2025/10/04 のログ
ベルク > 砦での大暴れの後、ほとぼりが冷めるまでは古巣へと逃げ込むこととなった。
以前の暴挙の悪名は消えきってはいないが、元々は欲望で動く者共の世界な分、いちいち他者を見ることもないのだろう。
存外すんなりと戻ることが出来たが、流石に人通りの多い街で大手を振って歩くのは些か不安が残る。
一攫千金狙いの小物程度、鎧袖一触といったところだが、夜な夜な寝床を襲撃され続けては休むに休めんというもの。
それもあり、居は人のいない場所としてここへやってきたのである。
辺境の森、誰かの領地かもしれないが、こんな辺鄙な所にわざわざくるやつもいないだろう。
心中独白と共に麻布で拵えた円筒袋の紐を肩から下ろすと、火起こしの準備をしようとした矢先だ。
空気に触れて広がる、濃厚な獣の死の匂いが鼻を鳴らしたのは。

「……なんだ?」

魔物がいることは織り込み済みだが、匂いの質が違う。
まるで果実を握りつぶして、滴る汁を口へ垂らして飲むような圧搾めいた血の広がり方。
獣同士の食い合いで発生するそれとは異なる香り方、何よりそれをこんな夜の森で生じさせる事自体異様だ。
腰に下げたランタンに明かりを灯すと、ボロキレを被せて光を絞る。
正面にだけ煌々と揺らぐ橙色を向けるようにする小細工をしたのも、初手の不意打ちをなるべく避けるためだ。
本当は明かり無しでいくべきなのだろうが、魔導は戦いの術としか嗜まなかったツケが回ってきたというわけで。
小さくな舌打ちを鳴らし、荷物をそのままに匂いの方角へと歩を進める。
なるべく明かりは下へ下へ、前へ伸びすぎないようにと気を配りながらも全方警戒。
腰のショートソードにはいつでも手を伸ばせる程度に腕を垂らし、体はうっすら前傾、膝に少しだけ溜めを作って初動に備える。
そんな状況で木々の合間をすり抜けると、匂いとの道の合間で彼女と出会すことになるわけだが。

「……おいおい、マジかよ。女だぜ?」

誰にいうわけでもないが、独りごちる言葉が溢れる。
黒いドレスを纏った彼女の姿は深夜の姫君といった印象を受ける。
真っ白な肌を覆い隠す黒、その中に浮かぶ赤い瞳が何よりも鮮やかに映える。
思わず唇を釣り上げるこちらはといえば、浮浪者みたいな襤褸布を纏ったならず者。
黒い戦装束から覗く肌は彼女と異なり、同じ白でも赤みの薄い病人めいたそれで、肘や首筋から見える薄っすらと骨のラインも拍車をかける。
濁った色合いの灰色の目を凝らし、静かに彼女を見つめていくが、匂いのことを忘れたわけでもない。

「さっきよ……何かが潰れるようにして死んだ匂いがしたんだよな。こう……グチャってな、まるでトマトでも潰したみたいな感じに、血の匂いが溢れる死に方だ」

説明しながら両手広げていくと、ぱんと掌同士を重ね合わせてみせる。
ずりずりと重ねた部分を左右交互にねじり合わせていくそれは、匂いから察した彼女の咀嚼表現。
そしてすり合わせた手をゆっくりと開いていくと、ゆらりと持ち上がる片手から人差し指が伸びていく。

「そんなところによぉ……女が独り歩きって、なかなか変なもんだよな?」

どうおもうだろうか、と。
首を傾けながらも愉悦に満ちる笑みがどうしても下卑たものになる。

ルージェ > 根本的に、他者に興味はさほどない。
不死者として、種族として他を拒絶するような在り方。
選り好みしなければ命は命として、同族ですら糧になりうるのだから軋轢などあって当たり前。

月明かりに照らされる死蝋の肌は確かに白いが、血色の良さはない。
黒色の装束も、黒髪も、それらにあつらえたような色味ではあるが。

今が夜でなければ、少々女にとっては厄介であったかもしれないし。男にとっては確かに見た目通りの得物を得られたのかもしれなかったが。
───残念ながら、今の時刻は夜。

