2025/12/04 のログ
ご案内:「富裕地区/私邸」に影時さんが現れました。
ご案内:「富裕地区/私邸」に篝さんが現れました。
■影時 > ――少し前まで、この部屋の本棚は壁一面埋まるまでの本に満ち溢れていた。
――そして見る影もなく目減りして、今また少し増える。
今は異邦人の手に渡った富裕地区の端、平民地区に近い場所にある洋館。
日中の日差しを静かに受ける煉瓦壁の館の書斎に一人、否二人と二匹の姿がある。
館の今の主の寝室でもある書斎は、居間ほどではなくともそれなりに広い。
廊下から入れば、壁一面を埋め尽くす本棚が直ぐに見え、奥には窓を背にしたマホガニー材の机。
奥に寝台やクローゼットを纏めたスペースこそあるが、静かに立ち込めるものがある。
紅茶の匂いと。鋼と少しの油の匂い。
芸術家を気取る家主は絵を描き、粘土を捏ね、楽器を奏でることなどを好んだ。
その名残の幾つか、財貨に直ぐに換えられるもの以外は残存している。
備え付けの本棚がまさにその一つ。高額な書、稀覯本は粗方消えたが、少しずつ増えている。
そんな書の匂いより少し上回り、束の間飾るのは現在住まう者らが持ち込んだものによる。
まずは紅茶と。茶請けの焼き菓子と。これはいい。とても穏当だ。
次いで往時は絵画が掛けられていた壁側に、新たに備え付けられたラックに横たえられた槍と刀。
後者は寝台の傍にも置き場があるが、館の主が書斎に居る時は此処に置かれる。取り合わせは文武両道的な風情も見えるだろうが。
「……と。すまんすまん、待たせたな。さて、どっから聞いたもんかねェ」
机に座した男が、声を放つ。飾り気のないシャツに長ズボンと。
先程から書類の束に目を落としていた顔を起こし、ごきごきと首を鳴らす。
机上には紅茶を満たしたカップと急須、焼き菓子を入れた蓋付きの小鉢に加え、書類が入っていたと思しい封筒、布包みまで色々ある。
紅茶は部屋の主自身が淹れたのだろう。配膳用の手押しワゴンが書斎の外の廊下に置かれている。
子分達を遣わせて何か話したげな様子の娘を呼びつけたのは良いが、前後しての読み物に思ったより時間がかかってしまっていた。
呼び出しの小間使いに出させていた毛玉達が、報酬をせびるように机の上で跳んだり、跳ねて。
頷くように小さく頭を下げつつ書類を机上に放り、ほれ、とばかりに用意していた大振りのくるみとヒマワリの種を渡そう。
わーい、と喜びつつ日当たりのいい窓辺に向かう姿を一瞥すれば、呼び出した姿を机の近くに置いた椅子に座すよう勧めようか。
■篝 > お屋敷の中にある立派な書斎には、まだそう何度も足を踏み入れてはいない。
部屋の主が書斎にこもりっきりになることが現状まだ無いから、と言う理由もあるが、そこが男の寝室であると言うのが最もなところ。
狭い宿の一室ならば仕方がなかった距離感も、今は適切なものに変わっていた。
悪事を働く人ではないが、相応に色を好む性分であると理解しているが故に、用も無く足を踏み入れるほど娘も無防備ではないと言うわけだ。
しかして、真面目な話となれば呼び出しには当然応じるし、そこに茶と菓子も添えられれば、大人しく師の読み物が終わるまで大人しく待つ。
暫くして声が掛かれば、伏せていた緋色を男へ向けて、勧められるままに席に座る。
お使いを果たし褒美を要求する賢い小動物達を横目で見送りながら、意気揚々と窓辺へ向かう気楽さに少しだけ張り詰めていた気が抜けた。
「……いえ、今日は仕事の予定がありませんので問題ありません。
