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Time:12:42:30 更新
ご案内:「メグメール(喜びヶ原)/女男爵の村」からナイトさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原)/女男爵の村」からヴァンさんが去りました。
■ナイト > 「どうして彼女を手助けすることになったのか……とか、聞くのは都合後悪いかしら?」
この国に関わらず、女性が家督を継ぐことは珍しいと聞く。
女系の一族である少女には理解し難いが、それが人間にとっての常識だと言うのだから、彼女はその席を勝ち取るために様々な努力をしてきたのだろうと尊敬すら感じていた。
彼が如何にして助力に至ったか、経緯やら目的やら、彼女がいないこの場では聞いても良いものか。
その方が彼にとって都合が良いから、なんて単純なら隠さずに教えてくれるだろう……。
時々、相手に誤魔化される中で感じるものがある。後ろ暗いことを濁して隠されている、そんな気がしてならない。
主とのこともそうだ。何かを隠されている。探ること自体を咎められているような感じがして、確信を尋ねることが出来ない歯痒さを感じるのだ。
気のせいだと自分に言い聞かせながら、これは尋ねて良いかと確認を取るように軽く笑みを交えて首を傾げた。
とは言え、そんな余裕を見せられたのはそこまでで。
今や混乱して目を回しそうな、暴走しかけの猪のような勢いで詰め寄り。
「……っ、変な勘違いされたら……困るんでしょ……? その、色々……隠そうって言ったの、そっちじゃない……。
私は勘違いされないようにって……っ!」
噛みつく様に言い募り胸倉へ手を伸ばす始末。
言い聞かす声に怯み慌てて声を静めるが、期までは沈めきれない様子の少女は、残念ながらスッと身を退き避けられて、猪突猛進そのままに前のめりにベッドへと倒れ込む。
「――~~~っ、……なっ、な……、ぐ、ぬぅ……っ。子ども扱いしないでよ……、ばかっ」
男の上に跨る形で抱き留められ、胸板に顎を乗せて顔を上げた。
優しく諭す口調ながら服を脱げと命じられ、勘違い――とも言い切れない、想像が頭の中で巡る。
相手が何を言わんとしているか、わからない程もう無知ではない。
誘いかける声に戸惑い、見る見る間に熟した林檎のように染まる顔を伏せ。
「…………ヴァンの意地悪」
悪態を吐いた少女は、続けて小さな声で呟いた。
それは天幕の外にはけして漏れない、身を寄せ合う者にしか聞こえない声だった。
■ヴァン > 「本当なら、彼女の兄が爵位を継ぐ筈だったんだ。俺は会ったことはないが……」
長子は家を継ぎ、他は騎士や修道士、他家に嫁ぐのが一般的だと過去に男は言った。
兄がどこに行ったのか……その先は少女も察するだろう。
男は、女男爵や騎士達とは少し違った関わり方をしているようだった。
「酒は抜ける時に身体の熱を奪う。普段よりは控えめにしようと思ってね――?」
女男爵から脅かされたこともあり、大人しく眠るつもりでいた。
酒を飲まないのは男らしくないとからかわれたと思ったか、軽口で返そうとして少女の異変に気付く。
少女の表情はわかりやすい。視線が逸れて頬は染まり、目はより大きく見開かれている。
何度か見たことがある少女の仕草に、訝し気に他の天幕の方向を見ると、小さく『マジか』と呟いた。
男は毎年焚火の近くで寝ていたという。人が減っていることにも気付かず、酒を飲み明かしていたのだろう。
単純に、男は一部の天幕で行われていることに気付かなかったようだ。
「ナイト嬢、声が大きい。眠っている者達の邪魔をしてしまう。
それに……『従士なのに騎士に対して大声をあげるのか』と思われてしまうぞ」
せっかく挨拶の場ではうまくいっていたのに、少女の大声は台無しにしてしまう。
多少ならば誤魔化しがきくだろうが、あまりに続いては焚火近くの女男爵達にも気付かれるだろう。
男は眠る身支度を手早く済ませ、下着姿で毛布に潜り込もうとする。
シャツを掴もうとする少女から逃れようと上体を逸らして態勢を崩し――ベッドへと倒れこむ。
転んでベッドにあたった所で痛みなどないが、怪我をしないようにと少女を包むように腕を伸ばしていた。
ふぅ、と小さく溜息をついてから話す。
「ナイト嬢。服を脱いで、静かにベッドに入ろう。できるな?
