2025/10/04 のログ
ご案内:「宿」に影時さんが現れました。
ご案内:「宿」にさんが現れました。
> 「麦酒……エールと、ラガー……?
 作る場所、材料でも変わる……興味深いです。
 飲み比べる程、飲んだことは無いのでわかりかねますが……。

 んぅー……っ」

エールは比較的手が出しやすく、よく飲まれているもの。
ラガーは高価で中々お目に掛かれないと聞く。娘も、酒屋で一度飲んだきりだ。
しかしながら、まるで別物と思えるような酒だが、あれも同じ麦から作られた酒と言うのだから不思議である。
シェンヤンと魔物の国、酒が美味いのはどちらだろうかと、ぼんやり意識を宙に漂わせながら、注意する声に短く返事をした。
またグラスに注いでもらったのを最後の一杯と自制し、今度はまた一口ずつ大切に味わい呑む。

「ん、美味しい……。飲むと、もう一杯だけ……と、なる。
 惹かれる後味と言うのは、こーいうの、なのでしょう……。
 うん。気付く、です。せんせはお茶も好き……。んー、否、美味いものが、好きっ」

ほうっと酒気交じりの吐息を吐けば、白い頬を色づける微かな朱色が目元の方まで進んでいるのに気付くか。
程よい酔いに気分を良くしながら、正解と笑う顔を横目にまた一口。
機嫌良く揺れる尾を膝の上に乗せて、梳いて手入れをしつつ、半分独り言のように首を捻り、答えを見つければピコンッと耳を立てる。
師のことを本人に語って聞かせるように話す姿は、小柄な娘をより幼く見せるだろう。

「……極めすぎるのは駄目。鋭すぎる細くて針は折れやすい。よく切れるナイフも、横から叩けば脆く砕けで壊れる。
 今は、少しだけ……せんせの言うことが、わかるようになってきた。……気がします。

 大地に、返す? 還す……。それは最早、人の手に負える代物では無かった……と。
 ん、気になるは、気になるです。ので、気が向いたら……教えて欲しい、ですっ。
 う? 課題の手伝い。どっち……?」

半分ほどになったグラスの中を覗き込み、ポツポツと言葉を紡いて行くうちに瞼が下がる。
より良い駒に、アサシンになるためにと研ぎ澄まされていた少女は、今や、酒も飲めば食事を楽しむことを覚え幾分と丸くなった。
迂闊すぎる素直さがよりはっきりと表に浮き出るようになったと言うてんでは、聊か問題があるが……。
概ね、この変化は師が望んだとおりのものなのだろう。

また素直に話に頷きながら、はてと首を傾げた。
どっちの課題のことを指しているのだろう。 白い火を生み出す件か、姉弟子と共に言い渡された氣の精密な操作を行う、水の上を渡る方か。
キョトンと首を傾げて聞き返し。

また、続く話には、ふいっと眼を逸らして知らんぷりをした。
過ぎた生意気を叱られると思ったが、その話の行く末は真面目なもので、思わず尾を撫でる手を止めた。

「――……先生。
 先生は、私より長生きします。長生き、してくれないと……嫌です」

逸れた緋色は俯いたまま、揺れていた尾も今は大人しく、三角の耳はへたり伏せられる。
呪物を取り込み、苦痛を乗り越え得た力と不老の身体。
その代償が明日(未来)への不安とは、力を求める他者が聞けば釣銭がくるような条件だと言うかもしれない。
だが、その当事者にとっては晴れぬ不安の中で生き続けるのは……。考えると暗くもなって来る。
気紛れに拾われた弟子は、弟子として、身勝手な言葉を掛けるしかない。

「んにぃ……んっ、うー? ん。ふぁぃ……」

飲みかけのグラスを名残惜しみながらテーブルに置き、擽る手に釣られ、パシッと軽く叩かれた丸太のような立派は脚を借りる。
こてん、と寝転がって頭を預ければ、顔は真上を見上げて師の顔から眼を逸らさずにいた。
ゆら~り、ゆらゆら、彷徨う手で師の手を捕まえれば、引き寄せ頬をすりすりと。

「せんせ……」

甘えて、もっと撫でてと、言葉以上に強請る仕草。燃えるような緋色の瞳が暗赤を見上げる。

影時 > 「方々巡って初めて知ったのもあるが、ああ。大まかにそんな違いだったなァ。
 より細かく見てみると色々違いがあるようだが、気になるなら――よく知ってみる。それ位で良いだろうよ。
 まずは呑んでみなきゃ、美味いかどうかが分からん。
 
