2025/08/30 のログ
ナイト > 「――ッ!」

男の捕った行動は、退くのではなく前進。盾で少女を押し退け、脚を狙う剣の軌道が強制的に逸らされる。
――カンッ! 鋼同士のぶつかる音が響く中、男が見せたのは笑み。
告げられた挑戦状とも取れる言葉に、少女は笑みを深め目を細め。

「当ったり前……――でしょッ!」

流石、ハードと言ったところか。簡単には通らない。
弾かれた勢いで少女の軽い身体は後方へと軽く押され、その勢いを借りて大きく後ろへ数歩分滑るように下がり、平原に足跡を残す。
男の攻撃は酒の酔いを感じさせない、教本に書かれていたお手本のような剣術だった。
だが、それは基本にして忠実。積み重ねてきた鍛錬を感じさせる剣戟でもあった。
前回のように魔法を使っている感じはまだ無いから、この速度は素のものか。
これ以上である男の全力に、興味がないと言えば嘘になる。

男の攻撃は鋭いが、狙う場所は生温い。手始めの攻撃だから遠慮があったか、他に目的があるか。
魔剣に武具破壊の力があるようには、今のところ見えない。
気にし過ぎだろうかと目を眇め、離れずに追い立てる男の追撃を捌こうと籠手へ向けられた斬撃を剣の腹で受け。

「……っ! こ、の……っ!!」

刀身に纏っていた波動が打ち合った剣を伝い少女の腕へと走る。
片手では不利と判断し、剣を両手に持ちかえ歯を食いしばる。

これは、なんだ――――

ヴァン > 黒い剣、黒い盾。
武器は魔剣だろう。男は闇を掴み扱うに振る舞うが、剣で弾いた時の感覚はまさしく金属の重さだった。
盾はわからない。騎士ならば盾には紋章をあしらうのが普通だ。黒い何かを粗雑に幾重にも塗ったようにみえる。

少女が後退した分、男は前進する。己の得意な距離を保つのも教本通り。
少女の膂力と体重のアンバランスさは種族の特性ゆえか。意外さを感じつつも、外見通りの存在ではないことを再認識する。

斬撃を剣の腹で受け止められると、漆黒の刀身から闇が浮き上がり、そのまま少女の腕へと当たる。
魔力の塊とも違う、打撃による痛み。肌を切り裂く性質の攻撃でなかったことは意外に思われたかもしれない。
答え合わせとばかりに男は話す。

悪影響(デバフ)はない、ただの打撃だよ。斬撃もできるが――女を血塗れにする趣味はない」

甲冑や武器を狙う理由にも繋がる。この事実は少女の怒りを煽るかもしれない。
いまだに男は全力を出していない。屋敷でスコップを男が手に取った時のままだ。
言葉が通じている状態と判断し、男は話し続ける。

「ラインメタルは牧畜で発展してきた土地でな……故郷の歴史は狼狩りの歴史でもある。魔狼はいなかったらしいが。
俺の騎士服、肩についていた紋章は覚えているか? 剣を銜えた狼だ。紋章ってのは家の歴史を示す首級(トロフィー)みたいなものだ。
今日は狼狩りだ……雌狼よ、俺の剣を銜えさせてやる」

嗜虐に満ちた声で下卑た内容を口にするが、慢心や欲望からの言葉ではない。士気は戦いの勝敗に大きな影響を与える。
互角だった軍勢の戦いが、指揮官の負傷や死亡で瓦解する事例は歴史書を開くまでもない。
万が一敗北したらどうなるか――少女の意識に雑念を混じらせる試み。小さなノイズはいずれ無視できなくなる。

男はどうか。視野を幅広く保つために焦点を外す。相手の表情を読むことはできなくはなるが、武器の軌道は十分に判別できる。
風が吹いて少女のスカートが捲れでもしない限り、その状態が続くことだろう。

「両手か……剣では受け止めきれんか。全力で来い。……殺す気でな」

再び盾を前面に出す。

ナイト > 軋むような痛みの後、手に残るは鈍い痺れ。麻痺の魔法かとも思ったが、ただの物理だと男は言う。
ただの打撃で頑丈な少女が痺れを覚えるような攻撃は、天を突くような巨体の魔族とやり合った時くらいだった。
あの刀身に纏わせた波動、漆黒から浮き上がった奇妙なそれが絡繰りの種か。