月のない夜でも灯りを必要としない双眸が、揺れる焔の灯りに幽かに細められたが──ただそれだけ。

聞こえた声音にわかりやすく関心を向けることはなく。
女から男へと歩みを寄せることはない。

詰められる距離を血赤の双眸が認めて。ただ一歩下がる。
女としては面倒な絡みでしかないのだから当然といえるだろう。
男の言葉に言葉を編んでやる義理もない。

ただ、人間みたいな言葉に可笑しそうに唇を片側だけ引き上げた。

「──────変なことなど、何もないでしょう」

魔族の国だ。
夜の闇に何が潜んでいるかなど、誰も知らない。わからない。
女の容をしている獣がいたっておかしくはないし。
その影に何が潜んでいるかなんて誰も知りえない。

その仕草も、声音も嫋やかで。
それは確かに男が獲物としてきた女たちととくに変わりがないのもまた事実だろう。
男が何をもって唇に笑みを刻んでいるのかは知りえないことではあったが。

その笑みを認めても尚、女の態度が変わることもまたないのだった。

ベルク > 賊めいた一言に対してもまるで動じる様子がない。
その反応自体が一種の答えとなって、男の片眉が釣り上がる。
この男からすれば彼女の動じなさは”だからなんだ?”と言われているようなものだから。
こちらが踏み込めば下がる、だが逃げると言った様子もない。
そうして紡いだ問いかけに何故か浮かぶ淡い笑みに、怪訝そうに瞳を覗き込むように顔を少し前へと突き出した。

「……っはは、っはははは! 変なことはないか!」

魔族の国なら人の世では異常も赦される。
久しい理屈に可笑しそうに吹き出すと、そのまま笑い声を溢れさせながら掌が額を覆う。
そのまま夜空を仰ぎながら肩を大きく揺らしたあと、すっと笑い声を引っ込ませながら、緩い呼吸と共に嗚呼と呟きながら両腕を広げていくと、ゆっくりと反転していった。

「そうだな、確かにそうかもしれねぇ──」

背中を向けた瞬間、がっくりと肩を落とす……フリ。
盛大な溜息を添えて仰々しい仕草も最初の笑いに合わせた芝居だ。
だが、そこからの男は先程までの傲慢で愚鈍な振る舞いとは一転していく。

「なぁ!?」

足を開いて腰を捻り、左足を軸に一気に再度反転すると、足から腰へ、そこから上半身へと加速を乗せていった。
顔をそちらへ限界まで傾けてから、体がねじれて追いかける。
逆手の抜刀は幾度も繰り返してきた体に染み付かせた技であり、流れるが如く。
しゃりっと微かに刃が鞘を擦る音を立てながら引き抜かれたそれは、横回転しながら全ての加速を乗せて投げ放たれる。
銀色の車輪となったそれが真っ直ぐに迫るのは彼女の腕。
おそらくはさっきの匂いの犯人はこの女、それの裏付けの為の一撃。
胴体や首を狙わないのは、万が一を考えた結果だった。
改めてここで女でも殺そうものなら、次帰った時はより面倒になりそうだが……どうせ追いかけられるなら女を貪ってからに限る。
彼女を見据える瞳からは濁りが薄れ、灰色が意志鋭くその赤色を見据えていた。

ルージェ > ───今宵は少し、騒がしい。
静謐を、ことさらに求めているわけではないが、それが失われると恋しく思うのは
やはり己はその畔で静かにしているのがきっと好ましいから。
それで機嫌が下がるわけでもないし、此方の言葉が意外だったのか、面白かったのかは、やはりわからない。

───此処が己が領土でなかったのはいいことなのか悪い事なのか。
どちらにせよ結果は────


夜を割く鮮やかな笑い声。
天を仰ぎ、体をゆする姿は実に大仰で芝居がかったものだった。

──そのままこちらに背を向け、肩が下がる。

そのまま男が立ち去る──とは思わなかったが。
体を、全身のバネを使い、ひねりを加えながらの抜刀。
恐らくは瞬く間もさほどなかった。
────武器を振るう為の腕を刈り取りに来たのは、己の手がそうであると踏んだためか。
まっすぐに向かってくるその姿を、佇んだまま眺めている。
庭園の花の一輪が風に揺れるのを愛でるように。

己の腕が刈り取られる間際に、かみ合う硬質な音。
ぎりぎりと、刃を食い止めたのは、女の影から伸びあがる巨大な槍とも杭ともいえる円錐状の影。巨大な牙の一つにも見えるし。あるいは極大の『棘』──。

女の名(串刺し女公)の由縁を抱くもの。

刃の切っ先が髪の一筋を切り裂いて、黒絹の艶が夜闇に流れて散っていった。

先ほどまでの濁った色身ではなく、鋭いものを覗かせる双眸を無造作にみやる眼差しは
男を認め、あるいはその魔力に捕らわれるのであればその動きを重くするだろう。
逃げることを足が忘れてしまったら、その足首くらいは死棘の牙が齧るかもしれないけれど。

