2015/12/19 のログ
ご案内:「ティルヒア城内」に魔王アスタルテさんが現れました。<補足:外見10歳、身長130cm。黒いワンピースを着て、悪魔の翼を生やす魔王。>
魔王アスタルテ > (城内の廊下にて、目を瞑って壁に凭れかかっていたアスタルテは異変を感じ、
 すぐに城のバルコニーへと向かう。
 それからしばらくしてヤス湖が輝きだす。
 そして水しぶきを上げて、“神”が再び姿を現し、そして天を舞う)
「神龍ティルヒア……」
(その“神”が現れた瞬間、
 もはや風前の灯にすらなっているティルヒア軍兵士の歓声が聞こえる。

 その後、城が不気味に輝く。
 この不気味な輝きは、邪悪なる“魔王”にしてみれば心地良い。
 そして、禍々しき漆黒の存在が現れる)
「ついにお出ましだね、ヤルダバオートの化身」
(その“邪悪”を見上げていれば、アスタルテの瞳も邪悪に煌めく。
 今の魔王は、どこか不敵に笑みを浮かべているようにも見える)


「懐かしいよ、この感覚。
 神代を思い起こさせる絵図だね。
 あはっ♪ あはは♪
 あたしも蘇ってきそうだよ……どこまでも邪悪で、どこまでも悪辣などうしようもない“あの頃”の自分がね……♪」
(神代の戦いを再現させるような光景に、アスタルテは懐かしき記憶を思いだし、うずうずしていた。
 “あの頃”、神話時代のアスタルテは、今よりもさらに残虐だった……そう思う。
 上空での戦いの衝撃が強いが、アスタルテはそれを気にした様子もない。

 地上の方ではどうやら、死亡したティルヒアの兵が蘇ったり、
 化物達が現れたりして、都を地獄絵図に変えているようだ)

魔王アスタルテ > (上空の戦いを不敵な笑みで見上げる。
 白き龍は怒りに満ちており、暴れるようにして黒き龍に攻撃している。
 ただ黒き龍の力が絶大で、白き龍を嘲笑っているかのようだった。

 やはり、先に配下達に撤収を命じて正解だった。
 魔王軍の者以外にも、出来る限りティルヒア都内にいる同胞たる魔族を安全圏に逃するアスタルテの判断も正しかった。
 今や、都は邪悪に蘇ったティルヒア兵や化物達が暴れているのだから。
 多くの人外が嫌な程感じていた予感をしていたようだが、やはりその通りになったと言えるだろう)

(このバルコニーにも、化物の軍勢が押し寄せていた。
 その数は……数えるのも面倒とも言える程に多い。
 奥にいるのも合わせると、ざっと千はくだらないかな。
 アスタルテは、そんな化物の軍勢に目を向ける事もなく、上空の二匹の龍を見上げている)

魔王アスタルテ > (千を超える化物の軍勢なんぞに、アスタルテは興味を示さない。
 だが化物の方は別であり、アスタルテに襲いかかろうとしていた。
 その鋭い牙で、研ぎ澄まされた刃の剣で、自慢の魔術で、
 化物の軍勢は、アスタルテに攻撃をしかけていく。

 だがアスタルテは、それらの攻撃を一切避けようとはしなかった。
 避ける必要、防ぐ必要すら感じられない程にぬるい攻撃ばかりだったからだ。
 並の魔族からすれば、その一撃でも致命傷になり得るだろうが、禍々しき“純粋なる魔王”であるアスタルテにして見れば無意味な攻撃に他ならない。
 アスタルテは化物の攻撃を全て受けて、尚且つ無傷。
 逆に、化物の爪や剣は痛んでいた)

(アスタルテは静かに、化物の軍勢へと振り向く)
「君達……見逃してあげるから早く去りなよ。
 そうしないと、全員……潰しちゃうよ?」
(その魔王の紅の瞳が邪悪に煌めくと、化物達は怯えだして、僅かに後ずさる。
 だがすぐにアスタルテは、上空に視線を戻した。
 現在よりも遥かに残虐だった神話時代の自分を思いだしているところなのだ。
 それは魔族の邪悪さを体現したかのような、アスタルテだ。
 ちょっとした事でも、この辺りを血の海にしてしまう恐れすらあるだろうか)

魔王アスタルテ > (上空で起こるは、まさしく“頂上対決”と言うに相応しいだろうか。
 地上は、化物が暴れていたり、蘇ったティルヒア兵が無差別攻撃してたりで、阿鼻叫喚としている。
 その様子も、アスタルテは瞳に暗黒魔力を込めて千里を見渡す事で把握している。

 そして背後の化物。
 どうやら、アスタルテへの攻撃をやめる様子はないようだ。
 それどころか、今度は規模をあげて大規模な魔術を行使しているというあり様。
 巨大な火球が、凍える無数の氷柱が、轟く雷撃がアスタルテに襲いかかろうとしていた。
 まあ、ここで化物達を実際に見逃していたら、今度は戦争で疲れ切っている地上の人達にその脅威が及ぶ事になるのかな)

(アスタルテは再び、化物の軍勢へと振り向く。
 そして指先を軍勢の方へと向ける。
 すると、上空の“頂上決戦”につられるようにして地面が揺れ、アスタルテの指先に邪悪な魔力が込められていく)
「だから、早く去りなって言ったんだよ」

(アスタルテの指先から放出される、あまりに強大な邪悪なるエネルギー。
 それが極太の黒きレーザー状となり、巨大な火球を、無数の氷柱を、轟く雷撃を飲み込む。
 そして、千を超える化物を一瞬にして消滅させ、邪悪なる柱がティルヒア城を貫いた。
 アスタルテから放たれたレーザーは城にあまりに大きな穴を空け、そのまま“千年の女王の都”の上空を通り、遥か遠くの山脈にぶち当たる。
 そこで漆黒のレーザーは大きな爆発を起こし、その山脈を一瞬にして消し去り、地面をも抉りそこに巨大なクレーターができる)
「あはっ♪ あはは♪
 加減はちゃんとしたんだけど、“あの頃”を思い返していたところだったからね。
 少し、加減を間違えちゃったようだよ♪」

(そして再び、“頂上決戦”の方へと視線を戻した)

ご案内:「ティルヒア城内」から魔王アスタルテさんが去りました。<補足:外見10歳、身長130cm。黒いワンピースを着て、悪魔の翼を生やす魔王。>
ご案内:「◇“千年の女王の都”ティルヒア」に魔王アスタルテさんが現れました。<補足:外見10歳、身長130cm。黒いワンピースを着て、悪魔の翼を生やす魔王。>
ご案内:「◇“千年の女王の都”ティルヒア」から魔王アスタルテさんが去りました。<補足:外見10歳、身長130cm。黒いワンピースを着て、悪魔の翼を生やす魔王。>
ご案内:「◇“千年の女王の都”ティルヒアorティルヒア城」に魔王アスタルテさんが現れました。<補足:外見10歳、身長130cm。黒いワンピースを着て、悪魔の翼を生やす魔王。>
ご案内:「◇“千年の女王の都”ティルヒアorティルヒア城」に魔王ハスターさんが現れました。<補足:イカしてない服装の貴族風ながたいの良いおっさん。>
魔王アスタルテ > (上空では、白き龍と黒き龍の激しい戦いが繰り広げられている。
 ティルヒア城のバルコニーにて、アスタルテはそんな戦いをじっと見上げていた。
 アスタルテがこのバルコニーから放った闇のレーザーの後が生々しく残っている。
 魔王アスタルテの背後、このティルヒア城には大きな穴が空けられているのだ。
 その穴の向こう側には、元々山脈があったのだが、今は巨大なクレーターに変わっている。
 神龍ティルヒアが城にぶつかった衝撃で頂上の方も粉砕されているので、このティルヒア城は結構悲惨なあり様である。

