2026/02/23 のログ
> 互いに反省して、此度の事は流すことに首肯を返す。
呪いの受け流し方、なるものは生憎弟子も覚えがなく、軽く調べてどうにかなる類のものなら良いが……。
戦場に立たず、知恵と暗躍を駆使し伯爵家を存続させてきた蛇のこと、元主の扱う契約魔術はどんな貴族相手にも通用する、特殊なものであると考えられる。
一筋縄ではいかない難問に挑むとは、また途方もないことかもしれない。
一先ず言えることと言えば、今後は互いに口を堅くしておくに越したことは無いと言うこと。

「他の弟子……、とは、言われましても。そも、友人の必要性を感じられません。
 ……影時先生も、ご友人はいないと以前おっしゃっていましたし。

 承知いたしました。返事を書く必要があれば、書きます……。
 そうですか、それを聞いて安心しました。
 ――聖騎士の方に、殴り込み……それは、重畳。
 あの男は嫌いです。骨の数本でも折られるようなら、私も胸がすく思いです」

友人云々と言われてしまえば、白い尾が不満げに揺れてぺしぺし、とソファの背を叩く。
姉弟子の他に弟子とは、きっと最近出入りしている何者かの事だろう。
姿はまだ見ていないが二つ隣の部屋に時々気配を感じることがある。きっと、また雇い主関連のご令嬢に違いない。
ジトリと半目になった緋色の目は、師をじぃっと見つめた後、嘆息と共に逸らされた。

また聖騎士と言う単語が出て来れば、以外に不安を感じた様子はなく、むしろ少し機嫌を良くして。
むふー。と息を吐き、澄まし顔で野蛮なことを宣うのだった。

「確認含め、ありがとうございます。 ――ん、少し、置かせて。
 ん? 形代……。変わり身の術、のようなものですか? 呪除け?」

受け取った紙袋は、そわそわそわわとしている三匹に断ってからテーブルの上に置く。
封を開けて中身を確認しながら、不意に隣で取り出されたものに目を向ける。
それは式紙にも似ているが、また少し違う。人型の紙人形を興味深げに眺めていると、コトコトと台所から湯の沸く音が聞こえて来る。
それを聞けば席を立ち。

「お茶の準備をしてまいります。
 直ぐに戻りますので、座ってお待ちください」

一言告げて、足音を立てずに台所へと消えていく。
暫くもしない内に、お茶の香りを漂わせながら戻って来るだろう。

影時 > 昔覚えたが、古びたままになったものにまた手を伸ばす。光を当てる。
単純に無意味――でもあるまい。此れは迷宮探索、今後も続ける冒険者としての在り方にも重要だ。
仮に今回の契約には畑違いで然程役立たないだろうとしても、脳裏に仮想敵に置く宛がある。
云わずとしれた件の“同胞”である。件の聖騎士が“死霊術師”なるものを話題にしていたことを、思い返す。
真偽は不明だが、不定期にかの人物を襲ってくる……らしい。
その矛先、得意分野、あの“挑戦権”等々を鑑みれば、準備と備え、研究は無駄にはなるまい。

「ったぁく、そこまで深く考えンな。
 ……そうだったかね? まぁ、はい友人ですと引っ張って来れねぇのはどうしょうもないが。
 兎に角、だ。はい、友達がここで出来ました、とか。そんなノリのようなものじゃなかろう、多分な。
 
 ――先方からの依頼含め、何かあったらクロジロウの口を借りてでも直ぐに伝える。
 ははははその点ばっかりは良くも悪くも否定できねぇわい」

白い猫尻尾がぺしぺし叩くさまを横目にすれば、ひょいと大袈裟に肩を竦める。
友人がいない……わけでもない。腰に揺れる印籠に付けた根付の片方の出元は、友人と思うものだ。
昨今出入りのための鍵を渡した二番弟子とも、他の子女とも関わりが出来ればまた変わるだろうか。
そっと内心で期待しつつ、むふー、とばかりに息吐く有様に思いっきり苦笑を滲ませる。
家令シマリスになる前の式紙を通じて見た、過日の弟子の有様は――余程に腹に据えかねていたのを知るだけに。

