2026/02/21 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区/神殿図書館」にヴァンさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/神殿図書館」にナイトさんが現れました。
■ヴァン > 連絡を受けた時、男は二つの事を少女に命じた。
得た情報を紙に書きだすこと。その情報をもとに思考や感情、特に怒りを整理すること。
そう、怒り。少女のそれが男に向いていることは否が応でもわかったものの、心当たりがない。
この前伯爵の屋敷に赴いた際、彼女用に用意された菓子をつまみ食いしたことがばれたか。それにしてはかなり強い怒りを感じた。
少女が図書館につくと話が通っていたのか、ナイト様ですねと女性司書に声をかけられた。
少女が男の職場に赴くのはこれが初めてだろう。受付カウンターにいる司書たちから興味深そうな視線を向けられる。
司書についていくと地下への階段を下り、魔術結界を一時解除して宿直室と書かれた部屋に通される。意外と警備が厳重だ。
地下は暗く、魔導灯も必要最低限しか点けられていない。地上階の微かな音も、この階層には響いてこない。
宿直室は奇妙な造りをしていた。ベッド、保温庫、テーブル、椅子。壁の一面、上側には何かの計器類がずらりと並んでいる。
テーブルに載っているものは更に図書館には不釣り合いなものだ。いくつもの手錠、指錠、ボールギャグ。しっかり縒られた縄。
それらが整然と並べられている。紙束とペンすら特殊な用途があるのではと思わせる。SMパーティーでもするのだろうか?
銀髪の男は椅子に座り、手に持っていたマグカップをテーブルへ置くと計器類から少女へと視線を移した。
「異端審問庁啓蒙局の襲撃がある、という密告があってな。念のための待機だ。……コーヒー、飲むかい?」
宿直室の存在意義や並べられた道具類について、この一言で伝わるだろうと簡潔に述べた。今回常宿ではなくここに呼んだ理由でもある。
案内をした司書に後は任せて、と告げると司書は一礼をして去っていった。閉館時間が近いから、戸締りなどは任せろという意味か。
男は相対する席に座るよう手で勧め、いつも通りやや低めの声で問いかけた。
「……それで? 誰から何を聞いた?」
■ナイト > 図書館の騎士。そんな渾名があることは前々から知ってはいた。
男が読書好きで、図書館に勤めて始めてからなのか、その前から趣味であったのかは知らない。
ヴァンと言う男が、多くの敵を抱えて生きてきたこと。復讐の為に戦ってきたこと。
そう言うことは知っているが、まだまだ知らない事の方が多いのだと改めて気づいた――。
冒険者ギルドを出て、一度屋敷に戻り、通信機で連絡を入れてすぐさま図書館へと足を運んだ。
初めて訪れる図書館に視線を巡らせながら、案内してくれた司書に軽くお礼と伝え部屋へと入る。
そこは、想像していた部屋とは打って変わって殺伐とした拷問部屋であった。
等と言っては拷問官に叱られてしまうか。どう見てもヤバイ趣味の部屋である。
そう言えば、人を縛ったり虐めることは好きだと男が世迷言を言っていたことを思い出し、冗談であってくれと祈るばかりだ。
「…………。……え? あ、ああ、待機? そう、お疲れ様。
お気遣いどうもありがとう。でも結構よ」
どこまで話が耳に入っていたか、衝撃的な部屋の有様で無言になっていたため返事が遅れた。
何も納得は……――否、男の趣味と言う意味で無理矢理納得して、話を進める。
案内人が去った後、席へと勧める声を無視して、低い男の声に負けぬ威圧感のある低い声で少女は言う。
「冒険者ギルドで、篝のこと聞いたわ。
旦那様が篝に何をさせていたか、どうして篝が突然屋敷から消えたか、全部ね」
語る中、握りしめた拳に力がこもる。
紙に情報を掻き出し、整理すればより憤りは強くなり、ぶつける先が無いこと心は荒んで言った。
怒りを噛みしめた牙はギリギリと軋み、喉の奥から抑えきれない怒りが唸り声となって漏れて来る。
■ヴァン > コーヒーは不要と言われ、一瞬上げようとしていた腰を下ろす。
座らぬままの少女にやや顔を上げて言葉を紡ぐ唇へと視線を向けた。
「篝? 篝火の篝? 人の名……友達の少女の名か?
