2025/12/13 のログ
ご案内:「富裕地区/私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「富裕地区/私邸」にさんが現れました。
影時 > 良い刀は何本あっても良い。短刀の類もまた然り。具合が良い品であれば拵えを考える楽しみもある。
弟子のその点の理解は、大変間違いない。姉弟子への理解もまた然り。
幼女めいた姿にこそ惑わされるが、竜の眷属であることに何ら偽りなく。

「……無理な相談だなぁ。普段はこうして戯れる位が丁度良いってのに。
 あぁ、なお。戯言の中に重要事が混じることもある。あるぞ。俺に限らずよぉく吟味するように、な?
 
 そりゃお前。篝、お前の親父殿だよ。……――死人に歳を問うってのも、トンチキな話であるが。
 この国の有様もそうだが、火守の血、習いでもあるか。
 まぁ、それでもだ。損ないに損なった果てに、健勝たることの有難み、その願いの重さを知る、なんて莫迦みてぇだろう?」
 
顔の変化が出ぬなら、獣相を伺えば良い。とは言え下手に隠されると其れは其れで悩ましいものでもある。
普段は程々に馬鹿を遣る位が丁度良い。心の余裕が程々にある証だ。冗句も出ない修羅場は頻繁に会うものではない。
会う、と云えば、彼岸の焔の彼方におわす弟子の娘の父のことを思う。
見た限りで云うなら、外面は己の外面位の歳に見えた。……若しかしなくとも、己が年上で間違いなさそうだ。
死霊とはいえ、まみえた時の実父殿の言葉を思い返す。――思うがまま、悔いなく、生きてくれるなら、とは云う。云うが。

その弟子が志望する行先は、どうだろうか。……果たして、成ったとして悔やまずに終われるものであろうか。
――この有様では、恐らく。悔やむ以前に、良き、と云える終わり方は出来まい。
知り得る範囲、経験した範囲で想定される在り方は、嗚呼。己が忍びとしての現役の空気に立ち帰らせる。

「……さて、どう話したもの、考えたものだろうな。
 詫び、と云うなら。例えば首謀者の首、指、せめて金銭かそれと同等のもの、とも思うが。
 もっと、それ以前に篝よ。お前は暗殺者ギルドが命じるまま、いいように使われよう生き方を以って良しと思うのか?
 
 是か、否かで答えよ。
 
 ――是であるなら、俺は今のお前の進む先を認める訳にはいかぬ」
 
詫びで寄越すなら、この国で通る価値を思えば、首ないし詰められた指は……まあ流行らないだろう。
故に金品辺りが一番穏当な部類か。或いは何らかの約束を記し、魔術的な遵守の拘束(ギアス)を篭めて記名した書状か。
さて、今回は「暗殺者ギルドの“挑戦権”なる手紙」と弟子が云う。
思っている、という点だけを踏まえるなら確定させるのは早計かもしれないが、それを寄越せるのはどういうことか。

情報漏洩と暗殺者未満が起こした襲撃の詫びに出来る人間が寄越したなら、その二つの事象を関知、関与が出来て。
尚且つ、統率ないし属している組織に伝手のある者である――という証左に他ならないのではないか。

「……燃やすのではなく、刺すはどうだ? 
 言葉通りなら、呪的、術的仕込みがあり、尚且つそれを強いるだけの力ある術者が居るように聞こえるが。
 
 金剛刃で刺して封じられぬかな、此れ……」
 
思案しつつ立ち上がり、向かう先は書棚。確か、在った……と思いつつ、引っ張り出すものがある。
黒板。学院の教室にあるような広いものではない。筆記の練習やメモ書きにでも使う位のお手頃サイズ。
白墨が紐で括り付けられた其れを机に置き、ぶつぶつと零しながら机の引き出しも開く。取り出すものをごとりと置く。
黒染の革巻き鞘の拵の其れは、見覚えがあるかもしれない。普段で偶に腰に帯びる白銀色の刃金の短刀。
手紙について虚言、誇張であるなら、いい。そうでないなら厄介だ。この館を囲う結界を貫ける可能性が浮上してくる。

「……さて、前後したな。改めて答えようか。
 俺達が見聞きした、体験したことをよぉく踏まえて、考えてみよ。大雑把に云うなら、あー。こほん。
 
 統率が取れなかった馬鹿たちが、我慢できずに襲いにきちゃった☆ ごーめんねー♡
 そのお詫びに、仲間に入れてあげなくもないよー☆ 此れから指定する誰々さんをあんさつ★してねーよろしくーぅ♡
 
 ……って、ことだろう? 至極ざっくりとした言い方になったが、この言い方で俺の認識に誤りがあるかね」
 
机の端に腰を預け、喉元を指先で挟む仕草に弟子は見覚えがあるだろう。二度、三度と弄り、咳払いして声を変える。
吐き出す言葉は虫唾が奔る位に甘ったるい、砂糖に黒蜜、蜂蜜もかけてキャピ☆らせた女の声音。
面と向かっての謝罪を受ける際、こう云われたら怒り心頭になること疑いなしの句を吐き、深く溜息を零す。
がたんがたん揺れたのは恐らく毛玉たちの巣箱だろう。しかし。ああ、全く。こうも茶化さなければ、諸々遣っていられない。

「一先ず、お前の希望は分かった。未だ変わらん、変えるに至ってないのは俺の力不足でもあろう。

 しかし、錯誤してそうな点をまず述べるなら、何故誘いを待ち受ける? 売り込みに行くことも考えないのか?
 俺がこの地に至るより前、大名に己を売り込みに行き、遣り過ぎた故に殺された凄腕の忍びの話を風の噂に聞いたがね。
 
