2026/02/01 のログ
ナイト > 「へぇー。その減らず口は故郷から伝わったものでしたのねー。
 ま、実践で使えるかは読んで確かめるわ」

この男の皮肉さは性格から来るものだが、言葉選びのセンスがそこから来たと分かれば、ついつい半目になって笑ってしまう。
本の貸し出しには素直に礼を言って、話は伯爵と男の方へと移っていく。

『馬鹿を言え、転移の魔法なんて事故が多くて信用ならん。胴と足が分かれることだってあるんだぞ。
 はぁ……。そうだな。優秀な護衛が居れば、それは勿論その方が良いだろう。教育のほど頑張ってくれたまえ、聖騎士様』

伯爵は男の提案には顔を顰め、吐き捨てるように言い足を組み替える。
実際、転移魔法の事故が多いと言うのは数十年以上昔の話だ。今は粗悪品が稀に起こす事故くらいで、そのような凄惨な噂は今日日聞かなくなっている。
しかし、もしもの可能性を上げて断固拒否の姿勢を貫く。まるで、その凄惨な事故を見たことがあるような頑なさだった。
もうこの話は止めだと言う前に、先に彼の方から退席の声が掛けられる。
丁度良いと伯爵は頷き、目配せをされた少女は少々驚きながらも彼の後について貴賓室を出た。

「え、ええ。それはそうね、いつものメイド服で参加するわけにはいかないわ、給仕と間違えられても困るし。
 服はドレスじゃなくて良いの? 夜会って言うから、そう言うものなのかと思ってた。そっか、騎士服かぁ……ちょっと残念ね。
 スカーフ……ああ、そう言うこと。騎士服なら詰襟で誤魔化せそうでもあるけど、検討しておくわ」

貴賓室を出て二人並んで廊下を行く。コツ、コツ、コツ、と二つの足音が鳴り、他に音は無かった。

「? あー、そうね。その可能性はあると思うわよ。――は? 何? ……ふーん……、性格ぅ?
 物静かで、聞き上手で、素直で、旦那様の言いつけは必ず守る。情緒はちょっと……残念なトコあるけど、とても良い子よ。
 言っとくけど、もしもあの子の荷物が残ってたとしても、ヴァンには……って言うか、男には見せないわよ。
 乙女の私物を本人に断りなく暴こうだなんて、言語道断なんだから!」

予想していなかった追及に訝し気に首を傾げ、ジロリと眉間に皺を寄せた鋭い睨みが男に向く。
訳を聞けば一応は納得して、知っていることはつらつらと語るが、まだどこか腑に落ちない様子で。
荷物についても、もしもの話として、大仰な物言いで口を尖らせた。

そして、ふーっと深く息を吐き、遠い窓の向こうに見える空を見上げ、愛の逃避行と言う文字に踊らされた乙女は、ほうっと頬に手を添え。

「――それに、あの子……今頃どこか遠い所で幸せの真っ最中みたいだから……。探して無理に話聞きに行こうとかしないでよね。
 邪魔したら、いくらヴァンでも噛み殺すわよ?」

笑顔だが、さらりと口から出た言葉は物騒だった。

ヴァン > 「そうそう、俺みたいなのが沢山いる。そうなると自然と学ぶものでね……。
素人ならともかく、君も魔術を嗜むだろう。魔方陣を敷いて座標を固定すればいい。……気軽な<転移>は俺も懐疑的だ」

男の言葉選びは周囲の教育の賜物のようだ。座学で学べるかは少し疑問が残る。

転移魔法の事故は座標が「重なる」ことで起きる。通常であれば世界の修正力が働いて転移した者は少し弾き飛ばされる程度で済む。
ただ、他の生物や無生物が占有して周囲に移動できないとなると――伯爵が言う通りのことになる。
知識のある伯爵が拒否感を示すのには理由がある。無理強いしたり、聞きだすのはやめておくのが賢明そうだ。

