2015/11/29 のログ
ご案内:「“千年の女王の都”ティルヒア 商業区画」にキスカさんが現れました。<補足:白銀に黒のメッシュが入った長髪の色白娘。生地の薄い異国風のローブを軽やかに纏う。>
キスカ > かつて、この都市を「永遠の都」と称えた詩人がいた。
王国の南方にあって独自の文化が花開いたこの土地は今、厚く垂れこめた戦雲に覆われている。
この場所は、まさに新王国の心臓部。
王国に弓引いた狂心(たわぶれごころ)の女王と、その民が暮らす千古の城砦。
ヒト、モノ、カネがこのティルヒアに目まぐるしく流入しては、ふたたび各地へと還流していく。
「千年の女王の都」は今や平時の姿を失い、いびつな膨張を続けていた。
久々の大乱と聞いて腕に覚えのある傭兵たちが駆けつけた。
戦争特需をあてこんで、無数のキャラバンが押し寄せる。
混沌の気配に誘われ、止めどなく綻んでいく秩序につけ込もうと悪党たちが跳梁跋扈する。
私はその二番目かな。モレル商会の商隊に護衛役として付き添っている。
けれど、昔ながらの住人にとっては誰もが同じようなもの。
ティルヒアの民にとって私たちは、みんな得体の知れない余所者で、顔のない異邦人だった。
キスカ > 古の神の従者たる怒れる龍の出現もまた、この島の人心に暗い影を落としている。
その矛先が怨敵のみならず、自分たちにも向いたという事実を受け止めきれずにいるのだった。
「ファリアさんまだかなー…パパッと終わらせてやんぜ!!って言ってなかった?」
『さぁ? 前線の情報もなかなか入りませんし、一概に決められることでもありませんから』
「まだ迷ってるってこと? 信じたくない気持ちもわかるんだけどさ」
創業から何百年という商家の、店先から奥まった離れまで一目で見下ろせる場所。
屋根瓦の上に腰かけて、もう一人の護衛役と無駄口を叩いていた。
『この都にも戦火が及ぶ。すべてが灰になるかもしれない―――』
「だったら今のうちにみんなまとめて売っちゃいましょ?って話。わかりやすいと思うんだけどなー」
『それほどのお話なんです。いくらわかりやすくたって、理屈で割り切れるほど軽いことでは……』
キスカ > ひとつの国が興って、その産声すら止まぬ間に存立をかけた戦いに乗り出している。
今この時、この局面に、商人たちは「次」を見ていた。
この戦いがどう終わるのか。この都は、島は戦後、どんな風に姿を変えていくのか。
モレル商会の若き頭領はオリアーブの内外に権益を持つ、由緒ただしい商家に狙いを定めた。
出資を申し出、事業の移転と継続を支援するかわりに権益ごとモレル商会の傘下に収める。
物流が飽和し、航路が寸断されて開店休業状態に陥っていた商人たちにとっては渡りに船の話だった。
「でも、似たようなことをやってるのが他にもいるって」
『一緒にしないで下さい! 旦那さまが聞いたらきっとお怒りになりますよ』
『あちらは似て非なるもの。もっとあくどいんです。高官の後ろ盾があってやりたい放題ですし』
へえ、とか、ふーんとか、ぬるい相槌を打とうと口を開いた矢先に悲鳴が聞こえた。
キスカ > 「!!」
娘が、私の娘が。今までここにいたのに。信じて。誰か。誰か―――!
