2025/08/10 のログ
> 萎れる尻尾には申し訳なく思う。この埋め合わせ(?)は宿に戻ってからにしようと心に決めて。
話は師との雑談へと舵を切ろう。

「……それはそれで、ある種の観光地になりそうです。この店のように。
 先生も、巣……いえ、家を持ちたいと思うのですか?」

既に奇特な貴族がいることなど知らず、想像すれば首を傾げては、物珍しさで見に来る客の煩さに辟易しそうだと難色を示す。
風土気候に合った家と、手の込んだ趣味の凝った異国の家、住みやすさはその家を守る家主の徹底具合や、手入れによっても変わるもの。
寒暖も雨風も、金さえかければ魔術や諸々の力で何とかなってしまうのが、良くも悪くもこの国らしさなのだろう。

しかし、また意外な言葉だと目をパチリと瞬かせ、尋ねる。
行く当てのない風来坊。まれびとの代表のような男が、家を持つ夢を見るのは意外に娘には見えた。
宿では手狭になった時、仮の住まい(セーフハウス)を作るなり。そう言うのも家と呼べるか。よくわからない。

「ん、皆が同じ仕込みを望むのは、とてもよくわかる。
 知らないままなら気にしなかった。けど、使ってみたら……手放しがたい。
 ……先生、そう言うところが狡いと思った」

心頭滅却すれば何とやらとは言ったものだが、要はやせ我慢である。
いざと言う時の忍耐力にも繋がるので馬鹿には出来ないが、道具、魔術に頼ること自体は悪ではない。
これぞ文明の利器。賢く、便利に、道具を使いこなすことも、また冒険者や暗殺者、どの職でも重要であると言える。
師の羽織にも同じ術が込められているのを知れば、なるほどと頷いて、便利さを共有し合うだろう。
持ち上げたマント(家宝)の裾に頬を摺り寄せながら、大切なものだと力説しながら、チラリと横目で見た緋色は少し恨めしげだった。
心地良いもの、便利なものを惜しまず与えて、甘やかして、人を誑かす。
そういう人誑しな師を狡いと娘は思う。

「そう、なら……大丈夫?
 ん、味見。なら、良いです。お願いします」

半分こ。それならと、コクンと頷き。注文を手に帰る店員の足音と、涼し気に響く音色に耳を澄ませる。
物知りな師の説明に耳を傾け、まどろみ瞼を閉じてまったりと時を過ごす。
二匹のように尻尾を立てるわけにはいかないが、その分、帽子の下の耳をピンと立てた。

「……ふーりん。良い音です。涼しい、気持ち良い音」

そうして、暫くもしない内に足音が戻り、盆にのせられたお茶が運ばれてくる。
香り立つ抹茶の気配にスンと鼻を鳴らし、緋色を開いて茶碗を覗き込んだ。

「緑……。茶色くない……。緑茶……でもない。泡……酒?」

これは何?と首を傾げて、向かいの暗赤を見上げる。

影時 > 二匹の毛玉は、ようやく猫の相を持つ同居人に慣れ、馴染んだように見える。
移動する際の(アッシー)は飼い主こと親分の肩、頭の上がお好みだが、呼べば娘の頭や肩にも乗るだろう。

「そこなんだよなー……。街の中に有れば一番便利なンだが、静かさを求めるなら外か。
 宿があれば事足りる、とはほんの少し前までは思ってた、と云うべきかね。
 
 篝にあいつらとか思うと、な。宿暮らしを終えざるを得ない想定、もせにゃならんとも思ってる。
 ……もとより、好き好んで色々抱えだすとなァ。一国一城の主とは云わんが、守りを固める必要もあるかも、とな」
 
奇異の目を阻むために堅牢な高い壁を、とまで思い出すときりがない。
手堅くやるなら、郷に入っては郷に従え、とばかりに、この国らしい住まいを建てるか買ってそこに、とでもいう処か。
今の宿は大変快適だが、今の暮らしぶりを思うと手狭やら何やらと、いよいよ考えないといけない時期かもしれない。
部屋中を走り回ったり、調度を齧りたそうにする毛玉たちやら、同居人のプライベート的な問題、等々。
そればかりではない。万が一を想定することが、ある。諸々の問題が露見してしまった場合の対処、対策。
トゥルネソル家からの支援、援助があるとはいえ、宿が焼き討ち等されたりしたら、いろいろな意味で申し訳が立たない。
それに、だ。責任というしがらみが己にある。拾ったものの責任。教えたものを見守る責任。

「――逆算すると、だ。
 暑い中でもしっかり混んでなお涼しいツラしてる奴が居たら、仕込みを疑え、という言い方も出来るな。
 
 狡いとは人が悪いなァ、お前さん。てっきり過保護とか言うかと思ったぞ」
 
やせ我慢は翻って言えば、長続きはしない。どこかで破綻が生じる。
冬場は兎も角、夏場のそれは冬場以上に致命的になりかねない気さえする。誰が好んで完全装備で茹だる中を歩きたいのか。
この手の付与術は、安直に守りを固めるよりも快適かつ、それ以上の効力を見込める。
すっかりお気に入りと言わんばかりの仕草に何より、と目を細めれば、恨めしげな眼差しに大仰に肩を竦めよう。

「あー。過保護と云や、あれか。……この前のあれはどうだったね。
 食い飲みしながら感想を先ずは聞いてみようじゃねえか」
 
アレ、というのは他でもない。過保護の真逆、先日の迷宮の奥での一対一の光景。
得たものもあるが、それ以前に思うところはあるだろう。
ちょこちょこ、ちょろちょろと走り、手元に寄ってくるシマリスの耳裏や背中を指で擽りつつ、問いの声を投げてみよう。
そうしながらぺたーんとテーブルの上で、モモンガのひらきよろしく伸びる一匹が、ぴくっと震える。
運んでくる女中の気配を察したのだ。お盆に乗る茶碗は二つ。それと四角い皿。その上に、串に刺された団子が二本。

「硝子細工となると、結構新しい類か。鋳物でも作ったりしてた記憶もあるが。
 ……ははぁ、抹茶は初めてか。茶葉を粉に引いた奴に湯を混ぜ、シャカシャカ混ぜた奴だ」
 
涼やかな音を遠く聞きつつ、前菜よろしく並べられたものを前にする。
白、薄赤、薄緑。三色の団子が串に刺されてある。
一本取るようにと目配せしつつ、茶碗を覗き込む姿に講釈を垂れ、己も茶碗を取る。
凝る、こだわる必要はなくとも左から右に二度、回して――ひとくち、ふたくち。なじみ深い芳醇な苦みを味わう。

> 「……申し訳ありません。
 先生のご迷惑であれば、他に宿を探しますが……。先生は、私を目の届く範囲に置いておきたい。ですよね?
 ん……。もし、新しい場所が決まったら、私の稼ぎからも出させてください。
 先生程ではありませんが、安定して稼ぐ手立ても見えてきたので」

頭を抱える原因の最もたる所に己がいることは、前々からわかってはいた。
住処を定めることは、守りを固めると言う点では有りだが、逆に言えば居場所を知られ攻め込まれると言う事でもある。
他人の生活を脅かし迷惑をかけてまで、そこまでさせる価値が己に有るのか、自信は無く。
けれど、一度懐に入れたものを容易く手放さない男であることも良く知っているが故に、決定権は所有者に任せることにした。
まさか、焼き討ちまで想定しているとは思ってはいないが、暗殺ギルドに依頼があったと言う事実だけは軽く視てはいけないとも考える。
怪しい依頼だっただけに、誰も受けていなければ平和で何よりなのだが……。

「なるほど、暑いのに涼しい顔をしてる奴は、細工をしている。理解しました。
 ……過保護ではある。でも、それよりも、狡いと思ったまでです。……先生に依存するの、よくないです。
 先生、もう少し厳しくしてくれて良い。甘いばかりでは、ダメになる。堕落します」

首肯しつつ、過保護云々は前々から何度も言うことで、そこに変わりはない。
が、狡いとも今改めて思うこと。甘やかして、悪い大人に唆されて堕落してしまうと、勤勉な猫は苦言を呈する。
そうやって、嬉しそうに目を細めるから、これで良いのかもしれないと思ってしまう自分も良くないと、自分自身も律して叱り。

