2025/12/06 のログ
ご案内:「富裕地区/私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「富裕地区/私邸」にさんが現れました。
影時 > 故に寝る前は歯磨きをしっかりと。……そんな標語でも二階の共用スペースに貼り紙しても良いかもしれない。
今でこそ最新の弟子と、一番弟子と。住まうものは少ないが、もっと騒々しくなる可能性がある。
その主犯が恐らくは自分になるだろう――と云うのは置いといても、歯はやはり大事だ。
誰かに隠れて動くときにだって、馬鹿にならない。露見、察知された理由が口臭というのは、悔やむに悔やみきれない。

「そうかそうか。この近くの喫茶店、という奴で買ってきてなァ。
 学院の生徒にもバカ受けの一品よ。……俺に構わず食べきってくれても構わんぞ。
 
 ……――昔、俺が真の意味で“現役”の頃ならいざ知らず、今は、な。
 気に病むな。理由と事情はどうあれ、切って捨てられないものばかりだ。皆で気ぃつけりゃあいい」
 
毛玉の服など、服飾周りで先日のブティックに出向くことがある。その際、学院帰りの生徒の姿もよく見かける。
彼ら彼女らの向かう先、通う先の傾向を見切ることが出来れば、気にもなるものだ。
菓子類であっても気になれば買い求めることにためらいはない。試さなければ、合う合わないだって分からない。
バター多めの当地の菓子の美味さ、甘さは悪くないが、沢山食べるには矢張り重い。故に弟子に勧めることにためらいはない。

ぺろりと一つ食べきり、殊勝げに云うさまにゆるりと首を振る。
互いに心がけると宣う要因の方策は、例えば出向く先を明瞭にして、共有し合うことにあるだろうか。
少なくとも居間にある掲示板は都度都度書き込むようにしているが、もう少し活用しよう。そう心に決めて。

「その様子なら、当人に実際に会ったと見える。
 ……何と云や一番良いだろうな。ある意味では借金だが、支払いの能力を踏まえ、信用したうえで結ぶ契約、か。

 俺の場合なら、本業のほうだ。
 冒険者じゃあなく、ラファル含むトゥルネソル家の子への家庭教師の方の。武術指南役とも云う。
 此れの給与から、という形で契約を取り交わした。……こういうやり方もあるんだなァと、改めて思ったものよ。
 
 猫のお前さんが云うのが、ちょっとした諧謔じみてよう。
 使い方が正しい、というにはまだ早い。
 (きん)で溜めるにしても、宝石で溜めるにしても、米や麦と違い、溜めても腐らんのが金だ。
 
 いざ、自分で何か贈りものとか、高い買い物をしたいとき、俺に一々お伺い立てるのも面倒だろう?」
 
金のチカラの一端は、既に弟子も見ている筈だ。この館ばかりではない。交渉の手段にもできるのがまとまった金銭の恐ろしさである。
そうでなくとも、穏当な贈り物、買い物にも役立つのが貨幣である。
せめて少しは、“自分自身のために”積み立てることを少しでも学んでくれたらいい。
そう祈りつつ、弟子の様子から、直近に雇い主にあったと見える様を窺いつつ、笑みとともに背凭れを軋ませる。
猫のミレーが猫を引き合いにした諺を引用する。冗談めいたさまに頬を緩めつつ。

「……あー、好きじゃあないのは金に血眼になる生き方が、だ。
 あればあるだけ、何かが出来る、為せる威力は認めるが、俺が好むもののは、その先には無ぇからなあ。
 
 例えば、この前作った牡丹餅の材料を買う金とか、肉の塊やら大きな魚を買うためやら、な?」
 
弟子の言葉は直ぐに修正する。補足する。――あれを倒せば金になる!とか。そういう生き方(スタイル)を優先していないからだ。
他者の生き方は否定しない。性に合わないことは仕事でなければ極力避けたい。ただ、それだけ。
皆で出し合う共用費、食費となると、どれほどになるだろうか。そろそろ真面目に算盤を弾く時期に来ているかもしれない。
数寄に生きる、興じるのも無料ではない。購入経路こそあれ、牡丹餅の材料は単純に安いというには難しい。
そうでなくとも日々の食事に入れる肉、魚。特に一番弟子が野生で獲ってくるものはあるが、毎日――かは言い難い。
魔導冷蔵庫のチカラを頼んでトゥルネソル商会経由で塊で頼み、送ってもらうにしても、賢く遣りたいものだ。皆の金なのだから。