……食いちぎったりはしない、まだ。

「それで。……貴方は何をなさりたいのかしら」

ベルク > 投擲、そして刃が円となって女へと迫る一瞬がまるで数分の様に間延びして遅く瞳に映る。
この女、全く動く素振りがない。
体術を使うタイプなら既に動いているタイミングであり、魔導を操るなら術式の発端やら魔力のゆらぎが可視化されてもおかしくない筈だ。
どうなっている? と灰色を不可解と絞る頃には腕へと到達しそうに見える。
本当に何も出来ない女なのかと一瞬疑り掛けたところで、それは一瞬にして晴れた。
敢えてのナマクラ剣を放り投げたわけだが、柔い刃は彼女の牙に安々と破れて大きく刃毀れして食い込んでいた。
甲高い音色など響くこともない、がきりと金属の一部が砕き欠けた鈍い音がかろうじて刀身の寸断を免れた事を知らせる。
黒糸がぷつりと切れると同時に灰色を瞠ると、わずかに上半身が浮かび上がりながらも爪先へ力が集まっていく。

「っ……!?」

こちらの動きを封じんとする魔眼の力。
その手の類は魔族を相手にし続けたこともあり、対処の術を心得ていたのは幸い。
魔力を瞬時に全身に巡らせ、意志をそれに乗せて不可視の腱とする。
同時に拒絶の意志を込めて赤色を睨みつけると、魔眼の力を弾く様に魔力の風圧が彼女を擽るだろう。
ほんの一瞬、数字にするならコンマ数秒といった攻防の最中、足は牙が食いつく前に地面を蹴ることに成功する。
しかし、それでも彼女の瞳は完全回避を阻害するに十分であり、脹脛を掠めて鮮血が少々滴らせる傷を刻みこんでいく。
バックステップで深手は回避しつつ、地面を滑りながら距離を取れば彼女の問いかけに、今度はこちらが唇の端を釣り上げるのだ。

「っはは、何いってんだよ? お前さ、自分で言っただろ」

そう、ここはどこだ?
形骸化した倫理道徳すらない、本能という強い力を肯定しながら各々が好き勝手に振る舞う黒き住人住まう闇の世界。
気取った言い方をすればそんなところだが、シンプルに言えば簡単だ。
誰も彼もが好き勝手、それだけ。
膝のクッションから順に体を伸ばしていけば、彼女を見下ろして見据えつつ開いた掌が緩慢に背中の剣の柄へ伸びた。

「お前みたいに澄ました顔の女を、力で下して貪りたい。毒だ精神だそんなもんで叩き潰したって、お前みたいな女は変わらねぇだろ?」

高慢ちきな魔王様とも違う、自分とは真逆の静の存在を掻き乱したい。
瞳を見開かせるでもいい、淡い畏怖を抱かせるでもいい、その硬い壁を穿ちたくなる。
雄の支配欲を溢れさせながらも添えられるのは、それを力で望むという下卑た男なりの美学。
ゆっくりと鞘走りさせながら引き抜かれるのは、いつしかこの国から失われた混沌の魔剣。
夜闇に溶け込みそうな色合いをした刀身は、うっすらと魔力を帯びて黒から薄茶色へと鈍く濁らせて淡い明滅を魅せる。

「参ったいわせて抱きたいとか言い出す輩がいるのも、そんな変なことでもなんでもねぇだろ?」

にたりと上品さの欠片もない笑みしか出来ない、育ちの悪さ溢れるニヤケ面。
一種の宣戦布告を示せば、混沌の切っ先を彼女に向けていく。

ルージェ > ───魅了を、そこまで強く乗せているわけではない。
基本的に他者を拒絶している種が、他者を釣り込んでどうせよというのか、という女の認識がそれを阻害しているが故。
それでもそれを振り切った相手には多少双眸を瞬いた。

成程、と舌の上だけで言葉を転がし。

影が阻んだ刃を呑み込み、咀嚼する。何とも言えない金属のねじ曲がり、砕ける音が聞こえる。
命を取り込むのとは違うが、────そも、この影にその区別がつくわけではないのだ。
己の影から生じる死の棘、死の牙。そこに意思はない。