「? この前……、無名遺跡のことですか?」

自由気ままに過ごす二匹、撫でられているシマリスと、机に寝転ぶモモンガ。ぺたんと横になった背を軽く指でなぞっていると小さく震え、店員が来る。
運ばれてくる品々の中、茶器を覗き込みつつ首を傾げ、手に握っていたマントが汚れないように離して、皿にも目を向ける。
色の違う団子が3つ串に通したものがそれぞれ2本。

「鋳物? 鉄……だと、教会の鐘のようですね。
 この濃い緑のが抹茶。匂いは悪くない……です。ん、うー……?」

作法か、呪いの類か、くるくると茶碗を回してから、何口かに分けて飲む姿を、じぃっと見つめてから。
此方も手前の茶器に手を伸ばし、同じように真似てくるくると二度回して口をつけた。
が。

「――み゛っ、……ぅ、く……苦ぃ……」

想像の斜め上を行く渋みに眉根を寄せ、思わず隠していた尾が驚きピンッと立つ。
緑茶のような味を想像していただけに、不意打ちで食らった苦味は濃く、香りに騙され棘で刺された気分だった。
ふるふると手を震わせながらゆっくりと茶碗を机に置き。
取るように促された団子にそーっと手を伸ばし、一本拝借して。

「うぅー……。遺跡、での感想は、思ったよりも消耗が激しい、のと。
 周りに人がいる時は、爆薬の使用は注意が必要?
 他には、えっと……色々、足りないことも多い。氣、とか。術……とか。未熟なところが、見えました」

僅かに寄った眉間の皺を指で摩りながら、思ったこと、問題点をひとつずつ洗い出す。
特に失敗したと思うのは、やはり氣の配分。容量が少ないことはわかっていたが、連戦となると途中で切れる恐れはある。
師が言っていた、分身の使い道を吟味して選ばねばならないと言う意味を、身をもって知ったと言える。

影時 > 「まぁ気にすンな。嘆こうがどうだろうが、俺が決めたことだ。全ては俺に責がある。
 如何にもその通り。守りの観点からしても、ひとところに居た方が各個撃破の愚を減らせるし、な。
 ――お気持ちだけ、と言いたいところだが、手立てねぇ。どういうのか聞いても良いかね?」
 
色々ある。色々だ。今の住処が割合快適なのは有り難いが、限度、限界というのもあり得る。
きちんと代価を支払われているとはいえ、あれこれやる誰かが特定の部屋を占拠し続ける煩わしさも、宿にはあろう。
それに加えて現状である。そもそもの発端として、最悪のケースと云うのは何通りも想定する。出来てしまう。
政敵であれ、他人の家に火をかけることを善しとする人間が、無関係も住むだろう処に火を放つこと躊躇いはするまい。
考え得る万一の中で、起こり得る可能性が高い流れだろう。
家を買う、得るのは最終的としても出来ることなら、その前段階で食い止めたいものだ。
そして、手立てと聞けば気になる。まっとうな所であればいいとは思うが……。

「術であれ、道具であれ、な。前者だったら敵にはしたくねえなぁ。そうそう無いことだろうがね。
 ……――そンなに良くないかねぇ。
 俺としてはもうちょっと頼ってくれても良い位だが、獅子は子を千尋の谷に突き落とすようなのがお好みかね?ン?」
 
細工も二種類。何がしかの術か道具か。前者ならば厄介さの度合いが跳ね上がる。
気候を含め厳密に制御できる“領域”を連れ歩いている類かもしれない。敵にしたら厄介この上なくなる。
そして苦言めいたことを聞けば、そんなに狡いかねえ、とばかりに無自覚そうに首を傾げる。
今と真逆のベクトルとなると、どのような具体例がが浮かぶか。例えばこの前のような……。

「ああ、遺跡の。
 ……教会の鐘ってのもあながち間違いじゃねえなア。古い奴だったら、寺やら貴族の家で見かけた記憶があるな。
 
 って、クク。やっぱそうなる、そうなるわなあ……そうそう、茶ぁ呑み込んだら団子な。齧ってみると良い」
 
シマリスを撫で弄りつつ、寝転ぶモモンガを撫でる方に頷き答える。
撫でられると気持ち良いのだろう。平べったい尻尾がぺたーんと。くったりしんなりと震え伸びる。
確か、と鋳物版の風鈴とも呼べなくもない代物のカタチを思い返しつつ、茶を喫する姿を少し、無言で見守る。
手つきを真似たのちに含む味は、色々と想像を超える、或いは絶するものか。
尻尾が立つような有様をはばかるように、周囲を注意深く目の動きで見回す――不穏な目の類は、なし。
ほっと息を吐きつつ、団子を取る姿に食べるよう促そう。

皿と一本が残れば己の手元に引き寄せ、白い団子を爪楊枝で外し、注意深く半分に切る。
甘く味付けされ、やや硬く焼き目がついた此れは二匹の取り分だ。皿の端に運び、いつでも食べられるようにしよう。

「成る程成る程。少なくとも、力の配分、という奴が身に染みただろうよ。
 万事ごり押しで済むなら迷宮歩きは苦労はしねえ。
 あの技自体も見事だったが、あれ、身体にも得物にも結構無理をさせる類じゃあねえかね?」
 
よくよく感じたものは身に沁みた、と見える。
眉間の皺を伸ばすように触れるような手つきを見ながら、苦い茶をちびちび含みつつ、過日の情景を思い返す。
分身は使い出があるかわりに、消耗が馬鹿にならない。
分身を引き戻した際、氣も同様に戻すやり方を覚えても尚、とも思う場面もあるかもしれない。
そう思いながら、続けて運ばれるものが卓に置かれるのを見る。
浅い器に盛られた半透明のぷるん、と震えるもの。黄な粉を薄っすらと塗し、別途小さな器に黒蜜も満たしたわらび餅の登場である。

> 「……そうですか。承知いたしました。せめて、私は先生の重荷にならぬよう、心がけます。
 はい。手立てです。盗賊ギルドに登録したので、冒険者ギルドの仕事と合わせれば、稼ぎは必然的に多くなります。
 盗賊ギルドの報酬は高めのものが多いので、実入りは良いと想定できます」

敵を潰す為、亡き者とするためならば手段は択ばない。
そういう手段を取る物騒な輩はいる。目の前の娘をその筆頭として、目的のためにどれだけの犠牲が出ても構わないと考える、危険な思考を持つ者が刺客であったなら、それは師にとっては最悪の相手となるだろう。
そんな悩みの種を抱える中に、またポンっと気軽に種が投げ込まれる。
既に行動した後の事後報告であるが、娘は少し自慢げに堂々と胸を張って告げるのだった。
冒険者ギルド。そこから一歩外れた者たちが名を連ね、物取り、ちょっとした喧嘩の代理や、平民同士のイザコザを暴力や殺しで解決するなんてことまで請け負うと言う噂の盗賊ギルドである。
暗殺者ギルドに比べれば、まだまだ温く甘いチンピラの集まりだが、師の言う真っ当からは外れかけた道であることには変わりない。

「それは同意。術を惜しみなく仕える余裕がある、それだけで脅威です。
 むぅ……そう言うことでは、無いのですが……。
 突き落とす、くらいはしてくれて良いです。それくらいでなければ、強く、なれないので」

言葉にするのは難しく、小さく唸って首を横に振った。
今ですらかなり頼りにしているのに、これ以上となると後が怖くなる。
甘やかされて、教え、導かれ。上手に出来たら、大きな手で優しく撫でてもらう。
与えられることが、当たり前になるのは怖い。厳しく、突き放されていた方が良いとさえ思う。
そうでなくては、いつか自分の立場を忘れそうになってしまいそうで。
全ては口にせず、重く口を閉ざし手にした団子を見下ろす。

「鐘の音も悪くない。でも、私はあっちの……硝子の方が好きです。風が歌ってるみたいだから。

 ――うぅ……。あむ、んっ、ぅうっ! うーっ!」

言われるまま、口の中に残った苦味にへなへなになっていた尻尾が、団子を一口齧るなり、大きく揺れて。
半目だった緋色の瞳は大きく見開き、小刻みに身体を震わせていた。
初めて食べる砂糖を使った菓子の味は、果物の比ではなく、まさに脳が蕩けるような感覚だった。
三色の内の一つを口に頬張って、もきゅ、もきゅっと口を動かしつつ、耳だけは真面目な話に傾けて。