 今みてぇの呑んで……初めて分かるものは、存外多いものよ」
 
呑もうと思うなら、値段云々関係なくエールもラガーも呑む。個々の家や酒場で仕込まれるものも気にしない。
それは飲食代、もとい、酒代にに糸目をつけない生活であるから、という点は否めない。
高い旅館やら旅籠やらに泊まる時は除き、美食を極めるような生活はしない反面――でもあろう。
だが、矢張り市井でよく見かけるのはエール酒の類だろう。此れなくして日常はない、水同然、という程に。
故にこそ方々を巡って気づく細かな違いから仕込み方、風土に思いを馳せる、というのもいいものだ。

「ははは、そりゃあれだ。こう……樽や瓶にちょびっと残ってると思った時に呑む口実だな。
 俺は兎も角、呑み過ぎるとまずい時には用心しとくように。
 ……よく分かってきたなァ。ああ、そうとも。美味いものは好きなのさ」
 
これで止めておかねば。だが、あと少しで呑み切る――もう一杯とか。
弟子のこの塩梅は、口実があればついやってしまいかねない処を感じなくもない。若さ故の甘さ、とも云うべきか。
酒気混じりの吐息も、頬にほんのり宿る朱の色の進み具合も見れば、だいぶ酔いが回っているように思える。
さもありなん。宿に戻る前に呑んだものに加え、この甕酒である。杯も重なれば酔いも進んでしまうもの。
尻尾の毛繕いをしつつ独り言の後、子分たちめいた仕草で耳をぴこっと立てる有様に、目を丸くする。
くつくつと嗤いながら見遣る有様は、成る程。歳相応よりもさらに幼げに。あれやこれやも無ければ、こうもなっていただろうか。

「然り、然り。……この辺りは色々な言い表し方があるなァ。
 極め過ぎるというよりは、純粋過ぎる、偏り過ぎるという方がもっと適切やもしれん。
 この辺りは、自ずと分かっていくもんだ。壁に突き当たることがあれば、嫌でも分からされる。
 ……燃え過ぎてもいけないし、燃やし過ぎてもいけない。焼くだけでは済まぬことだって、そのうちあるかもしれんか。
 
 ――そうとも。まともに張り合おうという発想を抱くこと自体が、そもそも、だったかあれは。
 おっと。すまんすまん。火の方だ。水の方の道理はまだまだ時間が掛かろうよ。
 だが、掌で水玉を転がす鍛錬は欠かさんようにな。
 ついつい大技に意識が向く、興味が向こうが、氣の制御は細やかに意識できるようになれば、視野が広がる」
 
人間として生きるなら、雑味がある方がいい。尖り過ぎる人生は無味乾燥過ぎる。
それは先鋭化し過ぎることによる脆さを生んでしまう。脆いものは思わぬことに己を見失いかねない。
その点において、初めて会った時と、今のこの有様と。どちらがより人として強靱たりうるだろうか?
迂闊さ、緩みが出ている点ばかりは是非も無いが、強くなっている、と思いたい。
そして課題としては、火に対する修行が先に出る。今はまだ得意分野を伸ばす、深掘り出来る時期であろう。
同時に並行して、水を使った氣の精妙な操作の鍛錬は欠かさぬように促す。
例えば、掌に氣を満たした水玉を張り付けて、長く保てるようなことになれば――また、違う教え方、修行の始まりだ。

「……余計な心配をさせちまったかねぇ。なぁに、直ぐに死ぬわけでもあるまいし、な。
 篝も、長生きしてくれ。此れは俺が云うまでもなく、親父殿らもきっとそう願っているだろうよ」
 
明日直ぐに死ぬかもしれない。目覚めないかもしれない。だからと言って、生きることを悲観する理由にはならない。
万事憂いなく死ねる者はこの世にそう居るまい。まだまだ、己は己が余生を謳歌し切っていない。
尾を大人しく、耳をへたらせる様子を見下ろしつつ、緋色の目をじっと見やって言葉を返す。
長寿を願うのは、己だけではなく。己が以上に今はこの世のものではない娘の親こそがそうだろう。
そう思いつつ、グラスをテーブルに置く。甕の蓋はあとで遣っておこう。そう思いつつ、猫を寝かす。

