2026/01/24 のログ
エレイ > やがてカーテンが開き、客が現れれば男は笑顔で迎え入れ──
ご案内:「九頭竜の水浴び場 マッサージ室」からエレイさんが去りました。
ご案内:「私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「私邸」にさんが現れました。
影時 > ――事は済んだのか。済んでないのか。
――口の中に残る違和感は、終わってまた始まったかのよう。

故に注視し続けなければなるまい。此方から仕出かすつもりはない。ないが、一定の警戒は続けざるをえまい。
平穏を乱されたらやると云うのだから、やらせぬようにするというのは、守るために当然のことであろう。
平穏の定義はそれぞれによる。知らずしてやらかしたとて、哂って許す程生易しくもあるまい。
それだけのことをやる、と宣うのだから、“らしき”手合いの痕跡を見出せば業前を見遣るのも必要だろう。

……とはいえ、とはいえ、だ。難事を終えて戻ってきたものを労わないわけにもいかない。

平民地区に近い富裕地区の一角に建てられた館。その部屋のひとつに、ぼう、と明かりがともる。
煉瓦壁の館の中に部屋は幾つもあるけれども、其処は異色であった。
紙と木と土で出来ている、とも呼ばれる遥か東方の様式を模した狭い部屋だ。
床もまた板でも絨毯でもない。わざわざ東方より仕入れ、取り寄せた畳敷きの佇まい。
壁もまた質素に無垢の木柱と土壁、外は硝子とは言え明かり取りの連子窓、入口もまた剣を佩いて入れぬ程に狭い。
元々は使用人用の部屋を大幅に作り替えた其処は、ドアを開いて直ぐの靴脱ぎ場で履き物を脱いでから上がるという徹底ぶり。

ある意味でもない程に趣味的。だが一方で、この館では一番静謐な場所。

「……色々と苦労だったな、篝」

その奥に正座する着物姿の男が、対面に座そう姿にそう声をかける。
部屋には燭台のような明かりが置かれ、灯るマジックアイテム特有の明瞭な光が日中のように見せる中、かき混ぜる音が響く。
畳の一部を切り欠いて設えられた炉に乗せられた釜で煮たてた湯を、抹茶を入れた碗に注ぎ、攪拌する音だ。
その作業を行いつつ、互いの間に置かれたものを見る。長方形の皿に乗った黄色い花状の菓子。
甘味のある芋をふかし潰してよく練り、味を調整しつつ成型したもの。添えた楊枝を使って切って食べると、きっと美味い。
何せ、別に砂糖も何も加えていない練り芋を丸めたものを、暖が取れる炉の傍にちょこんと座した二匹の毛玉が、小皿から取って食べる位だ。

点て終えれば、あとはすすっと――と。黒々とした茶碗を差し出そう。

作法等は無用。酒も呑みたい気分でもない。弟子をまずは労いつつ、静かに今回の件を噛み締め、心落ち着けて吟味したいだけだ。

> 他に比べて狭い部屋なれど、座して二人向き合う程度なら十分と言える茶室の中。
魔導の明かりが照らされる対面を見つめ、男の手元でシャカシャカと泡立たされる緑の液体を眺めていた。
夏の頃に異国風の喫茶店で飲んだものと同じだろうか。よく似た匂いが香り立ち部屋に満ちて、スンと鼻を鳴らして瞼を閉じるとあの渋みを思い出す。
あの苦味はそれ単品では然程好みでは無いが、甘い菓子が添えられると途端に美味に変わる。不思議なものだ。
今日もまた見たことの無い菓子が皿の上に乗っている。花を象った、黄色い菓子だ。きっとあれも甘くて茶に合う美味しい菓子なのだろう……。
傍らでのんびり寛ぐ小動物等とは対照的に、男と娘は正座を崩さず厳かな雰囲気が漂っているが、この通り、娘の方は待っている内に食の方へ思考が偏り始めていた。