以前、メイド長や近衛隊長に聞いたが、その名は鏡、と聞いた。黒髪で小柄な、名前のように物静かな少女だったとか」
人一人忘れるような洗脳はコストがかかる。記憶違い程度にずらすのが現実的な処理方法だった。
もし暗殺者志望の少女が伯爵家を訪れたなら、異なる名前と共に髪を染めたのかと問われるだろう。その程度で十分だ。
唯一その洗脳の対象外となった少女が何かしら情報を掴んだらしい。どうやら事態は思ったより深刻なようだ。
「いつも通りの俺で答えた方がいいか? それとも、真摯に答えた方がいいか?
どちらのスタンスにせよ、省略をせず何があったか話してくれ。疑問があれば都度聞く。たとえば今の話も情報源がない。
アンリが話したなら俺も居住まいを正したりするだろうが、酒場の酔いどれが言ってたなら鼻で笑って終わりだ。
……大事な情報が抜け落ちていたために意見が正反対になるおそれがある。そういう、不誠実な結果を導き出したくない」
前者は揶揄を交えながらも優しく答えてくれる筈だ。後者は――おそらく、手加減なしで戦った時のようになるのだろう。
少女を傷つける――そう、傷つくではなく傷つけるだ――言葉を投げかけてくるかもしれない。
「その……篝さんのことで、なぜ俺に話に来た? 君の知った全部、の話が見えないな。
ここに紙とペンがあるが、知ったことを書きだせるかい?」
全部知った、と少女は言った。その上で男のもとに来た理由がわからない。
ぶつけ先のない怒りを共有できる相手として選ばれたのだろうか。この少女も流石に伯爵を怒鳴ったりはしないだろう。
■ナイト > 「前に、同僚……いいえ、友達が突然いなくなったと話したでしょう。
それが篝よ。みんなが言ってるのは、気を遣っての事か……それとも、何かしらの魔術を掛けられたか。正しい記憶ではないわ」
案の定、とぼけて白を切る男の反応に苛立ちながら、サファイアの瞳は鋭く鋭利な刃物のように研ぎ澄まされる。
此方の真剣さを汲んでか、男はとぼけるのを止めて話す心算になったらしい。
情報を書き出して、正しく相手に伝えることは大切だ。誤解があるなら、それを解くのも重要だからだ。
だが、今は彼と雇い主を信じて良いのか、正直分からなくなっている。
迂闊に冒険者ギルドでの事や、篝のこと、そして篝を保護した男のことを明かせば、せっかく平和な暮らしを得た友人を不幸にしてしまうかもしれない。
そう思うと、口は重く閉じてしまう。
「……答えるつもりがあるなら、真剣に答えなさい。
篝から、無事を知らせる手紙が届いたって前に言ったでしょ。……本当に嬉しかったのよ。
もう二度と会えないとしても、元気でいてくれるならそれで良かったの。
返事を出すつもりは最初は無かったわ。差出人の住所が書かれてなかったから、探すつもりも無かったし。
……でも、あの子の荷物、預かったままだったの思い出して、冒険者ギルドで人探しと配達の依頼を出したの。
そこで篝の事を知っている人に偶然出会って、今どうしているのか、何故いなくなったのか聞いたわ」
経緯を口に出しながら、テーブルへと歩み寄りペンを手に取る。
書き出せと言う言葉に応じ、ペンを走らせる内に、力を籠め過ぎたかピシッと柄に亀裂が走った。
「旦那様が、汚れ仕事を篝にやらせてたそうね。
アンタも篝がしてた仕事、知ってたんでしょ? 知ったのは……篝が消え後かしら。
警備強化の為に依頼された時、旦那様から事の経緯を聞いていたはずよ。
今みたいに、全て明かさせたうえで依頼を受けたのでしょう?
……私には、何も知らないって顔してたくせに。友達を心配して悩んでた私は間抜けだった?