若い女の人の声。小さな子供のいるお母さんみたいな感じ。悲痛な叫びが胸に突き刺さる。
とっさに目を見開き、雑踏を満たす数百人の人々に視線を投げかける。
助けをもとめる声に応える人はいない。今、この都では誰もが自分のことだけで精一杯なんだ。
―――いた!! 数十メートルも先。
傭兵風の男たちに抱えられた女の子の口を薄汚れた傷だらけの手にふさがれている。
目いっぱい伸ばされた小さな手のひらが粗末な麻袋に呑み込まれていく。
「………ごめん、行かないと。ここお願いね!! ファリアさんによろしく!」
『いいですか、連絡だけは忘れずに。絶対ですよ! 忘れたなんて言わせませんから!!』
「はーい! いってきまーす!!」
無限に続く甍の波、エキゾチックなの曲線描く屋根の上。ローブの裾をはためかせ、お尻についた埃を払って。
誘拐犯の姿を目に焼き付けて、駆け出していく。
キスカ > 底抜けに青い空の下には遮るものもなく、大海原の彼方を望むみたいに視界は良好。
屋根から屋根へと一足に飛び移り、衛兵たちが摘める物見櫓からは死角になるコースをたどって誘拐犯を追いかける。
建物の高さもだいたい同じ。これなら地上を駆けるよりずっと早い。
ティルヒア建築さまさまだね。
じわじわと距離が詰まって、あと十メートルもないくらい。
じたばたと暴れる麻袋を抱えた男に、あと少しで手が届くはず。
通りをひとつショートカットして先回り。最高のタイミングで地上に立って行く手を遮った。
「ストップストーップ!! そんなに急いでどこにいくのさ!」
『うぉ!? なんだァ手前ェは!! 邪魔すんじゃねえ! 野郎共、このチビどかしてくれ!!』
『『『おうよ! 任せろ!!』』』
隊長格の声にこたえて数人の取り巻きが立ちふさがり、短剣を抜いて飛び掛ってくる。
キスカ > 『アニキは早いとこ旦那―――…ぐわっ!?』
白刃の軌跡から僅かに身をそらし、凶刃を握った手首を人外の膂力で打ち据える。
返す刀で隙だらけの脇腹に強烈な一撃を叩き込み、軽装の傭兵を民家の軒先に吹き飛ばした。
「その子を放して。今なら腕一本で許してあげる。二度は言わないから」
『畜生っ!! こいつミゲルを殺りやがった!』『一斉にかかるぞ!!』『『応っ!!!』』
―――うん。話、聞いてなかったみたいで戦意はいまだ衰えず。
タイミングだけを合わせたばらばらの動きを見極め、一人ずつ丁寧にカウンターで沈めていく。
一体どこから集まってきたのか十重二十重に囲まれて、数だけは無駄に多くて。
麻袋を抱えた男が真っ青になって後ずさっていくのも止められなかった。
算を乱して逃げていくまで、あと数秒ってとこかな。
「つ、次から次へと! 誰かっ―――そのひと捕まえて!! 人さらいだよ!!」
ご案内:「“千年の女王の都”ティルヒア 商業区画」にグスタフさんが現れました。<補足:ティルヒア軍を率いる老将。老齢にも関わらず指揮能力は衰えない>
グスタフ > 「――何をやっとるかぁ!!!」
商業区画に怒号が響く。
老いたりと言えど、諸国に雷神とまで謡われた老将の一喝。
商業地区の人々は首を竦めてそちらを凝視する。
「ティルヒア第一軍である! 女王の都での不届きは許さぬ!」
グスタフの周りの兵士たちが、次々と誘拐犯を捕らえていく。
この荒れ果てた都にあって、彼の直属の兵たちはまだ、正気を保っていた。
もっとも、この都の惨状をどうにかできる程でもないが。
「やれやれ、尻尾を巻いて逃げ帰ってみればこの有様かのぅ」
キスカ > 鉛の芯が入った棍棒―――いわゆるブラックジャックと呼ばれる鈍器。
ティルヒアではあまり見かけない凶器を奪い、そのまま元持ち主に叩き込む。
とっさに頭をかばおうとした腕が奇妙な方向に拉げて砕けた。
獣のような怒声を上げて倒れる男に武器を返して、ほかの三方向も同時に捌く。
「ッ!!………にゃにごと!?」
落雷の直撃を受けたみたいな大音声。大気がびりびりと震えて、全身が総毛立ってしまう。
怯まずに凶刃を突きこんできた暴漢の腕を固めて、しめやかにゴキリと砕く。
「あ。軍人さん……袋の中に女の子が。お母さんはあっちの、ノワルティエさんのお店の近くに」
手際よく事態が収拾されていく。この人に任せておけば大丈夫そうで、思わず安堵のため息をついてしまった。
「あ、ありがとうございますっ! 助かり、ました」
鎧が似合うおじいさまを前に、自然と背筋が伸びて口調が改まってしまう。
グスタフ > 「なに、これもお役目じゃよ」
はぁ、と溜息をつきながら。
見れば、袋の中に入った少女も助け出され、母親と涙の再開中。
やれやれと安堵しながら少女に振り向く。
「こんなご時世に、見上げた嬢ちゃんじゃの。
怪我はないかい?」
一転、好々爺のように穏やかな声で少女に尋ねる。
見たところ、傭兵か何かだろうか。
キスカ > 「え? えっと…大丈夫です。私よりあの子のことを」
「すごく怖い思いを、したと思うので」
違和感はないけれど、鈍い痛みがすこしだけ。
捌ききれずに防具で受けた場所が軽い打ち身になっているのかも。