 そしてもう一つ。……いや、此れは後に云えるなら云うか。ただで長い話が長くなる。
 手紙に書かれていよう標的の名に見当がついていると、お前さんは云ったな。言ってみろ」
 
強い望み、というよりは。他に在り方を知らぬ、という方が大いに勝ろう。
最新の弟子の境遇は、トゥルネソル家の子女らと大いに事情が異なる。今までの主に課された務め、在り方が尚も尾を引く。
ミレー族が生きるには厄介な国の中だが、少なくとも暗殺者以外の生き方も出来ように。
とはいえ、とはいえ、だ。強い望みに紛れ隠れる甘さ、温さは、糺すべきであろう。
他者を暗殺する――誰かにとっての望ましからざるものを排除する暴力である癖に、口を開けて餌を待つ雛のように待つつもりか。
与えられた餌が毒ならば、その時点でまず死。もう一つ挙げられる点もあるが、一先ず後回しにしよう。
引っ張り出した黒板を太腿の上に乗せ、ちらと件の手紙の方を見やりながら、娘の答え、言葉を待つ。

> 少し真面目になって接すれば出来るかもしれないが、師が無理と言うならば、それは無理なことなのだろう。
此方とて、男の性格を知っていて冗談抜きの遊びの無い関係をと願うつもりも無い。
ただ、真面目に受け止めてばかりではいけないのだ。戯言を受け流しあしらう方法を模索して、吟味しろと言い聞かせる声には不貞腐れ無視を決め込み、終いにはパタリと耳を伏せて応えるのだった。

「……莫迦……には、なりたくはない……です。
 ――けれど、父上は私が自由に生きたならそれで良いとも言いました。
 ので、健やかに生き成長することは望みますが、ただ長く生きるだけの人生を私は望みません。
 命の使い時に臆するつもりもありません」

男の声に暫し思案し、俯いたまま迷い薄く口を開いた。
未だ怯えの残る尾の膨らみを手で押さえつけながら、ゆっくりと息を吸い、言葉を淡々と積み重ね告げる。
徐々に逆立った心を平坦に均して行けば、すっかりと心を内に隠した無表情へと変わった。
数か月、師の下で人間らしくあれと教えを受けても、数年掛けて躾けられた暗殺者()としての顔の方がが未だ色濃く出てしまうのは仕方がないとも言えるが、教え導く者にとっては簡単に仕方ないと割り切るわけにもいかないのだろう。

悩みながら師が口にした言葉に、伏せていた耳がひょこっと起きて、投げかけられた問に一拍の沈黙を挟む。

「……殺しに善いも悪いもない。暗殺者は刀と同じ、命を受けて初めて刃を振るうのみ。
 そこに己が意思は必要無く、ただ殺すための刃たれと私は教えられました。
 私も、それが暗殺者の正しい在り方であると考えます。

 今、私に主が居ない以上、必要なのは命令――……依頼を与える者です。
 どのように使われるかはわかりませんが、やることは同じ、刃として、暗殺者として在れるなら、私の望みは叶います」

良いように使われることは承知の上。それが正しいとさえ口にして、煌々と燃える緋色が暗赤を見上げる。
それを否と止められても娘の瞳は陰ることは無く、最初から頷いてもらえない事を理解しているようだった。
立ち上がり書棚へと進む姿を目で追いながら、床に片膝をついたまま首だけを巡らせて。

「手紙を破損させることは、破棄したと見なされるそうです。
 封蝋も溶かして剥がさねばならない、と……。開き、中を確認する分には問題は無いそうですが……」

文を運んできた知人から教わった注意事項を思い出しながら、机の上に取り出された白銀の刃を見て渋り言葉を濁す。
もし万が一、何かの手違いで手紙に施された術が跳ね返り、師に何かあっては悔やんでも悔やみきれない。

「う……? ん、と……いえ、認識は同じ。それに何か、問題がありますか……?」

声色をがらりと変えて、女学生か街娘のような口調で語る姿に呆気に取られ、何度か見たことのある光景ながら娘はポカンと口を開けてしまっていた。
がたごとと揺れる小さな物音ではっと我に返り、一度深く頷いて首を傾げた。
威圧感を与えず茶化してくれる師のお陰で、怯むことも言葉に詰まることも無く、続く問いかけには。

「影時先生――――……、いえ。
 待つ以外、己で売り込む……ですか。考えたことがありませんでした。
 ん……でも、強制的な命令を受けずに済む暗殺者ギルドとなると……聞いた限り、知人の知る場所以外はなさそう。
 そこは簡単に出入りも出来なさそうで、詳しい場所もわかりません……。
 ギルドに拘らずに仕事を続けることも出来るとは思います。……でも、堂々と宣伝するのは貧民地区でも良くないですよね? 捕まるリスクが高い。
 貴族に取り入るのは……私は嫌です。貴族は、嫌いです……」

言葉の先に続くはずだった言葉を飲み込んで、名を呼ぶだけにとどめる。
この長い押し問答も、師が一言、『暗殺者を辞めろ』と命じれば簡単に解決する。己がどう感じていようと、所有者の命令には逆らえない。それが今の自分の立場であると認識していた。
それに気付かぬ師では無いだろう。何故に命じないのか疑問はあるが、今は問うのではなく答える時だ。
また悩みながら素直を通り越して愚直な返事をし、その上我儘に選り好みまでしてジト目で机の上に置いた手紙を見据える。
そして、