辛くも逃れた相手の、血の匂いに、軽く鼻を鳴らす。
人のようだがそうではないのを嗅ぎ取って───返された言葉に首を傾ける。
人の国にもない倫理と道徳については口にする言葉を持たないが、秩序がないとは言ってはいない、と心外そうな視線。

人の国とは違い、この国秩序が、力によって為されることが多いのは同意するところだが。

長身瘦躯。
戦装束に身を包んだ男の印象は改めてそう、ではあるのだが……先ほど見せた瞬発力、体の練り。
そして半ばほども己の牙に食い込んだ刃を考えると見た目通りのそれではないのは確かだろう。

むけられるのは混沌とした欲望。
実に解せない。己を放っておけば済む話だ。
嘆息を一つ。

ただ、彼がその背から引き抜いた刃は──、相手自身とはまた違う厄介さを備えていそうだ。
それが何なのかはまだわからないから──。

「モノ好きであるとは、お伝えいたしますわ」

そもそも紳士的な誘いでもないわけで。
ただ、ダンスを望むのなら───。

一息に距離を詰める。
かそけき衣擦れの音一つ。相手の影をトン、と爪先が踏む。

むけられる切っ先に口づけ一つ。
それだけでヂリ、と己を傷つけるに能う刃だと認識する。
己の血で唇を濡らすと、すい、と身を沈め、男の側面へと。黒衣の裾が翻り、円舞を舞うよう。
剣を握る手首に手を添えて。

「一曲、────それで満足してくださらないかしら」

それで終われば早いのだけど、と柔らかい語調。
文字通りパートナーとなるのを強請るような仕草で、手首をつぶしにかかるのは───男よりも即物的といえるだろう。

ベルク > どこまでいっても澄ました顔の変わらなさは、余計に崩してみたいという悪い虫を疼かせる。
人の世の理からみた秩序と比べれば、大分曖昧で暴力的、それを秩序と言うかいうまいかというところだが、この学のない男としてはそこは些末なこと。
力が正義となる事が多いという部分だけが、この男が考えるこの国なのだから。
そして、舐めてかかればこちらが串刺しだと判断しての魔剣抜刀は最初からの本気。
何か剣から気配を感じ取ってくれてるなら、興味の一つになれば幸いとほくそ笑む。

「モノ好きしかいねぇなここは」

見た目の割に軽やかな体捌き、一瞬にして距離を詰めてくるなら、第一の封印をときながら正眼の構えで間合いを図る。
黒と薄茶色の合間の揺らぎが大きくなり、刀身から発せられる禍々しさがより濃く変貌していく。
先程の杭か、それとも直接攻撃かと予測を巡らせるとまさかの刃へのキスは、想定のしようもなかった。
ただ、そこにキスをするのはあまりオススメできない。
触れた傷から滴る血を刀身が海綿のように吸い上げんとし、同時にその傷は痛みを深める。
彼女としては微かに傷つける程度のつもりかもしれないが、それが増幅すれば、そこを針で深く貫いたような痛みへ変貌していく。
そんな魔剣の片鱗を意図せず発揮しつつも、口が少し開きかけ、瞳を瞠る。
少し間抜けな顔を晒す合間に側面へと更に回り込むそちらの動きに合わせて、こちらは前に出していた片足を引いていく。

「はっ、わりぃなお嬢様……あいにく、ダンスも音楽も分からねぇし、お上品なので満足するほど育ちが良くねぇんだよ……!」

手首を掴んだとほぼ同時である。
先程足を引いたことで、前に出していた半身が入れ替わっていく。
それ自体は大きな動きではないのだが、刀身を少し手前へ引いて切っ先を上へと傾ける。
刃が何かを跨ぐように彼女の方へと傾けられていくと、彼女の首へと迫っていく軌道へと変わった。
そして、足を引いたことで手首の位置もずれる。
掴んだ手首がこちらの方へ引き寄せられるよう傾くわけだが、手放さなければ自ら首を差し出すように刀身に迫ることになるだろう。
力ではなく技、見た目に似つかわしくない小技で彼女の動きに応じていく。
──首を切って死なれても困るので、ひっそりと肩口へ傾きを深めておいて致命傷に対しての加減はするが。

ルージェ > 「そも──声をかけたのはそちらでしょう?」

己は、放っておけば別にこんなことにはなっていないはずだけれど、と刹那を交わす間に言葉を挟む。

痛みを齎すそれに、けれど逆に女は笑むのだ。濡れた唇が、嫣然と。
そうしてそれが、皮肉にも己と同じ特性を放つことを知る。
唇に引いた赤を啜る刀身にく、と喉奥を鳴らす。─────痛みは、───そのうち身に馴染む。
心臓を杭で打たれた時よりはマシね、と断じながら。