「んぐっ。ふぅ……。美味しぃ……。

 ……んー、負担はある。特に脚。上手く衝撃を逃がせるように、訓練すれば……ましになる、かも?ですが。
 武器は……どうだろう? 何代も使ってきて、折れたと言う話は、今まで聞いたことが無いので。

 配分に関しても……色々、考えてはいるのですが……。
 加護を受ける術。私のそれは、未完成で。父上の使っていた物より劣化したもの。
 父上は、いつも術を惜しまず使ってました。氣がずっと燃え続けてるような。
 私もそうなればと……。でも、何が足りないのか、まだ答えがわからない……」

まったりと団子の余韻に浸りつつ、あの時感じた失敗と、今後の目標。
そして、ずっと考えていた悩みを吐露する。
食べかけの団子を置いて、もう一度抹茶を恐る恐る口に含み、また眉間に皺を寄せ、団子を齧って癒されて。
なるほど、これはこういう食べ物なのだと理解すると、抹茶もそう悪くないと言う気持ちになって来る。

続けて運ばれて来た、これまた柔らかそうな、半透明の物体に興味を向けつつ、最後の団子をカジカジと齧り。

影時 > 【次回継続にて】
ご案内:「平民地区・甘味処~」からさんが去りました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」から影時さんが去りました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」に影時さんが現れました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」にさんが現れました。
影時 > 「とりあえず、日に何ゴルド稼がなきゃならん――とは云わんからな。此れは先に云っとくぞ。
 
 とーぞくギルドかー……はっはっはっそーかそーか。まーた灰色なのを選びおってからに。
 深入りし過ぎるんじゃないぞ。
 冒険者も玉石混淆だが、何を引き換えに報酬が高いのか想像してみるといい」
 
(……監視の目でも付けるか、こりゃ……)

想定する敵にもし、関係ないものの生死を考慮するという一線が無かったら、それはもう駄目だ。
考え得る最悪は敵の心ひとつで易く生じてしまう。関係のない人間に被害が及んでしまう。
己が是とする価値観が敵にとっても同じとは限らないものであるが、其処までイカれていないと願いたい。
だが、己から見て常軌を逸していない、という保証がないのが深刻な所である。
その体現者がこの娘であった。その娘が、事後報告的に堂々と胸を張って言ってくるのだから、つい虚空を仰ぐ。
人目が無かったら、その胸揉みしだきまくってイカせてやろうか。乾いた声を零して嗤いつつ思っても許されるだろう。

冒険者ギルドも色々だが、盗賊ギルドとなるとこれまた色々。少なくともダーティさは段違いに相違ない。
否、深入りする前に厄介なモノの目についたとは、誰が思うまい。
まだ、弟子に教えていない術式を思う。――符術。呪術的に発動形態を置き換えたとっておき。

「高位の術者となりゃ、護りも堅くなるからなァ……。
 然様か。俺から思えば、俺が拾うまでの有様が突き落とされたままの状態のように思えたが、ね」
 
まあこの辺りはもう少し考えよう。甘っちょろいのは己が受けた過酷さ、厳しさの真逆かもしれない。
とはいえ、付きっ切りにする、させるのも限度がある。
プライベートの時間もそうだが、自分でよく考え、反芻し、研鑽させ、得た答えを添削する余地が無ければ身になるまい。
一から鍛え上げる、とは今は違う。素地があり、先鋭気味だが鍛えられているからこその教え方だ。
焼き入れ過ぎた鋼鉄は適度に鈍らせなければ、硬過ぎて逆に脆くなる。捕まえ、尋問がてら犯した時のように。

「ガランゴロンとか言うような音じゃないからなー……耳触りには確かにこの音が良いな。

 そうそう。苦さの次に甘さ、だ。身に沁みる位に美味いだろう?
 作り方を知ってはいるが、やっぱ諸々揃っている場所の方が仕込みやすいのかねえ……」
 
今後、家を買ったら硝子の風鈴でも探してみようか。そう思いつつ己も団子を齧る。
白い団子はのそ、のそそと身を起こした毛玉達が掴み、少しずつ齧って食べ始める。
白団子が二匹の取り分なら、残りの色は己の取り分。心配にするくらいの勢いの驚きぶりを確かめつつ、食べる。
紅色と緑色の方はどうやら桜の花びらの塩漬け、ヨモギをそれぞれ練り込んでいる様子。
つくづく、徹底している。材料の仕入れ、作り等、手慰みがてら菓子作りも遣る身でも唸る位だ。

「気に入ったなら、後で追加しても良いかもな。持ち帰りなのも乙なもんだ。

 ……ふむ。篝が編み出したってよりは、受け継がれた技の一つか。
 結構な荒業のように見えた。例えばあの技を何回も繰り出さなきゃならん、となった場合の後が気に掛かる。
 
 そうか?あれで劣化、か。親父殿と比べてそうと思うなら、やもしれんが。
 燃やすと云や、薪や炭――燃料だな。篝が覚えている限りで、加護の術を解いた後の変化とかは見えたかね?
 
 わらび餅を食いながら聞こうじゃねえか。素のままだと味が無いが、これはな。こうして食べるんだ」
 
当面の問題を取り敢えず脳裏に並べる。
技を繰り出す際の負担の軽減。並びに持久力の解決。こんな所だろうか。立ち回りだけでは解決できない事項かもしれない。
前者は考える限り深刻そうに見える。例えば氣による肉体強化を重ねられるなら、改善を見込めるか?
聞く限り、技の乱発で先に音を上げるとすれば、武器よりも使い手側のように思える。
同時に問題となるのも、持久力か。此れはもう少し、加護の実態等を明瞭化した方が良い気もしなくもない。
己が使う練氣術は外部に多く力を求めない。呼吸から生じる炉じみた生体活動を活性化させ、生じる氣をチカラの大半とする。
ずっと燃え続けるのは、止め処なく燃料をくべるからに他ならない。では、その燃料は何か?

考えてばかりいても仕方がない。
過日訪れた迷宮の水路を満たすスライムのように澄み、切り分けられたものにそっと黒蜜を掛ける。
あとは、添えられた楊枝で一個刺して、ぱくり、だ。こう食べるとばかりに実演してみせよう。甘さと黄な粉の香ばしさ、餅の冷たさが身に沁みる。

> 「日銭を稼ぐだけでは、貯えにはならない。ので、沢山稼ぐのは良いことでは?

 ん。知人に、色々教えてもらいました。
 深入りは、んと……仕事は選んでする、です。危ない橋は、渡らない。
 ……影時先生、何か……怒ってる?」

師の危惧することをこれっぽっちも察せずに、何やら呆れと僅かな怒りの気配だけを感じ取り。
堂々と述べていた声が徐々に小さくなって途切れていく。
最後には、身を縮め、チラリと上目遣いで伺う視線までくれて。
帽子の下の耳はきっとペタリと伏せてしまっていることだろう。

しかし、盗賊ギルドに入ることは娘にとっては目標への一歩にすぎず、最終的に目指す場所は王都の闇、暗殺ギルドだと知れば呆れるだけでは済まない。
そういう部分だけは察しが良いのか、怒りを察したが故に詳細は口にしなかった。
その秘密も、師が監視の術を使えばいずれはバレることになるのだろうが、まだ先の話だ。
カジカジと、団子を小さな口で齧りながら、大人しく続く話を聞く。

「……先生が甘いのは事実。過保護なのも、事実。
 私は……先生には、感謝してる。術も、教えも、経験も、とても大事なものです。為になる。
 でも、ここまで良くされ、与えられることに慣れすぎるのは……。
 厳しく、突き放してくれて良いです。私は、平気……なので」

甘やかされることに慣れてしまえば、いざと言う時の弱さに繋がる。
命の危機、貞操の危機、諸々追い詰められた時、縋って、助けを乞う相手を作ってしまうことは、忍としても、冒険者としても、暗殺者としても致命的であると感じるのだ。
そして、その弱さが一線を踏み越える時の心残りともなってしまえば、そう考えると緋色は伏せて口も重くなる。

「んー……、美味しいっ。ほんのり、甘い。草の匂い、花の匂い。色で違う風味がする。
 抹茶は……うん、甘いのと一緒なら、悪くないです。味が、引き締まる? 感じがする。
 先生も、団子作れますか? 道具、材料がそろえば……いつでも、食べれる?」