だいぶ興奮しているようだが、睡魔が訪れるまでゆっくりしよう。ナイトはどうしたい?
俺は『汗を拭ってくれる』と嬉しいが……ただ目を閉じて睡魔を待ちたいなら、そうしよう」
最初は年長者が年少者を諭すような口ぶり。口調の変化で少女は落ち着きを取り戻せるだろうか。
続いて、呼び方を変えた。何を意味するかは少女はわかっている筈だ。どこにかいた汗を、どう拭うのかまでは言わない。
ただ、宿屋でのように約束を盾にしたり、貴賓室でのような強引さはない。
少女が何か望めば、そのようにするだろう。さて、少女はどう答えるか――。
■ナイト > 少女はこれまでの自分の振舞に反省すべき点が大いにある。
それを自覚できたのは、この男の下につき学んだ後のこと。以前のことを引き合いに出されると言い返せなくなるのが悔しいようで。
「むぅ……ウ゛ゥゥ……」
低く唸る声は次第にグルルと威嚇する獣の声に変わり出しそうで、無理矢理に会話を切り上げさせようと言う意図も感じられた。
それは奇しくも答えを持たない男を助ける形にもなるか。
そうして、来る者も途切れ静かになった後のこと。
友人と呼ぶまでに深い関係では無いながら、女男爵を手助けしたと言う意味で戦友らしい古株の面々の挨拶を思い出し、賑わいの中にその顔を見つけた。
「……追い落とした、ねぇ。
まぁ、昔のことは私には関係ないけど。女男爵も、その周りの人も、けっこう嫌いじゃないわ。
――あっそ。それを聞いたら、安心して今夜はぐっすり眠れそうだわ」
楽しそうに談笑する彼らの様子を遠巻きに眺め、小さく零す息に笑みを混ぜる。
人間社会、特に貴族の柵は面倒であまり関わりたくはないけれど、そう言う形の戦、そして友の在り方は良いものだと首肯する。
酒を口にして、男も輪に加わるものと思っていたが――。
「あら、殊勝な心掛けね。私も……――」
天幕へと向かう男の後について行こうと振り返り、一歩足を踏み出して止まる。
ようく耳を澄まして聞き耳を立てていた耳は、ただ寝床についたわけでは無い者達の天幕から漏れ聞こえる音を拾ってしまっていた。
焚火の下で賑わうのとは違う意味で静かに盛りあがる様子に、俯いた頬はどんどん赤くなり、男の話しかける声も良く聞いていなかったのか、ハッと顔を上げて急ぎ自陣の天幕に潜り込み。
「あ、あ、え? ああ、えっと……! どっちでも良いっ!
あの……い、一緒に……寝るだけだからっ!!
変なことしたら、噛みつくわよ!? わかった? 良いわね?」
荷物を下ろすとベッドの傍へ寄り、ぐるぐると回って混乱し続ける頭で返事をしたかと思うと、矢継ぎ早に外まで響く大声でギャンギャンと吠えた。
一緒に眠れることを喜んでいたくせに、他の天幕の騎士従士のように盛っていると思われるのは恥ずかしいのか、相手が避けなければ両手を伸ばして胸倉を掴む勢いだった。
■ヴァン > 「それは否定できないが……あそこまで露骨に敵意を剝き出しにされることはあまりなかったからな」
少女の主もだが、近衛隊長も胃を痛めていたかもしれない。今ではこうやって話す仲だから不思議なものだ。
少女には話していないことが多い。全てを知る必要などないが、騎士と従士として、伝えておくべきこともあるだろう。
どのタイミングで伝えるべきか、答えを持たないまま会話を続ける。
初対面の人物に対して男は穏やかに、ゆったりとした低い声で接していた。
若者だからと軽んじたりせず、丁寧に話す。貴族同士のつきあいを抑えた、無難なやりとり。
少女が初めてみる男の貌。最初は警戒していた若者は、何事もなく挨拶を終えて緊張をややほぐしながら戻っていった。
明日は男と別行動になることを、フランクな騎士達は既に聞いているらしい。
従士たる少女の腕前をその目で見れないことを残念がりつつ、互いに持ち帰る獲物で実力を示そうと、笑いながら会話を終える。
「あぁ……あいつらは女男爵が爵位を継ぐために、一緒に彼女の叔父を追い落とした仲だからな。道理と酒の味がわかる、気のいい連中さ。
ま……夜会に連れていけるのはだいぶ先の話だ。今はできることをこなしていこう」