暫くして、聞こえ続けていた音が止まり、黒い器が目の前へ置かれる。
シェンヤンの文化ともまた違うらしい器の様相から、少し迷って師を伺い見てみるが、特段礼儀作法を試すためではない様子。
それならばと、小さく首肯して。

「いえ、大したことでは御座いません。影時先生が裏で構えていらっしゃると思えば、落ち着いて望めましたので――……頂きます。」

先日のことはもう済んだこと。さして気にした風でもなく、淡々と返しつつ器を両手で持ち上げて、口を付ける。
一口含み、特有の上品な香りが広がるが、同時に苦味も広がって、思わず隠しきれない衝動が尾を痺れさせ、三角の耳を震わせる。
ゴクリ。飲み込み、そーっと器を戻し。

「……っ、ぅー……。先生は、あれから体調はいかがですか? 少しはお休みになられましたか?」

口元に手を添え苦味が薄れるのを待ちながら、菓子の方へも手を伸ばしつつ。
数日前の師の窶れようを思い出しながら、今の顔とを見比べる。

影時 > ここは荒事や情事に使う部屋ではない。敢えて云うならば聖域であり、瞑想に適した場だ。
造り云々を考えれば立て篭もるにも適したと云えなくもない。
が、風の噂に聞く剣豪として名の通った為政者の死に様、殺し方を鑑みると余り良い手立てとも思い難い。
攻めるにも守るにも難く、転じて戦いを禁じて向かい合う場という見方も出来る。
豪奢なもてなしとは真逆だが、供せるものはいつぞやの夏頃のそれと、きっと遜色はあるまい。
出す茶の味、苦味は兎も角として、精神修養がてら合間に拵えた茶菓子はまあまぁいい出来だ、と。手前味噌にそう思う。

「……然様か。とは言え、あの手合いなら、出張ってやった方が良かったと思わなくもない、と。
 おう、どうぞ召し上がれ。嗚呼、足崩していいからな。俺も崩す」
 
男と女のものの感じ方、受け止め方は諸説あるが違いがある、とも云う。割り切った風情に見えるのは表面上は、か否か。
それを見通すように片目を眇めつつ、茶を服する姿を見遣っては己の分の茶を点てよう。
慣れた仕草と手つきでもう一つの茶碗に抹茶を入れ、湯を入れて攪拌し。それを終えれば足を崩そう。
今回出した茶菓子は、素の芋の段階で甘いが蜂蜜を少し利かせたことで、より甘く、美味しく感じられることだろう。

「さて、なァ。何せ向こうのアレらが云うには、脳機能が衰えて、被害妄想に陥りがちなジジィだそうだからよぅ」

さて。そうして聞こえる言葉には、くつくつ、くつと。心底より可笑しげに低く喉を鳴らし、嗤う顔が見える。
少なくとも皮肉を十全に返す位には、余裕があるとは見えよう。あれやこれやと出していた“影”を戻しておけば、こんなものだ。
元には戻る。意識下の圧迫は減る。その上で面白からざるハナシを思い出せば、嫌でもこうなる。

> 先日のアレやコレやを思い出す。
取引などと言う慣れぬ役割に緊張し、上手く働けるか内心は戦々恐々としていたが、思いのほかあちらは簡単に話し合いに応じてくれた。
そも、誤解と行き違いから生じたことで、あちらは敵意も何も向けていない。むしろ己らは端から興味のない相手だったのだろうとすら思える態度でもあった。
結果的に疑問は解消され丸く収まりはしたが、嫌な奴に目を付けられてしまったと言う、良いのか悪いのかわからない結末となった。
互いに不干渉を貫くことでこれ以上面倒に巻き込まれず済むならば、それが一番良いだろう。
暗殺者に返り咲くと言う願いからまた一歩遠ざかる形となるが仕方ない。
己の我儘に周囲を巻き込み、安眠を妨げることは娘も望まぬことだ。

