2026/01/25 のログ
影時 > 茶釜は厨房で熾し、持ってきた炭の上に乗ったままだ。白湯が適温になるまではもう少しかかるだろう。
ようやく注いでくれたのは良いが、まだまだあっつあつな有様に不満げに二匹が尻尾を揺らす。
まぁ、こういう仕草を見れるようになっただけ事態は多少はマシになったか。
賢い毛玉は空気を読む。修羅場に自分達を連れるワケがないとも悟っていれば、飼い主に引っ付かない時も最近はあった。

「――何分、どういうつもりか、どう転ぶかすらも読めなかったからな。
 であるなら、可能な限りの総当たり、総掛かりで備える他あるまい。
 シュレーゲルの爺さんは兎も角、雇い主の方にまで飛び火し……万一のこともあってみろ。俺の首だか腹で済むと思えるかよ。
 
 そうそう、手合わせする相手は選ぶし、時と場合位は弁える。
 今回の件は俺も篝も身に沁みたろう。下手をしなくとも戯れ、子供の遊びで済むものじゃぁないと」
 
全く、全く。気兼ねの種がどれほどそろったか。ひぃふうみぃよう。きっと沢山。
その果ての挑戦権だ。……夢を追うのは良いこととは言っても、どうだろうか。手放しに応援できるか否かも含め、気軽になり難い。
裏取り、真相の確認とて必要になる。弟子の勧誘にかこつけた別の動き、意図と連動している可能性すらあった。
万象を俯瞰する神の目なんて己は持っていない。あれと見せかけて、狙いは別のこれ、というコトもあり得る。
元雇い主も今の雇い主も。どちらも敵を抱えていない、とも言えない。
どちらかがもし仮に死した際にどうなるか、という恐れをも考慮、勘案したら、何が起こり得るか。想像するだけで恐ろしい。
それだけの伝手を持っている。それだけの軽くない縁を持っている。……軽く扱えるものではない。

とはいえ、だ。此れも結果的に、ではあるが。
暗殺者ギルドに関する実情的な、使う側としての一例は今回垣間見れたことだろう。そう思いつつ、耳を伏せさせる姿を見遣る。

「……おっと。慰めてくれや、とは言いてぇ処だが……そう云われるとなあ。
 大人しく取り敢えずは色々諸々備えでも考えださなきゃならんか。
 
 少なくとも準備が出来るまでは、俺は兎も角、自分からは近寄らん方が良かろうな。
 篝が今も、アレらとどうしてもだ。
 まだ関わり合いになりたい、例えばアレらの同胞になりたい、とでもと思うならば、反省と見直し、備えが無けりゃ禁じざるをえんな」
 
慰めは不要、と宣う様にわざとらしく肩を落とし、嘆息交じりに虚空を仰ぐ。
昨日の今日とも言えるこの状況、藪を突くと蛇が出る、という事態になりかねない。それは避けるべきだ。
敵を知れ、という句は恐らく今も有効であろうが、今回の結果を踏まえるなら今少しは慎まざるを得ない。

> 師が言う実現してほしくないもしもの話は、聞いているだけで気が重くなる。
そうなってしまわぬように、気を付けなければと肝に命じる。
その裏で、今の主()の平穏を、安眠を脅かす者が居れば、それにいち早く気付けたその時は、何も告げずに己が処分すべきだと改めて結論を出した。

事が起こる前に情報を共有すれば、確かに危険に備えることも、知恵と力を貸りることも出来るだろう。
だが、包み隠さず全てを正直に話すばかりでは、悪戯に心労を増やし続けるばかりで、負担を掛けることにもなる。
暗殺者に戻るにせよ、他の道を選ぶにせよ、いつまでも子供のように師の保護下に収まり、その背に甘え寄りかかるばかりではいけない。
師も人間だ。どれだけ強かろうと、術に長けていようと、命を落とすこともあれば、罠に嵌められ追い詰められたその先で無念を抱きながら終わる可能性はある。
師の顔を見据えていれば、嫌でも疲弊してやつれた顔を思い出す。その程度で、見ていられないと思うのだから、本当にそんなことになったらと思うと堪らない。
()をそのような目に合わせぬために、弟子として、道具として、成すべきことを成せるようにならねば……――。