ぐ、とエールを呷る。男は普段よりも酒量を抑えているようだ。
追い落とす、とは穏やかではないが、どの騎士にも後ろ暗い雰囲気はない。よくあるお家騒動か何かだろう。
静寂が支配する天幕もある中、いくつかの天幕では少女の耳に入るのは穏やかなものではなかった。
くぐもった声、荒い呼吸、淫らな水音。
壮年の夫婦、中年騎士と少女従士、若い男女の騎士……だろうか。
天幕の間に十分な距離があるからか、ある程度天幕に近づけば音でわかるからか。愉しんでいる者もいるようだった。
様子を探るよう命じた銀髪の男は、焚火の酒盛りをぼんやりと見ている。
「……少し早いが、俺達も休むとしよう。
お……暖かいな。これなら熟睡できそうだ。ナイト嬢はどちら側で眠りたい?」
天幕から出てくる者はいなさそうだ、と聞くとすぐに休む判断を下し、天幕へ向かおうと踵を返す。
一番近い女男爵の天幕まで10mはある。設置する場所の都合でか、二人の天幕は野営地部分から少し離れていた。
天幕へ入ると荷物を置き、詰襟のボタンを起用に外していく。
すぐにベッドにもぐりこむようだが、確認するように少女に問うた。
そう言いつつも男は右側――仰向けに寝たならば、少女の左手を握れる方へと向かっている。
そのままベッドへ腰かけ、横たわることになるだろう。少女の動きが遅ければ、不思議そうな目を向けるかもしれない。
■ナイト > こういう時に世辞を言う男ではないと知っているだけに、はっきりと口にされると少女もまんざらでもない様子だった。
とは言え、単独で見た時の評価だ。他の騎士や従士も協力し合えば少女を上回る可能性は大いにある。そこだけは肝に命じるくらいの謙虚さをもちつつ。
「そ、それは、自分の評判の悪さを恨みなさいよ」
ふと思い出したように言う男を横目で見ると、ばつが悪そうに眼を逸らして、ふんっと腕組みをする。
味方殺し、女癖が悪い等々の噂話に踊らされ、そんな悪党から学ぶことは無いと、悪人には何をしても許されると言う短絡で独善的な思考の下で吹っ掛けた喧嘩だ。
女癖の悪さだけは本当のことらしいが、どう考えてもやりすぎだったと今は思う。屋敷も酷く荒らしてしまったし。
思えばこれも、彼が来る前も同様に何人か外から来た上官をコテンパンに伸して追い返した結果、主が仕方なく打った手だったのだろう……。悔しいが、未だ一本もこの男から取れていない以上、主の采配は正しかったと言える。
少女の逸らした視線は何処か少し遠い所を見ていた。
尋ねてくる面々の中、男の噂を知り警戒していた年若い騎士は、男と少女の組み合わせを見てその衝撃に固まってしまっていた。
悪い噂が絶えない男のことはマークしていたが、まさか従士を連れて来るとは予想外。その上、その従士がヴァリエールの狂犬なのだから、心底言葉を選んでいたに違いない。誰も好き好んで厄介な相手に喧嘩を売りたくないのだ、普通は。
幸いなことに、少女の方は心此処にあらず。そうでなくても、相手の顔を見ても訓練で蹴散らした有象無象のことなど記憶にないので、尾でも踏まれない限り噛みつくことはないのだが……。
少女の事を知らない者は純粋に男が従士を連れていることに驚き、少女はその驚愕を心地よく感じながら、先ほど男が告げた褒め言葉を思い出しては上機嫌に笑顔を振りまいていた。
「ふーん、なるほどね。今回の狩猟会を最初の場に選んだ理由がよくわかったわ。
出来ればさっきの人達みたいにみんなフランクだとありがたいんだけど……、普通の夜会じゃそうもいかないわよね。
あー……考えただけでも堅っ苦しい!
――ん? そう言えば、そうね……。ちょっと待って」
これくらいなら我慢できるのに!と吠える少女だが、言われるとパチリと目を瞬かせ、直ぐに耳を澄ませる。
火の粉の弾ける音。ジョッキを鳴らす賑わい。そして――他所の静かな天幕。
器用に音を聞き分けて、遠く離れたその場から様子を伺い。
「……寝てる人もいるけど、まだ起きてる人もいるわね。
天幕に入て出てこないなら、もう休むつもりなんじゃないかしら?
