2025/12/13 のログ
■ヴァン > 「それは否定できないが……あそこまで露骨に敵意を剝き出しにされることはあまりなかったからな」
少女の主もだが、近衛隊長も胃を痛めていたかもしれない。今ではこうやって話す仲だから不思議なものだ。
少女には話していないことが多い。全てを知る必要などないが、騎士と従士として、伝えておくべきこともあるだろう。
どのタイミングで伝えるべきか、答えを持たないまま会話を続ける。
初対面の人物に対して男は穏やかに、ゆったりとした低い声で接していた。
若者だからと軽んじたりせず、丁寧に話す。貴族同士のつきあいを抑えた、無難なやりとり。
少女が初めてみる男の貌。最初は警戒していた若者は、何事もなく挨拶を終えて緊張をややほぐしながら戻っていった。
明日は男と別行動になることを、フランクな騎士達は既に聞いているらしい。
従士たる少女の腕前をその目で見れないことを残念がりつつ、互いに持ち帰る獲物で実力を示そうと、笑いながら会話を終える。
「あぁ……あいつらは女男爵が爵位を継ぐために、一緒に彼女の叔父を追い落とした仲だからな。道理と酒の味がわかる、気のいい連中さ。
ま……夜会に連れていけるのはだいぶ先の話だ。今はできることをこなしていこう」
ぐ、とエールを呷る。男は普段よりも酒量を抑えているようだ。
追い落とす、とは穏やかではないが、どの騎士にも後ろ暗い雰囲気はない。よくあるお家騒動か何かだろう。
静寂が支配する天幕もある中、いくつかの天幕では少女の耳に入るのは穏やかなものではなかった。
くぐもった声、荒い呼吸、淫らな水音。
壮年の夫婦、中年騎士と少女従士、若い男女の騎士……だろうか。
天幕の間に十分な距離があるからか、ある程度天幕に近づけば音でわかるからか。愉しんでいる者もいるようだった。
様子を探るよう命じた銀髪の男は、焚火の酒盛りをぼんやりと見ている。
「……少し早いが、俺達も休むとしよう。
お……暖かいな。これなら熟睡できそうだ。ナイト嬢はどちら側で眠りたい?」
天幕から出てくる者はいなさそうだ、と聞くとすぐに休む判断を下し、天幕へ向かおうと踵を返す。
一番近い女男爵の天幕まで10mはある。設置する場所の都合でか、二人の天幕は野営地部分から少し離れていた。
天幕へ入ると荷物を置き、詰襟のボタンを起用に外していく。
すぐにベッドにもぐりこむようだが、確認するように少女に問うた。
そう言いつつも男は右側――仰向けに寝たならば、少女の左手を握れる方へと向かっている。
そのままベッドへ腰かけ、横たわることになるだろう。少女の動きが遅ければ、不思議そうな目を向けるかもしれない。
■ナイト > 少女はこれまでの自分の振舞に反省すべき点が大いにある。
それを自覚できたのは、この男の下につき学んだ後のこと。以前のことを引き合いに出されると言い返せなくなるのが悔しいようで。
「むぅ……ウ゛ゥゥ……」
低く唸る声は次第にグルルと威嚇する獣の声に変わり出しそうで、無理矢理に会話を切り上げさせようと言う意図も感じられた。
それは奇しくも答えを持たない男を助ける形にもなるか。
そうして、来る者も途切れ静かになった後のこと。
友人と呼ぶまでに深い関係では無いながら、女男爵を手助けしたと言う意味で戦友らしい古株の面々の挨拶を思い出し、賑わいの中にその顔を見つけた。
「……追い落とした、ねぇ。
まぁ、昔のことは私には関係ないけど。女男爵も、その周りの人も、けっこう嫌いじゃないわ。
――あっそ。それを聞いたら、安心して今夜はぐっすり眠れそうだわ」
楽しそうに談笑する彼らの様子を遠巻きに眺め、小さく零す息に笑みを混ぜる。
人間社会、特に貴族の柵は面倒であまり関わりたくはないけれど、そう言う形の戦、そして友の在り方は良いものだと首肯する。
酒を口にして、男も輪に加わるものと思っていたが――。
「あら、殊勝な心掛けね。私も……――」
天幕へと向かう男の後について行こうと振り返り、一歩足を踏み出して止まる。
ようく耳を澄まして聞き耳を立てていた耳は、ただ寝床についたわけでは無い者達の天幕から漏れ聞こえる音を拾ってしまっていた。
焚火の下で賑わうのとは違う意味で静かに盛りあがる様子に、俯いた頬はどんどん赤くなり、男の話しかける声も良く聞いていなかったのか、ハッと顔を上げて急ぎ自陣の天幕に潜り込み。
「あ、あ、え? ああ、えっと……! どっちでも良いっ!
あの……い、一緒に……寝るだけだからっ!!