「この位、礼には及ばねえよ。
 形代ってぇのはな。敢えて云うなら使い捨ての魔除けだな。穢れをこんな風に乗せて、川に流したり、祭壇で焚いたり、とな」
 
置き場を求められれば、三匹は心得たとばかりに尻尾をぴこんと立ててその場を譲る。
そして置かれた紙袋に爪を立ててよじよぢ登り、紙の滑らかさに登り切れず滑り落ちたり、思い思いに動く中、紙を手繰る。
慣れた手つきを見れば、剣士でも忍者でもなく、呪符使いを名乗れるそうな程に手慣れている。
紙人形を一枚、卓上に置けば耳敏い一人として、気づく。
湯が沸いたのだろう。「分かった」と短く答えながら、足音なく厨房に向かう姿を見送る。
暫しすれば、戻ってくる様子を一人と三匹で迎える。後者も喉とお腹が空いたのか。別の意味でそわそわ気味にして。

影時 > 【次回継続】
ご案内:「私邸」からさんが去りました。
ご案内:「私邸」から影時さんが去りました。
ご案内:「私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「私邸」にさんが現れました。
> 暗殺者ギルドに関するイザコザは、此方から関わらなければ無いものと弟子は思っている。
あったとしても、顔も知らぬ死霊術師などではなく、あの眼鏡の彼女からコンタクトを取ってくる方が可能性としてはあるだろう。
無論、呪術や契約に関するあれこれは知識として取り入れることに無駄は無いと言う点については同意だが。

「宣言するものでは無いと。…………やはり、難しいです……。必要があれば、作りますが……。
 ……承知いたしました。そちらは先生にお任せします」

師に友人がいると言うことを知れば、初耳だと興味を抱くかもしれない。
毎日身につけている愛用の品が其れであると聞けば、関係の深さに納得もするだろう。
とは言え、友人とは何たるかを説かれ真面目な顔で聞いていたが、やはり実感も無ければ理解もし難い。
白猫はふむ、と考え込んで結論を出しすも、それは以前とあまり変わらなかった。
元同僚とのこと、そしてそれに関係している例の男の事。何事も無いことを祈りつつ、一先ずは良しとした。

「使い捨て……。身代わりになったものを、供養する……ような感覚?
 なんとなく、理解はしました」

話しに聞いてみて想像しながら何度か頷き、手慣れた様子で取り出された人形を一瞥する。
と、話は其処で一度切り、お茶の準備へと取り掛かった。
一人と三匹を残して台所へと向かうと、丁度沸いたお湯を火からおろし、前もって準備していたポットとカップ、小鉢へお湯を注ぐ。
カップの湯は温度が器に移ったら捨て、もう一つ用意していた小鉢にカシューナッツを、小皿に干し葡萄が練り込まれたパウンドケーキを一切れずつ乗せ、用意が整えばお盆に乗せてふんわりとアールグレイの香りを漂わせながら居間へと運ぶ。

「お待たせいたしました。
 今日の夕食の後に皆で食べようと思って、菓子を買ってまいりました。
 今は味見なので、一切れだけです。……味見の件は、ラファルにはご内密に」

お盆をテーブルの隅に置き、ティーポットとカップを二つ、菓子の乗った小皿をソファの前に置き、三匹の前には白湯の入った小鉢と、ナッツの小鉢を並べて置いた。
朝の内に市場で買ってきたケーキの説明を加えつつ、さりげなく口止めもしておく。
一通り並べ終えたらお盆を片手に席に戻り、蒸らした紅茶を注いだ。その仕草は、冒険者ギルドで見た黒髪の少女が見せたものとよく似ていた。

影時 > そう。敢えて火中の栗を拾う、藪を突く、虎穴に入る――表現は何だっていい。此方から仕掛けるべき動機がない。
如何に戦いが好きだからといって、その全てを己が一人で掌握できる状況には成り得まい。
紳士協定とも云うのか。暗黙の了解じみた運びになる保証もない。有り得るとするなら、何でもあり、ともなろうから。