付き合いも大切だとは思うけど、ほどほどにね。明日のことを考えればあまり深酒は勧めないわよ?」
ちらりと賑わう女男爵たちの様子に目をやり、どうするのかと問うように男を見た。
■ヴァン > 「……単独での戦闘力なら、ナイト嬢はこの中で二番目に強い。俺の言う強さ、ってのはそれくらいのものだ。
――あの時は驚いたな。何か因縁でもあるのかと思ったよ」
男は脈絡なくそう切り出した。この場に集まった者は多くが騎士として――貴族として生まれたものだ。
戦だけに傾注しているわけにはいかない。女男爵の腕前について男は語らなかったが、少女に及ばないということだけは確かだ。
初対面の時のことを思い出し、男は軽く笑った。家族や知人に危害を加えられたとか、そういう相手かと身構えたものだ。
天幕の中を覗く少女、その背後から男も幕内へと視線を向ける。
周囲の安全は確保されているが、戦場では天幕ごと槍で貫かれたり、剣で切り裂かれることもある。
この季節は天幕ごしに冷気も忍び寄ることから、寝床を天幕の中心に配置するのは理にかなっているといえよう。
着替えや武器をすぐ手が届く場所に置いておけるのも便利だ。使用人の仕事に感心したように頷いていた。
男が冗談めかして言った通り、女男爵は顔が広いらしい。
騎士や従士の自己紹介、住む地域の話や仕事の話。今年は何を獲物とするか。他愛もない話の繰り返しだ。
面白いのは、気心が知れた騎士達は少女が男の友人ではなく従士だと知ると、露骨に見る目が変わったことだろうか。
先程男が自分で言っていた、『強くない者は従士にしない』という言葉は、相当なもののようだ。
「そこらへんは女男爵も把握してるさ。俺と同じ空気を吸っても大丈夫そうな人だけを選んで呼んでいるのだろう。
それに、こんな所で喧嘩してみろ。女男爵の面子を潰すことになる。小規模な貴族の集まりは、そういう人間関係の配慮が必要だ。
一方で、貴族に広く来場を呼びかけるような王宮でのイベントは大変だ。小さなことで火種はあっという間に炎上する」
少女の感想はもっともだと頷きつつも、そうならない理由を説明する。元々、少女の教育の場として連れてきたこともある。
万が一にもそういったリスクがあるなら、参加はしなかっただろう。
騎士は女男爵との関係があるし、従士たちは主たる騎士との繋がりがある。あまり勝手なことはできない。
それはもちろん、男自身にもあてはまることだ。今の所少女が火種にはならないと思っているが――。
「……あれ? いつの間にか人が少なくなってるな。
明日は早いから、もうみんな寝てるのか……ナイト嬢、わかるか?」
気付けば騎士や従士達の数は半分ほどになっている。焚火を囲んで女男爵や騎士達が酒盛りをしている姿が目立つぐらいだ。
男も一人でここに来ていたなら、昨年と同じようにジョッキを片手にその輪の中にいただろう。
夫婦や中年騎士など、はじめの頃に挨拶に来た者達はもう天幕の中のようだ。
男の耳では天幕の中の寝息やいびきなどは聞こえないが、聴覚の鋭い少女なら可能なのでは、と水を向ける。
眠るか、焚火の近くに向かうか。天幕に引っ込んだ者達がもう寝ているかどうかで決めるようだ。
もちろん、少女が旅の疲れを訴えたならばそれに従うだろうが。
■ナイト > 男の苦笑いももう見慣れたもので、噛みつくこともなく、同意と取れる言葉まで聞こえれば満足げに頷いていた。
もしも夜中に寒さで震えるようなことがあれば、少しくらいなら自慢の毛並みに触れることもやぶさかではない、などと考えては照れくさくなって大きく頭を振って思考を散らし。
彼女と彼の関係は説明された以上のことは無いのだろう。
此方を見る視線は柔らかく、彼の語る言葉を否定しなかった。
言葉の応酬の末に半ば無理矢理従士の席に収まった少女としては、それほど特別なものとは思いもしなかっただけに、少し意外そうな顔をする。
「……私は戦場からの叩き上げだもの。多少の無理にもついて行けない腕前なら、騎士には成れてないわ。
アンt――……その、来歴とか噂程度でビビってたら、初対面で喧嘩なんて売らないし。
ま、ここは素直に褒められたと思っておくわよ」
彼女が女男爵としての地位につくまでの道のりもそう容易いものでは無かっただろうが、少女にも身一つで王国に渡り自身の力で騎士の称号を得たと言う自負がある。