人のこと騙して楽しかった? ……嘘つき」
冷静に言葉を選びながら、この数時間頭の中に巡っていた疑問と怒りをゆっくりと吐き出していく。
最初の方は主に向けた憤りであったが、最後に向けられた怒りは真っ直ぐに男へと向いていた。
ちなみに、情報提供者からの忠告が無ければ、少女は迷わず伯爵の執務室に殴りこんでいたとだけ。
■ヴァン > 「ふむ……」
この点は正しく認識しているようだ。変に騒ぎ立てないのは賢明といえるだろう。
気掛かりなことがあるのか、少女の口は重い。そのぶん出てくる言葉は考えられたものといえる。
ふーっ、と息をつくと目を閉じ、ゆっくりと開いた。普段より細目だからか、深夜のような青黒い瞳。
「……わかった。いいだろう。
荷物はない、と言ってなかったか? ……まぁいい。
あぁ、カゲトキさんに会ったのか。…………それで、知った!?」
小柄の現在を把握しており、なおかつ過去も知っている存在などそうはいない。
冒険者ギルドで少女が話をした男とは対照的に、天気の話でもするかのように気軽にこの銀髪は言った。
この男の無神経さは弱点でもあり、同時に強力な武器でもある。だがそんな男も意外なことだったのか、声色が変わった。
少女が怪訝な顔をしたとしても、続けるように手で促す。
「そこまで理解しているなら、何故俺に怒る? 俺の立場なら君に話せる内容ではないとわかるだろう?
君が篝さんのことを話したのはカフェでだったな。あの時は生死の確認すらとれていなかった」
依頼なのだから伯爵を第一に考えて男が動くことと、情報統制の必要性を少女が本心では理解していることを期待した。
それでも少女が男を非難したい気持ちもまた、理解はできる。
「試験に合格したら話そうと思っていたんだがな……順番が前後するが、まぁいいか」
男はゆっくりと経緯を話し出した。
伯爵が放った手駒のうち、暗殺者が戻らなかったこと。
逆に暗殺者を送り込まれる危険を意識し、ヴァンに相談したこと。
ヴァンは自分に一任するよう言い、伯爵が応じたこと。
敵勢力の足止めと防衛力強化を男が行い、暗殺者の証拠隠滅を伯爵に指示したこと。
「状況が長く続けばアンリは多正面戦闘を強いられることになった。だから、各個撃破できる状況に戻した」
■ナイト > 「アンタに見せるような荷物は無いと言っただけよ。女の子の服をじっくり見る趣味があるとは思わなかったから。
さぁね、名前は知らないわ。 ――……? なんでアンタがそんなに驚くのよ?」
嘘を吐いたことは謝る気は無く、屁理屈を言って返し、また一つ嘘を重ね白を切る。
だが、少しの沈黙の後に顔色を変えた反応にはさすがに引っかかるものがあった。
訝し気に首を傾げながら、先をと促されながら話を終え返事を待つ。
「それは……そうだけど、安否が不明だったとしてもよ! 白々しい慰めなんてして欲しくなかったわ。
あの子の事を屋敷の人間が覚えて無かったのも、旦那様とアンタが仕組んだことなんでしょ。
篝の事が邪魔になったから、あの子がここにいたって事実ごと……無かったことにしたんでしょ……?」
少女は冷静に努めようとするが、やはり膨れ上がった感情は抑えきれずにテーブルを強く叩いた。
バン!なんて生易しい音ではなく、ドゴンッ!!と言う重々しい音が響き、軽くテーブルが宙に浮いて元の位置へ落ちる。
少女が男に向けた怒りは嘘を吐かれたという一点のみだが、雇い主に向けた憤りは重く複雑である。
大切な友人が自分の知らないところでひどい扱いを受けていたこと、都合よく使われ道具のように捨てられたことに怒りを覚え、何も気付かなかった自分の鈍さに腹が立つ。
前置きを一言呟くと、男は男の都合を話し出した。
何処まで本当の事か疑いを持ってはいるが、真摯に話すと言った彼の言葉を信じ、最後まで話を聞く。