「――……ヴァン。中には、その名と報酬金額が書かれているはずです」

あの聖騎士が冒険者ギルドで名乗った名が偽名でなければ、おそらくは。
そう告げて師の様子を伺う。

影時 > 真面目になる時は、繰り返しになるが修羅場に望む時位でいい。そんな緊張と弛緩の加減、塩梅を弟子が体得するにはまだ早いか。
この辺りは弟子に今すぐそうしろ、そうなれ、というつもりは無い。頑なである一方で無垢とも言える。
そのうちいずれ慣れる。気長に振る舞い、臨めるのは気づかないうちに長命者にも近い境地、心持ちを得ているのかもしれない。
ただ、目にする仕草は全く、と。大仰に肩を上下させながら深く深く、苦笑を刻み込もう。

「そうだな。愚かしさを悔やむ莫迦にはなりたかァないよな。
 とはいえ――変に固執が過ぎる、頑な過ぎるのも、善くない。そういう意味ではバカになれ、とも言える。
 
 篝、そーゆー台詞はな。結構な手合いが鼻で笑うぞ。だいたい、思うように生きるにも苦労すると言うのに。
 手前勝手なのは大変結構だが、火薬が燃えるように散らすつもりでお前を弟子にしたつもりは無ぇぞ」
 
ほどほどに。中庸に。いい塩梅に。……なんて分かるなら苦労はしない。自分とてそうなのかは判断が難しい。
心を無表情(カオ)の下に隠す様子を眺め遣りつつ、相変わらずな言の葉に落ち着いた素振りで滔々と説く。
これしかないから、行先はこれしかない、という固執か。
生き方がわからないから、今の在り方を頑なに守ろうとするこだわりか。この様子ならば、どちらでもあろう。
短く華々しく燃やすか。熾火の如く静かに長く燃えるか。親代わりと名乗るは傲岸不遜だろうが、後者であればと思わずにはいられないのが人情か。

「なるほど。俺の認識として、忍びもまたその点については相通じる。
 ……ただの忍びであり、暗殺者のままであったならば、良いだろう。ただの、であったならば、な。
 しっかし、どうにもなァ。どうにもよう。履き違いしてるような気が拭えなくてなあ」
 
認識、在り方、スタンス。云い方は色々。
主君/主/指導者の良いように使われる。まぁ、その辺りは是非もない。すまじきものは宮仕えとよく言ったもの。
人間の価値、判断基準を作るのが経験、体験だが、それを踏まえるなら弟子の言い草は今までの在り方を踏まえて、と考えられる。
己が拾うまでは、それで良かったろう。だが、今は?これからは?どうだろう。
抜け忍であり、捨てられた暗殺者は、己が意志で此れからを定めなければならない。それを弟子は何処まで認識できているのか。

「……ふむ。んー。下手に弄り回すのは面倒だな。取り敢えず、あとでどうするかは考えるか。
 あ゛ー。この声出すのは、相変わらずきっちぃな。……慣れないことは止めとけ、って言ってそうだなあいつら。
 
 まぁいい。一先ずお互いの認識に相違がない事を踏まえて考えるなら、だ。
 統率も取れてない時点で、篝。俺からすればその時点で信用に値しない。
 表を歩けぬ手合いであるのはさておいても、篝よ。さっきお前さんが宣った“正しい在り方”をするものとは、思い難い。
 
 あと、どうにもな。気色悪さが先立つンだよなあ……」
 
例の手紙はより徹底するなら、魔術師、魔導師にでも預けて鑑定、解呪しておきたい気もする。
其れよりも今は、大人しくお互いいずれかの魔法の鞄に入れて放っておく方が一番安全そうでもある。
声真似は慣れたものだが、毛色が全く違う声を出すのは疲れる。咳払いし、紅茶を呑めば毛玉達が立てた物音にぼそり、と零し。
とはいえ、程よく緊張が抜けたと見えるさまに畏まるな、と目配せしながら、内心の整理も含めて声に出そう。
弟子が云う処の組織に対する疑念。初対面、初見の人物は嫌でも風体が先に目が向く。
功名心が逸るものは、如何に暗殺者未満、志望であったとて、己ならば真っ先に弾く。取り除いてしかるべきであろう。
次いでやはり気に掛かるのは、事の経緯、流れを踏まえた言いようのない気色悪さだ。

「まァ、今のこの国じゃあ流行らんかもな。己が技を売り込みに行く、ってェのは。
 ……暗殺者、なんて止めちまえ。と、云うのは容易い。だが篝、お前さんのことだ。熾火のように燻りが残るだろう?
 だが。なさそう。分からない。出来なさそう、と。
 自分から調べることもなく。知り得ようとすることもなく。与えられるがままであるなら、俺は好かんが命を下すぞ。
 この都市の闇に通じる符牒、暗号、習わしなどあるだろう。忍びの間でもそうだったからなあ。
 
 考えて、よく考慮して、己が道、生き方を選ぶ。その択んだ先を他者に納得させる。お前にも出来んことじゃないとは、思うが、さて」
 
そう、この問答は一言。命じてしまえばそれで解決、ではある。少なくとも表面上は。
しかし、弟子は火守。火の娘である。今までの在り方に拘泥が続くなら、未練がさっと燃えて消える、ではあるまい。
未練の熾火が静かに灰になるか。変に燃え残って燻り続けるか。師として気を揉み続ける必要がある。
この点ばかりは、例の御仁を恨まねばならないだろう。下手な希望、変な望みを目の前にぶら下げる心境、顔を見たくなる。
我が儘に、選り好みまで口にする有様は、己が言ったことも責があるが、万事都合よく行く、在ってくれるとは思い難い。
己が主催者なら、差配する側なら、下手な口答え、陳情をしてくる手合いは疎ましく感じかねない。