長方形の皿にちょこんと乗せられた愛らしい黄色い花を一つ摘み、抹茶の苦味で苦しむ口を癒す。
まったりとした舌触り、噛めば解れて素朴で優しい甘みが口の中に染み渡る。芋の甘みとはまた違う味と香りをほのかに覚えるが、それが何かまでは見当がつかず、ただ美味しいことだけはよくわかった。
口元は僅かに緩む程度だが、痺れていた尾は途端に落ち着き、ゆるりと揺れて機嫌を直した。

「いいえ、此方の事がどこまであちらに知られているかは不明でしたので、既に接触があった私が出向く方が適任です。
 ……それに、先生は時々血の気が多すぎるきらいがありますので、いざ面と向かえば一触即発ともなりかねないと……そう、危惧しておりました。

 はい、ありがとうございます……」

真顔で歯に衣を着せず正直に思ったことを口にすれば、これで良かったのだと深く頷き、勧めに応じて足を崩す。
横座りの形で落ち着き、菓子をもう一口齧って頬張り、また茶の入った器を手に取り口を付け。
甘味と苦味の程よいバランスを楽しみながら、パタパタと尾を揺らす。

「……先生、そこも聞いていらっしゃったんですね。……怒っていますか?
 相手を診ず、一般を元に語られた言葉です。的外れと嗤い飛ばし、気にしない方が良い……です。
 恨みも怒りも継続して抱くべきものではない……と、私は考えますが。

 影時先生が彼女を()れと火守()を使ってくださるなら、今すぐ支度に取り掛かります。どうぞ、ご命令ください」

美味に浸って閉じていた目をパチリと開き、低く震える喉の音を聞く。
けして愉快とは言えない貌をするのを暫し見つめた後、最初は宥めようとして言葉を掛けていたが、最終的にはそれも止む無しと受け止め尋ね返す。

影時 > 行かせぬべきであったと思う気持ちと、真の当事者は己ではないだろう、という気持ちがある。
虎穴に入らずんば虎子を得ず――とは言え、さて、得られたものはあるか。
此方から仕掛けるつもりはない。“意味”がない。だから無防備に脇腹を晒していい、とはならない。
目を付けられた、と感じるのは弟子との共通認識で相違あるまい。
一度起こることは二度ある。二度あったことは三度ある。であるならば、この経験を然りと教訓とせねばならない。
不測の事態で仕掛けるようなことが起こり、その報復があらぬ方向に飛び火した場合、相互に責任を持ちうるか。

「……ん? へいへい。冷めるまで大人しく待ってろよ。な?」

思案していれば、ちょいちょいと胡坐の足を叩くような感触を感じる。
目をやれば、口の端に芋の粒やら欠片やらを付けたシマリスが、催促げに尻尾を振ってくる。
相方のモモンガと一緒に座す場所には、漆塗りの盆がある。そこに彼らが頬張るものと、もう一つ。深めの皿がある。
茶を呑めない彼らには、白湯を冷ました湯冷ましを供するつもりであった。
おっと忘れてた、と柄杓で掬った湯を注ぎ、横目に食する姿を見遣る。

抹茶だけ飲め、というのは慣れぬものには酷なもの。少なくともで帰ってきてくれたのだ。労って然るべきであり。

「……どうだろうな。
 最初に手紙の件のことを聞いた際には、俺を通して話をせよとか云ったつもりでもあったが、今となっちゃァ、か。
 篝よ、俺とて、好き好んで刃傷沙汰にするつもりはないぞ? 
 抜かずに事が恙無く済むなら万事上々。抜くならば、それ即ち必殺でなければならん。」

正直なのは大変結構。だが、保護者として、師としては、行かざるを得ない場面、場合もあるというもの。
止むを得ず式紙を通じ、見に徹さざるを得ないようにしたのは、正しかったかどうか。
今回は結果的に――か。探りの点だけで云えば、真贋合い混じるにしても得られた情報は決して安くない。
供する茶菓子は、己の分にはない。甘味なく、足を崩したラフな仕草、姿勢で茶碗に口を付ける。

