2025/11/17 のログ
ご案内:「冒険者ギルド/受付前」にアーシェさんが現れました。
アーシェ > ――カウンターの向こうは、冒険者達の声で賑わっている。
依頼表を見せ合う者、仲間に絡みながら愚痴を溢す者。討伐の成果を語る、笑い声を上げる者。

――そして、その最中に『ただいま戻りました』と報告しにやってくる者もいる。
陽気さと、溜まった疲労。今を生きる人達の鼓動を感じる瞬間。
なれど、依頼の受注や報告の聞き漏らしは遭ってはならぬ事。
集中し、耳を傾け、時には聞き返して書面を埋めていく。

「討伐対象、確かに確認しました。移動経路の詳細もお願いしますね。
 ――ええ、素材の量も確かに。此方で確認しますので、会計にて少々お待ちください。
 …はい。途中で依頼内容が変更されていましたので、書面を更新致します。」

言葉の波が寄せてきたとしても、女の表情が乱れることは無い。
人の目を見て、聞き返す時は分かりやすく丁寧に。
文字だって、走り書きは極力やめて、読み返せる字で綴っていく。

新しい依頼を求めにギルドへ来る人は多い。午前中は特に、賑わう時間だ。
気が付けば窓から差し込む光も眩しくなり――昼をとっくに過ぎていたと気が付く。
…流石に一息付いた方が良いかと思った矢先、ぽんと肩へと触れる誰かの手。
変わりますよ、と――ギルド職員から、交代すると伝えられると其処で漸く立ち上がった。

「――ああ、そう、ね。…有り難うございます。」

書類を束ね、受領印を一旦仕舞い、机を綺麗にしてからカウンターを離れた。

アーシェ > 喧騒は、背中へと遠ざかる。
休憩室へ向かうことで、漸く余白が生まれる。束の間の安らぎの時間。

窓から差し込む陽光は、冬が近づいているとは思えない暖かさがあった。
忙しさの隙間に感じ入る、僅かな静寂。――そう感じられる時間は貴重だ。

魔動機製の湯沸かし器で水を沸騰させ、ハーブティーの準備をしつつ軽食を口に。
食は細めだ。ほどほどの量を咀嚼し、食べ終わると持ってきていた本を開く。

戦場の英雄譚や叙事詩はあまり読まない。
小さな恋の話や、友情を謳った物の方が、自分を揺り戻してくれる気がしている。
――とはいえ、其処まで読み込むことは無い。何行かを読み進めるだけ。
そうしていれば、湯も沸いた頃合いか。湯気を知らせる音が鳴ったところで立ち上がった。

湯を注いだカップから、仄かなレモンバームの匂いが立ち昇る。
それを両手で包むと、冷えかけた指先がようやく温度を取り戻した。

「……落ち着くわね。」

背筋を伸ばすというよりは、休む姿勢。
椅子に凭れる訳でもなく、所作を。淑やかさを崩さずの有り体。

アーシェ > 裁いた書類は――そこそこ多い。
午前中だけで、行方不明者、生存保留状態の報告が上がっていたから。
その全てを記録として整理し、言葉にしたためた後だ。

目を閉じれば、インクの香り。ペン先を走らせる音、
そして、心を突くような痛みがじわりと蘇っていく。

でも今だけは――それらを少しだけ遠さげる時間。
カップを手にしたまま、陽光が差し込む窓の向こう側を見ゆる。
昼下がりの光が、髪を、頬を撫でていく。そんな眩しさの最中の光景は、瞳の中で淡く、揺れた。

「――……大丈夫。午後も、乗り越えられるわ。」

自分に言い聞かせるように、暖かい茶を口に含む。
香りが身体に満ちて、喉を通りすぎる頃には、呼吸も、心音も静けさを取り戻していた。
そして――独り言ちすることもなく、ため息を漏らすこともせず。
本を綴じ。立ち上がって、手際よくティーカップを片付ける。

休憩は終わり。温まった指で、また筆を取るために。
――女が、安らぐ時間は短い。
でも、その隙間が、ほんの少しだけ己を強くしてくれる、そんな気がして。

「お待たせいたしました。受付、再開しますね。」

アーシェ > ギルドの扉を開けて来た冒険者達が数名、どこか控えめにカウンターへ歩み寄ってくる。
先日、案内をした彼らだと一目見て分かると、背筋をまっすぐに伸ばして、微笑む。
手には、きっちりと畳まれた跡が残る依頼表。
難易度が高い依頼ではないのに、緊張の色が走っていると分かれば――

「ようこそ。受付は空いています。
 依頼の確認でしたら、此方で伺います。
 如何か、お気軽になさって下さいね?」

――掛ける声は、出来るだけ柔らかく。暖かく。
そうして、若い冒険者の一人が、おずおずと依頼表を差し出してくるだろうか。
其れを受け取り、目を通し。確認したのちに受領印を手元に引き寄せた。

「…大丈夫よ。
 そう遠くはないし。確りと準備していれば難なくこなせる依頼です。
 街道から外れなければ危険は最小限に抑えられます。
 ――但し、日没までには戻ってきてくださいね?」

その警告は、以前に纏めたいた記録に添ったもの。
ほんの少しの助言に見えて、誰かの死を未然に防ぐための一手。
他にも幾つかの情報を伝え終わると、冒険者達の表情は幾らか和らいだ様だった。

「――貴方達の旅路に幸多からんことを。いってらっしゃい、どうか気をつけて。」

そうして、彼らを送り出す。
僅かばかりの、祝福の言葉と共に。

アーシェ > 扉が閉まり、――昼過ぎの静けさが訪れる。

胸の奥には、微かな痛み。
それは午前中に書いた報告書の余韻。
安否の知れぬ者達の名を刻んだ重さが、まだ指先に残っている。

けれど――女は前を向く。
疲れても、迷っても、痛みに押しつぶされそうになっても。
立ち続けるのが、受付嬢としての務め。
彼女は筆を取り、帳簿を開き――静かに仕事へ戻っていった。

ご案内:「冒険者ギルド/受付前」からアーシェさんが去りました。