2026/01/18 のログ
ヴァン > 騎士と言われると、少し擽ったそうな表情を浮かべた。名前や職業を知られていることに驚きはない。
接触した相手が何者なのか、普通なら調べる。スクロールを取り出した時、男は隠すことなく鼻で笑った。

「ふむ、道具ね。断る。悪党ってのは元来正直なものでね。契約書とか何だってのは時間がある、まっとうでお上品な人間がやることだ。
ろくでなしにはろくでなしの信用・信頼ってのがある。信頼できないのなら帰りたまえ。どうせ俺に聞かずともわかることだろう?
……貴族の務め(ノブレスオブリージュ)は己の民に行うもので、それ以外とは普通の取引(ディール)だ。自分の要求しか言わない奴とは取引をしないことにしている。
恥を知れ(Shame on you)、ってな。もっとも、俺もお袋の腹の中に置いてきちまったんだが……
あと、これは取引上理解してもらいたいが、ここで話した内容を共有する相手がいたらフルネームで教えてもらう」

炎は赤いまま、拒否を即答した。面倒なことに、男は心にもないことは一言も言っていない。
あえて言うならば、貴族でありながら平民を対等な交渉の席につけさせようとする姿勢こそが異常と言える。直接・間接の教育により、一般的な貴族は平民を下に見ている。対等に振舞えるのは教育が未完成であったか、完成後に相当の鍛練を受けた一部の者だけだ。学院の混合クラス設置もその鍛練の一つだろう。
今の所、少女は男が食いつくような情報の片鱗を見せていない。気分がのらない相手に迫るのは相当にハードルが高いことだ。
男は少女の反応も気にせず言葉を続ける。

「蝋燭について、重要な事を伝える。まず、発言者が真実だと思っている場合は青くならない。伝言なども反応しない。
次に、他の約束や誓約などが理由で話せない時は、単に『言えない』と言ってほしい。『知らない』だと青く反応してしまう。
――君の提案を断ったのはもう一つある。その程度の魔術強度では俺に効かないが、それでいいのか?――これが俺の誠実さだ。
三つ目。世の中本音を隠す技術は山ほどあるが、それをすると炎のゆらぎがなくなる。小細工はやめておけって話だ。お互いにな。
最後に。あくまで嘘をついていることがわかるだけで、真実が何かとは全く別の話だ。
じゃ、俺はちょっと手洗いに行ってくる。戻ってくるまでに何か話してみてもらえれば、それが本物だってことがわかると思う。
――もちろん、戻った時にテーブルから離れていても俺は気分を害したりしないよ」

ちょうど、酒場のテーブル席部分の魔導灯が消えた。黒髪の店主が先程言っていた通りだ。
カウンター部の明かりがあるから不自由さはなく、かつ蝋燭の火がよりはっきりと見える。炎はずっと赤いままだ。
男は小柄の元主と懇意にしているようだが、それでもいくつかの点で大きな違いがあるようだ。
小柄が双剣をテーブルに置いたことについて、男はわかりやすい程に顔を顰めた。
続いて取り出された手紙は目を見開いたが、その色と告げられた言葉に目を細める。

「あのボンクラどもから? スカウトする時の手紙ってやつか。――手洗いに行ってから話すよ。実はスタウトを飲みすぎていてね」

男は席を立つ。炎が赤いままということは、本当に尿意があるのだろう。――知りたくもないこともわかるのは欠点だろうか。
結局、男は二分ほどで戻ってくることになる。

> 嗤われることには慣れている。どこぞの躾のなっていない狂犬とは違い、小柄は眉一つ動かさずに男の言葉が途切れるまで一通り聞き終えてから口を開いた。

「初対面の場で先に信用を欠くだけの行いをしたのは其方。
 ロクデナシに信用も信頼も無い。あるのは互いに己の利を如何に楽をして手にするかと言う点のみ。
 ……お前には、貴族のはしくれとしての扱いは不要であると判断する。
 何故、お前のような不誠実な男があの方の友人足りえるのか、理解に苦しむ……。

 当然。お前の考えは読めない。何を望むかも知らないのだから、出せる条件は曖昧になる。
 望むものが手紙の他にあるならば言えば良い。契約を交わすなら、それが叶えられるか、考えた上で誠実に答える」

どんな相手であろうと、契約を交わす相手と判断すれば対等に扱い同じテーブルに着く。そんな風変わりな貴族は滅多にいないだろう。鍛錬を受けたわけでも、平民と深く関わって来たわけでもなく、己の価値感やルールだけでそのような振舞をするのが小柄の元主である。
小柄にとって、貴族は二通りある。元主と、それ以外の下衆だ。
男の返答は、小柄の中にあった“元主の友人”と言う認識から、“ただの下衆”へと失墜するのに十分な答えで。
こんな真夜中に平民地区の酒場で酒を煽っている辺り、男も相当変わり者な貴族であるのにかわり無いが、そこに小柄が共感を持つことは無いだろう。

共有する相手の有無については、否定も肯定もせず、聞こえていないのかとも思えるスルーぶりを披露して、涼しい顔でトイレに行く男を見送った。
薄暗い酒場の中で光る魔導の照明とは別に、ポツンと灯った赤い炎は揺らぎ一つなく。
男の語ったことが正しければ嘘をついて居ない……と言うことにはなるのだろう。本当か、嘘か、それを判断できる方法が小柄には無い。
用意したスクロールが役に立たないとして、では日を改めよう。などとは言えぬ。間抜けが過ぎる。
丁度良く席を外したから、ここで自白剤……いや、毒を盛ると言う考えも頭に浮かんだが、師のように毒に耐性があった時を考えると迂闊なことは出来ない。
今日ここに訪れたのは、相手を殺すためでは無く、師の不安を払い安眠を得る為である。
出来る限り穏便に、だが隙は見せずに取引をしなければならない。と、わかってはいるのだが。

男が要求する通りに荷を一つテーブルに置いたのに、何故あんな顔をされなければいけないのか。解せない。
やはり、相手の考えていることは分からない……。

揺るがず燃える火を見つめ、少し考えて。

「……ヴァリエール伯爵様は頭が悪い。……否、頭は良い。でも人でなし」

一つ目の言葉には火は青く燃え、二つ目の言葉には赤いまま。揺らいだりもしない。
なるほど、と納得して頷き。テーブルに置いた武器に目を向けるが、大人しく席に着いたまま男が戻るのを待った。

ヴァン > 「どうだったかな。子供に小銭を握らせて、あそこで転んだらお金は君のものだ、と言った覚えしかないが。
その利を短期的に考えるなら君の言う通りだ。長期的に得る立場で考えてごらん。今じゃない、時間のある時でいい。
――おっかしぃなぁ。そこまで嫌われること、俺やったっけ?
いや――今俺が出した条件が呑めればそれで十分だ。」

小柄が一瞬でも気を向けた幼子の転倒はこの男が仕組んだものだ。接近を気取られることを懸念する点で、慎重さを持ち合わせている。
炎は依然赤い。男が少女に伝えた言葉は脅迫ではなく、挨拶のようなものなのだろう。男の度し難さが際立つ。
にも関わらず男は笑っている。目だけが獣のように――元主が蛇ならば、この男は狼のように、笑っていない。


