2025/08/09 のログ
ご案内:「平民地区・甘味処~」に影時さんが現れました。
ご案内:「平民地区・甘味処~」にさんが現れました。
影時 > ――あるところにはある。

大変不可思議なことだが、この国では、この王都では割とこの言葉が馬鹿にならない。軽視できない。
それは他所の土地では手に入るとは思っていなかった、という事に対してよく掛かる。
特に海を隔てた故郷でしか作られていない……と思っていたものであればあるほど、覿面と思う程に。
旅情がない、風情がないという意見は否定しない。けれども、だからこそ体験させられることはあるもので。

「……たーしか、この辺りと聞いたンだが。なァ?分かるか?」

そう言葉を交わし合う一組の男女が、昼間を過ぎた平民地区の表通りの一角を進む。
片割れの男は背が高く、白色基調の装束の肩にこれまた二匹一組の小さな獣を乗せている。
この二人がやってくるのは、王立コクマー・ラジエル学院の方角から。
午前中の講義、訓練の監督を終え、雑務を済ませて――午後過ぎ。学院の正門前で待ち合わせて、ここまで至る。ここまで進む。
その片割れたる白い羽織に袖を通し、袴を穿いた腰に短刀を差した男が、両肩にちまっと座す毛玉めいた二匹に声をかける。
羽織の生地に爪を立て、しっかりと座すシマリスとモモンガだ。
飼い主と思しい男の装いと同じ色の法被を着た不可思議な二匹が、こてんと首を傾げ、シマリスの方が?の形よろしく尻尾をくねらせる。
それはそうだ。寧ろ知っていても分かっていても、素直に答えるとも限らない。だってお気楽な毛玉だもの。

「ったく。篝……あれかね?例の甘味処とかいう奴」

男は肩を竦め、傍に連れる小柄なもう一人に声をかける。
今赴く先はこの少女に情報を集めさせた内容を切っ掛けに、気になったからこそ向かう先である。
“若い男女に最近話題の店を探せ”――という、どう聞いても全く以て胡乱なお題を課していたからである。
だが、存外馬鹿にならない。一見無意味でも世間一般、流行りに敏感になりたいお年頃には決して軽視できない処だ。
併せて、学院のラウンジで生徒たちが話す内容にも聞き耳を立てていれば、この男にも聞こえるものも少なくない。

その情報を合わせてみれば、そろそろ見えてくるものがある。

老朽化した商家をリメイクしたのだろう。新しい煉瓦の壁の建物の一階――に嵌まったような、一見してみすぼらしい佇まい。
木の柱に土を塗った壁。雨除け、日除けがてら張り出した屋根は茅葺のそれ。
東方、或いはシェンヤンにある茶屋を再現してみた、という売り文句の喫茶店、ならぬ甘味処というものである。

いかにもらしく「涼」だの「氷」だのと染め抜いた旗を風にたなびかせ、その店は在った。

> ここ暫くの情報収集で仕入れたネタの一つ。
または、お題の一つであった、若人の流行りを調査したところ、平民地区にいくつもある喫茶店、甘味処の中で、物珍しさから特に話題となっている店があった。
異国情緒溢れる見た目と、そこで提供される珍しい甘味がその人気の理由である。
所謂、“映え(ばえ)”である。
特に学院の生徒らは、そこで放課後を過ごし菓子や茶を楽しむのが粋らしい。

上記の報告をしたところ、師も興味を持ったか、はたまた最初からそのつもりであったか。
その店に行こうと言い、仕事を終えた頃にこうして二人と二匹、連れだって通りを行く。
事前に店の位置を確認していた娘は、男と小動物達のやり取りを一歩後ろから眺め、首を傾ぐシマリスの様子を真似るように、口を閉じたまま首を傾げた。
不意に、此方へ声を投げかけられれば、アレと示された店へと目を向ける。

「……はい。此処で、間違いありません。
 財布も―― 忘れずに持ってきました。大丈夫」

珍しい文字の旗が目印であると頷き、ここいらでは滅多に見ない造りの建物であれば間違いないと断言する。
件の甘味とやらの詳しい情報までは調べていないが、人気があり、何度も通う客がいるあたり味は悪くないだろう。

若人が良く出入りする店ならば、それに合わせた服装と言うものがある。
生徒や冒険者に顔の知れている師の服装はまだしも、その隣に黒づくめの怪しい小柄がいては目立つだろうと気を使い、馴染みやすい街娘の風体を取り、肩には与えられたケープを羽織り暑さをしのぐ。

