2025/11/08 のログ
ご案内:「冒険者ギルド詰め所」にアーシェさんが現れました。
アーシェ > ――受付嬢と言えば、人はどの様な職業だと受け取るのだろうか。
ただ笑顔を振りまくような仕事とは異なる、美しいことばかりでは、決してない。

報告書の中には、輝かしい戦歴や、偉業を成し遂げた記録の他に――
血と絶望に彩られた結果が眠っているのだ。
それらを紙の上に留める事も、受付嬢の務め。

”無惨な結末”とでも書けば簡単。でもそれだけでは人が生きていた証にはならない。
――女は書き記された文面を静かに読み取り
いつものように紙の上にペーパーウエイトを置き、インク瓶へとペン先を浸す。
出来る限り、事実を正確に――けれど、喪われた命へ、敬意をもって記す、のだ。

――時に、女性の冒険者が辿った末路の報告もある。
若く、希望に満ち溢れた少女達の――最期を。
戦士や、魔術師、治癒師…仲間と共に旅立った彼女達が
帰らぬ人となって戻る――…そんな報告書を書く夜は、どうしても息が詰まる。

アーシェ > 「――せめて、名前だけでも。綺麗に、丁寧に。」

報告書の文面は、読み進めれば進むほど、無惨で、残酷で。
柳眉が寄り、背筋が凍りつく感覚と、身の毛が弥立つ内容、だった。
指先からは汗が滲み、ペン軸を持つ手が震える。

記される文字からは、冒険に心を躍らせるような想いも
仲間達と夢を語った声も――何もない。何処にも、感じない。
淡々とした、冷たい結果が並ぶだけ。

『交戦により死亡』
『損傷甚大、引き取りは困難』
『破損した所持品の回収』

彼女達の声は、記されていくその行間からは聞こえない、涙も――見えない。
ペン先を走らせる音が、まるで墓標に名を刻むよう。
旅路へ心を躍らせ、行く末を夢見る者たちの世界の片隅で記録を残すという行為は――残酷な仕事だ。

アーシェ > 扱う記録の中には、読む者の心を痛めつける内容が多い。
戦場で起きることはどれも”綺麗な死“ばかりではない。
だからこそ、女はその惨状を、感情ではなく記録として残すのだ。

『書かなくていい』と上官に伝えられた事がある。
女性が記すには残酷過ぎると。報告を読む者が忌諱に触れると。
――それでも、女は筆を取る。

ただ、喪われたと言葉で包んでしまえば、その人の生きた証が何処にも残らないから。
書き記すのは、情景ではない。事実の列挙。
何が起こって、何処で命が断たれ、何が損なわれたのか。
読み手が想像しうる部分は女が引き受けて、出来るだけ言外に示す。

「この子達が最期に何を思ったのかは――誰にも解らない。
 ――ならばせめて、残せるものは、残さなければ。」

――弔いなのだ、此れは。

アーシェ > …一旦手を止め、深く息を――吐いた。
胸奥が、直接掴まれるような冷たい痛みが奔るようだった。
もう、自分以外にギルド員は居ないから、その瞬間だけは机の下で握った掌が震える。
――其れでも、再びペンを持ち直して、再び文字を走らせるのだ。
惨状を書き残すことは即ち、その人の存在を無かったことにしない為の手段。

恐ろしい話を文字にするのは、心を削る。
でも、それでも――誰かが記さなければ、本当にあの子達は消えてしまうのだ。
誰からの、記憶にも、残る事無く。

血と悲鳴と絶望を記録に整えて。込めるのは、哀れみでも涙でもなく、
喪われた者達への敬意であり、この世の片隅からの祈り。

「―――どうか、安らかに。」

聲は、誰にも届く事はない。
でもこれは、とある人が生き、そして終わったという事実を見届けたという証明。

アーシェ > 報告書をまとめ終えると、一つの帳簿を開いた。
危険地帯報告集――と書かれた、一つの資料集。
被害傾向や魔物の行動域、行軍経路、報告から上がる違和の記録まで残されている。

「…この型の魔物は夜間に群れを成す…と。
 遭遇した冒険者達は、規模の判断を誤った形跡が――
 ……ここで野営をする場合は、注意書きを添えて置かないと。」

もう、手の震えは止まっていた。
犠牲を無駄にしてはならない――記録とは未来へ渡すための手段。
其れがあるからこそ、悲劇を防ぐ材料となるのだ。
明日、依頼表に小さな注釈を加えるように上官へ頼んでみようか。

その一言が、運命をほんの少しだけでも変えてくれることを。
死を記すことで、生を守る。これが、自分なりの流儀なのだと。

アーシェ > 書くこと、知らせること…伝えること。それは決して、悲しい仕事ではない。
ご案内:「冒険者ギルド詰め所」からアーシェさんが去りました。