「……ほう。ヴァン。ヴァン、ねぇ。うーむ。下手に名を聞くとなぁ。いかんな。調べたくなるじゃあないか」

弟子が、告げた言葉。それを舌の上に転がし、繰り返し、獲物を認めた蛇の如く口の端を捩じる。
先程出した黒板に早速記す。「ヴァン」「標的?」「聖騎士?」と。

> 「他者に嗤われようと一向にかまいません。仕事の邪魔にならぬなら、好きに言わせておけば良いです。
 む、ぅ……。それは……、理解している……つもりです……」

他人の言葉も嘲笑も耳には届かず、主――今であれば師、或いは仕事の依頼主。そして、いずれは暗殺者ギルドがその立場に当たるかもしれない。
いかにして、この抜き身の刀のような娘を言い聞かせ上手く使うか。また仕える者が定まれば、その言葉にだけ耳を傾けるだろう姿は想像に難くない。

純粋や無垢と言えば聞こえは良いが、それは神仏に縋るが如く、一つの事に執着し、特に命令と告げれば思考を放棄して二つ返事である。
下手に命令を与えず、代わりに自由を与えてやれば、真面目に修行と冒険者業に明け暮れる裏で望みを叶えようと危険なことにも手を出すわけで。
それを事後報告し、全くこれっぽっちも悪いとは思っていないのだから、保護者としてはたまったものでは無いだろう。
今回の手紙のことも、盗賊ギルドに勝手に登録したことを叱られた経験が無ければ、早々に挑戦権を得た後で報告していたに違いない。

今少女が一番に望むのは、暗殺者として生き、亡き父の後を継ぐ。それだけである。
其れを止めようと、他の道を幾つ示して滾々と言い聞かせても簡単には頷かない。元より他を必要と感じていない節もある。
死を恐れることは無くとも、師に叱られることは恐れる、そんな歪な踏み止まり方で命を使い惜しむくらいが現状。
頑なな娘に暗殺者を諦めさせるには、まだまだ時間が掛かることだろう。

「…………。」

ただの
そう強調して告げる声を聞きながら、半分下ろした瞼の裏で何を考えているのやら。
無表情の娘は肯定も否定もせずに、聞く耳持たず、ただの暗殺者で無いなら何だと言うのかと問うように緋色は目の前の男を見つめた。
己は暗殺者。師もまた忍であると、履き違いも間違いも無いと信じて疑わず。
それ以外の道、教師や冒険者と言う道の中であっても、捨てきれていない互いの根っこを見据えているようだった。

捨てられた暗殺者は、其れ故に首輪を繋ぐ相手を求めて男を師と仰ぎ。
今を生き、生業を捨てぬ為に、命じてくれる相手を探し続けている。
未来()のことなど考えてはいない。明日を望めば未練になる。それは暗殺者として致命的な欠陥(エラー)だ。

「相変わらず、お上手でした。二匹も実は褒めてる……かも、しれません。
 ん、信用が無い……。うぅ……、んと、あの……はい。
 ――喜色悪い、ですか?」

統率が取れていない、情報が漏れた。その二点については否定も庇いも出来ないので、視線はまた卓上の手紙へと戻って行く。叱る風でも無くなれば、そろりと立ち上がり様子を伺って。
また違った感想を師が零すとキョトンと目を丸め、不思議そうに首を傾げる。
何の疑問も抱いていない様子で、むしろ望んでいた通りにチャンスを与えられたことを幸運とさえ感じている現状、多少無理難題な依頼の内容だとしても断るのを惜しいと思っている。
都合が良過ぎると感じるべきところも疑うことなく、口では反対していた知人が気を利かせてくれたのだと解釈している始末である。

「……う、それは……そう。場所も、調べも、深くはしていません……。
 色々、教えてもらえたから……」

素直に教えてもらった通り、順当にギルドに入れるように下積みをして努力の途中だった。
とは、言い訳にもならないと分かっているので、皆まで口にはしなかった。
他者……主に師であるこの男を納得させるだけの答えを出せと言われ、すぐに返事が出来ずに言葉に迷い、しゅんっと耳と尾を下げて俯いて。

「――……が、がんばります」

迷うが、其れで簡単に諦められる望みではない。耳はへたり折れたままながら、口でははっきりと返事をし。
例の聖騎士について思考を回し始めた様子の師へ、遅ればせながら忠告を一つ。

「……主様の関係者です。深く探るなら……えっと、慎重に……お気を付けください」

影時 > 「ああそれもあんまり善くないな。どうにもお前さんは耳が痛いコトが直ぐに抜けるようだからなァ。
 だからと云って、下手にあれやこれやと聞くのも、疲れるが。
 
 ……まぁ、取り敢えず聞け。今のお前は暗殺者であり、暗殺者でもない。どちら付かずのものだ。
 あンの伯爵みてぇな後ろ盾も何もありはしない。
 その上でなおも暗殺者でありたい、と云うのなら、ただ流れに身を任せるままでは、永劫にお前の願いは叶うまい」
 