「…………。はい。どうか……先生が腹を斬らずに済むように、先生に不本意な命令をさせずに済むように。
 今後は迂闊に動かぬよう気を付けます。……最初から、私は一つも遊びと思っていませんが」

素直に師の言葉に従い、異論はないと諭す声を受け止めて。
黒い器を煽り、残りの茶をコクコクと喉を鳴らして一息に飲み干した。この苦味と共に、今回の教訓を強く記憶に焼き付ける。

「慰めは必要でしたか……。もう、随分と元気になられていたようなので、不要と思いましたが……。承知いたしました」

少し意外そうに目を瞬かせ、頷き、空になった器を隅に置いて、菓子の乗っていた皿も同様に隅に寄せ。
崩していた足を正して向き合えば、座したまま距離を一歩詰めて手を伸ばす。
そちらが動かずにいるなら、ぽんぽんと頭を撫でてみよう。これでも足りぬようなら、いつか師が己にしたように、その頭を膝の上へ招いて満足するまで髪を撫で梳くのも良い。
大の男が、そんな見っともない真似できるかと言うならば、大人しく手を引くが。

「……準備が整いましたら、また教えてください。その時に、改めて探りを入れる必要があるか、どうか……検討します。
 今回、挑戦権が送られてきた理由も、何故あの男の名が記されたのかも……しかと理解しました。
 理解したからこそ、件のギルドがよくわからなくなりました。
 ギルドが暗殺を生業とする者の集まりなら、もっと……感情や思惑と言ったものは皆無である、と……そう思っていたのですが……」

その実、男が標的になった理由はギルド側の私怨だと言う。
なんとも人間臭く、つまらない理由に少し失望にも似た感情を抱いてしまったのが、娘の正直な感想だった。
自由に暗殺の依頼を選べることは変わらず魅力ではあるが、それを管理する母体であるギルドが信用に値するものではないのではないかと。
言葉は最後まで紡がず、緋色を伏せて嘆息を零す。

影時 > 最悪の事態はいつだって考える時が重くなる。縁を持つが故の責任、留意事項であるが故に仕方がない。
それだけの関わりを持っている。中でも今の雇い主とその教え子絡みの縁は、話すべき相手を選ぶものだ。
敵がどれほど自分に対する情報を持っているかが知れない。
一番拾いやすい情報を考えるとすれば、冒険者ギルド、並びに王立コクマー・ラジエル学院に申告している情報だ。
この国に至るまでの経歴、二つ名の類は、それこそ寝物語ついでにしか話さない。
故に露見した場合の辿り方については、まあまあ難しくないことだろう。そう考えることが出来る。
問題はより深い、今と昔の雇い主に関する、ないし保持している内容までに触れることがあれば、という想定だ。

前者はまあ、いい。
今の弟子を拾う際の経緯を考えると、あの老貴族の屋敷に獅子身中の虫が潜んでいる位は、あり得る。
後者なら、より深刻が過ぎる。成り立ちと構成員を考えると、あり得ないとしたい。

――気がかりとなる要件、事項の管理と精査はまたいずれ、行うべきか。
己に関する情報は深く知り得ていないか、眼中になかったか、という具合でも、有り得ないと惚けた事をぬかす場合を避けるために。

「今回のあれを思えば、向こうも俺に対して知り得ていることはあンまりないようでもあったが、だ。
 ……末端までの統御が行き届いているか、という点での懸念ばかりはどうにもなぁ。
 と、俺に一々伺いを立てろ、とまでは言わんが、よくよく身に沁みたならばまぁ、いい」
 
遊びではない――とは確かに思うが、この夢の求め方は、どうだろうか。我が儘な子供じみている点ばかりは否定し難い。
茶碗を呷り、苦く渋い茶を飲み干す有様に苦笑しつつ、白湯でも呑むか?とも問うてみようか。

「あー、……まぁ、その、うむ。有難うよ。少しは気が紛れた。

 ちと違う。準備は篝、お前さんだ。お前さんにおける準備だ。
 ……色々と見透かされていたろう?真実かどうかは兎も角、色々気になる言葉も、な。
 
 とは言え、だ。今回のあれは何だ、内紛、内争とか云うのか?ちと違うかもしれんが。
 暗殺者ギルドとは、淡々と事を済ませ、何も考えずに眠りについて、次に備える、みたいなものと思ってたか?」
 無理に理解しようとすると馬鹿らしいが、寄りあいじみているものであるなら、多少は解せようなァ」
 