「――……俺の過去話は、こンなところか。
 次は篝の方を聞きてぇが、……それどころじゃねぇかねぇ?」
 
ゆーらゆら。彷徨う手が己が手を捕まえ、頬擦りを促す。ほれ、ほれ。ほうれ、と。
柔らかいほっぺをさすり、擦って、撫でて。燃える緋色を上体を曲げて覗き込みつつ、この有様に思う。

> 「よく知ること、ですか。ん……」

説き伏せるように語る人生の先輩の言に耳を傾け、確かにと首肯した。
酒と言うのは、酒場での席代であり、今までは人に紛れるための道具に過ぎなかったが、美味いと思える酒を味わってみれば考えも変わる。
飲んでみなきゃわからない。飲んで初めて知ったものが、今はタプタプと胃の中で熱を生み揺れていた。
今度少し遠くに出かける時は、酒場に寄ってエールと共にオススメの酒も聞いてみよう。多少値が張っても、勉強代と考えれば良い。
無論、師への土産にもなりそうな強めの酒を聞くのも忘れずに、だ。

「コージツ……言い訳、があれば……もうちょっと、飲んでも良いです?
 むぅー……。ふぁーぃ……。用心、する」

あとちょっと、もうちょっと。切りの良い所まで。そうして欲が出るのは、人の悪い所だ。
口実があれば堂々と、しれっともう一杯を続けて、例の甕を師と二人がかりで空けてしまっていたかもしれない。
だが、用心しろと言われてもなお、もう一杯などと強請ることは出来ず。
飲み過ぎたせいではないが、何度か迂闊に追い詰められた記憶があるだけに、素直にしておくしかなかった。
このふわふわ、ゆらゆらした心地良い感覚を楽しみつつ。
少女の話――ではなく、仕草。特に耳やら尾やら、ほとんど変化の無い表情に比べ、手に取る様に内心を映す獣の部位へ向けられた視線に気付き。
目を丸めたかと思えば、可笑しそうに笑いだすものだから、娘は不思議そうに首を捻るばかりだった。

「純粋、偏り……うーん、なるほど?
 私が壁にぶつかるとしたら、修行の方面だけかと思っていました。
 主に、水上歩行。結局、あの後も一度もまともに立てませんでしたから……。
 燃えすぎても、燃やし過ぎるもダメ……。神火を持っても燃やせぬものがあるでしょうか? 疑問です。
 ……荒事だけでは解決できない内容、と言う意味であれば、私では先生のお役に立てない……。残念です。

 あ、火の課題の方。理解しました。
 ……火加減、まだうまくいきません……もう少し、時間……掛かります。頑張る……。
 う? ん……そっちも、頑張る……精密操作が出来れば、もっともっと便利な駒になれる。
 そうしたら、先生……嬉し……?」

課題はまだどちらも取り掛かったばかり。今回は分身の術の時よりも時間はかかりそうだ。
一先ずは最初に言い渡された方の課題と向き合いつつ、行き詰れば掌で水を操る訓練を続けるとしよう。
そう心に決めて、貸してもらった太腿に頭を預ける。

「……直ぐに死なない、なら良かった。少し、安心……。
 …………私も、すぐに死にたくはないです。父上に誇れるだけのことを、まだ何もできてない……それに――」

此方を覗き込む師の瞳は、弟子を安心させようとしているのが自然と伝わってくる。
父の話を持ち出すのには少し狡さも感じたが、言い返す真似はせず素直に頷いた。
仮に、娘が若くして命を落とそうとも、その戦いぶり、成した仕事の功績や武勲を立てて黄泉に渡ったなら、父は頭を撫でて褒めてくれると疑わず。娘は口元を緩め綻ばした。

「私の話……あー……んぅー……。
 だい、じょぶ……。約束、だから……守ります。
 だから、手……止めないで、欲しい」

緋色を細め、もっちりと白い柔肌を摩られ、撫でられて。心地よさそうに「にゃぁ」と小さく鳴いた。
が、約束は約束である。契約は守らねばならないと、元主にしっかりと躾けられた生真面目な猫は、愛猫を撫でるように手を動かすことを求めた。

「私、どこまで先生に話……して、ました? 昔の、こと……」

始める前に、確認作業を一つ。

影時 > 「此れは酒に限らず、でもある。

 だが、敢えてひとつ酒を例にすンなら、そこに良い水源があるか否かを探ることが出来るな。
 此れは醸す穀物もそうだが、今回吞んだ酒を造るための重要な条件だ。
 同時に水が良くない地域であるかどうか、を見る材料にもなる。……生水よりも酒を吞む方がマシという土地もあンのさ」
 