団子と抹茶で甘さと苦味を行ったり来たり。食事にはそういう楽しみ方もあるのだと、興味深く思いつつ。
三色目の団子も、もきゅもきゅと食べ終えて、師も作り方を知っていると聞けば目を輝かせ、白い尾がゆらゆら揺れて畳を擦る音がする。
追加、持ち帰りもと聞けば、さらにゴロゴロと喉が鳴りそうになり、慌てて抹茶を飲んで渋みで気分を落ち着けていった。

「うん。自分で技を作るのは、私には難しいです。
 工夫や細工はしても、ベースになるものがないとできない。
 確かに、何度も使うのは難しい……かも、しれません。帰りを気にせずにと言うことであれば、幾らでもできますが。

 そう、劣化してる。父上の火は、もっと熱くて、青くて綺麗でした。
 燃料……。今は、氣を燃やしてる。変化と言うと、氣の消耗がとても早い……くらいでしょうか。

 ん! わらびもち……。先生、それ黒いドロドロしてる……粘液? かけて食べるの?」

足場を爆破するようなやり方は久しく使っていなかった。最後に使ったのは、賭け試合に出ていた頃か。
あそこでは、勝つためなら怪我をしようが構わず使えるものは使うのが基本だった故、負担や後のことは気にしたことが無かった。
そして、もっと深く、過去のこと。父のことを思い出し、自分の目標とするところを再度確認する。

また、先日の実戦を彷彿とさせるスライムに黒蜜をかける様に少し身構え、それを躊躇いなく食べる姿に軽く身震いをした。
それは本当に美味しいのか。と言うか、食べ物なのか。と疑わしげな緋色が見つめて来る。
見た目は涼し気で、きな粉の芳ばしい香りは食欲をそそられるが……。躊躇してしまう。
一度眼を逸らし、瞼を閉じて思考を術のことへと戻そう。
術を成すためのヒント、鍵となるものがあるとするなら、やはり手印、或いは――

()けまくも(かしこ)火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)に加護乞い願い奉る。
 我、その真髄を宿す写し身なり。
 契約の下、神も魔性も一切合切を焼き尽くす焔とならん。

 ――魂魄奉奠(こんぱくほうてん) 神火降(しんかおろし)の術」

普段は手印を組むことで省略される祝詞を思い出しながら、最後に紡ぐ術の名を詠うように呟き、顎に手を添え考え込む。

影時 > 「稼げるときに稼ぐなら、正しい。俺はそう思うが、な。

 ……知人。知人、ね。もう少し詳しく聞かせてくれるか?
 裏社会のあれこれは使う時は使うが、篝。
 お前さんの“主”とやらはそっちにも伝手があるか? いや、無理に答えなくてもいい。知らぬなら知らぬ、と云やァいい。
 
 あれこれと縛らねぇようにしたい処だが、せめて相談のひとつくらいは欲しかったね」
 
裏社会、闇社会の類は故なく、考えなく関わるべきものではない。
稼げるから? そう思って接触を図るのなら、長生き出来ない。口舌巧みに良いように使われて死ぬ。
教師、家庭教師という表向きに名乗れる立場を貰っていても、己が本質の一面には悪を善し、と出来るものもある。
殺せるときに殺すべきものを殺して、何を恥じることがあるだろうか。
さて。実入りがいいから、というだけでこの弟子が街の暗部、灰色の領域の門を叩くとは思い難い。そこまで愚か、とは思いたくない。
であるなら、何かがある――と思うのは決して不自然な推論にはならない筈だ。
例えば未だ名も知らぬ、聞き出せぬ“主”なるものとか。
吐き出す息は重く、強く。まあまあと宥めるように毛玉二匹が己の手元をぺち、と尻尾で叩くのを感じつつ。

「ははは、どっちも否定しねぇなァ。
 慣れろ慣れろ。慣れちまえ。そんな男にとっ捕まった我が身を呪っとけ。その分、失うことの恐れに繋がる。
 だが、どんな処に落ちても俺のものとした以上は、救いにも拾いにも行ってやる。其れが俺に課す責だ」
 
心の強弱の概念、捉え方とは多様。抱くもの次第で如何様にも変わる。
遇されることに慣れ過ぎて憂うのは、弱みか怖れか。
だが、それも見方次第には克己の手がかりになる。生き抜こう、という意思への手がかりだ。
窮地で自爆を選んだ者に足りぬ、と思うもの。そして同時に課すものが己にはある。
あの時の生殺与奪を奪い取った事への咎から生じる責、務め。己のものとした以上は、容易く手放すつもりは微塵もない。

「そりゃ良かった。……いやぁ、材料を揃えるのに手間取ると思うんだが、どう仕入れたンだかなあこりゃ。
 抹茶についちゃあちと考えるか。俺は好きなんだが、やっぱり呑みつけねぇ以上は工夫は要るよなア。
 
 おう、作れるとも。牡丹餅に、前は学院の厨房でクッキーの型使って落雁もやったな……」

桜の花びらの塩漬けもそうだが、ヨモギもこの辺りではそう見かけるものではない印象がある。
シェンヤンから仕入れたのかそれとも舶来か。しかし、こうしてここにある以上は販路の類があるに違いあるまい。
尻尾揺れてるぞ、と零す声は、半分こした白団子を食べる毛玉達に告げる言葉か、畳を擦る音に対してか。
若し持ち帰りでもやるなら、茶の支度は少し考えた方が良さそうだ。紅茶の方が合うなら其れがきっといい。

そして、作れる。覚えている限りであれば、物と場が揃えば作れる。
手間暇かかるものは、もう少ししっかりとした厨房でも借りたい処だが――。

「……――ふむ。いやまァ、技も術も意識していきなり作れるもんでもないからなあ。
 必要に迫られる、つい手順を間違えたら何かできた、とか。何がしかのきっかけがなきゃ、な。
 
 気をつけて見ているつもりだが、帰った後、身体の節々が痛いとか軋むとかはなかったかね?
 ないなら多分、連発できるのかもしれないが。
 
 ……青い、ね。んー。篝よ、知ってるか? 火の色の意味だ。
 赤い炎や黄色い炎より、白や青い炎の方がより熱い。お前さんが使う術の火の色はどうだった?」
 
必要に迫られて、手札を手繰る。持ち札を組み合わせる。術も技もそうして出来上がる。
それが合理に則ったものであるなら、定型化して名をつけたりもするのだろう。いわゆる必殺技と云う奴だ。
伝授されたものであるらしい技で気になる点を問いつつ、聞いた内容を頭の中で繰り返す。
焔の色。より熱く。熱い。火の色は知己の鍛冶師の炉を覗き見れば思い返せるが、鉄を融かす火はどんな色をしていたか。

――そして、こんな風に奇麗だったりするのだろうか。

火ではないが、水と遜色ない位に透明度が高いわらび餅を見る。
突けばぷるん☆と震えるそれは、まさにスライムの如く。けれども無害。それどころか暑い夏には美味いものだ。
此れは食べなければ分かるまい。おお、旨い。口を開けてぱくり。するりと喉を過ぎて胃に落ちる涼感を賞味する。

「粘液じゃアなくて、黒蜜、だ。
 そのままだと甘さも風味がないから、こうして付けて食べる。物足りねえならダバっとやってくれていいぞう。
 
 ……神火。あるいは真火かとも読めるな。ん?奉しんで(そな)える……何を?氣を?それとも……」
 
こうして食べると。実食の風景を見せ、謳うように呟かれる言の葉を己も脳裏になぞる。
こう書くのだろうか。脳裏に字面を描き、爪楊枝を器の端に置きつつ、指先で天板に書き出してみせる。
字面を追うだけ、そのまま読むなら、捧げるべき燃料があるようにも思えるが、さて。

> 「知人。冒険者。同業……斥候役、を好んでやる。隻眼で、でも凄く目が良い人。色々教えてくれる、親切な人。
 ……わかりません。私は、主様の命令を守る、それだけが役目でしたので。
 でも、多分……繋がりはあるのだと思います。

 ……相談したら、先生は許可をくれましたか?」

知人のことを思い出しながら、特徴を上げ連ねていく。
娘の話を聞く限り、けして悪人や危険人物と言う印象は抱かないだろう。
主に関してはやはり多くを語らずに、けれど答えられることには応える。
暗殺者ギルドに依頼すると言うことは、多少なり伝はあるだろうと予想して、あくまで“多分”と付け加えた。
重く吐く息の中には、心配や、憤りのようなものを感じる。勝手をした自覚はあり、問う娘の言葉は、それを師が良く思わないとわかった上での行動だと言外に告げる。
伏せた緋色は机の上に置かれた茶器へと向けられる。

