2026/02/07 のログ
ご案内:「私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「私邸」にさんが現れました。
影時 > ――贈り物とはいつだって心を悩ませる。

変にこだわりが深いといつまでも定まらず、かといって簡素に過ぎると少なくとも己が満足感を得られない。
難しいものだ。その心の働きが醍醐味と定義する一方で、億劫と考えるものも居る。
考え過ぎない、直感に任せるのにも限界がある。あとはまぁ、出たとこ勝負といった所だろう。

王都富裕地区。平民地区に近い辺りに建てられた館の煙突から、昼間の空に向かって煙が立ち上る。
その情景は何ら可笑しくない。竈で何か焼いていれば、当然ながら煙は上がる。
それがどこか甘ったるさまを伴うのはきっと、菓子を焼いているからだろう。
館の主の趣味というよりは、嗜好の追求の一端として、手ずから菓子を拵えることは少なくない。

作り方が分かり、材料が揃い、道具と環境まで整ったのなら、やってみよう――と思うのは、なに。男ならよくあること、だろう?

「…………――もう少しか」

煉瓦壁の館の一階、食堂に隣り合わせる厨房。料理屋もかくやとばかりに広く設備を整えたそこには、大きな竈がある。
大きいのは狩ってきた魔物を解体して焼くにも、パンを焼くにも有用。
もちろん、壁面に彫られた溝に沿って鉄板を何枚も差し込み、大量に焼き上げるのにだって重宝する。今がまだに其れだ。
待ち時間の間、丁寧に拭き上げた作業台の端に腰を預けた、たすき掛けの着物姿に男がちらと目をやりながら嘯く。
ちら、ちらと視線を交互にさせるのは、竈の扉と傍らに置いた砂時計だ。
硝子筒の中の色砂がさらさらと落ちて、落ち切ったのなら頃合い。――落ちた。

(よし)

小さく頷き、竈の扉を大きく開け放つ。むわっと噴き出すような熱気を感じつつ、ミトンを付けてセットされた鉄板を出してゆく。
ひとつ。ふたつ。みっつ。其れが終えれば、入れ替えに別途塊肉が乗った鉄板をセットしてばたむ、と閉じておく。
竈に放り込んだ薪はまだ今暫く燻る。竈の中に篭った熱気を用済みと放るのは勿体ない。こうしておけば、夕飯の支度のついでにもなる。
さて。作業台に乗った鉄板に整列した制作物を見遣ろう。丸いもの。四角いもの。甘い匂いを漂わせるナッツ入りのクッキーたち。
物によっては白やら赤やらの琺瑯めいたアイシングで飾られた、描かれたものもあれば、火の位置が悪かったのか……。

「……なかなか加減がむつかしいな。消し炭になってねぇだけマシ、かねぇ?」

炭の塊、炭化物にはなっていなくとも、焼け過ぎた個体も幾つか目立つ。
肩を竦めつつ、カウンターの方を見遣れば二匹、否、三匹の齧歯類が見える。
剥きクルミを抱え、何か話し込んでる風情な白い法被を着たシマリスとモモンガと、黒い燕尾を着たシマリスがもう一匹と。
声をかければ、三者三様に目をぱちくり。しなっと尻尾を垂れされるのは当惑か、そんなことを云われても、といった所か。

> ギルドと商店通りを巡って来れば昼も過ぎ、富裕地区の館へと足を向ける。
そろそろ帰るのにも慣れた道を進んで行けば、煙突から昇る煙が伺える。昼食の用意にしては少し遅い時間だ。
一度足を止めぼんやりと煙が流れて行く様を見上げ、ふと、手にした包みを見下ろし。一つ息を吸って再び歩み出す。

玄関扉を開ければ、外からでも香っていた匂いがよりはっきりと感じられる。
芳ばしい、ふんわり香る甘い匂いに誘われて、ふらふらと厨房へと歩みを進めて見えるのは、三匹仲良く胡桃を抱える毛玉たちと、それに語り掛ける男の姿だった。
いつぞやの如く、料理に勤しむその佇まい。
今日は何を作っているのだろう? 自然と期待した尾と耳がピンと立つ。

「……ただいま戻りました。先生、何を作っているのですか?
 甘い匂いがします……。これはクッキー……ですか?」

いつも通り愛くるしい毛玉三匹にも軽くただいまの挨拶をして。
すすすと足音を立てずに近付いて、作業台の方に目をやれば出来たての焼き菓子が並んでいる。
色んな形、色んな色のクッキーを興味深そうに眺め、パチパチと何度か瞬きを繰り返し、尻尾はゆらゆら。
少し焦げている物もいくつか見えたが、その程度は些細なことだ。だって、こんなにも甘くて美味しそうな匂いがしている。

影時 > この時期は日頃の友愛の感謝を込めて贈り物を交わし合う、らしい。
さて、自分は、自分達だと――どういった具合だろうか? 
例えば教え子。手元に置いてる、住まわせてる弟子の片方含め、その親、片親は疑うべくもない大商人である。
遣ろうと思えばという前置きはあるにしても、贅を尽くすと思えば幾らでも出来なくもない。
実際、その一端に触れ、預かっている点もある。この館の出所も巡り巡っては大商人の材の一部と言えなくもない。
己の懐具合で、張り合うという発想を考える時点で愚かしい。それならまだ、自分ならでは、の示し方をする方がよりらしい。

……自分に何ができる?