席に戻ってくると、広げたままのスクロールが見えた。

「疑うのはいいことだ。ヴァン=シルバーブレイド、っと。んー……セカンドさんは天才素敵美人ナイスバディーです」

さらさらと署名をした。この署名を持っていかれては偽造などの恐れがあるが、処分権がこちらにあるなら問題はない。
男が言い終わると同時、フリスビーのように投げられた皿が男の頭に直撃した。男は低く呻く。
黒髪眼鏡の店主はニコニコしている。本名ではなさそうだが、セカンドというのが彼女の通り名(ハンドル)のようだ。
その胸元はメグ・メールのように平坦で、家族を人質にされて忖度を強要された者や狼少年でさえ、そんな言葉は発しないだろう。
これをナイスバディーと評するのは、神に対する冒涜ですらある。

「あぁ、くっそ……痛ぇ……。で、共有する相手はいない、ということでいいかい? 君が誠実さを口にしたから俺も応えるんだが。
君以外がこれから話す内容を知ったと俺が関知したならそいつをミートボールにして釣具屋に売る。完売したら次に君をそうする。
面倒だからやりたくはないんだ。仮に話す相手がいたら、それはきっと君に近しい人だろうから、君を悲しませたくない」

赤、赤、赤。
この男は躊躇いなくやる。脅しやハッタリではない。その上で、度し難いことに本気で小柄を、少女自身とその周辺を慮っている。
何かの間違いではないのかと、ちゃんと引き返す道は今はまだあるのだと、本気で心配している。


「えぇと、なんだっけ。挑戦権の標的に俺の名前? 俺は知らんぞ。奴等が送ってるんだから。……まず、目線合わせをさせてくれ。
君が“出張”から戻らないと知って、変な動きをしないよう連中に依頼を出したのは俺だ。あの手の依頼は噂レベルでなら広がる。
どこかから君や捕縛者の耳に入るだろうと思っていた。だが、実際は二万という額面まで情報が漏れたというじゃないか。
明らかに俺の依頼の意図からずれている。実際にやるならプロに任せるんであって、チンピラには頼んでいない。
君に実際に襲撃があった事実については、連中の不手際だ。ここまではいいかな?」

> 「確か……『逃げたら間に何が入ろうが、突き飛ばして追わなきゃならん。子供、老人、妊婦。俺にそんな酷い真似をさせないでくれよ?』と。小悪党が使うような、他者を人質に取る下衆な脅し文句を囁かれたが、忘れたと?
 ……条件、は……答えられないことは黙秘すること。小細工はしないこと。その二つで間違いない?」

子供が転んだこと、それ自体はさした問題ではない。隙を突かれ、背後を取られたこと自体も己の未熟故責めることではない。
問題は、第一声が脅し文句であったことだ。気軽な挨拶気分のそれで男へ対する警戒度は跳ね上がり、今や小柄の中で男は下衆な貴族Aと言う立ち位置を獲得しつつある。
冷たい狼の視線に晒されようと、感情の籠らぬ淡々とした抑揚のない声で返し、辛辣な言葉も、条件を確認するのも、何一つ変わらぬ声色で問う。

いかに効力が弱く強者を縛ることが出来ない役立たずの契約書であっても、男が契約に応じる姿勢を見せ、名を書き込むなら小柄はそれを見届けて満足したように深く首肯する。
その直後、気軽に嘘を吐いた男の側頭部に天罰が下ったとしても、それはけして契約の力ではない。
乙女(セカンド)からの人災である。
素晴らしいスレンダー体型を誇る彼女の見事な皿捌きを見物していた身として、小さく拍手を送ろう。

「…………。共有者は居る。一人。でも、名は明かさない。私の判断。
 外部に口外しないよう、口止めすると誓う」

男は嘘をついていない。
悲しませたくないと言うのも本心なのだろう。だが、未来でそんな不幸が訪れたとしても“仕方なかった”と片付けることができる人種であると、直感が告げる。
この直感が間違いなら、それはそれで良い。問題は師を、周囲を危険にさらすことである。
潔く共有者の有無を答えるが、名は明かせないと首を横に振り、式神の向こうでこのやり取りを聞いているだろう者へ告げる意味も含め、誓いを立てた。
正直者の猫が吐く言葉は、当然のように赤い灯のままで。

「……やはり」

先ほどの口ぶりからして、男はこの手紙の事や暗殺者ギルドに深い関りは無いのかもしれないとは感じていた。
嘘かどうか判断できるだけの言葉が含まれていなかったから、単に火に変化が無かったとも考えられたが……。
次々と告げられた事の真相を聞きながら、小柄は一言そう呟き、また少し考え込むように間を開けてから口を開く。

「ヴァリエール伯爵は私の暗殺依頼が出されていることを知らないと言った。
 だが、伯爵の関係者だと名乗ったお前は、そのギルドと関りがあり、依頼の存在も知っていた。
 知人の元使用人に不幸があったとしても普通の者は気にもとめいない。
 襲撃があったことを知っても、知人(カイルス)のように身を案じる方が……まだ普通の反応。

 一個人の騎士が、ギルドの不手際を詫びさせるその理由がわからない。
 同胞(ブラザーフット)の幹部か、重役か、ブレーンか……。
 或いは、依頼を出した本人だからこその“詫び”だと考える方がつじつまが合う。
 ……そう考えていた。だから、お前が暗殺依頼を出した本人だと言うのは納得した。
 依頼を出す以上、私が死んだとしても……それがヴァリエール伯爵家のためだったと言うなら、仕方ない……。
 と、その処置を私は受け入れる」

問題は、その後である。
挑戦権が届いたことで、伯爵との対話を経て取り除いたはずの不安が、より深い所まで浸食した。
今ならまだ不幸な行き違いで済むだろう……、おそらく。
軽く片手を上げて。

「話を進める前に、1つ宣言を要求する。……お前の立ち位置をはっきりさせないと、私は帰れない。
 お前は、同胞(ブラザーフット)の関係者ではない。悪意を持って、私や、その周囲に近づいていない。
 ――宣言を」

蝋燭の灯に目を向けながら、安心を得るための宣言を求める。

ヴァン > 「大した記憶力だ。それを軽くいなした君も相当のものだと思うが。
そうだ。答えられない理由まで言う必要はない。あと、関係のないこと――たとえば君の3サイズとかも答える必要はない」

下種な例を挙げるが、大事なことといえるだろう。今度は小皿が男の頭に直撃した。
十秒ほど、男と店主が睨み合う。女店主はセクハラを許さないらしい。――やりようによっては、本当に小柄の味方になりそうだ。

『か、篝ちゃん? そのスクロールが不良品だっただけやんな? 納得せんといて? なぁ?』

5mほど向こうから女店主の、哀れを誘うような声が聞こえてくるがそれはさておき。


「オーケー。じゃあ……カゲなんとか氏は除いておこう。その人じゃなかったら今すぐ言ってくれ。
――元勤め先の能力はわかっているだろう? 俺も調査能力こそないが、ジグソーパズルの空きピースを見繕うくらいはできる」

嘘をついていない。この男は知ってて試したのだ。――知ってて、というには語弊があるか。
カゲなんとかのフルネームを今問うたならば、おそらく男は答えられまい。その程度の興味しかないのだ。今のところは。
ハードな交渉が続いたと感じ、リスを見てにこりと笑う。小動物が好きな人間は好感度が高いと聞いたことがある。目の前の少女からの好感度は最初から低かったが、話せば話すほど地を掘っていき、地獄まで届きそうな勢いだ。理由はわからないが、多少回復するアピールをした方がよいと感じる。流石に小動物に手は伸ばさない。小さくて可愛い生き物は、男が下手に触ると容易く命を失ってしまう。微笑むくらいならば大丈夫だろう。――大丈夫だよな?

