2025/12/05 のログ
影時 > そういう贅の凝らし方も、ある――とは思いたい。
魔法の雑嚢(カバン)の中で眠るか、臨戦態勢も兼ねて適宜手入れが為された状態で飾られるか。
武芸百般を自分から謳うつもりはないが、槍も使える武器の一つとして鍛えられてきた。
一先ず己を使用者として柄の寸法を整えた其れは、余程狭隘でない限り迷宮や洞窟と云った場でも使える。
いざという時の守りの手は、どれだけあっても困ることは決してない。

「気にせず喰え喰え。直ぐに湿気る季節じゃぁないが、俺一人で喰うには多い」

見ればばれる。直ぐにばれる。ひらひらと手を振りやって、遠慮はするなと告げよう。
バターをたっぷり練り込んだ生地は薫りと甘みが強いが、少し温めの濃い茶には良い塩梅となるだろう。
どれだけ緊張でもしていたのか。白い毛並みの猫の尾っぽがゆるゆるとチカラが抜けるさまに、口の端を捩じり。

「未帰還者の探索――という依頼も偶にやるが、身内でそれを遣るとなったら……正直いい気分とは云えん。
 逆もまた然り、だ。俺も篝やラファルにそんな手間なンぞさせんよう、心掛けねえといかんなぁ。
 
 ……嗚呼、云ってなかったか。あんまり云うつもりも無かったが。
 元々、この家の購入費は雇い主殿に諸々相談の上で、俺が無理なく払えるよう割賦にして貰っていてな。無利子で。
 それに住むもの全員に払わせるつもりなら、今見てぇな造りなんぞあんまり賢く無かろうよ。
 
 ははは、篝。お前さんが云うと云い得て妙だが、どっから聞いてきたんだが。
 今は、無いかもしれん。だが、いずれ時が来るかもしれん。お前さんが稼いだ金だ。
 使途に悩む位ならばまずは溜めてみてから、憂え。溜める習慣がないから、難儀する奴らも多いんだぞ」
 
金の使い方をよく知っている、というよりは、取り敢えず貯めて然るべき時にぶちまける。その位だ。
勿論、あればあれば良いに越したことはない。
宿暮らしから変わった今の生活は、食費、光熱費と生活に必須な出費の負担の比率が確かに増している。
この住まいを云わば寮、シェアハウス的な運営にしたなら、家賃めいた徴収は考えただろう。
そういう遣り口を考えるなら、弟子の取り分は出来る限り大きくなるようにしたい。……弟子はどうも先を考えない気がしてならない。

「金はあるだけばあれば良いが、血眼になるのは好みじゃないなあ。
 ……俺に全部納める位なら、あれだ。
 篝の手元に出来る限り多く残り、後は皆で喰う、使うものにだけ回るよう、今度よく話し合うか」
 
手放すつもりは無いが、自立自活できる能力もまた養っておきたい。
……言葉にするとこそばゆいが、ある意味世間一般で言う家族の主、子を持つ親のような心持ちか。
衣食住のうち住は己が司る。衣と食は皆が皆、納得できるようにしたい。
とはいえ、己のこういう在り方は言葉にしてしまうと、懊悩してしまうのだろう。そう感じながら、諭すように告げて。

「……ふぅむ。何か、自分の中で減った、損なったようなものがあるかね? 無けりゃあ恐らく大丈夫だろう。

 っ、クク。そうだな。己惚れていいともさ。
 ――成る程? 派手な術かね。実演出来るなら見てみてぇが、破壊の術なら口頭のみにしてくれると助かる」
 
弟子の術は己からすれば未知、分からない領域がある。かの血族にのみ許された見えざる領域があるかの如く。
自己犠牲は滅私を尽くす世でもない限り、美徳とは言い難い。反動、代償は出来る限り少ないに限る。
さて、何か閃いたならば気になる。それが己も知らない術ならば尚のこと。腰を浮かせ、身を乗り出しながら聞いてみようか。

> 甘い菓子は歯に悪い。毒のように身を蝕むとは誰が言ったか。ヴァリエールのメイドか。
同僚のアフタヌーンティーに付き合う度、姦しいメイド衆が虫歯だのダイエットだのと陰口を囁いていたのを思い出す。
その度に同僚が立派な牙と鍛え上げた騎士の身体をもって、一喝と言わんばかりの一吠えをして黙らせていたのもついでに思い出していた。

「ぅー……む、ぐ……っ。
 芳ばしい……甘くて、崩れて、バターの匂いが広がります……。美味、です」

しかし、焼き菓子がこうも茶に合う甘味であるなら、毒だろうと手を伸ばしてしまうのも頷ける。
師の作る牡丹餅も上手いが、この国の菓子も負けてはいない。どちらも互いに違う良さがある。

甘いものは乙女の敵らしいが、ようは食べる限度を決めて、食べた分だけ動いて痩せればいいのだ。
一先ず、今日は富裕地区の情報収集も兼ねて夜回りをしよう。
そう心に誓いながら、ぺろりと一つ食べきって。

「そうですね。先生が未開の地で行方知れずとなれば、私も、ラファルも……探しに行くと思います。
 ……私も、次は……気を付けます。ごめんなさい……」

立場を入れ替えられると、己の行動の浅はかさが少しは理解できたようで。
それが師でなく姉弟子であっても、探しに行くのは同じだと思える程度には、仲間意識と言うのが娘の中にも芽生えている。
そして同時に、己のことを探してくれるのだと、それが当然のように言うこの男は元主とは違う人間なのだと、漠然と実感していた。

「ん、と……屋敷は借金ではない、ですか。
 それは、とても良い条件です。良心的……。先生の雇い主様は、やはり変わっていらっしゃいますね。

 ぅ? おかしいですか? 猫に小判、学院の書庫で読みました。使い方は……間違っていない、かと」

雇い主に会う前ならば、何か裏があるのかと勘ぐっていたかもしれないが、一度顔を見て話を聞いた今では不可解と感じはするが疑うことは無く。
あの品の良い笑顔を浮かべる竜の令嬢を思い出しながら相槌を打った。
笑われればキョトンと首を傾げ、続く話を聞く内に、また少し思案する様に目を伏せる。

「……先生は、お金は……それほど、好きではない。理解しました。
 溜めて、残った分は皆の為になるものに使う。承知しました」

親の心子知らず。では無いが、そこまで遠い先のことを師が考えているとは思いもせず、言われた言葉をそのまま受け止める。
良い意味で言えば素直。悪く言えば単純な娘は、心なしか――否、ぺたんと伏せた耳と、雑に揺れる尾はいじけた猫そのものだった。

「減ってない、と思います。じゃあ、大丈夫……です。

 ん……。見せるのは、出来る。派手にも、地味にも、幾らでも変えられる。
 影時先生が、指から伸ばした氣の糸で色々なことをするのを見て、使い勝手の良い術を作りたいと……思って。
 でも、先生のみたいにキレイな術も……捨てがたく。
 正しく使う、見せるなら……書斎は少し不安、かもしれません。燃えるものが多すぎる、ので」

見せることは容易いが、魅せることは此処では難しいのだと、ぼんやりと天井を見上げながら話しつつ。
富裕地区の端なら、多少音や光が空を染めても支障は無いか。
小動物達がのんびり過ごす窓際、その窓の外へと視線を向けて、許可を得ようと師へ振り返る。

「窓の外、でも宜しければ……お見せできます」

影時 > 【次回継続にて】
ご案内:「富裕地区/私邸」からさんが去りました。
ご案内:「富裕地区/私邸」から影時さんが去りました。