「……やはり、先生は狡い」

拾った者の務め、責であると勝手に抱え込んで世話を焼く。それが心地よいからこそにこの男は狡いと思う。
呟く結論は先と変わらず、細めた緋色は僅かに目尻をを下げて。
甘すぎる言葉を渋い抹茶の苦味で押し流して、ようやく丁度良い塩梅となる。

「ん、こんな風な……甘いもの、初めて食べた。歯には悪い……かもしれない、けど、美味しぃ……。
 甘味に病みつきになる、気持ちもわかる。

 らくがん? ボタン?餅……餅は、わかる。先生は色々出来る。尊敬する」

桜に、蓬にと、この国では早々手に入らない異国の物が、装飾以外にもこの店では多く使われている。
もしかすれば、似たものを国内でも探せば見つかるかもしれないが、それはそれで大変な労力がかかるだろう。
それなら、この店のように舶来品を買い求める方が安くつくかもしれない。
術を教える時と同様の尊敬の眼差しを送りつつ、尻尾の揺れを指摘されるとハッとして、そろりと右手を後ろに回して尾を捕まえて、抱え込むように前へと回して握っておく。

「むぅ……、失敗も成功の母、ですか? 先生の言う、考え、試すことも、やはり大切……と言うことですね。
 私のも練習、沢山すればコツも掴める……かも? 回数を重ねても、痛まなければ合格ですか?

 う? 大丈夫、一晩休めば平気。すぐに治療してもらったから、痛みは残ってないです。

 ――……私の火は、赤い。父上の火が青いのは、もっともっと熱いから、青かった。なるほど」

術を組み合わせること、組みかえることは出来るが、一から全てを作るにはそう言う才が必要となる。
真似ることが上手く手先も器用な猫ねれど、術を生み出す才はあまり無いようで。
炎の色の違いを聞けば、パチリと目を瞬かせて、合点が行ったと深く首肯した。

「黒蜜? 蜜……ハチミツ、みたい甘い?
 おぉ……っ。先生、美味しそう……。私も、頂きます」

ふるふると震えるきな粉塗れのスライムに、黒い蜜を滴らせて一口に頬張る。そんな師の実演をまじまじと見る内に、引きつけられて机に身を乗り出していた。
あまりにも美味しそうに食べるものだから、釣られて娘も楊枝に手を伸ばし、持ち上げ揺れるスライムもとい、わらび餅を恐る恐る口に運び、ぱくり。
頬張れば、ひんやりした不思議な触感と、蕩けるような甘みに、つい口元も緩んで綻ぶ。

「んー、おいひぃ……。わらひもひ、も、おいひぃ……。
 く、む……、うー。もっ、きゅ……。

 ――ん。祝詞の言葉の意味、考えたことはありませんでした。漢字? 難しい……ので。
 奉奠……は、捧げること。魂魄……は、魂? だから、捧げるのは魂……。

 ああ、そっか……。足りないもの、理解、しました。先生、導き感謝しますっ」

わらび餅を堪能しながら、ふわふわ流されそうな思考を留めて真面目な話を考える。
師の助けを借りて、言葉を一つずつ読み解けば、いずれ答えは見えて来る。
魂を捧げ、神に加護を願う。より強い加護を願うなら、対価も相応に大きくなるのは必然。
父のこと、その死にざまを見た者が言った――骨すら残さず――それがこの答えへと繋がる。
深く考え込んで見つけた答えに、娘は光明を見て、晴れ晴れとした顔で、嬉しそうに微笑んで礼を言った。

影時 > 「隻眼な癖に目の良い斥候で……でー。あー、と。
 その御仁は、篝に何をどう言った?お前さんが、盗賊ギルドに登録しようと思った時のことだ。
 お前さんが素直に云ってくれたら、面っ倒ぅは少ないんだがな―……まぁもう今更か。
 
 ……だろうなあ。清濁併せ吞むというのも物は言いようだが、繋がりがない、と思う方がおかしいか。
 んー? どうかねぇ。俺も混ぜろ、とは言うぞ」
 
目が良い癖に隻眼、片目――だが、目の良さは両目揃ってではないのか?
この場合の視力は、観の眼の方かも知れない。近間の敵を遠く観る概念、詰まりは全体を俯瞰する観方に長けるのか。
外見だけを思うなら、腕利きと呼ばれるものを筆頭にピックアップは出来よう。
続く言の葉は、思いっきり苦笑せずにはいられない。人を堕とそうとする魔が不親切なものか。
良心に基づくかもしれないが、そんな御仁が後ろ暗い処の何やらを囁く、というのは大変引っ掛かりが強い。
最終的に元をたどるなら、例の主が悪い――というのも、此れもまた極端な言い草、ものの言い方にもなるだろうが。

事の良し悪しを踏まえて、利用するなら、まぁいい。
だが、裏取りや次善の策含め、身を守る手立てがないなら、悪い。

せめてやはり相談は欲しかったものだ。そうすれば多少は裏の機微を弁えた己を使えたものを。

「甘っちょろいと云ってくれや。手塩にかける弟子はみんな可愛いもんだ。
 ……寝る前には、歯ぁ磨いとけよ。毎日喰うには手間も金もかかるが、偶に喰うならいい。
 
 牡丹餅位なら、どうにかなるか。今度作って置いてやろう」
 
材料が欲しいなら、雇い主の商会を経由して頼めばいい。金さえあれば揃うのだ。
自力で入手したい場合の手間暇を思えば、金のチカラに頼る方がはるかに時間を短縮でき、大変楽になる。
着くかどうかわからぬ船旅に頼るより、ドラゴンの翼、飛翔力のごり押しに任せる方が、実績もあり信を置ける。
尊敬の眼差しをこそばゆく受けながらも、今の宿暮らしで出来そうな範囲を思う。
小豆を煮て。米を焚き。幾つも丸めて仕上げる。大きく手間取らないなら、牡丹餅が妥当だろう。
此れも実績と好評もあるひとつだ。箱に並べ、部屋の魔導機械による冷蔵棚に置いておけば、きっと大丈夫。

そう思いつつ、尻尾を捕まえ抱える仕草を眺め遣る。
真似るように団子を食べ終えた毛玉達が、尻尾を抱えてわしゃわしゃーと毛繕いする仕草を、テーブルの上でやって見せて。

「無論だ。生き死にが関わる場面でないなら、幾らでも試せる。使わぬ技の鈍りも抑えられる。
 合格か――というより俺が気になってるのは乱発した場合の不調、反動の有無の方よ。
 火薬の爆発を利用しての急加速、だったか。弾数が限られるのは当然として、無理をしていると思うのは当然だろう?
 
 だが、目の付け所は悪くない。
 ……そろそろ、あれかねえ。練氣を保ちつつ、別の術を使う修行も考えた方が良い頃合いか。
 
 火の色、だけを思うならそう感じた。術をそうした道理に当て嵌めるのも早計かもしれんがね」
 
若い時分に何でも出来るようになれ、とは言わない。成人してからやっと、ということだってこのセカイにはある。
此れは経験の良し悪しも絡むかもしれない。弱敵と戦うしかないなら、それに即した経験しか得られない。
無理して道理を引っ込ませる技ならば、改善の余地がある。もし致命的な欠点があるなら、見直せば良い。
それが出来るのも、手痛い失敗を踏まえてからである。
氣の総量が気に掛かるなら、その術技をより少ない消耗で行使できるよう、工夫する。それだけだ。
そして気に掛かるのは、炎の色。此れは何を意味するのだろうか。深く頷くさまを見つつ、逆に首を傾げ。

「蜂蜜と似て、るっちゃ云やあ似てるかもしれん。
 ……まぁ説明するよりも先ずは食え食え。こういうのは下手に語るより実際に食べてみるのが一番、だ」
 
こういう菓子は、この国にあっただろうか。煮凝り(ゼリー)あたりが近いのかもしれないが、弾力が違う。
此れを作るには色々手間と下準備が要る。材料の一つに間違いなく、良い水が必要になる。
それだけに産地も限られることだろう。この店の主、ないし主催者の知見が恐ろしい。ただの好事家でもこうはいくまい。
身を乗り出す娘が、恐る恐るという体で食べてゆく姿を見届ければ――己も返る反応に頬を緩め、笑う。

