2025/11/23 のログ
■篝 > 「つやつや……。美味しそう……これが、牡丹餅になる。
このままでも美味しそうです。
うー……。大変っ、……だけど、頑張ります……っ。ん? あまり、潰さない?
切る……。こう、ですか? こうっ」
待てと言われれば待つしかない。しかし、こう見ているとどうにも食欲に心が傾いて行ってしまう。
湯気を上げる米から粗熱だ抜けるまでの間は、木ベラで混ぜて早く冷めるようにと促して。
捏ねるのに悪戦苦闘し、重くて思うように動かせない木ベラを一度米の塊から引き抜くと、楽しそうに笑みを浮かべる顔を見て、コテンと首を傾げながらアドバイスに従い、一生懸命切る様にしながら混ぜれば幾分とやりやすくなったと実感できる。
ゆらり立ち上げた尾の先を震わせながら、ほどほどになるまで同じ工程を繰り返し、繰り返し。
切るように混ぜて、良しと聞こえるまで続ける。
そうして程よい頃合いになれば手を止め、次の作業を見て覚え、目配せには頷き返し。
「濡らして、手で丸く整え……整え、る。ん……もち、もちっ、する」
師がやったように手を軽く水で濡らして、軽く鍋に手を添え冷めたことを確認してから米を掬い、整えて丸くしたら上出来。
出来上がれば、一回り小さい塊が大皿にちょんと乗る。一目で誰が作ったかわかる違いだった。
これを何度も繰り返し、皿がいっぱいになるまで並べ終え。
「兵糧丸も、米からできてるのですか……。お米、凄いです。
こっちも楽しみ……。食べてみたい、です」
七変化以上に顔を変える米は、もしかしたら小麦よりも万能なのでは無いかと目を瞠り、前に食べた普通の米とはまた違う、もっちりしたモチ米を興味深そうに眺め。
配分の其れ此れの詳細はまた教えてもらうとして、それ以上にどんな味なのかと言う方に興味が向いてしまうのだった。
父から聞いていた兵糧丸は、色々な粉を混ぜ合わせ作る胡桃ほどの大きさの携帯食である。
後に聞いた師の話も統合すると、大きさや粉の配分は家々により違うが、大まかな材料は同じ。
そして味は……そこまで期待するものではない。あくまで身体を動かすだけのエネルギーを補給する非常食だと言うことを念頭におくこと、と。
しかし、未知の味に期待するなと言う方が無理な話。それが色々な相手から聞いたものならなおのこと、おとぎ話に出て来る一品のようにさえ思えてしまう。
■影時 > 「このままでもイケなくもなさそうなのは同感だが、せめて塩っ気がないと辛いぞ。
……ま、味見くらいは良かろうよ。店とかに出すもんじゃ無ぇし。
だが、これをな。餡子で包んで牡丹餅に仕上げるとより間違いなく美味くなる。間違いなく、な。
そうそう、そんな感じ。冷めきると余計に固くなっちまう。そろそろ、粗方こねこねしちまうかー……!」
さもありなん。この有様を見ると、炊きたて御飯を熱いうちに握った素朴な握り飯も喰いつきが良さそうだ。
献上される程に良い米であれば、塩を混ぜただけの素朴なものが恐ろしく美味いのである。
牡丹餅やら黄な粉をまぶしたようなものも、より美味しく米を堪能するための工夫――と、思える節もある。
誰が提唱した、思いついたかまでは知らない。だが、若し居るならば素直に五体投地できる自信すらある。
そんな戯言を脳裏に浮かべながら、頑張る弟子の姿と云うのはいやいや全く。麗しく思えるもの。
何事にも、初めてというものがある。初見の驚き、感動というのは大事にすべき。
見た目はどうであれ、美味しければ今度は自分で遣ってみる。作ってみるという弾みにだってなる。
そのためにも、手で触っても火傷しない位に温くなったうちに、たっぷり炊いたものを形にしなければならない。
沢山作る。作れる程にある。自分達だけではなく、一番弟子や手土産に持たせる先の雇い主、その子女らにも振る舞うのだから。
「……最初のうちは、そんなもんだよなァ。俺にもそんな時期があったものよ。
このもちもちさをそのまま使う、って訳じゃないが、粘りを活かして膠のように接着剤の材料にもなるな」