「そう言う攻撃もあるのね、面白いわ。
 ――あら、悪い噂を流す目撃者もいないのに、お優しいこと」

そう簡単に煽りに怒りを燃やす少女ではない。
相手との日々の憎まれ口で鍛えられたところもあるが、女だからどうのこうの、そんなことを些末と片付けられるほどに、今は目の前のことが面白くて仕方ない。
他にはどんな戦い方をするのか、まるで底の見えない男の技量に愉しみを覚える。

「……は? …………――」

不意に、男が故郷の話をし始めた時は急に何だと首を傾げる。
その話が続くにつれて、男の言わんとすることが見えてきて、騎士であり、魔狼の血を引く娘はピタリと固まり、静かになった。
怒鳴り狂い吠えるだけが怒りではない。憤怒とは、静かに燃えるものほど強く、熱く、永く燃え続ける。
これが雑念を生み、冷静さを失わせる作戦であったなら、それは成功だ。

「私を怒らせたいがために、そんな言葉で煽るなんて……最低ね。
 でも、最高にムカついたわ。
 ……私の故郷にも、古い言い伝えがあるわ。冥界の女王に仕える猟犬。雷を纏い、死を運ぶ黒い狼の話。

 ――魔狼の狩を見せてあげる」

魔狼の誇りを穢した男へ死を送ることを女神はきっとお許しになるだろう。
辺りはすっかり夜に包まれ、狩りにはうってつけの時間となった。
月明かりの無い平原の中、両手で剣を掲げる少女はスーッと闇に溶けて消える。
――正確には、影から影へと移動する魔狼の力。灯りもない闇の中であれば、何処へでも一瞬で辿り着く。
距離を開けることは勿論、懐へ入ることも……

突然、背後に現れることも。

「――ハァッ!!」

姿を消した少女は闇を渡り、男の背後に剣を振り上げた態勢で突然現れる。
そして、盾の無い方の肩へ向け真っ直ぐに全力で振り降す。肉も骨も断ち切り壊す、暴力が男を襲う。

気配を完全に殺しきることは難しい。
牙を突き立てることに全力を注ぎ、獲物に噛みつく瞬間は、殺気が漏れる。攻撃に全てを集中させるが故の隙が生まれる。

ヴァン > 男は詠唱も、印を組む様子も見せなかった。おそらく魔剣由来の攻撃だろう。
振る速度が攻撃力に影響しているようにも思われた。男の攻撃が直撃したら同程度の痛みということか。
少女の軽口には応じない。終わった後の治療も己の役目だと男は考えている。

少女が呆気にとられたような声を出した。意図を窺うような様子。
戦闘に集中しすぎると言葉が耳に入らず、視野が狭まることがあるがその段階には至っていなかったようだ。
怒りで大声をあげるのは自然なことだが、それは最大ではない。
最終的には沈黙する。相手への言葉が出なくなるし、出す必要がなくなる。
殺してしまえば何か言う必要もなくなる。

「感情は後にとっておけ。余計な力が入り、刃先がぶれる。これもお嬢ちゃんの悪い所だ。
来いよ、犠牲を出しながらも駆逐してきた知恵を見せてやる」

月がないせいでだいぶ暗い。草原ゆえに遮るものがないのがせめてもの救いか。
冒険をする際に使うゴーグルを持ってくるべきだったかと僅かに後悔した。
少女の輪郭がぼやけ、消えた。

少女が男の背後に回り、唐竹を割るごとく振り下ろした剣は、硬質な金属音を立てた。
男が掲げた盾がびりびりと震える。狙ったのは右肩口の筈だ。なぜかそこに盾がある。
少女の影渡りが失敗し、男の正面に出た訳ではない。視界内に微かに見える宿屋の灯が二人の位置関係を示している。
ありえないことだが――少女が消えた瞬間、男は反転していたことになる。
歴戦の経験で培われた危険察知能力。