「これは、こればっかりは家を持ってもひょいひょい易くできる気がしねえなあ。
 その分確かに美味い気がするな。茶ももう一杯欲しくなる……。

 言葉には意味があり、魂がある……と云うと難しいが、文字に意味があるコトバなら読み返す意味がある。
 ……――どーいたしましてと、言いたいが。
 そういう笑い方してるお前さんは、何か仕出かしそうで怖ぇんだよな。……気をつけろ。身を棄てる類なら、特にな」
 
水も材料もあっても、手狭な宿の厨房だと、どれもこれも、とは出来ない。厳選しないといけない。
持ち家を作る、得るなら間違いなく広々とした厨房と冷蔵庫を備え付けたい処だ。
そう考えていれば、見えてくる表情、晴れ晴れとした貌にふと、思い出す。
いつぞやの風景、自爆しようとしたときのそれが脳裏にフラッシュバックしてくる。己は何か、教えてはならぬものを云ったか?
一瞬、背筋が凍るような思いに駆られる。代価なくしてチカラなし。もしそういう類なら――どうしたものか。

> 「ん? んー……。うん。んと、私の暗殺依頼が出ていると、教えられた。
 何があったのかと、心配して、声を掛けられました。
 それで、暗殺者ギルドがあるのを教えてもらった。ので、そこに入る方法もついでに習った。
 ギルドに登録してる手練れからの紹介。もしくは……盗賊ギルドで経験を積んでの、スカウト。
 紹介してもらう当てがないので、後者を選びました。

 依頼されたこと、先生にも話そうとは思ったけど……どう話せばいいか、考えて……先延ばしにしました。
 ……ごめんなさい」

何を言われたか、どうしてだと聞かれてしまうと、事の経緯を話さざるを得ない。
もとより、己の周りにいる者、家族や友人などにも注意するよう伝えるべきだと、知人には忠告されたこともある。
幸いなことに、家族も友人と思う者もいないので、伝えるべきは目の前にいる現状の所有者()のみとなるのだが……。
叱られるか、反対されることは目に見えていたから長くタイミングを計って迷っていた。
これも一つの機会と諦め、混ぜろと何やらノリ気とも取れる言葉に頷き、掻い摘んで淡々と話しをする。
暗殺依頼と言っても曖昧な情報で、顔も名前も出ておらず、ただ『黒づくめの顔を隠した小柄』としか書かれていなかったらしいこと。
それ故に、必要に迫られ、幾つか仕事着以外の新しい服を買ったこと。
最近の行動の原因が全てそこに繋がっていく。

「甘っちょろい? んー。はい。帰ったら、歯磨きします。忘れない。
 牡丹餅、そっちも楽しみにする……」

商会との繋がりがあると言う偉大さを、後々に身をもって、甘味を持って思い知ることになるだろう娘は、牡丹餅とはどんなものだろうかと想像しては、ゆるりと揺れそうに尾を抑えつつ、体を左右に揺らす。
落ち着かず、尾を手櫛で梳くのは釣られてか、そういう習性故か。

「反動の有無ですか……。多少傷んでも、問題ないと思いますが。んー……。
 練氣? は、えっと、氣を高めて、身体に留まらせるもの、肉体強化の術ようなもの。で、あってる?
 並行して、術を使うのは中々安定しない……。ので、訓練は、必要だと思います。

 火の色、熱さ。それ以外にも、何かある……。
 かもしれない、けど、多分先生の意見や知恵はとても参考になります。納得もできる――あむっ」

多少の無理が必要な時はいつかは来る。毎度余裕を持って戦えるとも限らない。
傷や痛みに慣れるのもまた修行と考えて、治る怪我なら問題はないと娘は言う。
本場の味は知らないが、どうにもこの店の甘味は心奪われるものがある。
もう一個と、わらび餅へ楊枝を伸ばす最中、修行がまた一歩新しいステップへと進む気配に敏感に反応して視線はそのままに、意識だけ師の話へ向ける。
そうして、掬い上げたわらび餅をまた頬張って、もきゅもきゅっと。

「むぬ……もっぐ、ん……。
 ぷはっ。……うん、鍵になりそうなこと。心当たりも思い出したので、きっと出来る。
 怖い? 私は……高揚してます。本懐を成せる、目途が見えた。とても、喜ばしいです。ん、気を付けるぅー……」

何を怖がることがあるのか、とでも言いたげにキョトンと首を傾げて。
いつになく上機嫌な様子で、手放した尾は揺れ、やる気に満ちている様子だった。
師の忠告にも半ば聞き流すような軽い返事をして、自主練の方法を思案しつつ、直に運ばれてくるだろうカキ氷の氷を削り出す音に耳を揺らし、厨房の方へ視線を向けて。

影時 > 【次回継続】
ご案内:「平民地区・甘味処~」からさんが去りました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」から影時さんが去りました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」に影時さんが現れました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」にさんが現れました。
影時 > 「……ふむ。整理というか確認がてら列挙しようか。

 ひとつ。篝、お前さんの暗殺依頼が出ているとその御仁は言った。
 内容としては賞金首の貼り紙程じゃァなくとも、篝のことかと思える位のものであった、と。
 
 ふたつ。その御仁は暗殺者ギルドなるものがあり、それの入り方を知っていると云う。
 そもそもの起こりとして、暗殺者ギルドの方で依頼が出ていると伝えてきた。
 単純な厚意、善意だったらまだ良いが――蛇の道は蛇、とはよく言ったもんでな。
 穏当に生きるなら、知らなくても良いことを云えるとなると、……俺のように程々に通じてる灰色か、より黒いか。
 
 まァ、此処迄聞けば最近の篝の動きの理由も、得心が良く。他に何か聞いたものは在るか?」
 
気を取り直す。茶を呑む。抹茶の苦みが染みるように有難い。片手を挙げ、もう一杯頼もう。
情報というものは厄介だ。出し方、示し方次第で知らぬものを転がすように動かせる。
件の依頼の内容がいつ、どの段階で出てきたかにもよるが、それとなく弟子が獲物であろうと示唆できる挙がった。
次に此れがどのようにして、ターゲットの耳に入るかである。
今回のように割合穏便に伝わるか、依頼を見た何者かによる襲撃を経て知るか。その後、獲物がどう動くかを見る。

情報元が、例の主の手先であるかどうかは――、一旦保留にする。
誰も彼もが敵であるという疑心は心を鈍らせる。

取り敢えず、元雇い主たる卿にも問い合わせつつ、街の闇の門を叩く必要がありそうだ。そう思い……嗤う。
戦いがあるなら、愉しくなりそうだ。斬ってするりと片が付く類であるなら、もっと良い。

「そんなに狡猾なおつむをしてるつもりは無いんでな、俺は。甘党だよ。
 約束だぞ。牡丹餅は取り敢えず、挨拶回りとかする時にでも拵えて置いとくか……」
 
酒好きであり。甘いものも好きであり。それを掛けつつ宣い、約束を交わしておこう。
美味しいものと虫歯は表裏一体紙一重。
どきどきそわそわと言いたげな仕草につられ、二匹の毛玉もぴょいひょいと身体を揺らす中、もう一切れ食べる。
美味しいものに限ってすぐに無くなるもの。自分ばかりが食べ過ぎないように気をつけながら。

「ヒテンの回復魔法を都度かければ事足りるならまだ良いが、無理が祟って戦えなくなるのも嫌だろう?
 俺もそうだが、荒業を使うたびにその辺りは気に掛ける、危惧するひとつだ。
 ……ん。出来るようにさせたい練氣の方向は、それで合ってる。氣を高め、巡らせて身体を強くする強化の方だな。
 俺の場合、刃の切先にまで巡らせ、感覚が通るまでやっている。そうすることで、刃も一体でも強くする。
 
 そうそう、どっちにしても訓練だ。余力を高めるのも、無駄なく使うのも、考えてばかりじゃあ始まらん。
 
 あと、な。炎の色が決まるのは、熱さだけじゃない。
 何を燃やすかにも依る。塩味が交じったものを燃やすと黄色だったり、銅を溶かしたようなものを燃やすと、緑だったりとか。
 ついでに、火を使う化生、魔性の類が使う炎の色も温度のみに寄らん。……細かくは覚えなくていいぞ」
 