さて、己の手つき動きに倣って、己よりも小さな手が米を掬い、整形して一個。二個。と。塊を作ってゆく。
カタチの違い、慣れの差なんて嘲るものではない。誰しもそう。己もそう。繰り返してゆけばいずれこなれてゆく。
そのうち、おしゃべりする余裕だって出てくるものだ。
米は食料、主食でもあり、色々な応用の材料でもある。酒にも糊にもなる。そうと聞けばより不思議にも思えよう。
「然り。流石に麦の粉から……なンて横着は無理だったなあ。作る過程なら、ほれ。あんな具合にな?」
分身が鉢を引っ張り出してきては、瓶に入れた材料をざざーと流し込む。
予め計量済みだ。そこに水を注ぎ、混ぜる。混ぜる。混ぜる――そうして一口大に纏める成型作業を行っていく。
横目に黒子姿が実演していく姿を解説するさまとは、つくづく奇妙なもの。
だが、メインを忘れてはいけない。牡丹餅の中身が沢山出来れば後は餡子で包む作業、工程だ。
流しで手を洗い、清潔な手拭いを水で濡らし、しっかりと絞ったうえで二つ。作業台に持ってこよう。
■篝 > 「それは……そっちの方が、美味しいです。完成まで我慢、します……。
熱すぎても、冷たくてもダメ。時間との勝負、ですね。
おぉー……。うん、急いで捏ねますっ」
一つまみ塩を足してやれば、ほのかな米の甘みをさらに引き立て食欲を誘うこと請け合い。
ではあるが、それ以上の味を知ってしまってるが故に、当然選ぶのは目先の欲よりも後の楽しみ。
キュッと目を閉じ堪えるも、そんなよそ見をしては米が冷めきってしまうか。
やる気を見せる男の掛け声の後に、娘の気が抜けそうな間延びした声が続く。
こねこねと、たっぷり炊いた米を二人で捏ねて、捏ね上げて。
姉弟子が喜ぶ姿を想像すれば、こうして慣れないながらもコツコツと頑張り捏ねる作業も楽しくなってくると言うもの。
「接着剤の材料にも……っ、それはますます凄い。食べるだけではないとは。
ん、兵糧丸は、色んな粉を混ぜて作る。混ぜて、捏ねて、蒸す……覚えました」
お喋りに相槌を返し、これまた興味深い話には感心してしまう。いつか何かの役に立つかもしれない知識も吸収しながら、一つ、また一つと皿を埋めて行く。
三つ、四つ、十個も作ればどれくらいの量を掬えば丁度良くなるか、多少かってもわかってくる。
捏ね捏ね、捏ねてとする中で、その隣でいそいそと粉を混ぜ合わせ、水で溶いてこっちでは混ぜ混ぜ、混ぜて兵糧丸が作られていく光景があり。
師の声で解説が加えられると、より分かりやすくて理解も深まるだろう。聞いた作業工程を思い出して記憶しつつ、本日のメイン。牡丹餅の最終工程が幕を上げようとしていた。
わくわくと込み上げてくる感情の波に揺られる尾はゆらゆら、緋色の瞳は流しへ向かう師の背中を目で追いながら、戻って来たその手に握られていた濡れ手拭い。
これまでの流れ其れの使い方は察せられた。餡子で米の塊を包む、そのやり方を覚えようとジッと師の動向を観察するのだった。
■影時 > 「ああ、そうだな。それがいい。ぐっと我慢しておけ
味見と称してのつまみ食いの楽しみがあるにしたって、最終的な出来栄えには叶うまいよ。
直ぐに干乾びて硬くなる――ってものじゃァないが、何分たっぷり炊いたからなぁ」
美味い米が手に入ったならば、と思うと。欲が切りがない。上を知ると悩ましさが増す。
そんなものがこの国に入ればとは考えたら、代償、代価が止め処なくなる。
節制だってする。毎日毎日美食美酒美肴、という生活が何を呼び込むかなんて例は数知れない。具体例もまた然り。
それを考えれば米の料理というのは、やはり贅沢だ。それをよくよく味わうなら、今やるのがいい。
携行食としての兵糧丸も、今持つ用具を思えばより滋味深いものを長く保持出来る。
とはいえ、とはいえ、だ。一番覿面に活力になるものと思えば、故郷にゆかりのあるものが頭に浮かぶ。
(……悩ましさと現実との、鬩ぎあいだなあこりゃ)
捏ね捏ね。こねこね。黙々とは言わずに語らいを挟みつつ手を動かしながら、一瞬物思いに耽り。