と、自問して。此れが出来る、と内心で返る人間はどれだけいるだろうか。
少なくとも料理については、戦うこと、殺すことと同じかそれ以前に先立つもの。それが暮らしの基本だから。
しかし、こうやってものを揃え、出かける弟子を見送ってから取り掛かれば、あっという間に時間が過ぎる。
この手の焼き菓子は初めてではないが、ここまで大量生産という芸当は、昔では考えられなかった。

(個体差云々に侘しく思わずに済むのは、……と?)

そう思っていれば、鼓膜を震わせる音がある。玄関の開閉音。
三匹の毛玉のうち、家の鎮守を任せた黒燕尾が先に反応し、続く二匹も僅かに遅れて反応して尻尾をぴんと立てる。
この具合だと、他でもない。誰でもない。帰宅してきたのだろう。

「おう、御帰り。寒かったろう。……見ての通り、と云う方が早ェなあ。
 いかにもクッキーだとも。ほれ、万愛節とか云ったか?この時期の。贈るためにな」
 
入ってくる姿に毛玉三匹は、おかえりー、とばかりに前足を振り振り。
足音も立てず遣ってくる姿をたすき掛けした着物姿の家主は、いよう、と片手を挙げて迎える。
焦げクッキーも目立つが、大量生産故のばらつきとしては、許容範囲だろう。
沢山焼く理由は自分だけで独占、一人占めしたいわけではなく、同居人たち含め、贈る宛の多さ故のことだ。

> 料理の腕に覚えがあれば自分で作ると言う道もあっただろう。
しかし、未だ未熟。野菜を乱切りにしたり、鍋を焦がさぬように火を見張る以上のことが出来ない娘では、人様に食べ物を送るとなれば市販品へと手を伸ばさざるを得なかった。
商店通りはそう言う者へ向けた万愛節用の商品が多く並ぶ。子供向けの者もあれば、大人向けのもの、種類も味も様々だ。
吟味に吟味を重ねて選んだものが、今、この抱える包みの中に入っている。

各々の葛藤と悩みの末に迎える万愛節は、はたしてどんな結末を迎えるやら――


二匹の姿は相変わらずの、師とおそろいの白い法被姿だが、新入りのもう一匹は依然と少しばかり姿が違う。
スカーフを巻いただけだったあの頃とは打って変わって、立派な燕尾服を着こむ執事姿である。これはこれで可愛らしい。
小さな前足を振って返す三匹に合わせて軽く手を上げつつ。

「少しだけ。厨房の火が灯ってるので、すぐ温まります。大丈夫です。
 万愛節……。先生は、手作りなのですね。これはまた……大勢に贈られるようで……」

ズラリと並ぶ大量のクッキー達。正確に何人弟子を取っているかも知らないけれど、きっと弟子以外にも送る人がいるのだろう。
例えば、雇い主様。例えば、馴染みの鍛冶師。もしかしたら学院の教師でも世話になっている人には送るかもしれない。
改めて師の人脈の広さに感心しながら、少し複雑な心境になって一度口を閉じる。
小さく一つ息を吐き。

「……先生、私の分も……ありますか?」

ポツリと呟く声は小さく、視線は伏せがちでどこか控えめな様子で問う。

影時 > 人間、必要に迫られることで覚えるものだ。
里の暮らしに於いて、本当に小さい頃ばかりは兎も角、いつしか炊事もやることも覚えた。叩き込まれた。
土いじりと鍛冶金工裁縫の類と、どっちが先だったか後だったかは――だいぶ昔のようで記憶に怪しいが。
だが、最終的には効率よく飢えを満たし、糧と身の回りを整えるためには、嫌でも必要であったのは間違いなく。

この館の暮らしで、学院や冒険者ギルドからの帰り路で総菜、出来合いのものを買って帰ることも多い。
それでも大半は、ほぼ毎日自分で包丁を握り、火を起こし、煮炊きを行っている。
弟子もいずれはこうなれ、とまでは言わない。遣りたくなったら、遣ってみろ、と嗤って場を貸すが。

「だと、良いが。……ポットに湯を仕込んでおいたから、茶でも入れるかね。生姜風味の茶葉があったろう?
 
 すこーし前までは、出来合いの奴を買ってたりしたんだが、今ならこうやって仕込める場があるからな。
 篝よ。自分が贈った奴が他の誰かと被ってンのは、ちと嫌だろう?
 手作りなら間違いなく被ることもないし、こうして焼き締める菓子なら日持ちもするしな」
 
直接の弟子としては、小柄を含めて三人。全員小柄である――のだけはさておくとして。
だが、贈る宛が何人も居るのは確か。
トゥルネソル家の教え子、雇い主とその縁者各位、喜んでくれるかどうかは兎も角、鍛冶師にも贈ろう。
教師の何人かも考えておきたい。そう思いつつ、厨房の片隅の方もちらと見る。
包装梱包用の小箱、飾りの類も見える。クッキーが冷えたら検品し、具合がいいものを選別しなければなるまい。
そう思いつつ、棚の方に向かおう。カップ、茶器、茶葉。魔導機械のポットには既に湯が沸いている、と思っていれば。

「――……云うまでもなく、って奴よなぁ。忘れるものかね?」

問われる言の葉に草履の足を止めつつ、心配無用とばかりに笑って頷こう。

> 迫られて覚えることと言うのは多い。身近なもので言うなら言語がそうだ。
読み書きができずとも、身振り手振りから学習して身に着いていく。
料理もまた、迫られ、試されることがあれば嫌でも覚えることになるだろう。

忍術も料理も、人生までもまだまだ修行の身。
日々の暮らしの中、出来ることから少しずつ学んで覚え、人間らしく生きる術を得ている最中。
この弟子が自ら一人で飯炊きをするにはまだまだ時間が掛かるだろうが、いつかは、いずれは、である。