 神話時代からよく知るヤルダバオートとティルヒア。
 アスタルテは両者の戦いを見守っている。
 その決戦は、まさしく神話の戦い。
 邪悪なるヤルダバオートの化身は、アイオーンのしもべたる諸神の一柱ティルヒアを穢して狂わせた)
「本当に哀れなものだね、ティルヒア。
 かつてあったその輝きも、今では随分と濁ってみえるよ」
(今は、ヤルダバオートの化身がやや押しているかな)
「だけどヤルダバオート。
 君の禍々しさは、相変わらずだね。
 ティルヒアの神聖な輝きも、その邪悪な煌めきで飲み込んでしまいそうだよ。
 あはっ♪ あはは♪」
(ヤルダバオートを見るアスタルテの瞳は、やはり邪悪に煌めいていた。

 都では、蘇りしティルヒア兵や化物達が暴れ出しており、
 地獄絵図と化している。
 残った民は容赦なく殺され、戦争で疲れ切っている兵士も優位に戦えている者はあまり多くはないだろうか)

魔王ハスター > 頂上で行われる白と黒の衝突。
連中の衝突は、恐らくこれがあの嫌な雰囲気だったのだろうと思わせる、
禍々しい気配を纏う黒い龍。おっさんの目は、そっちにいった。
地獄を体現化した様な腐臭と血生臭さの漂うこの世界、

「…ふぅん…。まるで、ねえ…。」

あれらは、ゾンビだろうか。動いているものと言えば、その目が赤く光る人間だったモノと、
黒と白の龍、それから、化け物。申し訳程度に疲弊しきった兵士も見かける。
勿論おっさんはそれら化け物には恐れる事もなく、ただ、戦って言う物はいつもこうだと。
取り分け神様がやりあったらいつもこうだと。その惨状から嘗ての幾星霜を思い起こす。
まるで地獄。だが、その光景は過去に見てきた。既にそれは、この世界には関係もない記憶だが。

ともあれ、何だかんだ城は見ていなかったと、そう思って、この場所に来た。
おっさんは魔法使いタイプであり、不死身である。基本的にゴーストみたいなヤツなので、
如何に進路を阻まれようと、まっすぐ城に、そのオンボロ城に進む。
何があったか頂上と一部がズタボロで大きく欠損していたり、また或いは大穴を開けられていたり。
その先にある山も凹んでいたり。
ほんのわずかに残るだろう魔力の残滓から、濃くも純粋な魔王の魔力の断片が―――
それも、盟友であるアスタルテがやったのであろうと、おっさんは非常に高度な解析術を、しれっとやってのけた。

「…おお。」

バルコニーから外を見上げる、盟友である幼き少女の姿を捉える。
率直な第一印象として、いつもよりも、何だか生き生きとしている。そんな風に思った。
理由は、…やはりこれら神龍の衝突だろうか。
いつもながらの第一声、ひゃっはー…ではなく、やぁ、にて彼女に手を振る。
この神話の大戦のような状況でも、不思議とクリアーで阻まれず彼女の耳に届くのは、音魔法をマスターしているからである。
ぶっちゃけテレパシー系の魔法も使い勝手が良いのかもしれないが、おっさんは音魔法の方が好みである。
折角観戦しているのだからハイテンション大声で邪魔するのは頂けない。最低限聞こえる且つ短い音声を彼女に送った。
しかし、ひゃっはーと言えそうなら言っていただろう。この疲弊しきった獄中でも、おっさんは無駄な元気を失わなかった。
暫く、入り口の前にて足を止める。崩れて大穴の空いた聳え立つ巨城を眺め回す。おっさんは視力も良い。

魔王アスタルテ > (ビームを放った後には、まだ禍々しき邪悪な魔力の残滓がわずかながら残っている。
 魔王ハスターの解析術を用いれば、解析できる事だろう)

(ティルヒア城に何者かが現れる。
 その存在は、アスタルテの盟友であり大切なおじいさん、魔王ハスターだ。
 音声の魔法により、アスタルテの耳に短く『やぁ』と声がとどく。
 今、ハスターおじいさんは、城の前にいた。

 アスタルテはハスターの音声魔法に対して、テレパシーの魔術で返す。
 音声魔法も使えなくはないのだが、効率面で相手の脳内に直接語りかける方が上なのだと判断しているのだ。
 情報伝達で扱う魔術の違いが、ある意味二柱の魔王の個性を表しているだろうか)

(アスタルテの方も、第一声はいつもの無邪気な『やっほぉ~♪』ではなかった。
 それどころか、今のアスタルテは外見通りの幼さも感じさせていない。
 『やぁ』に対して、アスタルテは一度頷く仕草を見せる)
『ハスターおじいさんだね。
 かつて美しかった“千年の女王の都”ティルヒアも、今や死者が蠢きし混沌の地獄へと変貌したのだから、ある意味“冥王”である君がいるに相応しいと言えるのかな?』

魔王ハスター > 音魔法とは、言ってしまえばオーソドックスである。
アスタルテが思うように、直接脳へと語りかけてしまった方が早い。
だが、音魔法は何より意外と使っていて楽しいのである。恐らく、これも互いの個性でもあろう。

「…ああ、おじいさんだよ。」

何となくではあるが、少し彼女も考えるところがあったのだろうか。
それは、時折見せる彼女の魔王たるカリスマ性の片鱗の様なものだった。
普段無邪気で幼さのある振る舞いを見せている彼女ではあるが、それが嘘だと言うわけでもあるまい。
だが、今の幼さのない振る舞いをする姿もまた真実であろうか。

「そうだね…。冥王としちゃ、一種のお祭り騒ぎと評したいものだ。」

冥王。死者、蘇生者をアンデッドやレヴナントに変えて使役する冥界の王の事。
今のティルヒアの惨状は、正しく冥王が降って沸いてきたのかと錯覚する様な場所でもあった。
血生臭い中で、尚も蠢く死者と混沌。その混沌が渦を巻く大地。
或いはこのおっさんがここにいるのは相応しいのかもしれない。
そしておっさんは彼女の言葉に小さく静かに頷く。それだけにとどめた。

「何、つもりたい話はあるんだがね。…しかし、"神殺しの魔王"であるキミもまた、ここにいるのは相応しいんじゃないかな。」

二つの色の龍は、正邪はさておき、どちらも神性を伴う強大な龍だった。
御茶会以来、彼女と話したい日常の些事は色々あったのだが、それはまた後回しにすべきだろうかと思索する。
白黒の龍を一瞥すれば、バルコニーの彼女に向き直って見上げ言葉を返した。
これはある意味、必然的な邂逅だったのかもしれない…なんて、暗喩する。
目を上に向ければ、神龍たちの衝突の余波はいやがおうでも目に入る。

魔王アスタルテ > (無邪気で無垢な子供っぽいアスタルテも、それはアスタルテ自身である。
 されぞ、今の魔王たるカリスマ性を見せるアスタルテもまた、まごうことなき彼女の一面なのである。
 同じ時代を共に生きた者同士が神話の如き戦いを繰り広げる。上空の“頂上決戦”を見て、アスタルテが思う事はいくらでもある)

(ハスターの音声魔法に対して、アスタルテは再びテレパシーで返す)
『迷える死者達の宴だね。
 生と死を自在に操る“冥王”ハスターおじいさんならば、
 あの死者達が何か、分かったりするの?』
(今もなお、死者達は都にて大暴れしている状況だ。
 疲労しきった兵士団では、苦戦を強いられるのは必須。
 “冥王”が今この地にいる。
 そのイメージがまさしくぴったしだと言える)

『あははー♪ そうだね♪
 “神殺しの魔王”かぁ、そう呼ばれるのも久々だね。
 “神殺し”と呼ばれているあたしも、上空の戦いを眺めて、今かつての自分を思い出してうずいているところなんだよね』
(現在の王国では忘れ去られし神話。
 かつてアスタルテは、神話の時代でアイオーンが生み出した強大な“神”を殺した。
 丁度今上空で勃発しているような、神話の戦いを繰り広げていた。
 それ故にアスタルテは、《神殺し》と恐れられるようになった。
 必然的な邂逅……そうなのかもしれない。