重要なのは見えない傷、負荷の残滓が降り積もり、戦えなくなる、命取りになることがあるか無いか、だ。
無理をせざるを得ないときは避けられない。それを毎度せざるを得ない状況は、可能な限り避けたい。
それを修行することで緩和、対策できるのなら遣らない手はない。
次の修業の方向性を考えてゆけば、やることの多さを噛み締めずにはいられない。厄介もなく着実にこなせることを願いたい。
そう思いながら、炎の色を定める要素を思い出す。何を燃やすか、燃えているか。
仮に例えば、命や魂が燃えている色があるなら――どんな色になるのだろうか。ふと思うものを嘆息と共に払い、爪楊枝を置く。
余り深く考えだすと、頭が痛くなることこの上あるまい。ただ、炎の色には理由がある。それだけを知っておくと役に立つ。

「だと、良いが。重ねて言うが――気をつけろ。炎は恩寵であり、災いにもなりうる。
 手前の炎が己の何もかもを燃やし尽くす、ということだけはあってくれるなよ」

炎のチカラ、権能だ。神頼みは色々あるが、代価、御供を求める類であった場合、あの祝詞が何を意味しうるか。
一抹の不安が火種のように拭えない。娘の上機嫌さとは裏腹に真剣にもなる。
継げて、やや経てば「お待ちどうさま」と二つのガラスの器にたっぷり盛られたものが遣ってくる。

透明な切子細工の器に白く積もった削り氷の山。
麓に新鮮な牛乳を使ったアイスクリームと餡子を盛り、甘く味付けした抹茶のシロップをかけたかき氷である。

まさに隙なく。かつボリューミー。食べれば忽ち暑さも消えそうな代物だ。

> 「あの人は、多分灰色? 同業者、ではあるのだと思います。詳しくは、聞いていませんが。
 んー……。他に聞いたことは――」

お茶のお替りが注文されるのを横目に、残り半分程度残った己の茶碗を覗いて考え込む。
そして、思い出しながら、一つずつ端的に師へ伝える。

金額も高くなく、『服装と背格好』『王都にいる』程度の情報で、男か女かも書いていない暗殺の依頼書。
あの人曰く、依頼状が出されたのは警告のつもりか、目撃証言を集めようとでもしてるのではないか、と。
あまり筋のいい依頼じゃなかったから誰も受けないだろうこと。
そのうち掲示板から剥がされるだろう……とも。

少し異国情緒を感じる服は目立つと、忠告もしてくれたこと。

暗殺者として生計を立てたいなら、盗賊ギルド経由が一番確実なルートだと教えてもくれた。
凄腕のメンバーからの紹介なら直接入れるかもしれないとは聞いたが、“竜殺し”“忍者”……。
忍者が師のことではないなら、どちらも心当たりがないので娘は前者を選んだのだと言う。

諸々のことを話し終え、一呼吸置き。

「あと、忠告も受けました。家族や親しい友人がいるなら、その者は『聖騎士』に気をつけるようにと。
 そちらは……少し、気になりましたが。先生は、家族でも友人でもないので問題ないと考えました。

 ――……先生の手は煩わせません。もし、仮に暗殺者が近付くようであれば、私が暫し宿を離れます。
 なので、先生……は、まだ、私の先生でいてくれますか?」

聖騎士と言うのも、また渾名のようなものだろう。
少しだけ、ヴァリエール家の屋敷で親しくなった狂犬のような同僚のことがチラついたが、友人関係と言うものが理解できていない娘にとっては、気を付けることではなかった。
仮に、友人であったとしても、屋敷に近づけない身では忠告する方法もないのだが。

深い緑が沈む器から、恐る恐る顔を上げ、小さな声でポツポツと言葉を紡ぎ尋ねた。
既に迷惑をかけていることは重々理解したうえで、師や、宿の者に危険が迫るようなことはさせないから、事が落ち着いたら変わらず教えを与えて欲しい。その我儘な願いを伝え、視線はまた俯き陰る。

酒豪であり、甘党でもある。師のプロフィールをまた一つ頭の中に書き加えつつ、歯磨きの約束にはしかと頷いて。
一人分のわらび餅は二人で食べれば見る見る間に減って行く。
美味しいものは気付くとあっという間に無くなってしまうから、少し悲しい。
残りはじっくり、大切に食べるとして。

「ん……(つか)えなくなるのは、困る。役に立てない。
 身体に力を巡らせるのは、何となくですがわかります。でも、物に氣を通す?のは、よくわかりません……。
 無駄なく氣を使えるようになるのは、とても助かる。訓練、頑張る。

 う? 炎の色、緑? ……あっ、花火の色が沢山あるのも、だからですか?
 おぉー……。先生、物知り」

怪我で苦しむ以上に、駒として役立たずになること、価値が無くなってしまうことの方が娘にとっては死活問題らしい。
俯いていた視線を上げて、ほぼ独学で覚えた氣の扱い方を、師の鍛錬をもってより確かなものに出来るならと、意気込んで首肯する。
科学、或いは錬金的な物質の変化、知恵の話には首を傾げつつ。

「……承知、しました。気を付ける。

 ――っ! 氷! 色が、ついてる……緑、お茶の色? それに、色々乗ってる……」

此方へ真剣に言い聞かせる声に気圧されながら、ゆっくりと頷き了承を返す。
術を完成させることは勿論目標ではあるが、必要な時以外は無暗に危険は冒すまい。必要な時、以外は。

店員が運んで来た器はまた涼し気で、その上に盛られた粉雪の山は白く、見ているだけでもひんやりと心地良い。
アイスや餡子までのった宇治金時のカキ氷の迫力たるや、圧倒されてとこから手を付けて良いかも悩んでしまう。

影時 > 「……まぁ、妥当な処だな。その辺りの深掘りは作法(えちけっと)とやらにも関わるからなあ……」

新しく用意してもらった抹茶に、どーも、と目礼して、聞いた内容を脳裏に並べる。吟味する。
例えば、この王都に居る“忍者”なるものをピックアップし、実力を測りたいならそんな雑な手段は有効かもしれない。
雑。そう、大変遣り口が雑なのである。
存在否定可能な走狗を後腐れなく排除したい、死亡を確認したいと思うなら、これまた例えば元雇い主はどう采配するか。
思う限り、想像する限りとしてきっと、同じ手段は取るまい。この手口は“動向を測りたい”と思えば、ありかもしれないが。
――真逆それが、後になれば、より悪辣さを増していると知ったなら、呆れ混じりに嗤ったことであろう。
伝え聞く指摘と忠告については、割合得心出来ることではあったが。

盗賊ギルド――と思えば、手は幾つか浮かばなくもない。そこは少し考えるとして。

「――聖騎士(ぱらでぃん)、ねェ。聖騎士……字面を考えると、違和感が凄いな。
 魚料理の“こぉす”にでんと骨付き肉が出てきたような気分だ。
 
 その問題ないってぇのは、どう答えを返すか悩む処だが、……あー。幾つか備えといた方が良さそうだなァこりゃ。
 馬鹿め。もう一度云うぞ。――馬ァ鹿め。そんな面白ェことをこの俺が逃すと思うか?
 
 俺はお前の先生であり、お前は俺のものだ。断りもなく居なくなることは許さん」
 
字面に酷い違和感を覚える。一度口にし、二度口にするとより顕著になる。
裏社会の人間の二つ名としては大仰過ぎる。
騎士崩れを揶揄するならアリかもしれないが、御大層な御仁が貴族同士の暗闘に出張るものだろうか。
却ってそれが真実、字面通りのことであると想定したら――どうだろう。もしそうだとしたら、愉しそうだ
弟子を囮にしていたら、聖騎士が釣れる。
冒険者ギルドから保証された真っ当な依頼ではなく、裏社会、闇社会の走狗として出てきたものと刃を合わせ、斬れるとしたら。
複数の意味で、この扱いのむつかしい弟子を放っておく理由が無くなる。
脳裏に伏せ札を思う。かつて卿の食客、手先として活動していた際のセーフハウスが使えるかもしれない。

恐る恐るといった体で、顔を上げる姿には見えるだろうか。
炯々とした眼光を湛える“赤い目”が。ク、と愉悦をたっぷりと噛み締めるように口の端を捩じり、命じよう。

「じゃあその辺りの練習から、帰ったら触りだけでもやっておくか。
 初めて戦った時、俺が構えた苦無から――殺気みてぇなのがふっと消えたのを感じたか?
 感じたなら、それだ。苦無に氣を流し、更にその気配を打ち消すように逆位相の氣を流した。
 