「味方とは情報を共有するのが原則だが、意図的に渡さないことも大切だ。
特に立場のある人間に対してはな……“知らない”ということが彼等の身を守る。こういう書類の前では特にな。
――カイルス? あの小僧の名前が君から出てくるとは。なんだ、仲いいのか?」

汚れ仕事(ダーティワーク)濡れ仕事(ウェットワーク)に染まった者の思考。聖騎士という肩書らしいが、本質は少女やその師匠に近しいものに思える。
口ぶりからして、少女の暗殺依頼はこの男が独断で行ったことは間違いない。
元主は三者面談の折、誤魔化したり白を切ったのではなく、本当に知らなかったのだと理解するだろう。
片目の名を出すと、目に見えて男の態度が軟化した。しかし、この会話で急に出てきたことに戸惑いがみてとれる。

処置を受け入れる、という言葉に対して男は当然という表情で返した。
少女が知ったならば噴飯ものだろうが、男は伯爵と侯爵のトラブルを最小限に抑えるために奔走したと自負している。当事者からやいのやいの言われてはたまらない。

「……? あぁ。俺は身内にBoS(ブラザーフッド・オブ・シャドウ)の構成員はいないし、俺自身も構成員ではない。
ギルドで接触したのは、単にナイトへの手紙の件さ。
詫びの内容については君自身が暗殺者志望だと口にした――というか、ここで話していた、と聞いたために連中に助言した。
連中は君がただのワナビーじゃなく経験者だと知って、俺の意見に従ったって所だと思う」

情報源の話を男がすると、下手な口笛のような音が聞こえてきた。この場には三人しかいない。壁に耳ありとはよく言ったものだ。
しかし、男は基本的なことが欠けている。関係の深さ、謝罪の深刻さと贈り物の価値は基本的に比例する。意中でない異性から高価な贈り物をされたならば、かえって迷惑だ。そういった点では、この男は常識が欠けていそうだ。

閑話休題。
委託先が不始末を起こした。顧客は被害者の情報を持っており、それに適した詫びの品を送るよう委託先に情報提供および指示をする。
実行するのは委託先だが、情報をまるきり無視はしないだろう。表社会なら何の不思議もないクレーム対応案件だ。
男は暗殺者ギルドに少女の実績を伝えた。彼等は調査し、全く痕跡が残っていないことを確認した(男とその友人が関与しているが)。
実力を本来より高く評価されているおそれはあるが、ギルドにとっては宝石の原石を見つけたようなものだ。
その原石が所属先を欲しているというなら、挑戦権という勧誘を行うのは不自然ではないだろう――男はそう語った。
男が挙げた実績について、小柄の痕跡がないことから「この人なら奴を殺せるかも」と同胞が思った可能性は――ありそうだ。

> 「……? その情報に、何の価値が?」

真面目な顔で急に下世話な話をする男をを眺め、淡々としていた声に少しの迷いが生まれる。
主に、『何を言ってるんだこいつは』と言う困惑である。
また一枚皿が宙を飛び、男の頭が揺れる。そして、睨み合う男女の夫婦漫才を見せられ、また困惑である。

遠くから聞こえる嘆きの声に一度振り向くが、少し長めの沈黙を挟んで視線はまた男へと向けられる。
背丈は大きくても小さくても利点があるが、身体は平らな方が良い。胸や尻など暗殺者には不必要、無駄な肉だ。
彼女がもし同業者だったなら、その体系は羨むべきものであり、誇って良いのだ。
と、言葉を送っても良いのだが、今ばかりは男との話の方が優先順位が高いのでそこまで説明はしない。

「…………今一度自覚した。私はお前が嫌いだ」

はいでも、いいえでもなく、男に返されるのは拒絶の言葉だけだった。
知った上で探りを入れて試しに掛かる、その卑劣さ、意地悪さを小柄は嫌悪した。
共有者の存在は知られてしまったが、どのようにして共有しているかはまだバレていない様子。
テーブルの上でジッと男を見上げるリス擬きの目を通して誰が見ているのかを知れば、こんな穏やかな笑みなど流石のこの男も向けられまい。
すすすっとシマリスを手で引き寄せながら、つまみの種を分けてやり、式神がものを食べるかは知らないが、普通の小動物として振舞わせること務める。

「それは場合による。後で知って、取り返しのつかない事態になる方が相手の迷惑になる。
 ただの知人。お前とは違って親切で信頼する価値がある。
 …………?」

良いとも悪いとも判断はしない。密かに済ませることで結果的に上手く行くこともあるし、そうでない場合もある。
小柄の場合は嘘が下手なこともあるが、バレた後でこっぴどく叱られることを恐れるが故に隠し事をしないだけだ。
知人への評価は当然ながら高く、そう言う意味で仲が良いと言うならきっとそうなのだろう。
その名を聞いて男の態度が少し柔らかくなった気がするのは気のせいか、恩人とは聞いていたが……いや、でも本人は怖がっていたし。
悩みながら首を傾げ、解せぬと頭を悩ませる。

さて、男は此方が望むとおりに宣言をしてくれた。火の色は変わりない。
この宣言がどれほどの気休めになるかはわからないが、今夜くらいは気を休めて師も眠ってくれることを祈ろう。
手元のリスを見下ろして目を細め、安堵から深い溜息が漏れた。

満足に交渉できているかと聞かれれば、答えは否だ。きっと、戻ったら叱られることは山のように出てくるだろう。
例えば、もっと言葉を選べとか、主要武器を手放すとは、等々……。考えていると気が重くなってくる。
落ち込むのは後で良い。今は聞くべきことを聞き、情報を得ることが優先だ。

「挑戦状を出したのはギルドで、私の望みを知ってお前から助言した。
 ……お前が私の暗殺対象になったのは、お前自身の意思ではない……と」

ご機嫌な口笛が響き、情報源は直ぐに理解した。なるほど、カイルスとの話を聞いていたからか。
盗み聞きを咎めるつもりは無い。聞こえるような声量で話していた方が悪いのだ。

男が話し終え、事の経緯を十分に理解した上で、冷めてしまった茶を手に取り、ストールをずらして一口すする。

「……私から見れば、今回のことは……。
 私を暗殺させようとした男が、詫びを寄こすと言ったかと思えば、自分自身を殺してみろと喧嘩を吹っかけてきたように見えた。
 とんだ傲慢な自信家だと、そう思った。……誤解は、一応は解けた。お前が嫌いだと言うことも、わかった。
 話をする時間を割いてくれたことには礼を言う。手紙も約束通り書く。でも、お前は嫌いだ」

誤解であったことは認めた上で、出した結論はやはり変わらなかった。
大切なことなので二度繰り返し、鞄の中に手を入れてごそごそと探って取り出したのは便箋と万年筆。

ヴァン > 「……そうかい? 俺は君のこと、少しづつ好きになりはじめてるんだがな」

拒絶の言葉に対してにこりと笑う。嫌われるのはそういう所なのだが、男自身は気にした風もない。
普段は対象を潰した後で「いやー君、この人だって言わなかったじゃん」とわかっていた上で他責めいて告げるのがこの男のやり口だ。
消去法からくる推測によるものとはいえ、安全な対象を告げることは男を知る者からすれば悪いものを食べたように思えるだろう。