冗談で片すつもりが、冗談ではなくなった。向き合う弟子が片手を伸ばし、ぽんぽんと撫でてくる。
薄らと無精髭が生えた顎が、かくんと落ちる様子をつい自覚する。
二度、三度と瞬きしては頬を掻き、頷くように頭を下げ、気を取り直すように咳払いしよう。
程よく温くなった白湯を舐めている二匹が、はやすように尻尾を立て、振る有様に大仰に肩を竦め、言葉を足す。

――“準備”に関してだ。心構えもそうだが、見聞きした、体感した諸々に対する反省と改善である。

私怨であろう、と思われる今回の標的と云い、同席した者と云い、引っ掛かる、気に掛かるものが見えた。
弟子と彼らの実力差であり、それだけにとどまらない何かを備えているかもしれない。
仮に刃が弟子に伸びる場合にも備え、反省と改善は、どれだけやっても困ることではない。
ギルドに寄らず、どうしても暗殺者でありたい、と思う場合にしても無駄にはなるまい。そうでない道に生きるにしても、だ。
失望混じりの感想を零す様に、茶碗を下ろしつつ己も息を零す。良くも悪くも生々しい実情とは、嗤い難い。

> 「でも、先生の名をぼかしていましたが言い当ててもいました。……私は鎌を掛けられた、と言うことですか?
 んー……。その疑念を晴らすのは難しい。暗殺者ギルドについては、あの場では深く追求するべきでは無いと思いましたので……」

あの時、あちらがよく知らぬままに適当に鎌を掛けていたならば、娘は明らかに図星を突かれた態度を見せてしまっていた。
娘自身その自覚があるので、今更になって、やってしまった……!と焦り、尾を緊張で強張らせてしまう。
腹の探り合いや交渉は、やはり自分には荷が重たかったのだと肩を落として俯くも、いつまでも引きずってはいけないと直ぐに顔を上げる。

茶の渋さがまだ濃く舌に残る。それを察して白湯を勧められれば、コクンと深く頷き空になった器を茶釜に寄せて。
淹れてもらってももらっても毛玉たちと同じく、冷めるまでしばらく置いておくことになるだろう。
その間も話は続く。

「……? 違いましたか。………………ここは、狭いので。戯れには不向きです。自重してください。
 私の、準備……ですか? 何故ですか? ん、と……見透かされては、いました。
 認識を阻害する術も、分身も、最初からばれていました。
 何か特殊な絡繰りがあるなら納得は出来ますが、長年の勘や経験だと言われては……少し、困る。
 私の術の精度は、それほどまでに未熟で劣っているのでしょうか?
 ……先生が、気になる言葉?」

無精髭を生やした大の男相手に、ぽんぽんっと、軽くあやすように頭を撫でて、相手の反応を覗き込み確認する。
口を開いたまま呆けているようなら、確かに気を紛れさせることは出来ただろう。
よし、と頷き手を引いて。ふと、何か期待に反したかと首を傾げて考えて見る。一つ可能性を頭に浮かべると、忽ち緋色は半分閉じかけたジト目に変わる。
お前の方の準備だ、と言われるとキョトンと目を丸め、首を傾ぎながらぼんやりと天井を見上げる。
視線は天井の角を行ったり来たりと繰り返し、最後はポツリ、ポツリと声は尻すぼみになって行った。
ろくに役に立てず、面倒ばかりを招いている現状。師の目に止まった暗殺術(忍びの術)も未熟となれば、ますます役立たずと言うことになる。
俯けば、耳はぺたりと伏せ、丸まったがくるりと身体に回って巻き付く。

「うー……。はい。
 ……私は、暗殺者とは虫とよく似た生き物であると、そう思っていました。
 感情で動くことは無く、他人が下した命に従い他者を殺すことを生業とする者。
 それらが集まり共存するならば、必然、その巣となるギルド自体もそうあるものだと……考えていたのです。
 だから、そのギルドが偶然あの男を標的にしたならそれで良かったのです。
 でも、実際はつまらない私怨で命令を出した。……失望しました。落胆しました。
 それなら貴族の子飼いをしているのと大差がない。断る権利が有るか否かの差も、どこまで本当か怪しいとさえ思えてしまいました。