 そんな時、神龍達の衝撃の余波がバルコニーを襲った。
 元々、アスタルテが放った巨大なビームによりバルコニーは大変痛んでいたのだ。
 今までもっていた事が奇跡だと言ってもいい。
 だが神龍達が激突する余波で、ついにバルコニーに大きな罅が入り、アスタルテを乗せたまま地上に落下する。
 しかしその瓦礫の中に、アスタルテの姿はなかった)

(次の瞬間、ハスターの傍らに邪悪な闇が収束していく。
 その闇が、アスタルテの姿へと変わっていき、彼女は翼を広げた。
 そしてその紅の瞳をぱちんと空ける。

 そんな時、ティルヒア城から現れる化物の軍勢の姿があった。
 化物は、ハスターとアスタルテを取り囲もうとしていた)
「この化物達も、結構見境なく襲ってくるよね」
(アスタルテは、化物達を一瞥した後、上空に視線を戻す)
 

魔王ハスター > 「そうだね、あれが何か…正直、おじさんには現段階ではまだよく分からない。
だが、一つ…これは推測だが。まるで"何か"に操られている、狂わされている。そんな気がする。
それも、おじさんの使う単に生き返らせるって言う生易しいヤツじゃない。
そうだね…死体を操り人形にされてる、この表現が正しいかもしれないね。」

それを、生きていると言っていいのかどうか。そして、死んでいるのかさえも分からない。眼は開いているが、赤く。
動いている様で、操り人形を思わせて。王国もティルヒアも…あろうことか、人も魔も見境なく殺すソレは、
正しく混沌を望む者が操り、狂わせたかのように見えた。率直に自身の考えを彼女に告げる。

「…ほう、成程。そうだったか。…いや、前にも言った様に、だが。無茶はしないで欲しいな。」

彼女が"神殺し"で、強大な魔王である事は知っている。
しかし、ティルヒアの一件で彼女が白い龍の一撃を防ぎながら、彼女も苦を強いられたことも。
その白い龍が、今ここにいるのだ。彼女がおっさんを大切に思ってくれているように、
おっさんも彼女を大切に思っている。御節介だとは分かってはいるが、それでも彼女の身を案じる言葉を、
いつものニヤけのない無表情な顔で言った。きっと余計なお世話だろうし、言われなくても分かっているだろうが、

「…かつてのアスタちゃん…か。」

その神話の欠片は、どれくらい昔に遡るか。この世界の人の闇で、魔族の光であり続けた彼女。
ふと、彼女の逸話に付いて振り返ろうと思った時、衝撃の轟音が鳴った。

「…む。」

更に崩れ去る城の一部。バルコニーが崩壊する。彼女ならこの衝撃をモロに受けたとして、大したことはないだろう。
また、彼女ならきっと、落下したりする前に何らかの策を取る筈だ。
可愛いワンピースが汚れたりしたら、という方に心配が行く。勿論彼女の事を心配していないわけではないのだが、
これで心配したら心配し過ぎと言われてしまうだろうし。
…だが、彼女は何処へ消えてしまったのか。あたりを見まわしたら、彼女らしい闇色が収束し始めていた。
軈て彼女は自身の傍らへ。魔族であるアイデンティティである翼が展開されていた。
そして、化け物の軍勢が城からわき出し、二人を取り囲まんとする。
その数は…きっと多く、種類も多数だろう。正に混沌。

「そうだね。脳味噌の中まで混沌としてるのかね。どうして同士討ちしないのか疑問にすら思うよ。
…ま、どうってことはないよね?」

彼等は一体何のために殺戮するのか。彼女の言った通り、その化け物には見境がまるでない。
誰でも殺戮する。その目的は、見えない。…否、その目的こそ、混沌なのかもしれない。
だがこちらは魔王二人、それもただの魔王ではない、互い名を呼び合った通りの"神殺し"と"冥王"だ。
のほほんと、取り囲まれるなら取り囲まれるままに、彼女と会話をしながら、
上空に舞う白と黒の衝突を眺めながら。白い方は大分と押されているようだ。
黒い方は…まるで、その禍々しさが何かを、あるいは全てを嘲っているかのように錯覚する。気のせいなのかもしれないが。

魔王アスタルテ > 「“冥王”のハスターおじいさんでもはっきり分からないなんて、結構奇妙な現象だね」
(生死の事ならお手の物のはずである“冥王”も、今回死者が暴れ出している騒動について、少なくとも現段階ではまだよく分かっていない。
 それは、事態が深刻な事を表している)
「“何か”に操られているのなら、その操っている正体は上空の黒き龍なんだろうけどね。
 ハスターおじいさんが扱う生命魔術とは、やはり根本的な部分で違うんだね。
 死体を操り人形にされている……と聞くと、死霊魔術の一種のようにも見えるけど、あれとは少し違うところがあるのかな」
(生命魔術とはまさしく、冥王ハスターの神髄とすら言ってもいいぐらいのものだ。
 そんなハスターの推測には、頷ける要素ばかりである)

「大丈夫だよ、ハスターおじいさん。
 もうこの都にあたしの配下達はいない。
 出来る限り、同胞たる魔族も安全圏に避難させた。
 この都であたしに出来る事は、ほとんど終わらせたからね。
 きっと、無茶はしなくて済む……と思うよ」
(今日初めて、ハスターに無垢な笑顔をみせる。
 大好きなハスターおじいさんに大切にされるのが、身を案じてくれるのが、たまんなく嬉しい。
 出来る限り、自分が無茶をしなくても済む状況にはもっていった。
 だけど、強大なる神性が上空で戦いを繰り広げている以上、どうなるかなんて分からない)
「それにあたしは覚悟を決めて、この“千年の女王の都”に残ってるたんだよ。
 神代以来の光と闇が訪れる、そんな予感をはっきりと感じながら尚、上空で戦う二匹の龍の行く末を見届けるためにね」
(この地は、アイオーンの力により魔族の力が弱められている。
 そう言った意味でも、魔族がこの地に残るのは危険であった。
 特にアスタルテは一際邪悪な“純粋なる魔王”であるが故に、他の魔族よりもアイオーンの神聖な力の効力をもろに受けてしまうのだ。

 バルコニーが落下しても、ハスターが心配していたワンピースを汚すような事はなかった。
 そしてアスタルテがハスターの元に姿を現してしばらく、化物が二柱の魔王を取り囲む。
 種類も様々、数も周囲を埋め尽くすほどに多い。
 数えるのもばかばかしくなってくるだろうか)

「あはっ♪ あははー♪
 脳味噌まで混沌というのは、結構当っているのかもしれないね。
 だけど、同士討ちするようには多分出来ていないんだろうね」
(そして、『どうってことはないよね?』というハスターの質問に頷きながら答える)
「無論」

(化物が幾ら集ろうが、二柱の魔王をどうにかできるものでもない。
 なにせそこらの魔王と違う“冥王”と“神殺し”。
 
 化物の軍勢のうちざっと百体程度がまず動き出す。
 その百体は炎や氷、風、岩石、雷など様々な魔術を使い、一斉にハスターへとそれを放つ。
 一撃一撃は並の魔族でも致命傷に追い込むぐらいはあるだろう。
 それが一斉に百発、ハスターに向けて放たれていく)

「今は、禍々しき黒き龍が優勢だね。
 白き龍は、やっぱり押されちゃってるかな」
(化物が攻撃を仕掛けている最中、アスタルテは冷静に上空の戦いについて語る。
 ハスターなら、あの程度の攻撃なんてどうって事ないと確信しているので心配すらしていない)