己の動きに合わせ、足を引く。

「知らなくても踊っているわ?」

グル、と体が巡る。その動きのあわせを舞踊になぞらえるように。
実際ドレスのドレープが描く動きはそれに似ていた。

その吸血の刃が己の身に向けられる、何の野心か、下心か。
首じゃないことに若干の落胆すら女は胸に抱くのだ。

「………落とせるときに落しませんと、後悔するのはそちらではなくて」

ず、と己の身で刃を受ける。
喪う命の数は、それまで女が得てきた命の数。

奪った分を奪われながら。けれど惜しみなく手放す。
傷み、痛み。熱。形容するにはたったそれだけの。それだけで十分すぎるものが身を巡るなかで。

「………───、……、ふ」

白い肌を食い、溢れる赤の量が少ないのは啜られているからだ。
吸血種でもないというのに、その可笑しさに口許はやはり笑う。

でも、男は女の膂力を侮りすぎだ。
男の手首をつぶせるくらいの強さは備えている。
灰色の肌に死蝋の指がぎちりとくらいつくように沈み、握る。

傷が深くなるのも構わず身を寄せる。
女曰くのパートナーとの距離感。
ぐ、と柔らかい肉の感触が寄り添い。

「───私の牙の範囲でもあるわ?」

女は死の凌辱者。
抱擁は、甘く、けれど逃がさない。
ぐ、ぱ、と死棘が踊る。

それをどう潜り抜けて踊ってくれるのかしら、と楽し気に血赤の双眸が熱を帯びる。
自身の牙が己の身を穿つことすら厭わない。

放射状に、今度は針のように長く鋭い死棘が伸び。

ベルク > 「そうだな……!!」

だがその結果、いい女を貪れるなら良し。
軽口の応酬をしながらも、魔剣が齎した痛みにその顔は緩んでいた。
更に脳内が混乱していく、こいつ痛みが好きなのか? と。
それなら被虐思考の死にたがりになりそうなものだが、実際はどうだ。
まるで舞踊の様な足さばきで側面に回って攻撃せんとしている。
嗜虐性、それであればもっと自身と似たものを感じそうだが似て非なる何かといった印象。
それでも体は幾度も繰り返した技をなぞっていった。

「そりゃどうも……! あいにく首無し死体とするのはノレないんだよ」

軽口と共に刃は首ではなく肩を狙った。
だがその瞬間に見えるのは彼女の失望滲む視線、そして警告。
あくまでこの澄ました顔を見つめ、たおやかな体を存分に貪りたいという下卑た願望が首斬を良しとしない。
じゃくりと音を立てて柔肌を切り裂く手応えが骨へと迫る、耐久力もあるのかと思えば次第に唇が釣り上がっていく。
何故なら、この男もまた、本来は身を削ることを厭わぬ存在。
ただそれをするに値する輩が王国に行ってからはとんと出会すことがなくなり、候補に浮かばなくなっていた。
魔とは何かを思い出させられながら、刀身が血を吸い込んで力へと変えていく。
無論、その合間も彼女にもたらされるのは肉を切り裂く程度の痛みではない。
サビだらけの刃でぞりぞりと、肩から鋸引きされていくような複雑に折り重なる激痛の連鎖。
血を吸うほどに刃は沈みに沈んで、肩の骨を叩き切りながら肺へと至ろうと下り続けていく。

「何笑って──っっ!?ぐぅっ……!?」

”どこから出てんだよその握力はよぉっ!?” 心中独白の抗議が溢れながら手首を潰さんとする握力に骨がきしみ、肉がひしゃげていく。
握り込まれることで無理矢理掌を開かされていき、片手の握りが甘くなりかけるのだが、本来なら力を込め返して振り払う即応も出来た。
だが魔剣の副作用……痛みの増幅は自身にも訪れてしまう。
馬車の車輪に轢かれるような痛みが倍化して襲いかかると、流石に苦悶を浮かべるというもの。
脂汗を滲ませながらも痛みの一部は体に飲み込まれる、来たる時の復讐のために。
身を寄せる瞬間に対応するのが遅れ、彼女の間合いの中へ。
”──まて、なんでこいつ踏み込んでるんだ?” 二度目の困惑はその顔にも滲んだ。
柔らかな女体の感触も普段ならたまらんところだが、酔いしれている場合でもなさそうだ。
男の体は痩せていて、骨も感じられる病的な体というのが重なれば分かるだろう。
けれど異様に固いのだ。
一つ一つの筋繊維が人間はおろか魔族のそれより密度が高く、筋骨隆々の戦士の体の様な重みがこもっている。