「ドレスか……いや、問題はないと思う。男も女も、自分の所属と階級を示そうと軍服や騎士服でいることが多かった。
そもそも十年以上前の知識だからな……知り合い何人かに、今のトレンドはどうなのかを聞いてみる。
しかし、ドレスか……帯剣していないのを示すにはいいかもしれんな……」

ドレス、という言葉で視線を隣へと向ける。少女の私服の装いを何度か見たことがあるが、フォーマルで女性的な格好はまだだ。
意外と――というと間違いなく怒るので黙っていたが、人目を惹く姿になりそうだ。

「物静か、聞き上手、素直……対照的だな。だから仲が良くなったのかもしれんが。
残念だ。人の持ち物ってのは性格が出るから、より理解できるかと思ったんだが――君がそれだけ印象に残っていれば十分か。
今君自身が口にしたことを、立ち振る舞いで意識すると良いんじゃないか。
伯爵の口ぶりだと、夜会にはその物静かな子を伴うことはあったようだしな」

荷物については、やはりもう処分してしまったらしい。伯爵ならばそうするだろう。
友達思いのこの少女がいくつか手許に残しているかもと思ったが、どちらにせよ見ることはなさそうだ。
伯爵が護衛に求めているものが何か、この会話で少女にも伝わっただろう。
能力と外見は申し分ないと伯爵が言っていたことは、四か月前に少女に伝えてある。

「幸せの真っ最中……?」

恋に恋する乙女、といった様子の少女を眺める。
手紙の話は少女からまだ聞いていない。あの文面をどう読んだらそう理解するのか男にはわからなかったが、
一緒にいた長さからなのか、小柄が言っていたことは正しかったようだ。

ナイト > 少女も伯爵も、双方何とも嫌そうな顔をして男を見た。
ああ言えばこう言う。口が回る男相手に、これ以上続けるのも馬鹿らしくなったとも言える。

――廊下にて。
品定めの視線を受け止めると、強気な笑みを浮かべ、ずいっと伸ばした人差し指で男の胸を突く。

「うん! じゃあこっちはドレスで決まり。騎士服も公の場で着る分には嫌いじゃないけど、可愛さに欠けるから……どうせなら、ね?
 ふふっ、夜会なんて初めてだから、緊張するけど楽しみな気持ちの方が大きいわ。
 そう言えば、ヴァンはどんな服で参加するつもりだったの? 神殿騎士の礼服……とか?」

あくまで試験だと分かってはいるが、初めての夜会。小説の中にはいろんな形で描かれる、煌びやかな夜の舞台に密かに憧れて。
浮き足達気持ちを抑えきれずに声が弾んで、気を抜けば隠した耳が出てしまいそうだった。
そこでふと思う。こっちがドレスを選ぶとして、その隣に立つ彼はどんな服を選ぶのか。わくわくと期待の籠るサファイアがキラキラと輝いていた。

「対照的ってわかってて、それを真似しろって結構無茶言うわよね。
 まぁ、そうね……必要なこと以外は口を開かず、主……この場合はヴァンから離れず……ってとこかしら。
 それを真似するだけなら、ユーモアの勉強はいらないかもしれないけど。そこは予習しといたほうが良いのかしら?」

呆れ半分で嘆息し、友人を思い出すと少し複雑な気分になって来る。
愛想笑い一つ浮かべず、まるで自動人形(オートマタ)のように決められた仕事をこなす姿。
同じことをやれと言われて真似ることは出来ても、少女では三十分と持たないだろう。おしゃべりもしてしまうし、一言、逆鱗に触れられるようなことを言われれば、無表情の澄まし顔なんてガラガラと崩れてしまうに違いない。
頬に当てた手でむにむにとほっぺたを捏ねながら、苦笑しながら小首を傾げ問う。

「――そう。禁断の恋……っ! 許されざる恋に燃え上がった二人は愛の逃避行の最中なのっ!
 何があったのか、すごく……すーっ、ごくっ! 気になるけど、私は友人として、あの子の幸せを心から願うわ……」