その話は感情を抜きにして聞けば納得のいく経緯ではあったが、そもそもそんなことを裏で命じていた伯爵への疑心が湧いてくる。
そして、記憶操作は証拠隠滅と言うには穏便だが、少女が憤る結果を招いたことに、素直に喜ぶことは出来なかった。
旦那様なら、念には念を込めて刺客を放ち確実に息の根を止めようとするだろうことは想像に易いからだ。
「……旦那様が苦しい戦況に陥ることは、自業自得よ。
これまでにも、きっと私の知らないところで色んな悪事に手を染めてきたのでしょう。
全部公にして罰を受けるべきだったのよ……。
アンタは、本当にこれで良かったって思ってるの? 友達、なんでしょ……?」
色々と言いたいことはあったが、一度溢れそうになった感情を飲み込んで、言葉を選ぶ。
絞り出した声は冷たく、けれど悲哀に満ちた声だった。
■ヴァン > ぽつりと呟いたそれは、宣告のようでもあった。
「真実ほど人を傷つけるものはない」
「驚いたのは……あぁ、いや。まず、篝さんが無事であることを祈ろう」
告げられた言葉はあたかも暗殺者の刃のように、少女にとって想定外のものだったろう。
「アンリと篝さんは今、繋がりがない。アンリは、その……人を縛るのが好きだろう。契約で。
組織の加入・脱退時に機密保持の誓約をするのはよくある話だが、人を信頼しないアンリは魔術的にそれを行う。
証拠がある訳ではないが、俺達が剣を交えた時にアンリと篝さんは接触したのだろう。
“蛇の機嫌を三度損なえば血が途絶える”――聞いたことはあるだろう。あれは比喩じゃない。契約違反の罰則だ。
一度損なった者は病気になった。蛇に噛まれたような傷ができた後高熱を出す。死にはしないが、見た感じ大変そうだった。
二度損なうと蛇に締め付けられたような痣ができるとかも聞いたが、これは噂で聞いた話だからあてにならんな」
縛る、というくだりで男は皮肉交じりの表情を浮かべた。契約という単語を付け加えなければアブノーマルさを醸し出す言葉だ。
目の前に拘束具があるからなおさらだ。友を皮肉る笑みが目の前の少女に変な意味に誤解されなければよいが。
こと契約ということに関して、伯爵は手ぬるい男ではない。結んだ契約には違反されることも見越した罠を仕掛けているだろう。
アンリ・ヴァリエールはそういう男だ。だから信頼できる。
「アンリにとって篝さんの過去は機密保持を求める項目だ。なぜ彼は話したのか……
あぁ。言っておくが、契約は心からの同意がないと成立しない。あとは……不可抗力による契約違反はカウントされなかったような」
最初に頭に浮かんだのは、これまでの誼で篝に対し甘い処置をした可能性。これは即座に否定できる。
次に、ヴァリエールの契約を無効化した可能性。これもありえない。万が一そうなったら伯爵から相談があるだろう。
最後に、あの小柄が情報提供者に対し、十分な説明をしていなかった可能性、あるいは罰を軽くみた可能性……皆無ではないか。
理由を考えながら、契約魔術について自身が知っていることを補足する。
少女の反論に対して、男はあくまで冷静に言葉を紡ぐ。
「俺が伯爵を案ずるように、君も篝さんの身を案じたのだろう。湿布程度の慰めの言葉もかけないほど、冷徹にはなりきれなかった。
それが余計な世話だというなら……すまなかった。
そうだ。痕跡が全て消えることで伯爵家は守られるし――彼女も新しい生活を送り、過去が追いかけてくることもない。本来なら」
宙を舞ったテーブルは、その上のものと接触して金属質な音を立てた。
微かに眉を顰めて、雑然とした机上に手を伸ばして直す。
「悪事……か。単純に言ってくれる。カフェでアンリの無茶の話はしただろう。当時はあまり身近に思わなかったか?