「ん、はい。まだあったはず……確か、そこの棚に。
 ……それは……確かに。誰かと同じものは、少し……嫌、かもです」

言われて茶葉の置き場を思い出し、師が向かう前に其方へ足を向け戸棚を探る。取り出したるは鉄製の缶で、振ればカサカサと乾いた葉の音がした。
手作りの良さは師の言う通りそこにある。他の誰とも被らない、心の籠った贈り物は特別だ。
納得の趣向を返しながら、カポンっと缶の蓋を開け広がる生姜の香りを楽しみ、茶の準備を進める手にそっと手渡して。

「っ! ……そう、ですか。それは良かった……です。安心しました」

笑って頷く顔に思わずホッとして、僅かに頬を緩め尾の先を小さく揺らす。
そして、抱えていた包みから一つの箱と、小さな包みを取り出して、それを大切そうに両手に抱えながら後ろ手に隠し。
お茶の席が整うまで暫し待つ。

影時 > 己の居た忍びの里は、里というだけあり、街でも町でもない。一見するまでもない村落であった。
故に慢性的に人手が足りない。一人でも多く、何かが出来るように仕込まれたものだ。
その延長上に今の生活があるというのは、喜ぶべきかどうか。まるで我に返ったように偶に悩まなくもない。
だが、結論は決まって明確。“出来ないよりは良い”“出来ることを良しとせよ”だ。
縄が編めるなら、それを売って暮らせる。縄を編めるならそのうち草鞋も作れるようになるだろう。履き物の宛が出来る。
料理が出来るようになるなら、冷えた、ないし塩辛く、ぱさぱさとした食事からも無縁になれる。

「ここか、と……篝が早かったか。助かる。

 被るをあンまり気にし過ぎると手段に詰まるから、塩梅が難しいがね。
 あと、此れが一番の問題か。――身も蓋もない云い方をすれば、俺の上客は金持ちと貴族であって、だな。
 小一時間店に並んで、やっと買える程のお宝じみたものは、ともすれば慣れてるかもしれなくてな」
  
茶葉の置き場と言えば、弟子の認識、覚えの方が早かったか。何を呑むか、と示したのもあるが。
フレーバーティーという類はこの国に来てから覚えたが、生姜含め薬草、生薬と一緒に煎じた類は味も効用も面白い。
匂いがきつければ、蜂蜜を加えてみても良いというのも体験としては、実に新鮮であった。
だから、こうした抹茶とは違う茶葉の類も、いつの間にか缶の類が幾つか増えていた、揃っていた。
手渡してもらう缶を頷きと共に受け取り、焼き立てクッキーが並ぶ台の端で茶の支度をする。
魔導機械のポットは、水を入れてしばらくすれば煮立たせて湯となるという便利なもの。
茶葉をポットに目分量ながら慣れた手つきで入れ、さらにポットから湯を注いで――、

「と云うか、丁度焼いててな。その鉄板に丸いのにちょんと、耳が付いてる奴無いかね?白く飾った奴」

どれが、弟子に渡す分であったか。カップに茶を注ぎ、二人分支度し終えればそれを示そう。
型抜きでもあれば良かったが、無理なら爪楊枝で伸ばした生地を切り出し、そのカタチにする。してみた。
素朴な茶色い焼けた生地に白砂糖のアイシングで、ちょっとぶきっちょだが猫の顔っぽくした分が数枚並ぶ所がある。

それが小柄な弟子の分だ。

> ちょっとしたお手伝い。それにも律儀に礼を言う声に得意げに尾を揺らし、魔導のポットに入れた水が湧くのをコトコトと待つ。
その傍らで師の話に耳を傾け、理由を聞けばなるほどと二度頷いた。

「ん。塩梅、難しいです……。
 影時先生のお客様は皆裕福で、贅沢も、珍しい品も、皆慣れていると……。
 プレゼントをするのに、それはとても困る。
 苦労して手に入れたものが、相手が既に持っている品だったりすると……とても、格好がつかない」

それ故の手作り。これなら確かに誰とも被らず、見栄えもそれなりのものが出来る腕前なら贈り物としても申し分ないはず。
ふむふむ、頷いていればお湯が沸く。茶葉が開き始めれば、一気に生姜の香りが立ち込める。
カップに注がれた生姜茶の香りを楽しみつつ、言われて鉄板の方へと視線を向ける。

「んと……丸いのに、耳……。これ、猫……ですか?
 わぁ……。猫の……クッキー……っ! かわいい……キレイ……」

アイシングで白く彩られたクッキー。三角の耳がついた猫の顔に見えるそれをジーッと見つめ、ちょんっと人差し指で触れて、パチリと大きく瞬く。
美味しそうな匂いに食欲はそそられるのに、これはあまりにも……。あまりにも愛らしすぎる。

「家宝にします」

恐る恐る一枚手に取って、乗せた掌を掲げ真面目腐った顔で振り返り断言した。
それくらい気に入ったと言うことだろう。

影時 > 後片付けについては、少し手を借りたいかもしれない。
分身を使うというのも確かに練習にはなるが、文字通りの人出は頼んで借りるに限る。同じ屋根に住まうことの大事さだ。
生地の使い残しはまだ冷蔵庫にある。フライパンを使って焼く、という遣り口も出来る。

「な? 雇い主殿は金に飽かせるまでもないかもしれんが、何分方々に関わりも多い。

 この時期の貴族やら金持ちなら、甘い言葉と共に装飾品の類でも贈るのかもしれんが。
 ……この場合、菓子よりも深刻だぞ?
 全く同じ意匠、、全く同じ宝石で作らせた指輪やら耳飾りを貰うとなったら、余計に嗤い難いなぁ」
 