「いいや? ……何分小娘の言い草だからなァ。怒りを通し越して、変な笑い声が出そうになったぞ。
 確かに激情は身を焦がし、続けて燃やし続けていれば心身をも焼き付かせようさ。
 
 一先ず、今回の件は忘れん。
 いやァ、前の宿暮らしで見かけて多少は気になった店だったんだが、真逆虎穴であったとはびっくりだ。
 
 ……止めとけ止めとけ。少なくとも、篝に教えた術は見透かされてることだろうよ。今のままなら虎穴に喰われるぞ」

無論、と頷く。式紙が弟子が秘している間は当然見えないが、耳と鼻はモデルにした子分同様に利く。
故に聞いた。式紙にして使い魔たる毛玉を通じて、然りと見た。故に忘れはすまい。
良きも悪しきも全て踏まえ、溜息交じりに止めとけ、と空いた手をひらひらさせて弟子を制する。
今は、己が腹に呑んでおけば済む話だ。それに必死にして絶死となりうる可能性も高いと踏めば猶更に。

> 二匹が強請って、師が湯を注いで。立ち昇る湯気がまだまだ白湯が熱いことを物語る。
彼らはとても利口なので、きっと火傷をするようなへまはしないだろうが、その愛嬌溢れる仕草はついつい視線をむけてしまう。
茶を啜りながら、口の中で溶けて消えゆく甘味に名残惜しさを感じて一つ溜息が零れる。

「はい。確かに、それに近しいことは仰っていたかと。……その結果が、ここまで影時先生の負担になるとは……考えていませんでした。申し訳ありません。
 ……そう、ですか? ……そうですか。先生は、血の気は多いが穏健派。覚えておきます。
 無論、自衛のため以外で刃を抜くなら、必ず仕留める心算です。戯れで無いことは理解しています」

首肯を返し、今まで何度か師から下された言いつけを思い返す。
盗賊ギルドに登録し事後報告をした時や、今回の手紙の件。その他、上げ始めると片手で収まらなくなってくる。
これは師が過保護、心配性であることもそうだが、娘が良かれと思いしたことや、考えなしに夢を追いかけたせいで起きていることでもあり。
師の心労の原因が明らかに己であると自覚すれば、また耳が下がりしゅんと伏せてしまう。

本当に師が穏健か、平和主義者か、善人かと聞かれると正直答えに迷う。
教え子や雇い主、知人には優しいが、時々見せる悪い笑みの裏で何か悪戯や狡いこと、悪どいことを企んでいる気配がするのだ。
先ほどの笑みもそう。怒っていないと口では言っているが、どこまで本当かわからない。
己は語りたくない心の内まで探れる立場でないので、詮索はしないが。

「……然様でございますか。であれば、良かったです。
 落ち込んでいるようなら慰めるべきかとも考えましたが、此方も不要ですね。承知いたしました。

 はい。命令が無ければ私は手出ししません。
 ……今後、あの店に近寄ることも、避けるべきでしょうか?
 ただの勘ですが、あの察知能力の高さ、同業者……おそらく、暗殺者ギルドに関係する者では無いかと思いましたが。
 これ以上探りを入れずに距離を置けと先生がおっしゃるのであれば、私はそれに従います」

不干渉の約定を躱したのは、あの男のみ。偶然あの場にいた彼女については、特に何も取り決めは無かった。
師が暗殺者ギルドに対しまだ警戒しているか、そのあたりも確かめるように問う。
止めるならば探りは入れない。だが、それは逆を言えば、止めなければいずれは探りを入れて、より深く知ろうとするだろうと言うこと。
相手を知れと命じた師の言葉は、娘の中にまだ残っていると見える。