「食うだけに足りず、酒を仕込むだけにのみならず、って奴だなァ。
……ま、兵糧丸の作り方自体はな。
コツはあっても今見てぇに材料と場が整っていれば、楽でいい。やはり台所は広いに限るな」
醸造含め食料飲用と。工業的な用途と。その点を挙げれば麦、小麦よりも用途が広い。
この国、王国では中々知りようもない知識の一端を述べつつ、文字通りの片手間に兵糧丸の仕込みを終えてゆく。
牡丹餅とは違って大量生産するものでもない。小さく練ったものを皿の上に並べてしまえば、後で蒸すだけ。
ちらと目配せして、用事を終えた分身に手を洗わせ、火の番に向かわせよう。寸胴の地道なアク取りが待っている。
「こっからが最後の仕上げだ。
こう……餡を取り上げて、こねこねやった御飯を包んで、さらに手拭いで包んでぎゅっぎゅとよくカタチを整える」
そして、こちらが本番。大量生産した御飯の塊を一つ取り、餡子を手で掬って包んでゆく。
御飯の白色が見えなくなるくらいにやって、最後は手拭いで包んで形を整える。これで出来上がりだ。
カタチ違いで並ぶ白いご飯の群れが、一個。黒くなって。続けてこねこねぎゅっぎゅとやって、二つ黒くなる。
■篝 > 出来上がりがもう目前と迫っているからこそできる我慢である。
教えに頷きを返しつつ、あれだけ熱かった米も捏ねて丸めてとする間にすっかり冷めた。
次の工程を真剣な面持ちで観察する。手ぬぐいの使い道は想像していた通りだが、餡を包んで、ぎゅ、ぎゅっと固めて出来上がる姿は感慨深く。
「わぁ……っ、美味しそう……」
思わず口から洩れた素直な感想を我慢できずに漏らし、生唾を飲んで喉を鳴らしてしまう。
どうやら我慢もそろそろ限界のようで、出来上がった黒くて丸い牡丹餅から目が逸らせずにいた。
続けてもう一つ、ギュッっと餡で包まれたものが増えると耳はピンッと立ち、尾がパタパタと忙しなく揺れる。
全部出来上がるまで我慢せねばとわかっているが、手拭い片手に丸めた米を見よう見まねで餡で包んでいきつつ、ぎゅっぎゅっとしっかり包んで形を整えるのも急いてしまう。
後で食べられるのだから、今は仕事に集中せねばとギュッと強く目を瞑り、さらに戻してもう一つ白い丸を手に取って。
出来上がりから眼を逸らした先には、兵糧丸の仕込みを終えて晩御飯の支度に戻る黒子の姿。
結局は食欲を掻き立て誘う結果となる。
「う、ぐぅ……」
思わず漏れた呻きは必死に我慢すると勝手に出てきてしまったようで、手に握る白を黒で包む作業を続けながら、視線は左に行ったり、右に行ったり、かと思えばギュッと閉じたり。
「……台所、宿の時も十分かと思いましたが、これを見てしまうと先生がこだわる理由も頷けます」
意識を逸らそうと話を変えて、新しい台所の話題に耳を傾ける。
分身に仕事を任せながらの並行作業となれば、これは確かに広さもいる。
そして、大量に作っていると言うこともあるが、思いのほか料理とは道具や材料でスペースが必要なのだと今日改めて理解した。
誘惑が多すぎるため伏目がちではあるが、料理を始める前にしっかりとこの台所は目を通している。
師がこだわった所の諸々も、だ。
ああ、しかし……。美味しそう……。
そう考えがまた戻ってきてしまえば、とうとう、きゅー……るるる、と腹の虫が鳴いた。
それは賑やかな料理場でも良く響き、娘の無表情な顔にじわり、じわりと朱が広がっていく。
■影時 > 途中でも食べられそうに見えるのが、悪い。
手塩にかけた黒餡も――この国らしさを考えたら、果実の甘煮よろしくパンに塗りたくって食べれそうにも思える。
郷に入っては何とやらとなれば、日ごろの食事としては小麦、麦の産物が主食に並ぶもの。
かつての故国の其れと同じく、ハレの日、めでたい日、ぱっとやりたい日にこそ、黒くて甘い丸いものが良さそうだ。
とはいえ……だ。
「……今食べたくなっちまうよなァ。全く、本当に」
カタチのアレコレなんて気にしない。出来上がってしまえば、結局奇麗にぺろりといけちゃうものだ。