だが、だからと云って、備えない理由はない。
今までの経過で得た情報は最低限かそれに未満でも、それを主軸に処方、戦術を考えるのもまた有意義。

「ンな契約を結ぶようにして出来るたぁ、限るまいよ。……必要だからとかどうだかも、含めてな。
 分かった。方々に気を配りつつ、この件については俺が受け持つ」
 
今話に出した友人については、白い法被を着たシマリスとモモンガはよく知るところ。
共通の知人であり、印籠に下げている水晶飾りもまた飼い主とおそろいの紋を描いた白羽織を作る時に得たもの。
故があればまた、いずれ話すかもしれない。
さて、友人の何たるかは今までの弟子の生い立ち、育ちからは矢張りいまいちピンとくるまい。
大事なのは、機会だ。機会が重なれば重なる程、気づける――と良いのだが。

「式紙の術で使う奴以外は、符は大体使い捨てになっちまうが……ああ、そうだ。その感覚で間違いない。
 一枚、やる。お守り代わりに装束の隠しにでも入れときゃいい。
 何らかの呪詛を吸うと、黒く染まる。そうなったら篝の火で焼いて祓えば、害を受け流せる」
 
術符を大量に駆使する符術師じみたスタイルは、とっておきの一つだ。余程でなければやらない。
だが、目に分かる手段として保持するというのは、腰に刀を差すのと同じ位にちょっとした安堵がある。
形代の紙人形を一枚、す、と卓上に置いて、残りの符の束を雑嚢に戻しながら暫し待とう。

(例えば……契約破却の魔具、でもあンなら、片手間に探求してみるかねェ……)

瞼を閉じれば、微かな音が聞こえる。ふわりと漂う芳香も、幾つか感じられる。
その中に混じる匂いを何よりも、誰よりも目ざとく、もとい、鼻ざとく感じたのか。三匹が髭を震わせる気配を感じていれば。

「ほほう、美味そうじゃあないかね。有難うよ。
 ……ああ、黙っとく、と云うのはもちろんなんだが、匂いで気づかれたんだよなあ」
 
卓上に並ぶ品々を以って、匂いの正体が明かされる。
干し葡萄を練り込んだパウンドケーキと紅茶。小動物たちにはナッツの小鉢と。大変美味そうである。
口止めには無論、とは頷くが、一番弟子の嗅覚は――どうだろうか。今回の依頼人もかくや、と云わんばかりで。
消臭の手管も見直さないとなぁ、と思いながら、蒸らし終えたと見える紅茶を注ぐ様を見る。
二度、三度と目を瞬かせ、脳裏に浮かぶ記憶と仕草を見比べる。あぁ、そういうことか、と察するように目を細め。

> ()心、弟子()知らず。
では無いが、契約のようなものではないと言われると緋色を伏せ、難しく考え込んでしまうのだった。
人が変わるきっかけとは些細なものだが、何がそのきっかけとなるかはその者次第。弟子同士で培われるか、冒険者として働く内に芽生えるか、はたまたそうとは気付かず自覚も無いまま過ごすかもわからない。
師が語る友人の話は聞ける機会があれば、昔話を聞かせてもらった時のように、真剣な面持ちで耳を傾けることだろう。

「そうなのですね……。前もって、沢山用意しておかないと、いけない……。
 ……! ありがとう、ございます……。お守り、大事にします。ん、処理の仕方も、理解しました」

ひとつ、深く礼をして感謝の言葉を述べ。机の上に置かれた人形一枚。
それをパチリと瞬き、じっくり眺めてから大事そうに両手で掬い上げ、汚さぬようにテーブルの隅に寄せておいた。

さて、お茶の用意が出来上がり、内緒ごとだと釘を刺したが、師の言うことは最もで猫も悩んでしまう。

「ラファルの食べる分は、少しだけ厚めに切っておきます。……後は、上手く誤魔化してください」

悩んだ末の丸投げ。師ならうまく姉弟子を丸め込めるだろうと踏んでのことである。
此方に出来るのは配分を多めにして宥めるくらいしか、方法が浮かばなかったのでもう仕方ない。
紅茶を淹れ終わった後、ふとそちらを見ると細められた暗赤と目が合った。
不思議そうに首を傾げながら、ティーポットを机の中央に置く。

紅茶はまだ湯気が立ち昇るほど熱いので、娘が口を付けるにはまだ早い。
置き去りになって、先ほどまで小動物のちょっとした遊び場となっていた紙袋に手を伸ばし、改めて中身を確認しよう。