 ……この国で何かを期待するよりも……他国の要人暗殺に向かう方が、良いのかもしれません……。
 それで上手く行けば、先生のように名を売って名誉を得ることが出来るかも……」

話に聞いた暗殺者ギルドが期待に沿わぬと感じれば、また聞きかじった別の道に夢を抱く。
夢を見るあまりにおぼつかない足元で歩むこと以上に愚かなことはあるまい。こればかりは師も呆れて頭を抱えるか、匙を投げるか。
娘自身も、夢物語のような心持で口にした展望である。実現しようと本気で思っているわけでは無い。
……本気では無いが、少しでも後押しをしてもらえば本気にして実現させようとするだろう。

影時 > 「……その可能性は否定できねぇのが、今回の御仁のらしさ、といった具合か。
 その点ひっくるめての教訓、だ。どの位、どの程度まで俺を知っているかは気に掛かる処だが、今更だよなあ……っと」
 
この辺りの鎌の掛け合い等は、慣れていないと難しい。実際に遭わなければ、分からないこともある。
ありありと見える態度に小さく頷き、苦笑を滲ませよう。
知らなくても良いことも、知り過ぎるべきではないことも混じる場だ。過ぎたことばかりは如何ともし難い。
兎にも角にも気を取り直すさまを見遣れば、寄せられる器を確かめて、白湯を注いでおいてやろう。

「……――いや、何ンにも間違いはないな。ここで、しけ込む程見境無いと思ってたら心外だが。
 だよなあ、やはり見透かされてるか。
 単純に精度が劣ってるとは思えン。手前味噌だが、下手な術を教えたつもりはないぞ。
 向こうが篝について知ってる情報が、どの時点からどれほどある、という処から考えるにしても、何かある、と考えるのが妥当だな。
  
 俺と同じ、という可能性もあるが、真っ先に思いつくは、あの眼鏡か? 目に仕込みをする手合いも心当たりが無いわけじゃァないが。
 透視に、死霊術師だったか。
 二つ名とするには随分具体的だから引っ掛かったが、文字通りなら準備は要るだろうよ。相対せざるを得なくなった場合の備えが」
 
違わない。何も違わない。息を吸い、吐いて気息を巡らせながら、思案する姿を暗赤色の双眸で見据える。
情報は武器である。一方でその鮮度と取り揃え次第で、対応対策の取り方をよく吟味せざるを得ない。
気にかかった点は別途ありはするが、件の人物ではなくもう一人の同席者、黒髪眼鏡の女性の言葉、反応を考える。
認識阻害術も己が伝授した分身術も、どれもこれも大したものだ。その精度が落ちたとは到底思えない。
微かな違和感から逆算、看破する経験を持ち得ているとするならば、忍者との交戦経験の保持の可能性が生じる。
その際、同時に己と同じもの、忍者である可能性もある。留意事項、懸念事項として心に留める。

同時に何某かの物品、装備の働きによる、という見方も出来る。こちらの方が辻褄合わせ的に、腑に落ちそうだ。
眼鏡、ないし眼鏡のように見える魔法の道具は、遺跡からの発見物として挙がり、現在も作られている。
であるなら、見えぬものを見えるようにする、真実を見通す――ような効用、機能があってもおかしくない。

仮にそうなら、同時に看破、探知に対する阻害、抵抗をもたらす術、道具を揃えるだけのこと。
此れは“透視”に対する策へと効く。探査と探査に対する対策は、いつの世も需要が絶えないとはよく言ったものだ。

「成る程。……虫のよう、というよりは潔癖で無駄のない何か、絡繰りのように、か。
 そりゃ篝よ。それは組織としての理想図に過ぎんよ。
 人間もミレーもどうしたって感情の生き物だ。末端は兎も角、判断を下す上が粛々と事を為す流儀で無いなら、そうもなるか。
 
 止めとけ止めとけ。
 確かに俺も昔は多少は名を馳せたが、日の当たる処では通じんし、吹聴されれば面倒を呼び込む類のことでしかない。
 今回の件で、現実の、実情の一端は知ったなら、それを踏まえて身の振り方なんて、幾らでも考えられる。
 