「ん、先生……入る?」

そろりと瓦葺屋根の下に入り、店内の様子を伺いつつ師の許しを待つ。

影時 > こんな事位、自分で調べろという意見は――否定し難い。いちいち御尤もである。

とはいえ、意味もある。

物珍しさを求める数寄の心意気の充足と。弟子がそうした動きをしている間、己は別の調べ事に時間を回せる。
元の雇い主である卿との連携、卿側での細々とした情報収集事項の共有、其れを踏まえての裏付けの確認。
まだまだ核心的な所までには至ってなくとも、塵を積もらせる工程は決して無駄ではない。
間近で見れば極彩色の点の集まりが、やがて遠景で見遣れば一幅の図画を描く点描のそれへと繋がっていくのだから。

そんな自分の動きは秘しつつも、一考しなくとも不服ともなりかねない動きをさせていれば、こうとも思う。
骨を折らせたのだから、労うのは当然のことであろう。そうでなければ働く甲斐というものは無いのだから。
いよいよ場所は近いだろうか。そう思いつつ、場所を知っているであろうはずの娘を見遣れば。

「…………まねっこかね?」

あー、と声が出る。肩上の二匹と小柄な弟子の仕草がまさに一致(シンクロ)。調和の何とやらを体現するかのよう、
シマリスとモモンガの二匹が、てへ♡とばかりに顔をわしわし擦ってみせる有様に肩を竦め、目的地を確かめよう。

「ならば重畳、ってことにしとくか。
 なーに、お前さんが財布忘れててもぬかりなく、だ。そんじゃま入るぞ」
 
聞き及ぶ限りの店の売りは、この時期らしく冷たい菓子類だとか。
王国式の冷たい菓子類も冷却、冷凍に関する魔導機械のお陰で色々とあるが、毛色が違う趣きは嵌まるものには嵌まるらしい。
財布も忘れずに、という言い草に思わず笑いつつ、念のため己が持ち物も確かめておく。
羽織の下、帯で通して身に付ける魔法の雑嚢。財布もぬかりなく。狭い店だと邪魔になる刀は仕舞って、短刀に差し替えて。
己の許可を待つばかり、とみる街娘めいた弟子の様相に頷きつつ、行くかと店の入り口の敷居を跨ぐ。

――“いらっしゃいませー”と、着物やら作務衣めいた装いの姿の店員たちが、来客に声を放つ。

店の内も外の有様に合わせている、らしい。
履物を脱ぎ、見事なまでの畳敷きの床の上に上がっていく形式は、成る程。王都の人間にはきっと珍しくないだろう。
畳に座すと丁度いい高さに整えられたテーブルが幾つも見える中、空いていると見える奥の席を見出す。

「奥に座るか」

短く声をかけ、真新しい畳の匂いを嗅ぎつつ草履を脱ぐ。
慣れた素振りで袴の裾を捌き、段を上がる。弟子の娘も同じように上がったなら奥の席を陣取りに行こうか。

> 無造作にかき集めた情報が、思わぬところで役に立つことがある。また、情報はまとめて売れば金になることもある。
そう言い含められ、了承しての仕事に文句は無い。無論、本来の暗殺者としての仕事であったなら、尚のこと喜ばしくはあったが、贅沢は言えない立場なのは重々に理解している。

まとめた情報をどのように使うかは、ひとまずは師に任せるとして。
弟子は此度の情報収集及び、無名遺跡での探索に関して、今は評価を得ることに気を向けていた。

肩を竦めるのを傍らで見上げながら、二匹が愛玩動物の本領を発揮しているのをぼんやりと眺めていた。
流石に顔を洗う仕草を真似るのは、羞恥が勝ったのだろう。
手を少しだけ上げてから、思い留まり、ゆっくりと下ろして。

「重畳、です。……はい、先生」

懐を確かめつつ先を行く師の後に続き、娘も暖簾を潜って店へと足を踏み入れる。
店内は外観と同じく珍しい、温泉旅籠で見たような、畳が並び背の低い机が並んでいて、席に着くには履き物を脱ぐようになっている。
興味深そうに店内を見渡しつつ、ついスカートの下で揺れそうになる尾を足に巻き付けては、ケープの裾を握りそわそわと。
店員の活気ある挨拶には、帽子の中の耳を震わせ、反射的に師の背に隠れてぴたりと後ろをついて歩いた。