「えっと……」

上から順に取り出し、ソファの上、男と娘の間に並べていく。
一番上に入っていたのは、封蝋で閉じられた手紙。その下に、公用語の本と、巻物。一番下に入っているのは布……否、洋服か。
どれも見覚えがある。屋敷に置いたままになっていた私物だ。
帰らなかったことで、てっきり処分されたものと思っていたが、元同僚が保管してくれていたらしい。
これに関しては、素直に感謝するべきだろう。服や本はまだしも、巻物は二度と手に入るものではない。父の遺品である。

封を剥がし手紙にざっと目を通す。
心配していたこと、無事であったことを喜び、もっと早く連絡しろと言う叱る言葉から始まり、嘘も方便と適当に書いた逃避行については、もっと詳しく知りたい、相手はどんな人なのかと、興味津々である様子が伺える。
後は、最近の屋敷の事。元主の知人が兵を教育師に来たこと、警備が以前より硬くなったこと。今はその知人――おそらくは、例の聖騎士だろう――の下について騎士の立ち振る舞いを勉強しているらしい。
そんな近況が書かれていた。
娘は手紙を読み進めるごとに目を細め、元同僚も、元主も、古巣も達者でやっていることに安堵して小さく息を吐いた。

影時 > この辺りは、こういう機微は――難しいものだ。云って分かるとも限るまい。
例えば冒険者としての仲間、一期一会のつもりから始まるもの、機会が重なる者、等々。
独りで事を済ませられるものとは、世の中意外と少ない。超人じみた、ともされる者にだってあるのだから尚のことだ。

「白紙の束があったって、一々式を記して氣を篭めなきゃならん。
 大忍術でも記してェならば、それこそ絵巻のようになる。万事善し悪しよ。
 
 どういたしまして、とは云ったものの、後生大事にしなきゃならんものでもない。
 呪い、呪詛なんざ喰らわなきゃそれに越したことはない。だが、何があるか分かったもんじゃないからな」
 
符術としての忍術は出来ることは多い代わりに、事前のストック、準備が要る。
大仰な絵巻物じみた巨大な符もあるが、掛け軸よろしく固く封印して雑嚢に突っ込んだままだ。
そんな物と比べれば、今渡した形代はまだ気軽に使い捨てられる類だが、常よりそうしたいものでもない。
呪いなんて喰らうものではない。だが、何があるか分かったものではない。
迷宮探索で悪魔から喰らう。宝箱に仕込まれた罠として喰らう。街でも人から喰らう。全く、面倒なものだ。

「……――あー、そうだな。そうしておいてくれや。
 自分達の匂いを消したって、部屋に突いた匂いばかりは消し難い。下手に隠すより大分マシだろうさ、……と」
 
さて、丸投げされた内容を胸の前で腕組みしつつ、真面目腐った顔で思案する。
結論は、直ぐに出る。考えるだけ無駄、という真理じみた帰結。
ドラゴン様のご機嫌を宥めるには、たっぷりと捧げる他あるまい。苦笑交じりに肩を上下させれば、視線が合う。
紅茶を注ぐ手つきを眺めていたが、何を思っていたかは――、だ。

「あのナイトお嬢様の手つきと似てたな、とふと思ってね。否、その逆か……。
 物はそう重い感じじゃぁなかったが、色々ある、な。巻物に本と、……嗚呼、返事の手紙かこりゃ」

件の依頼主の手並みが似ていたのではない。その逆、だろう。
口にしながら、ソファに並べられる品々をひとつひとつ見ていく。改めてゆく。
瓶や武具等のように、重い品ではない印象だった。その意味は確かに正しい。篭っているだろうものを除いては、だが。
手紙の内容は、己から覗き込むことはしない。弟子から回されたならその時にのみ、改めて見る。
罵詈雑言、罵声じみた記載は、恐らくあるまい。安堵らしい吐息を聞き、そう思う。

> 「なるほど、紙だけじゃなくて、氣を込める必要もある……それは中々に数が増せば重労働です。
 大忍術……っ。む、ん……どんな術なのか、興味がわきます。
 う? 影時先生からもらったものは全部大切なものです。大事に使う。
 呪い……は、元主様との契約以外で現状特に思い当たるものはありませんが、遺跡に潜れば何があるかはわかりません。
 常に身に着けておくよう、心得ます」