「いい顔して言うセリフじゃねぇぞ」

やっぱり嗜虐趣向あるなこの女と冷静に頭の何処かで思いながらも、自滅覚悟の針地獄。
それに対するアンサーは──避けない。
ドスドスと、ぐしゅぐしゅと、牛肉に筋切りのフォークを幾度も突き立てたときと同じだ。
灰色がかった白い体はいたるところに牙が食い込んで、鮮血が溢れ出し、この男の唇からも逆流してきた血が空気と共に撒き散らされる。
項垂れた顔、普通なら死んでいるのだが……にぃっと、醜いほどに唇が弧を描いた。
まるで好物を見つけた子供のような口元だが、上げた顔に覗く灰色は子供のそれより濁って狂っている。

「なんだよ……お上品そうなくせに……俺と同じってか?」

致命傷を幾ら受けても愚者でいられるほど、その体は傷を次から次へと塞いでいく。
そして頭を使わなくてもその痛みを傷を学び、体がそれを超えんと変革を齎す。
本来ならもっと背丈もあり、体も大柄で太く、怪人らしい風貌をしている種族。
だが、この細身でも種族の特性は濃く引き継がれ、細くとも常人を凌駕する耐久力を持つ。
突き刺さった針は、心臓や肺、脳といった行動に支障をきたす部位には刺さっていない。
それらに対しては闇の魔術を用いて血を装甲板の様に圧縮して表面で留まらせたのだ。
それでも激痛は脳を真っ白に焼き尽くすほどのもので、喋りながら血を撒き散らす中、握りつぶされそうな手首に力が戻る。
金属が撓る悲鳴にも似た音を立てて、粉砕されぬようにと力に力で抗う。
そしてその合間も肺目掛けて刃を引いていき、器用に逆手に握り変えて反対の手をフリーにする。

「でもなぁ……やっぱ顔はあったほうがいいな……死んでても、その面みてぶち込みてぇや……」

うわ言のように呟きながら復讐が始まる。
これだけ貫かれた痛み、その一部が破壊力として体に蓄積されていき、開いた手に集まる。
瘴気めいた黒い靄が集中して飲み込まれていくと、腕を後ろへ大きく引く。
弓引きの様な大振り、掌は拳ではなく貫手。
密着状態にありながらも膝、股関節から腰と回転のエネルギーを伝えて寸勁の如くゼロ距離から破壊力を生み出し、腕を回す。

「ヴェンジェンス……!」

名を紡ぎ、魔法が力へと代わり、瘴気の蛇となって腕の中に飲み込まれる。
そしてななめ下から上へと抉り込む貫手は、彼女の脇腹を遠慮なく串刺しにしようとする。
種族が持つ復讐の力、闇の魔術で更に増幅させ、種族が持つ化け物じみた膂力を上乗せした男の一本牙。
内臓が潰れようが関係ない、おそらく死なないだろうし、死んだら死体で抱いてやる。
掌が目指すのは彼女の心臓、そこまで腕をねじり込んで言葉通り鷲掴みにして潰してやろうと血まみれの反撃を放つ。

ルージェ > 痛みが好きな生き物が何処に在ろうか。
痛いものは痛い、苦しいものは苦しい。

けれど。

だからこそ、自身のようなものが活きるのだ。
────痛みを食らって、死を凌辱して、昏く嗤う。

死の、甘美な招待を最初から焼却されていればこそ。
その底辺で足掻く法悦(苦しみ)を知っているだけだ。
──────いっそ、死ねたら楽なのに。

白い面がより白く変わってゆく。
男の即物的な欲求に、こんな女にもそんな欲求が沸くのだろうかと、緩い笑みが上る。
それは本当に──物好きなこと、と重ねて唇が言葉をなぞる。

酷く濃い血の匂いをさせた唇は、声音を紡ぐことは出来なかったが。

ざらりと、刃が肌をなぞるたび。毛羽だった刃が己の肉を一口づつ刻んで咀嚼する。
血肉を啜る刃に肌を暴かれる痛苦に、濡れる双眸が細められ。

「────ン、…っ、…───、は…っ」

づぶ、と己の肉を食わせながら、のその行為は狂気じみてすらいるのだろう。
男の呻きに、吸血種の膂力の強さを知らないのだろうかと暢気な思考が巡る。───応える余裕はないけれど。