 ……神との向き合い方を考え直す、見直すにもいい。神棚でも作ったら、一緒に手ぇ合わせるかね」
 
社会性のある虫、昆虫と云えば蜂や蟻が思い浮かぶが、それらに似た整然さ、潔癖さが理想だったのだろうか。
期待、理想にそぐわぬ現実の例を知れば、他所の暗殺者ギルドも結局は同様であると思うのも無理はない。
とはいえ、だからと言って極端に走りだすのは、良いことではない。本気ではないと分かっていても、制止はしよう。
その上で、何故暗殺者でなければならないのか。この問題に向き合い、思慮し直すのも良い頃合いかもしれない。
神様と云えば、と思えば、まだ作っていない、この館に置いていないものを思い出す。神を祭るためのもの。

> 「気にはなりますが……下手に藪を突くのは危険……」

今回の事で師も己もどっと疲れた。肉体的にも、精神的にも。
いけ好かない危険人物にまた会おう、などと思うはずもなく。当然のように御免こうむると首を横に振った。
器から上がる湯気を眺めながら、すすす、と引き寄せて、その温もりで暖を取る。

「違わない……なら、これからもそうします。
 ……見境が有るか無いか、私には判断が難しい……です。が、そのつもりがないことは理解しました。

 ん。バレてた……。彼女の前で、簡易的な認識阻害は行いましたが、はっきりと術を見せたことは無かった……と、思います。
 彼女が暗殺者ギルドの所属で、私に関する情報……特に、先生に会う前の戦法や得意を知っていたのかも……しれませんが。
 ……そう、ですか。それなら少し安心……。腕が鈍ったわけじゃない。
 眼鏡に細工? なるほど、それで判断していたと言うなら、初見で見破られたことも腑に落ちます。
 ……後は、あの店自体が彼女の所有物……だから、店自体に何か細工があると言う可能性もあるやもしれません。

 んー……。彼女が、何処まで守銭奴なのかにもよりますが、合理的に情報を引き出すなら金をはずむのが一番手っ取り早い気がします。
 力づくで聞き出すのも方法ですが、腕を磨いて挑んだとして……失うものと得られるものの釣り合いが取れる保証がありません。
 お前の力を見せてみろ、とでも言われぬ限りは……ですが」

術の未熟、腕の鈍りが原因ではないとわかればホッと胸をなでおろし、縮こまっていた尾も緊張が解けて緩み、乱れた毛並みを手櫛で軽く梳いて整えてやりつつ。
師が口にした可能性には合点が行くと頷いて返す。
彼女は優秀な錬金術師であると、確かにあの男も言っていた。なら、特殊な眼鏡を持っていてもおかしくはないと。
実際の所はわからないが、対策の取りようがあるなら一安心である。
彼女が知人の知人なら、良く知った仲らしいし、そこから探ると言う方法もあるか? と考えを巡らせ、視線はまたなにも浮かばぬ宙の虚無を見上げ、白い尻尾がパタリと畳を叩く。

「はい、認識としてはそれが近いです。私が父上から聞いた火守は、そのような群れでしたので。
 ……理想は、叶いませんか? ……そんなに、難しいこと……なのでしょうか?
 ん……。また、その話……。 ――……? 神棚ですか? 先生も、火神を祀って、祈るのですか?」

今まで何度も言い聞かせられ今日もまた繰り返し諭す師の声だったが、娘は耳を伏せることはしなかった。
ただ、目を伏せて力なく呟くだけで、まだ迷いの中にいることが伺える。
そこで不意に告げられた思いがけない提案にパチリと大きく瞬き、其方へ振り返って尋ねる。
興味津々な様子で、穏やかに揺れていた尾もピンと立つ。

聖職者が献身的に神へ捧げるのが祈りであるなら、娘が神へ捧げるのは魂である。
それこそ、猫が狩った獲物を飼い主のもとに運ぶが如く。
神棚が悪魔召喚の儀式でもおっ始められそうな有様になる可能性も浮かぶか。
並ぶのが魔物ならまだ良いが、タナールの戦場で働いてもみろ。神棚には“血生臭い柘榴の山(自主規制)”が――なんて悍ましいものにならぬことを祈るばかりだ。