「“知っていたから教えた”は容易に立証可能だが、“知らなかったから教えられなかった”の反証は困難だぜ?
君の元主みたいに、有能じゃない奴は切り捨てるってのが上の考えなら別だが、世の中有能じゃない奴はごまんといる。
あいつは……貧民街にいた所を拾い上げたんだ。あのままチンピラになるよりは、神殿騎士団勤務の方がまだマシだ。
怪我をして除隊、今は冒険者になっちまったが……それでも、まだいい」

間違いなくこの男、サイテーである。保身に繋がるとも話し出した。
身内の話をする際、男は穏やかに話す。おそらくこの男、身内と認めた存在に対しては支援を惜しまないのだろう。
ただ、このやり取りでわかる事がある。この男は片目の事を十分に知らない。

「あぁ、そうだ。これは聞いてみたかったんだが……暗殺者志願というが、住む場所も殺す相手も、この国じゃないといけないのか?
というのはさ。他国の要人を暗殺する、国に仕えるのは誉れある仕事といえるんじゃないか。
――王位は空の状態が何年も続き、魔族の国をはじめ複数国相手に戦争を継続している。オリアーブ島で内乱はあったし、アスピダのあれも似たようなもんだ。都市部にいると平穏にも思えるが、歴史家に聞くまでもなく今はここ数百年の中でも特に混沌とした世の中だ。その混沌を少しでも収められる、世の中の役に立てる。BoS所属なんかよりはよっぽど良い就職先だと思うがね。どうだい? クシフォスの首級(クビ)を持って帰れば将来安泰だと思うぜ?」

人殺しの腕を活かす場として、軍は比較的まともな組織だ。少なくとも貴族の子飼いや暗殺者ギルドよりははるかに良い。
男も特務部隊に所属していた過去がある。使い潰される結果となったが、暗殺稼業を選ぶ限りどこでもそうなるだろう。
切り捨てられたなら割り切って別の職場を探すぐらいのドライさが死神(カゲ)には必要だ。

「ちなみに念のため確認なんだが、間違いなく俺の名前が書かれているのか?
――あいつらは本当に俺に死んでほしいらしいな。ま、お互い様か……。
しかし、話が変わってくるな。俺への嫌がらせに、達成不可能な案件を捻じ込んできたか」

詫びの用を為していない、とぽつりと呟く。目の前の存在が自身を殺すことを、男は全く考えていないようだった。
相手の言葉を聞きながら、なるほどと苦笑する。

「俺はものの道理を弁えているつもりだ。鉄を渡して詫びのお菓子だ、みたいな事は言わん。
とはいえー――BoSは向こうから来るから、俺から動けない。詳細を聞きたいなら話すが、俺に飛んでくる皿を落としてくれ。
あれ、俺が嫌いだっていうのも誤解ってことにならないの? まぁ、そりゃ仕方ないか。
オーケーオーケー、それは結構。そんな繰り返さなくても……」

嫌い嫌いと何度も言われれば、笑ってショックを軽減するしかない。そこまでのことしたっけ……と思う所がこの男のダメな所だ。

「手紙を書く間、俺の質問にも答えてくれよ。
俺は大したことを答えたつもりはないが、何故聞きにきた?」

> 「……不快、不愉快。嘘でも止めて」

笑顔を向けられても、小柄は僅かに眉を顰めるだけで冷たくあしらい茶を啜る。
男の性格がそこまで歪んでいると知ったなら、人でなしの鬼畜と、ますます態度は冷たく非難するものになっただろう。

まったく、物は言いようである。揚げ足取りの減らず口を黙らせる呪文を知らない事が悔やまれる。
主の在り方を間違っているとも思っていない。ただ有能、有用な駒となるよう努めるだけで良いのに、何を言っているのかと今一納得できない様子で。
知人の事については、初めて聞く内容が多分にあり、半目になりつつあった緋色がパチリと瞬く。

「カイルスの事は本人から聞く、本人が話したくないと思うことを他人の口から聞くのは間違っている。
 だから、今聞いたことは忘れる……おしゃべりが過ぎる男は嫌われるらしい、気を付けろ」

勝手に人の過去を語ってしまう口の軽さを軽蔑しながら、何とも言えない胡散臭さが漂う男の横顔を見据えた。
男の真意はやはりわからないが、信用してはいけない人物だと肝に命じて、この男には余計なことは口にしないでおこうとも思った。

「……相手は誰でも―― 否、私の周囲は困る。けど、他はどれでも同じ。貴族でも、平民でも、魔族でも。命は命。
 私は、暗殺の仕事が欲しいだけ。報酬もどうでも良い。……ので、指令ではなく、自由に獲物を選べるこのギルドに目を付けた。
 他国まで手を伸ばすのは悪くない提案だと考えるが、私が危険な仕事をすることを、きっと周りは受け入れない。周りに危険が及ぶことも、私は望まない……。

 もしも、戦で戦果を上げれば……権力は手に入る?」

戦乱で生きることを望むよりも、それ以外、暗殺者以外の道をと望み進める声がある。
暗殺者として生きる夢に生きるか、牙を捨て、ただの無害なミレーとして耳と尾を隠しながら生きるか、悩んでいるのは事実だ。
だが、まさかこの男から就職先を斡旋されるとは思ってもみず、何か裏があるのでは無いかと怪しみながらも、嘘を吐けば火に出てしまうので素直に返事を返すしか無く。

「ん、中は見ていない。見る許しが出ていない、ので。
 でも、カイルスはそうだろうって言ったから、きっとそう。確認が必要ならするが……。

 ――ん? うん。菓子を渡して有耶無耶にされるのも違うと思うけど。
 詳細を知っている? 関係者ではないのに? 皿は自分で片付けて」

話は聞きたいが、皿を落とす(自分の身を守る)くらい自分でしろと冷たく突き放す。
好感度は地を這うだけではとどまらず、マイナスを常に更新していそうだ。
自分がこの娘に殺されるのでは、などとこれっぽっちも思ってい無さそうな顔がまた一つマイナス点である。

「了承。話を聞きに来たのは安眠のため。敵対者の姿が朧げなままでは、疑心と恐怖が育ち怪物になる。
 何もかも罠に見え、疑心暗鬼で身体を壊すのは見たくない。だから、早急に解決する必要があった。
 お前に当たる前にギルドの事も調べはした。でも、所在地も不明、メンバーも“忍者”の噂くらいしかわからなかった」

筆を走らせる片手間に質問に答えるせいで、だんだんと受け答えも雑に、隠し事は最初からほぼしていないも同然だが、今となっては言い淀むことも無く語る。
ギルドを良く知る者からすれば世迷言と笑われるかもしれないが、裏社会の中で歴史あるギルドとなれば、国の中枢に通じる者が関わっている可能性もある。裏から手を回し、汚名を着せ、社会的に追い込むような手口など諸々。そう言う不安要素はまだ残っているが、今回の事はただの誤解と各々の思惑が混線して生まれた偶然であったと分かったので、ひと先ずは安心だろう。