余裕からの、困惑、呻き、そしてまた困惑。
己よりも余程百面相をしてくれて、面白い。
大分命を削った価値はあるのだと、思う。……身を寄せた感想としては、思ったよりも細い。けれど、小動もしない強さは、どこかちぐはぐだった。

───けれど今はそれも、割とどうでもいい。
今度は己の動きに合わせてもらう番、でしょう?なんて傲慢な行為へと意識を傾ける。
男の答えは───存外に、あるいは意外でもなく、まっすぐだった。

己ともども串刺しにされる体。貫かれるたびに軽く跳ね、そして赤が零れる。
互いのそれで噎せ返る様な血の匂い、交じり合うそれは己の双眸と同じ色をしている。
ぱた、パタリ、と小雨のように注ぐ赤を、互いの肌で受け止めながら。

そうして血にまみれながらも笑う男の言葉に、そうでもないけれど、と目を細めた。
男の急速な再生に比べれば、女のそれはごくゆっくりとしたものだ。男の刃にその大半を食われているのだから当然といえばそう。

「吸血種でもないのに──随分と、……、…っ
 ──────剣と合わせれば似たようなもの、かしら…?」

かすれた声音。いまだ男の全容を知れたわけではないが───。
刃が己の体を引き、柔らかい器官へと到達すればびくりと大きく背筋が跳ねる。痛みを感じていないわけではないのはそれで知れるだろう。
痛みには、強いというより身に馴染ませる方法を知っているだけ。
それでも消耗はする。

「──────…ふ、……、」

苦痛に染まる頬。
潤んだ眼差しが、魔力の奔流を捉える。
男が何をしようとしているかは知りながらも、その身は動けない。
声も言葉も、今はつぶされたに等しい。

随分と物騒な主張をしてくれる。禍々しい抜き手の切っ先が刃に続いて、身に沈むのに眉根が寄せられる。
男に対して女の体躯は、その膂力と耐久力を感じさせないほど柔らかく、普通のそれだ。労働を知っているもののそれではない柔らかさは、その外見を裏切らない。
内臓を握り、掴み、掻き分けられる痛み。
痛いとすら感じないその気持ち悪さに、血の匂いはしても大して血は零れない。
己に食い込んだ刃が溢れる傍から喰らっているのだからそうだろう。

心臓に到達し、触れた指先にきゅう、と体が戦慄き跳ねる。

そうね、と声なき声音が揺れた。
存在としての消滅はないが──
少なくとも────女の意識はしばし闇に沈むことを余儀なくされるのは間違いがない。
その刹那迄、意識を失うこともなく、苦しさにあえぐ表情が、眼差しがその行為を捉え続け───

ベルク > 色白なんて言葉は色々あるが、自分の肌の色ほど気味悪がられるものはないと考えていた。
いくら血色が悪く青白いなんていわれたとしても、自身のような灰色すら思わせる色の悪さはそういない。
彼女が思う以上に、この男にしてはその白さは美麗に映るのだろう。
後は佇まいがどうにもこうにも崩してやりたいという欲を煽ってたまらない。
刃を食い込ませていき、削り切るような痛みに変えていけば流石に音を上げるのではと淡い期待も浮かぶが。

「……っは」

まるで喘いでるみたいだと、苦痛に悶えて紅蜜を滴らせているとすら感じる。
むくむくと雄の肉欲を煽られるはずなのだが、あいにくにこちらも痛みを与えられ戦闘中。
情欲は今は奥底に燻る種火となりながら、その時を待ちわびる。
必要なことは学ぶがそう思わねば全く触らない為、種族による能力差についてもあまり明るくない。
吸血鬼ならではなモノも、ステレオタイプな弱点程度しか記憶にないかもしれない。
そうして串刺しにされながらも致命傷だけは避けるというところは、吸血鬼にはない弱点。
流石に急所を何度も潰されれば、復活できるとは限らないし、身動きも取れなくなる。
死に近づいて勝利を得んとするが、死んではならない、奇しくも似て非なる者同士が対峙していた。

「俺ぁ……トロール、だからな」

なるほど、吸血鬼、そういえば聞いたことがあるようなと脳内で巡る浅い知識。
けれどそれをかき消すのは彼女が続けた一言、剣への問いかけ。
それを耳にすれば、はんと鼻で笑いながらも逆手に握った手に力を込め直して下へと引いていく。