今の住処なら金工の類も出来るには違いないが、そこまでのレベルになってしまうと、足りないもの尽くしになってしまう。
其れならやはり間違いないと云えば、菓子作りの方に軍配が上がる。現実的であると考えるに至った。
生菓子も考えるが、日持ちしない。重いケーキよりも茶請けにし易いものの方が良い。
この時期のあるある的な話を笑い話がてら述べつつ、ポットから登る芳香に、ほっと息を吐く。
毛玉達も生姜の匂いは食べはしなくとも、嫌いな匂いではないらしい。ぱたぱたと尻尾を振る気配を感じつつ。

「――はー、良かった……、ちゃんと、猫らしく見得たか。その辺り、ちと不安でな。
 そう、猫のクッキー、だ。ごつごつした塊が交じってるのは、砕いたアーモンドだな」
 
意匠は、分かってくれたらしい。白いアイシングにしたのは勿論、他の誰でもない。弟子の髪と尾の色に合わせてのこと。
バターの微かな匂い、甘い香りにちょっと混じるアーモンドと。咀嚼感も我ながら工夫できた。
金属の型抜きではなく、手作業でちまちまと型作りしたのは、輪郭の不ぞろいさから伺えようが、気に入ってくれたらしい。

「家宝ときたかぁ――……嬉しくはあるが、大袈裟すぎねえかねえ」

今の塩梅なら、そろそろ手に取っても大事な頃だろう。
ぱちくりと瞼を瞬かせつつ両手にカップを持って歩み寄り、ちょっと困ったように笑いながら台に片割れを置く。
直ぐに腐らずとも、何分食べ物である。食べられるうちにとは思うが。だが、悪い気はしないのも確かで。

> 片付けの手が必要とあらば、喜んで応援に駆け付ける所存。
素敵なクッキーを貰ったお礼に、お皿も調理器具もピカピカになるまで磨いてしまおう。
残った生地の使い道さまざまであるが、時間が許すなら後日一緒にフライパンを用意して茶菓子を作るのも良いだろう。これもまた楽しみだ。

「装飾品? それはまた……大変なことになりそうです。
 下手をしたら修羅場が起きる?」

商人への贈り物も、貴族相手とはまた違う苦労があることに途方もない感覚を覚えるが、所詮は他人事。大変だなぁ、とのんびり話を聞く。
宝飾品、装飾品の下りには、見栄を張ったご令嬢たちの熱いバトルが繰り広げられるのを想像したが、これまた貴族に知り合いなんていないので他人事。首を傾げて、猫は面倒くさそうに嘆息した。

今でさえ焼き菓子、和菓子とその見た目にそぐわぬ繊細な菓子作りの腕前を上げている最中。
この館で金細工を弄るようになったなら、ますます手広く何でもできる忍へと師はランクアップするのだろう。

「大げさじゃないです。ずっと残しておきたい……くらい、嬉しい。
 影時先生、ありがとうございます」

手に取ったクッキーはもうすっかり固まっていたようで、触れても後がつくことはなく。
言われたてひっくり反せば、裏面にはアーモンドの欠片が見え隠れしている。
どんな味だろう? 少しだけ齧ってみたいけど、せっかくのクッキーが……。耳が削れたら可哀そう……。
嬉しそうに尾を揺らして礼を言うが、クッキーを見つめれば見つめる程、大切にしたい思いが食欲に勝って食べにくくなっていく。

「くうー……。
 あ。先生、私も影時先生に贈り物があります」

ギュッと目を閉じ悩んでいると、はっと思い出したように目を開けて、先に取り出していた箱をまず差し出す。
包装紙で綺麗にラッピングされた市販の菓子だ。中には丸いチョコレートが5つ並んでいて、それぞれに違う種類の酒が閉じ込められている。所謂チョコレートボンボンである。

影時 > 片付けが出来るのは大変偉いことだ。こういうことを面倒臭がる、嫌がる子は意外と多い。
埋めて始末できる、燃やして始末できるものなら、それもいい。野営の勘所はどれだけ水仕事を減らせるかだ。
だが、ここではそうもいかない。食器も調理器具も、ちゃんと洗ってまた使えるように奇麗にしたい。
フライパンでクッキーを焼くという芸当も、暫く前に二番目の弟子と菓子作りをトライしたときに覚えた一つ。
知見を得れば、応用が利く。横着じみたことをやらかして失敗したっていい。何度でも楽しめる。

「この時期あたりに流行る意匠とかもあるよう、と思えば、な。
 ……請け負う職人も職人で、他の誰々と被ってるとか洩らそうにも仕事柄洩らせんだろうし」
 
誰々に贈るため、とか職人事細かに語る依頼主も、居るかもしれないが、きっと滅多に居なさそうだ。そう思う。
上には上の苦労がある、とはよく言ったもの。
そうまでせねば得られぬ愛がある、伝えきれぬ愛がある――と書いたら、下手な売り文句じみていて苦笑が滲む。
自分達は自分達になりに遣れば、いい。昂じ過ぎて高価な品の応酬し合うのは、色々と後が怖い。
その際に入り用になりそうな金工の技はまだ良いが、宝石をカット、磨くといった作業までは無理だ。
……一から十まで、素直に職人に頼む方がきっと、間違いない。高価なものを贈るなら、ただ贈るだけでは済まない。