この感覚は己が諜報、破壊工作に携わる者の端くれであったから、でもあるだろう。
酒は良くも悪くも向かう土地の風習、作法に根差す。
日々の憂さ晴らしでもあり、飲み水代わりでもあったり、強い酒ならば気付けや暖を取るため、ということもあるだろう。

「いつに増して可愛い言い草なのは良いンだが、――おおっと。今日はこの位にしとけ。
 時と場合によっては、お前さんが全部呑みきっても構いやしないがね。酒は呑んでも呑まれるな……だ」

己のような手合いは兎も角、まだ若いうちから呑兵衛になってしまうのも――少し考えものか。
首を捻る様相に言葉遣いの有様に、可愛いと述べつつも、釘を刺す。
忍者が酒に溺れるのは何事か等と、里の古老やかつての上司等は言いそうである。
欲望とよくよく付き合う、コントロールすることが大事と云った傍から、放埓を薦めるのは、止めておこう。
この甕が最後、というわけでもないが、勢い任せというのもあまり良いことではない。
可愛さと気分と、つまりはノリに任せてしまうのも時と場合による。
 
「己が適性に合わせて伸ばしていく、高めていく分には良いんだがね。
 まだ、壁に当たった云うにゃぁ早ぇぞ。火の娘が水を呑んで燃え上がるにはまだまだ、此れからよ。
 ――例えば、神火を神火を以て燃やせるか?と云ったことが起こるなら、どうする?
 そうそうあるもんじゃァないとは思うが、世の中、己と同質、同様のモノと相対することがないと言い切れん。
 
 嗚呼、時間はどンだけかかっても構わん。
 ただ術任せではなく、火がどのように燃える、燃やし方があるといった辺りに、目ぇ向けてみるのも良いかもなあ。
 ……例えばある所には、軍船を燃やすため、油脂や瀝青等を混ぜて拵えたと云う兵器がある、と聞く。
 それは水では消えず、寧ろ火勢を増したとかナンとか、とか。恐ろしいもんだ。
 
 そうだな。嬉しいとも。俺のためでもあり、ひいては篝自身のためにもなるなら、な」
 
この娘と同じ時分、頃合いで術の悉くを極め切ったかどうかは――記憶に怪しい。
秘術の適性を見出され、猛威を振るい……かけたところに、鼻をへし折られたようなこともあっただろうか。
過去を一瞬、振り返りながら研鑽を欠かさぬこと、課題を出した処の肝を説く。
火の領分で云えば、己以上、ないし、特異とも言える粋に足を踏み入れていると思えるのは見事。
その上で心配となるのは、先刻説いた尖り過ぎる、先鋭することに付き纏う問題である。
神火がある種の極みなら、平時に奮う炎との中間がない。神火を行使できない場合の処方も考慮しておくべきか。
此れは将来的に、己が赴くような危険領域での生存にもつながる。敵が神火に似たチカラを振るわない理由がない。

だから、一つ研究材料、考察材料を口にする。ヒントになるかどうかは分からない。
とはいえ、燃やす、燃える在り方は一口には言い切れない。
鉄を溶かすような火力が欲しいのか。ある種の焼夷兵器にも似た性質を添えるべきか。アプローチの研究の余地がある。

深めることは、己がため以上に娘のため、生きるための手立てになる。

「潔く死ぬる身でも、最早無ェからなぁ。……思えば思う以上に生き足掻く理由ばかりだ。
 ――篝はあれだ。おばあちゃんになる位まで生きねえと、親父殿が怒りそうだぞ、と、分かった分かった。
 手は止めんから、聞ける限りを聞いておきたい。
 昔のことは……あンの伯爵に拾われる前のことは、聞いてねぇと思ったが、違ったかね」
 
死者の思いを代弁するのは烏滸がましいが、若い子を見守る親なら、こうも思うだろう。
最期までしっかり生き切ってから、といった位は思うだろう。己以上に長生きしてほしい、とも。
己は、どうだろうか。死後は兎も角、直ぐには死ねない、生き足掻く理由はたっぷり抱えていると思う。己惚れる。
小さく鳴く猫をあやすように頬を撫でたり、空いた逆の手で頭も撫でてみよう。
お腹は――止めておこう。まだ、早い。思考の端でそう思いつつ、直近の記憶を漁る。

深い過去は、まだ聞いていない――ように思う。伯爵が拾う、あるいは買ったか。その辺りより前が今回の要点か。