魔王ハスター > 「ああ…これは、何とも説明が付かない。」

サンプルを拾ったり、先の解析術で何とかしたり出来そうなものだが、そうもいかない。
恐らく、事態はきっと深刻なんだろう。ティルヒアの国を覆うイヤな雰囲気の正体の一つだったのかもしれない。

「…そうだな。あれが恐らく…操っているんだろう。
ああ、その事だが、やっていることは似通っているんだが、根本が違うんだ。多分魔術ですらないか、
魔術であったとしても、それこそ誰も理解できないし真似も出来ない術だろうさ。
心当たりがあるとすれば…ティルヒアの不可思議な術を使うという点だね。もしかしたら、あの黒い方にも、
その不可思議な…魔法理論では理解できないそんな術を使うことが出来るのかもしれない。
兎に角…あまり良い状況ではない。」

これらは、全て冥王の推測だった。そもそも、おっさんが使う死霊魔術や、生命魔術も他からすれば理解し難い魔法である。
例え、黒の龍が死霊魔術を使っていても、それがまず死霊魔術であると理解することさえ難しい。例え冥王であっても。
やり方だって多岐に渡るし、彼女の言う様に、死体を操り人形にしているなら死霊魔術に似ているかもしれない。
ゆらゆら動き、赤く目を光らせるのは正しく死霊魔術で蘇ったゾンビや幽鬼だ。だが、おっさんはこうだと断じる事はしなかった。
この事態は深刻で、異常だった。きっともっと何か、魔術の一言で片付く以上に大きな何かがありそうだと思っていた。
そして、おっさんはこの事象を悪い事だととらえた。何故なら同胞である魔族にも被害を出しているから。

「…そうか。見事な手腕だ。ああ、是非、またその元気な顔で、おじさんとお話してくれ。約束…というと少しクサいかね?」

やはり、彼女は王としての為政も向いているらしい。魔王軍は既に離島済み、彼女に出来る事は前もって済ませている。
彼女は聡明な魔王だ。故に、好き好んで無茶をする様な人柄でもない事も知っている。
しかし、彼女は同胞を守るためなら、恐らく嫌でも無茶をするだろう人柄である事も知っている。
そんな彼女が無茶をしなくて済むと言うなら、その通りなんだろう。
同じく、何となく老いぼれたような笑みを返しながら、自身の言葉にはは、と笑った。

「覚悟、か。そうか…余計なお世話だったかもしれないな。…通りで、随分と楽しそうにしていたんだ。
心なしか、いつもよりアスタちゃんが輝いて、それでいて闇の魔力が満ちているように見える。
おじいさんで良かったら、同席させてくれんかね。」

気のせいかもしれないが、無尽蔵の魔力を持つ強大な魔王である彼女は、邪悪さを秘めた赤い瞳が輝く様に、
真っ黒な闇の魔力が溢れ蠢いているように感じ取れた。
彼女の服が汚れていなかった様で何より。無事は恐らく確認するまでもない。

「…便利な脳味噌だねえ。巨大な混沌は全てを巻き込むけど、自分自身だけは絶対に巻き込まないってね。」

皮肉気に群れを成す化け物に向けて笑う。
そこにいるのは、魔物でも人でも、まして神でもない、正真正銘の化け物であり、混沌だ。

「大いに結構。じゃ、背中は任せる。」

分かりきっていた彼女の答え。敵の数が千だろうが万だろうが、例えそれを越えようが関係ない。
丁度二人、近くに寄ったんだ。"神殺し"たる彼女に背中を任せる。これ以上に安心できる場所などあるまい。

「鎧袖一触。地獄に吹く赤い風、ちょっとだけ特別に見せてやろうかね?」

風の渦、局地的な台風の様な竜巻が巻き起こる。赤黒く、触れた全てを焼き尽くすと錯覚させるような邪悪な風。
魔王らしく、冥王らしく。そんな色合いの切り裂き渦巻く豪風。精霊でも鳴いているかのような鋭い風の音。
おっさんが向いている方向にだけ、後ろの彼女を巻き込まない様に。
巻き込んだとして彼女であればどうと言う事は無いだろうが、背中を預けた者としての、気遣いだ。
一斉攻撃を炎は風で巻き込み自身の力として、氷は飲み込み気化させ、雷は寧ろ風に従え、岩石を吹き返し、風の力を逆に吸収して。
多段に渡る百の魔術を、たった一の魔術にて切り返す。
その辺に大渦を巻き巨塔となった竜巻を、化け物の付近で待機させる。これ以上寄って来たら切り裂いて焼き殺すと言いたげに。
その大きな一撃の威力さえ、風の神性を持つ冥王には袖で触れてあしらう程度にしかならなかった。
だが、やはり化け物は混沌を望むらしく。引き下がらず、寧ろ隙あらば二人に詰め寄ろうとして来るだろうか。
数は多い。百体程度動いたのが見えたが、それらが満遍なく二人を取り囲んでいるとすると、ざっと数千を越えるかもしれない。

「そうだね。どっちに勝ってもらってもあまり嬉しくない戦いじゃないかな。」

白い龍も、黒い龍も、今の時点で見境なく全てを破壊する印象しかない。
ティルヒアがどうのうという神話は俄には聞いているが、そのティルヒアである最近白い龍がやった事と言えば、
顕れて鳴いて、人も魔族も平等に被害を出したことくらい。黒い龍も同じである。
神話の大戦であるとはいえ、この二匹の戦いを悠長に観戦してなどいられまい。

「あの勝負の決着が付いたら、アスタちゃんはどうするんだい?」

ふと、この先の事が気になった。ただどっちが勝った、と言うだけの話でもないだろう。
彼女は王として、何らかの為政をする筈だ。彼女は王としても有能で、この様な異常事態が収束したらどうするか、
非常に気になるし、また、自身の冥界の為政にも参考にしたいとさえ思っている。

魔王アスタルテ > 「そっかぁ」
(“冥王”とて説明が付かない死者が動き出す現象。
 ヤルダバオートの化身もまた、妙な術を扱うものだね)

「魔術ではない……かぁ。
 まあ、この世で起きる超常現象が全て魔術で説明できるわけでもないからね。
 魔術以外の能力なんて、他にいくらでもあるものだよ。
 不可思議な術……ね。
 確かに、“あいつ”ならそんな不可思議な術を使ってもおかしくはないかな。
 “混沌”がこの都を支配しているんだもんね」
(アスタルテの言う“あいつ”とは、やはりヤルダバオートを指す。
 確かに死霊魔術だって、やり方は多様にある。
 ハスターが扱う死霊魔術だって、アスタルテからすれば理解するのは難しい。
 それ程に、魔術は多種様々。
 同胞たる魔族にも被害が出ている。
 様々な理由により、魔王軍からの救出を拒否した魔族も大勢いるのだ。
 アスタルテは、彼等の意思を尊重し、無理に避難させる事をしなかった)

「ありがとう、ハスターおじいさん。
 そうだねー、あたしは元気なのが取り得だから、いつでも元気でいなくちゃだね。
 ううん、クサくないよ。今のハスターおじいさん、とってもイカしてる」
(アスタルテは無邪気に微笑むと、小指をハスターに差し出した)
「それじゃあ約束だね、ハスターおじいさん」
(魔王軍四天王や多くの高位魔族が、アスタルテと共にこの都に残ると言いだしたのだが、
 何もアスタルテに付き合って危険な目に遭う必要はない。
 確かに、彼等は精鋭揃いだ。特に四天王なんかはこんな状況でも自分の身は自分で守れるだけの力はあるだろう。
 だがアスタルテは、万が一を危惧し、彼等に撤退を命じた。
 そしてアスタルテは、そんな彼等の忠義に報いる必要がある。
 つまり、この混沌とした戦争が終わっても、無事に魔王軍のみんなの元に帰還するのが“王”としての務めだ。
 さもなくば、主君を泣く泣く置いていった家臣達がどんな思いをするか。アスタルテは、そんな家臣達の想いを裏切れない)

