2026/02/22 のログ
ヴァン > 小さく溜息をついて首を横にふった。

「俺達は何もできんし、これはアンリと篝さんの間の問題だ。もう遅い。
俺が知ってる契約魔術なら二度までの違反なら死ぬことも後遺症が残ることもない。彼女とその保護者が黙っていれば何の問題もない。
あとは……彼女らを嗅ぎ回る者がいないよう、俺達も黙っておく。出来る事はそれだけだ」

おそらく、伯爵のもとにいた頃から同様の誓約はしていただろう。大差ないと熟読せず署名した恐れは確かにある。
弱気な声を奮い立たせるようにやや強めの口調で告げた。今できることは、もうないのだ。


「わかった。約束はできんが、努力する。
――過去を知る例外が動いた、ってことだ。手紙というきっかけがあったにせよ。君をその例外にしたのは俺達の過失でもある」

情報の格差があることを知らずに同様の過ちを犯すリスクはあった。不安が残る約束はしないのが、男なりの誠意の見せ方だ。
続く言葉から、伯爵家に関わる者は少女を除いて誰一人ミレーの少女に干渉する気はない、それを望んでいると伝わっただろう。
あわせて、少女が関係を持ち続けようとするならば相手に不幸を招くリスクも想起させる。
事実を淡々と告げるその言葉に非難めいたものは含まれていない分、少女には堪えるだろうか。
俺達――伯爵と男が記憶改変の術を少女に施さなかった理由は、男の様子から何となくは察せられる。


「ナイト嬢、君がやりたい『正しいこと』は手段か、目的か?
俺は目的のために手段を選ばん人種だが、目的を問われたら何ら恥じ入るところはない。
己の手が届くところの人達の平穏と安寧を願い、また名代としてラインメタルの民がより良く生きられるよう考えている。

もちろん、正しい手段をとって目的が達成できるならばそちらの方がよい。だが現実はそうはいかん。
既得権益者の妨害、理解力が劣る者の感情的な反発、非現実的な予算と工程……早い話が、進まないんだ。
だから、目的そのものをスポイルするものでなければ手段は俎上に載せて良い。
……泥を被る者、汚れ役を買って出る者は必要なんだ。身分の貴賤とは関係ない」

少女の正義感はよく知っている。だが理想では飯は食えない。
今こそ騎士として一皮むける時だろう。――あるいは、挫折する時か。
清濁併せ呑むことができなければ、この国で騎士を続けることは難しい。

「……騎士・ナイト・ブラックフォード。君がやりたいことは何だ?
主を補佐し、正しい手段に導きたいのならばまずそれだけの立場につくことだ。そして、それは目の前にある。

俺は友として彼を助け、また助けられてきた。だがいつも近くにいれる訳じゃない。
アンリを支える役目を君に頼みたいんだが……荷が重いか?」

助け合ったというのは、天幕の中で話をした情報提供の間柄を言っていると思われた。
失脚した者達は男の復讐の対象であったが、主にとっても不都合な相手ではなかったのだろう。
男は執行人(エンフォーサー)として動いた。もしかしたら、実際に情報を集めていたのは少女の友人の小柄かもしれない。

ナイト > 男が言うことは最もだ。友人の為に少女が出来ることは、きっともうない。出来ても無事を祈る事くらいだろう。
反論する言葉もなく、静かに頷き目を伏せる。

「はっきりしない答えね。まぁ、いいわ。期待しないでおくから。

 ――ハッ。無理矢理忘れさせようなんてしたら、アンタや旦那様でも骨の一本や二本折ってやったし、きっと噛み痕だらけにされてたわよ。
 …………もともと、荷物を届けられればそれだけで良かったのよ。今何処に住んでるかも、調べるつもりは無かったわ。
 あの子が元気に、幸せに生きてるなら二度と会えなくても良い。会えなくても、友達でい続けることは出来るから。
 あの冒険者がどう伝えるかはわからないし、篝が私に会いたがらないなら会うつもりも無いわ。
 結構、あの子薄情なところがあるから、理由もなく会うことは無いでしょうね……」

努力すると言う言葉が聞けただけ良しとしよう。短く息を吐き、鼻で嗤って悪態をつく。
男が危惧しているだろうことを察し、少女の行動の真意を告げて安心させようと思ったが、結局の所は選択は友人に任せる形を取ると言う。
少女自身、割り切ったように語っているが、友人に会いたい気持ちはあるのだろう。