手紙の内容は彼が目を通した時と変わり無いはずなのだが、少女の中で妄想として手紙は何倍もの分厚い内容になってしまったようだ。
ある日街中で出会った貴族と恋に落ちてとか、世界中を旅する大商人の息子に口説き落とされ、色々なもしものストーリーが出来上がっているが、その大半は男も何処かで聞いたことがある、若い女性向けの恋愛小説の受け売りである。
現実ではそうそう起きないラブロマンスに憧れて、ここ数日の少女は一人になるときゃーきゃーとはしゃぎ、中々眠れぬ夜を過ごしていたりした。
今もまだ妄想に浸って、「いいなぁ」などと夢を見ているのだった。

ヴァン > 「一応、確認してからな? 万が一一人だけドレス姿だったら『場の状況を読めない』と判断されかねない。
俺か? この詰襟とそう大差ない礼服があるから、それを着ることになるな。ここらへんに徽章がついてる」

王城で行われる夜会は王都、いやこの国で最大規模と言っていい。それに参加できるとなれば浮足立つのも仕方ないか。
昨年あたりから夜会への参加数が増えてきたが、それは家の名代としてだ。男個人の立場で参加することはあまりない。
予感だが、碌でもないことが起きそうな気がする。少女の煌めく瞳とは対照的に、男は憂鬱そうだ。
質問に答えつつ、手を動かす。黒で統一された男の服装は布にも関わらず、鎧のような硬さを感じさせる。
試験官として伯爵は誰を送り込むだろう。知己の騎士か、あるいは手駒を給仕等にして送り込むのだろうか。

「無茶を言っているのはわかっているが、伯爵のご要望だから仕方ない。
そうだな、可能な限り離れない方がいいだろう。二人で仲良く壁の花をやっていよう。
魔導通信もあるし、なんとかなるだろうとは思うが」

わざわざ嫌がらせをするためだけに二人へ向かってくる者は――いるとは思うが、そう多くはないだろう。
男に対して友好的な者達も参加するだろうが、騎士も人間関係のしがらみは面倒だ。助けは期待できないし、期待もしていない。

「愛の逃避行……? 手紙か何かでも来たのか……?」

行方不明、音信不通の状態が続いていたとはいえ、手紙一つでこうも――存在しない行間を読み取れるものかと驚かされる。
真実はそんなに良いものではないが、おそらく悪いものでもないだろう。
少し意地悪を言ってみたくなったので、ここではないどこかを見つめている少女へと言葉を投げかける。
少女はさて、どんな言葉を返すことやら――。

「夜会は出会いの場でもあるからな。剣会にはナイト嬢のお眼鏡に適うひともいるかもしれん。強くて若くてイケメンで……」

ナイト > 「ぐぬっ。わ、わかってるわよ、それくらいっ! 誰も悪目立ちしたくて行くんじゃないんだから。
 一応、私も他の……真面目そうな騎士に聞いてみるわ。女性の騎士は少ないから、意見を聞けるかわからないけどね。そっちも分かったら教えて。
 ……ふーん、それと似た服なんだ。じゃあ、あんまりいつもと変わらないのか」

ちょっと残念。そう呟いて肩を竦め、乗り気では無いらしい男の横顔を盗み見ては苦笑する。
初めての夜会は初陣の昂ぶりにも似た胸の高鳴りを少女に与え、この先あるだろう試練の数々も臆することなく迎え撃つ心持ちであった。
ちなみに、伯爵が監視を送り込むとするなら、給仕係や、伯爵の息が掛かった騎士など、二人とは直接面識のない者を使うだろう。

「旦那様も我儘ね。まぁ、頑張りますけどー。
 離れず行動するのは了解よ。でも、後半は反対。ヴァン、アンタ本当は夜会出たくなからって壁の花で終わるなんてつまらないじゃない。
 良い思い出の一つくらい作れるように、夜会を楽しもうって気で挑みましょう?」