問題の手紙の内容は簡潔にまとめた方がボロが出ないだろうか……。

己は生きて、無事であること。
この国に留まるが、二度と屋敷には戻らないこと。
今は、信用できる人間の下で、穏やかに暮らしていること。
そして、彼女に騎士として伯爵を支えてくれるよう締めくくるのが無難か。

これであの狂犬が納得するかどうか。何故屋敷を出たのか、その理由が書けないのでどう誤魔化すやら……。
ふむ、と小さく呟き、男の顔を伺い見る。

「ナイトの小説好き(趣味)は健在?
 ……なら、愛の逃避行とでも理由をつけた方が、黙って屋敷を出たことも、伯爵様が何も手を出さず、屋敷の者が騒がなかったことも……全部。ナイトは疑心を持たず肯定的に受け取ると考える。どう?」

ヴァリエールの狂犬と恐れられる少女が、数年間、同じ釜の飯を食った同僚からどんな風に見えているかがわかる質問だった。
少女を監督する教官騎士はどう判断するだろうか。

ヴァン > 「ンー? 炎の色をみたまえ。残酷だなぁ真実ってぇのは。
ま、そりゃそうだ。人間、隠しておきたいことの百や二百ある。おしゃべりは嫌われるってよ。――聞こえてるか?」

どうやら話は一段落したようだ。少し揶揄ってみるとしよう。わかって悪手を踏む者ほど性質の悪いものはない。
続く言葉は少女ではなく、女店主に向けたもの。今回の騒動の一端を担っているのは間違いないが、女店主はどこ吹く風。

「……ギルドだろうが危険な仕事をすることを、周りは受け入れないんじゃないのか?
それを言ったら冒険者だって危険な仕事だ。王都の中で過ごす分には比較的安全だろうが……。
あー、あれか? 農家の跡を継いでほしい親父と冒険者になりたい長男みたいな」

この男ですら他の人達と似たような事を言う。少女の考えが余程であると、さすがに気付くだろうか。
質問に対しては、そりゃそうだろうとは言うものの、受け入れない周りという言葉が気にかかった。
親子のような関係が少女にあるとして、無責任な口出しをするべきか躊躇する。
なにせ男自身も親子の確執を拗らせた身の上だ。何か言えた義理ではない。

「――ん? 待て待て待て待て待て。なんでカイルスがそんな事を言う?
あいつは目はいいがただの――あぁ、透視か。ったく、変な事に首つっこむなってあれほど言ったのに……。あのお人好しめ。

あー…………“死霊術師”って女がBoSにいてな。不定期に俺を襲ってくる。あれだ。いわゆるヤンデレってやつだ。
そいつを通じて依頼を出した。詫びの件からは来訪がない。だからBoSに俺からは接触できない」

片目の名が出たことに違和感を覚えるが、一人で納得する。だが、「だろう」という言葉の説明がつかないことにまでは気付かない。
続けて言った言葉と、選ぶような言葉遣いから、何があるかは想像がつく。刺客を生かしたまま返り討ちにして、その後は――。

「……随分、繊細な神経をしているんだな。ちょっと南の方まで行って療養でもしたらどうだ?
――見たくない? なんだ、君自身じゃないのか。それなら猶更だ。こんな街より、穏やかな所はいいぞ。心が落ち着く。
BoSねぇ……五人ぐらい殺ってから、“死霊術師”以外来なくなったな……後ろ盾が後ろ盾だからな……」

男は無神経に過ぎる。剛よく柔を断つを地で行くゆえか。
暗殺者ギルドについては、男もよく知らぬようで、ぼんやりと心当たりがあるようだった。

「あぁ、小説は好きみたいだ。駆け落ち……意外だな。理由に悩んだら、俺から提案しようと思っていたところだ。
まさか君がそんな所に気付くなんて。ただ、どこで知り合っただの、相手はどんな男だの興味を持ちそうだが」

目の前の小柄が色恋に意識が回る人物とは思っていなかったようで、驚いたような表情を浮かべた。

> 不快を隠さず、僅かな苛立ちを孕んだ重い溜息を吐く。此処まで嫌われて好感を持てるとは、この男はどういう精神構造をしているのだろうか。
眼鏡の彼女にまたちょっかいを掛ける姿を見ても止めるつもりは無い。どうせなら、また数枚皿が飛んでくればいいとさえ思ったのは内緒の話。

「……、それはわかっている。でも、私は火守(暗殺者)だから……。
 冒険者は別……なの、だと思う。前に、人の道から外れることがいけないのだと言われた。
 ……言い得て妙、かも? 庇護する立場から見て、受け入れ難いこともあるのかと」

これまで何度も言い聞かせられてきた言葉を、この男にまで言われるとは。
一度目を瞠り息が詰まったが、返す答えはこれまで通り変わらない。
妙な例えには首を傾げるも、少し頷きそうにもなって迷う。

「う? カイルス……が、ん? 幹部? ボス? やん、でれ? 殺したいほど、気に入られている?
 それはとても光栄なこと、求愛には正面から向き合うべき。お前が死んだらシャンパンを開けてお悔やみ申し上げる」

次々と聞かされる話に頭が追い付かなくなり、筆を握った手が止まる。
よくわからないながらに要点だけは理解した様子で、コクコクと頷いて、さぁどうぞとでも言うように棺桶へ飛び込み死霊の仲間入りを勧める始末。
しかし、なるほど。男はギルドと関りはあるが、友好的とは偏に言い難い関係であることが分かった。
男女の間の愛情表現とは、どうしてこうも難解なのか。理解に苦しむ。

「お気遣い痛み入る。残念ながら、長い休暇をとれるほど暇ではない。
 ……今のは、言い間違い。全部、自分のこと。……余計な世話。不愉快。黙って。

 ――後ろ盾? ギルドの?」

適当に相槌を打っていたが、うっかりと口を滑らせたことを指摘をされて初めて気づいたようで、一瞬動きを止めて否定を重ねる。
すると、赤い火が青く変わり、否定する度に反応するのを見て、最終的に口を噤むのは此方になってしまう。
迂闊さを叱る様に、ペシリとリスの尾が小柄の手の甲を叩く。
話が移り変わると、気になる単語だけを拾い投げかける。暗殺ギルドの辿り方は男のお陰でわかったが、敵対することが前提の探り方は御免である。

「……そう。相変わらずで良かった。
 前に、ナイトが勧める本にそう言う話があったから、それに倣うだけ。……ん。
 これ以上かかわりを持つつもりは無い。お前も、その方がボロが出なくて都合が良い。違う?
 音楽も、絵画も、物語も、芸術には空白がある方が想像力を掻き立てると聞く。ので、想像させておけば良い。その方がナイトは静か」

けして嘘は言っていない。火は色も変わらないし、揺らいでもいない。
実際は、駆け落ちなどと言う小説のようなことは一つも無かったし、捕えられ、生かされ、弟子になったと言うだけだ。それだけだ。

涼しい顔で男の詮索を躱し、問題ないようであればさっさと文を仕上げてしまおう。

ご案内:「王都マグメール 平民地区/宿屋兼酒場『ザ・タバーン』」からヴァンさんが去りました。
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ご案内:「王都マグメール 平民地区/宿屋兼酒場『ザ・タバーン』」にヴァンさんが現れました。
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ヴァン > 紡がれる言葉が終わってから口を開く。また、揶揄うような笑いをしている。