「騎士様が背後からってのは良くないな……?
ご褒美だ、お嬢ちゃん。俺の踊りを見ておくといい」

少女からの攻撃を受けきった後、男は剣を振るう。
隙の少ない連続技(コンボ)を繋げた……一部の流派では乱舞と言われるもの。数秒に渡り打撃技を叩き込み相手を打倒する。
真向斬り、袈裟斬り、切り上げ。防御や弾きを意に介さずに打ち込み続ける。今は回避ができる距離ではない。
技と技の間には差し込める隙がある筈だが、それがない。フォルスエッジ、三連撃、盲目打……
いずれも教本に載っているような連続技だが、それが延々と続いていく。<死の舞踏(ダンス・マカブル)
男の体力が尽きるのが先か、少女のガードがとけるのが先か。

ナイト > 感情は力になる。いざと言う時、ものを言うのは根性と意地だ。
後にとっておく分は十分腹に溜まりきっているのだ。これは収まりきらずに溢れ出した分。
そんな戯言を返すタイミングは無かった。
闇に消えた少女は影を渡り、相手の最も防御力の無いだろう方向から、不意打ちで剣を振り下ろす。
だが、聞こえるのは骨を断つ音でも悲鳴でもなく、硬い金属音。

「――チッ!
 アンタが人のこと言えた口か。戦場で卑怯なんて言葉言うやつはバカよ、バカ」

背後を狙ったはずの男は少女の動きを読んでいたが如く、身体を反転させ盾で攻撃を防ぐ。
少女が全力で振り下ろした剣だ。そのまま地面にぶつかっていたなら大岩を軽く砕くような打撃を、どうやってあの盾だけで防ぎ切ったのか、そこも魔剣同様の種なのか。疑問が浮かぶ。
呆れ交じりに減らず口を叩きつつ、剣を両手で構え向かい来る剣戟と打ち合う。
躱せるものは身を翻して躱し、躱せないものは刀身で滑らせるようにいなし、防ぎきっても尚腕を痺れさせる痛みを感じながら、真っ直ぐに男と向き合いガードを続ける。
また影に逃げて距離を開けられれば逃げられるが、逃げた場所に先回りをされれば不意を突かれかねない。
止まない連撃、奪われていく体力。このままでは埒が明かないと、少女は魔剣に力を籠める。

「素敵っ、な踊り……ねっ!
 ――クッ! でも、暗くてよく見えないんじゃもったいないわ。
 明かりをつけてあげる……!」

――パチッ……! バチッ、バチッッ!!

剣の柄に埋め込まれた魔石が青く光り、小さな火花を上げる。
それは見る見る間に青い雷撃となり、刀身へ蛇が這うように伝い、少女の身体にもまた、ゆっくりと雷が回り出す。
傍に着いたままでいるならば、多少なり相手もこの雷の洗礼を受けるに違いない。

そして、雷は体に満ちれば少女の痛みを薄れさせ、積み重ねられたダメージは回復していくだろう。

ヴァン > 「剣と違って、盾に小細工はない。昔買ったもんだ」

肩を軽く回す。剣による攻撃に対し、接する面を変えることで威力を軽減させる――体力などではない、技術の領域。
剣戟は続く――もう数十秒は経っており、連続技は十五か十六個目に入っていた。
相も変わらず焦点のあわぬ目をしながら、剣と盾による攻撃を続けていく。

「明かり……?」

少女が魔術を活用するとは聞いたことがなかった。だいたい膂力で解決してしまうのだ。
僅かに眉を顰めたが、やることは変わらない。
黒い剣を少女の剣が防ぐ際に火花が散った――否。雷だ。刀身を伝い男に痛みを与える。
触れる度に雷撃が男にダメージを与えるが、男の動きは止まらない。

「……面白い!」

男は少女の防護力や体力を削りながらも、雷によるダメージを受け、己のスタミナも消費し続ける。
少女は雷で回復しているようだ。攻撃の手を止めれば回復速度はいや増すだろう。
男が出した結論は愚かだが単純なものだった――回復以上に攻撃し、己が倒れる前にダウンさせる。