「ならば良し。良しとはいえ、冷や冷やするなア……。
 
 ……いやぁ、良い傾向だ。
 術が新たに生まれるのは、誰かに命じられたばかりじゃあない。必要に迫られて、感じてからだ。
 ってことは、火の術か。そりゃ確かにこの部屋じゃ難しいわな。
 
 窓の外は――止めとくか。監視の目のひとつや、ふたつ。もう既についていても可笑しくあるまいよ」
 
とはいえ、だ。……そう一息つきつつ、過ぎる思いのあれこれに感慨深げに口の端を緩める。
いつぞや命じた内容よりも、弟子自身が編み出しだ術が来るのは、別段おかしいことでも何でもない。
忍術に限らず、どんな術もきっかけ、所以があって生まれるのだから。教えるばかりではないという有様こそ師としては嬉しいもの。
とは言え、最低限の警戒を怠れない。件の聖騎士等、何らかの監視の目がついている、生じている可能性を最早否定できない。
可能な限り毎朝、己は庭で素振りをするが、その程度ならば他者の目に晒しても問題ないと判断しているからだ。
いずれ他者の目に触れない訓練の場を構築せねばなるまい、と心に留めつつ、言葉を継ぐ。

「……ここまで取っ掛かりが付いたなら、ふむ。
 もうお前さんは暗殺者ではなく、改めて忍び、忍者と名乗っても差し支えないなぁ」

> 口臭、体臭で見つかる忍や暗殺者など、笑い物も良いところ。末代までの恥じと呼ばれるやもしれぬ。
それが冗談で済ませられるようにと師が言うなら、その標語を見る度に思い出し欠かさず守るだろう。娘は少なくともそうする。

食べきっても良い。そう許しが出ても手は伸びなかった。
ふるふると首を横に振って、口の中に残る甘味の名残を押し流す様に紅茶を飲み干し。

「いえ、今は一つで充分です。
 食事は皆で取る方が美味しいと、ラファルが言っていました。だから、甘味も我慢……します。
 ……夕食の後に、皆で……食べたいです。先生、良いですか?

 現役? 先生はもう現役ではない……? んと、承知しました」

学生お勧めの甘味の話は夕食の後に取っておいて。妙なことを師が言うのでキョトンと目を丸めて首を傾いだ。
今が現役でないと言うなら、以前はもっと、忍、もしくは冒険者として輝かしい時代があったのか。
十分な技量を毎度見ている弟子から言わせると、「そんなまさか」である。

「はい。素材の買い取りと、魔道具の鑑定をして頂きました。
 商人として良い目をお持ちだと感じました。……が、不可解な契約を好む人だとも、感じました。

 なるほど。借金ではあるが、無理矢理に取り立てることは無く、支払う給与から差し引くと……」

印象を軽く述べ、一応の理解を示し首肯を返す。
対等な条件をもって尊重し合う商人の契約……。
話だけ聞けば、離れぬように、裏切らぬようにと餌を与えながら首輪を嵌めて飼いならす様にも感じる。
そう見えてしまうのは己の育ち故か。これを口にするは侮辱とも取られかねないと自覚をもって口を閉じる。

「ん……、ユーモア? ジョーク……の、つもりでは……なかったのですが。

 ぅ? 私は先生の所有物ですので、私の所有物は先生のものです。
 先生の資金が潤うと先生は嬉しい……。先生が嬉しいと、私も喜ばしい。

 贈り物……――。確かに、贈る相手に確認をとるのは奇妙かもしれません。
 ……んぅ、えっと、承知しました。金と宝石にして溜めます」

金はいくらあっても困らない。賭け事、特に勝負所で大きく張るのは盗賊ギルドでの一見をこの目で見て学んだ。
師のように派でな勝負を挑むことは早々ないだろうが、物の売買以外で金が動くと言うのは良い勉強になったのは違いない。
己で大金を使うと言うことに今一ピンと来ず、喜んでもらえるならそれが最良の使い方だと思っていただけに、少し不満げに下げていた耳と尾をゆるりと上げて。
贈りものの下りにだけは素直に頷いて見せた。