女男爵の腕を見縊るつもりは無いが、戦力と言う意味合いでは誇るべきところは隠さず堂々と言い切り、調子づいてついうっかりと口を滑らせそうになると慌てて口に手を当てた。
これで隠せたつもりでいるが、口にしている内容は不敬そのものの生意気である自覚は無いのか、ケロリとした顔だった。
「――ええ、了解よ」
指示に首肯を返し、服の下にあるらしいチョーカーに軽く指を添えた。
天幕の中を見渡せば、当然のように真ん中のベッドへと視線が向く。
何を想像したのか、そわそわとして若干赤くなる頬を手で仰ぎ沈め、落ち着きを取り戻そうとするが中々そうもいかず。
尋ねて来る最初の一人、二人は一応話は聞いているが、心此処にあらずな状態での挨拶となった。
特に話を振られることも無く、形式的に先ほど教えられた言葉を口にするだけだったし、堅苦しい挨拶だったから頭に入ってこなかったと言うのも理由ではあるが……。
尋ねて来る相手の雰囲気が軽いものに変わった頃に、ようやく集中できるようになり、気心知れた互いの様子に少し目を細める。
そうこうして、一度来客が途切れると此方を見る碧眼と目が合った。
少女は肩を竦めて返し。
「……そうね、案外嫌われて無くて安心したわ。何を言われるかと思って、少し身構えてたけど、喧嘩腰なのが居なくて良かった」
■ヴァン > 少女の言葉に対して男は苦笑い、女男爵は微笑を浮かべる。
「王都暮らしが長いから、冬の寒さには慣れたつもりだが……日の出まで眠れるに越したことはないな」
仕方なく、という言葉には大人しく甘えておくことにした。
この季節は雲も風も少なく、朝方は地の底からよく冷え込む。背中を焚火で焙っていても、自然と夜明け前に意識は覚醒する。
簡易寝台を使って隣に人がいるならば、室内ほどではないにせよ寒さで目が覚めることはあるまい。
「……昔、色々とあってな。俺についてこれる奴じゃなきゃ従士にしない、と言ったことがある。
そんな能力がある奴はそういないし、俺の来歴を知ったうえでなろう、ってのも少ない」
女男爵は文字通り、少女が戦力になることを期待していた。それ以上の意図は男には掴めなかった。
「君に話題がふられることもそうそうないだろうから、静かに騎士や従士を観察しておくとよい。
もし何か迷うことがあったら、通信具で相談してくれ」
天幕の中は簡素なものだ。
木材と板、毛布等を組み合わせたベッドが真ん中に置かれている。枕が二つくっついているのは使用人の配慮だろうか。
天幕の真ん中を通る桁にランタンの形をした魔導灯が吊るされていて、柔らかな光を放っている。
仄かに暖かいのは、入り口近くに保温具が置かれているからか。
左右には木製の簡素な台が置かれている。服や荷物を地面に置かないで済むようにしているのだろう。
様付けを好まない理由は、男にはよくわからない。
男が立派な振る舞いをし、少女に接するならば自然とつくのかもしれないが――そんな未来は想像できなかった。
老人、夫婦、中年騎士と、入れ替わり立ち代わり挨拶にくる。
狩猟会の最初期のメンバーだからかはわからないが、この一団の中で男は上から二番目、女男爵の次くらいの立場らしい。
何名かと挨拶をしているうちに、騎士達がいつ頃から参加しはじめたかがわかってくる。
初参加の者達は露骨に堅苦しい挨拶をする。女男爵の知己とはいえ男の悪名も耳にしているから、接し方がわからないのだろう。
古参のメンバーになればなるほど、フランクな挨拶が交わされ、男もそれに応えていた。
噂に聞く悪名と男の狩場での振る舞い、双方を天秤にかけてどちらを信じるかを決めているようだ。
挨拶が途切れると、男は少女に視線をやった。何かわからないこと、聞きたいことはないか、といったような視線。
■ナイト > 狼は鼻も利くが、同じくらい優秀な耳を持っている。
人に化けていても十分耳の良い少女は、一歩離れ、背を向けていても、彼と彼女の会話は当然のように聞こえていた。
早々に仕事を片付けた使用人の姿が見えると、隠しきれない喜色が頬を緩ませ、尾が出ていたなら上機嫌にパタパタと揺らしていたことだろう。
男に名を呼ばれてくるりと振り返れば、腰に両手を当てて胸を張り。
「そ、そうっ! まぁ、もう準備もしてしまったのだから、しょうがないわねっ!