符術に疎い身故、話にいちいち感心して頷いていたが、興味は一気に大忍術なるものに引っ張られる。
思わず尾と耳をピンと立て、ゆらり、ゆらりと尾を揺らし。キラリ緋色を光らせた。
貰った紙の人形は勿論、今まで贈られた鞄も、マントも、菓子も、娘にとってはどれも家宝にしたいものである。
猫クッキーは湿気る前に食えと言われたので、泣く泣く少しずつ食べているが、まだ半分残っている。
この人形も穢れを溜めぬように気を付けながら身に着けることになるだろう。

「部屋に着いた匂いも……。それはなかなか難しいです、カーテンは洗えても、本やベッドは洗えませんから」

色々苦労している様子が垣間見える顔を横目に、ケーキの配分は任されたとしかと頷き返しておいた。
個性豊かな弟子を多く抱えるとは、大変なのだな……。と、その一人であることを棚に上げて、他人事のように思いつつ。

「はい。お茶の淹れ方は、ナイトから教わりましたので。似ているのも当然です。
 元主様も、『あのじゃじゃ馬も、淹れた紅茶の味だけは手放しに褒められる』とおっしゃっておりましたので、とても良い手本でした。
 荷は全て私の私物ですね。少し懐かしいです。はい、先生もどうぞ、目を通してください」

口にするのはどれも、今となっては懐かしい記憶だ。軽い世間話をするように語りながら、読み終えた手紙をそちらへ回す。
手紙の内容は特に隠し立てするようなものではない。
逆に、情報として、聖騎士の事、ヴァリエール家の現状が偶然にも手に入ったのだ。共有しておく方が良いだろうと。
紙袋の一番下に入っていた洋服は、全ては取り出さずに、無言でいそいそと押し込んで片付ける。
紙袋の隙間から覗いていた布はレースやフリルがひらひらと。随分と少女趣味な洋服だろうころが伺える。
そして、話を逸らそうと手紙を読み終えたところで、その隣に置いた巻物へと話題を向けた。

「先生、そちらは前に少しお話していた神様の絵が描いてある例の絵巻です」

影時 > 「俺はこの辺りの魔術師でも魔法使いじゃぁないから、確実には云えんが――ただ記したものが、勝手に発動するようじゃあ危なかろう?
 
 ……そうだな。例えば、山を巻く程に長い大妖物を喚び出すとか、封滅させるとか、まぁ色々と、な。
 その気持ちは、有難いがね。使わざるをえないようなことがあったら、可能な限り直ぐに報告してくれ。
 俺のような生業だと、遺跡やら迷宮やらが厄の源だろうが、何処で買うのか分からンのが恨みであり呪いだ」
 
流派によって違う。術師独自の工夫によってまた違う。だが、共通する項目は間違いなくあると思う。
符に記す蚯蚓(ミミズ)がのたくっているような描き込みを、真に術たらしめるものは何か、ということ。
それを云えば、大忍術なるものを記した術符は、一つ拵える度に精魂を篭めるものに相違ない。それ程のものがある。
刀だけで片付かない事象に対する大仰な決戦手段と定義しても、きっと過言ではないだろう。
興味津々とばかりに緋色の眼差しを光らせる有様に頬を掻きつつ、続く言葉に言葉を足す。
気持ちはきっと、分からないでもないが、過保護めいていても可能な限り手は回したい。回さずにはいられない。

「いやまったく。香を焚いても、無理なものは無理だからなぁ。……まぁ、どうにか言いくるめる、か」

匂いの問題は毎度ながら頭を抱える。忍びとしての全盛の頃、故郷での頃もそうだ。
思い出すと余計に実感が深い。番犬を放っている城やら砦やらは忍び入るのに毎度ながら骨が折れる。
それと同じ難度、とは言えないが、美味しいものに目がない弟子へのフォローは念入りにすべきだろうと心に決めて。