「さすがハスターおじいさん、やっぱり分かるんだね♪
 だって、上空の神話の如き戦いを見て、あたしも昔を思い出しているところなんだからね。
 あはっ♪ あははー♪
 そうだよ、あたしの中から暗黒の魔力が満ち溢れてきそうなんだよ。
 是非ハスターおじいさんと、この混沌とした戦争の終焉を眺めたいとあたしも思っていたところだよ」
(ハスターの思っていた事は決して気のせいではない。
 禍々しい真っ黒な闇の魔力が今、アスタルテの体内で溢れ蠢いている。
 実際にその暗黒魔力をちょっとでも放出すれば、さらなる大惨事になりかねない)

「自分まで巻き込んじゃったら、ほんとにカオスで埋め尽くされちゃうね。
 都にいる“生物”を殺し尽くした後は、化物達による共食いを始めちゃうかもしれないよ?」
(皮肉を込めて笑うハスターに対し、アスタルテもまた冗談交じりに言う)

「任されたよー、ハスターおじいさん」
(アスタルテはにこりと笑みを浮かべて、ハスターに応じる。
 大切で、信頼出来て、そしてネタになるぐらい強い、そんな“冥王”ハスターおじいさんが背中にいる。
 振り向く必要は微塵もない。

 “冥王”ハスターは、赤黒い風の渦を発生させる。
 それは、全てを焼き尽くすとすら錯覚させる邪悪な風であった。
 邪悪な竜巻は、百もの魔術を全て飲み込んだ)
「さすがは風の神性だね。
 相変わらず、お見事なものだよー」
(その竜巻は、化物付近で止まる。
 さすがの化物と言えど“冥王”より放たれた竜巻からは放れていく。
 わざわざ竜巻に向かって突っ込もうとする化物はいなかった。
 だが、竜巻を避けるようにして、今度はざっと五百の怪物が二人に向かっていく。
 各々、剣を光らせ、爪を尖らし、槍を向け、斧を振り上げている。
 全体の数は、ざっと数千を超えているのは確実だろうか。

 アスタルテの方面も、ハスターと同じように火や氷、風、雷、土など様々な魔術が発動して魔王二人に放たれていく。
 並の魔族ならば一発一発が重かろうが、アスタルテからしてみれば大した攻撃ではない)
「それじゃあ、こっちもやっちゃおうかな」
(アスタルテの右手には、邪悪なる闇が収束していき、
 その闇はやがて禍々しきデザインの大鎌へと変わっていく。
 “魔王の大鎌”……大きな島ですら一刀両断してしまう威力を誇る魔王アスタルテの得物。
 そんな物を本気で振り回したら危なすぎるので、アスタルテは大鎌を軽く振った。
 それは魔術ではなく単なる物理攻撃に過ぎないが、風圧が周囲に伝わる。
 すると、二人の魔王に迫る数百もの炎や氷、雷、風、土が粉々に切り裂かれていく。
 そして、その斬撃は化物を威嚇するかのように、彼等の手前の地面を深く切り裂いていた。
 それにより化物の軍勢はわずかに後ずさった)

「それは言えてるね。
 どちらかが勝利して、そのまま世界中で暴れられられたりしたらたまったものじゃないよ」
(それは一つの可能性と言える。
 ティルヒアは穢されてしまい、やはり暴れ狂うばかり。
 敵も味方も、人も魔族もみんな襲ったティルヒア。
 そんな美しかったティルヒアを穢す禍々しき黒き龍、ヤルダバオートの化身。
 どちらが勝っても、良い方向に進むとは思えない)

(もちろん、この頂上決戦……いやティルヒア動乱自体、どちらが勝った、というだけの話にはおさまらない)
「それはさすがにまだ、ハスターおじいさんにも言えないかな」
(アスタルテも、この結果次第でいくつか検討している為政がある。
 この戦争で負傷し保護した大勢の魔族達は一旦魔王軍領で暮らす事になるだろうか。

 戦争とは直接関係しているわけではないが、メイド長ロトをリーダーとした魔王軍内における重要な機関の設立も現在進行中でもある)

魔王ハスター > 「…ああ、外側から持ち出された術や、神々が使う神術や秘術なんて言うもんは、こちらには全く理解できない。
つまり、この事態を事実以外の推測で予測することは難しいと思う。正しく、"混沌"だね。」

先が全く見通せない"混沌"。世の安寧全てを脅かす化け物。
"あいつ"と呼ばれた存在しない神が、上空で化身となり禍々しく汚らわしい龍として、
全てを嘲笑い、化け物たちと共に焼き払って行く。誰の味方でもない、しいていうなら全ての敵として。

「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。ああ、…そうだ、元気に笑う悪戯っ子で、どうしようもなく強大で邪悪な、王道を行く魔王として、ね。
…アッハッハッハ…嬉しいね、じいさん冥利に尽きる。」

彼女の細い指と比べて、幾分かゴツイ小指を静かに絡めて、揺らす。
―――ゆびきり、げんまん。表情には純粋に嬉々とした、爺さんと言うにしては若い様子が浮かんでいたことだろう。
こうして、老いぼれてしまったけれど、時に若さを思い出すのは、ひとえに彼女の元気な振る舞いのおかげだ。
ついでにおっさんは歌も上手い。

「約束だ。失う事には慣れているが、大事な友を失う時は何時でも辛いからな。」

おっさんは不死不滅だ。いついかなる時だって、常に先立つ者を見送る側だった。
おっさんはそれでも、彼女を家族の様に思っていた。実際に孫と爺がのんびり暮らす様な、あの御茶会の雰囲気が好きだった。
そして、彼女がもし破滅してしまったら、悲しむのはおっさんだけでない事など明白だ。
四天王然り、魔族連中や、万魔殿の者達がその悲報を聞けばどうなるか。

「うん、やっぱりそうなんだ。何だかアスタちゃん、生き生きしてるなあって思ってたからね。
じゃ、是非ともこの混沌とした脳味噌の連中に囲まれた豪勢な舞台で、ゆっくりと、都の終焉を眺めようか。」

ただでさえ大きな魔力だが、やはりといったところか。城に大穴を開けたあの闇の魔力と同質だが、
純度と量が比類にならないくらいに彼女の体内に満ちている。

「なあに、闇の魔力を漏らす相手は、幾等でもいるぜ?」

幾千の化け物たち。それぞれ姿形も違えば、使ってくる魔法も違う。正に混沌の使い。
それらに掌を向ける。お誂え向きに"神殺し"と"冥王"に数で勝てると囲んだのが運の尽きだ。

「アッハッハッハ…そりゃ愉快だ。最後に化け物が一体化して自分の口で自分の尻でも食うんじゃないかね?」

共食いに被せて愉快気に大笑い。

始まった、化け物との多数戦。
互い背中を預け合って、絡めた小指を離した後、二人は御互い振り向くこともなく、息を合わせて向きを変えながら、
周りを取り囲む数千…下手したら万さえ越えよう幾多の化け物に応戦を始めていくだろう。

「くっく、バレちまったか。そうさ、今のは風の神性。面白いでしょ?
これもまた、さっき言った不可思議な術の一つなんだよね。魔法と併せて使ってるから、魔法っぽいけど。」

次々に魔法を振り払う赤黒い竜巻は、風の神性である冥王の作った魔法であり、その神性が為した、神術めいたものだった。
炎と闇の複合魔法に、風の神性を混ぜたものであり、超小規模ではあるが、災害クラスの術である。
だが、化け物は諦めず次々と向かってくる。次は物理攻撃。見る限り様々で一様でない武器を掲げる連中は、
やはり混沌の使いだろう。ティルヒアの居城から沸いてきたばかりで数も多い。
御丁寧にこちらもそれぞれ持っている武器が違う。その上で、数が5倍。
普通ならここでミンチか挽肉にされるだろうが、