 お、よく気付いたな。偉いぞ。
 花火の色付けの絡繰りがまさにそれよ。温度で色付けするなんて、無茶にもほどがあるからなァ」

冒険者よりも暗殺者としての自認が強い以上、こういう言い方をすればさぞ気にするだろう。
だから、練習、鍛錬をしよう。そういう持っていき方が出来る。弛まぬ鍛えは己を裏切らない。
その上で、次に行う訓練に関して、取っ掛かりの有無を見立てるべく問う。
氣を篭めてものを斬ることの何とやらも、並行して示すべきだろうとも思いながら、続く気づきの様子に目を丸くしてみせる。
身を乗り出し、帽子越しでも撫でてやるような手つき、仕草をして。

「――くれぐれも、頼んだぞ。
 随分豪勢に盛ったなあ。山からの湧き水を凍らせて削り、ふんだんに……なんとかかんとか。
 御託はさておき、食べるか。と、その前に……と」
 
命じつつ、やらかすかも知れねえなあ、と思う処は拭えない。
言うべきは言った。あとはもう本人次第だ。こほんと咳払いして、気を取り直す。卓上の小さな氷山たちを見る。
明らかにつめーたーいという風情ありありのそれは、毛玉もびっくりなもの。
大きなスプーンを取り、慎重に余り甘みが掛かってなさそうな一角を削り、先程の串団子の皿の端に盛る。
毛玉たちの取り分だ。いただきまーすと尻尾を奮い、ちろちろ舐め出す姿を横目に――実食。

――おおぉ、と言葉にならぬ声が漏れる。涼風が喉奥から吹いて身をしん、と冷やすかのよう。

> 色々と思案している師の顔色を伺いつつ、知人から聞いたことは洗いざらい話したので、此方は幾分気が軽くなった。
とは言え、迷惑、負担をかけていることに変わりはなく、其れについては申し訳なく思っているのだが。

「う、うぅ゛ー……。ば、馬鹿……?
 面白いとは、先生……。これは、祭りでは無いのですよ?

 あぅ……。は、はぃ……」

聖騎士と書いてパラディン。翻訳して一番しっくりくる言葉が其れなのだろうから、他に言いようはないと思いつつ。
二度も繰り返し罵られては、戸惑いながら己の顔を指さし首を傾げた。
いつになく愉しそう……。と言うか、悪い顔をしている師を半目で見据え、半ば呆れて忠告するが、多分聞く耳持たないだろうことは容易に想像がつく。
屋敷で刃を交えた時も思ったが、この男は戦闘狂の気が強すぎる。
試合うことこそ生き甲斐とでも言いそうな面に嘆息するが、続けて命令されては頷くしかなく。
弟子は師の愉しみを奪わぬように、大人しく言いつけを守るのだった。

「ん、帰ったら、練習する。
 あー……あっ。うん、覚える。あれも、氣を使って? なる、ほど……?
 また、宿に戻ってから実演を所望します。

 むふー……っ。んっ! 花火の絡繰り、納得です。また、色々燃やして色の違い、勉強する」

苦無の気配が消えた瞬間の覚えはあるが、氣や魔術云々ではなく、暗殺の技術だと思っていただけに、驚き目を丸め。
にわかには信じがたいと首を傾げつつも納得を返した。
着眼点を褒められれば、まんざらでもなさそうに鼻を鳴らし、ピンと立てた尾の先がゆらゆらと小さく揺れる。
伸びる手には身体を屈め、自ら擦り寄り、またすぐに戻ってカキ氷へと視線を戻す。

「……ん。
 山水で作った、氷。きっと美味しい。う? ……ああ、二人の分。

 ――……頂きます」

念押しの言葉に帽子の下の耳が片方だけ跳ねて返事をする。命令を守るつもりはあるのだろう。
大きな粉雪の山は緑色。川のせせらぐ涼しい夏の山を想起させる芸術品に、二匹ともども興味津々な猫は、子分の分を分けるのを待ちつつ、最初の一口は師の後でと堪えて。
二匹が先に、そして師が口にするのを見届けてから、ようやっとスプーンを手に取り。
サクッ、と軽い音を立てる山から掬って口に運ぶ。

「んうーっ。ひゅめひゃい……。あ、でも甘い……。抹茶の味もするー……。
 ふわふわして、本物の雪みたいです。すぐ溶けるところも、似てる。おいしい……」

口の中で解けて消える雪に舌鼓を打ちつつ、その冷たさに肩と尾を震わせて。
直ぐに溶けてなくなってしまいそうで、もう一口、もう一口、と急いでスプーンを動かし食べ進める。

影時 > 取り敢えず、聞ける範囲、言及できる範囲としての事項は粗方吐かせられた――と言ったところだろう。
ご褒美に何か一品、腹具合と相談で与えてやろう。持ち帰りでも勿論可能だが。

「患わせるとかナンとか、最早今更でしか無ェだろうが。祭りのようでなきゃ遣ってられんのもあるが、この際兎も角だ。
 ……考えてみろ。切って捨てても構わねえ筈の扱いしやがってる癖に、此れだろう?
 どんなに未練たらたらなんだか。それとも、あれか。生きていることが明確なら、何か喋られることが面倒なのかね。
 
 で、篝よ。『聖騎士』に心当たりはあるか?……無いなら、例の主の持ち駒ではない公算が高そうだなあ。
 そうだとすると、卿に対する俺と似たような、外部委託の虎の子とも想定できそうだ。
 主の名前も出してくれたら、もっと早いが、やっぱ言えぬよなぁ。

 ――ま、何は兎も角。早めに盗賊ギルドに渡りをつけるとするか」
 
もう今更、である。半眼で見やる弟子の忠告には首肯しつつも、肩を竦める。
色々もって面倒の種を酔狂で生かし育てるのだから、この後も酔狂に乗り切る以外に何がある。
弟子が早急に事態を収拾したいと思い出す場合、件の主を出してしまえれば後は貴族間のあれこれに押し付ける。
大々的な貴族間の暗闘ではなくこのような流れに運ぶなら、御大層な二つ名の誰かに当たるように立ち回る方が愉しそうだ。
そう思う。心底面倒そうであろうアレコレに引っ張られることになった、誰かさんのツラを拝んでみたい欲が先に立つ。
こういう性分だ。嗤えるようなことなら、とことん嗤って刃を交える位でなければ、この先を乗り切れない。

盗賊ギルドと云えば、忍者にしてストライダーたる弟子が伝手を持っている。
今でこそ学生をやっているが、その伝手は今もまだ生きていよう。それを頼ることにする。

「分かった分かった。……ン、そうだな。あの苦無で石を斬ってみせたら、納得は生じるかきっと。
 講釈を垂れる前に、実演のひとつかふたつかやってみせよう。
 
 信号の花火を打ち上げる際や目くらましの火花作りの参考、にもなるか。今度、本を借りて置いてやる」
 
己が忍術は氣を交えぬ武術と氣を織り交ぜた秘術と分けることができる。
武術を培い、氣の扱いに長けることでその組み合わせ、掛け合わせは何倍にもすらなる――かもしれない。
此れをこの弟子たる娘にも適用出来るかは、才能、適性次第。
そして、興味が向いたらしい様を思えば、参考になる書物を用意しておくのも吝かではない。
炎に長けるなら、とことんできることを満たし、窮めてみれば良い。足りぬものがあれば、それは後でも事足りる。

「これ以上は、云うと溶けちまいそうだから、な。
 おうとも。こいつらの分も分けてやんねェと文句言うからな――と。
 
 ……つくづく、本っ、とうに徹底してるな。
 この国らしく弄ってるのもあるだろうが、此れ上手く売れるようにやってれば、バカ売れ間違いないぞ」
 
分け前を貰えれば、飼い主よりも先に二匹が喰いつき始める。それに遅れて己も匙で氷を掬う。
イタダキマス、と口の中で呟きながら一口。もう一口。さらに一口。止まらなくなる。
食べ応えを味わうものではない。
氷のきめ細やかさとセットのアイスクリーム、餡子、甘さを際立たせる抹茶の風味の組み合わせを賞味するものだ。
食べ過ぎると、キーンと頭が痛くなるかもしれないが、それでもスプーンが止まらない。山が直ぐに半分削れる。