あとはカウンターの目測を誤って、手のひらにほとんど見えないくらいの傷を負っただけ。
明日には治ってそうで、こっちは負傷というのも恥ずかしいくらい。
慣れない言葉づかいにむずむずとして、借りてきた猫みたいな感じになってしまう。
調子狂うなー。
「私はモレル商会のキスカ。本当は今もお仕事中なんですけれど……」
「あの人たち、どこかに逃げようとしてました。誰かの指示があったみたいで」
そこかしこに散らばる誘拐犯たちの落し物を見回す。この中に手がかりがあるのだろうかと。
グスタフ > 「無理をするでない。お前さんもじゃろう」
ぽんぽんと肩を叩く。
ねぎらっているように見えるが、女の子とのスキンシップは逃さないスケベジジイ故でもある。
しかし、体捌きは見事なものだった。こんな時でなければスカウトしたい程だ。
「ワシはティルヒア第一軍のグスタフじゃ」
少女の言葉には難しい顔をして。
「――今この都は、どこもかしこも荒れ果てておる。
残念だが、黒幕を突き止めるのは難しいのう」
キスカ > 「ほ、ほんとに大丈夫ですってば―――」
幾多の戦傷と老樹の年輪のような加齢のあとを見あげる。
生きていれば、私のおじいちゃんくらいかも。………けれど。
む、と眉根が寄る。
「難しい? どうして? 人手が足りないから? そんなことは理由にならないはず」
「私が追いかけなかったら、あの子はきっとさらわれたまま」
「身代金か、もっとひどい脅迫の材料に使われて、殺されるか奴隷にされてたかもしれない」
「……場所が場所だから、あのお母さんの身元も気になるし。どうしてあの子だったのか、気にならないの?」
「どこまでも追いかければ悪意の根源にたどり着けるのかもしれないのに」
「この街が荒れ果ててるのはそういう無為無策の所為。残念って思うなら、わかってるなら絶対に突き止めて」
「私だったらそんなこと絶対に言えないよ。恥ずかしくて死にたくなるから!」
「おじさまはティルヒアの人なのに、そんな簡単に諦めないで。やる気がないなら私が―――」
身柄を奪って、自分で尋問にかける。その方が早そうな気もするけれど、当局の人に言えた台詞じゃない。
そこまで言って、おじさまに食ってかかってしまったことに気づく。言い澱んで、顔が熱くなっていく。
グスタフ > 目を細めるグスタフ。
若く、そして熱い気持ちに当てられたか。
「お若いの。君の言うとおりだ」
グスタフは彼女の言葉に優しく諭すように言う。
そうだ、正しい国ならば、こんな事が許されるはずがない。
追いかければ悪意の黒幕を突き止められるだろう。
だが――
「ワシもな、恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいじゃよ。
だがな、その悪意の根源にはな――もう、言葉は通じないのじゃよ」
言って、見上げる。
千年女王の都、その壮麗な王宮を。
この街に悪意をばら撒く元凶の居る場所を。
「その悪意はな、誰でもいいんじゃよ。
あいつはな、全てが憎い、何もかもが憎い。そして、その憎しみをぶつける矛先を探し苦しんでいる。
――あの子だったのはな、たまたまじゃよ。そう、たまたまなんじゃ」
搾り出すような声で老将は言う。
この国は、狂っているのだ、と
キスカ > 「私は……」
視線の先には、古くて新しい永劫の王宮が聳える。
おじさまはつまり、狂心の女王のことを言っているのだろうか。
異質な諦観に突き当たって、慄然としながら首を振る。
「その人のことを知らないけれど、偶然だとは思わない」
「ひとりの悲劇が、別の悲劇を生んでしまうのを止めたいだけ」
「ていうか実際ひどいんだってば!! 毎日毎日ものすごい数の人がこの島を出ていくのに」
「―――この戦いを喰いものにする人がいるのに」
「見なかったフリなんてできない。何もしないなんて耐えられない」
「狂ってる? 狂ってるのはおじさまの方。そんなんじゃ死んでいく人たちも浮かばれないよ」
「目を反らないで。流されないで。諦めないで。ティルヒアの人がちゃんとしてないでどうするのさ!」
ものすごく怒られそうな気がするけど、これは良くない気がするから。
私が青すぎるのだと、酷なことだと分っていても。分厚い鎧の胸に拳、打ちつけて。
グスタフ > 「――そうじゃなぁ」
狂っている。
そう、女王は狂っている。
そして自分も狂っている。その通りなのだ。
少女の言う事は正しい。若いとか、青いとか、そんな事以前に、彼女の言う事は絶対的に正しいのだ。
「もしワシが30年、いや、20年若ければ、あいつをブン殴ってでも止めて、二人で逃げ出していたじゃろう」
だが、もう老人にはそんな力も残っていない。
彼は、老いた。肉体だけでなく、心も老いてしまったのだ。
「だがな、ワシにはもう力が無い。
この国を変えられるのは、諦めずに何とか出来るのは、若い人間だが――もう、誰も居なくなってしまった」
そう、もう女王の周りには誰も居ない。
彼女は孤独だった。誰よりも孤独だった。
「ワシに出来るのはな――
せめて最期まで、この老いぼれくらいは、あいつの味方で居てやる事だけなんじゃ」