「どういたしまして、だ。後で包むから、その時に改めて持って行ってくれ。
 ……望むなら、また作ってやる。せめて湿気ないうちに、頼む」
 
今となって思えば、飾り方には工夫も出来ただろう。目やヒゲに色を付けたり、ドライフルーツでも使ったり。
造りとしては初挑戦もあれば、大変素朴だ。なのだが。こんな風に喜んでくれるとは思いもよらなかった。
後で箱に入れる時、気をつけてそっと入れてやろう。味見には端材じみた処を焼いた処でも出そうか、と思えば。

「おお、贈り物か。……開けてみてもいいかね?」

交換、とばかりに差し出される箱を受け取る。カップに伸ばしていた手を戻し、受け取れば重みを確かめる。
酷く重いというわけではないが、大事そうに受け取って何が入っているのだろうと思いを馳せる。
“開けていいか?”と目で問う。許可が出れば、几帳面に包みを丁寧に開いて、中身を確かめよう。
すん、と微かに香るチョコレートの匂いにも負けない、馴染みあるものを鋭い嗅覚で嗅ぎ取れば、ははぁ、と笑ってみせようか。

> 「流行りに乗れば皆似たデザインに偏ります。一からのオーダーメイドなら別でしょうが、既存の商品となると……。
 職人も大変、ですね。やはり、手作りにするのが……うん……」

既存の品にイニシャルを掘るならまだしも、完璧なオーダーメイドとなれば、相応に値段も跳ね上がる。
職人のスケジュールを押さえて、デザインもじっくり悩んだものを贈る。そこまで来ると、ちょっとしたイベントではなくそれこそ一世一代の大勝負。婚約指輪を贈るくらいの気概が必要だろう。
得られぬ愛。伝えきれぬ愛を、と謳う万愛節商戦は、それはそれは経済を潤すことになるに違いない。
その辺、商人のご意見を怖いもの見たさで聞いてみたいものだ。

宝石加工やら最終の仕上げなんて職人技は本職にお願いするとして。
売り物にするつもりでは無いのなら、プロには及ばずとも、心ががこもっていればそれで良い。
料理もそうだ。受け取った相手が喜んだなら、それはもう大成功だろう。

「はい、待ってます。う? うー……はい。傷む前に、食べます……」

飾りとしては素朴な方かもしれないが、娘にとってはこれでも十分猫の愛らしさが伝わる出来である。
自分の毛色に合わせて白く塗ってくれたところが、特別嬉しいようで、もう暫く眺めていたい気持ちもあったが大人しく鉄板の上に戻し、冷めて包んでもらえるまで我慢しておこう。
味見にと余った端を出してもらえるなら、それはそれで喜んでいただきたいところ。
この甘い匂いを嗅いでいるだけで、もうお腹は甘味を求めてやまないのだ。

さて、差し出した箱を受け取ってもらえれば、緊張した面持ちで深く頷く。

「ど、どうぞ。生憎……市販品ですが、先生のお口に合えばと……」

特別高級な品と言う程では無いが、それなりの値段のする大人向けのチョコレート菓子。
酒が好きな大人の男性に贈るものとして、店員に相談して進められたのがこの品だった。
チョコレートの中に仕込まれた酒の味がブランデー、ウィスキー、ラム酒などなど一つずつ違うように、チョコレート自体もナッツを砕いたものが混ぜてあったり、ホワイトチョコレートでコーティングされていたりと、様々である。

影時 > 「流行りという取っ掛かりに乗ったら、それもそうなるか。
 ……風の噂に聞いた話なンだが、一年前から職人に依頼する手合いも居るそうだぞ。
 とは言え、身を飾るばかりじゃあなく、色々と術と願いを篭めたりした服を贈りたい需要もある。難しいもんだ」
 
オーダーメイドというのは厄介で、既存品ベースでも素材レベルで置き換え、厳選が生じる域もあり得る。
売れっ子のデザイナー、職人となれば、事の取り掛かりは一年前から、ということもざらではない。
単に求愛ばかりではない。師弟、親類の縁で贈る相手の無事を願ってといった贈り方も、ある。
それがどれほど高価でも命には代えがたい、という見方、考えかたもあるのが、この国らしい在り方ではないか。

今は心の中に引っ込めておいたがアクセサリーという程仰々しくなくとも、組紐、飾り物と云う手も考えた。
剣の柄や小物のストラップのように出来る、ちょっとしたお守りがてらのもの。
今はこの贈り方が当たりだったが、次には合わせて一緒に考えるか。……練習はしておきたい。

「是非是非そうしてくれ。……お前さんの鞄の中に入れておくのも、ナシ、だぞ?」

今回拵えた猫の顔型クッキーも、次にまた遣るならもっとより上手くできるかもしれない。
溶かしバターか油を塗って重ねた生地でやれば、数枚分纏めて形取りが出来るだろうか。
毛玉達だけが、今は知る。しかめっ面で唸りながら、伸ばした生地から形を出し、不慣れに絵付けしていた飼い主の風景を。
大人しく戻してくれる姿に、ほら、と。並ぶ鉄板のうち、出し入れ時に掴んでいた側に近い不揃いクッキーを小皿に出す。
クラッシュアーモンドたっぷり、齧歯類も喜ぶ食べ応え抜群。お茶と一緒に味わうときっといい。