抜き身の刀でも、さながら呪いの如く刃が向く先を干しがる妖刀のよう。
今は壁に掛かっている己が刀とて、ここまでは酷くない。使い手を操り、仕向けるようなことまでは仕出かさない。
他人からの蔑みも嘲笑も意に介さないとは言っても、この弟子の所作は説教も同様に認識している節がある。
暗殺者にチームプレイ、協働の概念があるかは詳しくないが、スタントプレイで務まる者は相当に稀だ。
弟子とは可愛いもので今の力量ならば、スタントプレイが務まるとは思わなくもないが、さて。

野良に十把一絡げに転がっていると云えない人材を、暗殺者ギルドが迎えた場合、どう御し、扱えるものであろう。
御せるとしたら、どのように扱うのだろう。かつての獲物としていたギルドがどうするか、を思索しながら声をかける。

――つくづく呪縛、呪いだ。継いでくれて嬉しいと素直に云える生業に、暗殺者の三文字とは挙げづらい。
かと言って、今回の挑戦権を寄越した誰かの意向に沿うのも、伯爵に叩き返すのも業腹だ。論外が過ぎる。
いずれにしても先があるとは言い難い。思い難い。殺すのみの刃を活かすのは、全く。難題だ。

「……褒められてるにしても、あんまり嬉しくねェのは茶化し過ぎたせいかねえ、我ながら。
 
 俺が一番馴染みがある暗殺の対象とは、君主、その部下、同様の有力者、とか。
 政治的に、若しくは経済的に、あるいは双方に優れたようなものだったなァ。さて、今のこの国では、どうだろうな?
 暗殺者ギルドがそんな力あるものを狙う郎党なら、末端に至るまで徹底する。
 標的に刃を突き立てる瞬間まで、自分たちの存在を悟らせず気取らせない――いつぞやみたくなるのは、全く論外だ。
 
 で。そのうえで、実力を測る等の前置きはあっても、要件を満たせば篝を迎えてやっても良いと云う。
 ……組織的、というには、私事めいてないかね?故に気色悪いと云ったのさ」
 
声真似は、やはり無理にするものじゃない。嘆息しながら思考を整理するように声を、言葉を連ねる。
緊張と威圧が過ぎ去ったのか、部屋の端でもそもそがさがさする音を聞きつつ、首を傾げる。
暗殺者ギルドには伝手がないが、同様、同系の認識の基準となるのはかつての己を含む忍者たちの道理、在り方だ。
標的に気取られず悟られず。痕跡も存在も残さない。それは自分たちの一挙一動が甘ければ、大戦(おおいくさ)となる緊張感もあってのこと。
精密な機械のように動作しなければならない組織が、弟子の希望と云う私事を汲むという。
仲良しこよしがまかり通る寄合という、冷徹鋭利な機構とは真逆な印象が増す。
この国特有の文化の違い、温さ等が介在するにしても、誰かの意思という匂いが気色悪く感じられてならない。

「じゃあ駄目だな。……情報は、力である。武器である。
 今のままだと、篝。お前さんは流言飛語を鵜呑みにして踊らされ、殺される獲物にもなりうる。
 こういうのは、あんの若造が、伯爵の方が巧いんだろうがなぁ……――もし差配などでもしてたら嗤うぞ」
 
上げて上げて、下げて。裏社会の遣り口ならそんな仕儀とて皆無とは言えない。云い難い。
己のように疑り深くなれ、とも言えないが、何分返り討ちにしたとは言え襲われた側でもある。
後顧の憂いを断つなら、今から暗殺者ギルドを一狩りしようか、とでも戯れ交じりに動く方が大変気楽である。
そうしないのは、一時休業とも云い易い冒険者の行動より、家庭教師と学院教師の仕事があるからに他ならない。
頑張る、という弟子の言葉に、頑張るな、という言葉を言いかけて、無言に肩を竦めるに留め。

「…………あの若造を思い出したら此れかい。何だね。慎重にならないといけない理由に心当たりがあるのか?」

弟子の忠告を、白墨で黒板に書く。「伯爵の関係者」と。
その下から矢印をぴっと伸ばし、黒板の下に「篝」と書き込み、弟子に見えるように示す。

> 【次回継続にて】
ご案内:「富裕地区/私邸」からさんが去りました。
ご案内:「富裕地区/私邸」から影時さんが去りました。
ご案内:「富裕地区/私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「富裕地区/私邸」にさんが現れました。
> 耳の痛いこと、都合の悪いことは聞きたくないと耳を伏せてしまうのは、実の所、師の下についてから出た悪癖だ。
三つ首の蛇の下にあった頃は、命令を拒むことも意見することもなく、反抗心など生まれる隙もなく、ただ主の望む駒を演じ続けていた。
今は縛りを解かれ、本来の自由気ままで我儘な猫の性分が顔を出し始めたと言ったところか。
だがそれも、もとは良く躾けられていた猫である。師が本気で厳しく叱ればすぐにでも直すだろう。

師が言う通り、元主が言葉通りの後ろ盾であったなら、娘は切り捨てられはしなかった。
しかし現実はこうだ。元主は娘に自決を命じ、それでも生き残ってしまったとわかれば、知らぬ存ぜぬとその存在ごと痕跡を消されて捨てられた。
ただ仕事と寝床を与えてくれる者を後ろ盾と言うのなら、それはこの先、師の下を離れ一人の暗殺者として生きていくことになったとしても、変わりは幾らでも作れそうなものだ。
だが、そうなったとして。暗殺者に戻れたとして、行き着く先は死地か、その先の地獄か。
そんな死に方をしては、拾ってくれた師に申し訳が立たないのもまた事実。
わかっている。理解している。だが……望みは捨てきれず、燻っている。これから先も、この望みはいくら蓋をして沈めようとも息を続けるだろう。ならば。