変なことしたら、噛みつくわよ!? わかった? 良いわね?」
荷物を下ろすとベッドの傍へ寄り、ぐるぐると回って混乱し続ける頭で返事をしたかと思うと、矢継ぎ早に外まで響く大声でギャンギャンと吠えた。
一緒に眠れることを喜んでいたくせに、他の天幕の騎士従士のように盛っていると思われるのは恥ずかしいのか、相手が避けなければ両手を伸ばして胸倉を掴む勢いだった。
■ヴァン > 「本当なら、彼女の兄が爵位を継ぐ筈だったんだ。俺は会ったことはないが……」
長子は家を継ぎ、他は騎士や修道士、他家に嫁ぐのが一般的だと過去に男は言った。
兄がどこに行ったのか……その先は少女も察するだろう。
男は、女男爵や騎士達とは少し違った関わり方をしているようだった。
「酒は抜ける時に身体の熱を奪う。普段よりは控えめにしようと思ってね――?」
女男爵から脅かされたこともあり、大人しく眠るつもりでいた。
酒を飲まないのは男らしくないとからかわれたと思ったか、軽口で返そうとして少女の異変に気付く。
少女の表情はわかりやすい。視線が逸れて頬は染まり、目はより大きく見開かれている。
何度か見たことがある少女の仕草に、訝し気に他の天幕の方向を見ると、小さく『マジか』と呟いた。
男は毎年焚火の近くで寝ていたという。人が減っていることにも気付かず、酒を飲み明かしていたのだろう。
単純に、男は一部の天幕で行われていることに気付かなかったようだ。
「ナイト嬢、声が大きい。眠っている者達の邪魔をしてしまう。
それに……『従士なのに騎士に対して大声をあげるのか』と思われてしまうぞ」
せっかく挨拶の場ではうまくいっていたのに、少女の大声は台無しにしてしまう。
多少ならば誤魔化しがきくだろうが、あまりに続いては焚火近くの女男爵達にも気付かれるだろう。
男は眠る身支度を手早く済ませ、下着姿で毛布に潜り込もうとする。
シャツを掴もうとする少女から逃れようと上体を逸らして態勢を崩し――ベッドへと倒れこむ。
転んでベッドにあたった所で痛みなどないが、怪我をしないようにと少女を包むように腕を伸ばしていた。
ふぅ、と小さく溜息をついてから話す。
「ナイト嬢。服を脱いで、静かにベッドに入ろう。できるな?
だいぶ興奮しているようだが、睡魔が訪れるまでゆっくりしよう。ナイトはどうしたい?
俺は『汗を拭ってくれる』と嬉しいが……ただ目を閉じて睡魔を待ちたいなら、そうしよう」
最初は年長者が年少者を諭すような口ぶり。口調の変化で少女は落ち着きを取り戻せるだろうか。
続いて、呼び方を変えた。何を意味するかは少女はわかっている筈だ。どこにかいた汗を、どう拭うのかまでは言わない。
ただ、宿屋でのように約束を盾にしたり、貴賓室でのような強引さはない。
少女が何か望めば、そのようにするだろう。さて、少女はどう答えるか――。
■ナイト > 「どうして彼女を手助けすることになったのか……とか、聞くのは都合後悪いかしら?」
この国に関わらず、女性が家督を継ぐことは珍しいと聞く。
女系の一族である少女には理解し難いが、それが人間にとっての常識だと言うのだから、彼女はその席を勝ち取るために様々な努力をしてきたのだろうと尊敬すら感じていた。
彼が如何にして助力に至ったか、経緯やら目的やら、彼女がいないこの場では聞いても良いものか。
その方が彼にとって都合が良いから、なんて単純なら隠さずに教えてくれるだろう……。
時々、相手に誤魔化される中で感じるものがある。後ろ暗いことを濁して隠されている、そんな気がしてならない。
主とのこともそうだ。何かを隠されている。探ること自体を咎められているような感じがして、確信を尋ねることが出来ない歯痒さを感じるのだ。
気のせいだと自分に言い聞かせながら、これは尋ねて良いかと確認を取るように軽く笑みを交えて首を傾げた。
とは言え、そんな余裕を見せられたのはそこまでで。
今や混乱して目を回しそうな、暴走しかけの猪のような勢いで詰め寄り。
「……っ、変な勘違いされたら……困るんでしょ……? その、色々……隠そうって言ったの、そっちじゃない……。
私は勘違いされないようにって……っ!」
噛みつく様に言い募り胸倉へ手を伸ばす始末。
言い聞かす声に怯み慌てて声を静めるが、期までは沈めきれない様子の少女は、残念ながらスッと身を退き避けられて、猪突猛進そのままに前のめりにベッドへと倒れ込む。
「――~~~っ、……なっ、な……、ぐ、ぬぅ……っ。子ども扱いしないでよ……、ばかっ」
男の上に跨る形で抱き留められ、胸板に顎を乗せて顔を上げた。
優しく諭す口調ながら服を脱げと命じられ、勘違い――とも言い切れない、想像が頭の中で巡る。
相手が何を言わんとしているか、わからない程もう無知ではない。
誘いかける声に戸惑い、見る見る間に熟した林檎のように染まる顔を伏せ。
「…………ヴァンの意地悪」
悪態を吐いた少女は、続けて小さな声で呟いた。
それは天幕の外にはけして漏れない、身を寄せ合う者にしか聞こえない声だった。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原)/女男爵の村」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原)/女男爵の村」からナイトさんが去りました。