「かもしれねぇな……? アンタみたいな女……死んでも構わねぇみたいな魔王様なら……こいつも喜んだかもしれねぇけど……チキって踏み込めないような奴が持っても意味ねぇからな」

この地には魔王を名乗るものは幾らもいる。
その中に領地を持ち、力を誇示した女の魔王が一人いた。
それが引き込もうとしたたった一人の魔族に瀕死に追い込まれ、魔剣を奪われた挙げ句凌辱の限りを受けて晒し者にされた噂話。
いまもその魔王はどこかの牢獄にいるのか、それとも自決したのやら。
そんな与太話な過去を思い出しながらも、この女みたいなやつが握ってなくて良かったと安堵すらする。
しかしお互いに痛みに耐えられるが痛みを感じないわけではない、その点で言えば彼女は気付いていないかもしれないがこちらは不利なのだ。
死ぬ時は死ぬというラインにいる以上、死ぬ前に相手を屈服させねば墓の中だ。
だからこそ、無遠慮な貫手を脇腹から突き刺していく。
自分とは真逆の柔らかくてねっとりと熱を感じる臓物の感触、腸の合間をすり抜け、胃袋を押しのけて押しつぶし、更に上へ。
その合間も彼女の顔から瞳は離さない。
苦悶なのか喘ぎなのか、整った顔が魅せる表情はどちらとも取れて、心臓を捕まえた瞬間には嗚呼と言わんばかりに唇を開く。

「……俺が勝ったんだから、ちゃんとやらせろよ?」

飾り気も何も無い、自己中心的な勝手な押し付けを呟いた。
その後に力強く脈打つ心臓の跳ね返りを力で抑え込みながら強制停止させていき、鼓動を弱めていく。
そしてそれでも満足しない掌はギチギチと筋繊維をひしゃげさせながら房を握り込み続けて、集まった血液の逃げ場を奪う。
繊維の引き裂かれる音が幾重にも重なった後、鈍い破裂音を響かせながら臓物を握りつぶす。
破裂の感触が掌に伝わり、溢れ出す血潮がより掌に命の感触を伝えさせながらも、容赦はしない。
手の中で襤褸屑になるまで何度も何度も握り込んで拉げ、潰し、千切れさせて破片へと変えていく。
その体が崩れ落ちるなら、腕をいれたまま抱きかかえるだろう。

ルージェ > 「─────、ぅ、く」

血煙を吐きながら戦慄く様子に、性欲が滾るのはさすがに理解できない眼差しが向けられるだろうが。少なくとも現状そのような余裕はない。
───存在を磨り潰す熱量があれば、もう少し泥仕合に持ち込めたのかもしれないが。果たして。

───………耳をくするぐ言葉に対しては、ああそう、なんて何とも釈然としないのは己の知識との乖離が多すぎるため。
いずれにしても所謂変種といわれる存在なのだろうが。

「─────、………必要、ない」

低く絞り出す声色。
己の爪と牙。少なくとも己という個はそれのみの獣ゆえに。
それが女の持つ傲慢さであったとしても。

つらりと紡がれる物語。
死ではないが、その淵を痛みを抱きながら揺蕩うほかない己に対して寝物語めいたそれを耳にしながら、少し瞼が落ちる。
けれど嫌がらせのように、死棘の痛みは増した。
づる、とその位置をずらし、震えたがゆえに。

「………………、………寝て起きたら、忘れるわ」

く、と唇を震わせる。
実際心臓を握られると、小さく声が跳ねた。
それが悲鳴に代わるのはほどなく。小刻みに跳ねる体、握りつぶされる心臓の戦慄きが指に伝わり、その熱が、その命脈が押しつぶされて零れてゆくのが確かに感じられただろう。

にち、と臓器の欠片が指にこびり付いて粘着く感触になるころに女の体が頽れる。
死棘が解け───それを抱き支えるのは瘦躯の灰色の腕。
ゆっくりと閉ざされた瞼。肉が爆ぜ、脂肪と骨、さらにその奥の臓腑が覗けるほどのひどい傷。更には胎内を文字通り掌握されている状態。

無防備な女の体は男の腕にゆだねられ。
今しばしの死の眠りへと落ちてゆくのだった。

男から突き付けられた要求を、眠りに落ちる前の言葉通りに振舞うのか否かは──また別の一幕となるだろう。

ご案内:「魔族の国 辺境の森(過激描写注意)」からルージェさんが去りました。
ご案内:「魔族の国 辺境の森(過激描写注意)」からベルクさんが去りました。