「ん、奥が良いです。そっちの方が、静か」

尋ねる声に二度頷き、先に畳へ上がる隣でいそいそとブーツを脱ぎ、きちんと揃えてから奥の席へとついて行く。
師が場所を決めたなら、その向かいの席へと腰を下ろし、座布団の上でぴしりと行儀よく正座をする。

さて、ここのお勧めは何だろうか。
氷、葛餅、わらび餅等々、メニュー表には見慣れないものがいくつも並んでいる。
師のお眼鏡にかなうものはあるのか。そして、二匹にも食べられるものはあるか、と言うのも問題の一つ。

影時 > 情報を集めたからそれで終わり、ではない。目的に応じて裏取り、ないし検証をしなければならない。
目的が穏便であろうが、剣呑であろうが変わらない。ただ知って用が済んだ、とは言い難い状況であるのがこの娘である。
相変わらずの暗殺者志望めいた有様もそうだが、弟子として引き取るに至った一件がまだ終わっていない。そう思うことがある。
さながら布石めいた、真綿で首を絞めるとも云える動きは、どう打ち返すべきか。
つくづく己は指し手には向かない。盤上の王の駒の位置を見切れば、桂馬の高跳び宜しく詰められれば良いのだが。

――そんな細々とした思考は、ひとまず棚上げにしよう。

肩上に載って顔を洗ったり、毛繕いしたり。思い思いに振る舞う小さな生き物をみると、考え事をするのが馬鹿らしい。
顔を洗う仕草を真似よう、とでも仕掛けたのだろうか。そんな動きを見つけた二匹が、““しないの?””とばかりに首を傾げる。

「クク、そうだな。
 ……こりゃまた凝ってンなぁ。どっからこんなに仕入れたんだか」
 
暖簾を潜って店の中へ。他所の国の様式を真似る、とは言っても色々苦労しただろう。
要求、コンセプト通りに内装を整えるというのは、決して楽なことではない。作法だって案内書きが柱に貼られてなければ見落とす。
店員たちが少し驚いた顔をしてみせるのは、わざわざ言わずとも所作してみせる点や装いを見ての事であろう。
そわそわげな弟子の有様を見れば、一歩。人目を集めつつ、翻る羽織の裾等で隠れやすいように心掛けて。

「じゃあこの辺り、だな。
 茶屋らしく外で喰うのも乙なモンなんだが、最近の日差しはきっついからなあ……」
 
二人でちゃんを履物を脱ぎ、抜かりなくそろえて座敷の奥へ。壁際の席に据えられた座布団の上へと据わる。
胡坐で腰を下ろす己と違い、卓の向こうの弟子は正座。
生真面目とも見える有様に苦笑を滲ませれば、足崩して良いぞ、と声をかけ、メニュー表を一瞥する。
この店のこの時期の売りは、何と言っても名水を取り寄せて仕上げたわらび餅、並びにかき氷だろう。団子もいい。

「……ふむ。先に団子と茶を頼んで、次にわらび餅、で、氷二つと行くか。あー、良いかね?」

団子を取り敢えず頼むのは、二匹のごはんを兼ねる意味もある。己の分を半分こさせれば、きっと満足しよう。
娘が思案する様を待ちつつも取り敢えず手を上げ、女中めいた装いの店員を呼ぼう。

> 真似るか、止めるか。迷って手を下ろすと、此方に振り返る二匹と目が合った。
真似っ子されるのを楽しんでいるのか、首を傾げて誘いかける仕草に少し心動かされそうになった。
が、二匹が座る肩の主を見ると、真似を続けるのも気恥ずかしくなり、二匹と一人から逃げるように眼を逸らす。
これが宿の中であったなら、じゃれて続けたかもしれないが、何分ここは人目がある。

「旅籠で見たことあるのも、ないのもある……。ここだけ、マグメールじゃないみたい……」

異国で染め上げられた店内。郷に入っては郷に従え、この店でのルールがしっかりと書き記される柱の張り紙。
初めて店に訪れたものは、この徹底した雰囲気づくりに心を擽られ、ちょっとした旅気分を味わうのだろう。
師にとっては、懐かしい故郷を思い出させるものであり。
娘にとっては、話に聞いた望郷の名残りに亡き者を思うものである。
此方を気遣い影を作る気遣いを察しながら、猫は気配を消して影に徹する。

互いに席に落ち着き、隙を見せずに行儀を守っていれば、師が苦笑する。
不思議そうに首を傾げると、続けて脚を崩す許可が出て。少し考えるような仕草で天井を見やった後、そろりと座りなおし。