「――ならば……、どうすれば良いのですか?
 先生のおっしゃるように、人を消すことを望む貴族に取り入れば?
 そんなことをしても、先生は良い顔をしないではないですか。

 ……っ、先生が私に命じてくだされば……――」

口にしかけた言葉を押し込め、瞼を閉ざし緋色は陰る。
ただ一言、諦めろと言えばそれで終い。いかに燻り続けようとも、心を押し殺していれば良い。
逆に誰某を仕留めてこいと言われれば、それで娘は暗殺者に戻れる。
簡単なことだ。だが、難しいことでもある。師はけして、楽になるだけの解決を良しとしないのだから。

娘が誰かと徒党を組んで仕事に励むことは今までに一度も無い。
元主が仲間内での徒党を封じ、また隠密を厳守させていた結果である。
冒険者として真面に働くようになり師と共に狩りに出ても、基本はスタンドプレイで協力し合うような機会はまだ無かっただろう。
そう言う意味であれば、娘が知恵を絞り作り上げた新しい術は今までにない物の表れでもあった。
見せる機会は当分先の事となるだろうが。

――茶化してふざければ、娘もまた淡々とだが軽く流して茶化し返すことも覚えたようで。

小さく息を吐き、心を均して平常心を保つ。

「先生のおっしゃりたいことは、一応理解しました。
 確かに、少し奇妙な感じはする……かもしれません。
 私はそのギルドの在り方を良く知らないが故に、そう感じるのかもしれませんが……」

単なる仕事の付き合いだけではない。
金銭で片付ける盗賊ギルドとはまた違う、もっと……一族、家族のような繋がりであったなら、迎え入れた者には相応の扱い方もあるのかと想像してみるが、やはり未だ部外者である己に対し詫びとは言え、試練の機会を与えると言うのは少々疑問に感じて来る。今更ながら、だが。
つくづく人の言葉をそのまま受け取ってしまう心の鈍さが残念な弟子である。

「うぅ……。あ、悪人、敵意があれば……私だって嘘かどうかくらい、わかります。

 ――いえ、それは無いと思います。伯爵さまはあの時、『どこで何をしようと、私はお前に関与しない。』とおっしゃいました。
 あの方が、口にした約束を違えるのを私は一度も見たことがありません。
 ……騙されやすいらしい私の言葉では……信用ない、かも……ですが」

自信がどんどんと陰って行く中、一つだけ断言できることだけをはっきりと首を横に振り意見する。
数年単位で積み上げられた信頼は果たして今も信じるに値するかは、また自信が無くなって声が尻すぼみになってしまうのだが。

「…………とある貴族の友人であるとその者は語っていました。その貴族が伯爵様……であると考えます。
 どれ程親密な仲かは存じ上げませんが、屋敷の者とも交流がある口ぶりでした。
 伯爵様に関わること自体が危険と言うわけではありませんが……あまり、古巣を戦場にはしたくない……と、言いますか。
 既に私も、先生も、伯爵様とは面識があります。どこで情報が相手に伝わるか、わかりません。
 私のことは既に知られていました。ので、先生も……油断すれば足を掬われることになるのではと。

 ……正直に言います。今の私では、真面にやり合っても相手を殺せる未来が見えません。
 影時先生と聖騎士、どちらが強いか……どちらの本気も見たことがない私では、判断が尽かない……です」

以前、元同僚に手紙を書いてくれと言われた奇妙な男との出会いを思い出しながら、言葉は徐々に重く、やがて途切れて俯いた。

影時 > 己が今のこの弟子を拾う前、猫を拾う前、“どう”だったかまでは分からない。こうでないかと、薄々察する程度だ。
ただただ前任者よろしく指示する、命じるのは簡単で。だがそれでは面白くないと思う己をよく自覚出来る。
忍びの里で買い上げ、一から躾けた、仕込んだもので無いのだから当然だ。
反抗心、反撥心さえ時に生じうるのも是非も無い。加えて猫である。ミレー族、もとい、猫とはそういう生き物であろう。

――とはいえ、暗殺者。今もなお拘泥する生き方が何分厄介だ。

この国、この国の情勢で、どこまで求められるかが図り難い。
政争といっても大っぴらに火の手が上がる程のものを、特にこの王都でどれほど起こせるものか。
暗殺者の寄こし合い、迎撃には何度も従事したが、其れとて所詮は事例の一端でしかない。全て、と語るには狭い。
ただ、間違いなく云えることは一つ。暗殺者として遣わせた者は、仕損じた際、直ぐにその存在を否定可能な者とすること。
それが出来なければ、貴族同士の暗闘という枠組みの中には収まらない。
にも拘らず、それでも、なお、それが良い。此れが良いと宣うのは――。

「……呪いのようだよなァ。
 
 当然だろう。俺が拾った命だ。俺の許可なく、ゆえなく、得心もいかぬ所以で損なわせるつもりはない。
 かと言って、止めろといって後ろ髪引かれ続けるのも、好かんだろう?
 