改めて、金策に走る無理や無茶を好まないと告げられると、ペタリと耳を伏せてしまう。
師は金の為に戦っているわけでは無い。興が乗るから、愉しみがそこにあるから仕事をする。刃を振るう。
例えば、手練れの敵と渡り合うと言う愉しみ。例えば、美味い飯を食う愉しみ。そして、欲しいもの、珍しい素材を取り寄せるため……その為の金である、と。金は目的ではなく手段の一つ。
己も人を殺すために戦うわけでは無い。暗殺者として生きるために、刃を振るっている。
目的と結果。師の全ては愉しみに通じているのだと、今は理解はできる。
さて、そうなると。師を喜ばせる、愉しませる、役に立つための方法をまた考えなくては――。
小さく息を吐くと、丁度対面からも溜息の音が聞こえた。

「そうですか。承知しました。また、山にでも行った際にお見せいたします」

パチリと緋色を瞬かせ、止められた理由に心当たりがないと言うように不思議そうに首を捻るが、急ぎ見せるものでも無いと改めここは退く。
そして、告げられた言葉に一拍の沈黙を挟み。

「――……いえ。私は火守(暗殺者)ですので。忍を名乗るつもりはありません」

褒められたと喜ぶ前に、これまた素直、馬鹿正直に首を横に振って答える。

影時 > 対象がどうであれ、忍び入ることこそが――自分の、自分達のもっとも強みと云っても過言ではない。
改めて標語は書き出しておこう。その対象は己もまた例外ではない。
バカバカしい?それはしでかした時に悔やまないと言えるなら、そう思うといい。

「ん。良いとも。……いや全くなァ。きちんと我慢が出来るってのは良いことだ。
 構わんとも。そんときはまた茶淹れるとしようか。
 
 ――おっと。ちと、言葉が足りなかったか。
 忍び働きとして、詰まりは昔のように、終わらぬような世で闇を馳せていた頃のことだ。
 目的のためには同胞の死とて厭わぬ。合理ではあるにしても、人としては、どうだったろうなあ」
 
育ち盛りだからか、それとも肥えたいからか。沢山買ってぱくぱくと興じるのは真似し難い。
甘みは別腹という論法はあっても、真似し難い。酒ならばまだしも、と思えば似たような道理なのだろうが。
さて、弟子がきょとんと眼を丸める姿に、あー、と一瞬天井を仰ぎつつ、瞑目する。
死ぬまで現役のつもりだが、昔のようには、昔のような道理は、最早振るえぬ。そう思う。
死に瀕した同胞を殿にして捨てる。技量が伴わぬものを肉の盾にする。確実に敵を殺すために味方ごと刺す。
人の道理ではない。心身を鋼のように鍛えた猛者であったからこそ、できる、できたことだ。

「……成る程。いずれそのうち紹介するつもりでもあったが、入れ違いにもなったか。
 俺が遺跡や迷宮で見つけたものを持ち込むのも、同じトゥルネソル商会だ。
 冒険に出向く時の消耗品の仕入れと、この屋敷の食料なども、な。
 
 不可解とは言っても、相互に納得を踏まえた上でなら、何ら不合理、不利益もない。
 まー。何を思ってるかは、分からんでもないぞ? とは言え、俺にも教えたことへの責任もあるからな」

いずれそのうち、雇い主、そして商会を紹介するつもりでもあった。
武術指南役としての支援のこともあり、自分の主な買い物、売買はだいたいこの一か所に頼んでいる。
相応の代価を支払えるなら、凡そのものは手に入る。それほどのものだ。
そんな商人と取り交わす契約は……、ああ、そういう意見も、考え方もある、か。
察すれば苦笑も滲む。今はクローゼットに放り込んでいる魔法の雑嚢(カバン)の仕組みからして、そう思わせるものはある。
だが、決して強く縛るでもなく、得心もよくよく得られるもの。
何より、そんな家の子女に武術、武技を教えることの責任もある。万一、何かをしでかして暴走した――なら。その時に誰が止めるのか。