表沙汰にし辛い事を俺みたいに直接あいつはできん。じゃあ、誰がやっているか……と。そこまでは考えなかったか。
ナイト嬢、友人のある一面を急に突きつけられて、気持ちの整理がついていないことは理解する。
『他者と争いません』と、武力を持たない統治者がいたら何が起こる? 略奪され、搾取されるだけだ。
己のため、守護するもののため、害悪は取り除かなければならない。アンリもそれをやっている。
この国に住む者一人一人に正義があり、そのために戦っている。対立することもある」
サファイアの双眸をじっと見つめた。ゆっくりとした、だが力強い発言は子供に言い聞かせるようで、後ろめたさを微塵も感じさせない。
男は己も、友人たる伯爵もなんら恥じることはないと心から思っているようだった。
ここでの会話は少女の将来を大きく左右することになる。そんな感覚が男にはあった。
本来ならば試験にパスした後に時間をとって万全の状態で行う予定だったが――こうなった以上は止むを得ない。
■ナイト > 男が呟いた言葉の意味をあえて問うことは無い。
ただ少女は、どれだけ残酷な真実であろうとも、何も知らずにいる自分を許さず、知って傷つくことを望んだ。
「何よそれ。変な言い方……」
訝し気に眇めた目はそのままに、続く言葉に耳を傾ける。
とりあえず、友人と主の関係が切れていることは先に件の冒険者から聞き及んでいるので、疑うことは無い。
男の際どい発言にドン引きの蔑んだ眼を向ける。
きっと言葉を前後させたのはわざとに違いない。そう思いつつも、いつもなら『不敬よ』と言い返すところを黙っていた。
伯爵への忠誠が、裏の顔を知ったことで揺らぎかけているのだろう。
ヴァリエール家に召し抱えられた者は、誰であっても何かしらの契約を主と結んでいる。
少女も勿論、契約内容を熟読した上で契約を結んだ。それによって起きるペナルティも、勿論知っている。
だが、男が口にしたぺなるでぃは少女が聞いていたものと大きく異なっていた。
少女を縛る契約は生殺与奪を握られるようなことは無い。命令違反に対する罰則として、一時的に拘束を受けるような代物だった。
契約違反の罰は、その契約ごとに重さが違うのだろうか。
伯爵を破滅に導くような秘密を知った者と交わした契約。違反時におけるものは、確かに男が例に挙げたようなものである可能性は高い。
三度契約を破ったその時は、きっと――
「――……そう、じゃあ例の夜会で襲って来たって言う相手が篝たちだったかもしれないのね。
それって……。私がしつこく問い詰めたから……。篝に何かあったら、どうしよう……っ」
少女の知る雇い主は、詰めの甘さなど無い用意周到な男である。
自分の無鉄砲で傍若無人な我儘が、本人ではなく友人に被害を及ぼすとは思ってもみず、少し狼狽えて弱気な声が漏れる。
不可抗力と判断される状況だったかと言われれば、答えはNOだ。迷った末にあの男は心配する友の声に、誠実に応えようとして真実の一端を少女に明かした。
もう済んでしまったことは仕方がない。今はただ篝の無事を祈ろう。
もしも、またあの冒険者に会った時は、友人が無事を尋ね素直に軽率だった行動を詫びよう。
深く溜息を吐き、数秒瞼を閉じてから再び男を見据える。
「ええ、そうよ。真実を知った上で下手な嘘の慰めなんて、侮辱でしかないわ。二度としないで。
…………。本来なら、って何よ?」
男の優しさや気遣いも、何も知らない善意の言葉なら受け入れられたが、そうでないと分かってしまえば腹立たしいだけである。
言葉を選ばずに言うなら、男の其れは“自己満足の偽善”と罵る者もいるだろう。
少女はそこまで口にはしないが、拒絶の言葉を返した。
そして、続けられた言葉の最後に何か含みを感じて問い返す。
「旦那様が、内外に力を示したがって無茶をするっていう、アレの事?
……正直、考えてなかったわ。旦那様は厳しい方だけれど、私が屋敷を壊したり、他の使用人と喧嘩をしてもそこまで怒らないし、戦争で武勲を立ててもいないし、争い事とは無縁な方だったもの。
旦那様を守るその為に、私たちがいるんだって……そう、思って……」
ヴァリエール家は、当主やお家を守るだけの武力は持っていると思っていた。実際、番犬もいて、表立って他の貴族から攻撃を受けるようなことはこの五年間一度も無い。
だが、裏の見えぬところから手が伸びていてはどうだろう? 知らぬうちに嵌められ、搾取される身に堕ちる可能性は否定できない。
表で良き貴族である振舞いを貫き騎士に守りを固めさせ、裏で権力を得る為に使われていた暗殺と言う刃がある。
裏と表。正義と悪は紙一重なのか。主が何を考えているのか、少女にはわからなくなってくる。
男の声にそれ以上言葉を紡ぐことが出来ずに、複雑な心境がありありと滲む顰めっ面で口を引き結ぶ。