手拭いでカタチを整えて出てくるそれは、小豆の粒を程よく残しつつ、我ながら形よく出来上がったものだ。
固唾を呑んで見守る弟子の前に、小皿に載せてすすっと置いておくだけでどうだろうか。食べるか食べざるかを悩むかもしれない。
そう思わせる仕草が、館の中だからこそ隠す必要もない猫耳尻尾の仕草によく現れる。可愛いものだ。
しかも今回は、いつぞやの甘味処で食べる以上に自分で作る、拵える体験を踏まえるなら、感動も一入だろう。
並行して兵糧丸の仕込み、という情景を見せていると余計か。
刻限も考えると試食とするだけで、十二分に腹が膨れてしまうこと請け合いか。
「もうちょっと我慢、な。こうも良い匂いがしてると俺だって摘まみ食いしちまいたくなる。
……だーろう? 集まって住まうから、ってだけじゃねぇ。
日々の糧ってのは、どんだけ追求したりこだわってしまいたくなるものよ。休みの日なら、特にな……、と」
目移りぶりにくつくつと笑いつつ、手慣れた先達としてペースよく作っていく。仕上げていく。
つまみ食いの余裕だって出来るが我慢だ。こんな美味いものは、茶でも入れてかっ喰らうのが一番だ。
後片付けの手間は是非も無いが、それも余裕で出来る位の広さ、スペースがここにはある。このようにして本当に正解だった。
代価はさておき、内心で己が選択の正しさを実感していれば、音がする。良い鳴きっぷりは弟子のお腹から。
「……もうちょっと、な?
俺たちで食べそうな分を分けて、あとは冷蔵庫に入れたら湯を沸かして紅茶でも淹れるか」
気持ちは本当によく分かる。肩を震わせ、笑いの衝動に身を揺らしながら牡丹餅作りを完遂させよう。
大皿に並ぶ黒いものたちから、三分の一位を自分たちの分として皿に盛る。
残りは大皿のままにガラスの覆いをかけて壁に埋め込まれた冷蔵庫に入れて、後はお茶の支度と、蒸しの作業もやっていこう。
前者が済んでしまえば、いよいよカウンターで実食と洒落込もうではないか。
茶を呑みつつ味わいを確かめつつ、感想と、ちょっとした近況の確認、弟子からの陳情を聞き受け入れながら――。
■篝 > この甘い餡をパンに乗せて食べれば、其れはまた違う美味しさであり何にでもあってしまうポテンシャルの高さに目を輝かせるだろうが、それは餡が余ればの話だ。
作り慣れた師よりはペースが落ちる中、食欲に集中を乱されっぱなしではますます遅くなる。
それでも、最後まで我慢して作ろうと奮闘するのだ。
そんな所へ誘惑の一皿を掲げでもすれば、忽ち手を止め、チラチラと男と牡丹餅を交互に見て、「食べても良いの?」と眼で訴えかけていたことだろう。
そんな罠が差し出されなかったお陰で、何とか最後まで我慢は出来た。
「……~~っ、」
が、派手に鳴いてしまった腹の虫を隠そうにも言い訳一つ出てこない。
染まった頬を俯き隠す程度には恥じらいを覚えた娘は、肩を震わせ慰めるようでありながら揶揄うようでもある師の声にくるりと背を向け、不愉快ですと言わんばかりに尾を一振り。
頭に唯一浮かんだ言い訳は「美味しそうな牡丹餅が悪い」と言う恨み言で、ますます口には出来なかった。
一足先に音を上げた胃袋のことは置いといて、皿の上の白が全て黒に変わった頃、肩越しに振り向きチラリと伺うような視線を向けて。
「……紅茶の準備、します」
大皿から取り分けられた牡丹餅の数は二人で食べるには十分で、現金な娘はそろりとお茶の準備に取り掛かる。
そして、談笑と報告と言う名のお願いをしながら、頬張り食べた牡丹餅は格別に、ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいと言うのを体験することになるだろう。
今日のことで料理の手順とは別に、また一つ学んだことがある。
我慢して誘惑に打ち勝ち、最後まで頑張って作った分だけ食事は美味しくなる、と。覚えの良い猫はしかと記憶に刻むのだった。
ご案内:「私邸」から篝さんが去りました。
ご案内:「私邸」から影時さんが去りました。