「おっと、そいつはいけないなぁ?…実にいけない。こっちは通行止めだ。あっちもきっと通行止めだがね。」

おっさんは勿論後退はしなかった。寧ろ、半歩前に踏み出した。身を捻る、中途半端でない、どす黒い魔力が満ちる。
その体を真っ黒な実体のない禍々しい空気へと変貌させて、自身の肉体を風に変えた。これも、風の神性の一つだ。
闇色の風が大渦を巻く。彼等の行く手を阻むように柔軟に形を変えながら、生きているかのような黒い風が巻き起こる。
こちらの方面へと物理攻撃を仕掛ける500の化け物を、実体を失って空気になった黒い竜巻こと冥王が、
突っ込んできた攻撃を巻き込み、攻撃してきた化け物ごと巻き上げて切り裂き、蝕み、吹き飛ばす。
その数がいくら増えようとも、狼狽える必要はない。勝手に巻き込まれて吹っ飛んでいくのだから。
物理的な剣や槍、その他近接攻撃は、非常に風等の捉えられないものと相性が悪い。
ゴーストなんかの霊体だったらまだしも、おっさんは今、禍々しい闇色の気体である。幽霊殺しの剣も通じない厄介な存在、
しかもその上で不死身である。やっぱりおっさんは、ある意味ネタなくらいの性能だった。
少なくとも、今のおっさんには物理攻撃より魔法攻撃の方が効きそうだと見えるだろう。

「やーるねっ。何か楽しくなってきたね!」

振り返らずとも分かる、彼女が何をしたのか。背後で起こる強大な禍々しい闇色の魔力が集まって行くのと、形を持った何か。
軽く振るだけで魔法が、地面が切り裂かれて、断層を作り、地割れを引き起こすのだ。
化け物達の複数属性一斉射も、彼女の威嚇に驚き一旦停止したのだろう。
流石の攻撃力で、人智を越した膂力でもある。その可愛らしい見た目に反して、軽く振っただけで風圧の衝撃が全ての魔法を薙ぎ払い、
それにとどまらず地面を抉ったのだ。

しかし、相手は混沌を望む化け物達だ。彼女の強大な力でさえ、後ずさるのはわずか数歩。
彼等が何を考えているかは分からないが、人も魔も平等に殺戮したいだろうって事だけは確かで。

「だから、あわよくば共倒れが一番今のところベターかなって。おじさんは思う。
少なくとも、この神話大戦の再現をよく見ることにも価値はあるがね。
何だかおじさんもうずうずしてきちゃうねえ。…どうにも、鳴き声は大きいのがたまに傷だが。」

故に、おっさんは少しだけ懸念を抱き、不安分子であることを認識した。
単なる賭け事ではあったが、人間共の争い、と言うだけの話ではなかった。
人間共の争いだったらはいそうですかおめでとうで終わっていただろうに。

「そっか、…いや、無理に言わんでもいいさ。すまんね、政策に踏み入ってしまって。」

彼女がどういう事を考えているかは分からないが、何かこの先考えがあるのだろうと察した。
まだ言えないなら、言うべき時に言うのだろうし。
今は、ただどちらが勝つか、化け物軍勢をあしらいながらそれを眺めるにとどめていよう。

魔王アスタルテ > 「確かに、ハスターおじいさんの言う通りだね。
 ティルヒアにせよアイオーンにせよ、そしてヤルダバオートにせよ、神々が扱う術は、理解し難いものが多いよ。
 今目の前にいる化物も、結局のところその正体は謎に包まれている。
 どこから現れた存在なのか、“混沌”なる彼等が何者なのかは分からないままだね」
(死者が動き出した事だけではない。
 目の前にいる化物は一体、何者なのだろう。
 アスタルテは、神龍の戦いを見ながら、その事もずっと考えていた)

「そうだよ。そしてハスターおじいさんも、普段はイカしてないけど、決める時は決めてくれるかっこいい絶対不滅の《魔王》だよ。
(さりげなく、普段イカしていない事を口にするじいさんの孫な魔王。
 だが、今のハスターがイカしていると思うのも、紛れもない事実であった。
 そしてハスターとアスタルテが互いに小指を絡め、揺らす。
 ハスターの少しゴツイ小指と、アスタルテの細く小さな小指が絡め合う。
 そしてハスターと同じく、嬉々とした無垢な表情で、ゆびきりげんまん。
 ハスターおじいさんは驚くほど歌がうまいのだが、それはゆびきりでも発揮された)
「あたしはね、約束はちゃんと守るよ。
 生きて帰る約束は、みんなともいっぱいいっぱいした。
 そして今、ハスターおじいさんとも指切りをした」
(みんなとは、魔王軍の連中の事をさす。
 四天王や魔族連中は、アスタルテを信じて、勝手なわがままを聞き入れてくれたのだ。
 お爺ちゃんのように大切で温かい存在、ハスターとも約束を交わした。
 それじゃあ、その誓いを破っちゃうわけにはいかないよね!)
「だけど、あたしに万が一何か起きた時は、ハスターおじいさんみたいに泣いてくれる人がいてくれるのはとても嬉しい事なんだよね」
(それでもやはり、“純粋なる魔王”の使命を果たすために無茶をしなければいけない状況になれば、
 命を捨てる覚悟も改めて決める必要はある。
 二匹の龍が激突する“混沌”とした状況なので、やはり先は見え辛い)

「ハスターおじいさんもまた、こんな状況でもやっぱりあたしと同じように生き生きしているよね。
 そうしちゃおう♪ まあ、時間が過ぎればさらにこの混沌とした化物が集まってくるんだろうけどね」
(溢れ出る暗黒魔力は体内で抑えつつも、アスタルテからは闇のオーラが滲み出ていた。
 その闇のオーラは、あまりの禍々しさに周囲の空間を歪める)

「そうだねー、周囲にいる化物もまた、心地良い程に禍々しい♪」
(バルコニーで吹っ飛ばした千を超える化物達よりも幾分強力なものが揃っているだろうか。
 数を揃えているだけではなく、先程呆気なくやられた分、個体の強さも増しているように思える。
 どちらにしても、“冥王”と“神殺し”に喧嘩を吹っ掛けたのが運の尽きという事実には変わりないが)

「あはっ♪ あははー♪
 その結末は、あまりにカオスだね~♪
 最後は自分を食べて終わりなんて、あはは~♪」
(ハスターの言葉に、アスタルテも愉快に大笑いした。
 どうやらツボだったようだ)

(周囲の化物……万越えもありえる数だ……。
 風景が化物に埋め尽くされている、と言えばその異様さが分かるだろうか)
「そっかぁ、神性と言うのは確かに面白い事とかも出来ちゃう事多いよね。
 あたしには、神性なんて微塵もないからね、色々と不思議に思える事も多いよ」
(“純粋なる魔王”……そこに純度百パーセントの魔族としての邪悪さはあっても、その反面神性は皆無。
 その分、邪悪なる魔王としての強大な力を備えているわけではあるが。
 逆にハスターは、神性を帯びし魔王である。
 《憤怒》のサタンや《暴食》のベルゼブルなど、神性を帯びし魔王というのはいるものだが、
 ハスターはその中でも風の神性を有している。
 さらに、炎と闇の複合魔術も、この風に混ざっていた。

 次なる化物の攻撃は、ざっと500体による突撃。
 うまくハスターが発生させた竜巻を避けて、こちらに攻めてくる。
 おじいさんもまた、どす黒い魔力が満ちていた。
 そして、ハスターおじいさんは自身を風に変える。
 その闇色の風は、文字通り生きているかの如き柔軟に形を変化させながら、
 500もの軍勢を次々に攻撃していく。
 化物達による断末魔が周囲に聞こえてくる。
 風になり物理攻撃が聞き辛くなっている上に、ハスター自身が不死なのだから、
 やはり反則的な性能だと、アスタルテも改めて感心する)
「ハスターおじいさんに容易に突撃しちゃうなんて、失策だねー。
 あははー♪ 相変わらず、ハスターおじいさんは面白い術を使うよね♪」

