代行者気取りだ。

キスカ > 薄汚れてやつれ果て、それでも眼光衰えず声を上げる神学者の肩を左右の衛兵が打ち据えた。
処刑人の斧鉞を交差させ、枯れ木のように衰えた身体に力ずくで深く額づくような体勢を強いる。
自分の運命を弄ぶ男の顔を見上げることすら叶わず、老学者は苦しげな呻きを漏らした。

ここでは城壁の外の戦いなんて関係ない。
魔女狩りの狂気が熱病みたいに蔓延って、誰もが身も竦むような恐怖に晒されている。
これが正しい信仰の姿? まさか。こんなこと、あっていいはずがない。

助けられなかった人も少なくないけれど、全てが終わった訳じゃない。
そう。まだ終わりじゃない。どんなに最悪な状況だって、終わりの始まりですらない。
もしかしたらこれは、始まりの終わりかもしれないのだ。

キスカ > 異端の信仰を広めた罪で、ヤルダバオートの神学者に火あぶりの刑が言い渡される。
全ては、女王ティルヒアの名のもとに。

続いて引っ立てられてきた人の姿に、群衆のあいだに静かなざわめきが広がっていく。
次なる被告人こそは、ティルヒアにその人ありと言われた大富豪ダンテス氏。
今の私の雇い主にとってもかけがえのない人物。命の恩人で、無二の親友だ。
できれば無傷で助けたかった。今は汚辱にまみれて見る影もなく、眼光だけが異様な鋭さを増している。
船乗りあがりの浅黒い肌は拷問のあとも痛々しく、その傷を隠すように粗末なぼろきれを着せられていた。
巨万の富はとっくに国庫に収められてしまっている。

―――ううん。違う。ダンテスさんの資金は多分、ヴィルフォールとその仲間たちの懐に。
それが私のたどり着いた火刑法廷の真実。裏切り者たちの果て無き饗宴がそこにあった。

キスカ > ―――――――。

外壁を伝って堂内への道を開き、ノーシスの聖人たちが描かれた壮麗なるドームの内側に出る。
重苦しい静けさの中、ひときわ甲高く木霊するのは異端審問官ヴィルフォールの声。

眼下には、開け放たれた聖堂の外まで数百人はくだらない群集がひしめいている。
戦火にまかれたこの都から、あらゆる階級の人々が火刑法廷へと集っていた。
告発された人々の罪なんてどうでもいい。
………ただ、どうしようもない現実に力のかぎり怨嗟の声を叫ぶために。

石造りの装飾を伝い、錬鉄の金具をわたって審問官の頭上へと近づいていく。
返り血ひとつない純白のローブを翻し、フードを目深に被りなおして。

キスカ > ――――鐘が。かつてこの都に時を告げた大聖堂の象徴が高らかに鳴り響く。
偽りの神ヤルダバオートの実在を信じた者たちの、荘厳なる信仰の轟音が天の頂きから降りそそぐ。
それは審問会の名のもとに禁じられた音色。特別にお願いして、堂守のお爺さんに鳴らしてもらったんだ。

誰もが天を仰いだ。
説教壇から身を乗り出して、拳を振上げていたヴィルフォールでさえも。

ステンドグラスの割れ目から白亜の光が降り注ぐ。
満場の群衆が忘我の境地に至り、神聖なるものの訪れを感じたその刹那。

天の遙かな高みより、死が舞い降りる―――。

キスカ > ―――――――。

『――――こんな事をして何になる……人は弱い。弱さゆえに規範を作るのだ』
『そうとも……人は答えを求める。求めずにはいられない……私はただ、その求めに応じてやったまでのこと』
『………何と、貴様ミレーだな。なぜ真実の信仰を否定する?………偽りの、神など、許し…て……』

「答えなんかどこにもないよ。そういうのって、自分で探すしかないんじゃないかな」
「………おやすみなさい。眠れ、安らかに」

凍りついた時が溶けだし、ふたたび世界が動きだす。
亡き審問官さまの目を閉ざし、水を打ったような静けさの中、紙一重の沈黙を守る人々に向きなおった。

「何してるの? お帰りはあちらだよ」

開け放たれたままの門戸を指さす私に刑吏の斧鉞を抱えた重層歩兵が打ちかかってくる。
美しい石組みの幾何学模様に無骨な刃が突き刺さり、その柄を駆け上がってピッグフェイスの喉元に隠し刃を突き立てた。

どこからともなく悲鳴があがった。混乱が生まれて、広がっていく。
人々の防衛本能が制御不能の奔流を生んだ。われ先にと逃げ惑う人々が火刑法廷の鉄柵を押し倒し、ヴィルフォールの私兵たちを踏み躙っていく。

そろそろ潮時かな。

キスカ > 群集に紛れて、押し合いへし合いしながら憔悴しきったダンテスさんの元にたどり着く。
腕を縛める拘束具の細い鉄鎖を両断して、よろめく身体をとっさに支えた。
頑強な心と身体の持ち主でなければとっくに死んでしまっていたような衰弱ぶり。
汚れた襤褸切れからどす黒い血が染み出ていて、触れた素肌に異様な高熱を感じた。
手遅れかもしれない、と思いかけて首を振り、肩を貸して突き進んでいく。

『…………あなた…は……?』
「私はモレル商会のキスカ。マックスから伝言だよ」

「――――『待て、而して希望せよ』。これっぽっちでへこたれないでってさ!」

大聖堂の外まで連れ出し、ダンテスさんの大きな身体を黒塗りの馬車に押しこんで扉を閉める。
私? 私は屋根の上で十分だから。

大事な大事なVIPをのせて走り出す馬車。
眼下に遠く見送りつつ、大聖堂には入れ替わりにティルヒア第一軍の一隊がやってくる。
私たちの敵は今この瞬間から動き出すはず。城外の戦局をよそに、暗闘の行方はいまだ定まらず―――。

ご案内:「ティルヒア異端審問会」からキスカさんが去りました。<補足:白銀に黒のメッシュが入った長髪の色白娘。生地の薄い異国風のローブを軽やかに纏う。>