「お前さんの可愛い耳と尻尾を見た上で聞くとな。そんなことを思ったってだけのことよ。
 所有物――でもあるが、同じかそれ以上に可愛い弟子であり、娘のように、連れ添いのように思ってるがね。
 故にお前さんが諸々を知り、成長するのもまた、俺の“嬉しい”のひとつになるなぁ。

 ……贈り物に限らず、な。お金という目に見える代価の蓄積は、篝が思う以上に大きな力にもなる。
 ああ、そうしろ。どこそこに持ち込むとお金に換えられる手形、という紙切れもありはすンだがな。
 だが、紙切れは紙切れだからな。積み立て、蓄えるなら、この世の何処でも通じて尚且つ腐らねェものに限る」
 
猫に小判?宝石?……とんでもない。猫は猫、ミレーでも有能な弟子である。
今はどうあれ、随意に出来る価値を武力以外に身に着けておくのは、与えた武具と同じ位に間違いなく無駄ではない。
賭け事ばかりは学ばせる、覚えさせるつもりは無いにしても、この国、この社会で生きるに金銭は幾らでもあっていい。
ただ、血眼にならないだけだ。昔は兎も角、本業たる家庭教師の仕事は、不安定な冒険者稼業よりも稼げる。
一番弟子を教導し始めた当初の報酬は、日当400ゴルト。しかも今は後にした宿代を先方が保証してくれたうえで、である。
教え子が増えたことで増額に増額が重なり、今はもう、当初からどれくらい跳ね上がったことか。
そして、迷宮で得たものが魔法の道具、魔導機械の類であったなら、さらにどん、と。使わなければつくづく溜まるものだ。

(……経済のあれこればかりは、雇い主殿に教授頂く方が正しいかもしれんか)

うーむ、と。武技以外の経済感覚、観念、道理もきっちり機会を設けて教えるべきか、とも思う。
稼げる冒険者とは、時にこの感覚が思いのほか狂っている、この屋敷の元の持ち主同様に壊れているケースもあり得る。
取り敢えず、今は。蓄財、貯金のやり方に念押ししておこう。重いものを仕舞える手段もあり、商会という預けられる先もある。

「興味が無いと云えば、興味津々で仕方が無いんだぞ? 
 だが、如何なる手合いが目を向けているか、という感覚を今はまだ捨てられん」
 
――聖騎士の手のもの、とかな、と。短く呟くように言い足しつつ、弟子の顔を見る。
この感覚、自意識過剰な程に他者の目を徹底する点については、先に述べた忍びとしての“現役”時代を思い出さずにはいられない。
情報はチカラだ。敵の手管、能力を知っていれば、何らかの対応策を勘案、講じてくる。それが戦いだ。

「……っ、あああもう全く。そーいうと、思ってたがァよう。
 その業、その技能を学び得た生業は何か、とでも聞かれた際に、だ。
 
 今みてぇに暗殺者、と馬鹿正直に名乗らんように済む方便のつもりでもあったんだがな」
 
実演せよ、証明せよ、とまでは要るまい。結果は結果、その過程となる式を埋める変数の値は、まあまあ納得出来る。
暗殺者志望を少しずつ諫め、治めるには、とも思ったが――つくづくやはり根深い。
ばたり、と。思わず机に突っ伏しながら、髪を掻きながら思いっきり苦笑を刻む。

> 「はい。夕食の楽しみが一つ増えましまた。

 ――その頃の先生は……人ではなく、根っからの忍だったと言うことでしょう。
 人道の道理を通すか、目的の達成、どちらを優先するかです。
 ……その現役の頃と今の影時先生なら、私は人とては今の先生の方が良いと思います。
 無論、先生がご命令くださるのであれば囮でも、盾でも、望まれるままに応じる所存ですが」