「自分の可能性の限界を口にするのは、四十、五十近くになったオッサンが言うもんだ。
俺は二十五を過ぎてから図書館の司書業務を学び始めた。それまでろくに本を読まなかったのにだぜ?
ゴルドの利殖や経営を覚えたのもその頃だ。まぁ……それなりにうまくはいっている。

もちろん過去は変えられないし、己の芯となるよすがを捨てろと言うつもりはない。幼い頃から技を磨いてきたんだろう。
ただ、それしかないと思うのは危険だし、未熟だ。甘えと言ってもいい。君は二十歳かそこらだろう? まだ人生の折り返しですらない。
人の道、ね。保護者殿は君と違って、まともな人物そうだな」

男は自分を例にあげて、複数の生き方を会得することはまだ遅くないと話す。
甘えではないかと告げる言葉は関係が築かれていない相手からだけに率直で、客観的で、優しさがない。
親子の喩えは一般的な問題として世に溢れている。ぴったりではないが、彼等にもあてはめることは可能だろう。
手紙を書くことに意識が向いていたのか、男が伝えたことは十分には受け取られなかったようだ。大きな問題にはなるまい。

「あー……典型的な木こりのジレンマじゃねぇか。あのな――」
『篝ちゃん。悪いことは言わんから、その人一度医者か精神魔術師(メンタリスト)に見てもらい。
脳機能が衰えると――だいたい加齢が理由やねんけど、被害妄想に陥りやすくなる。だいたい五十あたりからが危険や。
厄介なことに、当人は普段通りで問題がないと思っとることがほとんどなんや。せやから周囲が手助けしてやらんと。
大事な人なんやろ? 杞憂やったら杞憂やったでええやんか。兆候が出てるのに見逃すのは……一生、後悔するで』

「ふー……セカンドは錬金術師だ。人体の機能・構造を熟知している。
不測の事態への用心・備えは大事だが、一定量を超えると日常活動を阻害する。かえって逆効果だ。
――帰る時、この蝋燭を持っていきな。安心させるために今日のやりとりを話すにしても、スクロールが効かないことは君が見た通りだ。
それとも、スクロールの効果はあったと嘘をついてでも安心させるかい?」

黒髪眼鏡が口を挟む。これまでのどの表情よりも真面目な、専門職(プロ)の貌。
言いたいことを言われてしまった男の鼻白んだ表情は少女を愉しませたかもしれない。溜息をついて補足する。
後ろ盾については、大人二人の助言に対する少女の反応によっては話さないだろう。

「ふむ。俺よりも君の方が彼女とのつきあいは長いから、それに従うことにしよう。
それにしても……感情の起伏がほとんどないんだな。揺らぎがない状態で青になるなんて初めて見たぞ」

蝋燭に視線を向ける。本心を隠しているのかと疑っていたが、青く変わったことで考えを改める。
男が話している際は蝋燭の炎は微かに揺れている。もとより、表情に比較的出やすい男ではあるが。

> 「……私は、家業を継ぎ、火守(暗殺者)となって、正しく暗殺者として死ぬために生きて来た。それが私の夢だから。
 一度自分で決めたことは、最後まで貫くべきだとも考える。ので、その勧めには応じ難い。
 お前のように勧める者が大半だ。カイルスもそう。それが真っ当な人間、世間の認識であるとも理解している。
 甘え、未熟であることは否定しない。自覚もある。それ故に教えを受けている身である。
 人生の折り返しが何処にあるかなど目には見えない。既に過ぎている可能性も否定はできないのでは?」

真っ当な人間の道と言うものを生きているらしい人間は、皆同じようなことを言うのだな。
それが男の話に抱いた感想だった。客観的、優しさなど向けられる理由が無いので、親切にされる方がむしろ気味が悪い、罠か何かかと警戒していただろう。

「木こりのジレンマ? ん、うん……。不敬、侮辱であると判断する。
 そっちの……セカンド?が、人体、精神のプロであることは理解した。が、物には言い方がある。
 ……そう言う世界で長く生きた人間が、手放しがたいものを多くを抱えるようになれば、病に掛かることは仕方がないこと。とも、私は考える。
 その不安を否定できるほど、其方のギルドを知らないから……だから調べもするし、尋ねにきた。

 そもそも、誤解を与えるような礼の寄こし方をしたこの男も悪い」

会話の途中に割り込んだ彼女に目を向け、その言い方には頭に来たのか、男が揺らぎが無いと言った火も微弱に火先を揺らしただろう。
男のフォローを聞いてそれも直ぐに収まるが、今度は責任と怒りの矛先が男へと向いて、礼儀知らずにも男の顔を指さし言う。

「……スクロールを使うとは、最初から相談しては居ない。が、嘘の報告もしない。
 聞いたまま、見たままを報告するだけ」

そう告げると、手元のリスを見下ろし目を伏せる。
茶黒のリスはと言うと、カリカリと種を齧って頬に詰め込み、チラリと小柄を見上げ、また男と、眼鏡の彼女にも視線を向けて。獣らしく顔を洗って毛づくろいをする。

「暗殺者に感情は不要なもの。刃を鈍らせる不純物でしかない。
 元主様も、『駒は主の命に従うだけで良い』と私の在り方を高く評価されていた。

 ――ん。書いた。確認を」

筆を置けば会話も切り上げ、男へ向けて認めた文を差し出す。
暗号や、不要な言葉は見受けられない飾り気のない文章――面白みがなく、無機質とも言える内容となっていた。
何処に心を込めたのか、本当に込めたのかも怪しいが、伯爵を守ること、お元気でと最後に締めくくった別れの挨拶がそうなのかもしれない。

ヴァン > 「ふむ、夢か……。それなら、保護者の元を出ていくしかないんじゃないか? なに、似たような奴はそれなりにいる。
んで、暗殺者ギルドの試験をクリアできる見込みはありそうかい?
ふーん……継いだ稼業は誰かに継がせるのかい? それとも、君が末代か?」

男そのものはまっとうではないが、世の中がどうであるかを知っている。
少女の生き方は危うい――そう感じさせる。保護者殿も心労が絶えないことだろう。
中核を為す芯らしきものは理解できた。そこを確認してみるか。

『篝ちゃん、穏やかに伝えて相手が動かへんかったら意味ないんや。感情は大事や。けどな、それで目的を達成できへんのはあかん。
んー、そこは見解の相違やな。病気にならんようにする、予防するんが安上がりや。自分で出来へんことは他の専門家に任せる。
冒険者かて武器の日常の手入れは自分でするけど、本格的なメンテナンスは鍛冶屋に任せるやろ?
あー、うん。それはそうやな。この男が悪い』

カウンターの奥から少女の話を聞き、落ち着いて反論する。正しい所は同意する。
指をさされつつ、やれやれと男は笑うのみ。

「そうか……俺が本当のことを言い、君が真実だと判断した。そのどちらも正しいと理解してくれるとよいな。
ほいよ……どれどれ………………ん。まぁ……君が書いた、ってのは伝わりそうだな。封蝋はこっちでしておく」

差し出された手紙を受け取らず、テーブルの上に置くように指先で指示する。手紙に男が触れたと少女騎士がわかる術はおそらく持ち合わせていないが、べたべた指紋を残すこともない。書かれた内容には言及せず、文体や筆致について告げる。

