2025/09/08 のログ
ヴァリエール伯爵 > 暗赤の男の思惑を見通した気になっている若造は、その襟元に隠された魔道具の存在を知らない。
後になって、その情報が卿へ漏れるか、他の敵対者に渡るようなことがあれば、苛立つと同時に関心も抱くことだろう。
だが、実際そうなった時、危険にさらされることになるのは――

「ああ、そうしてくれたまえ。私もそろそろ一休みしたいところだ」

納得はしていないが、一応筋は通っている。
此方の言い分に疑いを向けず立ち上がる男を横目に、娘が判をおした契約書を受け取り、また光の中へと消す。
その代わりと言っては何だが、同じく光から入れ違うように現れた一枚の契約書と首輪。
古びてボロボロになっていた首輪を娘の前に落とすと、カンッ、と重い鉄の音が響く。

「……これで、以前の契約は破棄された。どこで何をしようと、私はお前に関与しない。
 以上だ。さっさと失せろ」

告げると同時に燃え上がり杯も残さず消えた契約書は、娘が主に買い上げられ、暗殺者として雇われた時に作られたものだった。
その縛りが消える。繋がりが、消える。
飼い主を失った白猫の下に残されたのは、奴隷の為の首輪ただ一つ。

> 二人のやり取りで、一つ思うことがあった。
暗殺依頼を出したのは主ではない。
しかし、この依頼はタイミング的に見ても主にとって都合が良いものであったと。
主の知らぬところで、主を思い手を貸していた誰かがいたならば――。
とは、流石に考え過ぎだろうか……。

血判を押し、主へと契約書を差し出し契約も成った。
後は、師に従いこの場を去るのみ。立ち上がる師に続こうとした時だった。
主の手に現れた首輪に目に止め、娘は動きを止める。
あの頃と変わらぬ重い鉄の音が床に響き、自然と視線は其処に縫い留められる。
告げられた主の声はいつもと同じ、冷え切った身を切るような真冬の風の如きもの。
その声を聞くことも、もう無いのだろう。

「……はい。お世話になりました、主様……。どうかお達者で――」

首輪を拾い上げ、深く頭を下げてから娘は立ち上がる。
捨てられた。また売られたと、諦観する瞳は暗く伏せる。
それでも構わない。視界は狭くとも、足元の僅かな場所さえ見えているならば、師の後には続くことが出来る。
導いてくれると約束した言葉を信じて、暗い夜道を猫は行く――

影時 > こんなものは、あくまで用心だ。さりとて、こういうものがあるならば使わないでおくのは惜しい。
よもや卑怯やら聞いていない、等とは言われても致し方ない。今回ばかりは記録しない訳にもいかなかった。
この道具で需要がある“用途”は勿論よく知っている。だが、本当はこう使うためなのだろう。
塒に戻った後、取り出したならば厳重に保管する。自分以外の誰にも触れぬよう、魔法のカバンの中に仕舞っておく。

「確かに御尤も。やむを得ない事情とは言え、押しかけて誠に恐れ入る。また会わぬことを願うばかりだ」

流儀、主義などは好みではなく、恩義などから与することはなくとも、思考としては理解出来うる点が多い。
そう感じる人物であった。その点、直に会ってみた甲斐はあっただろう。
思考を巡らせながら契約書を受け取った後、次に入れ違いとなるように取り出される品々を見る。

――成る程。そういうのもあるのか。

魔法の徒のようには見えなかったが、物の出し入れ、あるいは取り寄せ、と見立てる。
古びたとはいえ、落されたときに響く重い音から材質を伺い知れる品の正体は、聞くだけ野暮か。
言葉ののちに燃え上がり、消え失せる書面は恐らく現在より前に作られたものということだろう。
新規作成された物が有効となり、古いものは消えた。残るはかつての戒めの鉄輪。

「……――行くか。今少しは、修行と休養だな……」

その首輪を拾い、立つ姿に声をかける。その顔を見はしない。気遣いの声はかけない。
今はそれどころではない。それを言うにはこの場は場違いすぎる。
では、と。元主に会釈した後、ふっと姿を消す。気配を滅し、他者の認識より外れ、扉を音なく開いて廊下に出よう。

あとは、再度また警戒を擦り抜けながら――帰途に就く。今は、休む時……。

ヴァリエール伯爵 > 慌ただしい不届き者共が去った後――。
深く、長く息を吐き、ヴァリエール伯爵はソファーに深く腰掛け瞼を閉じた。

「やれやれ、これでやっと本当の意味で休めるな……」

厄介ごとの一つであった猫の処遇も片付き、警戒すべき相手も絞れるか。
今夜のことを“アイツ”に話せば、どんな顔をするやら。減らず口の嫌味か説教でもされそうだ。
そんなことを心中で呟きながら一時の休息を取る。

――

――――

――――――――

一つ、契約者は術者との契約をもって、全ての任を解く。
   今後、契約者はヴァリエール家との関係があった事実及び、
   これまでの任についての詳細を他者に口外することを禁ずる。
   この禁を破った場合、契約者は速やかに命をもって償うものとする。

二つ、この場で見聞きした情報の全てを、術者、契約者、シャッテン、三者の秘匿とする。
   これを三者の内の誰が破ったとしても、契約者が責任をもち、罰を受けるものとする。

以上をもって、契約とする。


契約書に記された二つ目の文を、あの娘の目は確かに見ていた。
見た上で、判を押したのだから、この契約に不正はない。

相変わらず、不条理や不公平に鈍く、それを当然を受け入れる様には呆れを通り越し、少し惜しいと思ったくらいだ。
命を捨てろと言われ二つ返事で了承する者などそう多くはない。
使い勝手の悪い駒ではあったが、便利な駒でもあったのもまた事実。

とは言え、手放してしまったものは仕方がない。
だが、繋がりは切れても最後まで裏切ることは許さない。駒として上手く使ってやろう……。

三つ首の蛇は怪しく嗤う――

ご案内:「貴族の邸宅-夜会」からさんが去りました。
ご案内:「貴族の邸宅-夜会」から影時さんが去りました。