「どーれ、と……ん、こりゃ、珍しいな。普段呑まない味は、嗚呼こりゃラム、か。良いなァ此れ」

さて。弟子が贈ってくれた物のひとつを、早速試そう。チョコレート菓子は普段からやらないだけ、かえって新鮮だ。
こういうものは丸いものもあれば、酒瓶のカタチをしているものもあり、眺めるだけで楽しい。
勘任せに一個を剥き、口の中へ。舌の熱で溶かすように味わっていく中でとろり、と。溢れる酒気は馴染みの味とは違う。
普段呑み付けるのはドワーフ仕込みの蒸留酒だが、此れは違う。
素材から違う船乗り好みのそれは、間違いない。匂いですぐにピンとくる。悪くない、と素直に頷き笑って。

> 【次回継続にて】
影時 > 【次回継続にてー】
ご案内:「私邸」からさんが去りました。
ご案内:「私邸」から影時さんが去りました。
ご案内:「私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「私邸」にさんが現れました。
> 「そこまで気合の入ったものとなると、貰う方も気を遣ってしまいますね。
 ……先生は、そう言う……術を込めた小物や服の贈り物は嬉しいですか? それとも、困る……?」

毎年のイベントごととなれば、一年前から綿密に準備を重ね依頼する者も確かにいそうではある。
そこまでの代物は受け取る方も贈り手の思いを汲んで応えねばと、気負ってしまうのではなかろうか。
恋愛。親愛。友愛。師弟愛。どんな形であれ贈る思いは、重くなりすぎてはいけないのかもしれない……。
もし、そう言ったものを贈るとして、師を困らせることにならないか、それが気がかりでジッと暗赤を見上げて問いかけた。

「う゛。……はぃ、ちゃんと食べます……。
 あ、わぁ……っ。いただきます。

 ん、んぐ……美味しい……。歯ごたえ良好……。甘くて、サクサク……」

ぎくり。としたのは隠しようもない。鮮度が保てる素敵な鞄の中に保存する手は残念ながら釘を刺されてしまった。
ペタリと耳は伏せ、尾は下がり、反省の仕草を見せながら、差し出された小皿を見れば尾はゆっくりと持ち上がり。
一欠けら摘まんで口に運べば、アーモンドの芳ばしさが広がり、バターの香りと優しい甘みが口の中に広がって、口元は綻び笑みの形に、耳も尾もピンと立って興味津々の様子。
眉間に皺を刻みながら丁寧に生地を練り仕込んだ甲斐は十分にあったと言える。
水面下の努力を見せたがらない師のこと、来年も慣れない菓子作りにチャレンジする光景を見せてもらえるか定かでは無いが、もしもその一部を見れたとしたら、きっとその菓子を食べる時は一層特別に美味しく感じるのだろう。

「先生、気に入ってくれた……。良かったです。
 ブランデーやラム酒はいろんなお菓子と相性が良いと聞きました。
 私は飲んだことは無いのですが……ラム酒、先生お好きでしたか?」

大きな口の中にパクりと消えるチョコレート。体温で溶けて染み出て来る濃い酒の味は好印象だったらしい。
向けられる笑みに釣られて、表情以上に感情豊かな尾の先がふるふると揺れる。喜んでもらえた。良かった。嬉しい。
噛みしめるように俯いて、淹れてもらった生姜茶を手に取る。
軽く息を吹きかけて冷ましながら、ちびちびと、舐めるように飲んで、湯と生姜で身体を温めよう。

影時 > 「平民等から見たら、一大勝負みてぇなコトを余興のようにやるンじゃぁない、と。そうも言いたくならぁな。
 だが、これもまた日常、いつものこと、と出来るチカラの証明でもあるから恐ろしい。
 
 ……んー。嬉しくないワケあるものかね。宝物のように大事にしたくなるもんだ」
 
若しかしたらそのためだけのお抱え職人も、居たりするかもしれない。
専任、専門となると作り手としてフラストレーションが溜まりそうだが、兎に角贅を凝らした作品が作れるとしたならば。
想像して、直ぐに止める。目にも派手派手しい装飾よりも、侘び寂びが効いた類の方が間違いなく性に合う。
好みは人それぞれ。相互に好きなように、困らないようにやっていければ良いのではないかと思考停止してみれば、問いが響く。
その言の葉に少し考え、るまでもない。まさに弟子が云うような小物が、腰に飾るものの一つだ。
嬉しくない――なんて言い切った日には、ちらと見るまでもない。
いつのまにか近くまで来た三匹が、ちっと舌打ちげに明後日の方角を向く。おい、新顔。お前は俺の式紙じゃあなかったかね。

「せっかく気持ち篭めて焼いたんだ。疲れた時にでも食べてくれりゃア、俺はそれで満足だ。
 っと、どーれどれ。レシピ通りに拵えたから間違いはない筈だが……と、もう少し甘味抑えた方が良かったかねえ」
 
この弟子なら、遣りかねない。気持ちは分からなくもないが――大事に食べてくれる方がもっと嬉しい。
ぺたんと耳も尻尾も伏せ、垂らす有様に怒る気はない、と笑いつつ、ほら、と小皿を差し出して己も一かけら摘まむ。
日常の食事以上に菓子作りは分量の計測がとても大事だ。下手な目分量、勘任せは繊細な調和(バランス)を台無しにしかねない。
焼成環境、焼き加減は兎も角として、しっかりと計量と工程を守った甲斐あった味わいは、十分得心が行く。
大人の舌としては贅沢すらある甘みは抑えてもよかっただろうが、この位が疲労回復にもきっと、丁度良い。

――結論。成功、だ。満足げに頷こう。

焼き皿たる鉄板には、渦を巻いたような絵柄やユーモラスな竜の顔のようなカタチのものもある。
カタチ作りしたものはどれも、ぶきっちょな感すらあるが、気に入ってくれるだろうか。