「だいぶ嫌われてしまったが、まぁいい。今後会う事も多分ないだろう――前も言ったな、この台詞。
保護者殿も君も、安心してほしい。君が――君達が俺の領域を侵すか、国賊に与しない限り何もしないよ。
こう見えて意外とやる事が多くてね。ま、君はその国賊を殺り損ねた、という点だけは胸に刻んでおきたまえ。
……人を殺す時、すっと頭をやれればいいんだが、そううまくいかない時はどうすればいいと思う?――手足をもぐんだ。
君達が手足にならないことを祈るばかりだ。動く手足を落とすのは、二度三度と刃を入れる手間がかかる」

歴史書を紐解くまでもない。大衆に迎合し、短期的な利益を得ようとして地に堕ちた国々はいくらでもある。
小柄やその保護者と政治の話をするつもりはない。彼らは畢竟為政者に使われる道具に過ぎない。
少女が言った意味を理解したかどうかはわからない。わからないならばわからないなりに、保護者に伝えるだろう。それでいい。
これまでの会話で男が「人格的に問題があるものの、尾を踏まねば王国民の中ではきわめて穏健な部類に属する人物」だと伝わった筈だ。その上で尾を踏んでくるならば仕方ない。舐められたら、侮辱されたならば、殺さざるを得ない。貴族とはそういうものだ。男は生粋の貴族――武力、暴力を権力の拠り所とする出身だ。綺麗な衣装を着て丁寧な言葉遣いをしても本質はヤクザとなんら変わらない。
異なるのは、大半の貴族が経済力を元に暴力を得ていることに対して男は逆に暴力を元手に経済力を得ていることか。

蝋燭は男が話している間ずっと、穏やかに赤くゆらめている。

> 「……それは、理解している。欲するもの全てを得ることは叶わないと。
 方法を選ばなければ、一矢報いることは可能。でも殺しきれるとは言えない。
 ギルド(ブラザーフット)の思惑に乗ってお前を殺しにかかることは、利用されることに他ならない。おそらく『気に食わん』と一蹴される……ので。
 封を開けて、本当にお前の名が書かれているなら……惜しいが、今回は見送るしかない……。

 ……わからない。私が末代になるなら、それも仕方ない。そうなるべくして血は途絶えたのだと、諦める」

せっかく手にした挑戦権も、今回は破り捨てる結果になるだろう。
何かの間違いで火をつけたとしても、ギルドの鉄砲玉となってこの男に刃を向けるほど愚かな身の程知らずになったつもりも無い。
悔しいが、戦闘に置ける力量は相手が上だ。
人質を取ったところで、脅しにならないだろうことは想像がつくので、搦手も使えないだろう。
つくづく何の詫びにもならない詫びだと、半目で手紙を見下ろし、嘆息した後にそれを手に取り鞄へ戻す。

「病ではあるが、病人ではない……。予防する……のが必要なこと、それは理解した。
 専門家の戸を叩ける内容なら、それも手ではある。が、今回のような他言できぬことは相談もしようがない。
 ので、不安につながること、それらをすべて私が排除する。これで解決。……あってる?」

正論にふむ、と考え頷き、必要であると説く言葉には耳を傾け。
それで解決できないときの対処を提案するが、どこか物騒な雰囲気がそこには見え隠れしている。
やれやれ顔で笑う男には冷たい目を向け、無言で「何を笑ってるんだ、わかっているのか」と視線だけで圧を加え。

「……私も殺すことは躊躇ないが、無用な争いは好まない。ので、そうなることを祈る。
 ん。任せる。後は好きにして」

テーブルに置けと言うならその通りにして、それ以上はもう手を付けないし関与もしない。
きっと、元同僚は行方知らずになっていた友人からの手紙を受け取れば、最初は怒るかもしれないが、最終的には笑顔を見せることだろう。

「お前の言動の何処に好かれる要素があったのか言ってみると良い。無論、此方は全て否定するが。
 二度あることは三度あるとも聞く。三度目が無いよう毎日神に祈っておくから心配は無用。
 ……そちらの言い分は理解した。互いに不可侵を貫けるよう、此方も迂闊な行いには気を付けよう」

男の言葉が脅しで無いことは、火の揺らぎ、色を見ても明らかだった。
何より、語りかける男の眼は身内に甘く外的には酷く冷たい、そう言う人種特有の目をしていた。
――師と似ている。と、余計なことを一瞬でも考えた己を心中で叱り、此方も淡々と変わらず静かに返事を返す。
火は揺るがず、色も変わらず。ただ蝋燭は静かに燃える。

ヴァン > 「BoSと君の問題には関知しないよ。うまくやってくれ。
他の奴が標的だったなら、ささやかながら手助けができたんだが」

男の名が書かれていると片目が言ったという話だった。どこか違和感が残るが、飲み込む。最終的には当人が決める話だ。
鞄へと仕舞われたギルドからの手紙を見送る。男からギルドに接触する手段がない以上、手はない。

病気に関する言動については男ではなく女店主に向けられたものだろう。
店主は少女がしっかり理解しているようだと何度か頷いてみせる。剣呑な手法についても制止の声はあげない。
暗殺者志願という願い、つまり少女自身が不安の種そのものに思えるが、これは繰り返すまでもないだろう。

「さて……篝さんの懸念はなくなった。俺は手紙を手に入れた。
篝さんはこの蝋燭とそこの双剣を持って塒に戻る。何か漏れていることはあったかな。

おっと。そうしたい所だが、しばらくの間は情報が流れないか確認させてもらう。
君とその周囲の人や組織をね。こうやって話をしているが、少々迂闊な所が君にはあるようだ。
それに、君達は面白そうだ。活躍を遠くで、楽しみに見ているよ(watching you)。ずっと『同じ側にいてくれることを願っている』」

好かれる要素があったかという問いには笑って返す。

右手でVサインの人差し指と中指を己の両目に向けた後、その指を小柄に向ける。しっかりと興味を惹いた、という宣言。
そして――炎は蒼く揺らめいた。男は不可解そうに眉を顰め、小さく舌打ちする。どうやらこの蝋燭、深層心理まで見抜くらしい。
平穏を望む一方で、自分の領域が侵されたならばそれを錦の御旗にして血の一滴、髪の毛一本も残さぬように不心得者を亡ぼす。
文化人を気取りながら、溜め込んだ嗜虐心と暴力への衝動を合法的に発散する機会を逃さない男。
十年以上の月日で、敵がいることが日常となっていた。今この男は敵に飢えているのだ。餓えた狼。

それでも知己とは違い、積極的に他者を襲うことはしない。己がされて傷ついた事を他者にしない分別くらいは残っている。
ともあれ。人間同士の事は小動物には無関係だ。君は大丈夫だよとばかりに、小動物を見てあやすように手を振った。笑顔、笑顔が大事だ。シリアスに偏った表情では小動物は委縮してしまう。

結局ギルドの背後については話さなかったな、と一人ごちる。
男も正解を持っている訳ではない。事実を並べた上での消去法。この国にいる限り逃れられぬ相手。
――ないと思いたいが、また少女が男を訪れることがあるかもしれない。

> 「手助けをされては試験の意味が無い。
 それ以前にお前の手は死んでも借りたくない。後で何を要求されるかわからないから」

男が疑念を抱いたことを少しでも察せられたなら、それはギルドについて探る時、或いは知人(カイルス)を尋ねた時に、切り込む手段の一つになるかもしれない。
口に出した通り、この場に限らず、これ以上この胡散臭い男に頼って謎を紐解くつもりは小柄には無かった。