――……私の話は後で構いません。先生のお話を先にどうぞ」
たしか、ギルドで何か聞いたのだと、帰り道で師が口にした言葉を思い出しつつ。
アレのことか、コッチのことか、どれの話だろうかと内心小首を傾げて。
表面上は落ち着き払った澄まし顔のまま、机に置かれた書類諸々に目を向ける。
封筒に送り主の名はあるか、チラリと見るのは一瞬で、直ぐに急須、小鉢、と緋色は映すものを変える。
■影時 > 掃除や訓練を終えて、何も仕事もないオフの日に書斎に篭って書を読み解く生活ができることになるとは――思わなかった。
隠居した将、侘びた武人の類でも遣りそうな生活スタイルだ。
書棚に収まった本の数は少ないが、いずれ増える。今の生業が続く限り疑いなく増えるだろう。
この書斎は自分の寝室も兼ねている以上、奥の寝台は広く、寝具もまたかつての宿部屋と同じかそれ以上の質である。
今は暖を取りに来る毛玉達が潜ってくるばかりではあるのは、距離感としてはきっと適切だろう。
さて。そんな日向ぼっこに興じつつ好物をかりかりと剥きにかかる毛玉達に、同居人を呼ばせたのは他でもない。
用があるからだ。用がなくとも呼ぶのが男の酔狂ぶりだが、不意に催したから、でもない。
「……――然様か。んじゃまァ、ざっくりやるか。篝よ。……かなり大立ち回りをやったんだってな?」
机上の封筒の送り主は、直ぐに分かろう。厳密には受け取りに行ったわけではあるが、属する冒険者ギルド発行の書類だ。
ある程度のランク、認定等を得ているうえで、然るべき手続きを踏めば、直近の活動記録、探索記録と云ったものを取得できる。
当然ながら、誰彼構わず相手も問わず記録を取得出来るわけではない。関係者に限ってだ。
男も同様、同類の依頼を請け負っていた時期でもあり、帯同できない弟子の活動は可能な限り気を配る。
何せ、未開の遺跡に残置された魔道具の回収、奪還というのは――誰にも出来ることではない。
若し己が動ける時であれば、帯同するか帯同させるか、といった具合、規模の大仕事だ。
「……簡単でいい。この記録を踏まえて、話を聞いておきてェのさ」
書類はすでに目を通し、頭に入れている。手書きながら様式が整った紙束を立ち上がり、弟子に差し出しながら尋ねようか。
■篝 > スンと鼻を鳴らせば、紅茶に交じる鋼と油の僅かな匂い。
油の元がどこから来るかまではわからなかったが、鋼は壁に掛けられた武具からのものか。
刀と槍、異国の気配が色濃くそこにある。
貴族の書斎が元になっているのだから当然造りは良く、大きな本棚も書で満たされる日が来れば、以前と見劣りない立派な書斎となるだろう。
また暇が出来た時に、何か為になりそうな本を貸してもらえないか相談してみよう。
そんなことを考えながら、小鉢の中で眠る菓子を狙い、そろり、そろりと伸ばそうとした手を急ぎ膝の上に戻し。
封筒には冒険者ギルドの印。ならば、続く話は予想がつく。
先日の遺跡での報告諸々が師の耳に入ったのだろう。で、あれば心配事は――
「……はい。少々手間取りましたが、この通り命もあれば五体満足で帰還いたしました。
ギルドからの案件でしたので、手間賃として報酬も予定より幾らか色を付けて頂けました。
後ほど、他の戦利品とまとめてお納めいたします」
師が何を危惧しているか。
考えて最初に浮かぶのは身の安全。これは、無事に生きて戻っているので重要ではない。
なら、報告もそうだが、報酬をまだ収めていないことが問題だと結論を出し、淡々と静かに語り小さく頭を下げて見せる。