すっと男の瞳の焦点が合う。
顔へのフェイント、中段斬り、シールドバッシュ。金属製のそれが幅広く相手に当たることで、男の左腕も痛みを覚える。
不毛なダメージレースの果てに、男は魔剣の力を再度用いた。
炎の剣のように、剣を受けても弾いても飛沫のように実体をもった闇が少女へと襲い掛かる。

「そろそろ……終わりだ」

連携技の最後。左手を盾の取手から離し、剣を両手で掴むと、頭目掛けて一気に振り下ろした。支えを失った盾が横にぶら下がる。
男以外にはわからないが、刀身の刃がない部分。当たれば少女といえど昏倒するだろう。本体と闇を防ぐ余力は少女にないと男は考えていた。

ナイト > 唯の技術でアレが防げるか。と何人の兵が文句を言うだろう。
しかし、男は嘘を吐いていない。それが何よりも恐ろしい話である。

変わらず虚ろな目は、ただでさえ見えにくい攻撃の狙いと出だしを見極めるのに苦労する。
其れにも少しずつ慣れ始めたところで、また男の眼が変わる。此方を“視ている”。
少女の傍にいるだけで、触れるだけで伝播する雷は、男に痛みを与えた。
だが、男は怯まず動き続ける。先ほどまでは無かったフェイントを織り交ぜた動きに、斬撃、盾撃。
徐々に身体を癒し回復する少女に気付き、早期決着をつけなければ勝機も危ういと読まれたか。

「……ッ! ぐっ、ぅ……ッ!!」

フェイントに騙され顔を仰け反らせ、続く斬撃は剣で何とか防げても、盾の突進は躱せない。
漆黒の魔剣は黒い焔を揺らがせ飛沫、少女は押され、体勢を崩したまま蹈鞴を踏み一歩後退する。
終わりを告げる声がする。此れで止めだと、言う。
少女は男を見上げ碧眼を大きく見開き、両手で構えた剣を振り上げる。

これを防げば、此方が勝つか。
否――防ぐだけではダメだ。それはつまり……攻撃こそ、最大の防御。
悟りを開いた。否、開き直ったと言う。
少女は剣を地に突き立て、振り下ろされる剣を頭の上で交差させた籠手で受け止めんとした。
剣から地へ、這って広がる雷は草原を青白く染め上げ、曇り空は唸り声を上げ始める。

「――来なさいッ!!」

そう声高に叫んだのは誰に向かってか。目の前の男か、それとも雷雲の中で唸る雷の群れにか。
男が剣を振り下ろした瞬間、少女は腕が軋み籠手が砕ける音を聞く。
同時に、その遥か上空で、二人だ立つ大地へ向かう雷の雨が瞬く間に降り注ぐことを知らせていた。

相手が力のまま叩き伏せるなら、少女は額から血を流し地に片足を着くことになるだろう。

ヴァン > 男が視線を向ける先は少女のサファイアの瞳。目の動きを元に攻撃を続ける。
闇の攻撃――刃破刃衝を使うことで魔力も消費し続けている。鞘に巻いた布に貯蔵した魔力を先に使っているが、無限ではない。
少女が剣を大地に突き立てた。降伏したり、諦める性格ではない。短い付き合いだがそれくらいはわかる。
籠手による防御。そんなことをしてもジリ貧だ。何のために剣を刺した?

男は剣を両手で振り下ろす。遠心力が乗った先端が籠手を打ち付ける。
刀身全体から放たれた闇の打撃は正中線に沿って降り注ぐ。

聴覚は遥か上方で不機嫌そうに唸る音を捉える。草原に巨木のような雷が落ちてくれそうな物はない。
金属を持っている二人が標的となるだろう。先程の様子から、少女は雷と親和性があるようだが、己はそうではない。
男はタフで回復力も高いと自負しているが、即死には対抗策がない。
少女を見遣る。意識はあるだろうか。今の一撃で気を失っていればよいのだが。一秒に満たぬ間に思考をまとめる。

男は手早く少女の剣を掴み、少女自身に触れると魔術を唱えた。
<転移>――この草原ではないどこかへと、少女ごと消えていく。
直後、草原に雷が文字通り降り注いだ。二人がどこへ向かった先は、また別の話――。

ご案内:「王都マグメール 城壁外」からナイトさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 城壁外」からヴァンさんが去りました。