何を思うか、急に天を仰ぐ様にますますキョトンと目を丸めて、その言葉の意味を理解すると暫し思考する。
至った結論は人の道を行く今の在り方を褒めるものだった。
師がそう言う人でなければ、拾われることも無く、あの場で切り捨てられるか、ひっ捕らえられ拷問の末に――ともなっていた未来が簡単に想像できる。
それはそれとして、無理な言いつけでも守れると口にして心なしか胸を張る。

「偶然、商店通りを歩いていたところで声を掛けられて……そのまま流れで……。
 なるほど。では、私も今後の戦利品の持ち込みは雇い主様の店のお世話になります。
 売るのも、買うのも、あの店なら安心できそうなので。

 ん……。先生と雇い主様の契約です。私が口を挟むものでないことは重々理解しております。
 ……そうですね。教導ならば、そこまで含めて仕事の内と考えます。ラファルは悪戯に力を振るうことは無いと思いますが……」

暴走、罠に嵌められて、など悪い予想は考えれば幾らでも出て来るもので。
そこまで見届け育て上げるのが師として責任、役目である。
幼い幼女を導き育て、服を着せて常識を説き伏せるのもまた然り。
うむ、うむ、と二度頷いて。幼女の姉から頼まれた『ラファルに恥じらいや常識を教える』と言う大役に、改めて気を引き締めるのだった。

「……かわいい。ん……、ぅん……。
 私は弟子ですが、先生の娘ではありません。父は一人で充分です。連れ添い……連れ、そい?
 私の成長が、先生の嬉しいの一つ……。師として、以外に……先生が嬉しいと思うことは、もうない……ですか?

 ――手形、小切手……は、駄目と。覚えておきます。
 手元に残すのは、金銀財宝が一番。次に武具や魔道具……。世の変動で損なわれないものにする、です」

かわいい、と口にして繰り返すと、そわり視線を逸らし左耳をパタリと震わせ尾をゆるり揺らす。
嬉しそうに揺れる尾の先を隠す様に手元に寄せて、話に耳を傾けつつ最後の例えに、ぴくり耳を揺らして其方を見た。
どういう顔をして聞くべきかわからず無表情で固まるのは数秒のことで、また視線は部屋の角に逃げていく。

ポツポツと呟きながら話題は変わって行く。
金に困るような状態でない事は先の話で理解し、金以外で師を喜ばせる方法も一つ教えてもらい。
稼いだ資金の保管の仕方もある程度決まったら一先ずこれで一安心。

「わかっています。先生が知識欲と好奇心旺盛なのは、私もよく存じています。
 う? 監視……は、無い……。とも、言い切れませんね」

言われてみればと思い直すのは当然ながら、今も鞄の中で眠っている一通の手紙のこと。
暗殺者ギルドの話をなんと切り出そうかと、ぼんやりと今度は此方が天井を見上げる番になる。
代わりに師は机に突っ伏して頭を掻いて嘆く。師の心、弟子知らずではない。知っているが、その上でも暗殺者と言う肩書に娘は拘っていた。

「申し訳ありません、影時先生。
 ですが、私はやはり……火守として、父上と同じ道で生きたいのです。
 ……それが、奴隷であった私が自分で望み、選んだ、唯一のことだから。違えたくは無いのです……」

少し迷いはあるが、嘘を吐いても下手なのは自覚がある。以前のようにすぐにボロが出てしまうのが目に見えていた。
言い訳も嘘もなく唯々素直に思いを言葉にして、突っ伏す黒髪へそろりと手を伸ばし、許されるなら軽くポンポンと慰めんと。

本来であれば、所有者――今は、師の命を受け暗殺家業が続けられれば其れが一番己には望ましい。
けれど、誰を恨んでいるわけでもないのに暗殺を命じてもらえるはずもなく。タナールのような戦場で稼ぎ手柄を立ててこいと言うような人でもないことは、もう知っている。答えを聞かずとも、わかってしまうくらいに、この男を見てきた……。

変わらぬ淡々とした口調で言葉は続く。

「――先生、暗殺者ギルドから文が届きました。ギルドに入るための、試験の通達です」