「確かに、暑いです。でも、前より楽。
 ……これ。先生に頂いたマント、とても重宝する。涼しくて、楽です」

肩に羽織るケープの裾を指で摘まんで持ち上げて揺らしつつ。

「そんなに、食べられますか?
 私は、何でも構いません。それが、どう言うものか……わからないので。先生にお任せします」

つらつらと上げられるものの中で、わかるのは団子と茶くらいか。
その中でも、口にしたことがあるのはお茶だけで、他は味の想像もつかない。

覗き込んだメニューから顔を上げると、ふと、耳に涼し気な音色が届く。
音の元を探って頭を巡らせれば、すぐ傍の窓にクラゲを模したような奇妙な形のガラス細工が飾られていた。
それが風に揺られると、チリン、チリン……と、心地良い音色を奏でる。

「……先生、あれは?」

師が店員に注文する傍ら、物珍しそうにガラス細工を指さして首を傾げる。

影時 > つやつや輝く黒いまんまるお目目が、緋色の眼差しと重なる。
耳をぴこぴこ。長いおひげを撓らせて、ぢー……と、見やっていれば、眼差しが逸れる。
にらめっこを遣ってるわけではないが、視線が逸らされると尻尾がしなっと垂れるのは、何を思ってのことだろう。
そんな二匹が動く足場とも云う飼い主が畳の上に座すと、ひょいと卓上へと飛び移る。

「下に降りるんじゃねぇぞ、と。
 ……そうだなぁ。俺も家があればここまで凝ってみてェとも思うが、気軽にここまでは遣れる気がせんな」
 
富裕地区の一角には同じようなコンセプトで、物好きな貴族が建てたものがありはした。
それとはだいぶコンパクトではあるが、凝りようの面では遜色がない程でもあるだろう。そう思わずにはいられない。
煉瓦造り石造りの堅固な建物とは真逆に、木造建築の一角を模したそれは頼りないが、風通しが良い。
この風通しの良さという奴が、故郷とこの国の建物の大きな違い――かもしれない。
夏含む暑気払いに、魔法の力を借りることもあるだろうが、開放的な造りとは、そんな力業に寄らず涼をもたらす。

家をもし建てるなら、一から立てられるなら、可能な限り徹底したいものである。
だが、この国にはこの国らしさの建物もある。その設計思想もよくよく見れば、頷けるものがある。
見慣れたものがどの土地でも良い、とは限らない。コンセプトは風土の違いを反映するが故に。

「そりゃ善かった。くれてやった甲斐があった。
 ……知り合いからも訊いたンだが、寒暖をどうにかする術式ってのは結構需要があるようでな。
 鎧の上に着込む上衣に、篝のそれと同じ仕込みを仕込みたがる者は多いようだぞ」
 
徹底して行儀を守る場所でもあるまい。座り直す様子に、それで良い、と頷きつつ見える仕草に目を細める。
魔法魔術に頼るのは修業が足らぬ証とか宣うものも居るかもしれないが、己はそうは思わない。
心頭滅却するにも限度がある。便利にどうにかできる、緩和できる手段があるなら、それを使うに何のためらいがあろう。
己と違い、身を隠す、種族を装う必要に迫られる身の上であれば、尚のこと。
己が羽織る白羽織にも、実のところ同様の寒暖に関する仕込みがされている。故にこの季節でも困らない。

「まァ食って見りゃ分かる、とは言いたいが、氷以外は流石に二人前にはしねぇよ。
 味見がてら、って奴だ。……そんじゃま取り敢えず、注文だけ通しとくぞ」
 
茶も茶で煎茶ではない。己が好むところの抹茶、である。挽いた茶葉をそのまま喫するのも物珍しいだろう。
茶室ではない以上、細々とした作法に従うつもりもないが、この場を考えたものはかなりざっくばらんとしてるに違いない。
呼びつけた店員に二本一組の三色団子、わらび餅、そしてかき氷を頼む。
畏まりました、と注文を携えて下がる姿を見送っていれば、――チリン。吹き込む風に鳴る涼音を二匹と共に聞く。

「嗚呼。風鈴って奴だ。夏にあんな風に飾ってな、音を聞くのよ」

テーブルの上で耳を震わせ、風に揺れる硝子細工と拍子を合わせるように、毛玉達がぴこんと立てた尻尾を揺らす。
つくづく、凝っている。先に運ばれてくる茶碗から漂う匂いを嗅ぎつつ思う。泡立つ位に溶かれた抹茶だ。