影時 > 「良くも悪くも、な」

全く、疲れた。……この猫を弟子とするにあたりトラブルの幾つかは覚悟したが、ここまでは予測しえなかった。
嘆息していれば、喉の渇きをいやしたと見える毛玉達が膝上や肩上に乗ってくる。
うりうり、と背や腹を擽ったり、指をくねらせてじゃれつかせてみよう。そうしながら思うのは。

「へいへい。……ここは、見境なくやるための部屋じゃあないんでな。故に遣らねえよ。

 ふむ。認識阻害自体も一々やるぞーとか謂ってかける類のものじゃあるまいし、な。
 俺に会う前の戦法、装備を知っていた、と考えると頷けるところもある。
 武器かマント、鞄を置け、とかあの男言っていたろう? 武器以外は伯爵の所に居た頃にはなかったものでもあるからな。
 別の着眼点かもしれんが、向こうの抱えてる情報が現状と違うから、ともかかる……というのは、ちと考え過ぎか。
 
 ……一番考えやすいのは、目玉自体を取り換えてない限りはやはり眼鏡かね。店にも仕込みがあるなら、大仰だなァおい。
 
 金か、金、ねぇ。その際は嘘を吐いてた場合の備え、条件の縛りでも課さないとちと不安だな。
 情報はあるに越したことはないが、よくよく気をつけておけ。
 カイルス、とか云ったか?透視のとか呼ばれてた奴。死霊術師もそうだが、状況の変化によっては敵となる恐れもある」
 
あの術自体も改善点があるのは、否めない。とは言え、十分に実用に足る。
練り込み、練度を語りだすようなことがあれば……とてもやり辛いことにもなりそうだ。脳裏に浮かんだ予感にふと、唸る。
とりあえず看破の種の候補を絞り出した後は、対策か。ないよりも、あるに越したことはない。
看破の対策は冒険者の立場としても、需要皆無ではない。どちらかと云えば襲撃に備える貴族にこそ用途が見込める位でもある。
己のように透化して看破、探知をすり抜ける術は――まだ早い。何らかの護符、装身具辺りが一番手っ取り早いか。
そうしたことも思いつつ釘を刺そう。知人、と弟子が認識している者。それが敵にならないという保証がない。

「群れは群れでも、忍者の群れという印象の方が勝るな、俺からしてみれば。
 ……叶い方の問題だな。武勲を挙げて、華々しい英雄になりてェなら、不可能じゃあなかろう。
 だが、篝。お前が望む在り方に繋がるかと聞かれると、真逆になる可能性が大いにある。
 誰もからもてはやされ、祀り上げられるるのは、お前さんが好きな在り方かね? 俺は苦手だから、こンな風に生きている。
 
 幾らでも話せる内容だからなぁ。俺が知ってる名の神と、火守の者が宣う在り方がちぃといまいち結びつかなくてな。
 神仏の加護を希い、護符を拵える忍者は少なくなかったが、命や魂を捧げるのは、随分尖っているように思う。
 ――最初からそうだったのか、とか考えだすと、夜しか眠れねえ位だ。
 命や魂を捧げるは無くとも、普段世話になっている火に感謝し、居間に置いてる火を見守り下さいとか願うのを嫌う神じゃあきっとあるまい?」
 
言い負かすつもりはなくとも、諭すには良い機会ではある。迷いの霧の渦中に居て、極端に走るのが一番恐ろしく命取りだ。
磁針も効かないこういう時はじっと足を止め、色々と考え直す、思索するに限る。
火守の徒の在り方、信仰についてもまた然り。目的のために非道を厭わぬ忍者は心の拠り所に信仰を持つものも、少なくなかった。
実例は幾つも知る。その実例と弟子とその血族の在り方は、どうか。どう異なるのか。
伝書も無いなら、ないなりに向き合ってみるのも手だろう。少なくとも火には何かと欠かせない。世話になっている。
祀るための依り代がないのが片手落ちだが、らしく整えながら、御饌を捧げて拝してみるなら――何か見えるかもしれない。

そう思いつつ、碗を清めるついでに白湯を己も注ぎ、ちびちびと服しながら語らおう。
夜はまだ、長い。直ぐに方策等固まらずとも、指針を見定めるにはきっと足る。

> 男が小動物と戯れ遊ぶ姿をのんびりと眺めながら、丁度良い温度まで白湯が冷めたのを椀の器越しに確かめて、軽く息を吹きかけてから一口舐めて。
舌が無事ならチビチビと白湯を啜って、口の中に残っていた抹茶の苦味を薄めていく。