「……問題ない。これで取引は終了。要件も済んだ。
 ――? ……承知した。鼠を見ても暫くは放置する。が、一月以上張り付くなら害獣として駆除する」

取引終了を受け、テーブルに置いた武器を手に取り腰のベルトへ通して戻す。
蝋燭は素直に受け取るか少し迷った。男からの施しであると言う点も勿論気に食わないが、魔法や魔術に疎い身故に、発信機として居所を掴む術が仕掛けられているかの判断がつかないからだ。
少しの逡巡の後、蝋燭を受け取って此れも鞄の中に放り込もう。

これで全て終わり、さっさとお暇しようと席を立ちあがりかけた時、男から待ったの声が入った。
まだ何か用があるのか。訝し気に振り返り、その内容に一応の理解を示すが、素直にすべてを受け入れるわけでもない。
期間を指定し、それを過ぎれば害をなす敵として処分すると忠告した。
忠告に関しては聞いているのかいないのか、無反応を貫き、フードの下では三角の耳を伏せ聞かぬふりをした。
迂闊であることは否定しようがない。腹の探り合いなど、端から猫には向いていないのだ。

「……不愉快な男。真っ当に生きる方法を説きながら、争いを望む。まったくもって度し難い。
 お前のような男は早急に誰かに暗殺されると良い。その方が平和な世のためだろう」

男が立てた二本の指は碧眼へ向かい、続けて此方を向く。
そして告げる言葉には嘘が含まれていたようで、炎の色が一瞬だけ変わった。

ここまで小柄を不愉快にさせ続けるのは、ある意味この男の才能かもしれない。
面白そうだ。と言う評価も、敵対を望まないという嘘も。どれをとっても小柄の神経を逆なでし、警戒を煽るだけだった。服の下で尾が逆立ち膨らむ感触がある。
落ち着けと己に言い聞かせ深く息を吐き、冷静沈着を装って鉄仮面を被るが、言葉の節々から男への嫌悪が滲む。
炎の色は変わらない。だが、最後の言葉を告げると火は大きく揺らいだ。

争いは好まない。必要な時以外は刃を抜くことは無い。
だが、小柄は暗殺者であり。暗殺者として一生を終えることを望む。
平和な世に暗殺者や忍が不要なら、この国が乱世になれば――心に過った雑念が火を揺らした。

式神のリス擬きは男が手を振っても振り返すような真似はしない。
動物なら、それが普通なのだが……。これのモデルとなった小動物は他より愛嬌と知恵があるようで、それを模倣して造られたリスモ手を振り返すくらいは平気で応じることが出来るだろう。
なのに、手も振らなければ尾も振らない。小柄の心境を察して男を警戒しているのだろうか。
小柄がテーブルへ手を差し出せば、最後の種を頬に押し込んでから、たったか腕を駆けのぼりフードの中へと潜り込む。

――ギルドについて探る時間はこの先まだまだあるだろう。
何らかの関りがありそうな手掛かり(眼鏡の彼女)の存在を知れたことは、思わぬ収穫だった。
これ以上この男に頼るより、彼女に貢いで少しずつでも情報を引き出す方がまだやり易い、とは小柄の我儘か。

ヴァン > 「張り付くなんてことはしないよ。それじゃ君達の気が休まらないだろう。時々覗きに行くだけさ」

実の所、情報が洩れる事自体はそこまで問題ではない。大事にさえならなければ良い。
大事になる際は一定の法則があるので、そこを抑えていればいい。男の口ぶりからすると、一か月を超えることは明白であった。
さりとてこの男が少女とその保護者にいつまで興味を持つか。こればかりはわからない。

「世の中の人には正しいやり方を伝える。俺は俺のやり方でやる。間違ったやり方を勧めはしないよ。
――私が殺す、とは言わないんだな」

戦いには大きく二つある。果敢に攻めて相手のペースを崩すやり方。ただ待っていて、相手がペースを崩すやり方。
今回はどちらかというと後者だったか。
奇妙な時間だった。渡した蝋燭の残り具合からして、三十分から一時間の間か。少女が手紙を書いている時は黙っている時間も多かった。
『衛兵の目の前で盗みを働いたら捕まって牢屋に入れられる』というような、事実を延々述べていただけの気がする。それが少女の欲しい情報なら、互いに時間を費やした意味はあったのだろう。あとはむしろ、こちらが興味本位の質問を繰り返していたなと思い返す。部屋に戻ったらこれまでの記録に追記するとしよう。さすがに人の名前をうろ覚えなのは失礼だ。

少女は背を向け、この建物から出ていくだろう。声をかける。

「武器を置いたのは信頼の証だと思っておくよ。武器よりマントや鞄が大事って意味かもとは思ったがね。
――命を守るものを手放すな。東方のニンジャのように、裸になった方が強いって訳じゃあるまい?」

間違いない。この男、相手が嫌がる言葉を意識して出している。これまでのやりとりで信頼などないのは明白なのにこの言葉。
忠告。送り狼の言葉通り、小柄が店を出るまで視線を外さずに見送ることになるだろう。

> 「それでも十分すぎるくらい嫌」

間髪なく率直な感想を口にして、眉を顰めた。
男に興味を抱かれることも、観察されることも、出来れば御免こうむりたいことである。

「……己のやり方がが正しくないと理解した上でやる、と。
 ナイト(元同僚)がお前の性根を嫌わずに親しくするとは思えない。
 真面な人間のふりがいつまで続くか、見ものだ」

其方が観察するつもりなら、此方も同様に定期的な観察は必要になるだろう。
その先で男の本性がいつ暴かれるか、それを楽しみにしているのも悪趣味とは流石の男も言えまい。
男が滾々と説いた一般常識も、眼鏡の彼女が説いた病に対するプロの意見も、小柄は真面目に最後までしかと聞いた。
……一部、故意に無視した部分もあったかもしれないが、聞くには聞いた。
それがどの程度心に響いたかは、今後の小柄の行動に現れて来るだろう。

相手に流され思いのほか多くを語ってしまった反省を胸に抱えながら、ストールを引き上げ口元を隠し、ストールを覆うように首に巻き付く小動物の尾を撫でて。
店を出る前にカウンターの店主へ軽く会釈をしてから背を向ける。
掛かる声には肩越しに振り返り。

「…………。……勘違いするな、信用を得るための礼儀だ。お前に信頼は寄せてない。
 忠告は不要。お前、忍者を何だと思っている……?」

数秒。十数秒の無言を挟んだのは、言葉を理解するためか、動揺を隠す為か。
武器よりも大事かどうかは口にしなかったが、それは小柄の言動が既に物語ってしまっていた。
無言の後、落ち着き払った抑揚のない声で否定し、忍者を何やら勘違いしてそうな様子に首を傾げる。
そう言う小柄も忍者がどんな時が一番強いのかなど知らないので、それについては住処に戻った時に真面目な顔で師に尋ねるのだろう。

呆れた視線を最後に男にくれて、小柄は店を後にする。
店の玄関で待機していた分身は最後まで使わうことなく終わり、本体と目が合うと小さく首肯して陽炎のように揺らぎ消えた。
静かな店の中に残ったのは、男と眼鏡の店主のみ。

ご案内:「王都マグメール 平民地区/宿屋兼酒場『ザ・タバーン』」からヴァンさんが去りました。
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