(さすがに化物達も容易な突撃は控えるべきと学んだか、
 ハスター側の化物達は、二千人がかりで詠唱を始める。
 二千人がかりの大魔術……その規模は想像に難くないだろう。
 風となった者を攻撃するその方法、魔法攻撃。
 風とは空気が動く現象の事であり、
 つまりそれを抑えてしまえばいいと化物達は考えた。何気に、頭が回る化物達である。
 詠唱が終わると、黒い風を閉じ込めるようにして透明な結界が張られようとしていた。
 結界に風が通り抜けるだけの隙間はなく、その壁は二千人の化物による力で強固なものとなっている。
 その結界はだんだん小さくなり、中身を圧縮しようとするだろう)
 
「そっちもね!
 これだけ戦うのはあたしも久しぶりだからねー。
 やっぱり、久しぶりに身体を動かすのは楽しいもんだよ」
(アスタルテは普段、魔族達の指揮をしているため、自らが戦う機会はあまりなかった。
 最も、最近でも神龍ティルヒアを相手にしたかな。

 アスタルテ側も500体……いやハスターへの突撃で反省したのか、1000を超える数で突撃してくる。
 やはり爪や剣、槍、斧など、その武器は様々)
「ハスターおじいさんも風の神性という不可思議な力を見せてくれた事だし、
 あたしも“混じりけが一切ない暗黒”の力を見せちゃおうかな。
 これもまた、不可思議の術の一つになるかもだね」
(曰く、最凶最悪の能力の一つ……。
 アスタルテの瞳がさらに邪悪へと染まる。
 紅から、むしろ闇色に見えるぐらいに禍々しく輝きだす)

「世界の半分を君達にあげるよ。
 闇に満ちた……“悲劇”しかない世界を……ね♪
 魔王というのは時に、勇者や人々に“悲劇(トラゲディ)”を齎すものなんだよ」

(闇が充満すると共に、周囲が憂鬱な気分に包まれていく。

 ──《憂鬱のトラゲディ》!

 化物と言えど、精神はある事だろう。
 突撃してくる千を超える化物達は、アスタルテがつくりだした精神世界へと誘われる。
 そしてそこで、十億年の時を過ごす。
 その悲劇の世界にハッピーエンドなんてものは存在しない。
 ただ悲劇しか起こらない世界に、化物達は憂鬱となっていき、やがて精神を崩壊させる。
 だが、現実世界ではほんの一瞬の出来事でしかない。
 アスタルテに突撃してくる1000体を越える化物はぴたりと制止した。
 そのまま精神的な苦痛により発狂し、次々に己の武器を自分に刺していく)
「あはっ♪ あははー♪
 憂鬱の味は、化物達もお気に召したようだよー」
(ハスターが言った冗談とは少し違うが、
 アスタルテに突撃した化物達は自決してしまったのだ。
 《憂鬱のトラゲティ》……それは、そんな最低最悪な能力)

「共倒れ……という都合の良い結末は期待していいのかな。
 まあ確かに、ハスターおじいさんの言うようにベターではあるんだけどね。
 あたしは、この神話の戦いを見届けると決めているからね。
 そっかぁ、ハスターおじさんもやっぱり、あの戦いを見てうずうずしてきちゃったかぁ。
 さすがは、古くから生きる魔族の一柱だね」
(動乱が始まって間もなく、ティルヒアの事が不安分子と気付きつつも、
 ヤルダバオートの事も気になっていた。
 それが両者、こんな形で激突してしまったのだ。
 もはや人間共の争いなんてちっぽけなものでは終わらない)

「あたしこそ、はっきりと言えなくてごめんね。
 政策の面で言える事と言えば……というよりハスターおじいさんには是非報告したい事があるんだよ。
 今、魔王軍内においてある重要な機関を設立しようとしているところなんだけど、
 そのリーダーとしてメイド長ロトちゃんを選抜するつもりなんだよ。
(この件に関しては、ロトの叔父であるハスターにも報告しようと思っていた。
 なにせアスタルテは、ハスターにロトを任されている身だ。
 ハスターに報告する義務はあるだろう。
 さりげなく、ロトがメイド長をやっている事も報告)

魔王ハスター > 「そうだ。つまりああいう術はオリジナルやアイデンティティである事が多いんだね。
レッドドラゴンが炎を吐く原理の様に、つまり神々の術は、体の一部であるといっても良い。
逆に例えば、人間共が学校で習うようなファイヤーアローなんて魔法は、覚えることが出来る知識だと言って良いんじゃないかな。
…そして、この化け物は…?見たところ魔族でも人間でもなさそうだ。
あの黒い奴が黒幕なんだろうが…その正体は、そうだね…全く分からない。」

死者はまだわかる。だが、この化け物は、混沌は。一体どういったものなのか。
やはり、分からない。分からないが故に、その混沌性は跳ね上がる。正体が分からない物ほど恐ろしい物はない。
何故なら、それは、どんなものにでもなり得るからだ。見たところ、此方からダメージを与える事も出来るし、肉体も精神もある。
つまり、彼等には命がある。殲滅させられるのだ。考えられる脳があって、行動できる体があるなら、勝てる。脅威ではない。

「おいおい、普段イカしてないだなんて。…ま、ずっと決めてばっかりってのもさ、逆にクサくてダサいっしょ?
アスタちゃんだって、素敵で可愛いけど…とても格好の良い真っ直ぐで邪悪な魔王さ、それは昔から変わらない…だろう?」

やっぱり残念ながら、普段はイケてないのである。そもそも振る舞いがアレなのだが。
しかし、自覚はしてるらしいので、苦笑いして頭を掻いて。指に振れた感覚は、消えてしまうけれど。
今この時交わした契を、純粋無垢に笑い合って作ったゆびきりは、残ってくれるだろうか。

「うん…ならば、帰ろうや、必ず。万が一なんて、悲劇的な運命なんてもんは、突っ撥ねちまえ。
欲張って行こうや、もし無茶しなきゃならなかったとしても、無茶も生還も両方その手でつかみ取ろうぜ?」

無茶はしないでくれって、言ったけど。彼女はきっと無茶をするだろうとおっさんは思う。
四天王もそうだろうし、魔族の皆もそうだろうが。
やっぱり、無茶するとしても、両方掴んできてほしいのは、その通りだ。

「アッハッハッハ…ばれた?今おじさんは、楽しくって仕方ないのさ。上を見上げれば白と黒の龍が衝突して。
下を見れば可愛い戦友と背中を預けあって無数の化け物を蹴散らす。こんな状況だからこそ、楽しいんだ。」

死んでいるのか生きているのかも分からない、不死身のおっさんではあるが、それでも生き生きとしている。
おっさんは魔力というより、薄ら寒い生きる気力を失わせそうなオーラを持ってはいるが、敢えてため込んでいる。
そして、強大な魔王の闇の力を傍で感じてはいた。彼女の中には、より空間を重力の様に歪めてしまいそうな程に、
禍々しく邪悪な暗黒の力が秘められているだろうか。

「狩り放題だぜ?楽しいねえ!狩ったところで誰にも文句言われない!」

彼等が、幾等強かったとして、混沌とした異形のただのターゲットでしかない。
バルコニーのその時に比べれば、数も多く、強いだろうが。背中の彼女の超常的な魔力にかなうはずもなかろう。

「しかしぃ…自分で自分のケツ食ったら、結局どうなるんだ?物理的には自分で自分のケツは喰えるだろうが、
自分の口で自分の口まで食べること出来ないし…。」

おっさんは理系である。
そんなどうでも良さげな冗談を掘り下げて思考するのだった。
試しにヘビが自分の尾っぽに食い付く図を考えたが、とてもカオスだった。笑った。

「ああー…アスタちゃんはこの世界で生死観念を真っ直ぐ行く、本物の原初の魔王だからなあ。
こう、おじいさんみたいに外側からやってきたんじゃなくって、最初期からの魔王だから…ま、神性なんてなくても、
神性に近いくらいの力は持ってるっしょ?」