男が陰でなんと言われているか多少は知っている少女だが、始める前から後ろ向きで消極的な態度にはなれないらしい。
そっちの低気圧漂う憂鬱を払うように、明るい笑みを浮かべ、軽い調子で告げてパチリと片目を閉じる。

このように、今の少女は“良い知らせ”を貰ってからは常に前向き、追い風に吹かれ続けているような様子であった。

「あ、そう言えばあの子のことヴァンには話してたわね……。
 ふふっ、うんっ! 少し前に、あの子から『元気にしてるから、大丈夫』って手紙が来たのっ!
 本当、良かったわ……。ヴァンも、あの時は気遣ってくれてありがとね」

暫く前、カフェで彼と話したことを思い出し、今更ながら軽く説明をする。
手紙の内容はプライベート(ほぼ妄想で補完)なことなので教えられないが、一番大事なところだけは告げて、少女は心底嬉しそうににっこりと晴れやかな笑みを浮かべて彼にも感謝を送った。

不意に振られた冗談話には、本気にした様子はなく。

「あら、それは壁の花になってる上官殿から離れて、誘ってきた知らない男にOKして良いって事かしら?」

笑い、窓の外に向けていた顔を一度俯かせ、そのまま、一歩、二歩と居をを開けて。
くるりと踵を返して振り返り、流し目で男を見やる。

ヴァン > 恙なく、何事もなく終えようと思っていた目論見はあっさり崩れた。
良い思い出を作るビジョンが全く思い浮かばない。

「良い思い出、ねぇ……。ダンスの時間ぐらいはあるから、踊ってみるか? ナイト嬢、ダンスの経験は――?」

夜会で良い思い出といえば一番は交友関係が広がる、あるいは旧交を温めることだ。二人に縁のない言葉でもある。
他には珍味や美酒、やたらと多い休憩室での一時などがあるが――この少女には刺激が強いかもしれない。
友人の安否を確認し、嬉しそうな表情の少女を見ると穏やかに笑った。ひとまずはこれでよし。

「アンリも俺も困るがね。運命の人とやらが現れたら、他はどうでもよくなってしまうものらしい。
ま、剣会では大丈夫だろう。俺より若い奴もイケメンもいるだろうが、強い奴はいない。止めてみせるさ」

小説の定番ではある。問題は、二人以外の残された者には困難が待ち受けることだ。
男の面前で少女にダンスの申し込みをする者がいれば――試験でさえなければ、男は我関せずを貫くだろう。
力を己の拠り所としている言葉をさらりと吐きつつ、歩き出す。
剣会まで一か月もない。準備をしなければ――。

ナイト > 「あー……。王国式のダンスは、まだ……ないわ。でも、すぐに覚えるわよアレくらい。
 ヴァンがダンスの相手してくれるって言うなら、絶対ね」

軽く相槌を返しながら、地味に信頼を寄せた言葉をかける顔は何故か苦笑だった。
教えてくれと少女が頼めば、例にもれずこの男はいつものスパルタで仕上げてくれるだろう。信頼と実績の鬼教官である。

少女の中で、友人は屋敷から抜け出し運命の人と逃避行をしてしまったわけで。
主はその尻ぬぐいをする形に見えている。そしておそらく、この口ぶりから彼も何らかの形でかかわっているような気がして、返す言葉に迷い、また何とも言えない貌になり。

「何と言うか、色々と複雑なご様子で……。
 “きゃー。かっこいいー。せいきしさまぁー。”って、その時は声援でも送ってあげるわ。
 まぁ、そんなもの好きいないでしょうから、あり得ないないけど」

冗談交じりの話だったが、意外と茶化さずはっきりと言って彼は歩き出す。
そのあっさりとした態度に少し戸惑うが、少女は冗談で終わらせるためにその背中に変わらず戯言を送った。
これから、また少し忙しくなりそうだ――。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区 ヴァリエール伯爵家邸宅」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 ヴァリエール伯爵家邸宅」からナイトさんが去りました。