「どれも薫り付けにはいい酒だ。ウィスキーも良いが、甘いのに合わせるにはちと独特が過ぎる。
 普段吞みはあんまりしないが、好きな方だ。ただただ強いだけの酒にはない旨味がある」
 
弟子が口にした酒は、呑む頻度は多くなくとも味は知る。チョコレートに目立つ糖分の強さに香りの華が咲く。
そうとなれば、残りも同じか別種の蒸留酒が入っていると見立てよう。
読書の合間に、きっと良さそうだ。そう思いながら大事に蓋をして、台に起きつつカップを持つ。
二度、三度と喉を潤しながら、続く工程を思い出そう。渡すにしてもちゃんと包装してあげなければ。

> 「貴族や大商人……権威を見せるための散財も、金持ちのなせる道楽と考えます。
 ……そうですか。大事に……する……」

余りに別世界の話過ぎて、庶民の身では理解に及ばぬところが多い。
お抱えとなった職人は、喰いっぱぐれることがない安定を得る代わりに、創作の自由が奪われる。
安定と自由。野良猫と飼い猫の違いと同じ、どちらが良いかは人それぞれだろう。
中には上手いこと契約を取り付けて生きやすくやっている者もいるかもしれないが。

少しの間を置いて返された声に、ほっとして胸をなでおろす。
ふと、小さな舌打ちが聞こえた気がして三匹の方に目をやったが、皆どこかを見て知らん顔をしていた。
何とも言えぬ様子の師をキョトンと目を丸めて眺め、コテンと首を傾げた。

「うん、大事に……少しずつ食べます。
 そうですか? 私はこれくらい甘いのが良いです。疲れてる時、元気が出ます」

一緒にクッキーを齧りながら、もぐもぐと感想を言い合いお茶を楽しむ。
とても有意義な、穏やかな時間だ。ここ最近には無かった時間だ。
こういう、ありふれたいつもの時間が幸せなのだと聞いたことがある。確かに、その通りだと自覚して生姜の香り肺いっぱいに吸い込み、温まった息を吐いた。

鉄板の上に並ぶ幾つものクッキーは、それぞれ贈る相手を思いながら作ったことが伺える。
このユニークな竜は姉弟子に贈るものだろうか、それともその姉上の方か。
少々歪なところも味である。みな一つ一つ違って、それが良いのだ。
少なくとも、努力の跡が見える猫のクッキーを貰った娘は、それを家宝にすると宣う程に気に入った。

「なるほど。匂いが強すぎるのも、問題……。適材適所? 菓子には、菓子に合う酒がある。
 ん。先生の好み、把握しました。土産に買って帰る時の参考にする」

感想を良く聞いて覚え、次回に活かす参考として真剣な面持ちでいた。
この様子なら、きっと残りの分も師は気に入って食べてくれるだろう。心配する必要は無さそうだ。
そうして、師がクッキーの包装に取り掛かる前に、飲みかけのカップを一度置いて、声を掛ける。

「あの、あと……もう一つ……お渡ししたいものがあって……」

おずおずと顔色を伺いながら、思い切って、包むように握った両手を暗赤の前へと差し出す。
ゆっくりと解き開けば、チョコレートの箱と一緒に取り出していた小さな包みが、その掌にコロンと乗っていた。
受け取り包みを開くなら、中には、座した猫を象った小さな木彫りの意匠が一つ。紐を通すための穴は空いているが、紐はまだ結ばれていない。
ようく見れば尾の掘りに少し歪な部分もあり、素人臭さが残っている。
また、猫の底に炎と二本の剣の印が刻まれており、そこに術の痕跡を感じ取ることも出来るだろう。

「お守り……。火除けの呪い(まじない)を掛けました。
 先生……もらって、くれますか……?」

真っ直ぐに見上げる緋色は揺らぐことなく男を見つめる。
絞り出した声は小さく、緊張しているのか、少し震えていた。

影時 > 「……ったく。然り然り、だ。良い解釈でもある。与える誰かに喜んでもらう――以前に、道楽じみている。
 最終的に受けて返し合うに繋がるなら、良いンだが……」
 
……迂闊な事を云えば、この毛玉達は飼い主だろうが親分だろうが関係なく噛みに来る。
そっぽ向きながら、ぴーひょろと口笛吹きたげな毛玉達に溜息を吐き出し、気を取り直そう。
自分も自分で金を撒くような使い方はしたけれども、上には上が居り、理解し難い価値観がある。
――ただ、其れだけを認識しておけばいい。真に心が通い合っているかどうかまでは、最早計り知れない。

「是非ともそうしてくれ。無造作にバクバク食べてくれるより、俺は嬉しい。
 ――ふむ、なら良いか。味加減はやっぱり聞かねえと分からねェからなぁ。参考になる」
 
普段作りがち、考えがちなのはバターや砂糖で重くない方向性の菓子だ。
一方でその真逆の品の作り方も、今のような時のために押さえておきたくもある。手慰みに丁度良いのだ。
ぼうと一日を無為に過ごすよりは、いい。
確か、シェンヤンの或る神獣族の老師は、日々の暮らしの中にこそ鍛錬が詰まっていると説いたと聞く。
間違いではない。繰り返しの中で研ぎ澄まし、作業を精妙とする過程。最適化する作業。それは日常の積み重ねに潜む。
そうでなくとも何気ない日々の積み重ね、闘争は真逆の時間にも幸せがある。張り詰めた糸は、過ぎるとふつ、と切れてしまうのだから。
口の中に残る後味を生姜風味が効いた茶で流しつつ、得た感想を噛み締める。