笑を混ぜて話せたのはそこまでだった。
真剣な面持ちで問いかける男の声に、少女もまた真剣に、迷いと葛藤を抱えながら答えを導き出そうと自問自答を心中で投げかける。
自分は何を望み、何をするべきか。
弱肉強食の世界で生き残るためにすべきことを頭の中で思い出し。

「……私は、今までも、これからも、正しい手段で目的を達成する。
 強さこそが私の正義。直接的な力、暴力と忍耐こそが揺るぎない勝利をもたらすと信じてる。
 だから、その行いに誰が何と言おうと負け犬の遠吠えだって、耳を傾けるつもりは無いわ。
 反発の声も、妨害も、私が間違っていると判断したら、全てを悪として真正面から叩き伏せて従わせる。

 旦那様――……いいえ、ヴァリエール伯だって、手綱を握って悪さしないように躾けて……。
 アンタじゃなくて、私を一番に頼るようにさせてやる」

少女は独善的で暴力的な暴君のような騎士になると宣言し、主の補佐ではなく、お目付け役として目を光らせると言う。
友人のように使い捨てにされる駒では無いと、主に思い知らせたいと言う思惑もその裏にはある。

誰の手にも負えない狂犬は、ますます牙を研ぎ、その牙を隠す知恵を身に付けつつある今。
主の行いを理解はしたが受け入れることを拒み、少女の信じる正道へと引きずりこむことを望む。
どれだけの時間と研鑽が必要かは定かではない。
もしかすれば、主が生きている間には難しいことかもしれない。
それでも、少女は自分勝手に理想を掲げ、ヴァリエール家の変革を目指すのだろう。
はたしてこれは良い傾向と言えるのだろうか。はた迷惑な話である。

ヴァン > 友達想いな少女の心を汲んで、中途半端に持った情けが毒として回ってきた。まさに自業自得だ。
とはいえ、雨降って地固まると諺にもある。このまっすぐな少女と腹を割って話す機会はいずれ必要だった。
一歩間違えば伯爵の状況を悪化させる恐れがあったため男単独で行うつもりはなかったが、この状況ならば伯爵も追認するだろう。
災い転じて福と為す程度の心意気がなくてはこの国で生きていけない。

ひとまず、友人関連は男が危惧する事態にはならなかったようだ。
限度を越えた結果になっていたならば、男は口にした通り平穏を乱された代償を小柄に求めにいかねばならない。
少女からも友人の幸せの邪魔をするなと言われていることだし、ひとまずよしとしておこう。――快癒祝いぐらいはしてやろう。

「君が信じる正しい手段が、世の中にとってもそうであることを願うばかりだ。
だが、君の言う正義はより大きな正義――より強大な暴力でたやすくその根拠を失う点は留意しておきたまえ。
――そいつは面白いな。お手並み拝見といこう」

少女の答えを聞くと、満足そうに頷いた。ここまで、少女が聞いた情報源の反応を除くと男はすべて滑らかに話を進めていた。
どうやら、試験が合格したら話すつもりと言ったのは本当のようだ。今の状態から察するに、男は合格を確信しているのだろう。


「やれやれ。騎士の誓いは破るもんじゃないな。
一つ、騎士は義は重んじることなり
一つ、騎士は情に流されることなかれ
一つ、騎士は主のため死を恐れることなかれ
情に流された挙句がこのザマだ……」

そう呟くとコーヒーを飲み干した。舌に残る苦みに顔を顰める。
情とは少女に慰めの声をかけたこと、記憶操作の対象外としたことを言っているのだろう。
手紙を出すよう働きかけたことも含むが、今言うことではない。何故そこまでするのかとナイトに問われたら直視し続ける自信がない。

男が言う騎士の誓いを、少女は聞いたことがないだろう。騎士というより――。


「さて。7回、か……」

怒りは収まったようだ。改めて試験合格への決意も固まっただろう。
腕を伸ばして空のマグカップを壁際の棚に置くと、何かの数字を口にした。

ナイト > 「ふんっ、そんなことは重々承知よ。見てなさい。アンタの事も片手で捻れるくらいになってやるんだから」

そう断言する少女の声と表情は、友のことを話していた時の弱々しさは欠片もなく、堂々と胸を張り未だ腹の底で煮えている憤怒を発散しきれずに目を鋭くさせていた。
納得したらしい男だったが、ふと彼がコーヒーカップの中に落とした呟きが耳に届くと、また訝し気に男を見下ろす。