 全く。暗殺者になってどうしたい、という展望もなかろう?ン? 他者の命令を己が生きるよすがにしてどうするんだか」
 
全く、呪いのよう。父の報いが子に来た、というのは言い過ぎでも存外的外れでもないように思える程。
安直に命令を下した処で、はいそれまで、とならないように見えるからこそ難しい。
押し殺せば押し殺す程、再燃再発した場合の反動は、己の想像を飛び越えることだってあり得ないとは言い難い。
大人になったら、ああなりたい、こうなりたい、という子供が。
為ったら何をしたい、というその先を述べることが出来ないさまにも今の弟子の有様はきっと似よう。

「――話を持ってきた相手が、篝にとって信が置ける相手、かもしらンが。
 大っぴらでないものが、清廉であると思うなよ? 
 賞金稼ぎもまぁ、真っ当とは言い難いが、公言出来ないヒトゴロシを請け負うものであるならば、猶更だ。
 ……裏取りはギルド含め、後ろ盾もない身で持ちかけられた話を請け負う時の作法だ。よく覚えとくといい」

正しい情報も誤情報も人を走らせ、惑わせるチカラを持つ。仕様もないことさえ一喜一憂させるのだから。
殺しがしたいと云うなら、賞金首をつけ狙う賞金稼ぎでも不満なのだろうか。
そんな問題ではないかもしれないが、家族のような、アットホームな暗殺者集団というのも、どうにも疑問符が付く。
これが暗殺者ギルドである!という定義が無いのだから当然だが、いずれにしても真っ当ではあるまい。
裏取りを試みても、直ぐに情報の鮮度が落ちるかもしれないが、云われるがままに危ない橋を渡るよりはまだマシだ。

「だと良いが、な。……篝の感覚を信じたい、とは思うが、ふむ。
 今回みてぇなカタチで暗殺者ギルドに迎え入れ、遠回りのように駒を動かす……とするにしては、聊か迂遠か」
 
かの伯爵の盤上に今も居る可能性も考える。皆無ではない。だが、その可能性は薄い、か細いように思う。
あの日の約定、契約を踏まないように穴を衝く位はあり得る、穿ち方はあり得るとしても、過程としては遠回し過ぎる。
一手二手を読むものではない。こつこつと黒板を指で叩きつつ思う。
十手二十手すら読むような、予定表を厳密に組むような工程になる。そんな暇があるならまだ、即効性のあることを選ぶだろう。
 
「伯爵の知己、か。……面識はあるにしても、素顔は晒ささなかったつもりだがね。
 とは言え俺の認識しない、想像だにしない何かを伝える、ということもあるか。
 ただ、ナンタラの領地を治めてる者とかだったら、いよいよ嗤うぞ。……嗤えてくる。
 
 その上で強いなら、刃を交えてみるのも一興、だが――……実力よりも、あり方が気になってくるな。
 篝よ。その、さっきの手紙は手渡しだったろうと思うが、運び主は知り合いか?」
 
弟子の声の動き、変化を聞き止めつつ、かつかつかつ、と。黒板に書き込みを続ける。
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ヴァン:標的?聖騎士?伯爵の知己、屋敷の者も知っている


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といった具合に、走り書きながら聞き止めたものを記述する。関係性を可視化することで理解をし易くするように。

> 言いえて妙な呟きに、頷くことは無いが、荒く尾を一振りして答えた。
誰に望まれたわけでは無い、自分の願いを呪いだ何だと言われれば否定もしたくなるのだ。
口にはしない抗議の一振りだった。

「……はい。命令には従いますが、容易く諦めがつくならば……先生の命ずるままに忍になっています、ので。
 展望? 暗殺者になって、火守を名乗る。それが私の展望。
 先生が助言してくれたから、神火が使えるようになった。火守を名乗れるようになった……から、後は暗殺者に戻れば、それが最良。
 後は暗殺を続ける。それで良い……それが良い、です」

暗殺者になることで望みの全てが叶えば、その先も変わらず誰かの命に従い働くのみ。
以前、師は『死ぬまで暗殺してるつもりじゃあるまいし』と言ったが、まさにそれ、其れこそが娘の望む人生、生き様であると、今この場で明確に答えを出す。
食や遊びで楽しみを覚えはしたが、それは仕事の前ではまだ霞む程度の輝きらしく、マタタビでも褒美に出るのかと言う具合に猫は仕事にまっしぐらであった。
無論、その仕事の後に@師:主@から労いや褒め言葉があれば、より喜ぶだろうが。

「う゛……。清廉、とまでは思ってません。仮も殺しを請け負うギルドです。後ろ暗いことはあって当然と考えます。
 やはり、それも踏まえて一度調べた方が良い……ですか?」

知り合いと言えども人の話を鵜呑みにするな。そう言われ、今も念入りに釘を刺されては、やはりと尋ねて窓の外へと視線を遠くへ向ける。
頑張って調べる、そう意気込んだ直後に待ったをかけられて。行き場の無かったやる気を今一度起き上がらせようと言う心持ちだった。
それはそれとして。暗殺者ギルドのことから、話題は手紙の方、主にターゲットとその周辺へと移り変わって行く。

「伯爵様には優秀な専用の駒が両手で収まらない数あると聞きます。
 ギルドに知り合いがいることは……考えられますが、駒として使うならば手持ちの信用できるもの以外は使わないのではないでしょうか……。
 契約関係に無い駒は、いつ裏切るとも知れません……ので」

もしも、元主がギルド絡みのこの件に関わっているにしても、それは尻尾はおろか影さえ見せずに、何かもっと大きな利を得るための下拵え……と、そこまで想像して首を横に振り嘆息する。
直接的に手を下す理由が無い以上、考え過ぎるのもよろしくない。
用心するにも、まずは目の前のことを優先すべきだろう。
コツコツと固い黒板を叩く音に引き寄せられ、すすすと傍に寄り脇から覗き込む。