「簡単と言われましても、ギルドには包み隠さず報告していますので……。
ん……と、では、少し手間取った理由……を。
――件の杖を回収に向かったのですが、魔物が先に拾っていまして。それを取り返すのに少々骨が折れました。
杖の効力が、聞いていた話と異なる部分があり……其れに関しては、ギルドでも再度確認をされるそうです。
んと、後は……帰還用のスクロールを持たされていたのですが、多勢に押され杖を送ることしかできず……。
先生には使い惜しめと言われていましたが、止む負えず神火……青い火を使いました。
ぁ、えっと、黄泉戸は、開いてません。
地上に戻るのに予定より時間が掛かって……。
……怪我も、しましたが……、帰路でタナール帰りの一団に運よく会えまして、治療をして頂けました。
ので、問題ありません」
差し出されたものに軽く目を通し、内容が報告と同じならばこれ以上何が必要なのかと首を捻り。
少し朧げな部分が多い記憶を遡って、改めて己の言葉で報告する。
ギルドにはどうやって生還したかまで報告する必要な無かったが、己の実力、使える術を知っている師には嘘偽りなく、伝える。
言いつけを破ったことを叱られるのでは、と思うと途中言葉はたどたどしく、耳はぺたりと伏せて尾がくるりと回り腹に着く。
冬毛になって触り心地の増した尾を撫でながら、視線は無意識に下がり俯いて行く。
■影時 > 油は他でもない。抜き身で飾っている翼状の枝刃を持つ槍からだ。
槍の造り、構造は、この国で育った弟子ならばそう違和感ないかもしれない。
この国やその周辺で作られる槍の造りに近いが、出来が違う。古さが見えていても刃の鋭さは隠しきれない。
手入れして間もない槍は、かつてこの書斎の主が冒険で手に入れたもの。
いつか、弟子に使うか?と尋ねた代物でもある。それが今、広い部屋を得たことでインテリアとも化している。
万が一、この部屋を最期の牙城として振るうことがないことを祈るばかりだ。
――何せ。己は兎も角、弟子はまだまだ身の回りに何某かの火種が転がっているように思えてならない。
だが、休める時はしっかりと休むべきだ。だから、小鉢の中身に手を出そうとしたように見えるさまに。
「喰っていいぞ。まだ、ポットの中にも茶ぁ残ってるはずだ」
食べるな、とどうして言えるか。尋ねることは多いが、説教で終わらせるつもりではない。
卓上に置かれた配膳用の盆に伏せられたカップを一つ、小鉢の傍に持ち上げて置く。
淹れたままにしているお陰で、弟子が淹れる味わいよりも恐らく濃くなっているに相違ない。
「だろう、な。そうでなきゃお前さんの探索、捜索に真っ先に名乗り出ていたことだろうよ。
……あー、それなんだがな。
全部お前さんの取り分でいい。あと、今後何割は必ず納めるようにというのもナシだ。
食料と薪代、魔術鉱石代とかの生活費、並びに家具とかの買い出し、補充とかは都度話し合うか」
何を為すにしても、先ずは師に相談せよ――というのは、余りに縛りが過ぎている。
行動の自由を認めているのは、弁えて踏み込む死地は超えてみせろ、という思慮も己にはある。踏まえている。
それは、弟子が得たものを取り立てるためではない。
金は勿論あればあるだけ良いが、税のように取り立ててまで、というのはどうにも粋ではない。
屋敷の維持費は兎も角、購入に際しての金額については無利子で己が給与からの分割払い、で話が付いている。
考えておきたいのは、それ以外の維持費、食費、光熱費……といった所だろうか。さて、続く話に耳を傾けよう。
「話せる範囲は、だろう?