「騎士の誓いにしては妙な誓いね、何処の……――。あー……、そっか。
 ん、んんー……。まぁ、うん。郷に入っては郷に従えだっけ?
 今のヴァンには、それに合う新しい誓いの言葉があったっていいんじゃない?」

疑問を口にしかけて、途中で思い当たることがあったのか言葉を濁し、一人合点する。
男が過去に所属していたと言う部隊なら、その誓いの言葉は遵守すべきものだろう。
だが、今は違う。結果的に少女の為を思って掛けた情けは、少女本人から直接礼を言われてはいないが、関係性を保つためには必要な情けだった。
下手に少女が一度記憶をなくし、不幸にも友人の事を思い出していたなら、それこそ目も当てられないような騒ぎを起こしていたに違いないのだから。
男が言う、“己の手が届くところの人達”と言う輪の中に、少女自身も含まれているかもしれない。
そう言う都合の良い解釈をして、少女はやれやれ、仕方ないと小さく息を突くのだった。

「? 七回って、何の数字よ?」

また不意に呟かれた数字に首を傾げる。何の数字だろう?
まぁそれはそれとして。

「あ。そうだ。忘れるところだった。
 とにかくアンタにも理由があったことはわかったけど、それはそれとして……――二発ぶん殴らせなさい。
 私の分と、篝たちの分。本当は三発殴るつもりだったけど、悪気があったわけじゃないってわかっらから、一発サービスで引いといてあげる」

にこやかにそう言うと、さぁ立て、今すぐ立てと左手で煽り、右手は硬く拳を握りしめていた。

ヴァン > 妙な誓いと言われると男は苦笑した。

「……あぁ、これは故郷のだよ。理性を優先し、感情に流されるなという話だ。
今の俺は――」

口ごもった。神殿騎士ではあるが、誓いの言葉などもう何年も唱えていないだろう。
騎士としてのありようなど、復讐に身を焦がすうちに忘れてしまった。自嘲気味に笑う。

「ぶん殴らせる? 待機中にそんな事をして体力を消耗するつもりはないんだがな……。
しかし、まぁ、うん。……今ので二回増えた。
綺麗な服を着る場所に行く前に、物覚えの悪い狼はしっかり躾にゃならんか……?」

硬く握られた右手に苦笑する。少女は私服だから帯剣していない。素手での取っ組み合いは初めてか。
少女の全身を視界に捉えたまま、ゆらりと立ち上がる。宿の一人部屋ぐらいの狭い空間での戦闘経験はどれくらい少女にあるだろう。
二回増えた、という口ぶりで何の回数かはわかっただろうか。

「――さっき言った正義というのを見せてみろ」

左半身を前に、左肩に顎を当てて構えた。
どうやらここで騒いでも上には響かないらしい。それどころか、館内からいつの間にか完全に人気がなくなっている。
閉館時間を迎え、職員も全員退去したのだろう。おそらく二人以外に人はいない。
この後のことはまた別の話――。

ナイト > 「ああ、そっち? ラインメタルって、シビアな教えをしてるのね……」

暗い話を想像していただけに、答えに拍子抜けする。ぽかんと口を開けてパチクリと瞬きを一度した後、なーんだと肩の力を抜いて。
意味ありげに自嘲気味に笑った彼の本心も問いたださず、また変な想像もせずに、まぁ良いかと穏やかな気持ちで眺めていた。

しかし、有言実行派である少女としては、冒険者ギルドから立ち去る間際に言い残した鉄拳制裁を空気に呑まれたからと言って許す気は無い。
さぁ立て!腹に力を入れろ!と、鬼教官のように煽ろうかとしていると、男は立ち上がり、またさっきとは違う意味で意味深なことを言う。
嫌な予感がする。

「……二回、増えた。七回……って、もしかしなくても……あー……。
 良いわ、元より殴り合うつもりだったんだから!
 いつまでも、自分が上だとか思って調子に乗ってるんじゃないわよ!」

改めて少し前の自分の発言を思い出し、一、二、と思い当たる単語を数え、もっと前、具体的に言えばここに通された時までさかのぼり、合計九回となったその単語。
やらかした……。と、胸中で頭を抱え、何とも言えない表情で男を見た。
が、やってしまったことは仕方ない。要は勝てば良いのだ。

構えを取る姿に向き合い、此方も右足を半歩引いてファイティングポーズを取る。
はたして、審判不在の殴り合いはどんな結末を迎えたか。勝敗はどちらの手に――。

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