――あとはまず、一番弟子含むトゥルネソル家の者にウケるかどうか、か。

それはちょっと気がかりである。大丈夫だろう、とは思いたい。
竜っぽく見える形やら星めいた形は、まだまだ小さな子にも、受け入れてくれるだろうか。

「ウィスキーの匂いが、多少は例えやすいかね。
 ……厳密に調べたことはないが、原料を乾燥させる際に使う燃料によっては匂いが移る、とか。
 それが最終的な仕上がりに影響する、と聞いたことがある。チョコレートに合う合わないもあろうな。
 楽しみにしてる。あぁ、どうせ買うなら、船乗りがラッパ飲みする類は避けとくと良いかもな……と?」
 
この喩えも酒飲みでなければ、難しい処だろう。蒸留酒も色々あるのだ、と。そう思ってくれればいい。
弟子が心配するまでもなく、今回ボンボンを仕立てた処は己が思う以上に酒を厳選していよう。
だから、心配はしていない。それはラム酒の現物を買う時位だろうか。
ラム酒もウィスキーもピンキリ。純粋な安酒より、少しだけお高いものの方が、きっと菓子作りにも使えよう。
あとは弟子の財布次第。無理、無茶はしないだろうが、と思いながらかかる声にふと動きを止めるのは。

「……ふむ? ――こいつはぁ……」

もう一つ渡されるものだ。差し出されるものを掌で掬うように受け取れば、ころんと。物がそこに乗る。
木彫りのお座り猫、というものだろうか。紐が通せそうな穴はあるが、今はまだ通し結われてもなく。
造りの全体を眺めまわすように傾け、転がしてみると、直ぐに底面に刻まれた印に目が行く。

「……――無論。男に二言云々とか言うまでもなく、大事にするとも」

呪いのある無しに関わらず、大事にする。この小ささなら、腰帯に引っかける印籠の根付にすると良い具合だろうか。
先客の風の水晶飾りところんと並ぶ火の猫と。取り合わせの意味でも、きっといい塩梅になるだろう。
大事そうに左手に持ち替え、ぎゅっと握りながら、右手を伸ばす。緊張に揺れる姿の頭を優しく、落ち着かせるように撫でてみようと。

> 同意が返り、一緒になって頷き合っていれば少し楽しくもある。
太々しくも愛らしい毛玉たちの反抗心、或いはツッコミ魂が盛んである様子。その飼い主はやれやれと言った調子であった。
一種のお約束。漫才染みたそのやり取りは見慣れた側からすれば、今日も平和だと実感する要素の一つにもなろう。

「甘いものは、甘いほど良い。……とは言いませんが、お茶に合う甘みが丁度良いです。
 ラファルや他の方からもご意見を伺えると良いですね」

以前作ってもらった牡丹餅や、花の形の菓子、所謂和菓子である。
それと比べてこのクッキーは食感こそサクサクと軽くていくらでも食べられそうだが、あとで胃にずんと来るやもしれない。
食べ慣れていない者は特にそう感じるかもだ。どんなに美味しくてもほどほどに、だ。
日々の暮らしが鍛錬へと結びつくにするのは武に生きる者、皆が行きつく思考なのだろうか。
師曰く、極めすぎることはよろしくない。緩急こそが大事であるとか。
そこまでに至っていない未熟な弟子は、純粋に甘い菓子に口元を緩め、己と同じように喜びはしゃぐだろう姉弟子の様子を想像しながら、微笑ましく思っていた。

「んー、ふむ……。む? 乾燥させる時の燃料? んと、燻製を作る時……のような感じでしょうか?
 は、はいっ。頑張って、良い酒を選びます。安酒は買わない。うん」

酒の作り方は聞いたことがない故に、今一想像が難しい。例として挙げた燻製も、少し違うような気がする。
うーん、と悩み首を傾げていると、色よい返事が聞こえ、ピンッと三角の耳が立つ。
教えてもらった注意事項を頭の中に叩き込みながら、よし、と頷いた。
もともと金の使い道がない娘である。人への土産を買う時は手が出せる値段なら多少値が張っても持ち帰って来るだろう。

差し出した猫が掌から離れても、暫しそのままの体勢で師を見つめていた。
本当なら組紐を通して渡そうと思っていたが、どこに付けるか相手が選ぶ余地を考えると、あえて紐は通さずにおく方が良いとの判断。
既に師の腰には水晶の根付が下がっていることはわかっていたので、邪魔になってはと気を遣ったが杞憂だったか。
小さな猫が大事そうに手の中に包まれる様子を見ていると、緊張がゆるゆると解け、思わず安堵の息が漏れた。

「よかった……。ありがとうございます、先生。
 あぅっ、うー……。……んー、にゃー……」

宥めるように頭に触れる大きな手は温かくて、撫でられるとついつい微睡むほどに心地よく。
間延びした声が自然と漏れて心も緩み、頬も緩み。
撫でる手にそっと手を伸ばし捕まえて、ぐりぐりと頭を押し付けるようにしながら、顔を上げた。

「……影時先生、お慕い申し上げます。
 迷惑ばかりお掛けしている私ですが、どうか、これからもお傍に置いてください。
 もっと、もっと、色んなこと……教えてください」

穏やかな声音は心なしか抑揚が乗る。
改めて言うことでもないかもしれないが、思っていることは言葉にして伝えなければ伝わらない。だから、こういう時にこそ言葉にする。
日々の感謝と、師を大切に思っていると。
パタリと耳と尾を一度揺らし、満足したか捕まえていた手を放して、また飲みかけの茶へと手を伸ばそう。