その範囲で認められた記録には目を通したが、俺が確認しておきたいのはそういう処じゃなくてなぁ。
……まぁ、杖はいわばお助けアイテム、だからなぁ。軸にし出すのはいよいよ窮した証左だろうよ。
一先ず、だ。四苦八苦だったろうが、務めを果たした点は見事。褒めるに値する。
次。……――已む無し、だな。命あっての何やらだ。
討った奴らはきっちり贄に出来たか?出来たならとんとん、帳尻は合うだろう。
その次。……運が良かったなァ、全く。
でー。だ。青い焔を使ってまでの大立ち回りで、何か新しい術、手妻とか使ったか?閃いたか?」
冒険者にありがち、というよりは、何処の業界でもあるある、だろうが。
報告にすべてを事細かに網羅はすまい、ということだ。つまりは伏せるべきは伏せているであろう、と思われる。
例えば……※青い焔は術者の魂を代価にしています、等と注釈を馬鹿正直に書く者はいまい。
然るべき手続きを踏まなければ、ギルド職員以外は目にしない記録でも、商売道具を詳らかにする者は余程の正直者だろう・
青い火を使った、ということも当然ながら報告書にはあるまい、と思いつつ、眉間に浮かぶ皺を解しつつ、息を吐く。
ただ、そればかりではないだろう。化した課題以外に何か、得たもの、閃いたものでもあるなら。
その出来栄えなどによっては、褒める以上の何かをしてやらなければ、師匠を名乗れない。
■篝 > 技物をいつまでも壁掛けのインテリアにするのは惜しいが……。
名高き大名達の最期の如く、燃える館の中で大立ち回り。なんて。
師や姉弟子、己も含め、そのような未来が待つことは無いと思いたい。
「……っ! …………はぃ。先生、感謝……します」
こっそり手を戻したが、当然バレた。目の前でやっているので当然である。
許しの言葉にピンッと三角の耳が立ち、視線はまた小鉢へと舞い戻り、チラリと暗赤を伺うように上目遣いで見上げた後、もう一度そろりと手を伸ばす。
今度は遠慮なく、蓋を開ければ一枚頂いて、濃い色を注がれたカップも隣に置かれると会釈を返し。
サクッ。サクッ……サクッ……。
焼き菓子を齧りながら、程よく冷めた渋めの紅茶を一口。いつも飲むものより濃いお茶の味が、甘味とよく合う。
ほぅっと息を吐き瞼が下がれば、怯えて腹に張り付いていた尾もゆるゆると力が抜けて離れて行く。
「そうですか……。なら、頑張って自力で戻ってきて、良かったです。先生のご迷惑にならずに済んで、良かった……。
……何故ですか? この屋敷の購入には相当な資金が必要と考えます。
そこに住まわせていただいている、なら、収めるのは当然。
それに、異国には、猫に小判?と言う言葉があると聞きました。
私がもっていても使い道が無い、ので……」
金の稼ぎ方は知っているが、使い方はまだ思い浮かぶものが無い。
それなら、使い方を知る者に頼り任せるのが一番良いと思っていた。
だが、そうではないらしい。聞き齧った諺も交えながら、カップの中、飲みかけの紅茶に映る己の顔を覗き込み、問う。
「…………影時先生……資金が増えるのは嬉しくない、ですか?」
色々と言い訳を口にしたが、その根にあるのはそれだった。
師が喜ぶことを考え、訓練に励み、仕事に励み、以前のようにメイドに扮して料理も習う。
不器用成りに役に立とうと考えたが、どうも空回っているのだと、少しだけ気付きかけているようで。
水面に映る緋色は心なしか陰っているように見えた。
「――ん、んと……はい。
帳尻は合ったかどうか、は……確証は有りませんが、目に見えたものはすべて排除しました。
うん、そこは普段の行いが良いからだと、自負します。治癒術を掛けてくれた者も、そう言っていました。
う? ん、術は……使えそうなものは、出来ました。まだ、練習中……ですが」
当然ながらギルドの報告書に青い焔に関する記載は無く、生息している魔物、その生態に関することが主である。
相槌を交えて声に応えながら、また一口茶を啜り。
新しい術に関してはまだ自信をもって見せるには悩むところがあるのか、恥じらう乙女のように緋色を逸らし小声で呟く。