「ん、この部屋は……茶を嗜み、菓子を楽しむ部屋と覚えました。……今日の花の菓子も、とても美味……また食べたいです。

 わかりません。私の暗殺依頼を出したあの男曰く、本当に元主様は何も知らなかったようですので。
 情報は最低限のものしか元主様も渡さないと思います。あの方は、心から誰かを信頼することのない方ですので。
 たとえ友人であっても、手の内の全てを晒すことも、手駒についても明かすかどうか……。
 はぁ……。考え過ぎてもあの男の術中にはまるようで……至極、不愉快です。

 眼球自体に細工……義眼の可能性、は……無いとも言い切れませんが。
 道具を通して行われているなら眼鏡と義眼どちらもそう変わりません。対処は可能。
 ん? うん……。嘘は困ります。契約で縛るか、虚偽を見破る……。
 ――あ。蝋燭……。また後で書斎へお持ち致します。

 はい。知人ではありますが、暗殺者ギルドの人間であることは違いありません。
 警戒は怠らぬよう気を付けます」

芋と蜂蜜を練って作られた菓子を思い出し、口の中にジュワリと唾液が滲む。
振られる話題に相槌を返しつつ、真面目な話には真面目な返事を。忠告にはしかと頷き示し。
ふと、忘れかけていた土産の品を今頃思い出せば、おずおずと告げてぺこりと頭を下げる。
探知、監視の目を潜り抜ける技術は、姿を消す簡易的なものなら娘も持ってはいるが、探知の術には引っ掛かる程度の性能である。
それをより安定させ、隠密に特化した成長を促すなら暗殺者然とした娘の術のレパートリーも、また一つ忍びらしくなるかもしれない。
道具に頼って良いと言われれば微妙な反応をしそうではあるが、師が真面目に教え込むのであれば素直に学び、己が力とすべく鍛錬に励むことだろう。

「火守は暗殺者の群れです。
 ……英雄譚に興味はありません。敵の要人を暗殺したとして、それは公に褒められたものとも思いません。
 私は誉れや、金ではなく、暗殺の仕事が欲しいだけですので。

 ――……でも、もしも……それで多くの人間に褒められて。
 ミレーでも皆に認められるようになるなら……きっと、祀り上げられることも、意味があるのでしょう」

もう相手も聞き慣れただろう否定の常套句を反射的に返し、少しばかり想像して頭を働かせながら、師の言うもしもを考えて見る。
確かに、それは己が望む暗殺者の在り方では無いだろう。しかし、その働きで得られる物は、まったくの無価値という訳でもない。
そんな夢物語。あるはずが無いことはわかっている。ほんの少し夢を見ただけだ。
人肌に冷めた白湯を大きく一口飲みこんで、続く話に三角の耳を揺らして向ける。

「影時先生の知る神様……ですか。それは、先生の故郷のお話ですか? 少し、興味があります。
 私は……そのあたりの話は、直接父上から聞いたわけでは無いので、詳しくはないのですが……。
 んー……。うーん……。うん。

 先生が夜にぐっすりと眠れるようになって、とても喜ばしいです。
 信仰の形は、それぞれ……。火に感謝する、のは……賛成。とても良いことだと思います。
 先生、神棚を作るには何が必要? 教えてください。準備します」

神仏、神話はこれまで生きる上で必要としなかったので、知識自体が薄く、興味を示すのも初めてのこと。
この国の国教でさえ曖昧で、とことん偏り尖った火神への崇拝しか記憶にない。
その火神の話も断片的なもので、んー、と小さく唸りながら思い出そうとしたが薄ぼんやりとした絵を幾つか思い出せた程度。その記憶の元となった父の遺品である絵巻物は古巣の屋敷に置いてきてしまったわけで。
神話や、師が見聞きした実体験も交えて話してくれるなら、娘は楽し気に尾を揺らしながら、緋色の瞳を煌々と輝かせて聞き入るに違いない。
如何な未来へ歩むか、脚を止めて迷い揺れる未熟な心に宗教の教えはどのように響くか。どうか、良い結果に結びつくことを祈って――。