神でありながら魔王と言うのは、反骨的であるが、おっさんは神への冒涜をする者であり、その本質は魔王である。
故に、彼女が使うような真っ黒な闇魔法を使うし、神性も使うが、考え方は彼等と同じだ。
ただ、別世界で神として在ったと言うだけの話。大罪には他にも神性を持つ魔王もいる。
そして、彼女が自在に闇魔法を操るソレは、半ば神性と言って良い程に強大な力だと評した。

襲い来る500の軍勢。炎と闇の竜巻を避けて動ける機動力は見事なものだが、見事なもの、で終わりだ。
空気を裂ける刀剣など存在はしまいし、風を貫ける槍も存在しまい。

「いやあ、全くだ。おじさんは風になる!なぁんてね。まだまだ先は長いよー。
…おっと?!」

2000人の大規模詠唱。輪唱だ。こんな規模の大魔法など、何処の世界にあろうか。
考える力があるって事は、つまり彼等にも精神があると言う事だが。
問題は結界×2000という非常に強固な結界である。御丁寧に隙間まで敷き詰めた結界。

「全く…しつこいね!」

黒い空気が再び冥王を形成する。既に透明の結界の中に閉じ込められる形となった。
最初に100人、次に500、その次に2000―――間違いない、こいつら品定めしている。
つまり、考えられる脳があり、精神もあると言う事だ。

そう、だから彼女の秘儀は効いた。彼等の精神を蝕んだ。
狂い喚く化け物たちが、憂鬱を司る魔王に、屠殺された。
いや、あれは屠殺でさえない。何故なら、彼女は精神世界を作っただけ。
たった一瞬、その出来事で。悲劇しかない世界で。彼等は精神だけを握り潰された。
幾星霜を経た悲劇が。非常に恐ろしい精神魔法であると言うべきか。
突貫する化け物に、闇の暗澹たる悲劇と惨劇の世界が送られた。そして、彼等は自殺していく。
ある物は他者を殺す狂人となり、ある物は自殺し、ある物は項垂れる。
これが、混じりけのない純然たる暗黒の力であり。
魔王として、人間共に絶望を与える憂鬱の力でもあり。
彼女が勇者に害為す純粋で強大な魔王そのものである事を証明するかのような、そんな一撃。
悪の色を呈して暗澹と共鳴し赤黒く染まった瞳は、背中を預けているが故に見えないが、
きっと、それを見たなら彼女が魔王として一番イカしているシーンだと、思っただろうか。
見た目不相応な達観と、何処とない格好良さ。それでいて、一方的に千を破滅させる残虐さ。
正しくイカした悪魔っ子であり、カリスマのある魔王でもあるその両面を同時に呈している。

「おー…やーるねえ。ビックリだわ。
くっく、じゃあ、我々最後に残り半分の"喜劇"しかない世界を掴みとりたいね?
さて、じゃあおじさんもとっておきの生命魔術(リインカーネイション)、見せたげましょうか。」

悠長なもので。押し潰されようとしている2000重の結界の中、彼女の作り上げた惨劇の状況を眺めながら、
おっさんも手品でも見せびらかすような顔で準備をする。
既に圧縮しているのに、おっさんの姿が中々歪まないでそのゴツイ結界を押し返しているのは不尽の生命力のおかげ。
しかし、彼等が考えた通り、黒色の竜巻はもう起こらない。

「来たれ、魔の力!」

本来、彼女もそうだが魔王クラスにもなれば、魔法に詠唱はいらない。だが、おっさんは敢えて詠唱を始めた。凄くノリノリで、楽しそうに。
トレードマークの六芒星の魔方陣が、冥く紅く、歪み出でて。結界の中で震える。
おっさんが先程までため込んでいた、冥王として持つ、生死を愚弄する力が、妖しい静脈血の様な色の赤黒い霧となって、溢れる。

「この冥く彩る霧は我が反魂の死の晶。愚かに明き生を切り落とし、赤き死のみを大地に許す破滅の世界。」

結界が血塗られたように、死体でも入っているかのように赤く染まる。だが、おっさんが潰されたわけではない。
これが、おっさんの神髄である生命魔術。回復魔法という非常に便利な魔法をひっくり返して逆回転したらどうなるか?
あまり着目されないが、それは薄いながらも「死」を誘うような性質を持つことになる。
生命魔術の初歩は回復魔法だ。だが、発展させればこんな事も出来る。
おっさんは色んな魔法をマスターしているが、生命魔術だってその内の一つ。
それを、凝固して純化した死の魔力を燃え滾らせて、具現化させた死を溢れさせている。

「さぁ、染まれ世界よ。全て冥き死の世界へ。―――蠢く生者に死罪を!」

詠唱が終わった。凄くノリノリで詠唱してた。…本来、詠唱はいらないのである。
赤くて、冷たくて、固まった、感じるだけで生きる力を失いそうな。そんな長い長い、槍のような矛先をもった線が、
あの御大層な結界を殺すように突き破って。次々と、吹き出すように結界から沸いてくる。
速度は早いのか遅いのか。まるで時空間さえ殺戮して切り裂いたかの様な動きを見せる。
そして、彼等にいともたやすく死と言う絶対的な破滅を与えていく。避けることが出来たとして、近くを通っただけで命を奪われそうな力を感じさせるだろう。
それ程に純化された死の力が、化け物の肉体を破滅させていく。避ければ血が出る訳でもなく、肉が抉れるわけでもない。
ただ、純粋にその生きるという機能を奪うと言う事だけを目的に、漂わせた血の様な色の死罪が襲って行く。
先ずは、詠唱をしていた2000の化け物へ。純化された死の槍の矛先が貫いていこうとする。

「いやあ、ハスタさんは優しいなあ。あっちの通行止めルート通ってたら、幾星霜苦しんでる所を、
こうやって一瞬で殺してあげてるんだから、ねえ?」

おっさんは腐れ外道ドSである。フンッ、と赤く暗い霧を纏った身体を振れば、あの重鈍で精密な結界を、鎧袖一触した。
滲み出る死の霧は止まらない。
彼女の史上最凶たるその秘儀は、話半分には知っていた。
あんな恐ろしい技に比べれば、こうして一瞬で生きる事を奪われる方が彼等もまだ楽だろうに。
とは、おっさんの考えである。ニヤけながらの冗談は、果たして誰に言ったのだか。

「共倒れ…そんな結末はなさそうだね。恐らく、あのままいけば黒い方が勝つ。
そうなったら…それは拙いね。今後の事も考えないと。
ああ、おじさんもその横で見届けさせてもらおうか。何、"マナーの悪い観戦客"が増えたが…やっぱりどうってことはないよね?」

言うまでもなく、正体不明の化け物の事だ。数だけは多い。溢れかえってくる。
戦いを楽しんで眺めてうずうずするのもあるし、おっさんも冥王、王としての務めもある。
そして、大切に思っている盟友と共闘するという大イベント。こんな面白くて楽しい事を、見逃す手はない。

「構わんさ。言いたくない事もあるだろう。…ん?何かな。
ほう…重要な機関。そうか、ろったんが。…あー、やっぱメイドさんなのねあの子。
因みに、どんな機関を作るんだい?新しく作るって事は、やっぱりそれなりに必要性があるからよね。
ま、ろったんなら何でもこなせそうだと思う。大事にしてくれてるようで、何よりさ。」

律儀に報告までしてくれる。彼女はやはり、約束は破らない。
ふと自身の姪の事を思い起こす。さて、彼女が魔王軍に行ったのは、…それ程昔の事ではなく。
兎も角、きっと良くしてくれているのだろうとは思った。
冥軍でもメイドさんのつもりだったが、魔王軍でもやっぱりメイドさんなのは、…何かの宿命なのだろうか。