「成る程、道理で……か。丁度、冒険者ギルドの面談の時にも振る舞ってもらったものでね。得心がいった。
 色々とっておいてくれた、と見える。と、分かった」
 
なんだ、思い出深いじゃあないか、とまでは言わない。言うだけ野暮、言わぬが花。
微かに唇を釣り上げながら、回される手紙を受け取っては暫し、その文字の連なりに目線を走らせる。
字体の癖を読み込んでは書き手の性格を伺い、記される内容に昨今のヴァリエール伯爵家回りの情報を読み取り、察する。
伯爵と件の聖騎士なる人物との繋がりも、伺える記述に内心で唸りつつ、横目をやる。
袋が空っぽになれば、ついつい入っていきたいとばかりにそわそわげな二匹、もとい、三匹が見える。
白法被の二匹が飛び出しかけて、家令姿の一匹が押しとどめるように阻む様を横目にしていれば、声がする。

「……例のか。こいつは、どれ。広げる場が要るな」

ちょっと待て、と。そう言いつつ立ち上がり、居間の隅からサイドテーブルを抱えてくる。
その上であれば巻物を拡げるにも、きっと困るまい。

> 「それは確かに危険です。呪文で操作するようなものでは無いのですね……。
 大妖物……! 見たい……けど、特別な術なら、そう安易に見せられるものではない……ですね。少し残念。
 ん、恨みと呪い……。掛けられる謂れは無いと思いたいですが、人の心はわかりません。承知しました」

魔道具の類も色々ある。それと同様、この符術とやらも流派によって異なるのだろうと理解を示す。
どう言うものか馴染みが無いのでピンと来ないところもあるが、また習う機会があれば教えを乞いてみよう。
大忍術ときて、大妖物の召喚と聞けばますます夢が膨らむ。師ならどんな物を呼び出すか、興味津々で尾の揺れが更に大きくなったが、それだけの技となれば容易く使えるものでも無いと、食いつきたくなるのをじっと堪え、尻尾だけはいつまでも揺れていた。

至極大変なことなれど、可愛い一番弟子の為ならばと言う奴だろうか。
頭を抱えながらも何とかすると言う言葉に小さく頷いておいた。
竜や狼程では無いが、猫もそれなりに鼻は利く。色々察しても口にせず、黙って仕えるのがこの娘である。
臭い対策に男が本気を出して取り組めば、それなりに誤魔化すことは出来るようになるだろうが、さて、食いしん坊で美味しいものに目が無い姉弟子を何処まで誤魔化せるようになるか。これは見ものだ。

「ギルドの面談で? んー……、そうですか。
 では、私の淹れたものと、ギルドで飲んだもの、どちらが先生のお口に合ったか、後で教えてください。
 今後の参考にしますので」

ギルドの応接室に入ったことは何度かあったが、お茶が出された記憶は無い。自分で注文して持ち込んだのだろうと思い至り、続きを聞く。
手紙に目を通す様子を見守りながら、その表情を逐一観察していると、トタトタそわそわ、テーブルの方で音がする。
見やれば、好奇心を抑えきれずに飛び出す二匹と、それを押さえる新顔を言う愉快な図が。
白猫はキョトンと目を丸め、ゆっくりと瞬いた後、運ばれて来たサイドテーブルの上に巻物を置く。

「ありがとうございます。絵巻……ではあるのですが、一応文字……のようなもの? も、書かれていまして。
 ただ、草書と言うのでしたか、崩れ過ぎていて私には全く読めませんでした。

 ――ああ、これです。これが火之神様だと、父上に教えてもらいました」

紐解きくるくると転がし開けば、墨で書かれた文字から始まり、さらに回して開いてやれば異国の絵が広がっている。
炎をの中に立つ人型の後ろには煌々と後光が差しているのが見てわかる。娘はそれを指さし、我らが神だと語った。
だが、その人型の下、雲の下に描かれる人間らしきものは、一人が祈り、大小二人が火にくべられ燃えているようにも見えるだろう。
巻物はまだ厚く、先があるようだがこれ以上開けばテーブルから落ちてしまう。

娘は説明を終えると、ちらりテーブルの上の三匹に目を向ける。
そして、しまい込んだ服をがさごそと今度は取り出し、空っぽになった紙袋の口を横に倒してテーブルに置いてやった。
狭い所、ガサゴソ音のする箱に入りたくなる衝動と言うのは、己も少しわかってしまうのだ。これはもう三匹に譲ろう。