「顔は見せずとも、私と行動している異国風の男と言う時点で簡単に絞れてしまいます。
 一応、外に出る際は認識阻害の術は使用していますが、鼻が利く者や、魔力の流れまで読み取るような特殊な眼を持つ者に掛かれば、簡単に看破されてしまうので……術も完璧とは言い難い、です。

 ……あ。そう言えば、先生に伝えていなかった……かも?
 聖騎士が使っているらしい宿は知っています。危険人物と判断したので、関わって詳しく知る必要もないと思っていたのですが……。
 直感で申しますと、人情は有りますが、情で傾く相手ではないと感じました。人を殺めることに躊躇は無いと思います。

 う? 手紙を運んでくれたのは私の知人。斥候が得意で、隻眼だけどとても目が良いです。
 ……知人にとって聖騎士は恩人である……と、言っていましたが、良好な関係とも言い難いようでした。
 少なくとも、仲良く肩を組んで酒を飲む間柄ではないです」

書き足されていく文字を眺めながら、ああそう言えば、と言う調子で情報を継ぎ足していく。

影時 > 「おうおう云いよる云いよる。
 そのうち一日一殺、人を殺さなければ眠れない猫、抜けば殺さなければ収まらぬ刃とか、尾鰭がつきかねんな。
 それ位、今お前さんが口にした在り方は危ういものよ。如何に俺とて、そこまでは定まらなかったぞ。
 
 ……よもや、火守全体がそんな手合いじゃあるまいな。
 
 俺としてはまだ、暗殺者を殺す暗殺者、みてぇな塩梅ならまだ許しようがあったんだがな」
 
不満げな尾の一振りを見遣りつつ、茶化すような声音を返してみつつ、蛇のような眼差しで弟子を見遣る。
常識を己が説くのも全く可笑しい戯言だが、冗談めかさなければいよいよ頭を抱えたくもなる。
かの“火守の徒”は暗殺を義務としている郎党であった、いう与太があれば信じるかもしれない。そんな言い草でもあった。
蛇の道は蛇、という。暗殺者を殺す暗殺者という冗談めいた在り方も、身の立て方としては在ろう。
売り込み方、立ち回り方を気をつけるならまだ、在り方の一例としては得心も得ようが、意に添わぬものであろう。

「どうしても俺を得心させてぇなら、其れ位やってみせないと困る。
 出来ることのひとつになら、それは篝。お前さんの実績、他者に売り込める確かなものにもなろうなァ」
 
そんなに弟子自身が得ている縁を軸にしたいなら、どれほど件のギルドが良いものか等々、明瞭化位はしてもらわねば困る。
同時にこれは、情報収集に関する修行の題材にも出来る。
敵を知り、己を知る。それで百戦危うからずとはいかなくとも、知らぬよりはずっといい。

「そうだろうな。篝が腕っこきとは言え、あれが他に同格かそれ以上の者を取り揃えてない筈がない。
 思考実験として、使い潰すつもりの駒なら、どうだ?
 わざと敵に情報を流し、囮の如くして、本命に信を置ける手駒を遣わす。卿が襲われた時も裏で手勢を出していたからなぁアレは。
 ……とまぁ、考え過ぎの布石も打ってるかも知らんが、はてさて、と」
 
考え過ぎで終わらせたいが、万一の可能性だけは常に頭の片隅に留めておきたい。
教訓の一例として、そもそもの発端であったシュレーゲル卿の暗殺の件がある。
直接の殺害こそ阻めたが、並行して重要書類の奪取と云うことも起こっていたと記憶している。
どうしても排除したいものが居るなら、一の矢、二の矢、とばかりに仕込む可能性を否定し難い。考えを巡らせながら、黒板を覗き込む顔を見遣り。

「確かに? 後まぁ、刀遣いと云う点もこの王都なら引っ掛かりもするか。
 ……それはそれで、先入観を目くらましに装う手もある。珍しい恰好ってのは印象付けるに都合が良くてな。
 
 ――ふむ、確かにそれは聞いてなかったな。
 俺も、好き好んで面倒は抱えんよ。いつぞやの伯爵に話を付けた時点で一区切りで済ませていたつもりだ。
 しかし、こうも篝、お前さんがどうしても希う道に適うように話が出てくると、嫌でも気に掛かる。
 
 ……この前の話もあれば、余計にな。
 で。知人、知人、と。……暗殺ギルドを差配しているか関係者か、私兵でもそう呼ばせてンのか。
 クク、全く。気になって夜しか眠れなさそうじゃあないかね」
 
郷に入っては郷に従え、という。その上でわざわざ羽織袴を普段着とするのは、刀を差し易い上に記号が出来るかだ。
特徴の一つにしてしまえば、いざという時に服装一つ変えるだけで、己を表面的に知らない者への目くらましに出来る。
腰の刀も然り。表道具、とはよく言ったもの。
刀は自分の中で最大の破壊力を出せる得物であり、人を殺すなら無手でも為せる。
だからこそ盗賊ギルド構成員として振る舞う際の変装にも、興交じりながら徹底している。
黒板に先に記した聖騎士の名の近くに、「隻眼の斥候」という文言も書き加える。
調べを進めるなら、その先に出てくるのか、否か。気に掛かる。……隠形を徹底した己を看破するのかどうかも。