ご案内:「私邸」からさんが去りました。
ご案内:「私邸」から影時さんが去りました。
ご案内:「空き地でキャンプ」にタン・フィールさんが現れました。
タン・フィール > 王都平民地区の一般人もよく通る路地に隣接した空き地に、許可をとってちょこんと設置されているのは、
「花と薬と」の看板が掲げられた移動式薬屋の住居 兼 店舗のテント。

「よぉーし! やるぞぅ!!」

そこの少年店主が、店の前で夕食のために焚き火を組んで、野宿のキャンプを初めていて…
今日のメニューは本日はじめての実験料理。
肉と野菜を、店で余った数種類の薬効のあるスパイスと共に煮込んでみようという挑戦。

鍋にバターを入れて、安く仕入れた鶏肉と玉葱を入れてじっくり炒めていき、薬屋の商品でもあるスパイスを引っ張り出し、
コリアンダー・クミン・ターメリック・シナモン・クローブ・ナツメグ…その他多数。
具材が香ばしくなってきたら牛乳と砂糖・塩とワインを加え、じっくり弱火で煮込んでいく。

出来上がったのはごろごろ野菜とホロホロ鶏肉が映える、食欲そそる香ばしい褐色の汁物。
それをシェンヤン地方の古米を炊き上げたものにかけてみると、茶色と白のコントラストが美しい。
美しくはあるが……王都では貧民層から富裕層まで、あまり見慣れぬ褐色部分のビジュアルはややショッキング。

「ぅ―――おいしい、筈、なんだけど……もぐっ  ―――……っおいし!!!!
…おいしい!けど!……ちょっとよくばって、つくりすぎちゃった…かもっ」

初めて味わうその香ばしさと甘さ、塩味、酸味、辛味、ほろ苦さ…すべてが複雑に混じり合い、しかし食べやすい。
場所と時代とが違えば、大衆食としてメガヒットすることとなる料理を偶然生み出してしまった。
……が、考えなしにあれこれ具材をぶち込んでしまったためか、その量は一食で食べ切れるものではなく。

タン・フィール > 小柄さゆえか、あるいはそんなんだから小柄なのか、
普段は平均的な育ち盛りの子供よりも少食である幼子が、しかしこの日はこの得体のしれない香辛料の効いたスープに食欲を増進され、
ひたいに汗をかきつつもカラになった皿を手に、まだまだ具だくさんな汁で溢れる鍋を覗き込む

「よ…しっ……もーちょっと、たべちゃおっ」

と、あきらかに平時より食欲、というものを刺激された高揚した顔で、
汗ばんだ赤ら顔で追加のライスをよそい…そこでぴんとひらめく。

「あっ…… っふふ、あじへんー!」

鍋の中のルゥを少し取り分けて、日頃は薬を煮詰めるのに使う小さな壷型の容器にうつす。
それを煮立たせぬように加熱しつつ…誰が見ているわけでもないが、すこしいたずらっぽい表情で、
戸棚から適当な具材を集めてくる。

ひとつは、今日明日にでも食べきってしまわないと悪くなってしまうであろう、林檎。
もうひとつは、これもまた明日までに呑み切ろうとしつつ少し量に辟易していたミルク。
それらを鍋に投入してひと煮立ち。

そして仕上げに…理論的には永久に長期保存かつ、殺菌性に優れ、栄養満点、そしてなにより美味しい!
シェンヤン産の蜂蜜を取り出して大さじにすくい、堂々とルゥの中に投入。

りんご・ミルク・はちみつ……と、子供舌ながらにこの味わいのスープに合うのではないかと導き出した、甘口の味変。
周囲には、香ばしい褐色スープの不可思議なにおいに、さらに甘やかでフルーティなその香りも混じって、
空き地付近を歩き回る住人がすんすんと鼻を鳴らしては、
どこでなにを作っているのか、この良い匂いは何かと首を傾げていた。

タン・フィール > その匂いのもとをたどれば、もしかすると小さな店主がご相伴に預からせてくれるのかもしれない。
ほんのちょっと、いつもより押しが強く、商品の薬を並べながら。

ご案内:「空き地でキャンプ」からタン・フィールさんが去りました。