それに、獲物を狩る前に自分たちが冬眠するわけにはいかないものっ。
私はともかく、そっちは耐え切れないかもしれないし。
――本当、本っ当ぉに! 仕方ないから、隣で寝てあげる!」
言い訳がましく“仕方なく”と口では言っているが、喜色満面の溌剌とした笑顔だった。
偉そうに言い切ると、ふふんっとまた鼻を鳴らして、仕事の出来る使用人を心の中で褒めつつ。
「……?」
女男爵の言葉を素直に受け取って良いのか、少し引っかかりを覚えながらも、まとめられてしまえば追及することも無く。
彼女は去り、二人天幕へと移動する。
その最中、呟いた自嘲染みた呟きまで拾われては目を瞠り、少しの沈黙を挟んでからツンと口を尖らせた。
「……アドバイスどーも。
そうね。長ったらしい挨拶を覚えるのも苦手だし、とりあえず、その言い方を借りておくわ。
さて、他はどんな感じなのかしらね……」
敬称に様を付けなくて良いことは素直に勉強になったので、首肯だけを返して勧められた自己紹介を一先ずこの場では借りることにする。
そして、詮索を避けるように先に天幕を捲って軽く中の様子を確かめようと見渡した。
形だけと言っても、たった一言、“様”と付けるだけでずっと遠いもののように感じてしまう。それ故の抵抗感が少女の中にあった。
それも慣れてしまえば違和感も消え、言葉に詰まることも無くなるだろうが、慣れるまではまだ暫く時間が掛かりそうだ。
■ヴァン > この銀髪男、女心の機微に聡い方ではないが、それでも膨れっ面になりそうな少女を見れば『何か間違えた』ことぐらいは悟る。
とはいえ正解がわからない以上、無闇な行動は危険だ。良かれと思ってより深い沼に嵌まるよりは現状維持がいい。
『ヴァン……念のために言うけれど。天幕の中で毛布に包まるのは毎年貴方がやっているような、焚火を背に眠るのより寒いわよ』
担当区域の話が終わった後、女男爵は心配するように再考を促す。予想外の言葉だったのか、男の動きが止まった。
時間をかけて周囲の天幕に視線を巡らせた後、口を開こうとする男を制して女男爵が重ねて告げる。
『保温の魔導具は天幕の中に置いたけど、十分ではないわ。毛布もそんなに予備はないし』
「……ふむ。背中をあわせていた方が暖かく眠れそうだな。え……さっきの使用人がもう戻ってきてる。早すぎるだろう。
ナイト嬢、使用人の力仕事を無下にするのも悪い。すまないが、隣で寝てもらえるか?」
男の視線の先には、一仕事終えたとばかりににこやかな顔で三人に頭を下げる筋骨隆々の使用人がいた。
息抜きで風邪をひくのも馬鹿らしい。北方生まれの少女は寒さに強いだろうから、判断は任せることにしよう。
いざとなれば例年と同じように焚火の前で眠ればいい。
男が従士関連の話題について避けるような表情をすると、してやったりという表情を女男爵は浮かべる。
しかし、それ以上踏み込むような発言はしなかった。
『ヴァンが従士にするだけナイトさんは強い、私にはそれで十分よ』
そうまとめられ、女男爵との挨拶は終わった。
――――。
「からかうで構わないぞ。本当にヤバい時は俺はちゃんと言う。
剣術でも実践の前に先輩や同期の動きを見て学ぶステップがあるだろう。その段階だ。
そうだな。爵位や役職はそれ自体が敬称になるから様付けはいらないが、騎士爵、って言い方も大仰だ。
…………『ヴァリエール伯の命により、従士を務めている』。俺の従士をしている、ってのは見ればわかる状況だ。どうだ?」
女男爵との挨拶を終えて自分たちの天幕の前へと移動する間、少女の独り言を男は聞き逃さなかった。
少女とは身分を意識しない、気安い関係ができている。様付けをしにくい、というのはもっともな意見といえた。
少女がやりやすい方法を男なりに考え、言いやすいであろうフレーズを口にする。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原)/女男爵の村」にナイトさんが現れました。
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